kairakunoza @ ウィキ

あの写真の行方

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「ねーねー、幽霊って信じる?」
「は?」
 それは勉強会という名の、こなたがみゆきの分の夏休みの課題を自分のそれに写すための
集まりの最中のことだった。
 流石に丸写しは良くないと私が止めさせて、いくらか自力でやっている。
 この場合の幽霊を信じるっていうのは、存在を信じるっていう意味だろう。夏らしいと
いえば夏らしい話題ではあるが、今は真っ昼間なのでそんな雰囲気ではない。
 いや、そんなことは今はどうでもいい。
「あんたはいきなり何を言ってるのよ。そんなこと考える暇があったらそれやりなさい」
 勉強の最中に余計なことを考えるのはこなたに限らずよくあることだけど。こなたの家に
四人で集まって長時間緊張が保たれた例がない。
つかさはどう思う?」
 うわ、無視しやがった。
「し、信じたくないな……怖いから」
「それは信じてるっていうんだヨ」
 ごもっともだ。つかさは早くもガクガクと震えている。姉の私が今更言うのもなんだけど、
どんだけ怖がりなんだか。
「かがみは信じてないよね?」
「なんで私の時は言い切るのよ」
 正直言えば、こなたの言う通り信じてない。しかし神社の娘という立場上それをはっきり
言うのも憚られる気がする。そんなこんなで、私はそういうことを聞かれても答えを濁して
きた。
「かがみんってはっきりしないものは信じないタチだよね。はっきり見れば信じるでしょ」
「まあ、それはそうかもしれないけど……」
 非科学的だから幽霊を信じないっていうわけじゃない。今まで生きてきた中で、幽霊を
信じるに足る材料がないだけだ。自分で幽霊を見たことはないし、テレビに出てくる自称
霊能力者はみんなうさんくさくて信じる気になれない。
 別に何が何でも信じないっていうほど頑固じゃない。自分自身の眼で幽霊を見れば嫌でも
信じるはずだ。そういう意味では、こなたの言い方は的を射ている。
「ふふふ……それならば本物の心霊写真をお目にかけようではないか」
「何で急に芝居がかった口調になるのよ」
 こなたは何も答えず立ち上がって、部屋を出て行ってしまった。その心霊写真とやらを
取りに行ったのだろう。こなたがいきなり幽霊の話を始めたのも、その写真がきっかけなの
かもしれない。
「……って、勉強は強制中断かい」
 いつのまにか話しに乗せられてた私も悪いんだけど。

「ほら、これだよ」
 こなたが持ってきたデジカメに収められた写真には、何やら不自然な人影があった。
「こ、ここ、これ、幽霊……?」
 つかさがその部分を指差して震えている。確かになんとなく不気味だった。
 だけど、それより私が気になるのは。
「なんなのよ、この写真」
 逃げようとするこなたを抱いてカメラ目線で笑顔を決めているお父さん。場所は家の中。
一体どんなシチュエーションで撮った写真なんだろう。
「この写ってるのが何なんだかよくわかんなけど、どこからどう見ても心霊写真だよね」
 私が聞きたいのはそういうことじゃないんだけど。
「なんかぼやけてるだけじゃない?」
 私にはこれを幽霊とは断言できなかった。何せ私は幽霊を見たことがないのだから。
「かがみにはロマンがないねぇ」
「ロマンとかいう話じゃないわよ。なんでこれを幽霊だって言えるのかって聞いてるの」
「写真に写ってるんだから幽霊じゃん」
「なんだその理屈は」
 もう言ってることが滅茶苦茶だ。だけど、世間一般では写真に写っている変なもの=幽霊
ということで納得するような気もする。
「これをかがみとつかさの家でお祓いできないかって思ってさ。最初はお炊き上げしようと
思ったんだけど、ちゃんと専門家に任せた方がいいんじゃないかってお父さんと話して」
「うちってお祓いやってたっけ?」
「さあ……?」
 つかさと顔を見合わせる。そういうところにはあんまり立ち入ってなかった。
「お祓いってどうやるんだろ? デジカメを置いてその前で祈祷するのかな」
 想像するに、なんだかシュールな構図だ。
「幽霊ってデジカメに憑くの?」
 つかさの言うように、デジタル機器と幽霊っていうのはなんだかミスマッチな気がする。
「確かになんとなくイメージには合いませんが、それを言うならフィルムやビデオテープも
人工物なのですし、どちらも同じようなものではないでしょうか」
 みゆきの言い分に、納得できるようなできないような。
 それを受けて、今度はこなたが口を開く。
「デジカメの場合は、幽霊はカメラに憑くのかな? 画像データの方に憑くのかな?」
「呪いのビデオテープの話では、呪いも一緒にダビングできたよね」
「その場合は呪いであって幽霊ではないのではないでしょうか?」
 よくわからない議論が始まったが、結論は出ないと思う。みんな幽霊っていうものが全く
わかってないんだから。

「そもそも幽霊って何なんだろう?」
 だから、こんな話を真剣に続ければそこまで遡ることになるのは必然だった。
「亡くなった人の魂とか思念とか考えるのが一般的ですよね」
「じゃあ、心霊写真はそれが写ったものなの?」
「大抵の人はそんな風に考えているのではないでしょうか。もっとも、心霊写真とされる
ものの大半はトリックか意図しない事故ということで説明できるのですが」
 理屈で説明できる話となるとわかりやすいけど、こなたやつかさはそういう話には弱くて
聞き役に回る。
「よくあるのはハレーションという現象で、強い光を撮ったときにその周りがぼやけたり
四角や六角の光が映ったり……太陽を写すとそういう光が真っ直ぐ並んだりしますよね?
あれがハレーションです」
「でも、蛍光灯とかは画面内にないよね」
「ガラスに映りこんだり、詳しい理屈は存じないのですが光の屈折で画面外の近くにいる
人がわずかに映ってしまうことがあるようです」
 多分それはテレビ番組で得た知識なんだと思う。私も見たような気がする。
「このときゆーちゃんはお風呂にいたから、多分それはないと思う」
「じゃあこれは誰なんだろう?」
 これは誰? そう言われて初めて思い至った。幽霊は元は人なんだ。
「知らない間に泥棒がいたとか?」
「そっちの方が怖いよぉ」
 幽霊が人であったとするならば、ここに現れる人に、一人心当たりがある。仲睦まじい
父と娘の、本来ならすぐ傍にいるべき人。
「ただ、理屈ではどうしても説明できない心霊写真があることも確かなんです」
 ――これは、かなたさんなの?
 だったらお祓いなんかさせるべきじゃない。でも、それをどうやって伝えればいいんだろう?
 これはお母さんかもしれないからお祓いはさせるなって言うの?
 さっき幽霊を否定するようなことを言ったのに。
 それに、これがかなたさんであるという証拠はない。通りすがりの誰かかもしれない。
 私の考えが間違っていたとしたら、それをこなたに諭すなんて馬鹿だ。
 どんな理屈なら、こなたに考えを改めさせることができるだろう?

「さっきからどうしたの、お姉ちゃん?」
「あ、えっと、ちょっと幽霊とかの話に入れなかっただけよ」
 嘘はついていない。気がついてみたら、さっきから黙りっぱなしだった。
「かがみん、幽霊が怖いんだ?」
「そ、そうじゃないわよ。ただ、みゆきって幽霊を信じてるんだなーって」
「意外でしたか?」
「博識だし医学部志望だから、ちょっとね」
 医師や科学者は非科学的なものを信じない、というのは私の勝手なイメージでしかないの
だけど。
「確かに科学は幽霊の存在を否定していますし、私自身、幽霊は見たこともなく存在すると
断言できる証拠を知りません。多くの人が幽霊の存在を否定していることも知ってます」
 みゆきの言葉には、威厳とも含蓄ともつかない何かがある。だから私達は、みゆきの言う
ことにはいつも納得してしまう。
「ですが、幽霊を信じる人が沢山いることも知っています。世の中には霊が存在するという
前提で仕事をする人や、その人を頼る人が沢山います。神も同様に存在するかどうかはわか
りませんが、存在すると信じる人達が何度も歴史を動かしてきました」
 例えば霊媒師、お坊さん、神父さま、うちのお父さんのような神主だってそうだ。
 歴史を辿れば、キリスト教に限ってもヨーロッパの十字軍遠征や日本の島原の乱など、
神を信じる人達が歴史に関わった例は数知れない。
「本当に存在するのかどうかはわかりません。しかし、そういった概念に突き動かされて
行動を起こす人は沢山います。今の私達が幽霊について話をしているのもそうです。その
存在を信じる人達がいて、この世界に影響を与えている。それは存在するのと同じことでは
ないでしょうか」
 うちの神社には、年間で何十万人という人達が参拝にやってくる。神様というのは、実在
するかしないかはおいといて、それだけの影響力を持っているのだ。
 かなたさんはもういない。だけど、そうじろうさんは今でもかなたさんを愛しているだろう
し、こなただって心のどこかでかなたさんのことを想っているはずだ。私だって、今こうして
かなたさんに思いを廻らせて、写真のことを考えている。
 かなたさんという存在は、今でもこの世界に影響を与えているのだ。
 だったら、もう迷うことはない。私が写真を消させてはいけないと思っているのだから、
それを伝えるべきだ。こなたがあれを幽霊だと信じたように、私はあれをかなたさんだと
信じる。
 理屈で納得させる自信はないから、ストレートに伝えればいい。馬鹿にされるかもしれない。
だけどそんなのどうだっていい。写真を消されたらかなたさんが悲しむかもしれないのだから、
それを止めさせるべきだ。
「ねえこなた、思ったんだけど、この写真に写ってるのってもしかして――」

-おわり-


















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