第三部 欲求と疎外 ―生に“埋め込まれた”批判的価値意識への視角―
第4章 現実世界における疎外(P.209-228)
マルクスはフォイエルバッハの疎外概念を継承しつつ、現実における疎外、すなわち人間の生活の諸必要の生産と分配の場面での疎外をあきらかにした。
⇒「労働の疎外」と「社会的関係の転倒=物象化」
一 労働の疎外(P.209-215)
資本主義的生産様式の特徴:労働と資本の分離
労働者は労働力を資本に売り、資本家はそれと自ら所有する生産手段を用いて生産
→生産物は資本家の所有に帰する
→物、富を持つ資本家による、もたざる者の労働の支配
→生産物は資本家の所有に帰する
→物、富を持つ資本家による、もたざる者の労働の支配
商品生産としての生産の目的=利潤最大化
→賃金の抑制、労働時間の延長、労働強度の強化
→賃金の抑制、労働時間の延長、労働強度の強化
マルクスはこの賃労働が「疎外された労働」であることを次の4点から指摘する。
①生産物からの疎外
- 生産物が資本家の所有→労働者にとって生産物は商品として独立、疎遠な存在となる(自己性の損失)
- 労働者は自身の意図とは無関係に商品としての生産物を生産し続けなければならない
- 資本の蓄積による労働の合理化、機械の導入、過剰生産→労働者の賃金の抑制・低下、失業
→主格の転倒、労働者の自己損失
②労働そのものからの疎外
本来の労働:
自発的意欲に基づき、自己を確認し発展させることのできる、それゆえ充実した喜びにみちた活動
自発的意欲に基づき、自己を確認し発展させることのできる、それゆえ充実した喜びにみちた活動
賃労働:
資本家・商品生産のための活動
→労働者にとっては、不自由で肉体的精神的エネルギーを消耗させる、苦痛に満ちた強制労働
資本家・商品生産のための活動
→労働者にとっては、不自由で肉体的精神的エネルギーを消耗させる、苦痛に満ちた強制労働
③人間の類的本質からの疎外
賃労働において、人間の類的本質はそれ自体目的ではなく手段である
(資本家にとっては利潤獲得の手段、労働者にとっては生活の手段)
→獲得される能力や知識は一面的で偏ったものでしかなく、労働者を非人間化し心身の健康を損なう
(資本家にとっては利潤獲得の手段、労働者にとっては生活の手段)
→獲得される能力や知識は一面的で偏ったものでしかなく、労働者を非人間化し心身の健康を損なう
④人間からの人間の疎外
労働が本質的契機として含んでいた共同的な人間関係が失われ、人間同士が疎遠になり、対立
- 労働者 vs 資本家 ←階級的利害をめぐって
- 労働者 vs 労働者 ←労働力=自己の商品化による競争
意識の疎外の現実的基礎=人間の現実的関係の疎外(転倒)に由来する、労働の疎外
生産手段の私有制:
労働の主体(労働者)と、生産物に依存する客体(資本家)との関係が転倒された関係
生産手段の私有制:
労働の主体(労働者)と、生産物に依存する客体(資本家)との関係が転倒された関係
活動の主体である人間と、対象・生産物である“もの”とが転倒し、“もの”に人間が支配される関係
⇒物象化(物化)
⇒物象化(物化)
二 現代の疎外と物象化(P.215-219)
人間の物象化(物化)Versachlichung, Verdinglichung:
①人間の自由で個性的・意識的な主体的活動力が、量的にのみ評価される物(象)として扱われること
Ex.労働力の商品化
①人間の自由で個性的・意識的な主体的活動力が、量的にのみ評価される物(象)として扱われること
Ex.労働力の商品化
②人間の活動や人間関係が物象に従属し、物の運動や物と物との関係として現象すること
Ex.賃金(貨幣)に従属する人間関係
③人間の行動や人間関係が、物質的過程のように、外的必然的な法則性に従属させられること
Ex.強制としての労働、競争、効率主義
④人間の歴史的産物としてそれ自身社会的物象である資本の自立と人間支配
- 貨幣の物神性
物神性Fetischcharakter:
単なる物体が人間の幸不幸を左右するものとして神秘的魔術的な呪力を持つとされること
単なる物体が人間の幸不幸を左右するものとして神秘的魔術的な呪力を持つとされること
人間相互の必要物質の交換・流通の手段→それ自体が価値・神秘的威力を持つもの
→手段としてではなくそれ自身が目的として限りなき所有・蓄蔵の対象
→商品経済において人間を支配して限りなく増え続けようとする自立した運動体(貨幣が神となる)
→商品経済において人間を支配して限りなく増え続けようとする自立した運動体(貨幣が神となる)
◎資本主義とは資本本位の関係であり、物象化された人間の社会的関係・行為、物象相互の関係が、
一方では、物象・商品・資本の自然的性質によって生じたものとして
他方では、平等で自立した人格の自由な振る舞い(例えば自由意志に基づく契約)として
他方では、平等で自立した人格の自由な振る舞い(例えば自由意志に基づく契約)として
あらわれる (物神崇拝の倒錯性)
三 生活の疎外(P.219-223)
現代の疎外:
全面的に物象化現象として顕現
労働過程のみならず、人間の生活と活動のあらゆる領域において(地球的規模で)浸透・深刻化
全面的に物象化現象として顕現
労働過程のみならず、人間の生活と活動のあらゆる領域において(地球的規模で)浸透・深刻化
◎生活の疎外(「疎外された労働」の四規定を敷衍して)
(1)生活活動の所産からの人間疎外=生活活動の対象、生活条件からの疎外
①生活活動のほとんどの対象が商品化され、しかもその領域がますます拡大しつつあること
Ex. 教育、レジャー、子供の保護や老人の介護などの商品化
商品化された生活手段は、生活主体そのものを抑圧する敵対物に転化する様相すら示す
Ex. 教育、レジャー、子供の保護や老人の介護などの商品化
商品化された生活手段は、生活主体そのものを抑圧する敵対物に転化する様相すら示す
②生活条件としての住宅環境はじめ文化的・社会的、自然的環境が、資本の論理による恣意的生産と商品化の中で荒廃し、非人間的条件と化していること
Ex. 環境問題
Ex. 環境問題
③人間の生活活動の産物としての社会制度・規範や組織などからの人間の疎外
Ex. 財界(資本)の意向にそった人材養成をめざす学校教育制度
Ex. 財界(資本)の意向にそった人材養成をめざす学校教育制度
(2)生活活動そのものからの人間の疎外
官僚制や国家統制の強化、公共的業務や文化的活動などの商品化、マスメディアの発達、情報社会化
→諸個人の自由で意識的な主体的生活の喪失「たえず口を開いて生活している」という「受容的構え」
→諸個人の自由で意識的な主体的生活の喪失「たえず口を開いて生活している」という「受容的構え」
(3)生活における類的本質からの疎外
類的本質:一面では極度に発達させられながら、全体の連関を欠き、人間の成長・発達の法則を無視
→逆に主体確立を阻害
→逆に主体確立を阻害
Ex. 受験体制のもとでの能力開発、身体の基礎的能力・健康の阻害
- 類的本質・類的能力の実現・形成それ自体が生活の目的とはされず、自己を労働力商品となすことの手段とされる
- 類的本質の実現が商品の購入それ自体においてなされる
生活の全領域(労働生活、市民的社会生活、個人的消費生活・余暇生活)における疎外の深化
→生活・生きることの意味と喜び・充足感の喪失
→慢性的自己疎外感、人格そのものの崩壊
→生活・生きることの意味と喜び・充足感の喪失
→慢性的自己疎外感、人格そのものの崩壊
(4)人間そのものからの疎外
生活の疎外は、人間を孤立した原子的個人へと解体
→利己主義的、敵対関係
→利己主義的、敵対関係
他者が外見上も単なる物象(貨幣の運搬者や財布(札束)、ゴミ・ゴキブリ・汚物など)としてあらわれる
Ex. いじめ
Ex. いじめ
四 商品社会の論理と欲求の疎外(P.223-228)
欲求の質と形態は、それを誘発する諸対象の様態、主体のおかれている客観的条件に規定される。したがってまた対象や社会的条件の認識、価値観にも規定される(第二章)
→生活の疎外は欲求の質と形態を規定し、欲求の疎外を引き起こす
→生活の疎外は欲求の質と形態を規定し、欲求の疎外を引き起こす
(1)生活活動の所産からの疎外と(4)人間からの疎外→ 欲求の対象および実現の客観的条件の疎外
(2)生活活動そのものからの疎外と(3)類的本質からの疎外→ 欲求形成の主体的条件の疎外
として、それぞれ相互前提的・相互規定的に欲求を疎外
(2)生活活動そのものからの疎外と(3)類的本質からの疎外→ 欲求形成の主体的条件の疎外
として、それぞれ相互前提的・相互規定的に欲求を疎外
(1)生活活動の所産からの疎外との関連
活動対象=欲求を誘発する諸対象が商品化されていることの問題
- 欲求の範囲の拡大(商品の量的拡大)=資本の論理に方向付けられた一面的・爬行的肥大化
- 生活対象の商品化の進行 → 貨幣への欲求の(第一義的なものとしての)増大
- 生活空間と外的諸条件の劣悪化・制度の抑圧性 → 対象へ向かう諸欲求の萎縮・退行
(2)生活活動そのものからの疎外との関連
生産活動と分離、主体性を疎外され所作の対象の消費の場となった生活過程
→欲求はあてがわれた対象の直接的獲得に向かい、その過程には向かわない(欲求の受動化)
→人間的欲求が本質的に含んでいた抑制的契機の喪失
→欲求はあてがわれた対象の直接的獲得に向かい、その過程には向かわない(欲求の受動化)
→人間的欲求が本質的に含んでいた抑制的契機の喪失
欲求は能動的主体的行為への内的契機を失い、ただ受動的行為の源泉でしかない
(4)人間からの疎外との関連
自己保存欲求と共同性欲求の分裂・対立、前者による後者の支配・抑圧=欲求の利己主義化
- 価値意識において
利害関心→利己主義的性格。自発性の形式は専らこれに還元される
↑
(欲求と義務(良心)との相剋、個人的・内発的評価と社会的普遍的・外的強制的評価との矛盾)
↓
規範意識→社会へ自己を適合させるもの。義務、外的・内的強制の形式(欲求に基づく自発性は喪失)
↑
(欲求と義務(良心)との相剋、個人的・内発的評価と社会的普遍的・外的強制的評価との矛盾)
↓
規範意識→社会へ自己を適合させるもの。義務、外的・内的強制の形式(欲求に基づく自発性は喪失)
- 共同性欲求:
非現実的個人的(私的)領域において、感性の形式で自己自身を回復しようとする(愛、友情、憐憫、共感、同情等々)。しかし、これすら人間関係の疎外が拡大深化するなかで喪失
→自己疎外的な形態:暴力的な身体的接触行為・他者支配への欲求
→非現実的虚構の世界において、あるいはそれを介して自己の回復を図る
→非現実的虚構の世界において、あるいはそれを介して自己の回復を図る
(3)類的本質からの疎外との関連
アグネス・ヘラーによる資本主義における欲求の疎外の問題群の整理
(1)目的―手段関係の転倒
(2)欲求の量化:
個性的質的欲求を量化し欲求の質を制限、量化し得ないものを量化して質的欲求を反対物に転倒、また量化し得ないものへの欲求を萎縮
(3)欲求の貧困化
欲求の還元と同質化 「持つことへの欲求」
(4)このことの「あらわれ」が個人的行為の動機としての「利害」(利己主義的形態での)
(2)欲求の量化:
個性的質的欲求を量化し欲求の質を制限、量化し得ないものを量化して質的欲求を反対物に転倒、また量化し得ないものへの欲求を萎縮
(3)欲求の貧困化
欲求の還元と同質化 「持つことへの欲求」
(4)このことの「あらわれ」が個人的行為の動機としての「利害」(利己主義的形態での)
ここで「抑圧ないし喪失された諸欲求の特徴(本来の目的性、個性・質的性格、人間的性格、共同性)」は、「社会的現実的過程では否定的形態をとるとともに、個人的観念的過程ないし虚構の世界で肯定的形態を(しかし抽象化されて)回復しようとする」
さらに、類的本質、類的能力の疎外は、人間の「欲求の人間化・発展・創造性の主観的要因をなした媒介的性格や欲求相互の内的連関を喪失させる」
→人間的欲求の“即物”化、アトムへの解体
欲求と類的本質の分裂・疎外、欲求の受動化・モザイク化
→人間的欲求の“即物”化、アトムへの解体
欲求と類的本質の分裂・疎外、欲求の受動化・モザイク化
- 解体された諸欲求は直接に、しかし相互の連関なしにアトランダムに満足されるゆえに、所与の具体的現実への依存・従属を強めて抵抗・批判意識を解体
→空疎感・疎外感、慢性的な不満足感・欠乏感
“意味への欲求”、“アイデンティティへの欲求”
“意味への欲求”、“アイデンティティへの欲求”
この欲求が何らかの形で満足・代償されず、形成すら阻害されれば、人格崩壊にいたる
◎欲求の疎外と生活過程の疎外との相互規定関係
「生活過程の疎外は欲求を疎外し、疎外された欲求は生活をますます疎外する主観的要因となる」
「生活過程の疎外は欲求を疎外し、疎外された欲求は生活をますます疎外する主観的要因となる」
○論点
- 解体された諸欲求が、なぜ抵抗・批判意識を解体することになるのか?
- 日本の共同体的人間関係と疎外との関係