誘拐と人食い 17
「はー、やっとお仕事が決まったよー。これでとりあえず生活費ぐらいは家に入れられそう」
紙袋を片手に帰ってきたのは、かつて『人攫いサーカス』の一員であった軽業師の女
就職活動をするにあたり偽造された戸籍上では壱岐射夏(いつき・いるか)とされており、大の妹、まぐろの姉という立場になっている
「それでも俺より早く仕事を見つけたわけだが。家主として少しへこむところではある」
「いやいや、お兄ちゃんはバイトや派遣じゃなくて正規雇用で探してるからだと思うけど」
「お兄ちゃんはやめてくれ、頼むから」
苦笑を浮かべる大に、射夏は楽しそうに纏わりつく
「兄妹って良いじゃない。サーカスの仲間も家族みたいな付き合いだったし、賑やかな方が好きなの」
『ソニー・ビーン一家』に喰い尽くされたサーカスの仲間達を思い出して、少しだけ寂しげに声の調子が落ち込むが
「出来れば、妹じゃなくて妻とかが良かったかな? お兄ちゃん相手だと、色々できないもんね」
「色々って何だ、色々って」
「やらせてくれたら教えてあげるけど」
「遠慮しとく。だから服のボタンを外すな、ベルトを緩めるな」
「じゃあ、せめてさ」
射夏はにへらと微笑み、大にがばりと抱きつくと唇を頬に押し当てる
「これは……色々お礼と気持ちを込めて、ね? 困るとかいらないとか言われると、女としてのプライドが壊れちゃうから」
「そういう扱いに困る事は言うな」
まだ近いところにある射夏の顔を抱き寄せ、ぽんぽんと背中を叩き頭を撫でる
「変に気張らなくても、ちゃんと一緒に居てやるから」
「……うん、ありがと」
きゅうと抱き付き返したその腕に、大の身体とは違う柔らかい感触が当たる
「むー、またいるかがまさるに抱きついてるー!」
トイレから駆け出してきたまぐろが、抱き合う二人の脇から飛び掛り、まとめて揉みくちゃにするように抱きついた
「まさるはまぐろの契約者なの! いるかにはあげないよ!」
「独り占めはずるいよー、まぐろちゃん。二人で仲良くお兄ちゃんを好きになった方が、お兄ちゃんは喜んでくれると思うなー?」
「いや、その理屈はおかしい」
「じゃあ喧嘩して取り合いになった方が良い?」
「それは困る」
「じゃあ私はまぐろちゃんとも仲良しで、二人一緒にお兄ちゃんが大好きだー♪」
「まぐろも好きー! 大好きー!」
二人にまとめて抱きつかれ、とりあえずは頭を撫でてやる大だったが
「そういえばまぐろ」
「なーに?」
「ちゃんと拭いたか?」
「………………うん」
「その間は何だ。あと、ちゃんと穿いたか?」
「ううん」
「きっぱり否定するんじゃない。射夏、ちゃんと穿かせてやってくれ」
「お兄ちゃんがやってあげればいいのに」
「まさるがやってくれるの?」
「まぐろも射夏も、少しは女の子として自覚を持て」
「持ってるから色々アピールしてるのになぁ」
「自覚ってなに? ぱんつはく事?」
「それもあるから、ちゃんと穿いてきなさい」
「はーい」
紙袋を片手に帰ってきたのは、かつて『人攫いサーカス』の一員であった軽業師の女
就職活動をするにあたり偽造された戸籍上では壱岐射夏(いつき・いるか)とされており、大の妹、まぐろの姉という立場になっている
「それでも俺より早く仕事を見つけたわけだが。家主として少しへこむところではある」
「いやいや、お兄ちゃんはバイトや派遣じゃなくて正規雇用で探してるからだと思うけど」
「お兄ちゃんはやめてくれ、頼むから」
苦笑を浮かべる大に、射夏は楽しそうに纏わりつく
「兄妹って良いじゃない。サーカスの仲間も家族みたいな付き合いだったし、賑やかな方が好きなの」
『ソニー・ビーン一家』に喰い尽くされたサーカスの仲間達を思い出して、少しだけ寂しげに声の調子が落ち込むが
「出来れば、妹じゃなくて妻とかが良かったかな? お兄ちゃん相手だと、色々できないもんね」
「色々って何だ、色々って」
「やらせてくれたら教えてあげるけど」
「遠慮しとく。だから服のボタンを外すな、ベルトを緩めるな」
「じゃあ、せめてさ」
射夏はにへらと微笑み、大にがばりと抱きつくと唇を頬に押し当てる
「これは……色々お礼と気持ちを込めて、ね? 困るとかいらないとか言われると、女としてのプライドが壊れちゃうから」
「そういう扱いに困る事は言うな」
まだ近いところにある射夏の顔を抱き寄せ、ぽんぽんと背中を叩き頭を撫でる
「変に気張らなくても、ちゃんと一緒に居てやるから」
「……うん、ありがと」
きゅうと抱き付き返したその腕に、大の身体とは違う柔らかい感触が当たる
「むー、またいるかがまさるに抱きついてるー!」
トイレから駆け出してきたまぐろが、抱き合う二人の脇から飛び掛り、まとめて揉みくちゃにするように抱きついた
「まさるはまぐろの契約者なの! いるかにはあげないよ!」
「独り占めはずるいよー、まぐろちゃん。二人で仲良くお兄ちゃんを好きになった方が、お兄ちゃんは喜んでくれると思うなー?」
「いや、その理屈はおかしい」
「じゃあ喧嘩して取り合いになった方が良い?」
「それは困る」
「じゃあ私はまぐろちゃんとも仲良しで、二人一緒にお兄ちゃんが大好きだー♪」
「まぐろも好きー! 大好きー!」
二人にまとめて抱きつかれ、とりあえずは頭を撫でてやる大だったが
「そういえばまぐろ」
「なーに?」
「ちゃんと拭いたか?」
「………………うん」
「その間は何だ。あと、ちゃんと穿いたか?」
「ううん」
「きっぱり否定するんじゃない。射夏、ちゃんと穿かせてやってくれ」
「お兄ちゃんがやってあげればいいのに」
「まさるがやってくれるの?」
「まぐろも射夏も、少しは女の子として自覚を持て」
「持ってるから色々アピールしてるのになぁ」
「自覚ってなに? ぱんつはく事?」
「それもあるから、ちゃんと穿いてきなさい」
「はーい」
―――
入浴時のまぐろの世話担当が射夏になった事で、目のやり場に困らない生活を取り戻した大
浴室からは二人の少女の騒がしい声が聞こえる最中、来客を告げるチャイムが鳴る
「こんな時間に誰だ?」
首を傾げながら玄関口へと向かい、がちゃりと扉を開けると
「おう、元気しとるか?」
そこに立っていたのは、瀟洒な佇まいのメイド長を傍らに控えさせた、作務衣にサンダルといった季節感をやや無視した格好の老人
『ソニー・ビーン一家』騒動の折に知り合った、道楽金持ちの好色爺である
「どうしたんですか、こんな時間に」
「いや何、どうせ訊ねるなら可愛い女の子の風呂上りが拝めるタイミングにしようかとな」
ばたむ
がちゃん
「いやいや今のは年寄りのちょっとしたお茶目じゃて!? ちゃんと用事があるんじゃってば!」
無言で閉じられ施錠されたドアを、ドンドンと叩きながら喚く老人
大は仕方なく鍵を開けて、そっとドアを開ける
「近所迷惑なんで騒がないで下さい、話ぐらいは聞きますから」
「おおう、すまんの。今回の用を頼めそうなのはお前さんぐらいしかおらんでの」
頭を掻きながら遠慮無くサンダルを脱いで上がり込む老人と、玄関の前で頑丈そうなトランクを手に一礼し待機しているメイド長
「メイドさんもどうぞ、寒いでしょう」
「いえ、お気遣いなく。主のためであればどのような事でもするのがメイドの務めでございます」
「気遣いというか、部屋の前にずっとメイドが立ってる姿は近所の評判的に少々アレなんで」
「別段内密の話をするわけでもないしの。というかお前も関係ある話じゃからな、入ってこい」
その言葉にメイド長は僅かに首を傾げるが、主の言葉に逆らう道理は無い
ヒールを脱いで露わになった白いタイツに覆われた足で、するりと音を立てずに部屋に上がる
「本当は屋敷に招いてお願いするつもりだったんじゃがの、嫁に急かされてのぅ」
いつもの好色老人といった雰囲気は見えず、天敵に見付かった獣のように周囲を警戒しながら語り出す
「屋敷の方で何かあったんですか?」
「うむ、それなんじゃがの」
老人はメイド長の持っていたトランクを渡すよう片手で促し
老人は受け取ったトランクを大の前に置き、不思議な造形の紋様が描かれた鍵を放り投げる
「っと、これは?」
「まあとりあえず開けてみ?」
手に取った鍵を鍵穴に差し込むと、紋様はぼんやりと光を放ち
ばくんと開いたトランクから光が溢れ出し、中に収められていた古い羊皮紙の束がふわりと浮き上がる
「あの屋敷と各種資産の権利書と、雇っておるメイド達の雇用契約書じゃ。これを全て、お前さんに譲渡したい」
「ご主人様!?」
流石に狼狽した様子で声を荒げるメイド長を、老人は片手で制する
「嫁にバレた以上、女の子を囲ってるわけにもいかんのでなぁ……権利の一切合財を手放す代わりに、女の子達には手出し無用という事になってのぅ」
「手出し無用って……手放さなかったら何をするつもりなんですか、あの人」
「言うてくれるな。昔は、浮気相手を動物に変えるわ発狂させるわ子を産めなくさせるわ産まれた子は皆殺しにするわ生き延びたら無駄に試練を与えるわで大変だったんじゃぞ」
「浮気するあなたが悪い気がしますが」
「生まれ持った性分じゃ。これでも大分我慢強くなった方なんじゃぞ、嫁と共に」
ぽりぽりと頭を掻きながら、老人は権利書の入った鞄をずいと押し出す
「ともあれ、身の安全の為とはいえ、路頭に迷わせるわけにもいくまい? 給金や管理維持費はそのまま儂が出すし、お前さんにも管理人としての給金も支払おう」
「大盤振る舞いですね」
「メイド達は今まで儂の我侭に付き合ってもらっておったし、お前さんにはこれから付き合ってもらう事になるわけじゃからの」
権利書の浮かぶ鞄を見詰め、溜息を吐く
「……他にアテは無いんですか?」
「無くも無いが、急がんと嫁がキレるでの」
「判りました。とりあえず引き受けますが、他のアテも当たってみて下さい。俺が引き受けるのは、とりあえずですから」
「おお、引き受けてくれるか!」
「だから、とりあえずですよ?」
「充分じゃて。儂が見つけた相手でなくとも、お前さんが任せていいと思える相手がおったら、譲ってしまった構わん」
「そんな事で良いんですか……女の子達は大事なんでしょう?」
「お前さんが選ぶ相手なら、まあ失敗は無いじゃろ。少なくとも儂はの、今回の件でいの一番にお前さんを選ぶ程度には信用しとるからの」
そう言うと老人は、鞄を大の前へずいと押し出す
「中身を手に取れば契約は完了じゃ。契約といっても、都市伝説と契約するような負担は無いから安心せい。あくまで社会的な事務手続きを儂の力で簡略化しただけじゃからの」
言われるがままに羊皮紙の束を手に取ると、それはトランクと共に眩い光を放ち
それが収まった時には、妖艶な輝きを放つ金色の腕輪となって大の右腕に納まっていた
「外れなくなったりはしとらんから安心せい。無くしたりしても、念じればお前さんの手元に戻ってくるようになっとる。屋敷とメイドの権利を譲渡したい時は、その腕輪を渡せば良い」
「常備しなくていいのは助かります。派手で目立つのはちょっと」
そう言うと大は、腕輪を外してポケットに押し込んでしまう
「まー金ピカは儂らの世代の趣味じゃからのー。樹木だろうと果実だろうと武具だろうと、良いものは何でも金ピカにしてしもうてな」
どっこいしょ、と年寄りらしい声で立ち上がり、老人は腰を伸ばしてとんとんと叩く
「そいじゃま、後の事はそいつに聞くとええ。早く帰らんと嫁が恐いんでな」
何の執着も無さそうに、軽い足取りで玄関のサンダルに足を突っ掛ける老人の背に
メイド長はぴたりと正座し、そのまま深々と頭を下げる
「永らくお世話になりました。主は変われど、今日までのご恩は決して」
「うむ、達者での。色々エロエロはできんが、たまに顔ぐらいは出せるよう嫁に土下座でもしてみるわい」
からからと笑い声を上げて、それでも足早に部屋を出ていく老人
残された大とメイド長の間には、奇妙な沈黙が流れていく
「あの、さ」
「はい、如何な御用でしょうかご主人様」
「ご主人様と呼ばれるのは性分じゃないし、君のご主人様はあの人のままでいいと思う。名前で呼んでくれればいい……そう、名前名前。君の名前を聞こうと思ったんだ」
苦笑を浮かべてそう訊ねる大に、メイド長は微笑で返す
「私の名前は」
「まさるー! お風呂あがったよー!」
「こらまぐろちゃん! まだちゃんと身体拭いてなーい!」
ばたんと浴室のガラス戸が開けられて、飛び出してくるまぐろと射夏
ぴたぴたと濡れた足音が交錯し、バスタオルが舞い踊り、二人の少女が素っ裸のままどたばたと絡み合う
「お前ら、女の子としての自覚を持てと何度言わせる」
「自覚? あ、ぱんつはくよ!」
「だからまだ拭いてないからダメだってば! ほら、髪も!」
組んず解れつ暴れる二人を見て、正座したままのメイド長が微笑む
「誘ってますよ?」
「何をだ?」
「……ツッコミすら無しですか。話に違わぬ堅物、というか朴念仁のようで。ご奉仕のし甲斐があるというものです」
「よくわからんが……とりあえず、目の前の現状をどうにかしたいんで手伝ってくれるか?」
「ご用命とあらば、喜んで」
なんだかんだで名前はまだ聞けないまま
今日という日は終わりを向かえ、明日からまた奇妙な日々が始まるのであったとさ
浴室からは二人の少女の騒がしい声が聞こえる最中、来客を告げるチャイムが鳴る
「こんな時間に誰だ?」
首を傾げながら玄関口へと向かい、がちゃりと扉を開けると
「おう、元気しとるか?」
そこに立っていたのは、瀟洒な佇まいのメイド長を傍らに控えさせた、作務衣にサンダルといった季節感をやや無視した格好の老人
『ソニー・ビーン一家』騒動の折に知り合った、道楽金持ちの好色爺である
「どうしたんですか、こんな時間に」
「いや何、どうせ訊ねるなら可愛い女の子の風呂上りが拝めるタイミングにしようかとな」
ばたむ
がちゃん
「いやいや今のは年寄りのちょっとしたお茶目じゃて!? ちゃんと用事があるんじゃってば!」
無言で閉じられ施錠されたドアを、ドンドンと叩きながら喚く老人
大は仕方なく鍵を開けて、そっとドアを開ける
「近所迷惑なんで騒がないで下さい、話ぐらいは聞きますから」
「おおう、すまんの。今回の用を頼めそうなのはお前さんぐらいしかおらんでの」
頭を掻きながら遠慮無くサンダルを脱いで上がり込む老人と、玄関の前で頑丈そうなトランクを手に一礼し待機しているメイド長
「メイドさんもどうぞ、寒いでしょう」
「いえ、お気遣いなく。主のためであればどのような事でもするのがメイドの務めでございます」
「気遣いというか、部屋の前にずっとメイドが立ってる姿は近所の評判的に少々アレなんで」
「別段内密の話をするわけでもないしの。というかお前も関係ある話じゃからな、入ってこい」
その言葉にメイド長は僅かに首を傾げるが、主の言葉に逆らう道理は無い
ヒールを脱いで露わになった白いタイツに覆われた足で、するりと音を立てずに部屋に上がる
「本当は屋敷に招いてお願いするつもりだったんじゃがの、嫁に急かされてのぅ」
いつもの好色老人といった雰囲気は見えず、天敵に見付かった獣のように周囲を警戒しながら語り出す
「屋敷の方で何かあったんですか?」
「うむ、それなんじゃがの」
老人はメイド長の持っていたトランクを渡すよう片手で促し
老人は受け取ったトランクを大の前に置き、不思議な造形の紋様が描かれた鍵を放り投げる
「っと、これは?」
「まあとりあえず開けてみ?」
手に取った鍵を鍵穴に差し込むと、紋様はぼんやりと光を放ち
ばくんと開いたトランクから光が溢れ出し、中に収められていた古い羊皮紙の束がふわりと浮き上がる
「あの屋敷と各種資産の権利書と、雇っておるメイド達の雇用契約書じゃ。これを全て、お前さんに譲渡したい」
「ご主人様!?」
流石に狼狽した様子で声を荒げるメイド長を、老人は片手で制する
「嫁にバレた以上、女の子を囲ってるわけにもいかんのでなぁ……権利の一切合財を手放す代わりに、女の子達には手出し無用という事になってのぅ」
「手出し無用って……手放さなかったら何をするつもりなんですか、あの人」
「言うてくれるな。昔は、浮気相手を動物に変えるわ発狂させるわ子を産めなくさせるわ産まれた子は皆殺しにするわ生き延びたら無駄に試練を与えるわで大変だったんじゃぞ」
「浮気するあなたが悪い気がしますが」
「生まれ持った性分じゃ。これでも大分我慢強くなった方なんじゃぞ、嫁と共に」
ぽりぽりと頭を掻きながら、老人は権利書の入った鞄をずいと押し出す
「ともあれ、身の安全の為とはいえ、路頭に迷わせるわけにもいくまい? 給金や管理維持費はそのまま儂が出すし、お前さんにも管理人としての給金も支払おう」
「大盤振る舞いですね」
「メイド達は今まで儂の我侭に付き合ってもらっておったし、お前さんにはこれから付き合ってもらう事になるわけじゃからの」
権利書の浮かぶ鞄を見詰め、溜息を吐く
「……他にアテは無いんですか?」
「無くも無いが、急がんと嫁がキレるでの」
「判りました。とりあえず引き受けますが、他のアテも当たってみて下さい。俺が引き受けるのは、とりあえずですから」
「おお、引き受けてくれるか!」
「だから、とりあえずですよ?」
「充分じゃて。儂が見つけた相手でなくとも、お前さんが任せていいと思える相手がおったら、譲ってしまった構わん」
「そんな事で良いんですか……女の子達は大事なんでしょう?」
「お前さんが選ぶ相手なら、まあ失敗は無いじゃろ。少なくとも儂はの、今回の件でいの一番にお前さんを選ぶ程度には信用しとるからの」
そう言うと老人は、鞄を大の前へずいと押し出す
「中身を手に取れば契約は完了じゃ。契約といっても、都市伝説と契約するような負担は無いから安心せい。あくまで社会的な事務手続きを儂の力で簡略化しただけじゃからの」
言われるがままに羊皮紙の束を手に取ると、それはトランクと共に眩い光を放ち
それが収まった時には、妖艶な輝きを放つ金色の腕輪となって大の右腕に納まっていた
「外れなくなったりはしとらんから安心せい。無くしたりしても、念じればお前さんの手元に戻ってくるようになっとる。屋敷とメイドの権利を譲渡したい時は、その腕輪を渡せば良い」
「常備しなくていいのは助かります。派手で目立つのはちょっと」
そう言うと大は、腕輪を外してポケットに押し込んでしまう
「まー金ピカは儂らの世代の趣味じゃからのー。樹木だろうと果実だろうと武具だろうと、良いものは何でも金ピカにしてしもうてな」
どっこいしょ、と年寄りらしい声で立ち上がり、老人は腰を伸ばしてとんとんと叩く
「そいじゃま、後の事はそいつに聞くとええ。早く帰らんと嫁が恐いんでな」
何の執着も無さそうに、軽い足取りで玄関のサンダルに足を突っ掛ける老人の背に
メイド長はぴたりと正座し、そのまま深々と頭を下げる
「永らくお世話になりました。主は変われど、今日までのご恩は決して」
「うむ、達者での。色々エロエロはできんが、たまに顔ぐらいは出せるよう嫁に土下座でもしてみるわい」
からからと笑い声を上げて、それでも足早に部屋を出ていく老人
残された大とメイド長の間には、奇妙な沈黙が流れていく
「あの、さ」
「はい、如何な御用でしょうかご主人様」
「ご主人様と呼ばれるのは性分じゃないし、君のご主人様はあの人のままでいいと思う。名前で呼んでくれればいい……そう、名前名前。君の名前を聞こうと思ったんだ」
苦笑を浮かべてそう訊ねる大に、メイド長は微笑で返す
「私の名前は」
「まさるー! お風呂あがったよー!」
「こらまぐろちゃん! まだちゃんと身体拭いてなーい!」
ばたんと浴室のガラス戸が開けられて、飛び出してくるまぐろと射夏
ぴたぴたと濡れた足音が交錯し、バスタオルが舞い踊り、二人の少女が素っ裸のままどたばたと絡み合う
「お前ら、女の子としての自覚を持てと何度言わせる」
「自覚? あ、ぱんつはくよ!」
「だからまだ拭いてないからダメだってば! ほら、髪も!」
組んず解れつ暴れる二人を見て、正座したままのメイド長が微笑む
「誘ってますよ?」
「何をだ?」
「……ツッコミすら無しですか。話に違わぬ堅物、というか朴念仁のようで。ご奉仕のし甲斐があるというものです」
「よくわからんが……とりあえず、目の前の現状をどうにかしたいんで手伝ってくれるか?」
「ご用命とあらば、喜んで」
なんだかんだで名前はまだ聞けないまま
今日という日は終わりを向かえ、明日からまた奇妙な日々が始まるのであったとさ