「うぷっ……」
黒井ななこは目の前のケーキを見て吐き気を催した。実際には吐くほどではないのだが、
とにかく気持ち悪い。
クリスマスの夜にケーキを1ホール丸ごと買って、そのうち半分を消化したものの、
一晩でそれだけ食べれば胸焼けして当たり前。明け方近くまで酒を飲みながらネトゲで
遊び、そこから眠って昼に起きても気分は良くならず、残り半分などとても食べる気に
なれなかった。
なんでそんなに買ってしまったかと言えば、同情とか憐憫とかそういった類の感情が
動機の大半であり、深く考えると悲しくなるのでやめておいた。
「あかん、後にしよ」
ケーキという体裁を考えれば残りの半分を45度ずつくらいに切って4日に分けて
食べるのがいいだろうと計算して、とりあえずケーキを再び冷蔵庫にしまった。一般的な
ケーキの賞味期限というのがどれくらいなのかは知らなかったが、あまり気にしないこと
にした。
甘味の代表たるケーキを連続して食べるという所業がもたらす結果を、女として気に
しないわけでもないのだが、かと言って捨てるわけにもいかない。食べ物を粗末にする
のは罰が当たる。
そう、これは善行なのだ。本来なら捨てられるはずだったケーキをすんでのところで
救い、人に食べられるというケーキとしての本分を遂げさせてあげるという、慈悲深い
行動なのだ。日本人でキリスト教徒でもないくせにクリスマスだと言って浮かれて騒いで
いる世間の奴らとは違う。ローマ教皇だってクリスマスが商業主義に汚染されているのは
残念なことと批判していたではないか。
決して、クリスマスに楽しいことがなかったので妬んでいるわけではない。
(しかし、ケーキをこんなになぁ……)
気が遠のきそうな予感がして詳しい計算はしていないのだが、きっと膨大な数字になる
はずだった。健全な精神は健全な肉体に宿るというし、少しは運動しておくべきかも
しれない。
あくまで自分の健康のためである。健全な肉体のほうが他人にとって魅力的であること
は知っているが、クリスマスだからといって生殖行為に励む奴らのように、パートナーが
欲しいからではない。ないったらない。
とりあえず胃薬を一袋飲んで、普段着に着替えて街に出ることにした。ジョギングでは
なくウォーキングなのは時間をかけたいからであって、走るのが疲れるからではない。
黒井ななこは目の前のケーキを見て吐き気を催した。実際には吐くほどではないのだが、
とにかく気持ち悪い。
クリスマスの夜にケーキを1ホール丸ごと買って、そのうち半分を消化したものの、
一晩でそれだけ食べれば胸焼けして当たり前。明け方近くまで酒を飲みながらネトゲで
遊び、そこから眠って昼に起きても気分は良くならず、残り半分などとても食べる気に
なれなかった。
なんでそんなに買ってしまったかと言えば、同情とか憐憫とかそういった類の感情が
動機の大半であり、深く考えると悲しくなるのでやめておいた。
「あかん、後にしよ」
ケーキという体裁を考えれば残りの半分を45度ずつくらいに切って4日に分けて
食べるのがいいだろうと計算して、とりあえずケーキを再び冷蔵庫にしまった。一般的な
ケーキの賞味期限というのがどれくらいなのかは知らなかったが、あまり気にしないこと
にした。
甘味の代表たるケーキを連続して食べるという所業がもたらす結果を、女として気に
しないわけでもないのだが、かと言って捨てるわけにもいかない。食べ物を粗末にする
のは罰が当たる。
そう、これは善行なのだ。本来なら捨てられるはずだったケーキをすんでのところで
救い、人に食べられるというケーキとしての本分を遂げさせてあげるという、慈悲深い
行動なのだ。日本人でキリスト教徒でもないくせにクリスマスだと言って浮かれて騒いで
いる世間の奴らとは違う。ローマ教皇だってクリスマスが商業主義に汚染されているのは
残念なことと批判していたではないか。
決して、クリスマスに楽しいことがなかったので妬んでいるわけではない。
(しかし、ケーキをこんなになぁ……)
気が遠のきそうな予感がして詳しい計算はしていないのだが、きっと膨大な数字になる
はずだった。健全な精神は健全な肉体に宿るというし、少しは運動しておくべきかも
しれない。
あくまで自分の健康のためである。健全な肉体のほうが他人にとって魅力的であること
は知っているが、クリスマスだからといって生殖行為に励む奴らのように、パートナーが
欲しいからではない。ないったらない。
とりあえず胃薬を一袋飲んで、普段着に着替えて街に出ることにした。ジョギングでは
なくウォーキングなのは時間をかけたいからであって、走るのが疲れるからではない。
走らなかったのは正解やな、と自分の胃の調子を確認しながら、ななこは心中で呟いた。
走っていたら間違いなく胃にもたれていた。
なんとなくいつもより冷たい気がする風に吹かれながら、道行く人々に目配せをする。
街を歩けばたくさんの人とすれ違うが、この中の何割かはななこと同じように健全に
クリスマスを過ごした人種であるはずだ。残りの何割かは関係の浅い宗教とはいえ神聖な
日にかこつけて欲にまみれた夜を過ごした不届き者なわけだが、そういう奴らを見分け
ようと、必死に目を血走らせたわけでは、決してない。手を繋いで歩いているカップルを
見て、心の中で『お前ら目障りや』と罵倒することなど、あるはずもない。
自分にはクリスマスなどという行事は全く関係ないのだから。
何の信仰も持っていないくせにキリストの誕生日を理由に騒ぎ立てる連中がほんの
ちょっとだけ不愉快なだけだ。こちらもそこまで狭量ではないから、表立って騒ぎ立てて
浮かれている連中の機嫌を損ねるようなことをするつもりもないが。
街の風景に目をやれば、前日までとの違いは、それ専用の飾りが撤去されていること
以外には特になかった。世間というのはこんなものなのだ。
名前にクリスマスと付かないケーキが昨日よりもさらに安く売られている店もあったが、
流石にこれ以上のケーキは遠慮したく――
「あ、先生ー」
聞き慣れた声がした先を振り返ってみれば、そこには昨晩のネトゲでずっと一緒だった
泉こなたがいた。誰かと一緒という様子は見られず、本屋で買い物した後と思しき袋を
持っている。高校二年生であるこなただが、中身が参考書ということはないだろうと、
ななこは考えていた。
「なんや、泉か。どしたんや、こんなところで」
「ちょっとコミケに向けて買い物を。先生は?」
「んー……なんもないわ。ただブラブラしとるだけ。強いて言えば食後の散歩やな」
ただし、昨晩食べたケーキを消化するための散歩なのだが。
「そういや、泉はいつ起きたんや? 寝たのは同じくらいだったはずやけど」
「二時間くらい前ですね。ちょっと眠いです」
「うっ……」
ななこが起きたのは一時間前だった。
「昨日はクリスマスでバイトが盛況でしたから、いつもより疲れてたみたいです」
しかも、いつもより睡眠時間は多いほうらしい。
「これが若さか……」
思わず赤い機体に乗っていることで有名な人の名台詞を真似してしまった。
「で、確か泉は家でお父さんと二人きりやったか」
「先生は一人きりだったんですよね」
思わず握り拳を振り上げる。
「わ、先生、暴力反対!」
「あ、すまんすまん」
天下の往来でこれはまずい。家でならいいというわけでもないが。
と、ここで閃いた。
「なあ泉、今の侘びってわけやないけど、ウチに来んか? ケーキあるで。二人きりって
ことはケーキはなかったんやろ?」
あのケーキを片付けてしまおうと。そんなななこの誘いに、こなたはすぐに返事はせず、
しばらく考え込んでから顎に手をやってニヤリと笑みを浮かべる。
「クリスマスに寂しくなって思わず売れ残りのケーキを買ったものの、一人では食べきれ
ないから私に食べさせようっていうわけですね」
「な……んなわけないやろ!?」
見事に図星を突かれ、ななこはうろたえた。
「た、ただ気まぐれにケーキを食べたくなったら、大きいのしか売ってなかっただけや。
クリスマスなんかウチには関係あらへんよ? そもそも日本人なんやからクリスチャン
やないウチらが祝ってどうするんやっちゅー話やないか」
「先生……」
なんだか哀れみの目で見られているような気がしてならない。
「いいですよ、先生の家に行きましょう。……独身美人女教師の部屋にお呼ばれ……
これって立派なフラグだよね……」
こなたの呟きを、ななこは聞かないフリをした。
走っていたら間違いなく胃にもたれていた。
なんとなくいつもより冷たい気がする風に吹かれながら、道行く人々に目配せをする。
街を歩けばたくさんの人とすれ違うが、この中の何割かはななこと同じように健全に
クリスマスを過ごした人種であるはずだ。残りの何割かは関係の浅い宗教とはいえ神聖な
日にかこつけて欲にまみれた夜を過ごした不届き者なわけだが、そういう奴らを見分け
ようと、必死に目を血走らせたわけでは、決してない。手を繋いで歩いているカップルを
見て、心の中で『お前ら目障りや』と罵倒することなど、あるはずもない。
自分にはクリスマスなどという行事は全く関係ないのだから。
何の信仰も持っていないくせにキリストの誕生日を理由に騒ぎ立てる連中がほんの
ちょっとだけ不愉快なだけだ。こちらもそこまで狭量ではないから、表立って騒ぎ立てて
浮かれている連中の機嫌を損ねるようなことをするつもりもないが。
街の風景に目をやれば、前日までとの違いは、それ専用の飾りが撤去されていること
以外には特になかった。世間というのはこんなものなのだ。
名前にクリスマスと付かないケーキが昨日よりもさらに安く売られている店もあったが、
流石にこれ以上のケーキは遠慮したく――
「あ、先生ー」
聞き慣れた声がした先を振り返ってみれば、そこには昨晩のネトゲでずっと一緒だった
泉こなたがいた。誰かと一緒という様子は見られず、本屋で買い物した後と思しき袋を
持っている。高校二年生であるこなただが、中身が参考書ということはないだろうと、
ななこは考えていた。
「なんや、泉か。どしたんや、こんなところで」
「ちょっとコミケに向けて買い物を。先生は?」
「んー……なんもないわ。ただブラブラしとるだけ。強いて言えば食後の散歩やな」
ただし、昨晩食べたケーキを消化するための散歩なのだが。
「そういや、泉はいつ起きたんや? 寝たのは同じくらいだったはずやけど」
「二時間くらい前ですね。ちょっと眠いです」
「うっ……」
ななこが起きたのは一時間前だった。
「昨日はクリスマスでバイトが盛況でしたから、いつもより疲れてたみたいです」
しかも、いつもより睡眠時間は多いほうらしい。
「これが若さか……」
思わず赤い機体に乗っていることで有名な人の名台詞を真似してしまった。
「で、確か泉は家でお父さんと二人きりやったか」
「先生は一人きりだったんですよね」
思わず握り拳を振り上げる。
「わ、先生、暴力反対!」
「あ、すまんすまん」
天下の往来でこれはまずい。家でならいいというわけでもないが。
と、ここで閃いた。
「なあ泉、今の侘びってわけやないけど、ウチに来んか? ケーキあるで。二人きりって
ことはケーキはなかったんやろ?」
あのケーキを片付けてしまおうと。そんなななこの誘いに、こなたはすぐに返事はせず、
しばらく考え込んでから顎に手をやってニヤリと笑みを浮かべる。
「クリスマスに寂しくなって思わず売れ残りのケーキを買ったものの、一人では食べきれ
ないから私に食べさせようっていうわけですね」
「な……んなわけないやろ!?」
見事に図星を突かれ、ななこはうろたえた。
「た、ただ気まぐれにケーキを食べたくなったら、大きいのしか売ってなかっただけや。
クリスマスなんかウチには関係あらへんよ? そもそも日本人なんやからクリスチャン
やないウチらが祝ってどうするんやっちゅー話やないか」
「先生……」
なんだか哀れみの目で見られているような気がしてならない。
「いいですよ、先生の家に行きましょう。……独身美人女教師の部屋にお呼ばれ……
これって立派なフラグだよね……」
こなたの呟きを、ななこは聞かないフリをした。
「ケーキとってくるから、少し待っとけや」
「はーい」
寝室兼仕事部屋兼パソコン部屋にこなたを待たせ、冷蔵庫からケーキを取り出した。
1ホールが半分になった状態のケーキは見られたくなかったので、そこから自分の分と
こなたの分だけを切り分けて皿に載せる。散歩のおかげでケーキ一切れ分くらいは胃袋の
調子も回復してきた。せっかくだからとコーヒーを淹れてミルクと砂糖をカップと一緒に
コースターに載せる。後は好みで入れてもらえばいい。
「あ、そや、フォークもやな」
一人暮らしをやっていると、思わず独り言が出るものだ。
計四皿とフォークとスプーンをお盆にのせてこなたを待たせた部屋に戻ると、こなたは
その部屋のゴミ箱の中を覗き込んでいた。
「コラ泉! お前なにやっとんのや」
親しき仲にも礼儀あり。教師としても人生の先輩としても、言うべきことははっきり
言っておかなければならない。自分の机にお盆をおいて、こなたに詰め寄った。
「すいません……これが見えたもので」
こなたが手にとっていたのは、ケン○ッキーフライドチキンのお持ち帰り袋。ななこが
昨日食べたのを、ここに捨てたのだ。
「やっぱり先生、本当はクリスマス」
「何を言っとるんや、泉。ウチはただなんとなくフライドチキンが食べたくなっただけや。
普段は食べることもあらへんし、たまにはええかなーって思っただけや。クリスマスなん
ちゅう行事とは何の関係もあらへん。そもそもクリスマスにフライドチキンを食べるなんて
のはケン○ッキーの策略にすぎんのや」
「先生、必死すぎですよ……」
こなたの視線が痛かった。
「ええか泉、ウチはクリスマスなんて行事とは一切関係なく生きとるんや」
「じゃあこれはなんですか?」
こなたが指差したのは、シャンパンの空き瓶。出かける前にちゃんと片付けておけば
よかったと後悔した。
「た、たまたま飲みたくなっただけや。大人ってのは違う種類の酒も呑みたくなってくる
もんなんや。泉も大人になればわかる」
「でもってケーキ1ホールですよね」
「み、見たんか!?」
「いえ、見てません」
カマをかけられたことに気付いて頭を抱えた。
「この調子だと晩御飯はいつもより豪華にしてますよね」
「いやな、人間たまには贅沢したくなるものなんやって。世間的に贅沢が許されとる日に
ちょこっとだけやってみるっちゅーのが……」
大人になると、何か特別なことをするには言い訳が必要になってくるものなのだ。
「先生……」
俯いたこなたの瞳を覗き込むと、なぜか涙目になっていた。
「泉!? どうして」
「先生が可哀想で……先生がウチにクリスマスは関係ないとか言いながらケーキを丸ごと
買って食べたりシャンパン一瓶を飲んだり、フライドチキンとか普段より豪勢な晩御飯を
一人で食べているところを想像すると……」
しばくぞこのガキ。
喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。こなたがわざわざ来てくれた理由の一つとして
こうやってからかうつもりがあったことは明白であり、それにいちいち付き合っていては
身がもたない。一瞬本気で慌てた自分が嫌になった。
「言ってくれれば、私が一緒にいてあげたのに」
「へ?」
こなたの言葉を理解するよりも先に、こなたがななこの胸に飛び込んできた。
「はーい」
寝室兼仕事部屋兼パソコン部屋にこなたを待たせ、冷蔵庫からケーキを取り出した。
1ホールが半分になった状態のケーキは見られたくなかったので、そこから自分の分と
こなたの分だけを切り分けて皿に載せる。散歩のおかげでケーキ一切れ分くらいは胃袋の
調子も回復してきた。せっかくだからとコーヒーを淹れてミルクと砂糖をカップと一緒に
コースターに載せる。後は好みで入れてもらえばいい。
「あ、そや、フォークもやな」
一人暮らしをやっていると、思わず独り言が出るものだ。
計四皿とフォークとスプーンをお盆にのせてこなたを待たせた部屋に戻ると、こなたは
その部屋のゴミ箱の中を覗き込んでいた。
「コラ泉! お前なにやっとんのや」
親しき仲にも礼儀あり。教師としても人生の先輩としても、言うべきことははっきり
言っておかなければならない。自分の机にお盆をおいて、こなたに詰め寄った。
「すいません……これが見えたもので」
こなたが手にとっていたのは、ケン○ッキーフライドチキンのお持ち帰り袋。ななこが
昨日食べたのを、ここに捨てたのだ。
「やっぱり先生、本当はクリスマス」
「何を言っとるんや、泉。ウチはただなんとなくフライドチキンが食べたくなっただけや。
普段は食べることもあらへんし、たまにはええかなーって思っただけや。クリスマスなん
ちゅう行事とは何の関係もあらへん。そもそもクリスマスにフライドチキンを食べるなんて
のはケン○ッキーの策略にすぎんのや」
「先生、必死すぎですよ……」
こなたの視線が痛かった。
「ええか泉、ウチはクリスマスなんて行事とは一切関係なく生きとるんや」
「じゃあこれはなんですか?」
こなたが指差したのは、シャンパンの空き瓶。出かける前にちゃんと片付けておけば
よかったと後悔した。
「た、たまたま飲みたくなっただけや。大人ってのは違う種類の酒も呑みたくなってくる
もんなんや。泉も大人になればわかる」
「でもってケーキ1ホールですよね」
「み、見たんか!?」
「いえ、見てません」
カマをかけられたことに気付いて頭を抱えた。
「この調子だと晩御飯はいつもより豪華にしてますよね」
「いやな、人間たまには贅沢したくなるものなんやって。世間的に贅沢が許されとる日に
ちょこっとだけやってみるっちゅーのが……」
大人になると、何か特別なことをするには言い訳が必要になってくるものなのだ。
「先生……」
俯いたこなたの瞳を覗き込むと、なぜか涙目になっていた。
「泉!? どうして」
「先生が可哀想で……先生がウチにクリスマスは関係ないとか言いながらケーキを丸ごと
買って食べたりシャンパン一瓶を飲んだり、フライドチキンとか普段より豪勢な晩御飯を
一人で食べているところを想像すると……」
しばくぞこのガキ。
喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。こなたがわざわざ来てくれた理由の一つとして
こうやってからかうつもりがあったことは明白であり、それにいちいち付き合っていては
身がもたない。一瞬本気で慌てた自分が嫌になった。
「言ってくれれば、私が一緒にいてあげたのに」
「へ?」
こなたの言葉を理解するよりも先に、こなたがななこの胸に飛び込んできた。
思わずたたらを踏むと、自分のすぐ後ろにベッドがあることを意識した。いつのまにか
そういう立ち位置になっていたようだ。
もう少し後ろに押されて足が後ろに行かなくなり、ベッドに座り込む。いつもとは逆に、
ななこがこなたを見上げる形になった。
「クリスマスに人が恋しいって素直に言ってくれれば、こうしてあげてもよかったんですよ」
「泉……?」
また何かからかってるんやろ? 大体この流れがありえん。
そう思いつつも、口に出せなかった。
自分の胸に顔を埋めるこなたの存在が快かった。こなたの背中に腕を回すと、温かくて
しなやかな身体を強く感じる。全部包めてしまいそうなほど小さくて、愛しい。胸の鼓動
が高鳴って、間違いなくこなたに聞かれているはずだった。
最後に人を抱きしめたのはいつだっただろう。ただ単に抱くという行為がこんなにも
心を浮き立たせるものだと、久方ぶりに思い出した。
いや、忘れていたふりをしていただけなのだ。本当はクリスマスという日を、誰かと
一緒に過ごしたかった。
「でも、先生言ってくれなかったですから」
ななこの腕を解いて、こなたが離れていった。
「今日はお暇します。また今度」
行かないで。その言葉を口に出すのを躊躇っている間に、こなたは出て行ってしまった。
もし今日がクリスマスだったら、それを理由にこなたを引き止められただろうか。
もし今日が昨日だったら。
もし昨日よりも早くこんな状況になっていたら。
もっと強く抱きしめていたら。
その願望をはっきりと伝えていれば。
何か変わっていただろうか。
「泉……」
すぐにそう言えたなら、こなたは留まってくれたかもしれない。しかし、できなかった。
大人は行動することに臆病になっている。だからいちいち言い訳が必要なのだ。
それは高校生でも同じことなのだろう。だからこなたはななこを哀れんだことを理由に
冗談めかして抱きついてきた。自分から踏み込む勇気が足りなくて、ななこの気を引く
ために、わざわざ一度身を引いてみせた。
――もっともそれは、ななこの都合の良い妄想でしかないのだが。
ではどんな言い訳が都合がいいだろうか。年賀状を出してみるか。バレンタインで何か
話題でも振ってみるか。ホワイトデーを理由にするか。その時期にネトゲのキャラとして
プレゼントでも渡してみるか。エイプリルフールにちょっとだけ本気の気持ちを込めて
本音を言ってみるか。
思春期の頃もちょうどこんな気持ちだったことを思い出した。どんなことに対しても
期待と不安で一杯だった、そんな時期。その頃は甘いケーキ一つにも心をときめかせた
ものだった。
「あ、ケーキ……」
こなたが食べてくれなかったので二皿ともまったくの手つかずだった。さすがに今から
食べる気にはなれない。
「泉、せっかく来たのにそれはないやろ……」
これを理由にしてもいいだろうか、これを名目にこなたを誘うとしたら、どんな言葉で
誘えばいいか、またもや悩むのだった。
今日のことがきっかけで、こなたはななこの『一番気になる人』になってしまったが、
大胆な行動に出られるほど気持ちがはっきりしていないのも事実だった。やはり大人は
大胆にはなれないものなのだ。
もし、自分の妄想が事実だったら――そんなことを考えてみる。
そうだとしたら、来年のクリスマスがとても楽しみになるはずだ。
そういう立ち位置になっていたようだ。
もう少し後ろに押されて足が後ろに行かなくなり、ベッドに座り込む。いつもとは逆に、
ななこがこなたを見上げる形になった。
「クリスマスに人が恋しいって素直に言ってくれれば、こうしてあげてもよかったんですよ」
「泉……?」
また何かからかってるんやろ? 大体この流れがありえん。
そう思いつつも、口に出せなかった。
自分の胸に顔を埋めるこなたの存在が快かった。こなたの背中に腕を回すと、温かくて
しなやかな身体を強く感じる。全部包めてしまいそうなほど小さくて、愛しい。胸の鼓動
が高鳴って、間違いなくこなたに聞かれているはずだった。
最後に人を抱きしめたのはいつだっただろう。ただ単に抱くという行為がこんなにも
心を浮き立たせるものだと、久方ぶりに思い出した。
いや、忘れていたふりをしていただけなのだ。本当はクリスマスという日を、誰かと
一緒に過ごしたかった。
「でも、先生言ってくれなかったですから」
ななこの腕を解いて、こなたが離れていった。
「今日はお暇します。また今度」
行かないで。その言葉を口に出すのを躊躇っている間に、こなたは出て行ってしまった。
もし今日がクリスマスだったら、それを理由にこなたを引き止められただろうか。
もし今日が昨日だったら。
もし昨日よりも早くこんな状況になっていたら。
もっと強く抱きしめていたら。
その願望をはっきりと伝えていれば。
何か変わっていただろうか。
「泉……」
すぐにそう言えたなら、こなたは留まってくれたかもしれない。しかし、できなかった。
大人は行動することに臆病になっている。だからいちいち言い訳が必要なのだ。
それは高校生でも同じことなのだろう。だからこなたはななこを哀れんだことを理由に
冗談めかして抱きついてきた。自分から踏み込む勇気が足りなくて、ななこの気を引く
ために、わざわざ一度身を引いてみせた。
――もっともそれは、ななこの都合の良い妄想でしかないのだが。
ではどんな言い訳が都合がいいだろうか。年賀状を出してみるか。バレンタインで何か
話題でも振ってみるか。ホワイトデーを理由にするか。その時期にネトゲのキャラとして
プレゼントでも渡してみるか。エイプリルフールにちょっとだけ本気の気持ちを込めて
本音を言ってみるか。
思春期の頃もちょうどこんな気持ちだったことを思い出した。どんなことに対しても
期待と不安で一杯だった、そんな時期。その頃は甘いケーキ一つにも心をときめかせた
ものだった。
「あ、ケーキ……」
こなたが食べてくれなかったので二皿ともまったくの手つかずだった。さすがに今から
食べる気にはなれない。
「泉、せっかく来たのにそれはないやろ……」
これを理由にしてもいいだろうか、これを名目にこなたを誘うとしたら、どんな言葉で
誘えばいいか、またもや悩むのだった。
今日のことがきっかけで、こなたはななこの『一番気になる人』になってしまったが、
大胆な行動に出られるほど気持ちがはっきりしていないのも事実だった。やはり大人は
大胆にはなれないものなのだ。
もし、自分の妄想が事実だったら――そんなことを考えてみる。
そうだとしたら、来年のクリスマスがとても楽しみになるはずだ。
-終わり-
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- ななこさんは魅力的だけど、時折見せるしおらしさがグッと来るね。 -- ドクターカワモト (2010-03-15 19:41:26)
- ななこ可愛いよななこ -- 名無しさん (2008-01-05 22:47:14)