「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」 まとめwiki

連載 - 占い愛好会の日常-01

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uranaishi

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占い愛好会の日常 01


 中国南部にあるとある山岳地帯の奥深く。
 基本的にその地に足を踏み入れる人間はいない。
 現地の人間の間では「行ったが最後、戻って来ることはできない」だとか、「山で今でも仙人が修業をしている」なんて噂が真実であるかのように横行している。
 事実、その山を切り開き、開発しようとした事業は全て失敗に終わっていた。
 と言うよりも山中へ入った調査員が全員行方不明になり、その後数日経ってから全員が記憶喪失で発見されるという奇怪な状況に陥ってから、誰もその地に踏み込もうとはしなかった。
 そんな前人未踏の山々は木々が生い茂り、動物は自由にその生態を広げ、ある種の生物の楽園が完成している。
 しかし、その山のさらに奥深く、歩行する動物では到底たどり着けないような場所に、一棟の巨大な建造物があった。
 頑丈そうな石造りの壁、それに見合う分厚い窓ガラス。それはただ石を積み上げて作った粗末な家ではなく、近代の西洋建築のような外観だった。
 自然によって形を変えていく周囲と違い、完全な人工物。
 その巨大な家屋の前では、洗濯された色とりどりの衣服が風に揺られていた。
 もし仮に、入山すら恐れている現地の人間がその光景を見たら腰を抜かすかもしれない。

「……今日もいい天気じゃの」

 家屋の一角、最も多く太陽光を取り込めるようにはめ込まれた巨大な窓ガラスに、人間の影が映る。
 140センチにも満たないような小柄な体躯に、全身を覆う白い布。その手には先端にこぶのついた杖も握られていた。
 『仙人』と呼ばれるその老人は太陽の光に目を細め、青空の元はためく洗濯物へと目を向ける。
 さらに詳しく言えば、その洗濯物の中でも特にまばゆい色彩を放っている下着類に、だ。
 健全な少年に色々と悪影響を及ぼしそうなそれらに、しかし老人は興味を示さない。

「ふむ……やはりアレは肌に身につけてこそ映えるものじゃな」

 一人で何やら勝手にうんうんと頷き、老人は窓に背を向ける。
 コツコツと、その度に杖が床を突く音が部屋に響く。
 様式美さえ感じさせる家屋と違い、その部屋の内装は酷くちぐはぐだった。
 窓に面した床の一部はフローリング、一メートルほどを挟んでその先は畳である。
 その畳の上には無造作に巨大なクイーンサイズのベットが半ば畳を踏みつぶすように設置され、その枕元には行燈と目覚まし時計が置かれている。
 どこから電気を引いているのか、ベットの隣には50インチほどの巨大な液晶テレビすらあった。

 そんな日本と西洋の家財が錯綜する中で、極めつけは部屋の一角、フローリングと畳の境に掘られた囲炉裏である。
 天井から伸ばされた自在鉤には小さな鍋が括りつけられ、轟々とその下で焚かれた火は今も何かよく分からない色の液体を煮たたせている。
 そこから出る悪臭を除くためなのか、その四方の床には細く穴が開けられ、常に空気を循環させていた。
 その煮えた液体を老人は一瞬ちらりと見て、すぐにそこから目を外した。
 鍋の中では今まさに変化が起こり、さらにその後に出来るだろう物は、計算では錬金術師がその創造を夢見てやまない賢者の石とほぼ同効果すら持つはずなのだが、老人がその結果を気にする事はない。
 それが成功する事はない、と老人は知っていた。

「製造過程こそが重要、なんじゃろうな……」

 小さく呟いて、老人は部屋を横切るように歩き出す。
 賢者の石に対する未練はない。
 そもそも、持つ必要がない。
 老人はその気になれば不老不死の薬も、金を製造する薬すら作る事が出来る。
 錬丹術の使い手である仙人にとって、その各々の現象を引き出すのは非常に容易いのだ。
 しかし、それらを一手にまとめた賢者の石を、老人が製造できたことはない。
 原因は、不明。
 一体何が間違っているのかは、老人にすら分からない。

「……さて、朝食じゃの」

 気分を変えるように、老人は軽く首を振る。
 フローリングから畳へと変化する床を踏みしめ、部屋を横切る。
 目指すは、部屋と廊下を区切る扉。

*********************************************

 部屋を出た老人は、直後何かにぶつかった。
 胸に軽い衝撃が走る。
 普段なら軽く避けられそうなものであるそれを、しかし老人は避ける事が出来なかった。
 ただし、別にそれは何も賢者の石の製造について考えていたのが原因ではない。
 「今朝の朝食は何じゃろうな」などと夢想していたからでも、決してない。

「いたた…………」

 ちょうど老人の真下、足のあたりから少し下っ足らずな声がした。
 老人は視線を巡らせ、己の足元を見やる。

「…………ふむ」

 そこにいたのは、まだ5、6才程度の小さな女の子。
 白いワンピースと、黒いタイツがその身体を覆っている。
 老人よりも頭一つ分程小さい少女は、尻もちをつくような形で転んでいた。
 ちらりとタイツに覆われた白い何かが見えるが、老人がそれを注視する事はない。
 もし仮にこれが18歳を超えると、途端に見境なく襲いかかるのだが、幸い老人にロリの趣味はなかった。
 老人は目を細め、少女に手を差し出す。

「ほっほ……大丈夫かの」
「うん……」

 老人の細い腕を、さらに細い少女の腕が取り、立ち上がる。
 少女は「占い愛好会」のメンバーの一人であり、この家に住み込みで働いていた。
 つまりは、都市伝説の契約者。
 年端もいかない少女は、さらに幼い時からいくつもの組織にその身を狙われ、現在は「占い愛好会」に匿われている状態である。

「それで、わしに何か用かの?」
「うん、もうすぐ朝ごはんだって、おねーちゃんが」

 老人が尋ねると、少女が下っ足らずな声で答える。
 ほぼ毎朝展開される光景である。
 もし老人が賢者の石の製造に気を取られなければ、ちょうど廊下に出た所で少女と鉢合わせするはずだった。

「ほっほ……では、急ぐべきじゃな」
「うんっ」

 老人に伝えるだけ伝えると、少女は駆け足で元来た道を戻っていく。
 それは別に、老人が来る事が嬉しい訳ではない。
 長である老人が来ないと、朝食が始まらないのだ。
 それを知っている老人は、危なっかしい足取りで廊下を走る少女を見て、苦笑する。

「わしは食欲に負けるようじゃな……」

 しかし、老人の見ている先で、少女は何かに気づいたかのように立ち止まった。
 そのままUターンをして、老人の元へと戻ってくる。
 何かをやり忘れたような、少女の表情。
 老人は「一緒に行こう」と言った言葉を一瞬期待して、しかしすぐにそれは裏切られた。

「んー…………!」

 大きく開かれた口。
 それが、老人の前に差し出された。
 目の前で立ち止まり、口を開く少女を見て、老人ははたと思い当たる。

「忘れておったの……ほっほ」

 軽く笑って、老人はその手を少女の口に入れる。
 はたから見れば、その行動は老人の虐待とも、老人が食されようとしている光景とも取れる。
 しかし、それはそのどちらにも合致しない。

「今日は、晴れじゃの」

 老人はまず、簡単な質問から試す。
 その問いを聞いて、少女は微動だにしなかった。

「わしは、男じゃの」

 質問を、重ねる。
 口は制止し、老人の手はその中にとどまったままだ。
 一見意味の分からない行動に、しかし次の瞬間動きが現れた。

「今日一日、良い日になるの」

 老人がその問いを発した瞬間。
 ずっと制止していた少女の口が、老人の腕を食いちぎるように閉じた。
 ちぎるまでには行かず、ギリギリと老人の皮膚に食い込む歯。
 それを見て、老人は少しげんなりしたような顔をする。

「今日何が悪い事が起こるようじゃな……」

 今回は終わりだ、という意味を込めて少女の頭をなでる。
 再び少女の口が開き、老人の手が解放された。
 手にくっきりとついた歯型は、しかし老人が軽く息を吹きかけただけで消えていく。

「では、今度こそ行くかの」
「うんっ!」

 どことなくうずうずとした少女にそう告げると、少女は再び廊下を走り始めた。
 パタパタと廊下を走り、どんどん小さくなっていく少女。
 老人はそれを眺め、小さくほほ笑んだ。

 少女の契約している都市伝説は、「真実の口」
 その口に手を入れた者が偽りの心を持っていれば手を切り落とされ、真の心を持つ者は難なく抜く事が出来る。
 契約によって、その力は手を入れたものが嘘をつくと噛み、真実と言うと何も起こらない、というものへと変化していた。
 ある種の「嘘発見器」であり、使い方によっては予言にも応用できる力。それこそが、少女がいくつもの組織から狙われた原因である。

 本来、そういった組織内での嘘の発見にはサイコメトラーの契約者などが使われる。
 しかし、そこには限界が存在してしまう。
 相手が何か心理操作系の都市伝説だった場合、自分の心自体を閉ざしてしまう可能性がある。
 その場合、サイコメトラーには言葉の真偽が分からなくなってしまうのだ。
 故に、その心理状態に関わらず真偽を判定する「真実の口」は世界各地で重宝されている。

 その状況を、老人は好まなかった。
 人を道具として利用する。それは老人の最も嫌う事柄である。
 だから、老人は毎朝の予言代わりの使用以外で、その力の使用を決して強制しようとは思わなかった。
 予言にしても、「何か自分が出来る事がしたい」と、そのような言葉を少女に言われてやむなく作った制度である。

「ふむ……とかく、そろそろ急ぐべきじゃの」

 巡っていく思考を断ち切り、老人は歩き始めた。
 最近愛好会に住み込みで入った一人と、少女は相性がいい。
 近々、予言を使わずとも十分に愛好会の助けになるだろうと、老人は思っていた。

「無論、それをあの子が望めば、じゃがの……」

 老人の呟きは、少女の消えた廊下へと吸い込まれる。
 今日もまた、老人の一日が始まろうとしていた。

【終】







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