「えーっと……『パラダイス・カフェ』……ここよね」
地中海あたりのコーポラスを思わせる白い壁。シンプルでお洒落な店構え。
そんな建物を前にして、異様な緊張を禁じ得ないわけは……
そんな建物を前にして、異様な緊張を禁じ得ないわけは……
そう、私はこの建物がいったい何なのか、知っちゃっているからなのだ。
……つまり、ここは―
―こなたが勤めてる、コスプレ喫茶なのである。
―――――――――――
『パラダイス・カフェ』
―――――――――――
『パラダイス・カフェ』
―――――――――――
「そういえば行ったことないから……今度、あんたのバイト先でも覗きにいこうかしら」
正月にこなたがうちの神社に来た、その仕返しのつもりで、ふとそんなことを言ってみたら、
「うん、いいよ」
返ってきたのは、予想外の承諾。
正月にこなたがうちの神社に来た、その仕返しのつもりで、ふとそんなことを言ってみたら、
「うん、いいよ」
返ってきたのは、予想外の承諾。
「いいのかヨ!普通そういうのって嫌がるトコだろ」
「だって、半分見られるのが仕事のようなものだしー」
「そりゃ、そうだろうけど……」
「だって、半分見られるのが仕事のようなものだしー」
「そりゃ、そうだろうけど……」
こなたの仕事ぶりを、ちょっと想像してみる。
「あんたのことだからどうせ、『あじゅじゅじゅしたー』とか『よこそ』とか、歯切れの悪い接客してるんでしょ」
「果たしてどうかな~?……まァ、見に来ればわかるよ」
「果たしてどうかな~?……まァ、見に来ればわかるよ」
『自分だけの秘密』を持っているヤツ特有の、内に優越感を秘めた微笑み。
「……わかったわよ、週末覗きに行ったげる!……絶対行くんだからね!後で後悔するんじゃないわよ!」
「うん、ここ一番のコスで待ってるよ~」
「うん、ここ一番のコスで待ってるよ~」
……なんでこんなに嬉しそうなのよ、こいつは。
―×― ―×― ―×― ―×― ―×― ―×―
……と、そんなやり取りがあったのが、つい数日前。
「う~~、どうしよう……その場の勢いで『絶対行くからね!』とか言っちゃったけど、う~ん……」
いくら友達が働いているとはいっても、こういう店に一人で入るのは気が引ける。
いくら友達が働いているとはいっても、こういう店に一人で入るのは気が引ける。
―そう、こんな日に限って、私一人なのよね。
つかさはみゆきさんと一緒に別行動。何やら『秘密の買い物』につきあってもらっているらしくって。
つかさはみゆきさんと一緒に別行動。何やら『秘密の買い物』につきあってもらっているらしくって。
交通量の多い駅前通り。店の入口の前で、お百度を踏む私。
周囲の視線が集まってくるのを感じる。
周囲の視線が集まってくるのを感じる。
……ええい、どのみち羞恥プレイ状態なんだから、入っちゃえ!
ドアノブに手を触れると、自動ドアが微かな擦れ音と共に開いた。
ドアノブに手を触れると、自動ドアが微かな擦れ音と共に開いた。
『いらっしゃいませ~☆』
色とりどりのウェイトレス、メイド、巫女、ナース、アニメや漫画のキャラクター。
統一感のないコスチュームに身を包み、甲斐甲斐しく働いていた女の子達が、一斉に私のほうを向いて言った。
色とりどりのウェイトレス、メイド、巫女、ナース、アニメや漫画のキャラクター。
統一感のないコスチュームに身を包み、甲斐甲斐しく働いていた女の子達が、一斉に私のほうを向いて言った。
うわァ……そう来ますか。
圧倒されて硬直状態の私の元へ、一人の女の子が駆け寄ってきた。
圧倒されて硬直状態の私の元へ、一人の女の子が駆け寄ってきた。
「あー、おねえちゃん!おかえりなさ~い☆」
と言うなり、いきなり抱きつく。
「ちょ、あんた……って、え?」
抱きついたままの姿勢で、私を見上げたその子。
紺色のメイド服に身を包み、長く青い髪を大きなリボンでまとめた、小柄な女の子。
櫛を通したと見えて、綺麗に流れる髪のてっぺんに、ひと房だけ立ち上がったアホ毛。
左の目元に、見まごうはずもない泣きぼくろ。
紺色のメイド服に身を包み、長く青い髪を大きなリボンでまとめた、小柄な女の子。
櫛を通したと見えて、綺麗に流れる髪のてっぺんに、ひと房だけ立ち上がったアホ毛。
左の目元に、見まごうはずもない泣きぼくろ。
身体的な特徴だけ見れば、どうみてもこなたなんだけど……
ぱっちりと見開いた瞳は星目がちで、夢を夢見る少女のごとく。
ハキハキとした元気のいい声は、『なんとかストレート』の主人公のごとく。
ハキハキとした元気のいい声は、『なんとかストレート』の主人公のごとく。
「……あんた、誰だ?」
わかっちゃいるけど、つい突っ込んでしまった。
わかっちゃいるけど、つい突っ込んでしまった。
「やだなぁ、私だよん」
急にいつものテンションに戻るこなた。……つか、落差でけえ!
急にいつものテンションに戻るこなた。……つか、落差でけえ!
「わ、わかってるわよ……聞いてみただけ」
「これぐらい芸達者でないと、コスプレ喫茶のウェイトレスは務まらないのだよ、かがみんや」
「……あー、さいですか」
一瞬ドキッとしてしまった自分に、ちょっと自己嫌悪。
「これぐらい芸達者でないと、コスプレ喫茶のウェイトレスは務まらないのだよ、かがみんや」
「……あー、さいですか」
一瞬ドキッとしてしまった自分に、ちょっと自己嫌悪。
「で、でもさ、いくらなんでも抱きつくのはやりすぎじゃないの?」
「ああ、これはかがみだけにサービスだよ♪」
「う……っ」
「ああ、これはかがみだけにサービスだよ♪」
「う……っ」
ヤバイ。たぶん私、今、顔真っ赤だ。
「だいたい、『おねえちゃん』って何なのよ?」
「妹でメイドっていう設定なんだよ~」
「……設定?」
「妹でメイドっていう設定なんだよ~」
「……設定?」
聞き返す私をさらっと流して、こなた。
「ごめんねー、今日なんかお客さん多くって。もちょっと待っててね」
「べ、別にいいわよ、謝んなくても」
「ごめんねー、今日なんかお客さん多くって。もちょっと待っててね」
「べ、別にいいわよ、謝んなくても」
……てか、これでお客が少なかったら、とてもじゃないけど居られんわ。
「あ、窓際の席がちょうど空いたみたい。今案内するね」
「あ、いや、私はその、ちょっと様子見に来ただけだから……」
「いーじゃんいーじゃん、私のおごりだよ~」
こなたの小さな手が私の手を握る。柔らかくて暖かい感触。
「あ、いや、私はその、ちょっと様子見に来ただけだから……」
「いーじゃんいーじゃん、私のおごりだよ~」
こなたの小さな手が私の手を握る。柔らかくて暖かい感触。
「ちょ、ちょっと……」
いきなりテンションを切り替えて、こなたが店内に向かって言った。
「おねえちゃん一名様、お席にご案内するね~☆」
『は~い、よろしくね~☆』
ウェイトレスの女の子達が、一斉に元気よく返した。
「おねえちゃん一名様、お席にご案内するね~☆」
『は~い、よろしくね~☆』
ウェイトレスの女の子達が、一斉に元気よく返した。
なんという一糸乱れぬ応答……これは間違いなく鉄壁のチームワーク。
―×― ―×― ―×― ―×― ―×― ―×―
かくして、私は今。コスプレ喫茶なるディープなお店の、しかも窓際の席に座っている。
通行人の視線が気になって、なんか落ち着かない。
……いや、『通行人はわざわざ店内なんて見ちゃいない』って、頭じゃわかってるんだけどね。
……いや、『通行人はわざわざ店内なんて見ちゃいない』って、頭じゃわかってるんだけどね。
「何にする?おねえちゃん☆」
妹メイドモードのこなたが、つぶらな瞳で私を見つめる。
「ぁぅ……ええっと……」
妹メイドモードのこなたが、つぶらな瞳で私を見つめる。
「ぁぅ……ええっと……」
渡されたメニューを眺める。
『待ちに待ってた学園祭!ボリューム満点パフェ』
『ふわっとチョコレートムース・癒し系お嬢様風』
『ちょっとビターな初恋クッキー』
『恋のさや当て・トリプルアイスクリームサンデー』
『待ちに待ってた学園祭!ボリューム満点パフェ』
『ふわっとチョコレートムース・癒し系お嬢様風』
『ちょっとビターな初恋クッキー』
『恋のさや当て・トリプルアイスクリームサンデー』
……えと、どれもこれもものすごいお名前ですね、こなたさん。
「これなんてどうかな?『甘くて辛い!?気になるあの子のツンデレパフェ』」
「……ツンデレパフェ?」
「ん。これ、私が考えたメニューなんだよネ」
いつものテンションに戻って、こなた。つか、切り替え早いわね。
「……ツンデレパフェ?」
「ん。これ、私が考えたメニューなんだよネ」
いつものテンションに戻って、こなた。つか、切り替え早いわね。
そういえばいつだったか、激辛パフェとか言ってたわね。まさか本当にメニュー入りするとは……
「思ってたより結構評判いいんだよね~、これが」
まあ、甘辛いって表現は普通にあるし、トンカツパフェってのもあるぐらいだし……
まあ、甘辛いって表現は普通にあるし、トンカツパフェってのもあるぐらいだし……
「ネーミングとか、かがみんにもピッタリ♪(むふ)」
「ちょっと待て、オイ」
「ちょっと待て、オイ」
―×― ―×― ―×― ―×― ―×― ―×―
……柊かがみ、ただいまツンデレパフェ完食。
……いや、まいったわ。まいりました。
辛いパフェ?とか言ってた自分が、間違ってました。
甘いアイスクリームに混ぜこまれた唐辛子の絶妙な辛さが、まさかこうもハマるなんて。
なんでも、南米のチリあたりじゃ普通に売ってる組み合わせだそうで。なるほど。
辛いパフェ?とか言ってた自分が、間違ってました。
甘いアイスクリームに混ぜこまれた唐辛子の絶妙な辛さが、まさかこうもハマるなんて。
なんでも、南米のチリあたりじゃ普通に売ってる組み合わせだそうで。なるほど。
「……でもさ、」
「何?」
「あんた、仕事中でしょ?こんなところでダベってていいの?」
「何?」
「あんた、仕事中でしょ?こんなところでダベってていいの?」
こなたはさっきから、私の向かいに座ってずーっと話し込んでる。
「あー、今は休憩時間だから」
「ふーん」
「あと、スカウト活動も兼ねてるから、店長さんも容にn……」
「え?」
「……あ、いやなんでもないヨ、こっちの話」
「ふーん」
「あと、スカウト活動も兼ねてるから、店長さんも容にn……」
「え?」
「……あ、いやなんでもないヨ、こっちの話」
「?……でも、そんな格好で座ってたら、サボってるってバレバレじゃないの。お客の印象とか悪くなんない?」
「あ~、ここはお客さんもコスプレOKだからだいじょーぶ、違和感ないし。てか、コスプレしてる半分はお客さんだよ」
「あ~、ここはお客さんもコスプレOKだからだいじょーぶ、違和感ないし。てか、コスプレしてる半分はお客さんだよ」
知って驚く、意外な事実。
「マジですか!?やけに店員が多い店だなーって思ってたわ……」
「マジですか!?やけに店員が多い店だなーって思ってたわ……」
「……そだ、かがみもコスプレしてみない?レンタル衣装もあるんだよ~」
目を輝かせるこなた。
目を輝かせるこなた。
「なっ……わ、私はいいわよ!」
「ええ~?似合うと思うんだけどなぁ……」
「結・構・よっ!」
「ええ~?似合うと思うんだけどなぁ……」
「結・構・よっ!」
と、言った瞬間。
こなたは『究極奥義』を繰り出してきた。
こなたは『究極奥義』を繰り出してきた。
「おねえちゃん……私、おねえちゃんのきれいなお洋服見たいな~☆」
口元に両手を当てて、餌を頬張る栗鼠のような仕草で私を見上げる。
こなたのバックに、きらきらと輝く光の粒が見えた気がした。
口元に両手を当てて、餌を頬張る栗鼠のような仕草で私を見上げる。
こなたのバックに、きらきらと輝く光の粒が見えた気がした。
「うぐっ……」
「……ね、お・ね・がいっ☆」
何よコレ、ちょっと、うわ、キモ…………か、可愛いじゃないの。
―×― ―×― ―×― ―×― ―×― ―×―
「き……着替え、終わったわよ」
「おぉぉ!見立て通りの王道ツンデレメイド!かがみんぐっじょーぶ!」
「おぉぉ!見立て通りの王道ツンデレメイド!かがみんぐっじょーぶ!」
こなたが目を輝かせ、―妹モードではなく、いつものヲタモードで―、親指を立てて『GJ』のポーズ。
「ちょ、大声出さないでよ!目立っちゃうじゃない!」
そんな私の耳打ちが、終わるか終わらないかのうちに。
こなたは私を更衣室前の目隠し(パーティション)から押し出すと、店内に向かって叫んだ。
こなたは私を更衣室前の目隠し(パーティション)から押し出すと、店内に向かって叫んだ。
「おねえちゃん、着替え終わりました~~☆」
「ちょ、バカッ!あんた、今何聞いて……」
あれだけざわついていた店内が、しん……と静まり返る。
……だ、だから嫌だって言ったのに……
……だ、だから嫌だって言ったのに……
―でも、次の瞬間。
「……おぉおおおおおおおおっ!」
「萌えぇえええええええ!!」
「ツンデレじゃ!ツンデレメイド様じゃ!!」
「萌えぇえええええええ!!」
「ツンデレじゃ!ツンデレメイド様じゃ!!」
叫ぶ人、悶える人、両手を合わせて拝みだす人。
ウェイトレスの女の子達の拍手。
そして始まる、男性客たちのスタンディングオベーション。
ウェイトレスの女の子達の拍手。
そして始まる、男性客たちのスタンディングオベーション。
「……あ……あぁぁ……(ぱくぱく)」
「うんうん、私の見立ては間違ってなかったわけだねぇ、うんうん」
……私の中で、何かのスイッチが入った。
―×― ―×― ―×― ―×― ―×― ―×―
店内の熱狂(?)は、店の外にまで響いていた。
「うわぁっ!……と驚くタメゴロー。……な、何だろ、いまの!?」
「あそこの……ほら、三軒先の店からですね」
「何かあったのかな?」
「あそこって確か、泉さんがアルバイトをされているお店じゃ……」
「あそこの……ほら、三軒先の店からですね」
「何かあったのかな?」
「あそこって確か、泉さんがアルバイトをされているお店じゃ……」
「……行ってみよっか」
「……そう、ですね」
「……そう、ですね」
―×― ―×― ―×― ―×― ―×― ―×―
変にテンションが高まった店内。
誰もが熱にうかされたように、ヒートアップしている。
誰もが熱にうかされたように、ヒートアップしている。
もちろん、私も。
……私、いったい、何してるんだろ……?
―×― ―×― ―×― ―×― ―×― ―×―
ドアノブのスイッチに、手を触れるつかさ。
自動ドアが、微かな擦れ音と共に開く。
自動ドアが、微かな擦れ音と共に開く。
―×― ―×― ―×― ―×― ―×― ―×―
「いらっしゃいませぇ☆ ご主人さ…………ま゙ぁぁっ!?」
「え、えぇええええええっ!?お、おねーちゃんっ!?」
「か、かがみさんっ!?」
「か、かがみさんっ!?」
…………ぁぅ。
―×― ―×― ―×― ―×― ―×― ―×―
オレンジ色に染まった、夏の空。
ざっと夕立が通りすぎた後の空気は澄みわたって、心地いい風が吹き抜ける。
ざっと夕立が通りすぎた後の空気は澄みわたって、心地いい風が吹き抜ける。
……でも、私の頭上には多分、ヒトダマのような渦巻きがいくつも巻いているはず。
「本当、できれば考えてくれないかな……優遇するからさ」
と言うのは、このお店の店長さん。……だから、私はここでバイトする気はありませんって。
と言うのは、このお店の店長さん。……だから、私はここでバイトする気はありませんって。
手元には、数枚のポラロイド写真。
メイド服姿の4人が、写真に収まっている。
メイド服姿の4人が、写真に収まっている。
……こ、これは黒歴史よ。きっとそうよ。
「で、では、私たちはこれで……」
苦笑まじりの声で、みゆき。
苦笑まじりの声で、みゆき。
「また来てね~、お・ね・え・ちゃん☆」
と、こなた。タレントの小神あきらも真っ青の、非の打ち所のない完璧なぶりっ子ポーズ。
「もう結構!十分すぎるほど堪能したわよっ!」
と、こなた。タレントの小神あきらも真っ青の、非の打ち所のない完璧なぶりっ子ポーズ。
「もう結構!十分すぎるほど堪能したわよっ!」
……とは、言ったものの。
こなたの見せた、あの『意外な一面』が。
いつもとは違う衣装に身を包んだ時の、あの『なんともいえない高揚感』が。
その日の夜になっても、私の頭から離れなかった。
こなたの見せた、あの『意外な一面』が。
いつもとは違う衣装に身を包んだ時の、あの『なんともいえない高揚感』が。
その日の夜になっても、私の頭から離れなかった。
……また、一人で行ってみようかな……
― Fin. ―
コメントフォーム
- エッチのがいい!! -- セックス (2009-02-17 18:52:46)
- さあ、かがみ、アルバイトを始めるんだああああ! -- 名無しさん (2009-02-12 22:56:02)