第七話
【一天死海】
【一天死海】
学校町に海はあるか?
この質問には簡単な答えが返ってくる。
ない。
たった一言で終わる回答。
面白みも何もないが、地図を広げて目を皿のように調べてみても学校町には海はない。
だが、一八〇度異なる答えをする可能性を持つ者達は存在する。
都市伝説と戦うために都市伝説と契約した能力者達――通称、契約者。
彼らならばこう答えるかもしれない。
もしかしたら、と。
この質問には簡単な答えが返ってくる。
ない。
たった一言で終わる回答。
面白みも何もないが、地図を広げて目を皿のように調べてみても学校町には海はない。
だが、一八〇度異なる答えをする可能性を持つ者達は存在する。
都市伝説と戦うために都市伝説と契約した能力者達――通称、契約者。
彼らならばこう答えるかもしれない。
もしかしたら、と。
◆ □ ◆ □ ◆
「一緒についてきてくれないか?」
江良井卓はかつての同僚からこう告げられた。
体がもたないとの理由で三年前に転職した同僚。彼から母親が亡くなったから搬送を頼むとの連絡が来たのは二ヶ月近く前のことである。
つつがなく葬儀は終わり、同僚は小さくなった母親を家に連れて帰っていった。
四十九日を終え、納骨してから江良井の職場を訪れた元同僚は憔悴しきった表情になっていた。
最初は母子家庭であることは同僚と働いていた頃に聞いたことはある。最愛の母を亡くした精神的疲労からくるものだと思っていたが違うようであった。
体がもたないとの理由で三年前に転職した同僚。彼から母親が亡くなったから搬送を頼むとの連絡が来たのは二ヶ月近く前のことである。
つつがなく葬儀は終わり、同僚は小さくなった母親を家に連れて帰っていった。
四十九日を終え、納骨してから江良井の職場を訪れた元同僚は憔悴しきった表情になっていた。
最初は母子家庭であることは同僚と働いていた頃に聞いたことはある。最愛の母を亡くした精神的疲労からくるものだと思っていたが違うようであった。
「嫁の話、覚えてるか?」
「ああ。別居中だったな」
「ああ。別居中だったな」
元同僚がまだ同僚であった頃――転職よりもさらに前の今から七年前に結婚していた。
同僚の妻も江良井と同じ葬儀社で事務員を務めており、順調に交際を重ね結婚を機に退職。
江良井が知る限りでは仲睦まじい理想の夫婦であった。
義母の葬儀に顔を見せぬことを不思議に思った別の同僚が尋ねると、妻とは別居中であり、協議離婚の話し合いをしている最中だとのことであった。
穏やかな元同僚と元事務員の意外な展開に驚きつつも、夫婦生活を続けていればそういうこともあるだろうと納得していた。
同僚の妻も江良井と同じ葬儀社で事務員を務めており、順調に交際を重ね結婚を機に退職。
江良井が知る限りでは仲睦まじい理想の夫婦であった。
義母の葬儀に顔を見せぬことを不思議に思った別の同僚が尋ねると、妻とは別居中であり、協議離婚の話し合いをしている最中だとのことであった。
穏やかな元同僚と元事務員の意外な展開に驚きつつも、夫婦生活を続けていればそういうこともあるだろうと納得していた。
「違うんだ、本当は別居なんかしちゃいない。協議離婚なんてのも嘘だ。そうしておいた方が皆も納得しやすいだろ」
「……どういうことだ?」
「お前だから言うけどな、三年前から行方不明なんだよ。海に行くって言ったきりずっと……」
「……どういうことだ?」
「お前だから言うけどな、三年前から行方不明なんだよ。海に行くって言ったきりずっと……」
元同僚の言葉に嘘は感じられない。そもそも嘘を吐く必要性などない。
どうして自分を誘ったか。
江良井からしてみればこれだけが不明な点である。
どうして自分を誘ったか。
江良井からしてみればこれだけが不明な点である。
「どうして俺に?」
「お前だからだよ。お前なら口が堅いだろうし、何があっても動じないじゃないか」
「買い被りだ」
「それでもお前なら信用できるからな。それにお前は――」
「お前だからだよ。お前なら口が堅いだろうし、何があっても動じないじゃないか」
「買い被りだ」
「それでもお前なら信用できるからな。それにお前は――」
――あいつのこと、好きだったろ?
その呟きは口には出さず。
南区の繁華街を抜け、北区へとふたりを乗せた車は進む。
南区の繁華街を抜け、北区へとふたりを乗せた車は進む。
「何処に連れて行く気だ?」
「決まってるだろ」
「決まってるだろ」
江良井の問いに、元同僚は初めて顔を向ける。
共に働いていた間、一度も見せたことのない辛そうな顔を。
共に働いていた間、一度も見せたことのない辛そうな顔を。
「海だよ」
それきり何も言わず、北区へ。
◆ □ ◆ □ ◆
ふたりは北区に到着していた。
端的に言うと北区どころか学校町に海はない。
ここで休憩を、というわけでもないらしい。ここが目的地のようだ。
端的に言うと北区どころか学校町に海はない。
ここで休憩を、というわけでもないらしい。ここが目的地のようだ。
「あいつが居なくなってから親戚知人、心当たりのある場所もない場所も全部行ったし勿論警察にも行った。それでも手掛かりは全然なかった。他に男でもできたのかとも思ったさ。それならそれでいいと思ってたんだ。……それがな、お袋の初七日によ、手紙が入ってたんだ」
手紙は謝罪から始まっていた。
突然いなくなったこと。
連絡を絶ったこと。
義母の見舞いへ行けなかったこと。
葬儀に参列すらもできなかったこと。
そして、今でも自分がどれだけ愛しているかということ。
そして最後に日にちと場所が記してあり、そこで逢いたいと締めくくられていた。
突然いなくなったこと。
連絡を絶ったこと。
義母の見舞いへ行けなかったこと。
葬儀に参列すらもできなかったこと。
そして、今でも自分がどれだけ愛しているかということ。
そして最後に日にちと場所が記してあり、そこで逢いたいと締めくくられていた。
最初は行くつもりはなかった。
母が亡くなってそれどころじゃなかったこともある。
今頃手紙一通寄越しただけでふざけるなと言う感情もあった。
それでも行くつもりになったのは、便箋には濡れた跡が見えたからだ。それはきっと涙の跡。
突如行方をくらませた彼女は何を想い、手紙を書いたのだろうか。
母が亡くなってそれどころじゃなかったこともある。
今頃手紙一通寄越しただけでふざけるなと言う感情もあった。
それでも行くつもりになったのは、便箋には濡れた跡が見えたからだ。それはきっと涙の跡。
突如行方をくらませた彼女は何を想い、手紙を書いたのだろうか。
「何時に来いと書いてあったんだ?」
「今が約束の時間だ」
「場所は間違いないんだろうな」
「ああ、間違えるはずがねえ。ここの神社がお気に入りらしくてな。――ここでプロポーズしたんだ」
「……だが、誰も――」
「今が約束の時間だ」
「場所は間違いないんだろうな」
「ああ、間違えるはずがねえ。ここの神社がお気に入りらしくてな。――ここでプロポーズしたんだ」
「……だが、誰も――」
がくん、とふたりの膝が崩れる。
咄嗟に足元を見ると、無数の白く透明な手がふたりの足を掴んでいた。
咄嗟に足元を見ると、無数の白く透明な手がふたりの足を掴んでいた。
「な、なんだこりゃあ!」
学校町の別の姿を知らぬ元同僚はわからぬことだが、江良井にはその手が都市伝説であると見抜いた。
ふたりの足を掴むその手は都市伝説『白い手』。
遊泳を楽しむ人間を海底――あの世へと引きずり込む都市伝説だ。
手を振り払おうとするがどのような物理法則に従っているのか足は掴まれているが手を触ることができない。
何本もの白く透けた手が地面から伸びてきて、彼らふたりは引きずり込まれた。
存在しないはずの――海へ。
ふたりの足を掴むその手は都市伝説『白い手』。
遊泳を楽しむ人間を海底――あの世へと引きずり込む都市伝説だ。
手を振り払おうとするがどのような物理法則に従っているのか足は掴まれているが手を触ることができない。
何本もの白く透けた手が地面から伸びてきて、彼らふたりは引きずり込まれた。
存在しないはずの――海へ。
◆ □ ◆ □ ◆
一体どれだけの間引きずり込まれていたのか。
体感時間ではほんの一瞬のような気もするし、一時間近く引きずり込まれるような感覚。
上下左右全てが反転と回転を繰り返し、着いた先は学校町では見たこともない風景――海であった。
多少の酩酊感はあるものの引きずり込まれた際に感じた感覚の反転はない。
つまり、何かあってもいつも通りに戦えるということだ。
体感時間ではほんの一瞬のような気もするし、一時間近く引きずり込まれるような感覚。
上下左右全てが反転と回転を繰り返し、着いた先は学校町では見たこともない風景――海であった。
多少の酩酊感はあるものの引きずり込まれた際に感じた感覚の反転はない。
つまり、何かあってもいつも通りに戦えるということだ。
「――ッ!」
元同僚が叫ぶ。
その先には白装束に包まれた女が立っていた。
かつての元事務員であり、元同僚の妻である。
どうしていきなりいなくなった?
今までどこにいた?
一体何があった?
言いたいことは山ほどあったろう。
全ての疑問をおいて、元同僚は呼びかけた。
その先には白装束に包まれた女が立っていた。
かつての元事務員であり、元同僚の妻である。
どうしていきなりいなくなった?
今までどこにいた?
一体何があった?
言いたいことは山ほどあったろう。
全ての疑問をおいて、元同僚は呼びかけた。
「家に帰ろう」
どうでもいいとは言わない。
だがそれら全てよりも元同僚はふたりで帰ることを望んだ。
だがそれら全てよりも元同僚はふたりで帰ることを望んだ。
――ごめんなさい
白装束の女は寂しそうに呟いた。
――わたしは帰れないの。あなたとは一緒にいれないの
「どうしてだ? 誰かに言わされてるのか?」
――いいえ。わたしはもうあそこにはいられない
「いつ帰ってきてもいいように家はそのままだ。服も化粧品も食器も。お前が大事にしていたマイセンの食器も。近所の目が気になるって言うなら引っ越してもいい。別の県に引っ越してそこで一からやり直そう、な?」
――違う、そうじゃないわ
「どうしてだ?」
元同僚は同じ言葉を繰り返した。
泣きそうな声で。
誰も聞いたことのないような辛い声で――
泣きそうな声で。
誰も聞いたことのないような辛い声で――
「男が……できたのか?」
妻が失踪してから考えないようにしていた最悪の言葉を口にした。
三年前、妻がいなくなってすぐに思いついてしまった最悪の事態。
江良井を始めとした同僚達にも悟られたくないから三年前、彼は葬儀屋を辞めて妻を探し続けた。
もしもそうだったなら自分はどうすればいいか。
何度も否定し、何度も考え込んだ事態。
そして出した結論。
三年前、妻がいなくなってすぐに思いついてしまった最悪の事態。
江良井を始めとした同僚達にも悟られたくないから三年前、彼は葬儀屋を辞めて妻を探し続けた。
もしもそうだったなら自分はどうすればいいか。
何度も否定し、何度も考え込んだ事態。
そして出した結論。
「だったらその男と会わせてくれ。そいつと話しをしてみてそいつの意思も固いようなら俺は身を引く」
無事でさえいてくれたなら。
自分を押し殺し、出した結論。
だが、考えたくもないその想像を彼女は否定した。
自分を押し殺し、出した結論。
だが、考えたくもないその想像を彼女は否定した。
――わたしはもう〈そちら側〉の住人じゃないの
元同僚にはわからぬ言葉であったが、江良井は彼女が何を言いたいのか正確に理解した。
この世界を〈こちら側〉と呼ぶなら〈あちら側〉は別の世界。
今、彼女は〈そちら側〉と言った。
そちらとは――こちら。この世とあの世。
彼女はすでにこの世の住人ではなかった。
この世界を〈こちら側〉と呼ぶなら〈あちら側〉は別の世界。
今、彼女は〈そちら側〉と言った。
そちらとは――こちら。この世とあの世。
彼女はすでにこの世の住人ではなかった。
「いつ、死んだんだ?」
――新婚旅行の時に引きずられて
それは『白い手』に引きずられてから四年の間、都市伝説と成りながらも共に過ごしていたことを意味する。
「何を言ってるんだよ」
「死ぬ直前に契約してすぐに飲み込まれたか?」
「死ぬ直前に契約してすぐに飲み込まれたか?」
一切口調の変わらぬ江良井にどこか苦笑するような雰囲気で彼女は頷く。
『白い手』に引きずられた直前、いつかどこかで誰かから聞いた都市伝説の話を思い出した。
『都市伝説と戦うために都市伝説と契約した能力者』の話を。
引きずり込まれる海の中、その話を思い出した彼女は『白い手』に契約を持ちかけ、契約は完了した。
彼女は都市伝説についてもう少し知っておくべきであった。
心の器と呼ばれるものが存在することを。
己の容量以上のものと契約すればどうなるかを。
そして何より、契約者は都市伝説と対抗するために別の都市伝説と契約するということを。
かくして彼女は飲み込まれ、『白い手』となった。
『白い手』に引きずられた直前、いつかどこかで誰かから聞いた都市伝説の話を思い出した。
『都市伝説と戦うために都市伝説と契約した能力者』の話を。
引きずり込まれる海の中、その話を思い出した彼女は『白い手』に契約を持ちかけ、契約は完了した。
彼女は都市伝説についてもう少し知っておくべきであった。
心の器と呼ばれるものが存在することを。
己の容量以上のものと契約すればどうなるかを。
そして何より、契約者は都市伝説と対抗するために別の都市伝説と契約するということを。
かくして彼女は飲み込まれ、『白い手』となった。
自我が残り、ある程度の自由が利いたのは彼女にとって幸いだったのか否か。
少しずつ引きずられ、彼女は海へとその身を委ねることになる。
彼女が書いた手紙にあった跡。
それは涙ではなく海水であったのだ。
少しずつ引きずられ、彼女は海へとその身を委ねることになる。
彼女が書いた手紙にあった跡。
それは涙ではなく海水であったのだ。
「そんなことはどうでもいい……俺と、やり直そう!」
◆ □ ◆ □ ◆
数年前、マクドナルドでバイトの女の子に対して通常とは逆の順番で注文したらどうなるか試した人がいた。
つまり「店内で、バニラシェークのMサイズと、
マスタードソースのナゲットとポテトのSサイズとチーズバーガー下さい」という風にね。
すると、レジの女の子はすっかり頭が混乱してしまって、
何度も注文を聞き返し、おまけに最後に「店内でお召し上がりですか」と聞いたそうだ。
つまり「店内で、バニラシェークのMサイズと、
マスタードソースのナゲットとポテトのSサイズとチーズバーガー下さい」という風にね。
すると、レジの女の子はすっかり頭が混乱してしまって、
何度も注文を聞き返し、おまけに最後に「店内でお召し上がりですか」と聞いたそうだ。
面白い。
そこで、僕も試してみた。
「店内で、ペプシコーラのMサイズと、ポテトのMサイズ、あとフィッシュバーガーをお願いします。」
バイトの女の子は顔を挙げて言った。
「あいかわらずの性格ね。」
別れた彼女だった。
「僕らの時間も逆にたどれないかな?」
突然泣き出す彼女。
「おい、いきなり泣くなよ。こんなとこで・・・・」
「ごめん。でも逆にたどるなら、始まりは涙でしょ?」
「店内で、ペプシコーラのMサイズと、ポテトのMサイズ、あとフィッシュバーガーをお願いします。」
バイトの女の子は顔を挙げて言った。
「あいかわらずの性格ね。」
別れた彼女だった。
「僕らの時間も逆にたどれないかな?」
突然泣き出す彼女。
「おい、いきなり泣くなよ。こんなとこで・・・・」
「ごめん。でも逆にたどるなら、始まりは涙でしょ?」
僕はまわりの目も気にせず、彼女にキスをした。
◆ □ ◆ □ ◆
元同僚はどのような経緯でこのコピペを見つけ、ネットロアとして契約できたのかはわからない。
能力は限定条件下での時間の巻き戻し。
その条件下とは「別れた女との再会」――すなわち、今。
能力は限定条件下での時間の巻き戻し。
その条件下とは「別れた女との再会」――すなわち、今。
ふたりを淡い光が包む。
元同僚は彼女に何かを訴え、彼女は涙を見せる。
光の中、江良井はふたりの姿が少しずつ若返ってきていることに気がついた。
元同僚は彼女に何かを訴え、彼女は涙を見せる。
光の中、江良井はふたりの姿が少しずつ若返ってきていることに気がついた。
「時間が巻き戻っているのか……?」
何かに気がついた江良井が元同僚の肩に手を置こうとするが、光に阻まれる。
「やめろ、それ以上能力を使うな」
淡く優しい光は全てを阻む。
渾身の力を込めた一撃も、江良井の言葉すらも。
渾身の力を込めた一撃も、江良井の言葉すらも。
ふたりの姿が一年前のものになり、二年前のものとなる。
時間の巻き戻るペースはゆっくりと早くなり、光に包まれたふたりが三年前の姿まで戻るのに時間はかからなかった。妻が失踪し、仕事を辞めた三年前。
時間の巻き戻るペースはゆっくりと早くなり、光に包まれたふたりが三年前の姿まで戻るのに時間はかからなかった。妻が失踪し、仕事を辞めた三年前。
「装備、メタルキングの剣」
己の都市伝説を拡大解釈し、白銀に輝く巨大な剣を召喚する。
ゲーム中で最高の攻撃力を誇る剣を上段にかまえ、元同僚めがけ真っ直ぐに振り下ろす。
都市伝説には都市伝説を。
一縷の望みを託した一撃すらも光によって阻まれる。
その間にも巻き戻りは進む。
ゲーム中で最高の攻撃力を誇る剣を上段にかまえ、元同僚めがけ真っ直ぐに振り下ろす。
都市伝説には都市伝説を。
一縷の望みを託した一撃すらも光によって阻まれる。
その間にも巻き戻りは進む。
――と、突如彼女の体がぶれた。
彼女の体を無数の手が掴んで離さない。
彼女の体を無数の手が掴んで離さない。
「まさか……飲み込まれた直前に戻ろうとしているのか?」
江良井の考えは正しかった。
時間の巻き戻しとはやり直しを意味する。
『白い手』に飲み込まれた彼女はすでに都市伝説と成っていた。
元同僚が巻き戻したのは人間時代の彼女ではなく、都市伝説と化した彼女。
今まさに彼女はまた新たに飲み込まれようとしているのだ。
今度は、元同僚すらをも巻き込んで。
時間の巻き戻しとはやり直しを意味する。
『白い手』に飲み込まれた彼女はすでに都市伝説と成っていた。
元同僚が巻き戻したのは人間時代の彼女ではなく、都市伝説と化した彼女。
今まさに彼女はまた新たに飲み込まれようとしているのだ。
今度は、元同僚すらをも巻き込んで。
『離れろ、離れろ! 離せ! 離せええええええええええええ!!』
彼女と自分とにまとわりつく手を剥がすが、剥がす先から別の手が新たに掴みかかる。
飲み込まれた彼女が抑制していた頃とは違い、手はただそこにあるものを引きずり込むだけだ。
飲み込まれた彼女が抑制していた頃とは違い、手はただそこにあるものを引きずり込むだけだ。
「――ニフラム」
ゲームでの説明をするならば、ニフラムとは敵一グループを光の彼方へと消し去る呪文である。主にアンデッド戦で良く使用される。
今、江良井が唱えたのは半透明の『白い手』を霊的なものと見做したからであり、その判断は正しい。
だが、ふたりを包むのは『白い手』とは別の都市伝説。
メタルキングの剣の一撃すら無効にした都市伝説に無意味な行為だと、江良井はわかっていたのかもしれない。
かくして、しっかりと掴んだ『白い手』は淡い光の中、ふたりを引きずり込む。
海の底――幽冥へと。
今、江良井が唱えたのは半透明の『白い手』を霊的なものと見做したからであり、その判断は正しい。
だが、ふたりを包むのは『白い手』とは別の都市伝説。
メタルキングの剣の一撃すら無効にした都市伝説に無意味な行為だと、江良井はわかっていたのかもしれない。
かくして、しっかりと掴んだ『白い手』は淡い光の中、ふたりを引きずり込む。
海の底――幽冥へと。
「……どうして今になって戻ってきた?」
海から戻り、新婚生活を営んでいた彼女。
突如行方をくらませ、突如夫の前に姿を現した彼女。
本当に彼女は生前の彼女だったのだろうか。
溺死した彼女の心残りに『白い手』が呼応し、顕現したのだとしたら?
突如行方をくらませ、突如夫の前に姿を現した彼女。
本当に彼女は生前の彼女だったのだろうか。
溺死した彼女の心残りに『白い手』が呼応し、顕現したのだとしたら?
淡い光は消え、白く透明な手も消え、ふたりも消えた海辺。
答えるものはいない。
海を見る江良井の表情は心なしか沈んでいた。
答えるものはいない。
海を見る江良井の表情は心なしか沈んでいた。
◆ □ ◆ □ ◆
後日、北区のとある神社でふたりの男女の溺死体が発見された。
男女共に死後数年経過しているようで、身元の調査も難航しているらしい。
わずか十数行でまとめられた新聞記事を見て小さく溜息を吐いた江良井の耳に何かが聞こえた。
それはきっと――潮騒。
男女共に死後数年経過しているようで、身元の調査も難航しているらしい。
わずか十数行でまとめられた新聞記事を見て小さく溜息を吐いた江良井の耳に何かが聞こえた。
それはきっと――潮騒。
了