叫び声が聞こえてきた路地から、中学校の制服姿の少年が転がるように飛び出してきました。
「うわ!」
「痛って!」
危うくぶつかりそうになり、すんでの所で身をかわすと、
少年はバランスを崩して小脇に抱えていた子供ごと倒れ込みました。
「わりぃ!」
少年の足元には、絹を思わせる質感の細い紐が絡まっていて、
懸命に解こうとしてはいますが、なかなか上手くいかない様子。
「大丈夫・・・・・・やっ!?」
一瞬の出来事でした。
手伝おうとして手を伸ばしかけたノイちゃんの身体に全く同じ紐が巻き付き、
あっという間に二人とも路地の奥へと引きずり込まれて行き…
「ノイちゃん!?」
あわてて後を追って路地に入った所を、迂闊なことに俺までがこの紐に捕らわれてしまいました。
『あれ?ガキが増えてるぜ』
『都市伝説の気配が増えたわね。契約者?』
『…・・・・・・』
複数の声。ドイツ語。声のした方を振り向くと、黒いスーツの白人の少年。
こいつが紐の操り主で、もう一人やはり黒スーツの、こちらは若い女。
「やめろ!そいつらは関係な…!」
少年の声が途切れると同時に、全身が締め上げられ、思わず呻き声が漏れました。
「ノ・・・イ・・・ちゃん!」
ノイちゃんが。
俺でさえ息もできない程なのに、ノイちゃんの小さな身体ではとうてい耐えられないに違いない。
紐を切ることも解くことも出来ないまま這いずっていくと、彼女の喉に忌々しい紐が絡みついていて。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
耳障りな女の高笑いが響いている。くそっ。
せめて声が出せれば。助けを呼ぶか、都市伝説を使えれば。
『流石は噂に名高い『学校町』ね。野良都市伝説やら子供の契約者がゴロゴロしてるなんて』
『ははははは!どんなにもがいたって『グレイプニル』を千切る事なんて出来ないさ!せいぜい』
少年の声が唐突に途切れ、俺たちを拘束していた紐が光となって消えていきました。
「うわ!」
「痛って!」
危うくぶつかりそうになり、すんでの所で身をかわすと、
少年はバランスを崩して小脇に抱えていた子供ごと倒れ込みました。
「わりぃ!」
少年の足元には、絹を思わせる質感の細い紐が絡まっていて、
懸命に解こうとしてはいますが、なかなか上手くいかない様子。
「大丈夫・・・・・・やっ!?」
一瞬の出来事でした。
手伝おうとして手を伸ばしかけたノイちゃんの身体に全く同じ紐が巻き付き、
あっという間に二人とも路地の奥へと引きずり込まれて行き…
「ノイちゃん!?」
あわてて後を追って路地に入った所を、迂闊なことに俺までがこの紐に捕らわれてしまいました。
『あれ?ガキが増えてるぜ』
『都市伝説の気配が増えたわね。契約者?』
『…・・・・・・』
複数の声。ドイツ語。声のした方を振り向くと、黒いスーツの白人の少年。
こいつが紐の操り主で、もう一人やはり黒スーツの、こちらは若い女。
「やめろ!そいつらは関係な…!」
少年の声が途切れると同時に、全身が締め上げられ、思わず呻き声が漏れました。
「ノ・・・イ・・・ちゃん!」
ノイちゃんが。
俺でさえ息もできない程なのに、ノイちゃんの小さな身体ではとうてい耐えられないに違いない。
紐を切ることも解くことも出来ないまま這いずっていくと、彼女の喉に忌々しい紐が絡みついていて。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
耳障りな女の高笑いが響いている。くそっ。
せめて声が出せれば。助けを呼ぶか、都市伝説を使えれば。
『流石は噂に名高い『学校町』ね。野良都市伝説やら子供の契約者がゴロゴロしてるなんて』
『ははははは!どんなにもがいたって『グレイプニル』を千切る事なんて出来ないさ!せいぜい』
少年の声が唐突に途切れ、俺たちを拘束していた紐が光となって消えていきました。
急いでノイちゃんを抱き起こすと、しばらくせき込んでいましたが、やがて呼吸が落ち着くと、俺にすがるように抱きついてきました。
俺のシャツの袖を握る指が、わずかに震えていて。
「やな・・・ぎ」
「大丈夫。もう・・・」
「しにがみ・・・が・・・」
はっとして黒服の少年がいた方をみると、彼はうつ伏せに倒れたまま微動だにしませんでした。
そしてその傍らに新たな影が。
大きな鎌を携え、黒いぼろけたローブから覗く、その顔は髑髏。
俺のシャツの袖を握る指が、わずかに震えていて。
「やな・・・ぎ」
「大丈夫。もう・・・」
「しにがみ・・・が・・・」
はっとして黒服の少年がいた方をみると、彼はうつ伏せに倒れたまま微動だにしませんでした。
そしてその傍らに新たな影が。
大きな鎌を携え、黒いぼろけたローブから覗く、その顔は髑髏。
所謂死神と呼ばれる存在
いわく、アヌビスであり、タナトスであり、ヘルであり、イザナミであり
いわく、アヌビスであり、タナトスであり、ヘルであり、イザナミであり
グリム・リーパー
〈無慈悲な収穫者〉と呼ばれるそれは、本来は名すら持たなかった死の擬人化。
既に黒服の少年は、その命を〈彼〉の大鎌によって刈り取られてしまった事でしょう。自業自得ではありますが。
「やなぎ・・・」
しがみ付くノイちゃんが震えているのは、死神が恐ろしいのではなく
『そう・・・契約者はその娘なの』
自ら人を殺めてしまう事に対する恐れ。
俺は女に向けて、なんてことのないように、死の宣告を紡ぎます。
『なあ、知ってるか?』
女は怪訝そうな表情で、俺を見て。
『しゃっくりが100回続くと死ぬんだってな』
途端、女の喉からひくっひくっと不自然な音が漏れ、驚愕に見開かれた瞳が俺に向きました。
『日本ローカルの都市伝説だから知らなかったか?
ともかく、100回より前に止めないと死ぬぞ。止まれば助かるから、せいぜい頑張ってくれよ』
女は忌々しげに舌打ちをして、俺たちに背を向けて消えていきました。
既に黒服の少年は、その命を〈彼〉の大鎌によって刈り取られてしまった事でしょう。自業自得ではありますが。
「やなぎ・・・」
しがみ付くノイちゃんが震えているのは、死神が恐ろしいのではなく
『そう・・・契約者はその娘なの』
自ら人を殺めてしまう事に対する恐れ。
俺は女に向けて、なんてことのないように、死の宣告を紡ぎます。
『なあ、知ってるか?』
女は怪訝そうな表情で、俺を見て。
『しゃっくりが100回続くと死ぬんだってな』
途端、女の喉からひくっひくっと不自然な音が漏れ、驚愕に見開かれた瞳が俺に向きました。
『日本ローカルの都市伝説だから知らなかったか?
ともかく、100回より前に止めないと死ぬぞ。止まれば助かるから、せいぜい頑張ってくれよ』
女は忌々しげに舌打ちをして、俺たちに背を向けて消えていきました。
「・・・もうやめて」
ノイちゃんの普段とは違う、低く抑えられた声。
彼女の方を見ると、死神が鎌を振り上げています。
これが振り下ろされた時、再び命が刈り取られる。でも、もうここには。
「もう敵はいないの。誰も殺さないで」
彼は沈黙を保ったまま。
振り上げられた鎌が、わずかに身じろぎするように揺れました。
「やめてっ!!」
ノイちゃんが叫ぶと、死神はしばらくの間、俺たち全員を交互に見つめていましたが、やがてその姿は消えました。
「ノイちゃん、もう大丈夫。よく頑張ったね」
こくこくと頷くノイちゃんの背後に、事の発端となった中学生が近づきました。
「えーっと、俺のせいで、すんません」
話を聞いてみると、先程の黒服達には全く心当たりはないとの事。
「無抵抗のこいつに乱暴してたんで、抱えて逃げようとしたんすよ」
よく見ると、彼が小脇に抱えていた子供は、人間の赤ん坊程度の大きさの人形。
キャベツ畑人形と名乗ったその人形は、30年ほど前のアメリカ発のただの玩具だったそうですが、やれ出生証明書つきで同じ子はこの世に2人とないとか、人間の子供のようにかわいがってやらないとならないという設定が一人歩きしすぎて、いつの間にか都市伝説になってしまったとか。
ともかく彼にも心当たりはないそうで、奴らが何者で、なぜ襲われたのかは迷宮入りになりそうです。
「ノイちゃん、とにかくいったん家に」
帰ろう、と立とうとした所で、右足首に激痛が走りました。
「~~~!!」
「柳、大丈夫!?」
どうやら挫いてしまったようで、ノイちゃんが必死に肩を貸してくれようとしますが…
「・・・う~、重い~」
ぺたんと地面に座り込んでしまいました。
「俺でよければ、家まで肩貸します」
田中 カナタと名乗った中学生くんが送ってくれることになり・・・
「なあチビ、お前俺のこと覚えてるか」
「カナタの事?・・・・・・!!思い出した!」
ノイちゃんは頭から湯気を立てんばかりの勢いで、先日の無断外出の際に絵が下手だと笑われた事を話してくれました。
失礼な。ノイちゃんの絵は芸術です。極くんだって
「まあ写実主義だけが美術ではないですからね。キュビズムとかシュルレアリスムとかの類だと思えば」
と誉めていたぐらいなんですから。
「ノイ・リリス!」
急ぎ足で近寄ってきたのはムーンストラックでした。
よほど走り回ったのか、この季節に赤毛の先から汗の滴をしたたらせています。
ノイちゃんの普段とは違う、低く抑えられた声。
彼女の方を見ると、死神が鎌を振り上げています。
これが振り下ろされた時、再び命が刈り取られる。でも、もうここには。
「もう敵はいないの。誰も殺さないで」
彼は沈黙を保ったまま。
振り上げられた鎌が、わずかに身じろぎするように揺れました。
「やめてっ!!」
ノイちゃんが叫ぶと、死神はしばらくの間、俺たち全員を交互に見つめていましたが、やがてその姿は消えました。
「ノイちゃん、もう大丈夫。よく頑張ったね」
こくこくと頷くノイちゃんの背後に、事の発端となった中学生が近づきました。
「えーっと、俺のせいで、すんません」
話を聞いてみると、先程の黒服達には全く心当たりはないとの事。
「無抵抗のこいつに乱暴してたんで、抱えて逃げようとしたんすよ」
よく見ると、彼が小脇に抱えていた子供は、人間の赤ん坊程度の大きさの人形。
キャベツ畑人形と名乗ったその人形は、30年ほど前のアメリカ発のただの玩具だったそうですが、やれ出生証明書つきで同じ子はこの世に2人とないとか、人間の子供のようにかわいがってやらないとならないという設定が一人歩きしすぎて、いつの間にか都市伝説になってしまったとか。
ともかく彼にも心当たりはないそうで、奴らが何者で、なぜ襲われたのかは迷宮入りになりそうです。
「ノイちゃん、とにかくいったん家に」
帰ろう、と立とうとした所で、右足首に激痛が走りました。
「~~~!!」
「柳、大丈夫!?」
どうやら挫いてしまったようで、ノイちゃんが必死に肩を貸してくれようとしますが…
「・・・う~、重い~」
ぺたんと地面に座り込んでしまいました。
「俺でよければ、家まで肩貸します」
田中 カナタと名乗った中学生くんが送ってくれることになり・・・
「なあチビ、お前俺のこと覚えてるか」
「カナタの事?・・・・・・!!思い出した!」
ノイちゃんは頭から湯気を立てんばかりの勢いで、先日の無断外出の際に絵が下手だと笑われた事を話してくれました。
失礼な。ノイちゃんの絵は芸術です。極くんだって
「まあ写実主義だけが美術ではないですからね。キュビズムとかシュルレアリスムとかの類だと思えば」
と誉めていたぐらいなんですから。
「ノイ・リリス!」
急ぎ足で近寄ってきたのはムーンストラックでした。
よほど走り回ったのか、この季節に赤毛の先から汗の滴をしたたらせています。
彼はノイちゃんの頭にぽんと手を置くと
「・・・心配したんだぞ」
いつもの叱り飛ばすような調子でないという事が、彼がどれだけ心配していたかを伺わせて。
「・・・ごめんなさい」
彼が何を心配していたか、本当はノイちゃんにもわかっています。
死神の発動に気付いている筈だと。
四年前、八歳だったノイちゃんは、死神を暴走させ、飲まれかけている。
それは彼女の精神コントロールの問題なのだそうで、
彼女が死神を契約者として受け入れ、〈彼〉を服従させるだけの強さを持つまで、飲まれないよう守るため。
その小さな手を血に染めないため。
そのためには、外に出られない、というより不用意に他人と接触できない、今の境遇も。
今は淋しがり、不満に思っていても、いずれは分かってくれる。そう彼はかつて俺に言いました。
そして、ノイちゃんがそんな自分を歯がゆく感じ、もっと強くなりたいと、前だけをしっかり見ていることも、もちろん俺は知っています。
「・・・心配したんだぞ」
いつもの叱り飛ばすような調子でないという事が、彼がどれだけ心配していたかを伺わせて。
「・・・ごめんなさい」
彼が何を心配していたか、本当はノイちゃんにもわかっています。
死神の発動に気付いている筈だと。
四年前、八歳だったノイちゃんは、死神を暴走させ、飲まれかけている。
それは彼女の精神コントロールの問題なのだそうで、
彼女が死神を契約者として受け入れ、〈彼〉を服従させるだけの強さを持つまで、飲まれないよう守るため。
その小さな手を血に染めないため。
そのためには、外に出られない、というより不用意に他人と接触できない、今の境遇も。
今は淋しがり、不満に思っていても、いずれは分かってくれる。そう彼はかつて俺に言いました。
そして、ノイちゃんがそんな自分を歯がゆく感じ、もっと強くなりたいと、前だけをしっかり見ていることも、もちろん俺は知っています。
「でもムーンストラック、あたし、今日、がんばったよ」
ノイちゃんは少し嬉しそうでした。
「死神があたしを乗っ取ろうとするのは、もちろん恐いよ。
でも、彼方とお人形からお礼を言われたとき、あたし、うれしかった」
人を殺したいとは思わないけど。と付け加えた後、うまく言えないと言って頭を抱えてしまいます。
ムーンストラックは少し目を細めて
「そうか」
とだけ言うと、再びノイちゃんの頭に軽く手を置きました。
やがて新田家が見えてきたところで、カナタくんはじゃーまたな、と帰って行きました。
ノイちゃんは何か考えるところがあったのか、いろいろ本やビデオを見ながら
ムーンストラックに何かを教わっていた様子。ちなみに俺は
「ヒミツ!」
と残念ながら閉め出されてしまったため、リジーさんの手伝いで家事に勤しみました。
ノイちゃんは少し嬉しそうでした。
「死神があたしを乗っ取ろうとするのは、もちろん恐いよ。
でも、彼方とお人形からお礼を言われたとき、あたし、うれしかった」
人を殺したいとは思わないけど。と付け加えた後、うまく言えないと言って頭を抱えてしまいます。
ムーンストラックは少し目を細めて
「そうか」
とだけ言うと、再びノイちゃんの頭に軽く手を置きました。
やがて新田家が見えてきたところで、カナタくんはじゃーまたな、と帰って行きました。
ノイちゃんは何か考えるところがあったのか、いろいろ本やビデオを見ながら
ムーンストラックに何かを教わっていた様子。ちなみに俺は
「ヒミツ!」
と残念ながら閉め出されてしまったため、リジーさんの手伝いで家事に勤しみました。
その晩、俺は一人で眠る事が出来ませんでした。
夜中に足音を忍ばせてノイちゃんの布団に潜り込み、小さな身体を抱きすくめると、俺よりほんの少しだけ、体温が高くて。
「ね、ノイちゃん」
「なに?やなぎ」
「俺に、キスしてくれる?」
「うん」
「・・・ノイちゃん。俺のこと、愛してる?」
「・・・うん。いちばん、あいしてる」
夜中に足音を忍ばせてノイちゃんの布団に潜り込み、小さな身体を抱きすくめると、俺よりほんの少しだけ、体温が高くて。
「ね、ノイちゃん」
「なに?やなぎ」
「俺に、キスしてくれる?」
「うん」
「・・・ノイちゃん。俺のこと、愛してる?」
「・・・うん。いちばん、あいしてる」
永遠にも思えたこの夜、世界に忍び寄る破滅の足音には、俺は気付いていませんでした。