アットウィキロゴ
kairakunoza @ ウィキ
掲示板 掲示板 ページ検索 ページ検索 メニュー メニュー

kairakunoza @ ウィキ

目を覚まさない

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
だれでも歓迎! 編集
 放課後。
 意を決してΒ組の教室に入ると、こなたは机に突っ伏して眠っていた。
「……」
「あ、お姉ちゃん」
 傍らでソレを見下ろしていたつかさが、こちらに気付いて朗らかな声を挙げる。隣ではみゆきが
 柔らかく微笑んでいる。
「こなちゃん、お姉ちゃん来たよ。起きて」
「あ――待って」
 こなたを揺り起こそうとしたつかさだったが、私はとっさにそれ制止した。
「え?」
 つかさが手を止めて、振り返る。
 きょとんとした顔。
 不思議そうな、でもそれだけの、不安も緊張もなさそうな顔。
「……起こさないでいいわ。ちょうど、ちょっと二人で話しときたいことがあるのよ、こなたと。だから
悪いけど、先に二人で帰ってくれる?」
「あ――うん。わかったよお姉ちゃん」
 妙に物分りがいい。
 隣のみゆきも、心得てます、と言わんばかりの笑顔。
「……ごめんね。たぶんちょっと遅くなるから、そう言っといて」
「うん。――じゃ、行こ。ゆきちゃん」
「ええ。――それでは、失礼します、かがみさん」
 そうして二人は仲良く寄り添いながら離れていった。
 去り際に、
「がんばって」
 そんな言葉と、いっぱいの笑顔を残して。
 ……まったく。あんたのためでもあるってのに。
 峰岸にも同じこと言われたっけ。ちょっと、意味が分からなかったけど。
 まあいい。その峰岸も日下部と一緒に帰ったことだし、他のことに気を回す必要はないのだと
 考えよう。目の前のことに集中できると。

 さて、と。
 見下ろす。
 机に突っ伏して、こなたは眠っている。呼吸に合わせて肩が緩やかに上下している。
 ほぼ真上からのこのアングルだと得体の知れない毛のカタマリにしか見えなくて、それがちょっと
 おかしかった。
 緊張感が抜ける。
「……こなた」
 呼びかける。
 が、毛玉は反応しない。
 そりゃあそうだろう。この程度で起きるようなら、さっきのつかさの声で目を覚ましていたはずだ。
 ちらりと周囲を見回してみる。残っている生徒の数は、だいたい六割前後といったところか。
 座ったままの人は少なくて、だいたいが仲の良いもの同士で談笑している感じ。
 こなたの隣の席も、ちょうど空いている。
 脇のフックにも鞄とかはかかっていないし、ここの人ももう帰ったと見ていいだろう。或いは部活
 に行っているか、欠席でもしたのか。
 いずれにしても好都合だ。少しの間、椅子を貸してもらおう。
「――失礼しまーす」
 顔も知らない誰かさんに口の中で断りを入れつつ、腰を下ろす。
 そうすると、こなたの様子がよく見える。
 まったく、呑気に寝こけやがって。意外とかわいい寝顔してるのはどっちだっつーのよ。
 普段の飄々とした態度や悪戯な仕草からは想像もつかない、見た目通りに子どもみたいな、
 あどけない寝姿。
 でも猫口なのは変わらないらしい。てか睫毛長いな、こいつ。
 っと、いかんいかん。なにじっくり観察なんかしてるんだ私は。
 視線をこなたから引き剥がし、鞄から読みかけのラノベを取り出す。
 起きるまでこれで時間つぶしでもしていよう。
 というか、今の行動は迂闊に過ぎたわね。
「……」
 再度、今度はこっそりと教室内にいる生徒たち、特に男子の様子を窺い見る。例の三人組も
 まだこの中に残っているかも知れない。
 彼らが今の、ここでこうしている私を見たら、どう思うだろうか。
 耳を澄ましてみる。
 放課後の教室特有の、開放感に満ちた喧騒が耳にクローズアップされる。が、
「……」
 無理だ。
 分からない。その中からあのときに聞いた声たちを拾い上げることはできなかった。
 既に帰ってくれているのか、それともまだ残って、私のことを見て笑っているのか。
 どっちつかずな状況に、イライラする。
 すぐにでも立ち上がって片っぱしから問い詰めたい衝動に駆られてしまう。――が、駄目だ。
「――、……」
 深呼吸を、一つ。
 落ちつけ。
 関係ない。
 関係ないんだ。連中が今この場にいようといまいと。
 あまり考えたくないことだけど、私とこなたのことをあんなふうに思っているのが彼らだけとは
 限らないのだから。それにそもそもそんな外野の野次馬のことなんか、知ったこっちゃない。
 人からどう思われるかなんて関係ない。問題なのは、私がどう思うかなんだ。
 だから、気にしたら駄目だ。
 そう、必死で自分に言い聞かせる。
 こなたが眠っていてくれてよかった。もし起きていたら、こんな精神状態のまま始めなければ
 いけないところだった。まさかこいつのぐうたらに助けられる日が来るとはね。
 っていっても、そもそもの元凶はこいつなんだけど。
 まぁ、いい。
 本、読もう。
 きりのいいところまで。それまで待っててあげる。
 それまでせいぜい、眠っていなさい。


     ☆


「……あんなヤツの、何を信じろって言うのよ……」
「……難しいね」
 夕暮れにたゆたう、オレンジ色の水槽のような電車の室内で、峰岸は短く相槌をついた。
 そして沈黙。
 規則正しい車輪の音と、つかさたちの寝息だけが、ただ静かに流れていく。

 そうして、たっぷりの間を置いて。
 まるで何かを待つように、どこか不自然な空白を挟んでから。
「――でもね、柊ちゃん」
 ゆったりと、峰岸は再び口を開いた。
「……なに?」
「信じる、にも、色々あると思うの」
 どういう意味だろう。
 顔を向けても峰岸はまっすぐ正面を向いていて、影の落ちたその横顔からは、少なくとも私には
 何の情報も読み取ることができなかった。
「例えば――その人の、人柄を信じる。能力を信じる。将来性を信じる。――色々、あるわよね?」
「まぁ……そうね」
「この場合は、行動、かな?」
 行動。
 こなたの、行動。
 なるほど、確かに私は、それを信じていなかった。だからこんな訳の分からないことになったんだ。
 峰岸のさっきの言葉が本当だとするのなら、アイツは私と日下部、両方の意思を尊重した上で
 行動していたことになる。
 それを私は、無視されていると思い込んで。
 混乱して。
 暴走した。
 でも、だからって、どうやってそんなふうに捉えろというのだろう。
 できるわけがない。普段のアイツから、そんな殊勝な態度を想像なんてできるわけがない。
 せめて何かひとこと言ってくれれば信じられたかも知れないのに。

 ……違う。

 それをいうなら、私もだ。
 私があのとき――“かわりばんこ”についてこなたに最初に訊かれたときに、恥ずかしがらずに
 素直に答えていれば、もしかしたらその場で全てに片が付いていたかも知れないのだ。

 ……そうか。

 なるほど。分かった。
 つまり私たちに足りなかったものは。すべきだったことは。
 そして今からでもそれをするためには。
 片付けておくべきことが、ある。

「峰岸」
「なに、柊ちゃん」
「その……私を紹介して欲しいっていう、男子のことだけど……」
「あぁ……」
 俯いたままの私の言葉に、峰岸は「すっかり忘れてた」とばかりに頷いた。
 そしてあっさりと言う。
「分かったわ。断っとく」
「え――」
 思わず顔を上げる。
 屈託のない笑顔が、差し込む夕明かりでオレンジと群青に塗り分けられていた。
 なんとなく、気圧される。
「待ってよ。私、まだ何も――」
「じゃあ、受けるの?」
 遮られた。
「そ――そうじゃ、ないけど……でも自分で言うわよ。だからクラスと名前を――」
「柊ちゃん」
 ぴしゃり。
 そんな音が聞こえてきそうな、断ち切るような口調で再び遮られる。
「なんでも一人で抱え込もうとしないで」
 いつの間にか笑顔が消えている。
「で、でも」
「だってその彼のことは、柊ちゃんには何の責任もないことなのよ?」
「なに言ってるのよ。私の――私とその人の、二人の問題でしょう? あんたはただの仲介役で」
「はぁ……」
 ため息。
 呆れたような、面倒くさがっているような、それでいてどこかわざとらしい。
 悪戯を仕掛けてくる直前のアイツを髣髴とさせる、そんなため息を峰岸は吐いた。
「――本当はね、そんな人いないのよ」
「え……?」
「パーティーの間だけ、柊ちゃんの意識を泉ちゃんから逸らすために、適当に作った嘘だったの」
「……」
 絶句する。
 なに……何を、この子は……
「だから何の責任も感じなくていい――ということで、どうかしら?」
 にっこり。
「へ?」
 えっと、それって……え?
「そ、そうなの? でも……え?」
「そうなの」
「……」
「だから――嘘ついてごめんね、柊ちゃん」
 うわ。
 直感した。これはダメだ。たぶん、どう足掻いても本当のことを聞きだすことはできない。
 そんな気がする。
 ため息が漏れた。
「アンタって……たまに訳わかんないわ」
「そう? 私は単純よ?」
「どこがよ」
 これが単純なら、この世に複雑なものなんて存在しないじゃないか。
「私は、みさちゃんのことが一番大切。それだけなの」
「……」
 また、絶句。
 峰岸の言葉はあまりにもあっさりとしていて、なんのてらいも気負いもなくて、代わりにどこまでも
 深い愛情と慈しみが込められていて。
 甘く見ていたかも知れない。この穏やかなる友人を。
 その想いは、下手をすれば私がつかさに向けるそれすら上回っているのかも知れない。
 少なくとも私には、こんな台詞をこんな態度で人前で言うことなんてできそうもない。
 感心や呆れを通り越して空恐ろしささえ憶える。
 日下部の言っていたことが腑に落ちた。これほど想ってくれている相手から怒りを向けられれば、
 なるほど、さぞかし恐ろしいことだろう。
「……そいつが一番って、あんた彼氏はどうなのよ」
 不安に駆られて余計なことを口走る。
 双子の絆をも凌駕する“何か”。
 そんなもの、果たして血の繋がらない同性に向けていいものなのだろうか。
「あぁ……」
 峰岸は深いため息をついた。
 肺腑の中身を残らず吐き出そうとするかのような、それは深い深い吐息。
 なんだか、嫌な予感がした。地雷を踏んでしまったかも知れない。
「お兄さんのことはね……もちろん、大好きよ」
 お兄さん。
 日下部の実兄でもあるというその人のことを、峰岸はそう呼ぶ。
 きっと小さなころからの習慣なのだろう。
「優しいし、誠実だし、ちょっと不器用なところもあるけど、かっこいいし、かわいいし。――もし結婚
するならこの人しかいない、って思う」
 まるでノロケだ。
 言葉だけなら。
「――でも、ね」
 だけど、それを語る峰岸の横顔には、色にのぼせただらしない様子などは微塵もなかった。
 俯きがちに、淡々と。
 まるで懺悔でもするかのように、彼女は言葉を紡いでいく。
「彼に対しては、どうしてもそんな“理由”が必要なの。みさちゃんに対するみたいに、何もなしに
ただ『好き』とは言い切れない。女としてって前提もないとだめだし。あと、お姉ちゃんに対する
意地なんかもあったりね。――そういう余計なのが、どうしても混じっちゃうのよ」
 どうやら本当に、私は地雷を踏んでしまったらしい。
 この場で何かが爆発したわけではない。
 語られた言葉はあまりにも少なくて、断片的に過ぎるその内容からは具体的なことはほとんど
 何も読み取れなかった。
 だけどきっと、爆発はあったのだろう。
 足元がいきなり破裂するような、そこまで理不尽で悲惨なものではなかったにしても。
 峰岸と、その姉。日下部と、その兄。或いは他にも何人か。
 彼女らのそれまでの関係を、少なくともその一部を壊してしまうような、何かが。
 その爆発の残響を、私は確かに聞いた気がした。
「……今の、みさちゃんには内緒ね?」
 こちらに向き直り、なんとなく久しぶりに思える微笑を浮かべながら、峰岸が言う。
 私は目を逸らした。
「……あんたでも、日下部に隠し事とかするのね」
「当たり前じゃない」
 当たり前、か。
 それはそうだろう。しかし私はそうは思っていなかった。
 二人はお互いのことを何でも知っていて、どんなことでも言いあえて、どんな部分でも見せあえる。
 つまり――そう。
 信頼しあっていて、必要としあっていて、それでいてどちらも依存はしていない。
 そんな『理想的な関係』を真に築いているのは彼女たちの方なのだろうと、無意識のうちに幻想を
 抱いていた。
 いや、今でもそれが的外れだとは思わない。
 ただ、そんな二人でも、互いに知らないことや、言えないことや、見せたくない部分があるのだと、
 それが当たり前なのだと、今さらになってようやく気付いたのだ。どんな関係のもの同士でも、生の
 人間である以上は。
 同時に。
 逆に。
 みゆきも言っていたように、どれほど分かりあえている人間が相手でも、言葉にして伝えなくては
 分からないことというのも、またあるのだろう。

「……、?」
 不意に、手に何かが触れるのを感じた。
 見ると、
「つかさ?」
 だった。
 細くて白い指が私の手に絡んできている。
 まさか起きていたのかと一瞬焦ったが、まぶたも下りているし、規則的な寝息もそのままだ。
 ほっとする。
 ほっとして、こちらからも握り返してやると、その口元が少し緩んだように見えた。
「あ、いいなぁ」
 峰岸が身を乗り出して、そんなことを言ってくる。
「何よ。あんたには日下部がいるでしょ」
 冗談めかして言ってやる。
「そうなんだけどね」
 形のいい眉が、ふ、と下がった。
「妹ちゃん、私にはぜんぜん懐いてくれないんだもの」
「まぁ……そういう子だしねぇ」
 基本的に人見知りが激しいのだ、つかさは。
 こなたやみゆきなどは、むしろ珍しい例といえる。パトリシアさんのところに一人で行ったという
 話にも、内心で随分と驚いたものだ。
「でも、あれじゃないの? 料理の話で盛り上がったんでしょ?」
 この二人にはお菓子作りという共通の趣味がある。その関係で軽く意気投合したのだと、私は
 その場面は見ていないけど、峰岸本人が言っていた。
「ちょっとだけ、よ」
 うん?
 なんだろう。今ちょっと、ニュアンスがおかしかったような気が、したような、しないような。
 ……まぁ、いいか。
「そう。でもダメよ。私の目が黒いうちはつかさには指一本触れさせないわ」
「あ、そんなこと言うんだ。だったら私も、みさちゃんのことは渡さないんだから」
 再び冗談めかして言ってやると、峰岸もわざとらしく拗ねたフリをしながら、日下部の肩をそっと
 抱き寄せる。
 しばし互いに睨み合い、そうしてからクスクスと笑った。笑うことができた。
 さっきまであんなにもイライラと落ち込んでいたのに。
 泣いたカラスがなんとやら、だ。
 やはり持つべきものは友だち、ってことかしらね。
「……」
 ちらり。
 なんとなく、その友人を盗み見る。
 ふざけ半分の行為であっても、日下部の肩に回された手はどこまでも優しくて、寝顔を見つめる
 眼差しは限りない慈愛に満ちている。
 きっと良い母親になるんだろうな、この子は。
 そんなことを、あらためて思う。
 私はどうなんだろう。
 つかさに視線を転じる。
 こちらもぐっすりと眠っている様子だ。
 たまに双子だという事実を疑いたくなるほどの、私とは似ても似つかない純粋無垢なその姿。
 守りたいと思う。
 「良き母」になれる自信はとんとないけど、「そこそこ良い姉」にはなれていると思う。
 これからもそうありたいと思う。
 だとするなら。
 そう願うなら。
 やはり、もう一度真剣に向き合わなくてはならないだろう。この子が抱えるあの悩みに。
 そのためには、やはり私は決着をつけなければならない。
 こなたとのことに。アイツに向いている、この得体の知れない感情に。
 私は、決着をつけなければならないんだ。


     ☆


 ――パタン。

 本を閉じる。
 集中できない。物語が頭に入ってこない。文章から情景を思い描くことができない。読書ではなく、
 文字を目でなぞるだけの作業になってしまっている。
 たまにのめりこめる瞬間もあるけど、そのたびに周りが気になって我に帰ってしまう。
 周りというか、こなたが。
 他の生徒たちはみな帰ってしまって、今この三年Β組の教室に他に人はいない。
 つまりそれだけの時間が経過している。なのに眠り毛玉が目を覚ます気配は未だにない。
 本を鞄にしまう。
 好きなシリーズなのに、こんな状態で消費してしまうのはなんか悔しい。
 代わりにこなたの顔でも眺めていよう。もう誰はばかることもないんだし。
「……」
 長い睫毛。きれいに細い眉。小さくて形のいい鼻。ふっくらとした頬。ふっくりとした唇。
 今は閉じられているけど、開けば吸い込まれそうに大きな瞳。
 もしかしたらこいつ、わりと美形なんじゃないだろうか。
 いや、違うな。そういうのはもっと、スラっとした人に使う表現だ。
 小さく整ったこいつの場合は…………美少女?
「……」
 駄目だ。違和感が増した。
 というか、何を考えているんだ。
 これから対決――とかいうと無駄に剣呑な感じになってしまうけど、とにかくそんなようなものを
 しようという相手の顔を鑑賞なんかして。しかも可愛いとか。
 まぁ新たな発見、みたいなものもあったわけだから、「あらためて向き合う」という目的に沿って
 ないわけではないんだけど。
 うん。
 そうね。そう考えると、今の行為にも意味がある。意味を持たせることができる、かな。
 例えば、
「……いーかげん、起きろー……」
 流れるようなその髪に触れてみても、ぷにぷにと柔らかいほっぺたをつついてみても、おかしな
 感情が沸き起こったりはしない。胸の高鳴りを覚えたり、妖しい疼きに襲われたりといったことは
 何もない。
 ただ単純に、こいつもやっぱり手入れとかしてるのかな、とか。
 そうじゃないとしたら羨ましいな、とか。
 そんなことを思うだけだ。あと、なんとなく和む。
 つまり私がこいつに向けている感情は、やはり恋愛感情や性的欲求ではないということだ。
 それが再確認できたのは大きい。
 しかしそうなると、また疑問が湧いてくる。
 一昨日の、あのとき。
 こなたは私のことなんて眼中にないんだと思ってしまったときに感じた、あの異様なまでの焦燥は、
 こなたを求めて走っていたときに胸に渦巻いていた、あの凄まじい執着は、一体なんだったのか。
 私にとって、こなたとはなんなのか。
 分からない。
 だから、知りたい。
 “女同士”に違和感を覚えられないというつかさの悩みを理解するためにも。
 そして、今までのようにこいつの隣で笑い続けるためにも。
 私は、「私とこなた」に何らかの答えを見出さなければならない。
「……」
 てか、なんか暑いな。
 ――いや。だから、ドキドキして体温が上がったとかじゃなくて。ただ単純に、暑いなと。
 炙られるような熱を身体の半分に感じるなと、それだけ。
 振り返る。
 思わず目を細めた。
 西に向いたこの教室目掛けて、傾きかけた太陽の光がまっすぐに差し込んできている。
 もうそんな時間なのか。
 まずいな。そろそろこなたを起こさないと話をする時間がなくなってしまう。
「……」
 でも、まぁ。
 その前に、ちょっとした生理的欲求に応えておこう。
 席を立ち、少し風を入れておこうと窓を開けてから、私は一旦、外に出た。


 手洗いを済ませて来た道を戻る。
 教室の少し手前まできたところで、廊下の反対側からも誰かが歩いてくるのが見えた。
 男子だ。
 足を止めてしまう。
 まさかあの三人組の一人では――そんなことを思ってしまったためだ。
 とっさに窓から外を眺めるフリをしながら見ていると、果たして、彼はΒ組の前で立ち止まった。
 そして扉を引き開けて、
「――って、うわっ」
 なにやら素っ頓狂な声を挙げる。
 なんだ?
 訝しんで見ていると、彼はその場でなにごとかをひとことふたこと呟いて、何かを避けるような
 仕草をしながら中へ入っていった。
「……まさか」
 慌てて、小走りで教室を目指す。
 開け放たれたままの入り口を注視すると――やっぱり。青黒い何かがチラリと揺れるのが見えた。
 あの、ばか。
 なに帰ろうとしてんのよ。私の鞄が置きっぱなしなのに気付いてないの?
「――こなた」
 ものの数秒で辿り着き、その名を呼んだ。
 びくり。
 小さな肩が大きく震えて、教室内に向けられていた首がゆっくりと回って、こちらを向いた。
 逆光になっていて表情が見えづらい。
 だけど、先ほどまで閉じられていた、大きな目がいっぱいに見開かれたのは分かった。
 一瞬、思わず見とれて、

「……かがみ?」

「……なんで起きてんのよ、あんたは」
 だけど出てきたのは、そんなぶっきらぼうな言葉。
 内心で舌打ちする。
 こんなことで、本当にできるのだろうか。こいつと腹を割って話す、なんてことが。
「なんでいるの?」
「いちゃ悪いのかよ。――あんたを待ってたんでしょうが。起きるのを」
「……」
 というか、なんだろう。
 妙に反応が鈍い。
「……なんで?」
「なんでって……ってゆーか、どうしたの? ひょっとして寝ぼけてるの?」
 言いながら身をかがめて、その顔を覗き込む。
 光の加減か、複雑な色合いをした瞳に私の顔が映り込む。
「え、いや……」
 怯んだように、呆けたように、特に意味のない声をこぼしながら、しかし目は逸らそうとしない。
 やっぱり反応が鈍い、というか、おかしい。何か悪い夢でも見たのだろうか。
 思わず眉をひそめると、不意に手に何かが触れた。
 温かい。
「ちょ……何よ」
 こなたが私の手を掴んでいた。
 驚いたけど――その指の感触はあまりにも弱々しくて、見つめてくる瞳は迷子みたいに儚げで、
 振り払うのはためらわれてしまった。
 なんだろう。
 もしかしたらコレも何かのネタなんだろうか。いやしかしそれにしては……

 ――ガラッ。

 判じかねていた私の耳に、そんな音が届いた。同時に手から温もりが消える。
 とりあえず音のした方を見ると、さっきの男子が、私たちがいるのと逆側の入り口を抜けて廊下に
 出てくるところだった。そしてそのまま去っていく。
 ……結局、分からずじまいか。
 まぁいい。いなくなったのなら、その正体がなんであれ関係ない。
 小さく息をつき、正面に向き直る。
 こなたは私と同じように首を横に向けていて……本当に、なんだというのだろう。まだ茫然としている。
 こいつのこんな顔、たぶん初めてだ。今年の春休み、アニメ関係のライブに連れて行かれたとき、
 その帰り道でもこんなアンニュイな顔をしていた気がするけど、今はそれよりももっと弱々しい。
 まぁ、別にいいか。ふざけた態度を取られるよりはよっぽどマシだ。……と、思う。
「ねぇ」
 呼びかける。
 振り返る。
「あんた、これから時間ある?」
「え……あ、うん」
 問いかけると、曖昧ながら肯定の頷き。
 見たいアニメがあるとか言い出したらアイアンクローかましてやるところだったけど。
「そう。よかった」
 頷きを返し、こなたの脇を抜けて教室に足を踏み入れる。
 夕日の差し込む教室。
 ちょっと出来すぎてるって気がしないでもないけど、邪魔者がいないという点では申し分ない。
 振り返る。
 光源の位置が相対的に入れ替わって、随分と表情が見やすくなった。
 相変わらずの茫然――に、少しの困惑、といったところか。
 少し温度差がありすぎるか? いや、始めれば時期に追いついてくるだろう。
 よし。
「ちょっと話したいことがあるのよ」
 場所はとりあえず確保した。標的も今度こそ捕まえた。何を言うかも――だいたい、決めている。
「私とあんたと、一対一で。二人っきりでね」
 さぁ。
 それじゃあ今度こそ、白黒つけさせてもらうわよ。


















コメントフォーム

名前:
コメント:
+ タグ編集
  • タグ:
  • かがこな
  • こなた&かがみ
  • 連載
記事メニュー
最近更新されたスレッド
ウィキ募集バナー