虹の先に何があるか

「紅魔館へ向かおうと思います」



 尊厳たる態度を以て、八雲紫は静かにその意志を導き出した。
 流石のジョルノといえど彼女の意向には一瞬惑い、鈴仙は含んでいたペットボトルの水をジョルノの横顔目掛けて煌びやかに射出し、鮮やかな虹を生んだ。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

『鈴仙』
【真昼】C-3 地下水道


 会場の地下空間にうねる、大蛇の胃を思わせる長いトンネル。ここは基本的に一本道の薄暗い場だが、彷徨う者達を時偶に選択へと誘わせる。

「紫さん。道が二手に分かれてますが」

 一行の先頭を歩く鈴仙が後方を振り返り、最後尾の八雲紫に向けて訊ねた。その表情は先程までの様に自虐を繰り返していた暗鬱なるそれとは違い、どこか憑き物が取れた様にも思う。三者の中間を歩くジョルノは、振り返る鈴仙の姿を見て心中では安堵した。

「ほら、一々私に訊かないの。何の為に貴方を先頭に歩かせてると思ってるの」

 どこまでも居丈高なお人だ。鈴仙は母親のように振る舞う紫へ心の中でそっと毒づくと、得意の波長レーダーによってその長い両耳に神経を集中、周囲の環境を探る。

「うーん。反響を掴みやすい地下トンネルとはいえ、長距離の索敵は正確性に欠けますね。……敢えて言うなら、左の道からは水音がします。水道でしょうか」

「左を行きましょう。大雑把な方向感覚ですが、右だとC-2……『禁止エリア』に触れかねません」

「じゃ、左ね。鈴仙、ご苦労様」

 左一択だと分かっていてやらせたな……。そんな確信を紫へ抱き、鈴仙は素直に隊の頭脳(ブレイン)二方の意見を聞き入れ歩みを再開した。


 地霊殿を抜け、チーム一丸として行動を開始した三人。懸念や疑念、目的や指針は幾らでもある。鈴仙との一騒動を終え、改めて各々の得た情報を重ね合わせ、放送の内容も合わせて熟考すれば、明らかに不可解な事実が一つ浮き上がってくる。

「……ディアボロは、この地下の何処かに逃げ延びたんでしょうか」

 前を歩く鈴仙が、僅かな敵意を含ませながら発した。第二回放送にて読み上げられた最後の名前。それこそが『ディアボロ』。滅すべき敵の名が、死者として扱われていた。

「少なくとも奴は確実に『生きている』。何故放送で呼ばれたか……奴が娘の肉体を乗っ取った事にカラクリはありそうね」

「奴はトリッシュの身体へ逃れる事によって、偶然的に主催達の目を誤魔化せた……そういう事ですか?」

 ジョルノが導いた答えは、ひとえに頷き難いものである。素直に取ればそれは、ディアボロは一足早くこのゲームからの脱退を可にした事と同義だ。

「安直には決められないけど、その可能性もあるわ。そして、もしそうだとしたら……私達は、いえ───このゲームの参加者全てが、あの男に多大なる遅れをとった。どうしようもないほどのハンディキャップを背負ってしまったのよ」

「ハンディキャップ、ですか?」

 前方を警戒しながら鈴仙は、オウム返しで紫に疑問を顕にする。その問いに代わりに返したのは、もう一人のブレインであるジョルノ。

「頭の中の爆弾、ですか?」

「ぴんぽーん。ジョルノ君、正解」

 流石と言うべきか、八雲紫は余裕の声色で司会者を自然に担う。意図せずして解答者に回された二人の人と妖は、現状がいかに危ぶまれた境遇なのかを改めて認識し始める。

「確証はありませんが、放送で奴の名があったということは、既にディアボロは死亡者として扱われている。そうであるなら、頭の爆弾は作用“しない”という考えですね」

「ちょちょ、待ってよジョルノ君! じゃあ何? この殺し合い、あの男の優勝も同然みたいなものじゃない!」

 あくまで仮説である。だが鈴仙は、二人が辿り着いた仮説にとても納得出来ない。そんな馬鹿げた考えを認めてしまったなら、あのディアボロがこの先何をするかは考えるまでもない。

「『何もしない』に決まってるわ! だってそれって、禁止エリアに影響されないって事でしょ!? どんなバカだって、禁止エリアに篭って何もせず最後の一人になるまで待つわよ!」

「それが可能性の『一つ』。そしてディアボロが取る行動はまだ考えられる。……そうよね? ジョルノ君」

「主催の『虚報』と断じ、やはり爆発を恐れてゲームを続行する。寧ろ、常人の行き着く選択はこれが大多数でしょう」

「あ……っ」

 ジョルノの言葉を受けて鈴仙もその可能性に気付いた。いや、冷静に考えるなら普通はそうだ。爆弾は解除されている“かもしれない”。その“かもしれない”に、命をベット出来る勇敢なギャンブラーがどれほど居るだろう?
 根拠など無いのだ。虚報であろうがなかろうが、偶然起こったアクシデントに裏付けの取れない仮説を唱え、一つしかない命を差し出す奴はともすれば馬鹿である。
 解除されているかもしれない。しかしやはり解除されていないかもしれない。禁止エリアにて座し、爆破の瀬戸際にその不安が頭を過ぎらない者など居ない。
 加えて、件の人物は“あの”ディアボロである。自らの正体が露呈することにすら怯え、これまでの人生を闇のベールに隠してきた筋金入りの臆病者。

「そっか……。アイツならそんなこと出来るワケがないもんね。ていうか、私でもそうなると思う」

 同じ臆病者の肩書きを背負ってきた鈴仙だからではないが、もし自分が彼奴と同じ立場であれば確実に臆する。やはり『そんな事』など試せないと短い尻尾を巻き、再び血塗れの戦場にほっぽり出されるだろう。

「そう。それも可能性の『一つ』。鈴仙、事はそう単純ではなくなってきているのよ」

「ぅえ? そ、そうなんですか……?」

「鈴仙。奴を今までのディアボロだと思っていると痛い目に遭うでしょう。事実あの男は一度、命を投げ打っているのです。君も見ただろう?」

 第二の解答者ジョルノが、鈴仙の粗を正すようにヒントを差し出してきた。知者二人のサンドイッチにされる鈴仙は、肩身の狭い思いで一生懸命考える。

「えっと、もしかして奴が娘を殺した時の……?」

「ええ。トリッシュの肉体を乗っ取る……既にそれ自体が奴にとっての大博奕。そしてアイツは勝利し、再び僕らの前からまんまと逃げおおせました」

 忘れようもない光景だ。あれはディアボロにとってのターニングポイント。あの経験を経て奴は変貌した。弱さを投げ捨てた男が『勇気』を得たのだ。それを成長と言わずして何と言うのか。

「つまり、巡り巡って、えぇっと」

「ディアボロは二度目の博奕に打って出た事も考えられる。即ち、一か八か禁止エリアに『居座る』という選択です」

「……最初の可能性に戻ってきちゃったわね」

「とんでもない。今の前提を下敷きにして考えれば、現在のディアボロは『恐怖を乗り越えた』事になります。今までのアイツだと思うなと言ったのはそういう意味です、鈴仙」

 人間は成長する。それがたとえ『正』への方向だろうと、『負』への方向だろうと。鈴仙は、自分が何者にも成長出来ず、へたり込んでばかりの臆病者である事に嫌気が差してきた。過程は褒められたものではないが、あの悪魔ですら成長しているのに私は何をやっているのだ、と。

「……って、ちょっと待ってよ! もしそうだとしたら、奴は『今』、すぐそこの禁止エリアに引っ込んでるんじゃ……!?」

 鈴仙はジョルノらの後方、先ほど自分達が左折してきたT字路を勢いよく指差す。ジョルノの言った通りその方向はC-2……禁止エリアだ。ディアボロがこの地下に逃げ果せ、真っ先に禁止エリアへ逃げ込むとしたら十中八九、そこだろう。

「つ、追撃しましょう! こっちにはジョルノ君と紫さんがいる! 奴も肉体の負傷があるし、トドメを刺さないと……!」

 ずっと求めていた敵の拠点がすぐそこにある。それを知っていてもたっても居られない鈴仙は殺気立った。
 ジョルノはそんな彼女をキッパリと制する。

「鈴仙。気持ちは分かりますが、君は僕達の話を聞いていたのですか?」

「ジョルノ君の言う通りよ。ハンディキャップを背負ったって言ったばかりでしょう。まさか貴方、禁止エリアという土俵に登った上でディアボロと相撲を取るつもり?」

「……あっ」

 頭に血が上って肝心な事を忘れていた。二人から呆れられるのも無理ないが、これでは紫から『知能に制限が掛けられている』と疑われても当然だ。策も無しに蟻地獄へ突っ込み落っこちるおマヌケ仔兎が生まれるところである。

「鈴仙。私の式神になる話……もう一度考えてみない?」

「いやホント……ゴメンナサイ」

 寒気を引き起こす大妖怪の微笑に、地上の兎は縮こまる。地霊殿で交わした鈴仙を始末するしないというやり取りは、八雲紫流の『遊び』なのかもしれないが、あの悶着を経てまでも成長出来ないのであれば、いよいよもって鈴仙の処遇が本格的に決議されかねない。
 だが実際問題、ディアボロを討つには禁止エリアに侵入する以外の方法が今の所ない。即座に却下した以上、紫には案があるのだろうか。

「悪魔の根城を攻めるには、相応の下準備と情報を集めてからでも遅くはないって話よ。下手っぴシューターがいきなりEXステージにノーミスノーボムで挑む……貴方のやろうとしてる事はそれくらい馬鹿で無謀で頓珍漢」

 どうもこの御方は人を必要以上におちょくるのが特大の趣味らしく、かの妖狐の苦労はそれはそれは大変なものだったのだろうと察することができた。どこの主従も似たようなものらしい。

「逆を言えば、ディアボロはC-2からは動かない。奴への対策は思いの外容易である、と……そういう事ですか?」

 叩きのめされた鈴仙に変わり、ジョルノが続いて解答権を得る。確かに奴が禁止エリアから動かないのであれば、考えようによっては御しやすいとも取れる。いっそ兵糧攻めでもするか。

「……極端な話、奴の潜伏する地点を二方向から挟み撃ちにでもしてしまえば、物量で潰せる。地下だし逃げ場もない。爆破の猶予10分以内に討伐する事も可能でしょう」

 紫の提案は実にシンプルであった。キング・クリムゾンの弱点……というより通常スタンドは、多人数相手に弱いものだ。マトモなぶつかり合いを前提とした戦闘なら、幻想郷の名だたる強者たちと比べてスタンドが及ぼす火力など微々たるものである。
 数の暴力。人数さえ揃えれば、ターゲットを一方的に補足した状況下での掃討など、いかな強力スタンドと言えどバッファローの群に潰される一匹の獅子だ。“王”と言えど周囲を大量の“歩”で囲めば王手。物理的に敵うわけがない。


「それが『最も殺りやすい』状況。私達にとって一番理想的な可能性ね」


 唱える紫の表情は決して冴えない。これまでの話の流れからして、ディアボロがそこの禁止エリアに潜伏している可能性はとても高いように思える。

「まさか……」

 ジョルノが紫の意図を察し、次第に青くなる。この場で誰よりもディアボロと対峙し、奴をよく知っているジョルノだからこそ、“その”可能性をすぐには受け入れられない。


「一番厄介な可能性。それは『ディアボロが己の枷が外れたと自覚して尚、禁止エリア外に赴き殺戮を繰り返す』というもの」


 ジョルノも鈴仙も口を閉ざした。有り得ないからだ。
 敢えて危険に身を晒す。身を隠すという選択肢を開かない。そんなルートをよりによってあの男が選べるだろうか? 誰であろうと、人の心情的に考えられない。
 それは本能を打ち破るような行為。人が誰しも持つ、反射的に痛みや恐怖から逃れようとする本能を打ち破る勇気が必要だ。よしんば打ち破れたとして、メリットよりもデメリットの方が圧倒的に多い。

「い、いやいや紫さん! いくら何でもそれは無いですって! 何の為にそんなリスクを、しかも臆病者のアイツが……」

「確かに考えにくい。しかし鈴仙。君が言う『臆病者』という言葉は、今のアイツには最早通じない。忘れてませんか?」

 かつてのパッショーネボスであったディアボロと現在のディアボロは別人だ。肉体と共にあの男は、精神を脱皮させた。そこから羽化する悪魔の全容は、計り知れない成体として生まれ変わるだろう。

「何の為、というのなら鈴仙。少なくとも私達は大いに困ることになる。もし奴がその『一番厄介な可能性』を取ったとすれば、こちらの対抗策が大幅に削がれることになるもの」

 まず、消えたディアボロを再び捜索するところから始める必要がある。それがどんなに難儀する作業かは鈴仙が身を以て知っている。
 その上、バリバリに殺意を高めた悪鬼は更なる獲物を求めてどんどんと行動の幅を広める。その過程で屍の山が築かれるのは紫らにとって避けたい災害だ。

「で、でもその可能性ってそんなに無いんじゃない、カナぁ。私は、奴なら何だかんだで事が収まるまで引っ込む選択を取ると思う、マス……」

 非常に自信なさげに尻すぼみする鈴仙を一瞥し、紫は顎に手を当てる。そう、確かに理性的に考えれば鈴仙が言うように、流れ弾の届かない場所で引っ込むべきだろう。それは臆病なのでなく、極々当たり前の合理的思考を辿った選択だ。
 どれだけ考えてもそれは『可能性』止まり。ここで立ち往生しても結果が見える訳では無い。どちらにせよ今ディアボロを深追いすることは悪手だろう。

「……進みましょう、鈴仙。ジョルノ。ディアボロは今、前進している。追い付きたいのであれば、私達も前へ進むしかない」

 敵はディアボロだけではないのだ。悪魔に振り回された挙句、背中を刺される事態は避けなければ。
 鈴仙もジョルノもそれは分かっている。故に今は、この地下道を前に進む。


 そんな折に邂逅を遂げたのは、両者たちにとっては僥倖だろう。
 暗い地下空間の向こう。全身の縫い傷から黒い血をドロドロと垂らしながら現れた『バケモノ』との再会が、紫の危惧する『最も厄介な可能性』を明け示していたのだから。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

『F・F』
【真昼】C-3 地下水道


 バケモノは、悪魔との競り合いに大敗した。
 修羅場を潜ってきた場数の差か。時間操作能力の相性か。様々な偶然がF・Fにとっては悪運だっただけか。
 どれも違う。トリッシュの殻を被った悪魔は、勝つべくして勝った。その差がどこに起因するのか、F・Fの理解に及ぶ所ではない。
 そしてそれこそが。F・Fの未知なる領域で悪魔が円舞曲を踏んだというその事実こそが。勝負を分けた決定的な線となったに過ぎない。


「F・F!」


 四肢をもがれ、大穴を抉られた十六夜咲夜の肉体。周辺が水路であったことが幸いし、負傷の修繕に事欠くことはなかった。応急の結合だけを済ませ、地上への脱出を目指す彼女の背後から三人の参加者が追い付いた。
 ジョルノ・ジョバァーナ。そしてディエゴの恐竜化を受けていたはずの八雲紫。更に直接の面識こそないが、咲夜の肉体が持つ記憶にある鈴仙・優曇華院・イナバ。少し珍妙な組み合わせであるが……彼らは“どう”だ?

「───止まりなさい。……ジョルノ。私と貴方が初めに出会った場に居合わせた者の名は?」

 銀に光るナイフを一本、近付いてくるジョルノらに切っ先を向ける。
 トリッシュの時と同じ轍を踏むわけにはいかない。ジョルノは今、開口一番に『F・F』と呼んだ。器の持ち主である『十六夜咲夜』の名でなく、本体のF・Fの名を。それは彼が容姿を偽った偽者でなく、自分の知るあのジョルノだという証左と言えるが、前回の失態もありF・Fは用心深い接触を心掛けるようにしていた。

「……トリッシュ、小傘、諏訪子さんにリサリサさんの四人。数時間前の霧の湖、その畔での事です」

 対するジョルノもF・Fの真意に気が回らない事などない。今度こそ安心できる答えが返ってきたことにF・Fは安堵し、構えていたナイフを取り下げる。彼は本物のジョルノ・ジョバァーナと断定していいだろう。
 そして先程まで霊夢と承太郎を治療していた筈の彼が今、こうして別の仲間を連れて地下に居る。傍に連れるべき人間を差し置いて。

「どうしたのですその傷は……? 随分と───」

「私の事はいい。それより……ジョルノ。『二人』は?」

「……霊夢さんと承太郎さんならば、既に治療を終えました。とはいえ瀕死の状態からの緊急処置。敢えて不安にさせるような事を言いますが、後は二人の体力次第です」

 彼の放つ内容はF・Fを完全に安心させるものではない。どころか無責任な言葉にも聞こえた。トラックでの追撃戦が始まる直前、F・Fは「任せた」と確かに言った。死に体の恩人を放っておきながら、どうしてこんな所で油を売っている?

 「F・F。貴方の言わんとしている事は分かります。あれからこちらにも抜き差しならない事情がありましたが……僕の落ち度が非常事態を招きました」

「非常事態……って、どういう事!? まさか霊夢達に何かあったんじゃ……っ!」

 ぶわりとF・Fの銀髪が逆立つ。ディエゴに敗北したのは自分だ。あの後、奴らがトラックに追い付いて暴挙を働いたとしたなら、それは己の落ち度とも言えるが。
 空気に軋みを感じたのか。迫るF・Fと自らの責任を語るジョルノとの境界上に、助け舟がスキマを作った。

「お待ちなさい。詳しい説明なら私からしましょう」

「……八雲、紫」

 空気の乱れをも優雅に受け流す大妖。彼女がまず語ったのは、霊夢と承太郎の安全、その保証である。
 ジョルノとリサリサは任せられた仕事を最後まで全うした。そうでなければ責任感の強いジョルノがこうして地下をウロウロしている筈がないし、そこは責められるべきでないと紫は彼のフォローを行う。
 怪我人二人のアフターケアは途中合流した空条徐倫霧雨魔理沙にバトンを渡した。混沌としたあの戦場でその役を任せるに相応しいと紫が判断した上で彼女らを逃がしたと説明されると、F・Fは未だ不安を隠せない面持ちながらも納得する。
 続いて事の運び。ディエゴと青娥のその後や、新たな危険人物の襲来についての詳細だった。
 霊夢達を狙う者の撃退、第二次諏訪大戦、混沌に導く怪雨、娘殺しの悪魔の奇襲……とてもひと口には説明し尽くせない出来事が紫ら一行を襲ったらしい。

 特に……目をひん剥くような情報が最後に語られたのはF・Fにとっても見逃せない。

「ディアボロ……そいつが、トリッシュの肉体を乗っ取って……!?」

「はい。貴方を襲ったというトリッシュも中身はそいつです。……しかし、無事でいてくれて本当に良かった」

 最後に全てを掻っ攫って消えた悪魔。かの男があのすぐ後まさかF・Fと出逢い、一戦を交えていたとはさしものジョルノとて想定外。ソロでぶつかり合い、敗北したとはいえこうして今F・Fと再会できたことは間違いなく幸運だった。

「ちっとも無事じゃないわよ。……死を覚悟したわ」

 肉体の負傷はある程度治し、現在は情報を交換しながら紫が衣服の補修をやってくれている。所々千切られ、ボロ雑巾同然となった紅魔館の制服は十六夜咲夜にとって忠誠の証。故にこの格好ではあまりにみっともないと、紫からのお節介によりスキマ能力で千切れた服の繊維を一つ一つ繋げて貰っている。

「はい。服の修繕完了」

「恩に着るわ」

「いえいえ。……で、確認するけど、確かにディアボロは禁止エリア内でも平然としていたのね?」

 紫が念を押してくる。事前に仮説を立ててはいたが、F・Fの体験により確定した。あの男は既に脳内爆弾を解除せしめ、あろう事かその上でゲームに興じているのだと。

「最も厄介な可能性にぶち当たっちゃいましたね……」

 鈴仙がぼやく様に、これでディアボロへの対抗策が打ち立てにくくなった。考えようによっては、奴の肉体は爆弾解除に成功した現状唯一のモルモット。奴という肉体を調べれば参加者に掛けられた枷を解くヒントにもなり得るが……。


「紫さん。今、僕達は幾つかの『選択』を迫られています」


 思案する紫の心を読むかのようなタイミングでジョルノが語りかける。ここは重要な場面なのだと、彼は理解できているようだ。伊達にギャングのボスをやっていない。

「私は……やっぱりディアボロを追いたい。こうして被害者も既に出ているし、奴の能力は危険すぎます」

 満を持して鈴仙が自らの意見を主張する。その誉れ高き尊重に値する御意見様は、紫の右耳から左耳を特急通過して虚空へ消える事となる。

「鈴仙~。貴方はあの男に囚われすぎなのよ。忘れろとは言わないけど、今の貴方は己の『大地』を踏み慣らすときじゃなくて?」

「私の……大地、ですか」

「私から見ても貴方はまだ、何もかも途中。中途半端もいい所よ。その点ディアボロは、既に己が道を踏み締めている。
 貴方の歩幅で奴に追い付くには、まず足元をよく見なさい。私から授ける助言はあまり無いわよ」

 鉄は熱いうちに打てというが、方向性も見定まらないままに鈴仙という原石を打っても、出来上がるのはナマクラのポン刀だ。そして、打つべきは紫に非ず。その点で役者が一枚上なのは恐らく、ジョルノなのだろう。
 いつも通りの含んだ言動で、鈴仙の意見は適当に封殺する事とした。上手いことを言っておきながら、要はディアボロの追跡はここでは行わない。今開くべき選択の扉は別にあると、鈴仙を丸め込む為の話術である。
 案の定、鈴仙は苦虫を噛み潰したような顔で、紫の似非アドバイスを真に受けながらコンクリートの地面を踏み踏みと慣らしている。紫の耳に入れたい意見はそっちではなく、参謀を担う彼の方だ。

「今、ディアボロを叩くのはリスキーだと僕も思います。では紫さんはどうお考えですか?」

「私としては、まずジョルノ君の選択を訊いてみたいわね」

「……僕には、二つの選択肢があります。まずは霊夢さんと承太郎さんの無事の確認。治療を任された以上、彼女らの蘇生を最後まで見届けなければならないという責任を感じています」

「それは私の立場としても気に掛かる所ではある。……で、もう一つは?」

「諏訪子さんとリサリサさんが心配です。八坂神奈子でしたか。それと天候を操るあの男……生易しい相手ではない筈」

「加勢、か」

 ジョルノの提案した選択肢は両方共が急を要するルートだ。ディアボロ追跡案とは違い、こちらは向かうべき場所もやるべき事もハッキリしている。
 特に霊夢の生死は幻想郷の維持に大きく関わる。紫個人の感情も反映すれば、彼女の無事だけは最優先したいというのも確かな本音だ。ジョルノの言う責任というのも理解できる。

「……F・F。貴方、どうしたい?」

 単刀直入であった。今や十六夜咲夜と同調した彼女の意思は、霊夢と承太郎への恩に相当傾いている。わざわざ訊くまでもない事であったが……


「霊夢と承太郎に会いに行く。二人は今、何処へ?」


 毅然とした意思表示。少なくともF・Fにディアボロを追う選択は全く無いようだ。肉体の髄まで恐怖を刻み込まれている。
 なれば……この者には任せられそうだ。

「魔理沙達と離れる際に「命蓮寺に向かえ」と指示しておいたわ。反故にされていなければそこに向かったでしょうね。鈴仙、彼女に必要物資を分けてあげなさい」

 F・Fは現在、地図や時計、懐中電灯など最低限の物資が失われている。こちらにはジョルノの分の物が揃っているので、ひとまず彼女に必要な分だけ渡しておく事とした。

「死者内容と禁止エリアも記載してるわ。食糧は悪いけど自分で何とかしてね。貴方が何食べるのか知らないけど」

「助かるわ。霊夢達は命蓮寺、ね? 皆は共に来ないのかしら?」

「霊夢と承太郎はひとまず、貴方に任せようと思います。向こうには魔理沙達も居るし、私達は私達のやるべき選択がありますので」

 ジョルノも鈴仙も紫の方針には少しばかり驚き、互いに目を見合わせた。紫はこれで相当霊夢の心配をしていた様に二人の目からは見えていたのだ。その救うべき人材を他人に任せ、別の選択を取るという。

「ジョルノ君は充分F・Fへの恩義を示したと思うわ。霊夢達の治療をやり遂げたのなら、貴方がこれ以上責任を感じる必要はなくなる。
それに霊夢救援を任せた本人であるF・Fが霊夢に付くのなら、今更貴方が彼女の元へ向かう必要性は薄くなった」

 ハキハキと、紫はあくまで合理的な指針を述べる。トラックとの別れ際、魔理沙に命蓮寺へ行けとは伝えたが、合流の意思は敢えて出さなかった。道中何が起こるかの明瞭な予想は不可能に近く、アクシデント一つで集団の行動は著しく遅延・破綻するのが常だ。
 それにあの魔理沙や霊夢のこと。復活して早々に行動を開始するくらいはやるだろう。いつ到着するかも分からない紫達を合流予定地で呑気に待つよりは、ある程度好きにやらせた方が良い。臨機応変な隊形で動かす為、積極的な合流は最優先ではないと判断し、向かわすのはF・F一人とした。

「では我々は猫の隠れ里……諏訪子さんとリサリサさんに合流しますか?」

 紫の判断にさして不服な様子も見せず、ジョルノは残る一つの選択肢のノブに手を掛ける。

「いえ。やめときましょう、あそこは。カエルとかヘビとか、気色悪いしねぇ」

 が、ノブに掛けた手はあっさりと振り払われることとなった。未だにカエルの粘液やらを気にしているのか。ボロボロとなった手袋を裏に返したり表に向けたりする紫を見て、この御方も生易しい女々しさを吐くものだなあと鈴仙は内心思う。
 尤も、鈴仙とてあの鉄火場に進んで顔を出しに行きたいわけもなく、何よりあそこには自分を容易に叩き伏せた男がまだ居る。出来れば二度とお目にかかりたくない部類の敵なので、この場は紫の意見にも賛成票を入れたい。
 F・Fへと必要な物資を分けたついでに、鈴仙は荷物からペットボトル水を取り出して口を付けた。聡明なスキマ妖怪様のことだ、キチンと先見を見通した上で今後のスケジュールを立てているのだろう。
 それにジョルノが首を縦に振るなら、彼に付いて行くつもりの鈴仙も文句など無い。二つ返事で了承し、この男の子の力になる。その覚悟は固めているつもりだ。

「神奈子に関しては諏訪子に任せた方がいい。家族の問題に部外者が口出すものではないわ。それにあそこにはまだ天候を操る奴がいる。カエルとヘビには免疫を付けた私達でも、次はどうなるか分からない。
 何よりあれからもうかなりの時間が経っている。全ては後の祭り……私の見立てではそう出ている」

「しかし、彼女たちの命が掛かっているかもしれません。その諏訪子さん達や霊夢さん達よりも優先すべき事が……?」

 一つ一つの厄介事に取り組んでいてはキリがない。我々の肉体はたかだか三つしか無いのだ。この人数で全ての災に立ち会っていくのは無理がある。

 だから、本当に『今、為すべき行動』を見極めなければならない。『それ』が出来るのは……この世に八雲紫しかいない。
 ある一つの孤独な『メッセージ』を受け取ることのできた、かの大妖だけなのだ。




「紅魔館へ向かおうと思います」




 そして女は、進むべき運命を唱えた。
 思わぬ地の名前。ジョルノは彼女の意図を図りかね渋顔を作り、そして鈴仙は口に含んだ水を弾幕へと変えて彼の横顔に誤爆した。

「……鈴仙」

「あっ! ご、ごめんねジョルノ君……じゃなくってぇ! 紅魔館ですって!?」

 心臓が一瞬凍り付いた。今、聞き間違いでなければこの御仁は『紅魔館』と言ったのか。
 鈴仙はかの悪魔の館に足を運んだ訳では無いが、あの地にて巫女とスタンド使いは敗れ、八雲紫もケチョンケチョンにされ、ジョルノらが決死の攻防で救出した後も追撃を受けた土着神と時を止めるメイド(の殻)までボロボロにされた挙句、付喪神に至っては原型を残さぬほどに細切れにされている。
 その強烈な殺害現場を訪れた鈴仙自身も、遠方から館を覗いただけで圧倒的な負のオーラで抉られた。何があっても絶対に行きたくないと心で誓ったあの場所に、どうして。

「な、何で!? どうして紅魔館なんですか! 霊夢達を命からがら救って逃げ出せたのは、ついさっきの事ですよね!?」

 ジョルノの手を取り、もう一度歩みを願った鈴仙は、あれから幾らかの話を彼らから聞かされていた。その内容は鈴仙の想像を優に超えるハードなものであり、紅魔で起こった一連の事件は臆病兎を縮み上がらせるに充分な悲惨さである。
 メリットが見当たらないのだ。霊夢を救えた今、何を考えてあの悪の巣窟に舞い戻るというのか。ディアボロ追撃や猫の隠れ里に向かった方がまだ数倍マシだ。

「ムリムリムリムリムリムリムリですって! DIOとかいう吸血鬼を叩くつもりですか!? 他にもそいつの仲間とか手下とかいるかもしれないんでしょう!?」

「ジョルノ貴方、紙と鉛筆持ってない? 私デイバッグ無いから少し貸して欲しいんだけど」

「お願い聞いて!」

 鈴仙の人生を賭けた決死の抗議と文句は、紫の左耳から右耳を回送通過して再び虚空へ消えた。彼女は冗談で言ってるのでなく、鈴仙の慌てふためる痴態を眺める為でもなく、本当に紅魔を目指すつもりらしい。
 小傘の身に降り掛かった悲劇の光景が、否が応でも我が身に重なる。そんな絶望の未来を想像してか、鈴仙の長い兎耳はへにょりと折れ曲がれ、彼女本来の小心者としての性格が必死に拒否権を行使しようと口を動かす。
 その全ての文句を紫は、何やら紙につらつらと文字をこしらえながら「そーね」だの「うんうん」だのと、かなり適当な相槌を返して聞き流しているのだ。
 何を考えているのかまるで掴めない。そんな海底のワカメのように揺らめく紫の心情を推し量れる者など居るのだろうか。鈴仙はとうとう座り込み、震える膝と頭と両耳を同時に抱えた。

「紫さん? 鈴仙の困惑はもっともです。せめて理由を聞きたいのですが……何故また、紅魔館なのですか?」

「よくぞ聞いてくれたわねジョルノ君。当然理由はある。のっぴきならない事情が、厄をこさえて我が鼓膜に届いたみたいなのよねぇ」

 ジョルノの問いにはしっかり即答で応えてくれた辺り、やはりこの女はただ私をからかってるだけなのではなかろうか。鈴仙は涙目のまま、ギロリと紫を横目で睨んだ。

 「その前に……F・F。貴方にこの手紙を預けます。霊夢に無事会えたらコレ、渡しといて欲しいのよ」

 どうやら彼女が書き初めていたのは手紙らしい。綺麗に折りたたまれた簡素な文書は紫の手からF・Fへ渡される。一方的に伝書鳩の役を与えられたF・Fの方も困惑だ。八雲紫という女はマイペースが服を着て歩く様な妖怪で、自分の考えを簡単に打ち明ける性格などしてないらしい。

「え、ええ。霊夢に渡せばいいのね?」

「そ。ちょっとした封印を掛けといたから、あの子じゃないと中身見れないから。お願いね」

「それは良いけど……でも、本気で紅魔館を目指すつもり? 貴方、あそこで何の仕打ちを受けたか忘れたわけじゃあるまいに」

 かく言うF・Fもあの地にて負傷し尻尾を巻いたのも記憶に新しく、おまけに操られていたとはいえ加害者は目の前の本人だ。どうかしてる。

「私達には私達の考えがあるのよ。貴方の方もウカウカしてたら霊夢達に追い付けないわよ? さっ、行った行った」

 鳩の群れでも払う仕草で紫はF・Fを急かす。不服な気持ちもあるが、今の最優先は霊夢・承太郎だ。足を止めている場合ではない。

「F・F。どうやら僕達は貴方と共には行けないようです。……力になれず、すみません」

 ジョルノが申し訳なさ気な顔で一歩前に出る。そんな彼を、F・Fは責めたりしない。そもそもジョルノ達が居なければ霊夢も承太郎も確実に死んでいた。
 随分な厄介事を背負い込ませてしまったと思う。それなのにこの少年は、嫌な顔一つせず命懸けで彼女らを救い出してくれた。後はもう、天命に祈るしかない。

 最後にF・Fは三人に一礼し、一足先に駆け出して行った。僅かなる邂逅であったが、両者にとっては確かな僥倖である。
 純白のエプロンドレスを翻し、闇の奥へと消えていく彼女の後ろ姿を見据えながら紫・ジョルノ・鈴仙は、この小さな交わりを惜しむ様な静寂に包まれた。


【C-3 地下水道/真昼】

フー・ファイターズ@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:十六夜咲夜と融合中、体力消費(中)、精神疲労(中)、手足と首根っこに切断痕
[装備]:DIOのナイフ×11(回収しました)、本体のスタンドDISCと記憶DISC、洩矢諏訪子の鉄輪
[道具]:基本支給品(地図、懐中電灯、時計)、ジャンクスタンドDISCセット2、八雲紫からの手紙
[思考・状況]
基本行動方針:霊夢と承太郎を護る。
1:命蓮寺へ向かい霊夢・承太郎と合流。
2:レミリアに会う?
3:墓場への移動は一先ず保留。
4:空条徐倫と遭遇したら決着を付ける?
5:『聖なる遺体』と大統領のハンカチを回収し、大統領に届ける。
[備考]
※参戦時期は徐倫に水を掛けられる直前です。
※能力制限は現状、分身は本体から5~10メートル以上離れられないのと、プランクトンの大量増殖は水とは別にスタンドパワーを消費します。
ファニー・ヴァレンタインから、ジョニィ、ジャイロ、リンゴォ、ディエゴの情報を得ました。
※咲夜の能力である『時間停止』を認識しています。キング・クリムゾンとの戦闘経験により、停止可能時間が1秒から延びたかもしれません。
※第二回放送の内容を知りました。
※八雲紫らと情報交換をしました。
※「八雲紫からの手紙」の内容はお任せします。

○支給品説明
  • 『八雲紫からの手紙』
大妖怪八雲紫直筆の文書。その中身は彼女が博麗霊夢に宛てた内容であるらしいが、独自の封印術により霊夢でしか封を解けない作りになっているようだ。
手紙の裏には丸っこい文字で「ゆかり♡」と書かれている。




「じゃ、行きましょっか」

「はい。……いやいやいやいや! 流れで終わらせようとしないで下さいよ! 私達に説明すべき事がまだあるでしょう!?」


 そろそろツッコミきれない。どうしてこの人は毎度こう、予想だにしない方向へフワフワ飛んでいくのか。幻想郷の重鎮は大体こんな感じだが。

「そろそろ良いでしょう、紫さん。貴方が再び紅魔館へ向かう理由……それを訊かずして、僕達は同行しかねます」

「そーだそーだ! ジョルノ君の言う通りだっ」

 頼りになる味方を得た鈴仙は、ここぞとばかりにスキマ妖怪を追い込む事で不安を和らげる策に出た。このままでは本当によく分からないまま地獄を見に行く羽目になりそうなので彼女とて必死なのだった。

「ふーん。……どうしても訊きたい?」

 この期に及んで引っ張れる精神は大したものだ。その不動の心だけは本当に尊敬できる。ウチの姫様とタメを張れるだろうか。

「お願いします。あの館には──DIOが居る。僕のスタンドであの男に勝てるかどうか……正直、厳しいので」

「そーだそーだ! ジョルノ君で無理なら私にはもっと無理だっ」

「鈴仙、貴方ヤケになってない?」

 紫の正面で威風堂々と立つジョルノの背後、鈴仙は腕を振り上げて反旗を翻す。本当に行きたくないのだ、紅魔館だけは。けれども、ジョルノがその気ならば最早鈴仙は覚悟をしなければならない。
 親愛なる手を差し伸べてくれた彼を失うのは嫌だ。だがどうやらこの流れは、もう何があっても紫の意思は変えられない気がする。少なくとも、鈴仙如きの反対票では。

 そんな健気で孤独なストライキ姿をひと通り楽しんだ紫は、観念したようにフゥと息を吐き───霊言灼然とばかりに自らの本意を語り始めた。


「───ジョルノ君。貴方には『夢』はあるかしら?」


 突拍子もない質問である。予期しない変化球を投げられはしたが、ことその手の質問に応えるならばジョルノ・ジョバァーナは自信を持って即答できる。同じ質問をかつてトリッシュにも投げ掛けた手前だ。

「勿論。僕の夢は……」

「あぁ、いえいえごめんなさい。重要な事は私自身の方なのよ。貴方の掲げる夢は今回の話に関係しない。自分の心の中に大切に仕舞っておいて頂戴」

 若干だがジョルノはどこかしょげかえった様な表情を浮かべる。斯くして自己アピールの機会を失くしたジョルノは口を閉ざし、話の続きを促す瞳のみを相手に向けた。


「───この八雲紫には『夢』があります」


 夢。かの賢者にも、そのような可愛げのある希望が内在していたのか。野望とか欲望の間違いではないのか。
 ポカンと口を半開きのまま聞くに徹する鈴仙は、少々失礼な感想を頭に浮かべた。どうにも自分の知る『八雲紫』の人物像と、辞書を引けば出てくる『夢』という単語の意味は繋がらない。
 まさか幻想郷をお花畑で一杯にしたいとか、普通の女の子になりたいとか、そんなファンシー次元の夢を語られた日には鈴仙とて爆笑を抑えられる自信が無い。



「私……普通の女の子になりたかったのよ」



 は。


 鈴仙の表情筋がピクリと引き攣り、空気と共に凍り付いた。


「───なんて、冗談よ。……鈴仙?」

「ひょ…………あ、冗談、ですか? あは、アハハハ。冗談! そ、そうですよねー! もーいやだなあ!」

 勘弁して欲しい。これからずっとこの人のノリに付き合って行くというのだから、早くも先行きは未開の大海原だ。お陰で変な声が出たし、ジョルノにも聞かれた。

「女の“子”かはともかく、僕が思っていた以上に貴方は普通というか、俗的な振る舞いも多いですけどね。一つの土地を治める賢者というのはもっと、物腰厳かな堅物だとか、独善的な圧政者なイメージでしたが」

「さらっと酷いことを言われたような気もしたけど、まあ幻想郷っていうのはおおらかな世界なのよ。ここに永く住んでると自然と童心に帰っちゃうわぁ~」

 おおらかな世界、で結論付けられたがそういうものだろうか。この土地と積極的な関わりを持ち始めたのはわりかし最近である鈴仙はちっともピンと来ない。
 本当に、どこまでも掴めない人だ。



「───虹の先を、見つけること。そして、移ろふ妖達を其処へと導くこと」



 トーンが変わった。本題に入ったのだと、二人は声色からすぐに理解する。


「虹とは〝幻想の都〟。幾多もの隘路を経なければ、其の先へは辿り着けない」


 何想い、何紡ぐのか。八雲の賢者は、眩い光を直視する様に瞳を細め、夢を語り続ける。


「幻想の夢は永い様で、儚い一瞬。楽園が失楽園とされる前に、私は虹の先を見つけなければならない」


 それは、夢か。
 それとも、使命か。


「到達すべくは私でなく、楽園の妖達。私はただ其処を見つけ、そっと標を指し示せば良い」


 途方もない、在るかも分からない地点である。
 しかし、『其処』は在るのだ。かつて『其処』に辿り着けた者も、確かに存在した。


「虹の『先』を見つけるには、虹の『上』に立って見渡さねば。私はずっとそうして、虹を渡ってきた」


 虹の上。それは、幻想の都───その遼遠たる上空。
 妖女は都が建つ遥か往古より、虹を登ろうと力を蓄えてきた。


「虹の先を見つけるには『翼』が必要なの。楽園に住む者達には本来、それは既に備わっている。後は『標』と『勇気』だけ」


 幻想郷の少女達の多くには、翼がある。
 心に生やしたそれを羽ばたかせ、彼女らは自由に空を翔ぶのだ。
 後はもう、標だけ。八雲紫はその標という礎に代ることで、時代の狭間に消えつつある彼女らを救おうとした。

 幻想郷とは、消えゆく者達の魅る胡蝶の『夢』。
 故に。
 夢を夢で終わらせないが為に、八雲紫は『夢』を叶える。

 導くこと。
 夢を魅続ける少女達を、羽化させ、虹の先へ。



「──────それが、幻想を愛す私の成す夢」

「──────これは、東方の誰が為に魅る夢」



 ご清聴、ありがとうございました。
 最後に一言、それだけを付け加えて紫は頭を下げた。
 ジョルノも鈴仙も、それに聴き入ってしまう。大老の語る御伽噺の様に、人を魅了する不思議な話し方だった。
 小難しくて遠回し。老獪であり純粋とも。八雲の本来が持つ魔性の魅力。話す内容の半分程でもジョルノは理解できただろうか。
 きっと、ジョルノには分からない。まだ、彼女と彼女の愛する幻想郷を理解するに到れない。

 それでも、理解できる。
 万世を生きた大妖怪・八雲紫が自らの全てを懸けて、成し遂げたいと思う夢。それへの愛が。


「紫さん」

「はい」


 己も覚悟を決めよう。
 ジョルノは紫の瞳を受け捉え、言葉を投げ交わす。

「貴方の、黄金のような『夢』……その欠片を掴む為に、今。紅魔館へ赴かなければならない。そうですね?」

「……片翼をもがれた少女が、助けを求めている。そのメッセージが、境界の狭間を流れて私へと届いた気がするのです」

 紫の言う内容は、断片的なもので、抽象的だった。
 浜辺で拾った手紙入りの小瓶を真に受けて、当てのない大海原へ帆を張るような無茶。

「き、気がする、って……そんな漠然とした直感であの館に行こうって言うんですか!? こっちは『三人』ですよ!?」

 鈴仙の困惑はまさに正しい。傍から見れば紫の指針は、無関係の者を道連れにしようというものだ。

「誰が! 一体、そのメッセージとやらは誰が発信してるんですか!?」

「……分からない。でも、不思議と『よく知る』声だった。そして恐らく、彼女にはもう猶予が無い。何よりも優先してそこへ急ぐ理由とは、そういう事なの」

 紫は、長い長いトンネルの向こう。その闇をじっと見つめた。これは彼女の我儘だ。勝手な夢を語り、同志を作ろうと企んだのも……全て自分の都合のみを考えた卑しいやり口だ。
 それでも、今の紫は弱かった。そんな彼女がジョルノ・ジョバァーナに惹かれるものを感じたのは……きっと、彼の瞳の中に自分と似た大志を見たからだろう。

 あわよくば、今暫し手を貸して欲しい。そうでなければ、届いたメッセージは永遠の闇に葬られるだろう。
 しかし、その言葉は口にできない。紫は二人に、手を貸して欲しいと頼まない。付いて来いと、命令もしない。
 ただ、夢を語っただけ。最低限、それだけの礼節は欠かさずに威を保つ為。成就への一歩を踏み出す為、少年少女のように夢を語った。


「……あの唐傘の子は、最期に夢を掴んだ。虹を掴むことが出来た。でも、虹の『先』へは辿り着けなかった」


 神を砕く顎が、少女の虹色のような夢を壊したからだ。
 それと同じ事が、今また紅魔館で再び起きようとしている。

 紫はジョルノ達に背を向け、闇の先へと一歩踏み出した。


「紅魔館……地図も無いこの地下空間で迷いなく、辿り着けるんですか?」


 先行く紫の足を、少年の言葉が止めた。


「ゴールド・エクスペリエンス。果実へと変えて恐竜共に持ち運ばせた僕の『発信機』はまだ生きています。
……僕なら、迷うことなく地下から紅魔館へ辿り着けます」


 紫は振り返りはしなかったが、ジョルノが気障ったらしい笑みを浮かべながら一歩踏み出したことを察する。


「鈴仙。君さえ良ければだけど、僕らに力を貸してほしい。紅魔館、一緒に来てくれるかい?」


 そして今度は、ジョルノが鈴仙の手を。
 一度は取り合った手と手だ。鈴仙は未だ震えているが、それでもジョルノを死なせたくない。彼の力になれるなら、勇気が湧いてくる。


「……もう。ズルいわよ、そーいうの。わかった、わかりました。覚悟を決めますよ。紅魔館、付いて行きます!」


 そして二人は、紫の後ろへと肩を揃えた。知らずの内に築かれつつある人妖のアーチは、幻想郷においては不和をもたらす関係。
 それでも今は。今だけは。


「……ありがとう」


 その言葉だけは、忘れない。
 仁義に対する礼儀を果たさずして、夢など語れないから。


「───この三人。このチームで。……紅魔館潜入作戦、開始よ」



【C-3 地下水道/真昼】

【ジョルノ・ジョバァーナ@第五部 黄金の風】
[状態]:体力消費(中)、精神疲労(小)、スズラン毒・ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品×1(ジョジョ東方の物品の可能性あり、本人確認済み、武器でない模様)
[思考・状況]
基本行動方針:仲間を集め、主催者を倒す。
1:地下ルートから紅魔館へ向かう。
2:ディアボロをもう一度倒す。
3:あの男(ウェス)と徐倫、何か信号を感じたが何者だったんだ?
4:DIOとはいずれもう一度会う。
[備考]
※参戦時期は五部終了後です。能力制限として、『傷の治療の際にいつもよりスタンドエネルギーを大きく消費する』ことに気づきました。
 他に制限された能力があるかは不明です。
※星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
ディエゴ・ブランドーのスタンド『スケアリー・モンスターズ』の存在を上空から確認し、
 内数匹に『ゴールド・エクスペリエンス』で生み出した果物を持ち去らせました。現在地は紅魔館です。


【八雲紫@東方妖々夢】
[状態]:全身火傷(やや中度)、全身に打ち身、右肩脱臼(スキマにより応急処置ずみ)、左手溶解液により負傷、 背中部・内臓へのダメージ
[装備]:なし(左手手袋がボロボロ)
[道具]:ゾンビ馬(残り5%)
[思考・状況]
基本行動方針:幻想郷を奪った主催者を倒す。
1:地下ルートから紅魔館へ向かい、『声の主』を救う。
2:幻想郷の賢者として、あの主催者に『制裁』を下す。
3:DIOの天国計画を阻止したい。
4:大妖怪としての威厳も誇りも、地に堕ちた…。
[備考]
※参戦時期は後続の書き手の方に任せます。
※放送のメモは取れていませんが、内容は全て記憶しています。
※太田順也の『正体』に気付いている可能性があります。
※真昼時点でのマエリベリー・ハーンのSOSを、境界を通して聞きました。


【鈴仙・優曇華院・イナバ@東方永夜抄】
[状態]:疲労(中)、妖力消費(小)、両頬が腫れている、全身にヘビの噛み傷、ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:ぶどうヶ丘高校女子学生服、スタンドDISC「サーフィス」
[道具]:基本支給品(地図、時計、懐中電灯
、名簿無し)、綿人形、多々良小傘の下駄(左)、不明支給品0~1(現実出典)、
鉄筋(数本)、その他永遠亭で回収した医療器具や物品(いくらかを魔理沙に譲渡)、
式神「波と粒の境界」、鈴仙の服(破損)
[思考・状況]
基本行動方針:ジョルノ、紫らを手助けしていく。
1:地下ルートから紅魔館へ向かう。
2:友を守るため、ディアボロを殺す。少年の方はどうするべきか…?
3:姫海棠はたてに接触。その能力でディアボロを発見する。
4:『第二回放送前後にレストラン・トラサルディーで待つ』という伝言を輝夜とてゐに伝える。ただし、彼女らと同行はしない。
5:ディアボロに狙われているであろう古明地さとりを保護する。
6:柱の男、姫海棠はたては警戒。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※波長を操る能力の応用で、『スタンド』に生身で触ることができるようになりました。
※能力制限:波長を操る能力の持続力が低下しており、長時間の使用は多大な疲労を生みます。
 波長を操る能力による精神操作の有効射程が低下しています。燃費も悪化しています。
 波長を読み取る能力の射程距離が低下しています。また、人の存在を物陰越しに感知したりはできません。
※『八意永琳の携帯電話』、『広瀬康一の家』の電話番号を手に入れました。
※入手した綿人形にもサーフィスの能力は使えます。ただしサイズはミニで耐久能力も低いものです。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※八雲紫・ジョルノ・ジョバァーナと情報交換を行いました。


177:かぜなきし 投下順 179:あやかしウサギは何見て跳ねる
177:かぜなきし 時系列順 179:あやかしウサギは何見て跳ねる
166:生まれついての悪 ジョルノ・ジョバァーナ 185:魔館紅説法
166:生まれついての悪 八雲紫 185:魔館紅説法
166:生まれついての悪 鈴仙・優曇華院・イナバ 185:魔館紅説法
170:悪魔の円舞曲を踊りましょう フー・ファイターズ 200:星屑になる貴方を抱きしめて

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最終更新:2020年08月08日 07:38