ゲーム王国編 第一話
【怪始宣言】
【怪始宣言】
別にいつも通りの日常に不満があったわけじゃない。
朝起きてメシを食って学校行って授業を受けて友人と他愛ない話をして帰ってメシ食って風呂に入って寝て。
そりゃまあ、確かに単調な生活だなと思わないこともない。
でも、学生時代に一度は夢見る麻疹のようなものだとは思っていた。盗んだバイクで走りだしたり太宰治に共感を得るようなものだと思っていた。
朝起きてメシを食って学校行って授業を受けて友人と他愛ない話をして帰ってメシ食って風呂に入って寝て。
そりゃまあ、確かに単調な生活だなと思わないこともない。
でも、学生時代に一度は夢見る麻疹のようなものだとは思っていた。盗んだバイクで走りだしたり太宰治に共感を得るようなものだと思っていた。
今までのように平坦で、単調で。
これから先も平坦で、単調で。
これから先も平坦で、単調で。
彼女とか嫁さんとか子供とか孫とか、人並みにできちゃったりしてこの先過ぎていくんだろう。
別に不満とも思わなかったし、それに満足して一生過ぎていくんだろうな――なんてことは当たり前すぎて考えたことや意識したことすらない。
自分の――まだ十六年しか生きてないけど――人生が劇的に変わることなんてない、と思ったことはあるが。
別に不満とも思わなかったし、それに満足して一生過ぎていくんだろうな――なんてことは当たり前すぎて考えたことや意識したことすらない。
自分の――まだ十六年しか生きてないけど――人生が劇的に変わることなんてない、と思ったことはあるが。
――それもこれも今日までは。
「少し、お話をよろしいでしょうか」
こう言って現れたのは黒いスーツを着た男。
当然見覚えはない。
何かのアンケートや道を訊ねるようでもない。
当然見覚えはない。
何かのアンケートや道を訊ねるようでもない。
「失礼ですが、昨年の十二月二十六日の晩、貴方はどこで何をしていたのか教えていただきたいのですがよろしいですか?」
「……そんな前のことなんて憶えてません」
「……そんな前のことなんて憶えてません」
去年。
去年の十二月二十六日。
憶えてないと答えながら、あることを思い出す。
去年の十二月二十六日。
憶えてないと答えながら、あることを思い出す。
「十二月二十六日の午後十一時、この先にある西区の公園で、貴方は殺し合いを目撃した。――違いますか?」
この男は何を見たのかを知っている。
――そう、あれは殺し合いだった。
ふたりの男と、ひとりの少女。
彼らは殴り合っていた。殺し合っていた。
あの日、あの時、あの場所で。
――そう、あれは殺し合いだった。
ふたりの男と、ひとりの少女。
彼らは殴り合っていた。殺し合っていた。
あの日、あの時、あの場所で。
「どうでしょう、お答えいただけませんか?」
怖くなって逃げ出した。
あの日の晩と同じように。
今も。
今も。
助けてくれと願いながら。
何から助けてほしいのかはわからないが、きっと――「今」から。
何から助けてほしいのかはわからないが、きっと――「今」から。
◆ □ ◆ □ ◆
「助け舟ってのはそう都合よく現れるもんじゃない。君もそう思わないか、江良井卓くん」
「知らんな」
「知らんな」
嫌そうな顔を隠そうともせず、中年の男の問いに黒のスーツに身を包んだ男――江良井卓は答えた。
「勿論、僕は都合よく現れたわけじゃない。紹介を兼ねた宣言をしようと思ってね」
背後に向けて中年が合図するとどこに隠れていたのか、四人の男達が現れた。
頭髪のほとんどが白髪の初老と呼んでも差し支えのなさそうな男。
どことなく三枚目の雰囲気があるが、歌舞伎俳優のように整った顔立ちの男。
スポーツ選手のようにがっしりとした体格の眼鏡の男。
片手にスナック菓子の袋を抱えている肥満体の男。
わずかな特徴こそあるものの、誰もがどこにでもいそうな男達である。四人が四人ともただの中年だ。
どことなく三枚目の雰囲気があるが、歌舞伎俳優のように整った顔立ちの男。
スポーツ選手のようにがっしりとした体格の眼鏡の男。
片手にスナック菓子の袋を抱えている肥満体の男。
わずかな特徴こそあるものの、誰もがどこにでもいそうな男達である。四人が四人ともただの中年だ。
「〈禁縛背理《ファントムペイン》〉こと新居忠と申します。得意なゲームは特にありませんが以後お見知りおきを」
「嘉藤千也だ。〈深淵《リリース》〉だそうだがそれはどうでもいい。好きなジャンルはRPGだがそれもどうでもいい。以後よろしく」
「〈地裂奇術師《グラインドサプライズ》〉中元浩志です。アクションを得意としています。どうぞよろしく」
「高城楓。〈静寂刹那《アンノウンサイレンス》〉。育成ゲームこそ至高。よろしく哀愁」
「嘉藤千也だ。〈深淵《リリース》〉だそうだがそれはどうでもいい。好きなジャンルはRPGだがそれもどうでもいい。以後よろしく」
「〈地裂奇術師《グラインドサプライズ》〉中元浩志です。アクションを得意としています。どうぞよろしく」
「高城楓。〈静寂刹那《アンノウンサイレンス》〉。育成ゲームこそ至高。よろしく哀愁」
白髪混じりの男が名乗ったのを始めに、順々に名乗る男達。
そして最後に中年の男が名乗る。
そして最後に中年の男が名乗る。
「それじゃ僕も改めて。――錨野蝶助、人呼んで〈火焔歯車《プラズマジャンキー》〉。得意ジャンルはSTG。これからもよろしく。あ、ちなみに『二つ名メーカー』で検索してもらえば君も素敵な名前をゲットできるよ」
「要らん」
「それは兎も角。もうひとりいるんだけど都合で遅れててね。〈螺旋連撃《スパイラルバスター》〉って名前のギャルゲ好きなんだけどさ」
「要らん」
「それは兎も角。もうひとりいるんだけど都合で遅れててね。〈螺旋連撃《スパイラルバスター》〉って名前のギャルゲ好きなんだけどさ」
どこまでが本気なのか。
どこまでも本気なのだ。
どこまでも本気なのだ。
「ひとり足りないが今のところは僕ら六人が〈ゲーム王国〉造りのメンバーさ。――君が加わってくれれば七人になる」
七人目になれ、との勧誘。
少しでも野心のある人物ならば魅惑的な勧誘であったろう。
しかし、対する言葉は至極単純であり、簡潔なものであった。
少しでも野心のある人物ならば魅惑的な勧誘であったろう。
しかし、対する言葉は至極単純であり、簡潔なものであった。
「断わる」
勧誘者が思わず苦笑いを浮かべるほど簡潔な答え。
落胆した様子がないのはその答えを予想していたからであろう。
落胆した様子がないのはその答えを予想していたからであろう。
「……そうか。もしかしたらと予想していたけど、いわゆる想定の範囲内というやつだけれど、それでもさすがにショックかな」
落胆した様子での呟き。
断った本人はと言うと、迷惑そうに形の整った眉を歪めているばかりだ。
断った本人はと言うと、迷惑そうに形の整った眉を歪めているばかりだ。
「……話は終わりか?」
「ああ、そうそう。紹介は済んだから――宣言だったね」
「ああ、そうそう。紹介は済んだから――宣言だったね」
少しだけ恥ずかしそうに鼻の頭を掻きながら、錨野は宣言する。
「〈ゲーム王国〉編の始まりだ」
今、この瞬間。
たったひとりの学校町の住人に対して。
錨野の宣言を持って、〈ゲーム王国〉を巡る物語が静かに開催された。
たったひとりの学校町の住人に対して。
錨野の宣言を持って、〈ゲーム王国〉を巡る物語が静かに開催された。
◆ □ ◆ □ ◆
逃げる、逃げる、逃げる、逃げる、逃げる、逃げる、逃げる、逃げる、逃げる、逃げる、逃げる。
走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る。
逃げる、走る、逃げる、走る、逃げる、走る、逃げる、走る、逃げる、走る、逃げる、走る、逃げる。
走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る。
逃げる、走る、逃げる、走る、逃げる、走る、逃げる、走る、逃げる、走る、逃げる、走る、逃げる。
右に左に学校町を駆け逃げる。
自分がどこを走っているのかもわからない。
そして違和感を覚える。
自分がどこを走っているのかもわからない。
そして違和感を覚える。
――どうして、誰にも会わないんだ?
これだけ走って走って走りまくっているのにどうして誰とも出会わない?
確かにがむしゃらに走りまくったが、人気のないところを走っているわけじゃない。
どこを走っているのかもわからないが、人と出会わないわけがないだろう。
確かにがむしゃらに走りまくったが、人気のないところを走っているわけじゃない。
どこを走っているのかもわからないが、人と出会わないわけがないだろう。
怖くなり、後ろを振り向く。
いないことに安堵し、前を向くと――いた。
公園で出会った黒スーツの男が。
いないことに安堵し、前を向くと――いた。
公園で出会った黒スーツの男が。
「かの〈怪獣王〉戦で使用した視覚結界の小型版です。――何のことかわからないでしょうが」
懐から……なんだ、あの趣味の悪いオモチャは。……銃、か?
こちらに狙いをつけ、ヤバい、撃たれる!
こちらに狙いをつけ、ヤバい、撃たれる!
「う、うわあああああ!!」
「こっちだ、ガキ!」
「こっちだ、ガキ!」
体を丸めると同時に、誰かの声が聞こえた。
正体もわからぬまま、声に向かって走り出す。
正体もわからぬまま、声に向かって走り出す。
「飛び乗れ!」
声の通り、目の前に走ってきた犬に飛び乗る。
「しっかり掴まってろよ、行くぞ!」
言うや否や、今までに体験したことのないスピードで犬が走り出した。
あまりの風圧で眼を開けていられないほどだ。
あまりの風圧で眼を開けていられないほどだ。
犬が走り出してからどれくらい経っただろう。
五分? 十分? もっと?
スピードが遅くなってきたのでゆっくりと眼を開ける。
そこには――
五分? 十分? もっと?
スピードが遅くなってきたのでゆっくりと眼を開ける。
そこには――
「うわあああああああああああ!」
人の顔をした犬がいた。
「ひひひひひひ人のいいいい犬うううううううううう!」
「耳元で叫ぶな」
「しゃべったああああああああああああああ!」
「落ち着け」
「どわああああああああああああああ!」
「やかましい」
「耳元で叫ぶな」
「しゃべったああああああああああああああ!」
「落ち着け」
「どわああああああああああああああ!」
「やかましい」
ゴン、と頭突きを入れられた。
「それ以上叫んだら殺すぞ、ガキ」
「わ、わわかった」
「見ての通り、俺は『人面犬』だ」
「そ、それって都市伝説じゃ……」
「そうか、てめえは都市伝説初めてか。学校町にいるくせに珍しい奴だな」
「え、あ、ちょ、ど、どういうこと……ですか?」
「この学校町ってところはよ――っと、もう来やがったか」
「わ、わわかった」
「見ての通り、俺は『人面犬』だ」
「そ、それって都市伝説じゃ……」
「そうか、てめえは都市伝説初めてか。学校町にいるくせに珍しい奴だな」
「え、あ、ちょ、ど、どういうこと……ですか?」
「この学校町ってところはよ――っと、もう来やがったか」
『人面犬』の視線の先にはさっきの黒スーツがいた。
あれだけの距離を走ったのに。
あれだけの距離を走ったのに。
「随分と早いお着きだなあ、おい」
「私からは逃れられません」
「それがてめえの能力ってわけかい」
「さあ、どうでしょう」
「私からは逃れられません」
「それがてめえの能力ってわけかい」
「さあ、どうでしょう」
カチャリ、と黒スーツが再びおかしな形の銃を取り出す。
その弾道は精確にこちらを狙っている。
ヤバいヤバいヤバい!
その弾道は精確にこちらを狙っている。
ヤバいヤバいヤバい!
「ガキ、俺と契約しろ」
「こんな時に何を言ってんだよ!」
「こんな時だからこそだ。そうすりゃこの場は逃げられる。さあ、どうする? このままおっ死ぬか、生き延びるか。てめえが決めろ、ガキ」
「こんな時に何を言ってんだよ!」
「こんな時だからこそだ。そうすりゃこの場は逃げられる。さあ、どうする? このままおっ死ぬか、生き延びるか。てめえが決めろ、ガキ」
こんな状況で二択を出されても決まってる。
「するよ、契約する! だからここから逃がしてくれ!」
「――契約、完了だ」
「――契約、完了だ」
どくん――と心臓が高鳴る。
状況は何ひとつ変わってはいないのに、何故か安心感が生まれる。
もう、大丈夫だ。
そんな気分になれる。
状況は何ひとつ変わってはいないのに、何故か安心感が生まれる。
もう、大丈夫だ。
そんな気分になれる。
「悪いな、〈組織〉の黒服野郎。お前の能力が何であれ、もうお前如きじゃ俺には追いつかねえよ――ちゃんと掴まってろよ」
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
言うが早いが、次の瞬間には黒スーツは遥か遠くに見えるほどに走り去っていた。
「契約をしてしまいましたか。『都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者』でしたか……余程この町を戦渦に巻き込みたいと見える」
◆ □ ◆ □ ◆
「この町で一番有名な都市伝説を知っているかい?」
「知るか」
「『都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者』って名前の都市伝説なのさ。僕はこの都市伝説は学校町が契約している都市伝説なんじゃないかと睨んでいるんだが江良井くんはどう思う?」
「どうでもいいことだ」
「そう言うなよ。これは根幹のことなのかもしれないじゃないか。――もしかしたら、僕の目的もその辺にあるのかもしれないよ?」
「俺にはどうでもいいことだ。何度も言ったが、俺は静かに暮らせればそれでいい」
「知るか」
「『都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者』って名前の都市伝説なのさ。僕はこの都市伝説は学校町が契約している都市伝説なんじゃないかと睨んでいるんだが江良井くんはどう思う?」
「どうでもいいことだ」
「そう言うなよ。これは根幹のことなのかもしれないじゃないか。――もしかしたら、僕の目的もその辺にあるのかもしれないよ?」
「俺にはどうでもいいことだ。何度も言ったが、俺は静かに暮らせればそれでいい」
邪魔をするなら容赦はしない――その言葉に錨野は肩を竦める。
「僕達は邪魔しないさ。ただ、それを許してくれるかどうかはこの町次第だね。もしかしたら、今この瞬間にも契約者が生まれているのかもしれない」
「俺には関わりのないことだ」
「だといいけどね。この町の契約者はどこかで必ず繋がっている。君が担当した葬儀の遺族の中にも契約者が居て、繋がりができているのかもしれないよ」
「俺には関わりのないことだ」
「だといいけどね。この町の契約者はどこかで必ず繋がっている。君が担当した葬儀の遺族の中にも契約者が居て、繋がりができているのかもしれないよ」
江良井の答えはない。
思い当たる節があるのか、それともすでに関わっているのか。
思い当たる節があるのか、それともすでに関わっているのか。
「まあいいさ、それじゃ僕達はこれで。僕達は君の敵にはならない。――できれば、君も僕達の敵にならないことを祈るよ」
◆ □ ◆ □ ◆
凄い勢いで黒スーツから離れた頃には落ち着きを取り戻せていた。
都市伝説のこと、契約のことを『人面犬』から説明され、半信半疑ながら理解できた。
都市伝説のこと、契約のことを『人面犬』から説明され、半信半疑ながら理解できた。
「で、大体わかったか?」
「一応は。これから、どうなるん……ですか?」
「タメ口でかまわねえよ。――そうだな、お前はこれから都市伝説と戦うことになるだろうな」
「一応は。これから、どうなるん……ですか?」
「タメ口でかまわねえよ。――そうだな、お前はこれから都市伝説と戦うことになるだろうな」
……はい?
「どういうこと?」
「さっきまでの俺のような野良都市伝説や、契約者持ちの都市伝説、さっきの黒服なんかもそうだな」
「いやいやいやいや、何で?」
「そういう宿命と割り切っとけ。そんな風にできてるんだよ」
「無理。マジ無理。大体契約しただけで何で?」
「安心しろ、契約したことで都市伝説は能力が上がる。拡大解釈ってやつもあるが、それは追々教えておくか」
「さっきまでの俺のような野良都市伝説や、契約者持ちの都市伝説、さっきの黒服なんかもそうだな」
「いやいやいやいや、何で?」
「そういう宿命と割り切っとけ。そんな風にできてるんだよ」
「無理。マジ無理。大体契約しただけで何で?」
「安心しろ、契約したことで都市伝説は能力が上がる。拡大解釈ってやつもあるが、それは追々教えておくか」
その辺はさっきも聞いたことだ。
だけど戦うってどういうこと?
だけど戦うってどういうこと?
「喧嘩なんかしたことないよ?」
「お前と契約したことで俺の力も底上げされたからな。安心しろ、悪いようにはならんさ」
「『人面犬』はいいとして、こっちに戦う力なんてないよ? あ、契約者にも付与される力があるって言ってたけど……」
「ああ、あるぜ」
「お前と契約したことで俺の力も底上げされたからな。安心しろ、悪いようにはならんさ」
「『人面犬』はいいとして、こっちに戦う力なんてないよ? あ、契約者にも付与される力があるって言ってたけど……」
「ああ、あるぜ」
だとしたら、まだ何とかなる……か?
「犬の言葉がわかるようになる」
「戦闘用じゃないよね?」
「鼻が犬並みになる」
「むしろデメリットだろ!」
「生ゴミを食っても腹を壊さない」
「食わねえよ!」
「戦闘用じゃないよね?」
「鼻が犬並みになる」
「むしろデメリットだろ!」
「生ゴミを食っても腹を壊さない」
「食わねえよ!」
どうなるんだ、これから……。
続