「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」 まとめwiki

連載 - プレダトリー・カウアード-21

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uranaishi

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プレダトリー・カウアード 日常編 21



 ――――彼は、所謂豪家の出身だった。
 そこは吹き溜まりだったと、彼は今でもそう思う。
 富と権力に心酔した父。金と自由ために愛を売った母。両親の悪い所だけを抽出した、虚栄心の塊のような兄。
 みんなみんな、最悪だった。
 そこにいるのは、家族でなく他人。
 いや、財を巡っては互いに出し抜こうと隙を伺っている辺り、他人と言うよりは敵同士とでも呼ぶべきなのかもしれない。

 彼はそんな掃き溜めの次男として生まれた。
 誕生後に彼に対して与えられたのは、愛情ではなく憎悪。
 そもそも、妊娠発覚の時点で、家族は彼を「息子」或いは「弟」ではなく、ただの「邪魔者」としか認識していなかった。
 中絶が為されなかったのは偏に世間体の為であり、それが無ければ彼はいとも容易く、外気に触れることすら叶わずに殺されていただろう。

 その時死んだ方が幸せだったのかどうか、彼には分からない。
 とにもかくにも、彼はクズの中で、クズにクズとなるべくクズとして育てられ、そして当たり前のようにクズに――――ならなかった。

 ……そう、彼はクズには、家族のようなゴミにはならなかった。
 家庭環境は最悪。DNAに希望は無い。家族と同類のクズの集まる学校に通い、出来た友達もクズばかり。
 右を見ても左を見てもクズ、クズ、クズ、クズ、クズ、クズ、クズ、クズ、クズ、クズ、クズ、クズ、クズ、クズ、クズ、クズ、クズ、クズ、クズ。
 「普通」な人間すら一人もいない。誰も彼もが金が全て権力が全て。金で買えないものなど無いと本気で信じている。

 なのに彼はまともに育った。並みの良心と並の常識と並みの倫理を持ち合わせて、恐ろしいほど「まとも」に成長した。
 如何に良い環境に恵まれても落伍者が出るように、底無しに見えた暗闇は、一条の光を生み出した。
 ただしそれでも、彼は「完全」な真人間には成れなかった。
 彼はまともであると同時に、一つの「特殊」を抱え込む。
 周囲のクズは金に生きた。金を至上と尊んで、他を愚劣と賤しんで。
 対して彼は「家族」に生きた。クズの金と同様に、それを無二だと尊んで。

 そういう意味で言うならば、彼は確かに「おかしい」のかもしれない。
 家族は社会の癌であると、彼はしみじみとそう思う。
 そして同時に愛すべき存在であると、彼はつくづくとそう思う。
 特殊に育ち、まともに成った、特異な人間。
 奇特な彼は、その奇特さ故に、後に苦しむ事になる。

*****************************************

 ――――家族が死んだ。
 文字にしてしまえば、句読点含め七文字の言葉。
 それが彼へと与えた衝撃は、一体如何程であっただろう。

 彼が家へと帰った時、屋内には本当の「クズ」に成った人間が、至る所に転がっていた。
 背広を着たのは父だろう。痩せた馬面は母だろう。丸いデブは兄だろう。
 みんなみんな、死んでいた。
 そこにあるのはただのモノ。
 最早敵でも無くなって、愉快なオブジェになっていた。
 義憤憤激憤怒業腹悲憤立腹憤懣瞋恚忿懣
 この時の彼の感情に、どれを取って名付けても、そこに大差は在りはしない。
 詰まる所、彼は怒っていた。
 中心に怒りを、周辺に悲嘆と苦痛を伴う心は煮え滾り、唯只管に一点へ向かう。
 感情の先は一人の鬼。死屍累々の中で立つ、見慣れず見知らぬ黒い影。
 全身を黒、歯のみを赤で彩って、血吸いの鬼は笑っていた。
 始終、ずっと、彼が拳を振り上げて、殴りかかってきても――――尚。

 ……彼は敗北を喫した。当然の如く、拳の一つも掠らなかった。
 憎悪と激怒で顔を歪め、血の滲む程に拳を握り、それでも彼は地に堕ちる。
 床に崩れた彼の元へ、吸血鬼が屈み込む。
 口角を高く吊り上げて、未だに顔には笑みを浮かべて。
 何の興が乗ったのか、吸血鬼は彼に問うた。

 ――――君は、復讐が愚だと、そう思うかね?

 一体なんと答えたか、或いは答えなかったのか、何れも彼の記憶に無い。
 憶えているのは、赤い牙。
 血塗れたそれは彼へと迫り、その喉元に喰らい付き―――――――




































 ――――その日、一人の少年が、吸血鬼と成った。


                     Introduction - End
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 ――吸血鬼によって血を吸われた人間は、吸血鬼へと成り変わる。
 人狼にも似たその性質を、彼はその身で体験した。
 あの日あの時あの場所で、その血を生きた侭に吸われ、彼は人外の力を手に入れた。
 復讐の意思を尋ねて後に、わざわざ仇為す者を作った、一人の酔狂な都市伝説によって。
 吸血鬼が一体何を考えて、彼を同族へと為したのか、その意の欠片も彼には理解出来ない。

 分かる事はただ三つ。
 彼が吸血鬼を殺す機会を与えられた事。
 劣化とは云えその為の「力」も与えられた事。
 そして何よりも――――




 ――――その復讐がもう、叶わない事。

                      Predatory Coward
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 彼は己が挑んだ少年を見下ろした。
 衣服は破れ、至る所が汗に砂、塵芥で汚れている。
 ただし、少年を穢すものの中に、血は一滴も存在しない。
 無傷。地に四肢を横たえている事さえ除けば、少年に「異常」など、見受けられない。

 ――――幾らなんでも、弱すぎる。
 傷一つ無い少年を前に、彼はしかしそう思った。

 三十分だ。
 少年が吸血鬼たる彼から逃れ得たのは三十分。秒にして千八百。
 これを多と取るか寡と取るかは人に依るのだろうが、少なくとも彼は後者に位置していた。
 確かに、ただの一般人がここまで彼の魔手を掻い潜り抜けたと云うのであれば、それは賞賛に値すべきものなのだろう。
 一介の人間風情がそれだけの身体能力を身に付ける為には、一体どれ程の修練と才能が必要となるのか、彼には皆目見当がつかない。

 だが、この少年は別だ。別のはずだったと、彼は思う。
 この少年はあの吸血鬼を殺した。彼の仇にして、その生の終着点である、アレを。
 にも拘らず、対峙から終着までに掛かったのは僅か三十分。しかも少年は始終を逃げに費やし、故に少年が無傷なように、彼の身体にも傷一つ無い。
 死すら覚悟して少年に迫った彼は、あまりの呆気無さに拍子抜けしてしまった。
 何かの罠かと勘繰るも、少年は些かも動かない。

 ――――本当にこの少年が、あの吸血鬼を殺したのだろうか。
 浮ぶ疑問。彼はそれを飲み込んだ。
 ……答えを聞くのが怖い。
 もし本当に「そう」だったのなら、彼の復讐とは一体何だったのか。
 こんな少年に屠られるような吸血鬼に家族を殺され、況や己まで吸血鬼にされた彼は、一体。

「――――云い残す事は」

 云って欲しかった。足掻いて欲しかった。
 自分はこんなもんじゃないと。まだまだ本気じゃないんだと。
 けれども少年は無言を貫く。
 彼の願望に否定を下し、彼の疑念に肯定を下すかのようなその所作に、喩えようの無い無力感が彼を襲った。
 膝から崩れ落ちそうになるのを押し留め、辛うじて屹立を保つ。

 走馬灯でもあるまいに、彼の脳裏にはこれまでの日常が去来していた。
 あの吸血鬼を斃すべく、一心に鍛錬に打ち込んだ日々。
 生きる為に、人間だって何人も殺してきた。
 唯只管に策を練り、来るべき日に向け、彼は精進したつもりだった。
 記憶の中に在るのは、あの吸血鬼に腐心する彼の姿ばかり。
 それがどうしても、滑稽に思えてしまう。

「――――――同士の仇だ。悪く思うなよ」

 ……何故自分は、あの吸血鬼の事を同士等と呼んだのだろう。
 思考を白濁させながら、彼は少年へと狙いを付ける。
 今に至るまでの驚異的な回復力を慮り、拳の先を頭部に固定する。
 如何なる都市伝説であれ、その回復処理を行うのは脳である以上、そこさえ砕けば死は不可避となるだろうとの判断である。
 彼の考えは実は全き不正解なのだが、少なくともその拳が振り下ろされた先に少年の死が在るのには相違無い。

 一呼吸、小さく間を置く。
 これで終わりなのだと、彼は思った。
 悪夢も、復讐も、これで――――

「……………………?」

 いざ為さんと動作に入りかけた彼は、ふと何かに気づいたようにその動を止めた。
 首筋がチリチリとする。今まで幾度と無く彼が味わってきたこの感覚は――――殺気。
 云い知れぬ第六感が警鐘を鳴らす。
 少年へと向けた顔を上げると同時、頭部を庇うべく腕を水平へと上げる。
 果たしてそれは正解だった。
 ズンッ! と腕に鈍い打撃音。鈍痛に歯を食い縛る。
 後一歩腕を出すのが遅ければ、その一撃は彼の前頭葉を捕らえていただろう。
 左足を半歩下げ、身体を左斜め後ろへと傾ける事で残存する衝撃を軽減。
 右腕に掛かる付加は依然変わらず。襲撃者の一撃は重く彼へと圧し掛かる。

 彼は視線と同水位に在る腕を更に上方へ移動をかける事で視界を確保。そこで漸く襲撃者の全容を知った。
 彼女――そう、女――は、恰もかの特撮仮面戦士を真似るかの如くその脚に全体重を乗せ、彼へと肉迫していた。
 ライダーキック。近似した技名を挙げるならばドロップキック。
 見事なまでに決まったその飛び蹴りは、吸血鬼であるはずの彼を後方へと押し返す。
 押されている。その事実に、彼は瞠目した。
 打撃の推力は飽くまで一過性である。一度発すれば後には縮小の一途を辿る。
 女の背後に風等の補助的現象も見て取れない。
 つまりこの謎の女は、ただ初撃の力のみで彼を圧している事になる。
 肉体強化系の都市伝説か、若しくは唯の人間か。
 彼にはどちらでも構わなかった。
 大切なのは惟一つ。
 彼が今押し負けていると云う一点のみだ。
 従前に於いてあの吸血鬼を除き、誰一人として彼と相対し生き残った者は居なかった。
 彼と伯仲する者等、敵対者など、惟の、一人も――――

「――――――私の弟だぞ貴様。一体何をしてくれる?」

 ――――彼の顔に、歓喜の色が、浮んだ。


【Continued...】





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