ドクター40
大型小型織り交ぜられた犬達と、そのリードを引く幼い金髪の少女
年が明けた頃からペットショップ『ゲルマニア』の手伝いをしている『ウィンチェスター・ミステリー・ハウス』の契約者である少女は、日課の犬達の散歩を手伝っていた
店をよく訪れる愛犬家なご近所さんと出会うと、恐る恐るといった感じでぺこりと頭を下げる
「……こにちわ、です」
たどたどしい発音の日本語が微笑ましいと、面倒見の良いご近所のおじさんおばさんから大人気であった
ついでになにやら特殊な趣味の若者の視線も増えたりしているが、その辺りは大型犬に追い散らされていたりもする
もっとも彼女自身は人付き合いが全くと言っていいほど無かったため、社会的な常識が欠如しており自分に何故そのような視線を向けられるのかは判っていないのだが
そんな彼女が今日ものんびり日課の散歩をしていると、それまで少女と一緒に歩いていた犬達の足が止まる
「どうした、です、わんこ?」
今まで大人しかった犬達が、突然動きを止めたかと思うと少女の掴むリードを引き千切らんばかりの勢いで駆け出した
「きゃう!?」
突然の事に派手に転んでしまい、掴んでいたリードも放してしまう
「うう……わんこ、どうした、です?」
膝を擦り剥きながらも、すぐに起き上がって走っていく犬達の後を追って駆け出す少女
少女は知らない
犬達が何者かに操られている事を
少女は知らない
犬を操る何者かを追う者がいる事を
年が明けた頃からペットショップ『ゲルマニア』の手伝いをしている『ウィンチェスター・ミステリー・ハウス』の契約者である少女は、日課の犬達の散歩を手伝っていた
店をよく訪れる愛犬家なご近所さんと出会うと、恐る恐るといった感じでぺこりと頭を下げる
「……こにちわ、です」
たどたどしい発音の日本語が微笑ましいと、面倒見の良いご近所のおじさんおばさんから大人気であった
ついでになにやら特殊な趣味の若者の視線も増えたりしているが、その辺りは大型犬に追い散らされていたりもする
もっとも彼女自身は人付き合いが全くと言っていいほど無かったため、社会的な常識が欠如しており自分に何故そのような視線を向けられるのかは判っていないのだが
そんな彼女が今日ものんびり日課の散歩をしていると、それまで少女と一緒に歩いていた犬達の足が止まる
「どうした、です、わんこ?」
今まで大人しかった犬達が、突然動きを止めたかと思うと少女の掴むリードを引き千切らんばかりの勢いで駆け出した
「きゃう!?」
突然の事に派手に転んでしまい、掴んでいたリードも放してしまう
「うう……わんこ、どうした、です?」
膝を擦り剥きながらも、すぐに起き上がって走っていく犬達の後を追って駆け出す少女
少女は知らない
犬達が何者かに操られている事を
少女は知らない
犬を操る何者かを追う者がいる事を
―――
「またダメだったか。肉体的な証拠どころか都市伝説の残滓すら残されていない」
「こちらの手を見透かされてるな。追跡されたらではなく、発見されたら始末するぐらいの勢いだ」
二人の黒服が食い散らかされた死体と、それに群がっていた犬を前に話し込んでいた
犬達は操作から解放されたようで、普段通りの愛らしい様子をしていたが、人間一人を食い散らかした返り血は凄惨極まりない
「犬を操る都市伝説か、どうにかして手掛かりが欲しいところだ」
「そうだな、操られている犬も今のところは関連性が……」
黒服の一人の言葉が止まる
その視線の先には、毛玉のような金髪の少女
先程まで『コーク・ロア』を食い散らかしていた犬達が、一斉にその少女に駆け寄っていく様は
「あの少女も『コーク・ロア』か?」
「いや、犬達は襲い掛かる様子は無い」
犬達からすれば、いつの間にか少女の方がいなくなっていたと感じたのだろうか
尻尾を振りながら心配そうに少女の周りに群れる犬達
そして、一般常識が欠けているが故に、返り血塗れの犬達を怯える事なく抱きすくめ頭を撫でている少女の姿は、黒服達に一つの懸念を浮かばせる
「こいつが、犬を操っている?」
「都市伝説契約者の気配はするな。幼い方が躊躇が無い場合が多い、外見に惑わされるな」
「捕まえるぞ。無理そうなら始末する」
「了解」
黒服達がそれぞれ攻撃の為に身構えた瞬間、その殺気を嗅ぎ取った一番大きな犬が、すぐさま少女を背中に乗せてもの凄い勢いで駆け出した
『第三帝国』の総統によって、共に過ごす者を守るよう躾られた犬の行動は、黒服達の疑念を間違った確信に導いてしまったのだ
「奴が犬を操っている都市伝説能力者か!」
「いくぞ、逃がすな!」
黒服達の様子に、過去に『アメリカ政府の陰謀論』の黒服に追われていた少女もまた防衛本能が全力で湧き上がり、全力で逃げのための行動に出る
「つぎ、かど、みぎ。こわれる、ビル、ひと、いない」
「わうっ!」
言葉が通じているわけではないはずだが、犬はそう吠えると少女の指示通りに疾走する
周囲を並走していた犬達もまたそれに続き、一斉に建築中のビルへとなだれ込む
「迎え撃つ気か!」
「走って逃げたという事は、空を飛んだり空間を転移したりはできないはずだ! 追い詰めるぞ!」
黒服達が飛び込むと同時に、そのビルは少女の支配下に置かれた
決して目的の場所には辿り着けずに迷い続ける、『ウィンチェスター・ミステリー・ハウス』が発動したのだ
少女の能力を知らない黒服達は、進路どころか退路も断たれる事となった
「出口が!? 罠か!」
「だとしても奴を倒せば解除される! 戻れないなら進むしかない!」
「こちらの手を見透かされてるな。追跡されたらではなく、発見されたら始末するぐらいの勢いだ」
二人の黒服が食い散らかされた死体と、それに群がっていた犬を前に話し込んでいた
犬達は操作から解放されたようで、普段通りの愛らしい様子をしていたが、人間一人を食い散らかした返り血は凄惨極まりない
「犬を操る都市伝説か、どうにかして手掛かりが欲しいところだ」
「そうだな、操られている犬も今のところは関連性が……」
黒服の一人の言葉が止まる
その視線の先には、毛玉のような金髪の少女
先程まで『コーク・ロア』を食い散らかしていた犬達が、一斉にその少女に駆け寄っていく様は
「あの少女も『コーク・ロア』か?」
「いや、犬達は襲い掛かる様子は無い」
犬達からすれば、いつの間にか少女の方がいなくなっていたと感じたのだろうか
尻尾を振りながら心配そうに少女の周りに群れる犬達
そして、一般常識が欠けているが故に、返り血塗れの犬達を怯える事なく抱きすくめ頭を撫でている少女の姿は、黒服達に一つの懸念を浮かばせる
「こいつが、犬を操っている?」
「都市伝説契約者の気配はするな。幼い方が躊躇が無い場合が多い、外見に惑わされるな」
「捕まえるぞ。無理そうなら始末する」
「了解」
黒服達がそれぞれ攻撃の為に身構えた瞬間、その殺気を嗅ぎ取った一番大きな犬が、すぐさま少女を背中に乗せてもの凄い勢いで駆け出した
『第三帝国』の総統によって、共に過ごす者を守るよう躾られた犬の行動は、黒服達の疑念を間違った確信に導いてしまったのだ
「奴が犬を操っている都市伝説能力者か!」
「いくぞ、逃がすな!」
黒服達の様子に、過去に『アメリカ政府の陰謀論』の黒服に追われていた少女もまた防衛本能が全力で湧き上がり、全力で逃げのための行動に出る
「つぎ、かど、みぎ。こわれる、ビル、ひと、いない」
「わうっ!」
言葉が通じているわけではないはずだが、犬はそう吠えると少女の指示通りに疾走する
周囲を並走していた犬達もまたそれに続き、一斉に建築中のビルへとなだれ込む
「迎え撃つ気か!」
「走って逃げたという事は、空を飛んだり空間を転移したりはできないはずだ! 追い詰めるぞ!」
黒服達が飛び込むと同時に、そのビルは少女の支配下に置かれた
決して目的の場所には辿り着けずに迷い続ける、『ウィンチェスター・ミステリー・ハウス』が発動したのだ
少女の能力を知らない黒服達は、進路どころか退路も断たれる事となった
「出口が!? 罠か!」
「だとしても奴を倒せば解除される! 戻れないなら進むしかない!」
少女はコンクリートの床にぺたんと腰を下ろすと、擦り剥いて血が滲んだ膝を抱えて丸くなる
犬達は心配そうにその周りを囲み、思い思いの姿勢で周囲を警戒している
「だいじょうぶ、こわい、ひと、ここ、くる、むり」
そう言って少女は、幼い外見に似合わない迷彩色の無骨なポーチから犬用のおやつを取り出す
「たすけてくれて、ありがとう。にげる、できる、まつ。おなか、すく、ですか?」
小さな犬から順番に、きちんと待ちながら少女の小さな手のひらからおやつを食べていく犬達
時折、鼻を鳴らしておやつを少女に押し返す犬もいる
「わたし、たべる、できない。ありがとう、きもち、うれしい」
抱き締め、撫でられてからようやくおやつを口にする犬に、少女は嬉しそうに微笑んだ
「そうとう、しんぱい、する、です。かえる、はやく、おねがい、です」
冬真っ只中、暖房の無い廃ビルはとても寒く
震える少女に犬達は身体を寄せ合い暖を与える
「ん、ありがとう……くろい、ひと、あきらめる、はやく、おもう」
誰も辿り着く事の出来ない少女が居る部屋
ガラスの割れたその窓から見える夕日は、町並の向こうに沈んでいくところだった
犬達は心配そうにその周りを囲み、思い思いの姿勢で周囲を警戒している
「だいじょうぶ、こわい、ひと、ここ、くる、むり」
そう言って少女は、幼い外見に似合わない迷彩色の無骨なポーチから犬用のおやつを取り出す
「たすけてくれて、ありがとう。にげる、できる、まつ。おなか、すく、ですか?」
小さな犬から順番に、きちんと待ちながら少女の小さな手のひらからおやつを食べていく犬達
時折、鼻を鳴らしておやつを少女に押し返す犬もいる
「わたし、たべる、できない。ありがとう、きもち、うれしい」
抱き締め、撫でられてからようやくおやつを口にする犬に、少女は嬉しそうに微笑んだ
「そうとう、しんぱい、する、です。かえる、はやく、おねがい、です」
冬真っ只中、暖房の無い廃ビルはとても寒く
震える少女に犬達は身体を寄せ合い暖を与える
「ん、ありがとう……くろい、ひと、あきらめる、はやく、おもう」
誰も辿り着く事の出来ない少女が居る部屋
ガラスの割れたその窓から見える夕日は、町並の向こうに沈んでいくところだった