「最近、寒くなってきたわねー」
四人並んでの下校中。駅への道を歩きながら、かがみが何気なく呟いた。
秋も半ばを過ぎ、吹く風も涼しいというより冷たいと感じるようになっていた。
「そうですね。そろそろ冬用のコートが必要になってきそうです」
みゆきは襟元を軽く押さえながら応えた。
「コートだけじゃなくて、冬物もそろそろ出しておかないとね」
軽く手の平をこすりながらつかさ。
「冬物かー……」
こなたは何事か思い浮かべている。
「そういえば、みゆきさんとつかさは、編み物とかする?」
「編み物ですか? そうですね。簡単なのですが、暇々にすることがあります」
「私も。モチーフ編みとか結構好きだな」
「なるへそー。二人ともイメージに合うね」
「あの、こなた……私には聞かないわけ?」
「ん? かがみはやらないでしょ?」
「いや、やらないけどさ……」
最初からその前提で話をされると、ちょっぴり傷付くかがみだった。
「そういうこなたはどうなのよ?」
「私もたまにするよ。マフラー編んだりとか」
「手編みのマフラーを? こなたが?」
あまりにイメージと合わなくてか、かがみは目をパチクリさせている。こなたは心外そうに唇を尖らせた。
「私だってそれぐらいするよ。特別難しいものでもないし」
「そ、そうね……」
家庭科全般の苦手なかがみにとっては、特別は付かなくても難しい作業なのだが。
「まあ、かがみにとってはマフラーでも難易度ACEかもしれないけどね」
「う、うっさいな。……それで、そのマフラーはどうしたの? それらしいの使ってたっけ?」
「ううん。人にあげたから」
「へえ……お父さんに?」
日頃から娘を溺愛しているそうじろうなら、手編みのマフラーなど貰った日には目の幅涙を流して「俺は今、モーレツに感動している!!」ぐらいは叫びそうだ。
「違うよ」
しかしこなたはあっけなくかがみの推測を否定した。
「じゃあ、誰に――……!」
まさか、とかがみは一瞬頭に浮かんだ考えを打ち消す。そんな心の動きを知って知らずか、こなたはにんまりと意味深な笑みを浮かべ、
「内緒♪」
と人差し指を立てて言った。
(か、彼氏!? まさかそんな、こなたに限って……いや……社交性低い幼児体型の重度オタクとはいえ、こなたも健全な一女子高生……100%無いとは言い切れないのでは……仮にそうだとしても、一体いつの間に……私を差し置い――って私は関係無いっ!
落ち着け。クールになれ柊かがみ。そうよ、ここで肝心なのはあくまでこなたに彼氏がいるのかどうかが天下分け目の関ヶ原。落ち着いてこの謎の真実を見出すことこそが天上界への結界を開くカギへのどうのこうの――)
勝手に悶々と悩みだしたかがみを尻目に、他の三人は話を続けている。
「編み物って、やり始めるとつい熱中しちゃうよね」
「そうですね。単純な作業の繰り返しですけど、だからこそ夢中になってしまいます」
「つかさもみゆきさんも、好きなことへの集中力凄いもんねぇ」
いつもならここで「漫画やゲームに対するあんたと同じだな」とかがみの憎まれ口が入るところだが、あいにくまだ悶々としていた。
「編み物って、何て言うのかな、同じ物でも編む人の個性が出るよね」
「ああ、分かります。色やデザインのセンスだけではなく、編み目の癖や柔らかさに、編んだ人の気持ちが浮かんでくるような……」
「詩人だねぇみゆきさん。そう思うと、色んな人が編んだのを見てみたい気がするね」
四人並んでの下校中。駅への道を歩きながら、かがみが何気なく呟いた。
秋も半ばを過ぎ、吹く風も涼しいというより冷たいと感じるようになっていた。
「そうですね。そろそろ冬用のコートが必要になってきそうです」
みゆきは襟元を軽く押さえながら応えた。
「コートだけじゃなくて、冬物もそろそろ出しておかないとね」
軽く手の平をこすりながらつかさ。
「冬物かー……」
こなたは何事か思い浮かべている。
「そういえば、みゆきさんとつかさは、編み物とかする?」
「編み物ですか? そうですね。簡単なのですが、暇々にすることがあります」
「私も。モチーフ編みとか結構好きだな」
「なるへそー。二人ともイメージに合うね」
「あの、こなた……私には聞かないわけ?」
「ん? かがみはやらないでしょ?」
「いや、やらないけどさ……」
最初からその前提で話をされると、ちょっぴり傷付くかがみだった。
「そういうこなたはどうなのよ?」
「私もたまにするよ。マフラー編んだりとか」
「手編みのマフラーを? こなたが?」
あまりにイメージと合わなくてか、かがみは目をパチクリさせている。こなたは心外そうに唇を尖らせた。
「私だってそれぐらいするよ。特別難しいものでもないし」
「そ、そうね……」
家庭科全般の苦手なかがみにとっては、特別は付かなくても難しい作業なのだが。
「まあ、かがみにとってはマフラーでも難易度ACEかもしれないけどね」
「う、うっさいな。……それで、そのマフラーはどうしたの? それらしいの使ってたっけ?」
「ううん。人にあげたから」
「へえ……お父さんに?」
日頃から娘を溺愛しているそうじろうなら、手編みのマフラーなど貰った日には目の幅涙を流して「俺は今、モーレツに感動している!!」ぐらいは叫びそうだ。
「違うよ」
しかしこなたはあっけなくかがみの推測を否定した。
「じゃあ、誰に――……!」
まさか、とかがみは一瞬頭に浮かんだ考えを打ち消す。そんな心の動きを知って知らずか、こなたはにんまりと意味深な笑みを浮かべ、
「内緒♪」
と人差し指を立てて言った。
(か、彼氏!? まさかそんな、こなたに限って……いや……社交性低い幼児体型の重度オタクとはいえ、こなたも健全な一女子高生……100%無いとは言い切れないのでは……仮にそうだとしても、一体いつの間に……私を差し置い――って私は関係無いっ!
落ち着け。クールになれ柊かがみ。そうよ、ここで肝心なのはあくまでこなたに彼氏がいるのかどうかが天下分け目の関ヶ原。落ち着いてこの謎の真実を見出すことこそが天上界への結界を開くカギへのどうのこうの――)
勝手に悶々と悩みだしたかがみを尻目に、他の三人は話を続けている。
「編み物って、やり始めるとつい熱中しちゃうよね」
「そうですね。単純な作業の繰り返しですけど、だからこそ夢中になってしまいます」
「つかさもみゆきさんも、好きなことへの集中力凄いもんねぇ」
いつもならここで「漫画やゲームに対するあんたと同じだな」とかがみの憎まれ口が入るところだが、あいにくまだ悶々としていた。
「編み物って、何て言うのかな、同じ物でも編む人の個性が出るよね」
「ああ、分かります。色やデザインのセンスだけではなく、編み目の癖や柔らかさに、編んだ人の気持ちが浮かんでくるような……」
「詩人だねぇみゆきさん。そう思うと、色んな人が編んだのを見てみたい気がするね」
* * *
「おや、編み物の本? 小早川さん、マフラーでも編むの?」
お昼休みの一年D組教室。ゆたかが広げている本を横から覗いて、ひよりが尋ねた。
「うん。ちょっとチャレンジしようかなーって」
ゆたかは少し照れ顔になりながら頷く。
「ひょっとして――誰かにプレゼントとか?」
「うん。上手くできたら、そうしようと思ってるんだ」
「おお、やはり……!」
手編みのマフラー! 「乙女らしいアイテム」という番付けがあれば間違いなく上位に食い込むであろう至高の品。それをゆたかが……ひよりのボルテージは否が応にも盛り上がる。
(冬も押し迫ったある日のこと、放課後の体育館裏、小早川さんと岩崎さんが二人きりで向かい合い……)
早速妄想に入っているひよりはさておき、みなみと、ついでにパティも話に寄ってきた。
「編み物ですカ。乙女チックで良いですネー」
「まだ初心者だから、作り目だけでも一苦労だけどね」
「誰かに教わったりとかは……?」
「うんとね……お姉ちゃんに教わろうかと思ったんだけど」
「けど?」
「お姉ちゃんにプレゼントしたい物を、お姉ちゃんに教わるのはおかしいし」
「へ……?」
ページ換算で五ページ目ぐらいまで妄想(R-15ぐらいの)を進めていたひよりは、たちまち現実に還ってきた。
「マフラーあげるのって、泉先輩になの?」
「うん。そうだよ」
「そ、そうだったんだ。あはは……」
勇み足でみな×ゆたを妄想していたひよりは、照れ隠しの笑みを浮かべる。ゆたかはわけが分からず小首を傾げていた。
「ところで、どうしてコナタにマフラーですカ?」
パティの質問に、ゆたかは微笑みながら答える。
「実はね、前にお姉ちゃんから手編みのマフラーをプレゼントしてもらったことがあるんだ。ちょうど今ぐらいの寒くなってきた時期に。風邪をひかないようにって。凄く嬉しかったんだ」
「それでお返しに……」
「なるほド。美しきイトコ愛ですネ」
純粋に感心するみなみとパティの横で、ひよりは必死に「自重しろ」と自分に言い聞かせていた。こな×ゆたは良い意味(?)で不意打ちだった。
「でも……やっぱりやめといた方がいいかなぁ」
眺めていた編み物の本を閉じながら、ゆたかはにわかに声を曇らせた。
「どうして……?」
「お姉ちゃんの方が私より上手く編めるんだし、私が下手なの作っても仕方ないんじゃないかな、って……」
弱気になっているゆたか。その背中を、パティの手に平が大きな音を立てて叩いた。
「そんな心配、必要Nothingですヨ、ユタカ。堂々とプレゼントしてしまえばいいのでス」
「私も……そう思う」
パティの励ましに、みなみも同意して頷く。
「そ、そうかな……?」
「そうですヨ。ついた餅より心持ち、と日本の諺にもあるでス」
「出来不出来は関係なく、ゆたかが一生懸命マフラーを編んだその気持ちを、先輩はきっと喜んでくれるはず……」
「…………そっか。そうだね」
言葉を重ねて後押ししてくれる二人に、ゆたかは笑顔で大きく頷いた。
「うん! ありがとうみなみちゃん、パティちゃん。私、頑張ってみるよ!」
握り拳で気合いを入れ、ゆたかは編み物の本を広げて熱心に再読しはじめた。
お昼休みの一年D組教室。ゆたかが広げている本を横から覗いて、ひよりが尋ねた。
「うん。ちょっとチャレンジしようかなーって」
ゆたかは少し照れ顔になりながら頷く。
「ひょっとして――誰かにプレゼントとか?」
「うん。上手くできたら、そうしようと思ってるんだ」
「おお、やはり……!」
手編みのマフラー! 「乙女らしいアイテム」という番付けがあれば間違いなく上位に食い込むであろう至高の品。それをゆたかが……ひよりのボルテージは否が応にも盛り上がる。
(冬も押し迫ったある日のこと、放課後の体育館裏、小早川さんと岩崎さんが二人きりで向かい合い……)
早速妄想に入っているひよりはさておき、みなみと、ついでにパティも話に寄ってきた。
「編み物ですカ。乙女チックで良いですネー」
「まだ初心者だから、作り目だけでも一苦労だけどね」
「誰かに教わったりとかは……?」
「うんとね……お姉ちゃんに教わろうかと思ったんだけど」
「けど?」
「お姉ちゃんにプレゼントしたい物を、お姉ちゃんに教わるのはおかしいし」
「へ……?」
ページ換算で五ページ目ぐらいまで妄想(R-15ぐらいの)を進めていたひよりは、たちまち現実に還ってきた。
「マフラーあげるのって、泉先輩になの?」
「うん。そうだよ」
「そ、そうだったんだ。あはは……」
勇み足でみな×ゆたを妄想していたひよりは、照れ隠しの笑みを浮かべる。ゆたかはわけが分からず小首を傾げていた。
「ところで、どうしてコナタにマフラーですカ?」
パティの質問に、ゆたかは微笑みながら答える。
「実はね、前にお姉ちゃんから手編みのマフラーをプレゼントしてもらったことがあるんだ。ちょうど今ぐらいの寒くなってきた時期に。風邪をひかないようにって。凄く嬉しかったんだ」
「それでお返しに……」
「なるほド。美しきイトコ愛ですネ」
純粋に感心するみなみとパティの横で、ひよりは必死に「自重しろ」と自分に言い聞かせていた。こな×ゆたは良い意味(?)で不意打ちだった。
「でも……やっぱりやめといた方がいいかなぁ」
眺めていた編み物の本を閉じながら、ゆたかはにわかに声を曇らせた。
「どうして……?」
「お姉ちゃんの方が私より上手く編めるんだし、私が下手なの作っても仕方ないんじゃないかな、って……」
弱気になっているゆたか。その背中を、パティの手に平が大きな音を立てて叩いた。
「そんな心配、必要Nothingですヨ、ユタカ。堂々とプレゼントしてしまえばいいのでス」
「私も……そう思う」
パティの励ましに、みなみも同意して頷く。
「そ、そうかな……?」
「そうですヨ。ついた餅より心持ち、と日本の諺にもあるでス」
「出来不出来は関係なく、ゆたかが一生懸命マフラーを編んだその気持ちを、先輩はきっと喜んでくれるはず……」
「…………そっか。そうだね」
言葉を重ねて後押ししてくれる二人に、ゆたかは笑顔で大きく頷いた。
「うん! ありがとうみなみちゃん、パティちゃん。私、頑張ってみるよ!」
握り拳で気合いを入れ、ゆたかは編み物の本を広げて熱心に再読しはじめた。
「ところでミナミは編み物しないですカ?」
「あ、そういえば。みなみちゃんって何でも出来そうだけど――」
期待を込めた視線を向けるゆたかだが、みなみは申し訳なさそうに首を横に振った。
「やったことない……」
「そっかー」
「手編みのを貰ったことならあるけど……」
「へえ」
「二メートル以上あるマフラーを」
「二メートル以上!? それって首に巻ききれないんじゃ?」
「うん……だから使ったことがない」
「だよねぇ。失敗作なのかな?」
「やれやれ……分かっていないですネー、ミナミもユタカも」
「「?」」
肩をすくめてため息をつくパティに、みなみとゆたかが首を傾げる。
「そういうVery longなマフラーの使い道は一ツ! 二人並んで仲良く首に巻くのですヨ!」
「あー」
「なるほど……」
納得して手を打つゆたかとみなみ。確かにイメージするとしっくりくるような。
「……今度やってみようか。ゆたか」
「え……わ、私でいいの?」
「うん……ゆたかがよかったら」
微笑みながら、みなみは何でもないことのようにそう言う。ゆたかは嬉しそうに頬を染めて頷いた。
みなみがゆたかを誘ったのは、何の含みもないことだ。が、
(うおおお、乙女百合色地獄~……!)
和やかなその光景の横で、さっきから空気になっているひよりは頭から湯気を出して身悶えていた。
「あ、そういえば。みなみちゃんって何でも出来そうだけど――」
期待を込めた視線を向けるゆたかだが、みなみは申し訳なさそうに首を横に振った。
「やったことない……」
「そっかー」
「手編みのを貰ったことならあるけど……」
「へえ」
「二メートル以上あるマフラーを」
「二メートル以上!? それって首に巻ききれないんじゃ?」
「うん……だから使ったことがない」
「だよねぇ。失敗作なのかな?」
「やれやれ……分かっていないですネー、ミナミもユタカも」
「「?」」
肩をすくめてため息をつくパティに、みなみとゆたかが首を傾げる。
「そういうVery longなマフラーの使い道は一ツ! 二人並んで仲良く首に巻くのですヨ!」
「あー」
「なるほど……」
納得して手を打つゆたかとみなみ。確かにイメージするとしっくりくるような。
「……今度やってみようか。ゆたか」
「え……わ、私でいいの?」
「うん……ゆたかがよかったら」
微笑みながら、みなみは何でもないことのようにそう言う。ゆたかは嬉しそうに頬を染めて頷いた。
みなみがゆたかを誘ったのは、何の含みもないことだ。が、
(うおおお、乙女百合色地獄~……!)
和やかなその光景の横で、さっきから空気になっているひよりは頭から湯気を出して身悶えていた。
* * *
「ただいま戻りましたー」
学校から帰宅したみゆきだが、いつもなら帰ってくるゆかりの「おかえり」が無い。
電話かと思ったが、話し声はしない。しかし気配はある。
居間の様子を見て、みゆきは合点がいって苦笑した。
「……あ、みゆき。おかえり~」
ようやく娘の帰宅に気付いたゆかり。その間も、ソファに座りながら指と編み棒を休まず動かしている。
「ごめんね~、帰ってきたの気付かなくて」
「いえいえ」
みゆきが自室に鞄を置いて服を着替えてまた居間に戻ってくるまでも、ゆかりは熱心に編み物を続けていた。
「マフラーですか?」
「そうよ~」
太めの毛糸をガーター編みで、チクチクと編み進めるゆかりは実に楽しそうだ。
「みゆき、蜜柑剥いてくれる~?」
「はい」
居間のテーブルには蜜柑のお盆がある。一杯に盛ってあるところを見るに、編み物をしながら食べようと思っていたが、ついつい編む方にばかり集中していたのだろう。
綺麗に剥き終えた蜜柑を差し出すと、ゆかりは編み棒を置いて一息ついた。
「ふ~、ずっと続けてたから肩が凝っちゃった」
「どのくらい続けてたんですか?」
「ん~……お昼ご飯の後、しばらくしてからずっとかしら」
「それはまた……」
みゆきにすれば午後の授業から帰宅するまでの間、ずっと編み物をしていたわけか。
よく見ればゆかりの編んだマフラーは長々と床にとぐろを巻いている。大蛇の如く、というほどではないが、少なくともマフラーの平均的な長さはとうに超えていた。
「あらやだ」
ゆかりも今ようやくそのことに気付いたらしい。
「やっちゃった~。編み物って、やり始めるとついついはまっちゃうわよね~」
「そうですね。これ、ほどいて短くしますか?」
「ん~……いいわ。このまま完成させちゃいましょ」
「え、でも――」
「ほら、こうすれば」
ゆかりは出来かけの長~いマフラーを自分の首に一巻きして、そのままみゆきの首にも巻き付けた。
「ね? 二人分でお得でしょ」
無邪気な笑みを浮かべて、ゆかりはそんなことを言う。みゆきもつられて笑ってしまった。
「確かに、お得かもしれませんね」
「でしょう。今度これでお買い物に行きましょう」
「えっと、それはちょっと恥ずかしいのでは……」
ゆかりの提案に困惑しながら、みゆきは以前にもこんな風に長いマフラーを、ゆかりが編んでしまったことを思い出す。あれはみなみにあげたのだが、その後はどうなっているのやら。
学校から帰宅したみゆきだが、いつもなら帰ってくるゆかりの「おかえり」が無い。
電話かと思ったが、話し声はしない。しかし気配はある。
居間の様子を見て、みゆきは合点がいって苦笑した。
「……あ、みゆき。おかえり~」
ようやく娘の帰宅に気付いたゆかり。その間も、ソファに座りながら指と編み棒を休まず動かしている。
「ごめんね~、帰ってきたの気付かなくて」
「いえいえ」
みゆきが自室に鞄を置いて服を着替えてまた居間に戻ってくるまでも、ゆかりは熱心に編み物を続けていた。
「マフラーですか?」
「そうよ~」
太めの毛糸をガーター編みで、チクチクと編み進めるゆかりは実に楽しそうだ。
「みゆき、蜜柑剥いてくれる~?」
「はい」
居間のテーブルには蜜柑のお盆がある。一杯に盛ってあるところを見るに、編み物をしながら食べようと思っていたが、ついつい編む方にばかり集中していたのだろう。
綺麗に剥き終えた蜜柑を差し出すと、ゆかりは編み棒を置いて一息ついた。
「ふ~、ずっと続けてたから肩が凝っちゃった」
「どのくらい続けてたんですか?」
「ん~……お昼ご飯の後、しばらくしてからずっとかしら」
「それはまた……」
みゆきにすれば午後の授業から帰宅するまでの間、ずっと編み物をしていたわけか。
よく見ればゆかりの編んだマフラーは長々と床にとぐろを巻いている。大蛇の如く、というほどではないが、少なくともマフラーの平均的な長さはとうに超えていた。
「あらやだ」
ゆかりも今ようやくそのことに気付いたらしい。
「やっちゃった~。編み物って、やり始めるとついついはまっちゃうわよね~」
「そうですね。これ、ほどいて短くしますか?」
「ん~……いいわ。このまま完成させちゃいましょ」
「え、でも――」
「ほら、こうすれば」
ゆかりは出来かけの長~いマフラーを自分の首に一巻きして、そのままみゆきの首にも巻き付けた。
「ね? 二人分でお得でしょ」
無邪気な笑みを浮かべて、ゆかりはそんなことを言う。みゆきもつられて笑ってしまった。
「確かに、お得かもしれませんね」
「でしょう。今度これでお買い物に行きましょう」
「えっと、それはちょっと恥ずかしいのでは……」
ゆかりの提案に困惑しながら、みゆきは以前にもこんな風に長いマフラーを、ゆかりが編んでしまったことを思い出す。あれはみなみにあげたのだが、その後はどうなっているのやら。
* * *
「おーす」
気怠げな声で一応の挨拶をして、保健室の戸を開ける。
「桜庭先生、どうしたんですか? もう放課後ですけど」
「片付けたい仕事があってな。ちょっと場所貸してくれ」
「困りますよ。ここはそういう場所ではないんですから」
唐突に訪れたひかるに、養護教諭のふゆきは一応の注意をする。毎度あまり意味が無いが。
「職員室よりこっちの方が落ち着くからなー。冷暖房は完備だし」
「それは職員室もでしょう」
「静かだし」
「職員室だってそううるさくないでしょう」
「ふゆきがいるし」
「……学校では先生を付けて下さいってば」
ため息をつくふゆきをよそに、ひかるは椅子に座って片付けたい仕事とやらに取り掛かる。小テストの採点らしい。それほど急ぐ仕事ではないだろうに。
今は休んでいる生徒もいないし、少しなら良いか。そう考えながら、ふゆきは自分の甘さにもう一度ため息をついた。
「近頃、冷えてきたなー」
視線は採点作業から動かさずに、ひかるが不意に呟いた。
「そうですね。そろそろ冬のきざしが見える頃でしょうか」
「だな。炬燵が恋しい季節だ」
「そんなこと言って、炬燵に入ったままうたた寝なんかしたらダメですよ」
「ああ。ところで保健室には炬燵置かないのか?」
「置くわけないでしょう」
「そうか。あると助かるんだがな」
多分、冗談なのだろう。ふゆきにはいまいち笑えないが。
「寒くなりそうだな……」
窓の外に目を移しながら、ひかるはさっきと同じ様なことを呟く。何か他に言いたいことでもあるのだろうか。
ふゆきがお茶の用意をしながらしばらく黙っていると、ひかるは重たげに口を開いた。
「なあ、ふゆき」
「はい?」
「今年はマフラーくれないのか?」
「え? ……ああ」
そういえば去年の今頃、ふゆきが手編みのマフラーをひかるにあげたのだった。
受け取った時は特別喜んだ様子もなく淡々としていたが、あれで嬉しかったらしい。わざわざ保健室に来て催促するぐらいには。
「去年あげたのがあるでしょう」
また編むぐらいは何でもないが、ふゆきは少し意地悪がしたくてそう言った。
「手編みのマフラーっていうのはそういうもんじゃないだろう」
「じゃあどういうものなんですか? まさか去年あげたマフラーを、もうダメにしちゃったんじゃないでしょうね」
「いや、そんなことはないが――」
「ならちゃんとそれを使って下さい。何本も持ってたって仕方ないでしょう」
「……分かった。じゃあマフラーはいいから結婚してくれ」
「何が『じゃあ』ですか。全く……」
ふゆきは呆れてため息をつきながら、今度手袋でも編もうかなどと考える。そしてやっぱり自分の甘さにもう一度ため息をついた。
「ため息つくと寿命が縮むぞ、ふゆき。私よりは長生きしてくれないと困るからな、色々と」
「そう思うなら、もうちょっとしっかりして下さい」
程よく温いお茶を二人分、湯飲みに注ぎながら、今度はため息ではなく苦笑を漏らすふゆきだった。
気怠げな声で一応の挨拶をして、保健室の戸を開ける。
「桜庭先生、どうしたんですか? もう放課後ですけど」
「片付けたい仕事があってな。ちょっと場所貸してくれ」
「困りますよ。ここはそういう場所ではないんですから」
唐突に訪れたひかるに、養護教諭のふゆきは一応の注意をする。毎度あまり意味が無いが。
「職員室よりこっちの方が落ち着くからなー。冷暖房は完備だし」
「それは職員室もでしょう」
「静かだし」
「職員室だってそううるさくないでしょう」
「ふゆきがいるし」
「……学校では先生を付けて下さいってば」
ため息をつくふゆきをよそに、ひかるは椅子に座って片付けたい仕事とやらに取り掛かる。小テストの採点らしい。それほど急ぐ仕事ではないだろうに。
今は休んでいる生徒もいないし、少しなら良いか。そう考えながら、ふゆきは自分の甘さにもう一度ため息をついた。
「近頃、冷えてきたなー」
視線は採点作業から動かさずに、ひかるが不意に呟いた。
「そうですね。そろそろ冬のきざしが見える頃でしょうか」
「だな。炬燵が恋しい季節だ」
「そんなこと言って、炬燵に入ったままうたた寝なんかしたらダメですよ」
「ああ。ところで保健室には炬燵置かないのか?」
「置くわけないでしょう」
「そうか。あると助かるんだがな」
多分、冗談なのだろう。ふゆきにはいまいち笑えないが。
「寒くなりそうだな……」
窓の外に目を移しながら、ひかるはさっきと同じ様なことを呟く。何か他に言いたいことでもあるのだろうか。
ふゆきがお茶の用意をしながらしばらく黙っていると、ひかるは重たげに口を開いた。
「なあ、ふゆき」
「はい?」
「今年はマフラーくれないのか?」
「え? ……ああ」
そういえば去年の今頃、ふゆきが手編みのマフラーをひかるにあげたのだった。
受け取った時は特別喜んだ様子もなく淡々としていたが、あれで嬉しかったらしい。わざわざ保健室に来て催促するぐらいには。
「去年あげたのがあるでしょう」
また編むぐらいは何でもないが、ふゆきは少し意地悪がしたくてそう言った。
「手編みのマフラーっていうのはそういうもんじゃないだろう」
「じゃあどういうものなんですか? まさか去年あげたマフラーを、もうダメにしちゃったんじゃないでしょうね」
「いや、そんなことはないが――」
「ならちゃんとそれを使って下さい。何本も持ってたって仕方ないでしょう」
「……分かった。じゃあマフラーはいいから結婚してくれ」
「何が『じゃあ』ですか。全く……」
ふゆきは呆れてため息をつきながら、今度手袋でも編もうかなどと考える。そしてやっぱり自分の甘さにもう一度ため息をついた。
「ため息つくと寿命が縮むぞ、ふゆき。私よりは長生きしてくれないと困るからな、色々と」
「そう思うなら、もうちょっとしっかりして下さい」
程よく温いお茶を二人分、湯飲みに注ぎながら、今度はため息ではなく苦笑を漏らすふゆきだった。
* * *
「つかさ、ちょっといい?」
「あ、お姉ちゃん。どうしたの?」
夜。かがみが部屋を尋ねると、つかさはクリーム色の太い毛糸を右手の指に絡めて、何やら熱心に作業していた。
「それ、何してるの?」
「指編みだよ。今日、こなちゃんやゆきちゃんと編み物の話してたから、久しぶりにちょっとね」
会話しながら、つかさは指を器用に動かす。一見するとあやとりを複雑にしたような作業で、みるみる毛糸が編み上がっていく。
「へー……上手いわね」
「これは指リリヤンだから簡単だよ。こうやって、ぼーっとしながらでも指を動かしてたら、いつのまにか手の後ろに編めてるの」
言うとおり、つかさの右手の甲からは何十㎝も毛糸の帯が垂れていた。もうちょっと長くして形を整えれば、すぐにでもマフラーとして完成しそうだ。
「ところでお姉ちゃん、何か用事?」
「えっ……あ、うん……まあ」
頷きながら、かがみは言い辛そうに言葉を濁らせる。
「その……実は私の用件もそれで」
「それって?」
「今日、編み物の話してたじゃない? みゆき達と」
「うん」
途中から何か悶々と悩み出したかがみは、半分しか話に参加していなかったが。
「それで、その……そういうのって覚えて損はないだろうし、私も少し……やってみようかなー、なんて」
照れるようなことでもないだろうに、かがみは顔を赤くしながら途切れ途切れに話す。
「それじゃあ、これやってみる? 五本指のリリヤン」
つかさは毛糸を絡めた自分の手を掲げて、屈託無く提案した。
「それってすぐに出来るの?」
「うん。毛糸と指だけで出来るし、慣れればとっても簡単だよ」
つかさはそう言うと、自分が進めていた編み物を一端はずして、脇に置いていた籠を引き寄せた。中には編み棒、毛糸玉、鋏など、編み物に必要な道具一式が小綺麗にまとめられている。
「そんなに色々持ってたんだ」
「お母さんのお古とかもあるけどね。お姉ちゃん、菫色が好きだったよね」
つかさはそう言って、薄紫の毛糸玉を取り上げた。
「そうだけど……そっちの、黒い毛糸の方がいいな」
「そう? じゃあ、そっちでやろっか」
薄紫の毛糸玉を籠に戻し、代わりに黒い毛糸玉を取り上げる。
「そういえば黒色はお姉ちゃんだけじゃなくて、こなちゃんも好きな色なんだよね」
「なっ、何でそこでこなたが出てくるのよ!?」
「別に。思っただけー」
邪気の無い笑みを浮かべるつかさだが、かがみには時々この笑いが天然の皮を被った小悪魔に見えた。
「それじゃあ、教えて上げるね。手出して」
「こう?」
「うん。まずは糸を親指にこうやって巻いて――」
まずは手取り足取り、つかさが直接かがみの指に毛糸を絡めながら基本の編み方を教える。
「あ、お姉ちゃん。どうしたの?」
夜。かがみが部屋を尋ねると、つかさはクリーム色の太い毛糸を右手の指に絡めて、何やら熱心に作業していた。
「それ、何してるの?」
「指編みだよ。今日、こなちゃんやゆきちゃんと編み物の話してたから、久しぶりにちょっとね」
会話しながら、つかさは指を器用に動かす。一見するとあやとりを複雑にしたような作業で、みるみる毛糸が編み上がっていく。
「へー……上手いわね」
「これは指リリヤンだから簡単だよ。こうやって、ぼーっとしながらでも指を動かしてたら、いつのまにか手の後ろに編めてるの」
言うとおり、つかさの右手の甲からは何十㎝も毛糸の帯が垂れていた。もうちょっと長くして形を整えれば、すぐにでもマフラーとして完成しそうだ。
「ところでお姉ちゃん、何か用事?」
「えっ……あ、うん……まあ」
頷きながら、かがみは言い辛そうに言葉を濁らせる。
「その……実は私の用件もそれで」
「それって?」
「今日、編み物の話してたじゃない? みゆき達と」
「うん」
途中から何か悶々と悩み出したかがみは、半分しか話に参加していなかったが。
「それで、その……そういうのって覚えて損はないだろうし、私も少し……やってみようかなー、なんて」
照れるようなことでもないだろうに、かがみは顔を赤くしながら途切れ途切れに話す。
「それじゃあ、これやってみる? 五本指のリリヤン」
つかさは毛糸を絡めた自分の手を掲げて、屈託無く提案した。
「それってすぐに出来るの?」
「うん。毛糸と指だけで出来るし、慣れればとっても簡単だよ」
つかさはそう言うと、自分が進めていた編み物を一端はずして、脇に置いていた籠を引き寄せた。中には編み棒、毛糸玉、鋏など、編み物に必要な道具一式が小綺麗にまとめられている。
「そんなに色々持ってたんだ」
「お母さんのお古とかもあるけどね。お姉ちゃん、菫色が好きだったよね」
つかさはそう言って、薄紫の毛糸玉を取り上げた。
「そうだけど……そっちの、黒い毛糸の方がいいな」
「そう? じゃあ、そっちでやろっか」
薄紫の毛糸玉を籠に戻し、代わりに黒い毛糸玉を取り上げる。
「そういえば黒色はお姉ちゃんだけじゃなくて、こなちゃんも好きな色なんだよね」
「なっ、何でそこでこなたが出てくるのよ!?」
「別に。思っただけー」
邪気の無い笑みを浮かべるつかさだが、かがみには時々この笑いが天然の皮を被った小悪魔に見えた。
「それじゃあ、教えて上げるね。手出して」
「こう?」
「うん。まずは糸を親指にこうやって巻いて――」
まずは手取り足取り、つかさが直接かがみの指に毛糸を絡めながら基本の編み方を教える。
「――で、こうやって糸をかえして、かけかえるの。これを繰り返すんだよ。やってみて」
「ええと……」
かがみは糸をかける順番を思い出しながら、辿々しく指と毛糸を動かす。つかさよりだいぶ時間をかけて、どうにか一巡できた。
「これでいいの?」
「そうそう。お姉ちゃん上手だよ。それじゃあ、その調子でどんどん編んでいこう」
そう言って、つかさは中断していた自分の編み物を指に戻して再開する。
二人で向かい合ってあぐらをかきながら、静かに毛糸を編んでいく。
かがみは覚えたての指編みに神経を集中しているが、つかさは鼻歌まじりで余裕しゃくしゃくだ。
(かなわないなぁ……)
休まず指を動かしながら、かがみは胸中で嘆息する。
学業やスポーツなら総じてかがみが上だが、こういう家庭的な分野になるとつかさのスキルは圧倒的だ。
(長い目で見て幸せになれそうなのって、やっぱりつかさみたいなタイプなんじゃないかな……)
人には得手不得手があるといえばそれまでだが、無い物ねだりというか、羨ましく感じる時が無いとは言えなかった。
「お姉ちゃん、だいぶ出来てきたね」
「え? あ……ホントだ」
さっきつかさが言っていた通り、ぼーっと指を動かしていたらいつの間にか手の後ろに編めていた。
「ね? 慣れると簡単でしょ」
「うん。そうね」
やっているうちに要領が掴めてきたのか、かがみの方も雑談しながら編んでいくぐらいに余裕が出来てきた。
「ねえつかさ。あんた、こなたが手編みのマフラーあげた相手、誰だか知ってる?」
「え?」
「ほら、今日の帰りに……こなたが話してたでしょ」
「ああ、うん。誰だろうね? 私も知らないや」
「そう……」
一体誰にあげたのだろう。気になる。今考えていてもどうしようもないが。
時折話をしたりしながら、二人は毛糸を編んでいく。
「ええと……」
かがみは糸をかける順番を思い出しながら、辿々しく指と毛糸を動かす。つかさよりだいぶ時間をかけて、どうにか一巡できた。
「これでいいの?」
「そうそう。お姉ちゃん上手だよ。それじゃあ、その調子でどんどん編んでいこう」
そう言って、つかさは中断していた自分の編み物を指に戻して再開する。
二人で向かい合ってあぐらをかきながら、静かに毛糸を編んでいく。
かがみは覚えたての指編みに神経を集中しているが、つかさは鼻歌まじりで余裕しゃくしゃくだ。
(かなわないなぁ……)
休まず指を動かしながら、かがみは胸中で嘆息する。
学業やスポーツなら総じてかがみが上だが、こういう家庭的な分野になるとつかさのスキルは圧倒的だ。
(長い目で見て幸せになれそうなのって、やっぱりつかさみたいなタイプなんじゃないかな……)
人には得手不得手があるといえばそれまでだが、無い物ねだりというか、羨ましく感じる時が無いとは言えなかった。
「お姉ちゃん、だいぶ出来てきたね」
「え? あ……ホントだ」
さっきつかさが言っていた通り、ぼーっと指を動かしていたらいつの間にか手の後ろに編めていた。
「ね? 慣れると簡単でしょ」
「うん。そうね」
やっているうちに要領が掴めてきたのか、かがみの方も雑談しながら編んでいくぐらいに余裕が出来てきた。
「ねえつかさ。あんた、こなたが手編みのマフラーあげた相手、誰だか知ってる?」
「え?」
「ほら、今日の帰りに……こなたが話してたでしょ」
「ああ、うん。誰だろうね? 私も知らないや」
「そう……」
一体誰にあげたのだろう。気になる。今考えていてもどうしようもないが。
時折話をしたりしながら、二人は毛糸を編んでいく。
「私はこれで完成、と」
つかさの毛糸は、もう十分な長さまで編み上がっていた。
「あとはこうして…………鋏で先っちょを揃えて完成だよ。ほら」
出来上がったマフラーを、両手で広げてみせるつかさ。少し照れくさそうだが、満面の笑みは誇らしげに輝いている。
「……」
「? ……お姉ちゃん、どうかした?」
毛糸を編む指を一旦止めて、かがみはじっとつかさの顔を見ている。そしておもむろに口を開いた。
「なんて言うか……つかさが私の妹で良かったなーって。改めて感じてさ」
「ふぇ?」
唐突にそんなことを言われて、つかさの目が点になる。
「な、何で?」
「別に。思っただけよ。えっと……私のも、これぐらいまで編んだらもういいのかしら? ちょっと短い?」
「そうだね。でもこなちゃんは小さいから、少しぐらい短い方がちょうどいいかも」
「だから何でそこでこなたが出てくるんだっつーの!! 関係ないから! もっと長くするから!」
夜半の編み物は、もうしばらく続きそうだった。
つかさの毛糸は、もう十分な長さまで編み上がっていた。
「あとはこうして…………鋏で先っちょを揃えて完成だよ。ほら」
出来上がったマフラーを、両手で広げてみせるつかさ。少し照れくさそうだが、満面の笑みは誇らしげに輝いている。
「……」
「? ……お姉ちゃん、どうかした?」
毛糸を編む指を一旦止めて、かがみはじっとつかさの顔を見ている。そしておもむろに口を開いた。
「なんて言うか……つかさが私の妹で良かったなーって。改めて感じてさ」
「ふぇ?」
唐突にそんなことを言われて、つかさの目が点になる。
「な、何で?」
「別に。思っただけよ。えっと……私のも、これぐらいまで編んだらもういいのかしら? ちょっと短い?」
「そうだね。でもこなちゃんは小さいから、少しぐらい短い方がちょうどいいかも」
「だから何でそこでこなたが出てくるんだっつーの!! 関係ないから! もっと長くするから!」
夜半の編み物は、もうしばらく続きそうだった。
* * *
「へー、かがみも編み物始めたんだ」
「始めたって言っても、簡単な手編みを習っただけだけどね」
四人揃ってのいつものお昼休み。つかさが昨夜の編み物について話していて、話題は自然とかがみのことに移っていた。
「で、何編んだの?」
「とりあえずマフラーを」
「へえ。どんなのか見せてよ」
からかうよりも、純粋に興味津々といった様子でこなたがそう言うが、
「まだ初心者なんだから、わざわざ見せるほどのもんじゃないわよ」
出来映えに自信が無いこともあって、かがみは消極的にお断りする。
「そんなの気にしなくていいじゃん。今度かがみんちに行った時にでも見せてよ」
しかしこなたは食い下がる。
「いや、だから……」
何と言えばいいのか、かがみは迷っている。すると、横からつかさが助け船を出した。
「お姉ちゃんのマフラー、初めてなのに凄く上手かったよ。見てもらってもいいんじゃない?」
こなたに(←助け船)。
「ちょっ……つかさ……!」
「師匠(マスター)つかさのお許しも出たことだし、見せてもらってもいいよね?」
「……わ、わかったわよ」
渋々ながら了承するかがみだった。
(まあ、別に見られるだけなら何ともないことだし……黒は私も好きな色だし……つかさに変なこと言わないよう釘を刺しておかないと――)
「あ。ひょっとしてそのマフラー、誰かにあげるつもりだったりした?」
「なっ……」
唐突なこなたの台詞に思考を中断されたかがみは、咄嗟に否定の言葉が出てこず、口をパクパクさせている。
「おや、図星?」
「まあ、そうなんですか? かがみさん」
「ち……違うわよ! そんなわけないでしょ! みゆきまで何言ってんのよ!」
ようやく息を整え、慌てて否定する。
「ふーむ……ムキになって否定するところがますます怪しい」
「だから違うって!」
「じゃあ何でそんなに必死なの?」
「え……?」
「マフラーあげる相手なんて、別に彼氏と限らないじゃん。家族とか友達とか」
「あ……」
かがみ自身が昨日、最初に想像してこなたに言ったことだ。「お父さんに?」と。
「始めたって言っても、簡単な手編みを習っただけだけどね」
四人揃ってのいつものお昼休み。つかさが昨夜の編み物について話していて、話題は自然とかがみのことに移っていた。
「で、何編んだの?」
「とりあえずマフラーを」
「へえ。どんなのか見せてよ」
からかうよりも、純粋に興味津々といった様子でこなたがそう言うが、
「まだ初心者なんだから、わざわざ見せるほどのもんじゃないわよ」
出来映えに自信が無いこともあって、かがみは消極的にお断りする。
「そんなの気にしなくていいじゃん。今度かがみんちに行った時にでも見せてよ」
しかしこなたは食い下がる。
「いや、だから……」
何と言えばいいのか、かがみは迷っている。すると、横からつかさが助け船を出した。
「お姉ちゃんのマフラー、初めてなのに凄く上手かったよ。見てもらってもいいんじゃない?」
こなたに(←助け船)。
「ちょっ……つかさ……!」
「師匠(マスター)つかさのお許しも出たことだし、見せてもらってもいいよね?」
「……わ、わかったわよ」
渋々ながら了承するかがみだった。
(まあ、別に見られるだけなら何ともないことだし……黒は私も好きな色だし……つかさに変なこと言わないよう釘を刺しておかないと――)
「あ。ひょっとしてそのマフラー、誰かにあげるつもりだったりした?」
「なっ……」
唐突なこなたの台詞に思考を中断されたかがみは、咄嗟に否定の言葉が出てこず、口をパクパクさせている。
「おや、図星?」
「まあ、そうなんですか? かがみさん」
「ち……違うわよ! そんなわけないでしょ! みゆきまで何言ってんのよ!」
ようやく息を整え、慌てて否定する。
「ふーむ……ムキになって否定するところがますます怪しい」
「だから違うって!」
「じゃあ何でそんなに必死なの?」
「え……?」
「マフラーあげる相手なんて、別に彼氏と限らないじゃん。家族とか友達とか」
「あ……」
かがみ自身が昨日、最初に想像してこなたに言ったことだ。「お父さんに?」と。
「それだけ狼狽するあたり、誰かを意識してたのかねぇ」
「してないわよ! 誰も!」
「じゃあそのマフラー私にちょうだい」
「え……」
かがみの目が点になる。
「かがみの手編みのマフラー、欲しいなぁ」
「ば……馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。何であんたにあげなきゃいけないのよ」
「私が欲しいから頼んでるんだよ。かがみが嫌なら仕方ないけど」
「……」
「……だめ?」
俯いたかがみの顔を、こなたが上目遣いに覗き込む。
「……まあ、あげないこともないけど」
「ホントっ!?」
途端に目を輝かせるこなた。犬に喩えればちぎれんばかりに尻尾を振っているところだ。
「その代わり、一つ教えなさいよ」
「何を?」
「あんたも……その……手編みのマフラー、誰かにあげたんでしょ。昨日言ってた。誰にあげたのか――」
「ああ。ゆーちゃんにだよ」
「へ……」
「だからゆーちゃんにあげたの。マフラー」
「……ふーん。そう」
(そっか。そうか、そりゃそうよね……そのへんよね……)
努めて平然とうなずきながら、内心ひたすらホッとしているかがみだった。
「何? ひょっとして私に彼氏がいたんじゃないかとか心配してたの?」
「違うわよ。そんな心配、するだけ無駄だし」
「ほほう。ちゃんと私がかがみ一筋だと分かってくれてたんだ」
「んなっ……!?」
「おかえしに私もかがみに何か編んであげないとね。何がいいかなぁ。かがみ、黒色とか好きだったよね。手芸屋さんで黒の毛糸買っておこっかな」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよこなた! そういう冗談は――」
「あ、色だったら、お姉ちゃんが編んだマフラーもこなちゃんの好きな――」
「つかさは余計なこと言うな――っ!!」
何だかんだで、かがみ手編みのマフラーは、無事にこなたがゲットいたしましたとさ。
「してないわよ! 誰も!」
「じゃあそのマフラー私にちょうだい」
「え……」
かがみの目が点になる。
「かがみの手編みのマフラー、欲しいなぁ」
「ば……馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。何であんたにあげなきゃいけないのよ」
「私が欲しいから頼んでるんだよ。かがみが嫌なら仕方ないけど」
「……」
「……だめ?」
俯いたかがみの顔を、こなたが上目遣いに覗き込む。
「……まあ、あげないこともないけど」
「ホントっ!?」
途端に目を輝かせるこなた。犬に喩えればちぎれんばかりに尻尾を振っているところだ。
「その代わり、一つ教えなさいよ」
「何を?」
「あんたも……その……手編みのマフラー、誰かにあげたんでしょ。昨日言ってた。誰にあげたのか――」
「ああ。ゆーちゃんにだよ」
「へ……」
「だからゆーちゃんにあげたの。マフラー」
「……ふーん。そう」
(そっか。そうか、そりゃそうよね……そのへんよね……)
努めて平然とうなずきながら、内心ひたすらホッとしているかがみだった。
「何? ひょっとして私に彼氏がいたんじゃないかとか心配してたの?」
「違うわよ。そんな心配、するだけ無駄だし」
「ほほう。ちゃんと私がかがみ一筋だと分かってくれてたんだ」
「んなっ……!?」
「おかえしに私もかがみに何か編んであげないとね。何がいいかなぁ。かがみ、黒色とか好きだったよね。手芸屋さんで黒の毛糸買っておこっかな」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよこなた! そういう冗談は――」
「あ、色だったら、お姉ちゃんが編んだマフラーもこなちゃんの好きな――」
「つかさは余計なこと言うな――っ!!」
何だかんだで、かがみ手編みのマフラーは、無事にこなたがゲットいたしましたとさ。
- おまけ
「ほう、編み物か。スタンダードに女の子らしい話題で盛り上がっとんな」
「あ、先生」
休み時間。こなた達が編み物談義に花を咲かせているところに、ふと黒井先生が顔を覗かせた。
「先生も編み物するんですか?」
「んー……まあな。ちょっとはな」
黒井先生の言葉には、どことなく含んだ響きがあった。
「もしやかなりの腕前ですか」
こなたが目を光らせると、黒井先生は不敵な笑みを浮かべた。
「ふっ……まあ、この程度のもんや」
そういって先生は持っていた鞄から、一着の毛糸のカーディガンを取り出した。
「こ、これは……!」
こなたをはじめ、四人が瞠目する。言うまでもなく手編み。メチャクチャ手が込んでて、しかも上手だ。一朝一夕で編める物では無い。
何でそんなの持ち歩いてるんだとか野暮な突っ込みは抜きにして、見事な出来映えだった。
「凄いですね、黒井先生」
「はっはっは。褒めるな褒めるな」
「人は見かけによらないってホントですね」
「うぉい」
見かけ云々はさておき、黒井先生の編み物の腕前が相当であるのは確かだ。
「凄いなぁ~……先生、何か上達のコツとかあるんですか?」
素直に感心しきりのつかさが尋ねる。その後ろで、こなたとかがみとみゆきが何やら小声でやり取りしていた。
(ひょっとして恋人のために練習したとかだったりして)
(まさか……黒井先生って彼氏いないんじゃないの?)
(いやぁ、わかんないよ。ひょっとしたらひょっとするかも……)
(お年を考えれば、泉さんの推測もおかしくはないと思いますよ。誰かのために頑張るということなら、上達も早いかもしれません)
「上達のコツ言うたら、やっぱあれやな」
こなた達のヒソヒソ話には気付かず、黒井先生は人差し指を立てて言った。
「自分が使うために編んでれば、妥協したないし、出来るだけ良いもん作りたい思て頑張れるやん?」
「「「「……」」」」
一瞬。ほんの一瞬、こなた達の間にシベリアのブリザードを超える冷風が通り抜けた。
「そしたら自然と上手くなっていくで。それじゃ、あんたらも精進しいや~」
カラリとした笑みを浮かべながら、黒井先生はその場を去っていった。
「……私、あそこまで上手くなりたくないな」
ポツリと呟いたこなたの言葉は、四人全員が少なからず胸に抱いた気持ちだった。
「あ、先生」
休み時間。こなた達が編み物談義に花を咲かせているところに、ふと黒井先生が顔を覗かせた。
「先生も編み物するんですか?」
「んー……まあな。ちょっとはな」
黒井先生の言葉には、どことなく含んだ響きがあった。
「もしやかなりの腕前ですか」
こなたが目を光らせると、黒井先生は不敵な笑みを浮かべた。
「ふっ……まあ、この程度のもんや」
そういって先生は持っていた鞄から、一着の毛糸のカーディガンを取り出した。
「こ、これは……!」
こなたをはじめ、四人が瞠目する。言うまでもなく手編み。メチャクチャ手が込んでて、しかも上手だ。一朝一夕で編める物では無い。
何でそんなの持ち歩いてるんだとか野暮な突っ込みは抜きにして、見事な出来映えだった。
「凄いですね、黒井先生」
「はっはっは。褒めるな褒めるな」
「人は見かけによらないってホントですね」
「うぉい」
見かけ云々はさておき、黒井先生の編み物の腕前が相当であるのは確かだ。
「凄いなぁ~……先生、何か上達のコツとかあるんですか?」
素直に感心しきりのつかさが尋ねる。その後ろで、こなたとかがみとみゆきが何やら小声でやり取りしていた。
(ひょっとして恋人のために練習したとかだったりして)
(まさか……黒井先生って彼氏いないんじゃないの?)
(いやぁ、わかんないよ。ひょっとしたらひょっとするかも……)
(お年を考えれば、泉さんの推測もおかしくはないと思いますよ。誰かのために頑張るということなら、上達も早いかもしれません)
「上達のコツ言うたら、やっぱあれやな」
こなた達のヒソヒソ話には気付かず、黒井先生は人差し指を立てて言った。
「自分が使うために編んでれば、妥協したないし、出来るだけ良いもん作りたい思て頑張れるやん?」
「「「「……」」」」
一瞬。ほんの一瞬、こなた達の間にシベリアのブリザードを超える冷風が通り抜けた。
「そしたら自然と上手くなっていくで。それじゃ、あんたらも精進しいや~」
カラリとした笑みを浮かべながら、黒井先生はその場を去っていった。
「……私、あそこまで上手くなりたくないな」
ポツリと呟いたこなたの言葉は、四人全員が少なからず胸に抱いた気持ちだった。
いつか、誰かのために編めるようになるといいね、先生。
おわり
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- ↓黒井先生のマフラーというより、黒井先生が欲しいな、俺は。 -- 名無しさん (2009-07-28 00:46:59)
- どうしよう…黒井先生のマフラーほしいとかおもってしまった…
あ、こなたはかがみとイチャイチャしてていいですよ? -- 名無しさん (2009-03-26 20:08:41) - 指だけで編みこむってワザがあるんですね・・・ -- 名無しさん (2009-01-11 22:45:10)
- 黒井先生…… -- 名無しさん (2009-01-11 22:10:44)
- 場面が移り変わりつつも話が繋がっていく構成が巧いです。
みんながそれぞれ繋がっていて編模様が作られていく……
それだけにオチに笑いましたw -- 名無しさん (2007-10-26 01:47:21) - それぞれの描写が上手くて素敵です!!!
かがみの手編みマフラー…欲しい(笑) -- 名無しさん (2007-10-23 01:22:07)