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「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」 まとめwiki

連載 - ハーメルンの笛吹き-102

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【上田明也の休日~二十年くらい後~】

わりと未来の話。
かつて学校町を騒がせた凶悪犯上田明也もすっかり大人しくなり、髭の似合うダンディーなおっさんになった頃。

「俺の休日?」
「そうですよ明也さん、明也さんの休日を今回は徹底的に調べるのですよ!」
「こんなおっさんの休日なんて調べたところで面白くも何ともないだろう。」
「そうでしょうかね、きっと面白いと思いますよ。」
「ふぅん。おれは今日も仕事するつもりだったんだけどな。」
「もう事務所も彼方君達が切り盛りしてるんですから、そんなに働く必要無いのに。」
「それもそうか。」

上田明也の肉体は大きな戦いを一つ経るごとに急速に老化していった。
幾ら契約に適正があったとはいえ元々が戦闘訓練を受けたことなど無い一般人である。
契約能力の行使がやはり身体に尋常ならざる負担をかけていたのだ。
今の彼は三十代後半にしてもう50代のような姿である。
そのことについて聞かれても彼は『こっちの方が探偵らしいだろ』とシニカルに笑うだけである。

「俺の休日、ねえ。」
「はい、もうゆっくり休んで良いんじゃないですか?」
「そうかもな、今までの生活で命があったことに感謝してゆっくりするのも悪くない。」

そう言って電子煙草――無論ストロベリー味――に手を伸ばす。
時間が経ってもそれほど嗜好が変わる訳じゃない。




「最近、階段の上り下りがきつい、あと煙草の味もわからなくなってきた。
 昔と感覚が変わらないのは都市伝説の使用だけだ。」
「むしろ、そこに限って言えば今でもまだ磨きがかかっていますよ。」
「そうかそうか、茜さんはあれだな。外見が変わらないな。」
「ええ、人じゃない物ですから。」
「そうなんだよなー。すまないな、一人で勝手に老いてしまって。
 こればかりは人間だから仕方ない。」
「良いじゃないですか、歳とれるなんて素敵ですよ。
 私なんて子供達より見た目が若いままなものですから結構きつい物がありましてね。」
「変わらないことは素敵なことだよ。」
「老けて見えるメイクするの大変なんですけど。」
「そっか、そういえば苦労してたな。」

上田は笑って何か思い出すように目を閉じる。
静かにため息を吐く。

「これくらいの年の親父には勝てないんだろうな。
 あと愛美さんにも勝てない、あの人はこれくらいでまだ現役だったはずだ。
 やっぱ子供の時から鍛えてる奴らは下地が違うね。」
「はいはい、その話はもう聞き飽きましたよ。」
「さて、それじゃあ休日らしく……、少し外でも歩いてくるかな。」
「いってらっしゃい。」
「すまないね、好き勝手させてもらって。」
「今更何を言っているんですか。貴方はいつも傍若無人に笑っていてくださいな。」

いつまで経っても昔と同じ姿で昔と同じように笑う妻の姿を見て、彼は苦笑する。





「行くぞ充、師匠の散歩には付き合うもんだ。」
「解ったよ、おやっさん。」
「止めろ、まだ四十超えてないんだ。」
「つってもどう見たっておやっさんって外見だぜ。」
「まあそれもそうか。」

日賀充、探偵笛吹丁の弟子である。
彼方と橙が事務所の切り盛りに忙しい現在、上田は日本中のあちこちで非合法な行為を行う都市伝説組織と一人で闘い続けているのだ。
そして今日も探偵業は休みだと言い、散歩に行くと言いながら充と二人でとある筋からの依頼でそういった組織の施設を調査に行くところだった。
充自身は都市伝説と契約をしていないが上田が樹に伝えられた無差別格闘技、それを上田が独自にアレンジした物を学んでいた。
また「組織」の技術で作られた薬で肉体を強化しており野良都市伝説ならば一人で倒せる程度には強い。

「明也さん、服の用意はできてますよ。」
「ありがとう。」

上田はお気に入りの白い帽子と白いコートを身につける。
それに返り血が目立たぬように赤い服を着ていた自分との決別の意味があることは誰も知らない。
二人は探偵事務所の地下の駐車場にある上田の愛車『ポルシェ997』に乗り込む。

「どう見ても骨董品だぜ。」
「なに、二十年前の最新型だ。」
「俺が運転しますか?」
「良いよ、車くらい自分で運転する。後ろに乗りな。」

昔と何一つ変わらないエンジン音。
上田と日賀の乗った白いポルシェは駐車場を出発した。




「今回の散歩はどこまで?」
「ここから車で一時間の山の中、非人道的な方法で都市伝説の研究を行っている組織の施設だ。
 少し気になってたんだが今回依頼が来てな、優先度が増した。」
「成る程。」
「その施設に捕まっている娘を助けてくれだと。ほら、これがその写真。」
「『組織』に頼んじゃあ駄目なんですか?わお、美人。」
「俺ももうちょっと若ければ口説いてたんだがな……。
 依頼主がちょいと『組織』とは軋轢のある人間なんだ。
 あとあまり事を荒立てないでその娘だけを救って欲しいとも言っていたな。」
「ふぅん……。変じゃないですか?」
「何がだ?」
「なんかそれだと組織そのものには恨みが感じられないと言うか……。」
「色々複雑なんだよ、『組織』だけじゃあケアしきれない細かい事情が有る人間がウチに来るんだから、
 細かいことはあまり詮索しようと思わない方が良い。
 安心しろ、少なくとも信頼は出来る依頼人だ。」
「解りました……。」

一時間ほど車を走らせると辺りはすっかり木々に囲まれた山の中に変わっていた。
遠くの方に自然に満ちた風景にそぐわない巨大なビルが見える。
まるで墓石のようだ。

「あれだ。」
「こんな町の近くに随分物騒な研究所があるんですね。」
「町の近くだからだろ?獲物がたっぷりだ。」
「ああ、成る程ね。おやっさんってよく人を襲う都市伝説側みたいな事言いますよね。」
「昔色々あったんだよ。」
「またそれですか?」

上田は研究所のゲートの前に車を止める。
警備員と思しき男達が近づいてきた。





「通行許可証をお見せください。
 それと名前と訪問理由を…………。」

男達はにこやかに上田達に問いかける。
だがその笑顔とは裏腹に全員の腰に銃が提げられていた。

「通行許可証は無い、名前は笛吹丁、目的は正義、だから【通せ】。」

上田は男達に良く通る艶やかな低音で語りかける。
最初こそ迷う素振りを見せた男達だったが、まるで催眠術にでもかけられたように上田達を通してしまった。

「……都市伝説の力ですか?」
「お前にも誰にでもできるただの魔法だ。これに限れば俺専用だけどな。さて、中に入るぞ。ついてこい。」
「解りました。」
「目的地は地下三階の第八研究室。車の中で見せた写真の娘を発見したら俺の能力ですぐに引き返す。」

上田は駐車場に車を止め、それを赤い部屋の中に収納すると充を伴って研究所の建物の前に立った。
自動ドアを抜けてまっすぐにロビーを進む。

「やばいですよおやっさん、滅茶苦茶怪しまれてます。」

充が上田に耳打ちする。

「問題無い、居て当たり前というように振る舞え。」

そう言って上田は研究員に挨拶までしながら階段を下り始めた。
地下二階に着くと警報が大音量で鳴り始めた。





「あ、流石に気付かれるか。」
「どうするんですかおやっさん?
 上からなんかすごい数の足音聞こえるんですけど。」
「逃げるぞ、どのみちあの娘を確保すれば俺たちの勝ちだ。」

上田と充は走り始める。
だがやはり年のせいか上田の走る速度では警備員達に徐々に距離を詰められる。

「ふむ、不味いな。充、俺がこいつらの足を止めるからお前先に行け。」
「えっ、おやっさん大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ、俺は強いんだ。ゴホッゴホッ!」
「この距離走るだけで息切れしてる辺り心配だ……。」
「それよりもお前の方が心配だ。あの娘の側にはこんな奴らよりもっと強い護衛が居る可能性も有る。」
「たかが実験台になんでそんな厳重な警備をしてると考えるんですか?」
「ん、ここの所長の娘でもあるからな。ちなみに所長の方が父親。依頼人は母親。」

聞いてないですよ、と驚く振りする充を無視して、上田はその場に立ち止まる。
事情は後で教える、と上田は充に背中を向けたまま言った。

「くそっ、ちゃんと最初に全部話しておいてくださいよ!」

自らの師匠の悪いくせにぶつぶつと文句を言いながらも充は走り始めた。




上田は自らを追ってきた警備員達をにらみつけながら煙草に火を付けた。
だが電子煙草、しかもストロベリー味である。
しかしそれを知るのはこの場では上田以外誰も居ないのを良いことにハードボイルドを気取った上田は警備員達に啖呵を切る。

「さて、お前ら。この俺が此処に立っている以上、この先通行禁止だ。」
「手を挙げて床に伏せて大人しく降伏しろ!」
「ふん、日本語が通じないと見える。」

警告に構わず上田は警備員達に真っ直ぐ歩いていく。
警備員達はそれぞれが銃を抜いて上田に向けて撃つが、彼はそんなことになど構わない。
一歩、また一歩、威風堂々と歩き続ける。
ある弾丸は軌道が逸れ、ある弾丸は上田に当たった瞬間に消え去る。
硝煙の香りと銃口から放たれる光、そして銃声だけが虚しく響き続ける。

「チッ、自慢のコートが穴だらけじゃないか。カミさんにまたどやされちまう。
 ところでお前ら、さっきからパンパンパンパン撃ちまくりやがって。
 お前らに一つ教えてやるよ、人を撃つのに覚悟は要らねえ。
 だが…………」

上田は一番先頭の警備員の前に立つ。
警備員達は銃を捨ててナイフで斬りかかってくる。

「――――俺の前に立つんだ、覚悟しろよ?」

上田のコートの中から青い光が溢れる。
光の中から白い牙が伸び、警備員のナイフを突き飛ばした。





「うわああああああああ!?」
「な、なんだあれ!」

上田のコートの中から出てきた生物をを見て驚く警備員達。
それもまあ当然と言えば当然だ。
なんせ彼等としてもこんな場所でこんな生き物に出くわすとは思ってなかっただろうから。

「どうみたって象だろ?
 お前らは動物図鑑も見ないのか?」

慌てる警備員達から返事はない。
なんせこんな至近距離で象を放たれているのだから混乱もするに決まってる。
下手に銃を使えば味方を巻き込むし、ただの人間がナイフやスタンロッドだけで象に勝てる訳もない。

「まったく、余裕のない奴らだ。」

上田は不満げに呟く。
今まで起きていることは全て彼の唯一契約する都市伝説『赤い部屋』の能力で起きた物だ。
彼に直撃したはずの銃弾が消えたのは『赤い部屋』に高速で銃弾を引きずり込んだだけだし、
彼の懐から巨大な象が出てきたのは彼の莫大な契約容量を使って製作された赤い部屋内部の空間に野生の都市伝説『象の墓場』を飼っていただけだ。
誰よりも『赤い部屋』を使いこなすが故にその能力は既に『赤い部屋』の域を超えている。
昔はその事実故に『赤い部屋』が崩壊しかけたことを思い出して上田は笑う。

「さて、充はしっかり仕事してるかね?」

上田は赤い部屋の異空間から大量の『象の墓場』を展開して研究所の破壊を始める。
幾ら老いても俺の暴虐を止めうる人間はいないのだ、とでも謳うように彼はシニカルに笑った。






一方その頃、日賀充は地下三階の第八研究室に到着していた。
彼は勢いよくそのドアを開けて銃を構える。

「動くな!」
「…………!」
「……この子一人か。貴方が詩鳴さんですね?」

充は上田に見せられた写真の裏に書いてあった名前を思い出しながら彼女に尋ねる。
彼女は頷いた。

「貴方の……多分母親から依頼を受けてきました。
 貴方をここから連れ出せとのことです。」

そう言い終わった次の瞬間、充は何かの気配を感じて咄嗟に身を躱す。
彼が先ほどまで立っていた場所に大量のコーラが降り注ぎ、何故か床が溶けてしまった。

「ギャハハハ!今のを躱すのかい。」
「……詩鳴さん、後ろに下がっててください。」

充は研究室の広い天井を見上げる。
何時の間にかその天井には金髪で青いピアスをした男が立っていた。

「骨を溶かすコーラの都市伝説か。」
「その通り、所長の娘さんを誘拐しようとはとんでもない奴だ。
 大人しく降伏するなら命は見逃してやるけど、どうする?」

充は詩鳴の方を見る。
骨を溶かすコーラの契約者を見る彼女の目は脅えていた。
それを確認すると充は詩鳴とコーラの男の間に立つ。





「あんた、一応聞くけどこの子の護衛なんだよな?」
「……質問に質問で返してるんじゃねえぞ!」

男はコーラを充に向けて撃ち出す。
このままでは詩鳴にも当たることに気付いた充は彼女を抱きかかえながらそれを躱す。

「成る程な、この子を守る気はないのか。
 酷い話だな。」
「守る気がなくて悪いか?
 結果としてそいつの命さえ無事なら問題無いと所長には言われてるしなぁ!」
「単に人を溶かしたいだけかよ……。」
「え、なんか不味い?」

男がまたコーラを充に向けて撒き散らす。
今度は散弾のようにばらけていてとてもじゃないが躱せない。
充は迷うことなく詩鳴を庇う。

「ッぐあ……。」

一応、彼の着ているコートも特殊な素材で出来ているのだがコーラの酸を完全に防げはしない。
しびれるような痛みが彼の背中を伝う。
充は研究室に置いてあった様々な機械の陰に隠れた。





「ギャハハハハ、逃げるなよ!?」
「詩鳴ちゃんだっけ、少しここで待っていてくれるか?」
「…………。」

詩鳴は静かに頷いた。

「あっ、そうだ。それとだけどさ。俺についてここを出る気はある?」

詩鳴はそれにも静かに頷いた。

「それさえ解れば問題無いぜ。」

師匠の口癖を真似て充は詩鳴にウインクをして、片目をつぶったまま物陰から飛び出す。
すかさず彼は腰からもう一丁の銃を抜いた。
先ほどまで使っていた拳銃『P46-D』と対になる彼の愛銃である。
名前はMP11、H&K社が最近開発したPDWで非常に小柄ながら、同社のG36譲りのロータリーロックボルトとガスオペレーション機構を備える。
新世代の銃ではあるが、外観上の設計・構成は一昔前の短機関銃の延長上にある手堅いものであり、これは同社のPDWの伝統になっている。
その信頼性の高さと高い命中率から主に特殊部隊で採用されており、値段的にも一般には出回らない品である。
元になったMP7の4.6mm×30弾を改良した特殊な4.5mm×30弾を使用しており小型ながらも威力は充分すぎるレベルである。
また、減音器を装備した際の静粛性はMP7SDを遙かに上回っている。
正に新時代のPDWと言うべき代物である。

彼はその銃をコーラの男に向ける。
当然放たれた銃弾はすべてコーラによって溶かされるが、撃たれている間は男もコーラを攻撃に回せない。
相手の防御姿勢を確認すると充はP46-Dで研究室の照明を片目をつぶったまま一瞬で全て撃ち抜いた。
部屋はあっという間に真っ暗になる。
だが充は前もって片目をつぶっていたので既に暗闇に目が慣れている。
さらにそこでMP11のスイッチをセミオートでなくフルオートに変更。
コーラ男への弾幕を更に分厚くする。
弾が無くなる直前になると銃撃を止めて詩鳴を背中に負ぶったまま彼は部屋から逃げ出した。





「クソッ!逃げるんじゃあ……。」

研究室の闇の中に再び光が走る。
銃声、当然それもコーラの壁に止められる。
だがそれはコーラ男の足を鈍らせるには充分な反撃だった。
『まだ弾があるかも知れない、暗闇の中で下手に近づけば……』
その恐怖はコーラ男の足を確実に鈍らせた。
だが次の瞬間、先ほどまで充が隠れていた場所から光と音の奔流が生まれる。
なまじ目が暗闇になれた後でコーラで防げない光を受けた男は完全に視界を奪われた。
また聴覚も効かなくなってしまった。
だからその直後に起きた爆発を防ぐことは当然出来なかった。

「ふぅ、これで依頼達成か。急いでおやっさんの所に帰るとするか。
 詩鳴ちゃん大丈夫か?怖くなかった?」

手に持っていた起爆スイッチを捨てると充は背中の詩鳴に話しかける。
いきなりこんな目に遭って怖くない人間の方が珍しいという物だ。
既に彼女は泣きそうな顔になっていた。

「うぅん、これだから女の子は苦手なんだよなあ。」

充と詩鳴は上田が警備員を引きつけているために誰も居ない廊下を歩き始めた。





「さて、こんだけやれば問題も無かろう。」

一方その頃。
一人動物園を始めていた上田は研究施設をあらかた破壊し終わっていた。
依頼人からは『できれば穏便に済ませろ』と言われて居たことを完全に忘れている。

「問題だらけよ!」
「おっ、やっと来たか。お前が黒幕だな?」

歳にそぐわない子供みたいな笑みを浮かべる上田。
煙草の先から煙が真っ直ぐに上がる。
煙の向こう側には女性が一人立っていた。

「所長の命令で来たのよ、私は黒幕じゃないわ。」
「そうか、ってことは長女かな。妹の身柄は悪いけど確保させてもらうぞ。」
「母様の手の者ね。白い帽子とコート、それに煙草、ああそうか。
 “紅白”じゃない。」
「ご名答、なんでそんな歌合戦みたいな渾名付けられてるのか解らないがその通りだよ。
 詩織ちゃん。」

上田は女性、詩織に向けて手から大量の釘を射出する。
その全てが外れることなく女性に直撃したはずなのに女性は平気で笑っている。
釘は当たりこそしたが、彼女の皮膚に浮かび上がる鱗のような物に阻まれて刺さっていなかったのだ。

「そうやって大量の都市伝説を召喚する方法をとっているって事は貴方自身の戦闘力はもう無いんじゃない?
 今の攻撃も狙いこそ正確だけれどもまったく威力がないもの。
 象の墓場を出し終えちゃったらしい今が貴方を倒すチャンスってことよね。」

そう言うが否や彼女の姿は大蛇に変わる。
詩織はその姿で上田に向けて襲いかかった。






「おやっさん!詩鳴ちゃんを連れてきました!
 って何ピンチに陥ってるんですか。」
「助けてくれ充!骨が!骨が折れてる!」
「死にはしませんよ。」
「師匠がこのざまなのに冷静すぎるだろお前!この馬鹿!サイコパス!異常者!キチ○○!
「あら詩鳴、なんで研究室を抜け出してるのかしら?」

数分後、上田の居る場所に充達はたどり着いた。
そこで彼等が見たのは巨大な蛇に締め上げられてわりと醜く慌てている上田だった。
蛇は上田を壁に叩き付けると再び人間の姿に戻って充達の所に歩いてくる。

「ねえ詩鳴、駄目じゃない。貴方はろくに都市伝説の力も使えない駄目な子なんだから。
 ちゃあんと実験台として役に立たないと。
 それ以外貴方に価値があると思ってるの?」
「待てよアンタ、それ以上こっちに近づくな。」
「アンタ、そこで転がってる爺さんの弟子?
 師匠が死にかけてる割にはやたら冷静ね。残酷だわぁ。」
「……あの程度で死ぬとは思えない。」

女性を見て先ほどと同じように激しく震え始める詩鳴。
充は女性を睨みつけ、銃を構える。

「銃弾が効くとでも思ってるのかしら?」

充からの返事は鉛玉だった。




「っはん、舐めた真似してくれるわ。」

自らの身体を再び蛇に変えて詩織は尻尾で充を殴りつける。
詩鳴を庇ってまたも攻撃を防御し損ねる。
床に思い切り叩き付けられた。

「無様ねえ。そんな出来損ないを必死に守らなくちゃいけないなんて。」
「ぐ……。」
「あら、師匠と違って体力はあるみたいね。
 あんたも契約者でしょ?
 そこの出来損ないを庇ってないでまともに戦えばちょっとは勝ち目有るんじゃないの?」
「俺は、契約者じゃない。」

充はふらつきながらも立ち上がる。
彼の視界の隅では上田がこっそり起き上がっているのが見えた。

「はぁ?一般人のくせに戦ってるの?
 ていうかたかだか一般人がコーク・ロアを突破できる訳無いじゃない。」
「都市伝説能力を持たない普通の人間が戦ってるのがおかしいかよ?」
「可笑しいわね。私を笑い死にさせようって作戦かしら?
 契約者でも都市伝説でもない貴方に何が出来るって言うの?」

次の瞬間、充の目の前に居た大蛇が巨大な鷹に蹴飛ばされる。
鷹は自身にとっては狭いはずの廊下を器用に旋回し、充達を捕まえて上田の所に運ぶ。

「まあ、あれだな。時間稼ぎは十全以上にできると思うぜ。」
「失礼ですよ師匠、一人でもこの場くらいは切り抜けられます。」
「そりゃあ失礼。でもそれは一人だったら、だろ?
 一旦帰るぞ、ついてこい。」




胸から血を流しながら詩織は上田達を睨む。

「な、なんで全身の骨を砕いてやったはずなのにピンピンしてるのよ!」
「ハッ、その理由は簡単…………」

会話を遮る突然の銃声。
上田の身体は崩れ落ちる。

「おやっさん!?」
「し、侵入者を射殺しました!」
「あらら、まだ生きている警備員が居たのね。
 良くやったわ。」
「ありがとうござい……」
「もう一働きして貰うけどネ。」

そう言って蛇女は邪悪に微笑む。
何が起きるかを察した充は詩鳴の目を覆う。
肉を裂き、骨を砕き、血を啜る音。
リノリウムの硬質な床に真っ赤な血の池ができあがる。

「喰いやがった……。」
「午後のおやつよ、そこの爺さんは喰うところがないからねえ。」
「化け物め。」
「人間風情が何様のつもり?」

憎々しげに充が呟く。
その言葉を聞いて詩鳴が複雑そうな表情を浮かべている。
だが充はそれに気付かない。





遠くから警備員達の走る足音が聞こえてくる。
目の前には圧倒的な防御力と暴力を誇る化け物が一体。
上田の空間転移による逃走経路は奪われた。
この危機的な状況下でも日賀充の頭脳は驚くほど穏やかに機動していた。

「おやっさん……。」

何も言わず廊下に転がる上田の姿を見てぽつりと呟く。

「すぐにケリを付けるから、待っててくれ。」
「……わかった。」

その時、始めて彼の前で詩鳴は喋った。
少しだけ驚く充。
彼はナイフと銃を彼女に預けると、素手で蛇女と対峙する。

「あーらぁ、やるつもり?
 人間風情が契約者様に勝てるとでも思っているのぉ?
 まあ貴方の師匠だかの仇を必死でとろうとするあたりは泣けてくるけどねえ。
 そう言うのを犬死にっていうのよ?
 解りますかぼくちゃぁん?
 って、あら?」

一息にまくし立てる詩織。
だが彼女が台詞を言い終わる頃には、既に充も詩鳴も彼女の目の前から居なくなっていた。
まあこの作品を読んでいる皆様ならば承知しているとは思うが、なんせ上田明也の弟子である。
師匠譲りの逃げ足だけは驚異的に速い。
そして彼女がその事実に気付くのに十秒ほどの時間を要した。





充は全速力で走り、なんとか詩鳴と共に地上へと脱出していた。
そこら辺に転がっていたキーが刺さりっぱなしのバイクに跨って研究所を急いで離れる。

「あのおじさんは……?」
「後だよ後、どうせ放っておいても死なない!」
「なんでそんなに冷静で居られるの?」
「知らないよ、生まれつきそうだったんだ!
 舌噛むから少し黙ってて!」
「うぅ……。」

突然、バイクの進路上に一台の車が停止する。
充は咄嗟にブレーキをかけて激突を回避した。
車のドアが開き、中から男が現れる。

「くそっ!まだ居たのかよ!?」
「ウチの娘を掠う悪い男はお前か?」
「お、お父さん!」
「チッ、ここの所長かよ!?」
「おいおい詩鳴、母さんの次はお前まで逃げ出すのかい?
 姉さんはあんなに働いてくれてるというのに……。」
「もう私は嫌よ、なんで毎日毎日好きでもない実験なんかに付き合わされなきゃいけないのよ!」
「おお、父さんはお前をそんな我が儘な娘に育てた覚えはないぞ!
 言って聞かない子はこうしてやらねばなあ!」

その声と共に男の姿は一瞬で巨大な恐竜に変身する。

「……ティラノサウルス!?」
「T―REXと呼びたまえよ!」

男は吼えるように笑う。






この状況で充がとった行動はまたしても逃走だった。
あれ程巨大な化け物に向かっていっても彼に勝機はないのは火を見るよりも明らかだったからだ。
だが恐竜の大きな歩幅ではバイクに乗っていてもあっという間に距離を詰められる。
男の攻撃に巻き込まれることを恐れて警備員が出てくることこそ無いが、このままでは確実に二人とも倒される。
それでも充は逃げながら銃弾を男の目に向けて撃ち続ける。

「アハハハハハ!目なら撃ち抜けるだとでも思ったのかね?
 無理だよ、本物の恐竜ならいざ知らず、この『オーパーツ』で変身した恐竜は都市伝説だ!
 人間の兵器など効く訳が無かろう!」

厚さ一メートル以上の鉄板を貫く銃が効かない。
彼が普段相手にしている以上の化け物を目の前にして充の手が震える。

「素直に娘を渡したまえよ!大事な実験材料なんだ!まあ少し傷がついたところで支障は無いが帰って来ないのは困る。
 そうしたら君だけはこのまま返してやらないこともないぞ?」
「化け物め……。それが人の親の言うことかよ?
 あんたこの娘の親なのかよ!」

男は巨大な尻尾を叩き付けてくる。
充は静かに怒っていた。
先ほどからこの研究所の人間で彼女を大切にしようとする人間が一人も居ない事実に。
充は契約というものをしていない。
だが笛吹探偵事務所の助手として何度も都市伝説と戦ってきて都市伝説という物の力は理解している。
だから素直に思うのだ。
『都市伝説の力とはそこまで素晴らしい物なのか。』

『娘を実験材料としてしか見れなくなる程素晴らしい物なのか。』

疑問で仕方ないのだ。
正直に言えば、こんな悲劇を巻き起こす都市伝説など人間には邪魔なだけだとしか彼は思えないのだ。






「どれだけ走ってもこの敷地内からは出られないぞ!」

バイクで走りながらも充は思考を続ける。
彼の内側に巻き起こる感情の荒波は冷静な思考の渦に飲み込まれて何時の間にか何処かに消え去っていた。

「充、さん?」

その時、後ろから唐突に声をかけられる。
詩鳴の声だ。

「どうしたんですか詩鳴さん?
 ああそうだ、非常出口とか知りませんかね?
 こう壁で覆われていては逃げ道も無くって……。」
「私も……化け物だと思いますか?」

こんな時に一々面倒な話をするな、と言いたくなるのを充は堪える。
女性の話は何時でも真面目に聞くのがマナーだ、と彼の師匠は言っていた。
だから彼は真面目にその質問に答えた。





「いえ、そうは思いません。」
「でも私も契約者ですし……。」
「おやっさんが言っていました、人間と化け物を分けるのは精神だって。
 だから俺、腹が立つんですよ。
 おやっさんみたいに契約者ですらない都市伝説を人間が如く愛する人が居る一方で、
 自分の娘すら能力を使えないからって今みたいな扱いをする人間も居るっていうのが。
 人間のくせに、あれこそ最低の化け物じゃないですか。
 ……すいません、お父さんのことなのに。」

その言葉を聞いて彼女はあっけにとられたような表情を取る。
彼女の今まで生きてきた世界の中で彼女の父に化け物だ、最低だと言った人間は居なかったのだ。

「いえ、良いんです。」
「そうですか、それなら良かった。」

これで良かったのだろうか。
師匠の言うとおり思うところを素直に言ってはみたが……。
と、一々上田のことを思い出してしまう自分を彼は笑った。

「充さんは私を置いて逃げないんですか?
 もう貴方のお師匠さんも……。」
「依頼人を裏切るなっておやっさんが言っていました。
 後はまあ……泣いている女の子には優しくしろとも言われましたし。
 貴方が置いていけと言っても置いていくつもりはないのでどうぞよろしく。」

実はその後に『落とすチャンスだからな!』と滅茶苦茶良い笑顔で上田は付け加えてたのだが、
充はそのことを長い年月の間に綺麗さっぱり忘れていた。





「……充さん、私の能力なら今の貴方を助けられます。
 父を、あの男を倒せると思います。」
「でもさっきから都市伝説の能力が使えないって言われてませんでした……?」
「ええ、確かに“私に”この都市伝説の力は使えません。
 でも貴方なら使えます。貴方に使って欲しいんです。
 貴方みたいに優しくしてくれる人は今まで生きてきた中で居ませんでした。
 だから……、信じて、この力を託したいんです。」
「……それで、その能力は?」
「それが……。」

彼女の言葉を聞いた充は耳を疑った。
だがこの状況で一々細かく聞いていてもしょうがない。
充は彼女の言葉を信じることにした。





バイクが恐竜と化した詩鳴の父の前で停止する。
両手を挙げた充はゆっくりとバイクを降りて男に近づく。

「やっと諦める気になったか!
 それならば良いんだよ、さあ娘をさっさと渡したまえ!」
「……っせえな。」
「ん?」
「るっせぇな……。」
「なんと言ったのかな?」
「うるさいって言ってんだよトカゲ頭!ぎゃんぎゃん騒ぐなやかましい!」
「投降する人間の態度じゃないな、少し命乞いの仕方を教えて……!?」

詩鳴の父は目を見張った。
目の前の少年の高くあがった手の中には先ほどまで無かった銃が掲げられていた。

「詩鳴お前まさか!?」
「そうよ、私じゃ出せても使えないし本来有るはずの契約の恩恵も無かったわ。」
「だが俺ならばこれは使える。契約無しでも都市伝説と戦える肉体を持つ俺なら!
 これでも喰らえ!ポロリ温泉伝統製品初の支援型モルスァ試合専用ガン!」

充は自らの手の中に有る巨大な銃――ポロリ温泉伝統製品初の支援型モルスァ試合専用ガン――を投げつけた。
そう、投薬で強化された充の身体は詩鳴には不可能なその巨大で重い銃を投げつけることにも充分耐えきれるのだ。
そう、上田明也をして異常とまで言わしめる冷静さはそのプレッシャーに耐える精神力すらも証明している。

「馬、鹿、なあああああああああ!?」

恐竜と化した詩鳴の父にポロリ温泉伝統製品初の支援型モルスァ試合専用ガンが直撃する。
それと同時に小さな黒い穴が出来て彼はあっという間にその中に飲み込まれていった。
そして、黒い穴は詩鳴の父の断末魔だけ残して消滅した。







「……終わったか。大丈夫ですか詩鳴さん?
 車に乗り換えていきますか?」
「ありがとう……ございます。できればそっちの方が……。」

ポロリ温泉伝統製品初の支援型モルスァ試合専用ガンを出した疲労から詩鳴はその場にへたり込む。
充は詩鳴を抱え上げて彼女の父が乗ってきた車――キーが差しっぱなしだった――の助手席に乗せ、自分は運転席に乗った。
研究所を離れてから運転すること三十分。
そうだ、そういえばおやっさんがどうも死んだかも知れないということを思い出して充は少しだけ悲しくなった。
彼は生まれつき感情と行動が繋がらない妙な体質を持っているのだ。
彼の心は悲しくてしょうがないのに、ハンドルの動きは少しも鈍らない。
詩鳴はいつのまにか眠っていた。
彼女の寝息だけが車の中に反響する。
赤信号で車を止めている間、充は彼女の寝顔をマジマジと覗き込んでいた。

「流石だな、一人で勝てない相手を二人で協力して突破する。
 それこそ契約すると言うことの意味だよ。
 お前らは二人とも人間だが、そのことが良く解っているみたいだな。
 感動した、まるで少年ジャンプみたいじゃないか。」

そんな時、突如車内に響く聞き慣れた声。

「何時から居たんですか?それと週刊少年ジャンプは今週で廃刊です。」
「ああ、まさか青少年なんちゃら規制法に対する最後の砦が落ちるとはな。
 寒い時代だよ。
 何時からって聞かれたらまああれだ。お前らがあの恐竜男倒した時点ではここで煙草吸ってた。」
「酷い師匠も居たもんだ。」
「最後の方は、割と格好良かったぜお前ら。」

上田明也である。
どうやら何時の間にか車の中に潜り込んでいたらしい。





「ところでこの子、どうするんですか?」
「まあ依頼主の母親の所に、と思ってたんだけどさ。
 今度は母親の方が面倒なことになってるらしいんだよね。
 だからこいつの叔父に……と思ったんだけど。
 こいつの叔父も今子供が手のかかる時期でな。
 いきなり知らない子供を預けられるのも面倒だと思うんだよね。
 まあ正義感が強いから絶対断らないと思うんだけど。
 どうしようかなあ……。」
「できれば肉親の側に居させてあげた方が……。
 その叔父さんとやらは良い人なんですよね?」
「おう、折り紙付きの良い人だ。正義の味方だ。警視庁都市伝説犯罪対策課の敏腕刑事だ。
 ただしうだつはあがらない。」
「ならその人に……。」
「おいおいそんな悲しそうな表情するなよ!
 クールに判断下せるのは良いことだが、もうちょっと我が儘言っても良いんだぜ?
 『この子が好きなので一緒に居たいです!』とかさ!」
「そんな事言うのはなんていうか、こう……。」
「おやぁ、否定しないのかな充くぅん?
 ったく、俺も含めてこう言うところで融通効かない性分だからなあ。
 異常と呼ばれる人間ってのも考え物だよ。
 まあお前の好きにしろ、実質お前一人で助けたようなものだ。」
「でも……。」
「責任取れよってことだよ。」

やれやれと笑う上田。
彼は電子煙草――語るまでもなくストロベリー味である――を吸い始めた。
【上田明也の休日→日賀充の探偵倶楽部~二十年くらい後~fin】

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