真夜中。個室の中でトレンチコートを着た壮年の男が何やら怪しげな陣を描きぶつぶつと話している。誰かに見られたら通報ものだろう。
男の名は
アレックス・オールディス。英国にてしがない情報屋兼探偵を営んでいる魔術使いである。
―――――好き好んでこんなことをしているわけでは無い。ある日時計塔の講師を名乗る魔術師が事務所に来て多大な報奨金を見せながら告げた。
オランダに聖杯が存在する可能性がある。貴殿と見込んで(当然そんなこと言われる実績なんぞない)頼みたい。聖杯についての情報の収集。願わくば聖杯の獲得を。
とのことだ。あまりにも胡散臭すぎる依頼人。依頼内容…仮に依頼を成功しても約束を反故にされて始末されるのが関の山だろう。そして断っても当然そんなことを聞いたやつを活かしておく理由などないだろう。
そういった経緯でオランダにたどり着いた男は情報を収集していく内に手の甲に令呪が発現。参加者となってしまったというわけだ。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。
祖には…(覚えてねえなあ…有名人にしとくか)……ピュタゴラス。
降り立つ風には壁を。
四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。
閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する
―――――Anfang(セット)。
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――――――――告げる。
――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ。」
多大な魔力の放出と共に光があふれる。これこそは過去・現在・未来の英雄や戦士を呼びだす奇跡の一つ。英霊召喚。
光の放出が収まると同時に見えてきた子供の姿を見て男は確信する。こりゃあ聖杯とやらが関わっているのは与太話ではないかもだ、と。
「…割といい加減だったが本当に出てきちまうか。こりゃ聖杯案件ってのはマジかもな。…とするとあの依頼人マジで時計塔の関係者なのか?じゃあなんのために俺なんぞに依頼を…?」
「あの…良いですか?」
「ああ…こりゃ失礼した。私はアレックス・オールディス。イギリスで探偵って仕事をしている。お前さんは?」
「影の国の戦士!ここに!
アーチャーとして現界しました!名前は…その…」
「名乗れないんだろ?安心しな。言う必要は無い。俺…あー、いや私がお前のマスターだ。よろしく頼む。
コンラ」
「…!?僕はまだ名乗っていませんよね!?」
「触媒を使った。お前さんに関係があると言われている指輪でな」
少年に見せた、触媒に使った指輪(家を出る時に貰ったもんだが…ぶっちゃけ今までガラクタだと思っていた。渡されたときに言われた通り由緒あるものなら凄い価値だ)が本物ならば出てくる候補は恐らくは三人。そして十にも満たない子供が出て来たという時点で男の中で答え合わせは完了している。
…まあケルト関係の触媒での召喚かつ幼少期の姿で出てくるという時点ですさまじく答えは縛られるが。そこから更に名乗ることに躊躇するとなったら答えは一つだ。
さて、問題は出て来た戦士がコンラということだ。ケルト神話の一つの時代。アルスターサイクルにおいては五指に入るであろう実力を持つ戦士だが、他の参加者が『この程度』で勝ちきれる英雄・戦士を出してくる保障はあるだろうか?……無いに決まっている。
聖杯とは根源に到達しうるほどの代物。それを求めてやって来る参加者が一つの神話や物語において最強を名乗れない戦士が出る可能性を作る触媒を用意するだろうか?
一応は触媒に頼らず縁で召喚を試みるという方法も有るらしいが――――
巻き込まれたのならばともかく、本気で参戦しようとしてくる連中が触媒を用意しないという不手際をするわけはあるまい。何時開催するかも(調べた範囲では)はっきりしておらず命を落とす危険性が存在するのだから。
さらに言えば、仮にコンラが勝てる英雄を他の参加者が出してきたとして、魔術使いでしかない自分が戦局に影響を与えるとしたら足手まといとしてだろう。だが相手は?
武功を求めて、自分のように巻き込まれて、そして聖杯を求めて…理由は多々考えられるがサーヴァントがほぼ互角ならば決着をつけるのは恐らくはマスターの差だ。魔術使いの自分には荷が勝つだろう。
そうして思案し続けていると『構って!』と言わんばかりの表情をしたコンラが目に入ったので会話をすることにした。
「私の呼びかけに応えて来てくれたのはありがたいが、相手はおそらく全員お前の父親級だ。そしてマスターはきっと私なんぞを遥かに超える怪物揃いだ。慎重にいくぞ」
「猛者が集まっているのですね…!僕はマスターの剣として!武具として!マスターに勝利を捧げることを誓います!」
「あーはいはい。慎重にな…いや本当に慎重にだぞ?お前のゲッシュはキツすぎるしな。今の所出す指示は三つだ。まず一つ目は参加者を見ても勝手に敵だと認識するな。指示があるまで待機しろ。攻めて来たら別だがな」
「はい!誰かを見つけたとしても勝手に攻撃はしません!指示に従います!」
「それと私が止まれと言ったのならば止まれ。ただ止まって死ぬような状況だったら指示に従う必要はないぞ。良いか?止まるんだ。撤退ではないし道を変える必要もない。」
「……?……んー…頑張ります!」
「最後は私の命を守れ。はっきり言ってサーヴァント同士がぶつかり合ったら私は石ころ以下の存在だ」
「はい!!全身全霊でマスターを守ります!」
少年は男の手の甲を見る。令呪を使われるのか?と警戒されていると誤解した男はとっさに次の言葉を口に出した。本心である。
「令呪は使わないでおく。ゲッシュをやるほどの連中を疑うのは悪いしな」
「…!!
信頼に応えるのがアルスターの流儀です!絶対に従います!」
笑顔を輝かせる少年を見てそこまでのリアクションをする言葉か?と思いながら男は考えた。
(出てきたのがこいつの父親か母親なら優勝も狙ったんだがなあ…神話の主人公に戦神だ。まあ流石に神霊は呼べるわけないから父親が来たら、か…)
目の前の自分が召喚した戦士。コンラを見ながら男は心のなかでごちた。敵と認識したら撤退が出来ず、道を決めたら変えることが出来ず、そして自らの名を名乗ることが許されない悲劇の戦士――――――――
戦法を大幅に狭められるとはこりゃ俺の運も尽きたか?いや…そんな触媒を選んだ俺の責任か。男はそう結論付けた。
(マスターは凄い!僕の幸運がCになってる!それに僕のゲッシュにマスターなりの対策をしてくれた!触媒まで用意してくれて…!全力で結果を出さなくちゃ!)
対して、トレンチコートを着た目の前の男を見て少年は称賛した。多くの場合なら幸運Eである自分のステータスがCになっていること。そしてゲッシュのことを知りなんとかしようとしてくれたこと。
元々召喚したマスターに対して忠誠心MAXのちょろすぎるこの少年の忠誠ゲージは振り切れ、視覚で表すならばもはや文字化けを起こしているレベルの評価をした。
こうして互いにすれ違った思いを持ちながら、ここに児童と壮年の組が完成した。
最終更新:2016年09月28日 01:26