―――深い。
レミリア・スカーレットに刻まれた、柱の男
サンタナが撃ち込んだ渾身の一撃による『楔』は、深い。
ただでさえヤツとの戦闘は3度目。この小さな身体にもいよいよガタがきているというのに。
げに恐ろしきはやはりヤツの種族としての人並み外れた身体能力。そして何と言っても『執念』だ。
サンタナの最後の攻撃は『偉大な生物』としての姿をも捨てた、いわば文字通り捨て身による必殺の砲口。
かろうじて直撃は回避したものの、右腕の損失という犠牲は避けられなかった。
スペルカードの連続使用からくる妖力の消耗も、許容できる範疇を超えている。
そして、頼りになる仲間も今は―――いない。
背中を任せられる相棒なき今、この闇が巣食う混沌の路をたった独りであてなく歩くのは危険。
―――深い。
レミリア・スカーレットに刻まれた、スタンド使いドッピオがもたらした決死の『楔』は、深い。
この場にブチャラティが共に肩を並べ歩いてくれていれば、それはどれほど心強かっただろう。
ブチャラティとドッピオとの決戦は、およそ痛み分けのような形で終焉を迎えた。
元を言えばブチャラティの肉体は戦う前から既に死していた。彼の悪戯な運命がほんの少し、延命を許していただけの状態だったのだ。
そんなブチャラティの首にトドメの鎌を振り下ろしたのはドッピオ、と言うと少し語弊がある。
洒落た表現を使うなら、彼は『運命』に殺されたようなものだ。元々長生きできるような性格の男ではなかったようにレミリアは思う。
運命が彼に追いついてきた。ドッピオは、そのきっかけを作ったに過ぎない。
とはいえ、どんな過程が生じようとも今ある『結果』が全てだ。
レミリアはサンタナに敗北を喫し。
仲間のブチャラティは己が宿命を全うし、残されたレミリアに意志を託して逝った。
その形だけを見れば、最終的な結果は―――レミリア・スカーレットの『敗北』と結論付けて相違ない。
―――深い。
レミリア・スカーレットの誇り“プライド”に刻まれた、今回の追撃戦による彼女への『楔』は、深い。
得た物は……無いわけではない。
しかしそれ以上に、失った物が大きすぎた。
サンタナとの激闘を経て、心のどこかでヤツに対するある種の清々しさが生まれたという自覚は僅かある。
だが吸血鬼という種は、そもそもが争いによって他種を卑下する自尊心高き生き物。
敗北の二文字がレミリアに与えた負の影響は、その精神に無視できぬレベルの無念や屈辱を埋めた。
負けてスッキリ、などという清涼感はレミリアにとって、精々が餓鬼のスポーツでしか味わえない下らない感傷。
負けは負けだ。
しかも今回は、死者まで出ている。
そのうえ彼女らの当初の目標、『億泰の無念を晴らす』という目標すら達成されていない。
自分はどんな顔をして、別れた友であるジョナサンにそれを報告すればいいのだ。
それを思う度にレミリアの心は一層鬱憤が募る。
その敗北心という負の感情が、余計に彼女の精神をノイズのように乱す。
とはいえ見た目には、彼女の歩く姿は堂々と威厳に入ったものに見えるだろう。
内心では感情が渦を巻いていても、装いだけでも立派に着飾らなければならない。
それが紅魔館の主の正しき姿。
それがスカーレットデビルの本来の振る舞い。
「…………参ったわねえ」
あるべき姿を崩し、小さく溜息を吐きながらレミリアはそんな一言を漏らした。
顔に浮かぶは、憂いと―――吸血鬼としての顔、『鬼気』。
すなわち、殺気。
―――深い。
深い地の底を根のように張った闇の路。
深く、深くレミリアは思惟する。
そして、示威する。
紅い眼光の先から近づく、不吉な足音の主に。
―――深い。
サンタナとドッピオの両名から打ち込まれた楔の切っ先は、未だ深い。
身体への重大な損傷と、仲間の損失。
その事実は、レミリアにとって痛手というにはあまりに致命的な傷。
そもそも彼女が負傷したサンタナやドッピオへの追撃を中断し、敗走など行う理由はこの身の不甲斐なさ故。
すなわち、この状態でサンタナたちへのトドメを刺しに向かうという行為は、自殺行為にしかなりえないという判断からの結果。
今の自分では負傷したサンタナにさえ敵うか怪しい。だから今こうして、身を翻してまで地霊殿を背に歩いているというのに。
レミリアが下した判断は正しかったはずだった。
彼女の『運命を操る程度の能力』は、自身の辿る終焉までも読み取ることは可能なのか。
答えは―――『分からない』。
理由は単純で、何故なら彼女は今までの人生、死ぬほどの窮地に陥ったことが無いからだ。
経験が無い以上、いざ自分が死ぬ間際になった時、或いは死に近しい危機まで瀕してしまった時。
自身の『死の運命』を、果たして目撃できるのか?
それは『その時』が来なければ知る由もない。元々曖昧で勝手な能力でもある。
だがレミリアには関係ない。
彼女が今までの人生でそれを考えたことは一度たりとて無いし、これからの人生で迫り来る死に恐怖することも無いだろう。
たとえ死の運命を目撃してしまったとして、彼女はその運命を捻じ曲げる行いはしない。
みっともない。あられもない。情けない。
生物の上位種である吸血鬼の姫ならば、生を全うしろ。謳歌しろ。堪能しろ。
それが結局のところ、妖怪としての本分であり、意味を見出せる生き方なのだ。
足掻くことを惨めと思うな。
無様な身に堕ちることのみを恥としろ。
どうせ足掻くなら、せめて堂々と。
吸血鬼らしく、支配者たる暴力を以て反抗するべきだ。
自分の運命にもし『綻び』が現われるとしたら、レミリアは自身の身分に恥じない生を見せ付けて足掻くつもりだ。
最後の、最期まで。
(私の『運命』は……どこまで抗えるのかしらね)
心中で皮肉のように呟く。
少なくとも今ではないのだ。
レミリアの辿る運命の糸が地の獄へと千切れ落ちるのは、決して今ではない。
親友ジョナサンと彼の地で誓った再会。
これが果たせなければ彼女の胸に宿る誇りの一切は、虚空へと塵ゆく幻想になってしまう。
この運命を、この誇りを幻想へと還らせない為にも。
彼の勇気を、彼の誇りを空虚へと散らせない為にも。
今、ここで退くわけにはいかない。
一歩。
一歩。
一歩。
小さな身体から歩まれる、果てしなく大きな一歩は。
他のどんな存在にも肩すら並ばせない威厳を携えて、また一歩前へと進む。
じわり。
その一歩を進むごとに、レミリアの額から嫌な汗粒が伝う。
だが、気取られるな。
ほんの少しの畏れでも、『相手』に悟られれば即ち『死』を意味する。
だが、しかし。
―――深い。
やはり、先の戦闘による負傷は今後の行動に支障をきたす程度に、その身に現れていた。
特に右腕の損失は隠しようがないものだ。
逆に考えろ。隠せないならば、堂々見せ付ければいい。
とにかく、少しだって気遅れするな。
『相手』は恐らく、考えたくもない事実だが……あの『サンタナ』以上の、化け物。
ここは地下道。逃げ場は後ろにしかない。
狭い地下トンネル前方からは身が締め付けられるようなプレッシャー。エンカウントとしては最悪の部類。
背後100メートルほどの後方には、まだ地霊殿の正門が見えている。
背を見せ、尻尾を巻くか?
否。敗走だけならまだしも、向かってくる相手に怯えて道を譲る、踵を返すなどという弱者の思考は選択にすら無い。
ここは、往く。
この決断は正しい。
そう思わねば、これまで歩んできた全ての事象が嘘になる。
前を歩まねば、ジョナサンと交わした誓いは泡となり消える。
前を向け。
前を歩け。
前を。前を。前を。
「―――お前は、何者だ?」
「―――お前こそ、私の前を遮るな」
重厚なる威圧と共に発してきた『相手』の台詞を、レミリアは正面から受け止めた。
ついぞさっき終えてきた死闘の負傷など意にも介さぬ様子で。
こうして相見えた今、相手との身長差は傍から見れば失笑すら漏れるほどに圧倒的不利。
それもそのはず。
この目の前の男は、あのサンタナにも勝るとも劣らぬほどの巨躯を持つ大男なのだから。
その目立つ体躯は、この薄暗い地下道の100m以上離れた距離においてすら、レミリアの視界に入っていた。
しかしその体躯以上にレミリアを震撼させたのは、男の放つ強大な存在感。
遠く離れた距離からでも肌に感じたそのオーラはすぐさま彼女に警報を鳴らし、次の二択を迫らせた。
この相手と『闘う』か?
それとも『凌ぐ』か?
先述したように、『逃げ』は選択にすら入っていない。
ならば己の進む道など、もとより一つ。
『前』だ。後ろではなく前にこそ、己が運命の紅いカーペットが広がっている。
進むレミリアが対峙した相手は、大男。
相手との距離は今はもう3メートル。目と鼻の先だ。
半端な相手なら、レミリアもこうまで神経を尖らせることは無かっただろう。
だが……この男の本質は。
レミリアの背筋に、冷たいモノが走る。
かろうじてその機微だけは、相手に気取られることは避けた。
「また、小娘か。だがお前……、お前はどうやら『違う』らしい。
俺の『闘争本能』を嬉々とさせてくれたあらゆる生物の中でも、特に血湧き心踊る生態のようだ。
匂いでわかっちまう。俺とお前はどこか『似ている』ってなァ。……お前もそう思わないか? 小娘」
何よりレミリアへと凶報の鐘を打ち鳴らしている事実の根は、目の前の男が―――
「似ている……なるほどねェ。
獲物を捕えた爪に食い込む肉の感触。口の中に広がる血のテイスト。私と貴様は『捕食者』として同じ味を知っているというわけだ。
ならば生物の『頂点』としてどちらがより優れているか……試してみるか? 今ここで」
―――かの柱の男サンタナの姿形と類似しているという理由からであった。
恐らく……同種。しかも個としての格は、コイツの方が多分……!
「く……っ! がは……! ク……ハッハッハッハッハッ!」
「ク……ウフフ……! フフ……ッ!」
二つの超生物は緊迫の空気に堪えきれず、思わず歯を見せて笑った。
片や悪魔の吸血鬼。その表情は、まさしく悪魔の如く、白く光る牙を覗かせて。
片や柱の男の一柱。その表情は、鰐のように大口開け、会心の笑みを轟かせて。
レミリアと
エシディシ。二人が重ね合わせたハーモニーが、広大なる地下の闇に響き渡った。
「ハァ~~~……ッ! 娘、中々粋が良いじゃあないか、そのナリで。ん~~~?」
「幻想の住民を見た目で判断するほど、命知らずな大馬鹿者もいないわ。
知らないならその図体に叩き込んでやろうか? 勉強代は……お前の血で担ってもらうが」
互いに傲慢さを隠そうともしない、ある種彼ららしい会話。
だが二人は見ている。窺っている。覗いている。
互いに相手の力量・格を窺い支配してやろうと、頑強な扉に潜み僅かな隙間から相手を覗き合っている。
ほんの少しの動揺すら見せようものなら瞬間扉を開き、命を刈り取るその腕で敵を掴み、引き寄せてやろうと。
会話の節々から牙を覗かせている。獲物の『喰い時』を見極めるために。
「おォっと勘違いするなよ娘? 俺はお前の容姿が幼子に近いことを馬鹿にしているんじゃあない。
俺が『ナリ』と言ったのはお前が“隠しているつもり”の負傷のことだ」
相手にはわからないほど小さく、レミリアはギリリと唇を噛んだ。
“看破されている”……既に……!
吹き飛ばされた右腕については最初から諦めている。もとより隠しきれる怪我ではない。
だがレミリアが逃げずにこの男と対峙すると決めた時点で、自分が『大きく弱っている』ことだけは感付かれたくなかった。
目の前の筋骨隆々な男は、明らかに人外のモノが放つ存在感。レミリアの所見では、あのサンタナよりも上だ。
今この状況でまともにぶつかり合って勝てるはずが無い。それほどに彼女の身体に打たれた『楔』は深い。
ならばせめて、負傷を敵に気取られぬよう大きく覇気を纏い、威圧で殺してやろう。
レミリアが選んだ手段はそれだった。
『運』の要素も大概に絡んでくる。相手の性格次第で、簡単にくびり殺されかねない。
ビビらせて道を譲ってもらえるほど容易な相手ではないことも分かっている。
全く、運が悪かった。よりによってサンタナと戦った直後にこんな化け物が現われるなんて。
しかし、同時に『運が良かった』。
サンタナと戦った直後だからこそ、レミリアは男の興味を持たせそうな『情報』をひとつだけ握っていたのだから。
だが、このカードはまだ切っては駄目だ。
もう少し『脅し』が足りない。切り札を切るなら、タイミングが重要だ。
タイミングを見誤れば、瞬間殺される。容易に、残酷に圧殺されてしまう。
この男の威圧感“プレッシャー”に。
「その『右腕』以外にも、お前はかなりのダメージを負っている。
さっきこの地下道内に響き渡るほどの大爆音が聞こえてきた。恐らくお前が今しがた行った戦闘の音だろう。
お前はその負傷を誤魔化すかのように大言吐き、勢いで俺を煙に巻いてこの場をやり過ごそうとしたわけだ。
それは今のお前が俺に勝てないと感じている何よりの証拠。無頼気取って格好つけるのはいいが、相手が悪かったなァ?」
腕を組み、余裕の笑みで挑発を仕掛けるこの男は想像以上にしたたかだった。
サンタナと違って、ただ無思慮に暴を振り撒く荒くれではなく、会話の中にも敵の本性を見出す権謀を巡らせる冷静な一面。
現に今、男が言い当てた内容はおおよそ当たっている。レミリアが隠そうとした機微を、この僅かな間に探られてしまったのだから。
しかしレミリアもこの500年間、ただ怠惰に紅魔館の玉座にて座していたわけではない。
その真紅の瞳は的確に、男の巨躯から滲み出る情報を吟味し続けていた。
「―――お前」
「……ん?」
「臭うわね……焼け焦げた『火傷』特有のひりつくニオイが……
本人は癒したつもりの傷でも、周囲の者……特に鼻の利く存在にとっては否応でも気が付くもの。
お前自身は隠しているつもりだろうが、その『左腕』からは特に火傷のニオイが強烈だ。
満身創痍なのは……果たしてどちらかしら?」
その時、レミリアは目撃した。
男の眉が僅かに吊り上がるのを。
「ほォ~~。目敏いな小娘。いや、鼻敏いと言うべきか」
「……私は暇じゃないの。一度だけ言うわ。
そこを退け。血の髄までしゃぶり尽くされたくなければ、な」
互いに手負いの獣。
そして互いに、素直に道を譲るような神妙な性格はしていなかった。
必然、ぶつかり合う。
「なるほど、吸血鬼だったかお前。俺の知っている奴らより血の気が少ないんで気付かなかったが」
「……血の気が少ない、ねえ。だったら今ここで、お前の血で空腹を満たしてやろうか」
「俺の血を、吸う? 吸えるものなら……遠慮なく吸うがいい。もっとも、それこそ火傷では済まなくなっちまうがなァ~?」
一歩。
互いに更に一歩近づき、今や両者の距離は1メートル未満に収まった。
その瞬間、二人は感じ取った。
今この時、互いが互いの命を刈り取る力量と、負傷を擁していることに。
腕を伸ばせばこの距離で、楽に命を摘める『死の間合い』。その領域に侵入していることに。
息を吐けば次の刹那、片方あるいは両方が死体となりえる真空の距離に立っていることに。
二人は、本能で感じ取った。
この状況、先に動いた方が―――!
「―――俺は『炎』のエシディシ。お前ら吸血鬼よりも上の遥か『頂点』に君臨する種よ。
粋の良い吸血鬼は吐いて捨てるほど喰ってきたが……お前もその内のひとつになるか?」
この死の間合いにおいてすら、舌を舐め擦り、見下す男の瞳は余裕と残忍。
火傷による負傷を看破されてなお、レミリアを獲物とするその精神力は脅威。
「―――私は『紅い悪魔』レミリア・スカーレット。紅魔の館に属する吸血鬼の姫よ。
この私を喰われるだけの魑魅魍魎と同列に並べるなんて、かなり不快だけど……。
その様子じゃあ結構『渇いてる』みたいねアナタ。血に。飢えに。闘いに。……違うかしら?」
獲物を威圧する強大さを物語るならしかし、紅い悪魔も決して負けていない。
互いに名乗りを挙げたところで、再び沈黙がこの場を支配した。
まだ、二人は動かない。
この至近距離で肺が凍り付くような視線を、絶えず交わし続けている。
自身の僅かな挙動ひとつが、己の鼓動を止めることに繋がりかねないこの間合いの中で。
ニタリと両者はまた笑み。
―――空気が、動いた。
この歪に曲げられた幻想郷という会場は、その過程や方法は知られていないが、とにかく『創造された箱庭』である。
二人の対峙するこの広大な地下道も当然、例外ではない。全て何者かに作られた構造になっている。
闇の地下道に灯りを点すために設置されている数多の電灯。
何の変哲も無く、作為的な仕掛けも無い。ただ主催者の気遣いによって設置されただけのこの周囲の電灯が。
―――レミリアとエシディシが動き出した瞬間、パリンと音をたてて突然破裂した。
物理的な作用ではなく、二人の殺気、あるいは妖気がもたらした変容とでもいうのか。
瞬間、辺りを疎らな闇が覆う。
闇を生きる生物の、独壇場と化したこの刹那。
ほとんど同時に見えた二人の動き。
しかしほんの僅か、機を制そうと『先』に動いたのはエシディシだった。
目の前の憎らしい笑みを零す少女の頭部を、果実のように握り潰してやる。
エシディシはあえてレミリアに指摘された左腕で、火傷の痕残るその左腕で、敵との間合いを零にした。
少女の身体は疲労困憊。そう判断したエシディシは一瞬にてこの戦いを終わらせるため、豪速の掌を突き出し……
―――ザシュ バ グンッ!
闇色の坑道の壁に、赤の血飛沫が吹き飛ぶ。
肉が千切れるようなその擬音と共に、エシディシは感じた。
「…………NUUUH?」
初めに熱。
一瞬の後に、痛覚を。
「―――ねえ、アナタ」
闇の生物である二人には、光を失ったこの場で起こった状況もよく見えてしまう。
先に攻撃を開始したのは確かにエシディシ。
敵の小さな頭部に廻る血の全てを絞りつくさんと、突き出したエシディシの左腕が。
「今までさぞや吸血鬼の類を喰らい尽してきたのでしょうけど―――同族を喰らった経験はあって?」
正確にはエシディシの左指が、レミリアによって食い千切られ、喰われている。
「……ッ! ……小娘、いやレミリアと言ったか。今の攻撃、よく反応できたな」
「マグレよ。攻撃の手段が拳骨だったなら指は喰われずに済んだのにね」
突如発生した闇の中、レミリアは間一髪エシディシの攻撃を読みきり、敵の攻撃の手段を削いだ。
レミリアの口の中で咀嚼されるその指は、男の図太い親指と人指し指。
同じ状況を体験したサンタナの方は深く動揺したが、エシディシが呆気に取られたのは一瞬のみ。
普段なら指を喰われたショックでいつものように泣き喚き、頭を冷やす行動に出ていたのだろうが、それは先の
秦こころ達との対戦中に既に一度終えた儀式だ。
それより、今のエシディシには優先するべき『興味対象』があった。
「俺を『喰った』女はレミリア……お前が最初よ。今のは素晴らしい見切りだった」
互いに接近し、左腕を伸ばしたままの形でエシディシは、『食事』を続けるレミリアに言葉を投げ掛ける。
「褒めに預かって光栄ね。もっとも私は『アナタたち』を喰らった経験は初めてじゃない。
テイスティングは二回目だけど、さっきのヤツよりも随分と刺激的な味よ。
アンタたちみたいな得体の知れない奴らを生で喰いたくはないけど、丁度中まで火が通ってたみたいだから普通にイケるわよコレ。
同族とはいえ結構味の違いって出るものなのね。弾力性のある質感なのは変わりないけど……
何といってもこの『血液』が本能を撃ち抜くように濃厚で原始的な味なの。熱い。とにかく熱い……舌が焼けるようよ……!
でも上品なソースのように濁りは無く、肉と一緒に喉を過ぎればこれ以上のスパイスは無い。度数の高いアルコールを飲んでいるみたい」
言い終えてレミリアは満足したように歯を見せ、不敵に笑った。
次にエシディシが目撃した現象、それは笑うレミリアの失われた右腕から沸き立つピンク色の気泡。
ゴポゴポと鳴らされたその気泡は、次第に彼女の元の右腕を形成し、復元していく。
柱の男の『栄養』は吸血鬼にとって破格のエネルギー。レミリアは再び五体満足となり、隻腕という不利を覆し……
(……たなら良かったんだけどね。“まだ”……全然まだ足りない)
度重なるサンタナとの連戦で生じた疲労はそう軽いものではなかった。
仮に今、このエシディシと真剣勝負などしようものなら、たとえ相手の方も大きく消耗していようが、恐らく歯が立たない。
ならば彼女が回避し得た戦闘を避けず、挑発にも取れる行動を行使した自信の根源とは。
「―――ヤマネコだ」
「……なんですって?」
自信気に笑む裏で厳重な警戒態勢を拡げるレミリアに放たれた、男の一言。
不気味な唇から吐かれた呟きの真意を探る彼女は、続く男の言葉を待つ。零距離の態勢を維持したまま。
「お前の行為は、俺という熊に追い詰められたヤマネコが精一杯の威嚇を晒し、敵を退けようとしているだけに過ぎん。
所詮はヤマネコなんだよ、今のお前はなァ。喰うも喰わぬも俺の気分ひとつで決められる。前菜のサラダみてーなモンだ」
明らかな見下しの目がその言葉には含まれていた。
挑発に乗るのは簡単だ。事実、レミリアはエシディシの煽動に牙を剥きかけた。
ここが境界線だったのだろう。死合いのゴングが鳴るか否かの、最後の一線。
吸血鬼としてのプライドが、この調子に乗った熊を嬲り殺せと囁いている。
境界線の上に立ったレミリアがその一歩を乗り越えていくか。僅かに残った理性が、瞬時に判断する時間を与えてくれた。
普段の彼女ならば、目前に立ち塞がるならず者を蹂躙するのに躊躇はしない。
だが、これまで散々死闘を繰り広げてきたサンタナという柱の男が脳裏に浮かぶ。
この男はヤツよりも明らかに格上の人外。今戦えば…………敗色濃厚。
震える拳を抑え込んでレミリアが選んだ手段は『暴力』よりも『言葉』。算段はある。
「―――地上最強の動物って」
「……ん?」
「獅子? 象? カバかしら? 私はどれも本物を見たことが無いのだけれど。
あなたが言った通り、私と『あなた達』ってどこか似てるわ。種族に誇りを掲げ、最強であることを自負し、他者に屈強な暴の匂いを誇示する」
「……その通りよ。それが俺たち闇の一族の生まれもった宿命。たかだか吸血鬼のお前はもとよりお呼びじゃあないぜ」
「私をその辺の木偶妖怪と一緒にしないで欲しいのだけど……でもね、『最強』は必ずしも『最良』ではないわ。
このゲームにはお前みたいな熊より強い獅子や象がわんさか居る。あまり調子に乗ってると……必ず喰われることになる。
あるいはお前の喉笛を破るのは……追い詰められたヤマネコの最後の一撃かもね。出る杭は打たれるっていうでしょう?」
「フフフ……! なるほど、“最強は最良とは限らない”、か。
だがレミリアよ、それはお前も同じだろう。俺が今ここでお前という杭を打っておこうか?」
「吸血鬼に杭はご法度よ。ただでさえついさっき、調子に乗った化け物に悪魔の鉄槌を下したばかりなのに」
「……さっきからお前、俺たちを喰うのは『初めてじゃない』だとか、既に俺の同族と会ったかのように話しているな?」
来た!
レミリアが会話の中に何気なくチラホラ混ぜ込んだ『餌』に、コイツはようやく喰い付いた。
エシディシがサンタナと同族というのは既に予想がついていたことだ。ならばこの男は仲間を捜しているはず。
何人の仲間が居るのかは分からないが、自分がサンタナの居場所を知っているという情報はレミリアにとって唯一の情報アドバンテージ。
懐に隠した『切り札』を切るタイミングはここしかない。
自身の力を相手に誇示した今でこそ、このカードは意味を帯びてくる。
逃げるという選択肢を捨ててまで、この負け戦確定の戦闘を回避するには、このたったひとつの情報をくれてやることで可能性が生まれる。
「そりゃあそうよ。貴方たちの同族はついさっき、私が引導を渡してやったんだから」
あっけらかんと言い放ったレミリアとは対照的に、エシディシの表情は急速に冷めていく。
今にもレミリアを射殺さんとする鋭い視線が、彼女を捉えた。
「殺したのか。我が同胞を」
「だったら良かったんだけどね。生憎、痛み分けよ。行って確かめてみる?」
予想というよりもこれは願望だったが、この男はどうやら同族に対し義を置く志を備えた暴君らしい。
レミリアがその旨を伝えた瞬間に浮かんだ彼の顔に、ほんの一瞬だけ焦りが浮かんだのをレミリアは見逃さなかった。
「この先の地霊殿って館にそいつはまだ居ると思うわ。あなたが奴に会いに行くというのなら、私はそれを別に止めはしない。
でもあなたが私を殺してこの先に向かうっていうのなら……お互い疲弊した状態での泥仕合が始まるわね」
「……俺に『見逃せ』と言うのか? お前という存在を」
「私が『見逃す』のよ。お前という邪魔者を」
よくこんな肝を据えたハッタリがかませたものだと、レミリアは自分でも思う。
明らかに疲弊が大きいのは自分の方。殺り合えば9割方、負けるのは自分だというのに。
それでも吸血鬼としてのプライドが、この敵に屈することを許さなかった。
このプライドを守り通したうえで、自分は生きて友人と再会しなければならない。なんとしても。
「…………くっふ」
張り巡らせた糸が切れたように、この場の緊張は解けた。
「クフフフ……! HAーーーーーーーーーッHAッHAッHAHAーーーッ!!」
うって変わり、至近距離からの豪快な笑いが闇の路に轟く。
唾を飛ばし、手まで叩きながら笑う男の姿にレミリアは顔をしかめる。
少なくとも男の怒りを買うことはなかったようだ。だが、ここからどう出る。
――――――ドッ!
心臓を直接響かせるほどの振動。
油断をしたつもりはなかった。
だが、気付けばレミリアはエシディシの放った強烈な回し蹴りを腹部にモロに受け、そのまま壁まで叩きつけられた。
「カッ……ハ…………ッ!」
「今のは喰われた指のお返しだ」
膝をつきながらレミリアは希望的観測を捨てた。
やはりこの男、甘い相手ではなかった。先の拳より遥か速い豪速の蹴り。まるで反応できなかった。
分の悪い勝負。それでも殺らなければ殺られる。
戦闘態勢を完全にONにし、荒来る化け物を迎えようと立ち上がったレミリアに……エシディシは背を向け、静かに言い放った。
「レミリアよ。お前はここで出会った奴らの誰よりも誇りあり、強く、そして面白いヤツだ。
やめだやめやめ。ボロボロに傷付いたお前を今ここで殺しても何の面白みも無ェ。
俺の方も正直クタクタなんだ。とっとと仲間と合流しておきたいしな」
一瞥し、そのまま地霊殿へと足を向けるエシディシに、レミリアは「待て」とは言えなかった。
腹蹴りの出費は付いたが、おおよそ狙い通りの結果だ。敵はやはり仲間との合流を優先させたいらしい。
だが、その上から目線が気に食わない。
スカーレットデビルに仇した傲慢が気に食わない。
だから最後にレミリアは警告を施した。今の自分に選べる手段はやはり『暴力』ではなく『言葉』なのだから。
「お前にひとつだけ……言えることがある。
熊だろうが獅子だろうが象だろうが、真に強い生物はそれらじゃあない。お前も……薄々わかっているはずだ」
頭に浮かぶは出会った3人の友人。
ジョナサン、ブチャラティ、億泰の後ろ姿を、立ち去ろうとするエシディシの後ろ姿に重ね合わせる。
あまりにも違う、人と人外の差が今のレミリアにはよく分かる。
「人間は……強いぞ。私たち人外が想像しているよりも、遥かに」
以前までの自分なら絶対に吐けなかった台詞だ。
生物としては格下なはずの人間を賛美し、己と同格にまで並べ立てるのは。
ここは精々の虚勢を張らせてもらった。
見栄すら張れなくなった時、レミリア・スカーレットという妖怪は真の意味で消えてしまうのだから。
エシディシはほんの一瞬足を止め、火傷を負った左腕をしばし見つめる。
その瞳の奥には何が映り込んでいるのか、後ろ姿からではレミリアには分からなかったが、何でもないようにまたすぐに歩き出した。
そうしてドスドスと響く重い足音もいずれ消え、光を失ったトンネルにレミリアはひとり残る。
ズキリ……
蹴られた腹を擦りながら、レミリアは大きく息を吐いた。
全く、運が良いのか悪いのか。
何もサンタナと戦った直後にあんなヤツが現れなくてもいいのに。
半ば自重めいた呟きと同時、途端に胃の中がムカムカしてきた。
恐らく自分が下した判断は限りなく正解だったのだろう。
あの場で逃げ出したり、少しでも怯えるような素振りを見せていたらあの男に殺されていた。
それほどに擦れ擦れな殺意を両者は散りばめていたのだから。
仲間の居場所を教えてしまったのは少し痛いが、どうせ進行上サンタナとエシディシは鉢合わせることになっただろう。
相手の性格や負傷の状態を考えると、レミリアが助かったのは冷静な判断に加えて、『運が良かったから』としか言えない。
「……あーもう! ムカつくわねぇッ!!」
そのことに対し、レミリアは安堵よりも怒りが湧いてくる。
このゲームの参加者というのはどいつもこいつもふざけた強者ばかり。そろそろ吸血鬼のプライドもはち切れそうだ。
支配者としての仮面も剥ぎ取れ、素の自分を剥きだしたレミリアは悔しそうに雑言を吐きながら、地下の道を再び乱暴に歩む。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【D-2 地下道/午前】
【レミリア・スカーレット@東方紅魔郷】
[状態]:ムカツキ、疲労(大)、妖力消費(大)、腹部に打撃、両翼欠損、再生中
[装備]:なし
[道具]:「ピンクダークの少年」1部~3部全巻@ジョジョ第4部、ウォークマン@現実、
鉄筋(残量90%)、マカロフ(4/8)@現実、予備弾倉×3、妖怪『からかさ小僧』風の傘@現地調達、
聖人の遺体(両目、心臓)@スティールボールラン、鉄パイプ@現実、
香霖堂や命蓮寺で回収した食糧品や物資(ブチャラティのものも回収)、基本支給品×4
[思考・状況]
基本行動方針:誇り高き吸血鬼としてこの殺し合いを打破する。
1:咲夜と美鈴の敵を絶対にとる。
2:ジョナサンと再会の約束。
3:サンタナを倒す。エシディシにも借りは返す。
4:ジョルノに会い、ブチャラティの死を伝える。
5:自分の部下や霊夢たち、及びジョナサンの仲間を捜す。
6:殺し合いに乗った参加者は倒す。危険と判断すれば完全に再起不能にする。
7:億泰との誓いを果たす。
8:ジョナサン、ディオ、ジョルノに興味。
9:ウォークマンの曲に興味、暇があれば聞いてみるかも。
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『エシディシ』
【午前】D-2 地霊殿
甚く、気に入った。
このエシディシを前にしてもまるで気後れしない精神力。実に大した小娘だった。
それだけに、惜しい。
あの吸血鬼の皮を焼き炙ることが出来なかったのが。
あの吸血鬼の顔を剥ぎ取ることが出来なかったのが。
あの吸血鬼の臓を毟り取ることが出来なかったのが。
いや、正確にはそれらの行為は可能だった。
ただ、ボロボロのヤマネコ如きをいたぶっても何の愉悦も見出せない。
普段ならばとっとと餌にしていたかもしれない。だがこと現在の自分からすれば、それも虚しい行為だ。
何せ多数相手とはいえ、たかだか人間なんぞに敗北を喫し、こうして地下の道まで逃げてきたのだから。
この地の獄にてようやく会えた、血の滾るような根っからの強者。それがレミリアという吸血鬼だった。
本来ならば喰われるだけの存在でしかない吸血鬼だが、奴は一味違う性質を感じた。
石仮面で作り上げただけの雑兵どもとは根底から違う、生意気なる吸血姫。
あるいは伝説にも登場するような『真祖』の悪魔かもしれない。そんな存在は今までにも見たことは無かったが。
とにかく、レミリアという極上の獲物を前にして、エシディシは敢えて拳を打ち合わなかった。
ヤツの方から逃げ出したり、または襲ってくるようなことがあれば迷いなく喰ってやったというのに。
あろうことかあの女は一歩も退かずに立ち向かってきたのだ。エシディシの進行ルートを退こうともしなかった。
ただの見栄や虚勢ではない、生まれ持って磨き上げた誇りを守るために立ち塞がってきたのだろう。
天晴れなその精神、このグダついた肉体であっさり壊してしまうのは勿体無い。だから闘うのに躊躇してしまった。
そのタイミングを見計らったかのように提示された、無視できぬ情報。
即ち、同族がこの地霊殿なる居城にいるというもの。おまけに、奴はその同族と闘ったらしい。
カーズか、
ワムウか。どちらにせよ、あの二人と闘って痛み分けの結果を得るとは大したチビだ。
俄然レミリアに興味が湧いた。指をもがれた代償はあったが、それでヤツの傷が癒えたのならむしろ好都合。
次に会ったときは情けも手心もない。互いに100%の力で闘いたいものだ。
自分を殺すように仕向けてきた
秋静葉のことなどもはや忘れたことのように、エシディシは来る強者を記憶に留めて地霊殿の門をくぐる。
玄関は落盤により塞がっていたため、裏口から勝手に入らせてもらった。
「ヤツが言うにはこの無駄にデカイ屋敷にカーズかワムウが居るらしいが……派手に闘り合ったようだな」
内部の部屋は見るも無残に崩壊した様相を呈していた。
床も天井も、どこかしこも瓦礫の山。相当激しい戦闘だったのだと推測できる。
この崩落具合を見ると、カーズというよりはワムウの『神砂嵐』に近い大規模な攻撃が何度か為されているだろうか。
エシディシは瓦礫や血痕を頼りに屋敷の奥に足を進め、やがて辿り着いたのはひとつの部屋。
死臭溢れるこの異常な部屋は『死体置き場』か。なるほどここなら充分な『栄養』を補充することも出来そうだ。
そして、エシディシは発見した。
自分の探していた同族を。
しかし、それは決して自分が探していた人物ではなく―――
「―――んん? …………あぁ、何だ貴様だったのか」
予想の範疇にすら居なかった、“もうひとりの”同族。
エシディシは心底、期待の外れた落胆声を出しながら……『食事中』だった柱の男・サンタナを見下ろした。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『サンタナ』
【午前】D-3 地下道
―――深い。
サンタナが2000年ぶりに再会した同族との『溝』は、果てなく深い。
一縷の希望、のようなものをサンタナはまだ同族に抱いていたのかもしれない。
あの時は自分を見捨てて行った3人も、この2000年の間で何かが変貌したのかもしれない。
しかしこの会場で再会したワムウやエシディシも、昔となんら変わらない目で自分を見下すままだった。
『…貴様、いたのか』
ワムウが自分を見て最初に発した言葉。
『―――んん? …………あぁ、何だ貴様だったのか』
エシディシが自分を見て最初に発した言葉。
相も変わらず、心の底からどうでも良さそうな『無感情』。
それを今更どうこう言うつもりはない。己の無力さが故に彼らは失望したのだから。
サンタナ自身、彼らにしがみついて回る理由はとうに失せた。我々に絆など、一糸たりとも纏われていない。
―――『絆』。
胸の内で浮かんだその単語が、もう一度心の中で復唱された。
思えばこの絆などという、闇の一族にはおよそ理解不能な概念がサンタナを敗北に導いたのだ。
レミリア・スカーレット。
ヤツにも仲間は居た。同じ吸血鬼ではなく、下等種族であるはずの人間という仲間が。
サンタナ自身には持ち得ぬ他者との繋がりを、あのレミリアは持っていた。
敗北した自分自身の存在が、絆という未知のエネルギーを奇しくも証明してしまった。
生まれついたその時からきっと、サンタナにはその繋がりを持てないと言うことを知っていたのかもしれない。
身に染み付いたその性を彼はどう思っているのか。
ただ、自分を変えてくれるその未知に期待はしていたのかもしれない。
しかし、現実にはそんな『未知』すらサンタナには与えられなかった。
(オレには……そんなモノ、無い)
何故、無いのか?
力が認められなかったからだ。
力さえあれば、同族たちに認められただろう。
目の前を歩くエシディシにも、絆はある。
仲間のカーズ。ワムウ。
奴らという仲間を、絆を、オレには無いモノを、他の3人は持ち得ている。
オレが。オレだけが、『無』。
オレには力が無いから、絆が生まれなかったのか。
それとも絆が無いから、力を持ち得なかったのか。
そんな卵と鶏のような謎解きを考えることに、もはや意味は無い。
絆は、必要ない。
オレがオレとして、唯一無二の『サンタナ』として生まれた意図はある。
そう。オレは今日、ひとりの敵に名乗りを挙げたことで初めて『生まれる』ことが出来たのだ。
今までとは、違う。
ならばこれからオレがやるべきこととは。
「―――じゃあ、お前は既にワムウの奴とは会ったんだな」
前を行くエシディシが振り返りもせずに聞いてきた。
地霊殿死体置き場にて休息中だったサンタナと合流したあと、エシディシは回復を待つことなく早急に行動を急かした。
エシディシが遭遇したらしいレミリアに居場所を知られている以上、呑気に地霊殿で回復を待つのは危険だという判断だった。
会話の中でそれとなくレミリアの命の安否を聞いてみたが、彼女はどうやらエシディシとの戦闘をやり過ごしたらしい。
心のどこかで少しだけ、安堵する。
「……お前、ではありませぬ。……『サンタナ』。オレの名は、サンタナです」
そしてサンタナの意地にも似た気持ちが、エシディシの言葉に訂正を求めた。
彼が同族から元々呼ばれていた『名前』は別にある。『サンタナ』はあくまで人間から付けられた俗称のようなもの。
名簿には『サンタナ』と書かれてはいるが、大事なのはそこではない。
今は『サンタナ』という無二の個性を表す名が、彼にとって何よりも守るべき意思の塊のように思えた。
だから、『お前』ではなく、『サンタナ』なのだ。
「サンタナァ? 確か人間どもからそう呼ばれていたな。まあそんなことはどうでもいい」
やはり、主たちにとって番犬に過ぎない自分の個性などどうでもいいのだ。
そんなことは初めから分かりきっているが―――悔しい。
主へと感じた『負』の感情に、今初めて自分から意識してしまった。
認めてもらおうとは思わない。同じ仲間として扱って欲しいとも思わない。
だが、ただただ『悔しい』。
ほんの僅かに生まれた塵みたいに極小な感情だが、ここに来てサンタナはとうとうそれを意識してしまったのだ。
こんなことは初めてだった。
しかし初めてが故に、また『別の』事実が胸の内に生まれ始めてきている。
―――自分は、このバトルロワイヤルで大きく変わってきている。最初の頃とは別人のように。
『……あんた、からは…何も感じなかった。信念も…魂も』
『見えたのは、ただ生きることへの執念だけ』
『本当に、それだけだ』
『…きっと…あんたは……空っぽの、存在。…生き残った先に…何を、見出すんだ?』
今になって水のように流れる、あの『小鬼』の言葉。
気にも留めていなかった彼女の言霊が、灰色の疑問となって自分に囁いてくる。
『空っぽの妖怪サンタナよ』
【お前は今、何を見ている?】
(何のために戦う?)
《自分の為か》
「それとも他人の――主の為か」
ノイズが乱れたように様々なトーンを変えて、女の囁きが頭の中を反芻する。
あの小鬼が囁く声には、怨みも辛みも含まれていない。
自分への憐れみだけが、ひたすら脳に響く。
そういえば、と。
サンタナは思う。あの小鬼の『名前』は、何だったのだろうか。
最期に笑って逝った、あの豪快に戦う女の名は。
それは今となっては本当にどうでもいいことだ。
死した者に想いを馳せるなど、まるで人間。人間ではないか。
だが……覚えておこう。
この『サンタナ』と命を賭して戦った、小さな鬼がいたことを。
その鬼は今、この自分の血となり肉となり、そして確かな糧にもなっていることを。
「――――――おい。聞いているのかサンタナ」
脳の壁を反射し続ける声を遮るように、エシディシが苛立たしげに振り向いた。
いつの間にか地霊殿を飲み込んだ巨空間は見えなくなり、大きな距離を歩いてきたようである。
ここは来るとき通った地下トンネル。このまま歩けばいずれレミリアとも鉢合うかもしれない。
「俺が通ってきた地下道にはカーズたちは見当たらなかった。少し、上に出てみるぞ」
そう言ってエシディシが親指で指した先にあるのは、壁に掛けられた鉄梯子。
上に延びた先にひっそりと佇む扉のフタが、ここから地上に出られることを示している。
フタには最近開閉した跡はない。少なくともレミリアはこの扉を選んだわけではなさそうだ。
「サンタナ、お前が先に進んでみろ」
短く命令され、サンタナはそれに逆らうことなく素直に従った。
もし地上に出た先がどこかの施設内ではなく、何の傘も無い屋外ならばすぐさま日光を浴びてしまう可能性がある。
それを危惧しての命令なのだろうが、自分は一応は主の僕だ。至極当たり前の命令。
特に不満を思うことなくサンタナは梯子に手を掛けた。身体の回復は終えていないが、欠損した左腕の修復は完了している。
ひとつ、ひとつ。
梯子を昇っていく度に、『目的』が見えてくる気がする。
生まれながらに持ち得なかったモノ。
生まれてすぐに捨てて無くしたモノ。
己の心に欠けたピースの絵が、薄ぼんやりと見えてくる。
それは例えば、あのレミリアと戦って得た『爽快感』のような未知を。
この手に掴み入れようと、腕を伸ばして少しずつ近づいていく。
この上には一体何が待つのか。サンタナには予感があった。
『正』か『負』か。
『聖』か『邪』か。
この予感は自分にとって『吉』か『凶』か。
それは彼の知る由ではないが、この上には『ナニカ』が居る。
そんな予感を感じた。
下を行くエシディシには見えない角度で、サンタナは少し……自分でも気付かないくらい、ほんの少しだけ。
「――――――はは」
浅く、笑う。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【D-3 地下道/午前】
【サンタナ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(中)、全身ダメージ(中)、足と右腕を億泰のものと交換(もう馴染んだ)、再生中
[装備]:緋想の剣@東方緋想天、鎖@現実
[道具]:基本支給品×2、パチンコ玉(19/20箱)@現実
[思考・状況]
基本行動方針:自分が唯一無二の『サンタナ』である誇りを勝ち取るため、戦う。
1:戦って、自分の名と力と恐怖を相手の心に刻みつける。
2:自分と名の力を知る参加者(ドッピオとレミリア)は積極的には襲わない。向こうから襲ってくるなら応戦する。
3:エシディシと共に行動し、仲間を探す。
4:ジョセフに加え、守護霊(スタンド)使いに警戒。
5:主たちの自分への侮蔑が、ほんの少し……悔しい。
[備考]
※参戦時期はジョセフと井戸に落下し、日光に晒されて石化した直後です。
※波紋の存在について明確に知りました。
※キング・クリムゾンのスタンド能力のうち、未来予知について知りました。
※緋想の剣は「気質を操る能力」によって弱点となる気質を突くことでスタンドに干渉することが可能です。
※身体の皮膚を広げて、空中を滑空できるようになりました。練習次第で、羽ばたいて飛行できるようになるかも知れません。
※自分の意志で、肉体を人間とはかけ離れた形に組み替えることができるようになりました。
※エシディシとは簡素な情報交換しか行っていません。
【エシディシ@ジョジョの奇妙な冒険 第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(中)、体力消耗(中)、上半身の大部分に火傷(小)、左腕に火傷(小)、再生中
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:カーズらと共に生き残る。
1:神々や蓬莱人、妖怪などの未知の存在に興味。
2:仲間達以外の参加者を始末し、荒木飛呂彦と太田順也の下まで辿り着く。
3:サンタナと共に行動し、他の柱の男たちと合流。だがアイツらがそう簡単にくたばるワケもないので焦る必要はない。
4:静葉との再戦がちょっとだけ楽しみだが、レミリアへの再戦欲の方が強い。
5:地下室の台座のことが少しばかり気になる。
[備考]
※参戦時期はロギンス殺害後、ジョセフと相対する直前です。
※左腕はある程度動かせるようになりましたが、やはりダメージは大きいです。
※ガソリンの引火に巻き込まれ、基本支給品一式が焼失しました。
地図や名簿に関しては『柱の男の高い知能』によって詳細に記憶しています。
※レミリアに左親指と人指し指が喰われましたが、地霊殿死体置き場の死体で補充しました。
● ○ ● ○ ● ○ ●
そして物語<ナイトメア>は始まり、加速する。
―――深い
―――深い夢の中で。
○
○ ○
ふわ ○
(気持ち、いいな)
ふわ
○ (ワムウおじさんの傍は……)
○
ふわ
○ (ずっと……)
(このまま、眠っていたい……)
○ ふわ
ふわ ○
『―――きろ』 ○
○
『―――い、起きぬか』
ふわ
『――やくしろ』
● ふわ
『は! ……む?』
○ ○
『どうした?』
『カーズ様。館内から、侵入者らしき気配が』
ふわ
ふわ ●
(…………?)
(なんだろ……お外から、声がする)
○
○ ○
● 『侵入者……? 館内から、だと?』
○
『そのようです。カーズ様はお控え下さい。このワムウめが……』
ふわ ●
● 『……いや、その必要はなさそうだぞワムウよ』 ○
『この気配は、よく見知ったモノだ。……全く、手間取らせたものだ』 ○
○
『―――ここに居たか、カーズ。探したぜ』
● ●
● 『無事か、エシディシ』
『エシディシ様、ご無事で何より。……それと』 ●
『……うん? あぁ、キサマも居たのか』
● ●
● (……だんだん意識がハッキリしてきたみたい) ●
(声が聞こえる……) ●
● (何人かの、男の人の声だ)
●
●
『おっ なんだワムウも一緒か』
● ●
● 『ふむ。ともあれこれで揃ったな』 ●
● ●
●
● ● ●
『―――我ら一族が、4人』 ●
● ●
● ●
●
(……なんだろ)
(このまま目を覚ましたら……)
(―――二度と、この夢の中には戻れない気がする)
(目、開けたく……ない)
・
・
・
・
~~{古明地こいしのナイトメア}~~
● ○ ● ○ ● ○ ●
【D-3 廃洋館内/午前】
【古明地こいし@東方地霊殿】
[状態]:精神疲労(小)、起床直前、ワムウの足に抱きついている
[装備]:三八式騎兵銃(1/5)@現実、ナランチャのナイフ@ジョジョ第5部(懐に隠し持っている)
[道具]:基本支給品、予備弾薬×7
[思考・状況]
基本行動方針:…………
1:見ているのは悪夢か。それとも目醒めた世界が悪夢か。
2:自分自身の『強さ』を見つける。
3:ワムウおじさんと一緒にいたい。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降、命蓮寺の在家信者となった後です。
※ヴァニラからジョニィの能力、支給品のことを聞きました。
※無意識を操る程度の能力は制限され弱体化しています。
気配を消すことは出来ますが、相手との距離が近付けば近付くほど勘付かれやすくなります。
また、あくまで「気配を消す」のみです。こいしの姿を視認することは可能です。
【カーズ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(中)、体力消耗(中)、胴体・両足に波紋傷複数(小)、全身打撲(中)、シーザーの右腕を移植(いずれ馴染む)
[装備]:狙撃銃の予備弾薬(5発)
[道具]:基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:どんな手を使ってでも生き残る。最終的に荒木と太田を始末。
1:休息を取り、傷を癒す。
2:仲間と共に今後の動向を決める。
3:古明地こいしから情報を聞き出す。
4:金色のスタンド使い(DIO)は自分が手を下すにせよ他人を差し向けるにせよ、必ず始末する。
5:上記のためにも情報を得る。他の参加者と戦わせてデータを得ようか。
6:スタンドDISCを手に入れる。パチュリーと夢美から奪うのは『今は』止した方がいいか。
7:この空間及び主催者に関しての情報を集める。そのために、夢美とパチュリーはしばらく泳がせておく。時期が来たら、パチュリーの持っているであろうメモを『回収』する。
[備考]
※参戦時期はワムウが風になった直後です。
※
ナズーリンと
タルカスのデイパックはカーズに回収されました。
※ディエゴの恐竜の監視に気づきました。
※ワムウとの時間軸のズレに気付き、荒木飛呂彦、太田順也のいずれかが『時空間に干渉する能力』を備えていると推測しました。
※シーザーの死体を補食しました。
※ワムウにタルカスの基本支給品を渡しました。
【ワムウ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:全身に小程度の火傷(再生中)、右手の指をタルカスの指に交換(ほぼ馴染んだ)、頭部に裂傷(ほぼ完治)、失明(いつでも治せるがあえて残している)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:掟を貫き、他の柱の男達と合流し『ゲーム』を破壊する。
1:傷の回復が終わり次第、廃洋館内の地下を調べる。
2:仲間と共に今後の動向を決める。
3:
霊烏路空(名前は聞いていない)と空条徐倫(ジョリーンと認識)と
霧雨魔理沙(マリサと認識)と再戦を果たす。
4:ジョセフに会って再戦を果たす。
5:主達と合流するまでは『ゲーム』に付き合ってやってもいい。
6:こいしの処遇は主に一任する。
[備考]
※参戦時期はジョセフの心臓にリングを入れた後~エシディシ死亡前です。
※失明は自身の感情を克服出来たと確信出来た時か、必要に迫られた時治します。
※カーズよりタルカスの基本支給品を受け取りました。
※スタンドに関する知識をカーズの知る範囲で把握しました。
※未来で自らが死ぬことを知りました。詳しい経緯は聞いていません。
最終更新:2016年05月14日 04:02