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酒池肉林 (2)

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 驚愕に染まっていたあやのの表情は、やがて軽蔑と憤怒が入り混じったものへと変わった。
みさおが浮かべている表情と、似たような表情だ。
だが、違う点があるとすれば、
あやのの表情には心なしか憎悪の色すら浮かんでいるという点だろうか。
(そりゃそうだよな。あやのから見れば、浮気したようにしか映らないよな。
でも実際には…強姦…だよな)
 憎悪の色を浮かべたまま、あやのは部屋へと足を踏み入れた。
いつもなら「入るね」と一言断ってから入ってくるのに、今日は無言で敷居を跨いでいる。
その程度の普段との違いですら、みさ兄には非日常を象徴している一事のようにすら感じられた。
「あやの…これは…」
 その後が、続かなかった。どう説明すればいいのか、頭に浮かばない。
「分かってる」
 あやのの声は、優しかった。みさ兄に向けられた表情にも、優しさが漲っている。
先ほどまで憎悪に満ちた表情を見せていたとは思えない程に、
その顔は穏やかだった。
「貴方は、悪くないよ。私、分かってるもん」
 みさ兄の頬に手で触れながら、あやのは言った。
「あ、いや…。聞いてくれ」
「何も言わなくてもいいよ。悪いのは…」
 部屋に、鋭い音が響いた。
「あやのっ」
 みさおが声を上げたのは、音が響いてから、即ちあやのがかがみの頬を打った後だ。
みさおの声は、またしても遅かった。
「誑かした柊ちゃん、だもん。貴方は、悪くないもん。
騙されただけ。分かってる」
 あやのの表情には、憎悪が戻っていた。
そしてその憎悪の矛先は、かがみに向けられていた。
「痛いじゃない…」
 かがみもまた、あやのに負けず劣らずの憎悪を滾らせた瞳で見返す。
「柊ちゃん、酷いよ。私からみさちゃん盗っただけじゃ飽き足らず、
彼まで寝取るなんて。私に何か恨みでもあるの?」
「日下部盗った覚えは無いわ。アンタが飽きられただけじゃない?
日下部にも、彼氏にもね」
「ちょっと待ってくれ。誤解なんだ」
 みさ兄は二人の間で交わされる舌戦に割って入った。
(悪いのは、俺だ。洗いざらい、全て話そう。あやのと間違えちまったって事。
その上で、この柊さんって人が警察に俺を突き出すって言うのなら、
俺は逆らわない。それだけの事、やっちまったんだから)
 みさ兄は覚悟を決めると、口を開いた。
三人の視線が、自分に集まるのを感じながら。
その内の一つ、みさおの視線は刺すように鋭い。
「俺が部屋に入った時、部屋は真っ暗でさ。
その時、部屋の中に誰か居るのが分かったんだ。
それが、あやのだと思って。闇プレイってのも偶にはいいかな、って思って。
それでそのまま行為に及んじまったんだ。
この柊さんって人は、悪くないんだよ。悪いのは、全て俺だ。
ごめん、あやの。それと…柊さん」
「間違えたっ?ふざけないでよ」
 かがみの怒号が部屋に轟く。

「分かってる。許してもらえるなんて、流石に思ってないよ。
好きにしてくれていい。警察に連絡してくれて、構わない。
それだけの事、やっちまったんだからな。
レイプ、そう言われても仕方が無いよ。
錯誤による刑の減免なんて、主張しやしないさ。
本当に、ごめんな。…いや、申し訳ございませんでした」
「謝らないでよ。私、別に貴方と関係持った事に後悔は無いから。
私が許せないのは、峰岸なんかと間違えられた、って事よ。
私…柊かがみとして貴方と関係持ちたかったのに」
 このかがみの発言は、恐れていた事そのものだった。
先ほどあやのに噛み付いた時のかがみの言動や、行為の最中に抵抗せずにこちらに従っていたこと、
この二つを重ね合わせて考えれば、
かがみが自分に行為を抱いているかもしれないという推論が立つ。
勿論、この推論にも疑問点は残る。
今日始めて出会った上に、暗闇に閉ざされた空間内での行為だったのだ。
こちらの顔も見えない状況下で、恋情など芽生えるものだろうか。
勿論、抵抗しなかったという疑問点と、
こちらを好きになったという事実を整合させる論を立たせる事も不可能ではない。
例えば、行為の最中に抵抗しなかったのはかがみが淫乱だからであり、
そしてみさ兄に恋慕の念が芽生えたのは過激な快楽を与えてくれたから、
若しくは灯りが点いた後でみさ兄の顔を見て一目惚れしたから、
という理屈だ。
(でも…俺そこまでイケメンじゃないし。
それに、感じさせてくれたからという理由だけで相手を好きになるほど、
淫乱な少女にも見えないよなー。
…いや、問題はそこじゃない。好きになった原因じゃない。
俺を好きだ、と言った事実それだけで、充分に問題だ)
 煩悶するみさ兄を他所に、あやのが口を挟んできた。
「ねぇ、何で柊ちゃんを庇うの?本当は、私と勘違いしたなんて嘘だよね?
本当は誑かされたんでしょ?そこの」
 あやのは侮蔑の篭った眼差しでかがみを一瞥してから、続けた。
「色に狂った変態に」
「いやっ。本当なんだ」
「嘘。だって、普通気付くはずだもん。例え暗闇でも間違え続けるなんて、有り得ないよ。
第一私」
 再び、あやのの軽蔑に篭った瞳がかがみに注がれた。
「あんなに毛濃くないし。ねぇ、柊ちゃん。
その汚らしいもの早く仕舞ったら?みさちゃんや彼の目に毒だし、私も不快」
 あやのがみさ兄の説明に疑念を抱くのも、自然と言える。
陰毛一つとっても違うのだから。
「いや、俺もおかしいとは思ったんだけど…。
でもさ、そういった違いも、
いつもと違う状況下における性交渉故の錯覚かなんかだと思っちゃって。
毛に関しても、普段は手入れしてるけど今日は突発的だったから手入れしなかった、
っていう風に自己解決しちゃってたんだよ」
「ふーん。ならさ、柊ちゃん」
 あやのの詰問の対象が、みさ兄からかがみへと移った。
あやのにしてみれば、みさ兄の嘘にかがみが話を合わせているように映っているのだろう。
「随っ分と馴れ馴れしい呼び方ね。何時までオトモダチのつもりなんだか」
 あやのが問いを発する前に、かがみが毒々しい口調で牽制した。
「本当は淫乱色情魔泥棒猫って呼んであげたいんだけど、
彼の前でそんな口汚い言葉使いたくないしね」
 あやのはかがみの言葉を軽くいなすと、続けて質問した。
「でね、柊ちゃん。もし彼の言う事が本当なら、柊ちゃんは当然抵抗したはずよね?
でも、助けを求める声すら出さないってどういう事なの?
これって」
「双方合意の上での愛情表現、そう言いたいワケね」
 かがみが後を継いだ。
あやのの顔が歪んだのは、『愛情』という言葉が挟まれたからだろうか。
かがみはそんなあやのの表情を楽しそうに見つめながら、次の言葉を放った。

「つまりさ、アンタ彼を疑ってるワケでしょ?なら、私に譲ってもいいんじゃない?
ああ後、アンタの言肯定してやってもいいわ。
双方合意の上での、セックスだってね」
「茶化さないで…真面目に答えて…」
 凄みの感じられる低い声が、あやのの口から漏れ出ていた。
「真面目に答えているんだけどな。実際に私は嫌じゃなかったんだから、
双方合意の上での愛の営みでしょ?」
「愛の営み?無理矢理誘惑した癖に…」
「それこそ峰岸の被害妄想ね。私は誘惑していないから」
「ちょっと待ってくれ」
 刺々しさを増す二人の舌戦に、みさ兄が割って入る。
見ていられなかった。自分の愚かな勘違いのせいで、
仲が良かったであろう二人の少女の友情が崩壊していく様を。
見ていられなかった。自分の愚かな勘違いのせいで、
大切な妹の表情に悲哀の色が漂っていく過程を。
実際、先ほどからみさおは悲しそうな面持ちで二人の舌戦を見つめている
「双方合意ってのは少し違う。俺は本当に…あやのと勘違いしてしまったんだ…。
だから、俺の意思は錯誤の上に形成されたものだ。
俺の合意は…最初から無かった。俺の一方的な…レイプだった」
「だったらっ」
 あやのの悲痛に染まった叫び声が
「何で柊ちゃんは抵抗しなかったのっ」
部屋内の空気を震わせた。
「それは俺も聞きたい。どうして、君は抵抗すらしなかったんだ?
もしかして、日下部家内という状況からみさおの兄だと推理して、
大事にするのを避けたのか?…友達の兄だから庇ったのか?
その…」
──みさおとの間の友情に亀裂を生じさせないために──
そう続けたかった。だが、その言葉は喉の奥に留まり、外に出される事は無かった。
みさおとの間の友情に亀裂が生ぜずとも、あやのとの間の友情は瓦解してしまっている。
にも関わらずその言葉を口にすれば、友人間の優先順位を顕現化させる事になる。
即ち、かがみはみさおの方があやのより大切だからこそ、
事が露見した後もみさ兄を庇い続けている、と。
その優先順位が明らかになったが最期、最早あやのとかがみの仲は修復不可能になる、
そうみさ兄には感じられた。自分の価値が相手の中でどの程度のものか、
それが明らかになってしまえば、もう友情という神話は崩れ去ってしまうのだから。
「いや、何でもない。ってか、何で嫌がらなかったんだ?」
 自分が原因で友情の糸が一つ失われてしまうのは、辛かった。
いや、自分以上に、みさおは悲しい思いをするだろう。
それがみさ兄にとって、何よりも辛い。
現に、普段は明朗で晴天を想起させるみさおの表情は、
泣き出しそうなくらいに曇っていた。
「嫌いじゃないから…。はっきり言うわ、初めて会った時から、好きだったからよ」
「えっ?」
 みさ兄の口から、意図せずして素っ頓狂な声が漏れた。
「いや、だって暗闇だったじゃん。俺の顔すら見れない状況だったはずだけど」
 みさ兄の素直な疑問を受けて、かがみの顔が悲しげに曇った。
「覚えて…ないの?」
「…いや」
「初詣の時にっ。鷲宮神社来たじゃない。その時に、貴方に籤売ったのが私よ。
あの、大凶出したときにね。その時、袴で来てた。
その時、一目で落ちたの」
「ああ、あの時の巫女さんか…」

 実際には、籤を巫女から買った記憶はあるものの、
その巫女がかがみであるかどうかまでは憶えていなかった。
ただ、確かに大凶だった上に袴で参拝したので、本当にかがみなのだろう。
そしてそれが本当なら、みさおとの友情を維持する為に自分を庇い、
あやのとの友情を崩壊させた、という先ほどの懸念は解消される。
だが、かがみとあやのの対立が解消されたわけではない。
未だみさ兄を軸に、二人の間で火花が散っている。
「それで俺の事を…」
 一目惚れされるほど、自分は容姿端麗だろうか。
その点に疑義を抱いたものの、
(蓼食う虫も好き好きという言葉もある…か)
そう自分を納得させた。
「ちょっと待ってよ、柊ちゃん」
 ただ、もう一人の蓼食う虫は納得いかなかったらしい。
「おかしいよ。今日の柊ちゃんの淫行は暗闇で行われて、彼の顔すら見れなかったんでしょ?
なのにどうして、彼だって分かったの?」
「ここは日下部の家よ。で、今日はご両親は居ないって日下部が言ってたじゃない。
なら、後は一人しか残らないわ。日下部の家族構成だって、日下部から聞いて知ってたし」
「ふーん。質問を変えるね」
 あやのの声が、険しさを増した。
「どうして鷲宮神社で知り合った人が、みさちゃんのお兄さんだって分かったの?」
「見たからよ。日下部やアンタと一緒に居るところを、ね。
その中で日下部が、兄貴、と言っているのを聞いたわ。
まぁその場面に出会えたのも、彼をずっと目で追ったり、手伝い脱け出して彼の跡つけてみ」
「そこまでは聞いてないっ」
 再び、劈くような悲鳴があやのの口から迸る。
「私が気になっているのは」
 呼気荒々しく、あやのはかがみに迫る。
「私と彼が付き合っている事、柊ちゃんはその時気付いていた、って事よ。
ねぇ、みさちゃんと私の普段のやり取り見てれば、
みさちゃんのお兄さんが私の彼氏だって事分かるでしょ?
初詣の時に一目惚れした人が私の彼氏だって事、認識したんでしょ?」
「で?」
 怒気を露わにしているあやのとは対照的に、かがみの対応は冷めたものだった。
何が言いたいのか分からない、そう言いたげな態度だった。
「私の彼氏だって事知ってて…彼と交わったって事よっ。
許せないよ…本当に。友達の彼氏を強姦するなんて」
「友達?誰の事言ってるのかしら。日下部?こなた?みゆき?
それと、強姦されたのは私のほうよ」
「彼の部屋に勝手に入って、待ち構えてた癖に。被害者ぶらないで」
「いや、広い家だから迷っただけよ。それで間違えて彼の部屋に入っちゃったの。
暗かったから、違和感に気付いて出ようと思ったんだけどね。
すぐに彼が入ってきて、私を抱きすくめたものだから、
僥倖とばかりに身を任せる事にしたの。
でもまさか、アンタと勘違いされてたとまでは思わなかったけどね」
「よく言うよね。初めての邂逅すら、憶えていて貰えなかったくせに。
その程度の存在なら、私の代わりでも身に余る大任だよね」
 二人の少女が悪意を剥き出して罵りあう壮絶な光景を、
みさ兄はただ黙って見つめていた。
言葉を挟む間隙すら見当たらない罵倒の応酬に、ただただ圧倒されていたから。
「ふん、そんな事言っていられるのも今の内よ。もうこれ以上、アンタなんかと話す事は無いわ。
私が話す必要があるのは、彼よ」
 間隙など探す必要も無く、彼はあっさりと巻き込まれた。
それをみさ兄は、かがみから向けられた視線と共に知る。

「ねぇ、結果的には私を犯したワケなんだけど、
当然責任取って私と付き合ってくれるんでしょうね」
「ちょっと、柊ちゃんっ?」
「峰岸は黙ってなさいよ。これ以上アンタと話すことは無いって、言ったはずなんだから」
「私はあるよ。何勝手に話進めてるの?」
「勝手にも何も、峰岸関係無いじゃない。無関係な人間が、口挟むなよ」
「無関係?私はね、彼のカノジョなの」
「だから何?私が襲われた事に関しては、無関係よね?」
「そう、無関係。なのに何で、そんな私にとって関係無い事情で、
私と彼の仲が引き裂かれなきゃいけないの?」
「アンタに彼を拘束し続ける権利なんて、無いはずなんだけどな。
恋人関係なんて、相思相愛が前提。片方が別れると言えば、それで終わりよ。
その判断を下すのは、彼であってアンタじゃない。彼の事信じてるなら、
黙って見てなさいよ。それとも、怖いの?薄々、私には勝てないって分かってるから?」
「…勝手にすれば?それで恥をかくのは、柊ちゃんだと思うけどね」
 あやのはそれだけ言うと、みさ兄に視線を向けて押し黙った。
その瞳に、幾ばくかの恐怖と不安が漂っている事を、みさ兄は敏感に感じ取る。
普段己に向けられるあやのの瞳には、信頼が満ちていた。だが今は、それがない。
その相違が、あやのの不安に満ちた胸中を感じ取らせてくれていた。
 それでもあやのはかがみの提案を呑み、みさ兄に決断を託した。
恐怖と不安に押し潰されそうになりながらも、信じるという選択をしてくれた。
それに応えなければならない、そうみさ兄は覚悟を固めて、言葉を紡ぐ。
「確かに俺は…悪い事したと思う。でも、ソレとコレとは話が別だ。
君に償いはしたいけど…。あやのと別れて君と付き合うという選択肢は無いよ。
だから、”ゴメン”…本当に…”すいません”」
 二回、謝罪の言葉を口にする。
勘違いとは言え襲ってしまった事と、交際の申し出を断る事、
謝罪の対象が二つあるのだから。
それほどまでに、彼は律儀で真面目な男だった。
故に
「何言ってるのよっ。私の身体弄んでおきながら、謝った程度で赦されるワケないだろ。
責任持ちなさいよ、責任持って、私と付き合いなさいよ」
責任という言葉が、重く々々圧し掛かる。
いっその事、彼女の”物になる”事で免責されてしまいたい。
 だが、その誘惑に心委ねる事はしなかった。あやのの不安に満ちた表情が、
揺れる彼の心をすんでの所で押し留めていた。
「分かってる、分かってるよ。でも、その責任は…。
民事上の賠償と、刑事上の制裁で取りたいんだ。
だって俺…あやのをこれ以上裏切れない。
…だから、自首、するよ」
 語尾が、震えた。
「だ、駄目だよ。元々悪いのは柊ちゃんじゃない。
そもそも抵抗一つしなかった時点で、柊ちゃんは犯されてもいいと思ってたワケでしょ?
自首する必要なんて、ないよ」
 あやのの声も、震えていた。
「ふん。刑事責任取るって言っても、親告罪だから私の告訴が無い限りは、
起訴されないわよ。まぁ別に自首しなくても、私の告訴さえあれば起訴できるけどね」
 二人とは対照的な、冷静な声音でかがみが言葉を放つ。
その視線は、みさ兄ではなくあやのに向けられていた。
「告訴、する心算は無いんでしょ?」
 それまでの敵意に満ちた瞳から一転、
あやののかがみを見つめる瞳には縋るような色が浮かんでいる。
「付き合ってくれないんなら、告訴も考えちゃうかも」
 対照的に、かがみの瞳には余裕が漲っていた。
「いや、いいんだあやの。俺が悪いんだから、ムショ行くのも当然の話さ」
「そんな…」
 絶望に染まったあやのの声がみさ兄の胸に刺さるが、
あやのと別れずに償うとなれば、これしか思い浮かばなかった。

「ゴメンな、あやの」
「いやっ。大体っ」
 あやのはかがみに向き直ると、普段の淑やかな彼女からは想像出来ない獰猛な表情で喚きたてた。
「柊ちゃん抵抗しなかったじゃないっ。そんなんで強姦罪なんて成立するのっ?」
「その辺は言いよう、よ。怖くて声上げる事も抵抗する事も出来なかった、
とでも言おうかしら。まぁ、私たち素人が考える事じゃないわね。
偉い人たちに判断してもらうのが正解、よ」
 対するかがみは、何処までも冷静だった。
寧ろ、この状況を愉しむような笑みすら頬に浮かんでいる。
「酷いよ…。酷すぎるよ。私から彼を奪おうだなんて…。
友達の彼寝取っておきながら、その彼を強姦で訴えるとか酷すぎるよっ。
ねぇ?本当に彼の事好きなの?本当に好きなら、訴えるなんてしないはずよね?」
「本当に彼の事が好きなのかどうかを試されるのは、
私じゃなくてアンタの方なんだけどね、峰岸」
 必死の形相で喚くあやのに対し、茶化すようなかがみの声が応じる。
そして、その嘲弄的な口調を際立たせるような妖しい瞳であやのを見据え、
言葉を続けた。
「酷いって言葉乱発してたケド…私、アンタが思ってる程酷い人間じゃないわ。
寧ろ優しいつもりなんだけど?ねぇ、峰岸。別に私は今回の事、
告訴しなくてもいいと思ってるの。アンタ次第で、ね」
「私…次第?」
 不安そうなあやのの声が、みさ兄の心を揺さぶる。
(この柊さんって人…何を言い出すつもりだ?
そもそも勝手に勘違いしたのは俺で、あやのは関係ない。
なのに、何であやの次第なんだ?)
 納得がいかない。しかし、こちらが加害者であるという負い目が、
みさ兄の抗議の声を封じ込めていた。
「そ。別れなさいよ、彼と。そうすれば、告訴しないで許してあげる」
「ふ、ふざけないでっ」
「ちょっと待てっ」
 あやのの声と、みさ兄の声が重なった。いかに加害者という負い目があっても、
見過ごせない発言だ。
「ふざけてないわ。別れなさいよ、彼と。ねぇ、さっき峰岸言ったわよね?
本当に好きなら、告訴しないって。だから私もアンタに問いかける。
本当に好きなら」
 かがみの瞳が、射抜くような鋭さを持ってあやのに注がれる。
「彼の為に身を引けるわよね?」
「っ」
 あやのは絶句すると、黙りこくった。青褪めた顔に煩悶の表情を浮かべるその姿は、
涼やかな普段の彼女からは想像も出来ないものだ。
「ま、待ってよ。コイツは関係ない。俺と、柊さんの問題でしょ?」
「峰岸巻き込んだのは、貴方じゃない?私は責任持って付き合えと言った。
そしたら貴方は、峰岸と別れたくないから断ると言っただろ?
私と貴方の問題に、峰岸を関わらせたのは日下部さん、貴方よ」
「それはっ」
 反駁したいが、言葉が続かなかった。
「峰岸、どうするの?アンタの彼に対する恋情が本物かどうか、
それが今試されてる。自分勝手な我侭押し通して、彼に前科付ける?
それとも、彼の幸せの為に身を引くの?」
 みさ兄が黙りこくったのを幸いとばかりに、
かがみが畳み掛けるようにあやのに迫った。

酒池肉林 (3)へ続く












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コメント:
  • あってもおかしくない話だけに怖い -- 名無しさん (2010-12-19 17:43:22)
  • かがみこえー -- 名無しさん (2010-03-04 23:59:18)

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