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単発 - 海を行く猫

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kemono

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海を行く猫


 キィ、キィ。
 月明かりに照らされた夜の海に、櫓をこぐ音が小さく響く。

 キィ、キィ。
 その小さな木造船には櫓をこぐ男のほかに、小さなランタンと数本の柄杓が積まれていた。

「にゃー」

 そして男のひざの上には、かわいらしい三毛猫が鎮座していた。
 男は櫓をこぐ手を休めて猫に手を伸ばし、首元をくしくしと撫でてやる。
 気持ちよさそうに目を細め、ごろごろとのどを鳴らして喜びを表す猫。
 男は再び櫓を構え、夜の海に船を滑らす。

 キィ、キ……。
 男の手が止まる。
 男はひざの上の猫を撫でながら、辺りを見渡して「何か」を待つ。
 そして猫を撫でること数分。

「……柄杓をくれぇー」

 待っていたもの、「船幽霊」が姿を現した。
 男はその声に従い足元の柄杓を拾い上げ、無造作に海へと投げ入れた。
 しばしの沈黙の後、海面から柄杓を持った無数の手が現れ、その柄杓で海水を船に汲みいれようとする。
 が、当然のことながら柄杓の底はあらかじめ抜いており、汲めども汲めども海水が船を満たすことはない。

「さぁミケさん、悪者退治の時間だよ。こいつらをやっつけよう!」

 しぃん…………。

 返事はない。
 男がひざの上に視線を落とすと、そこにはくぅくぅと気持ちよさそうな寝息を立てる三毛猫の姿があった。

「ミケさああああああああああん!?寝てないで起きてえええええええ!!ほら、悪いやつらがいっぱい痛い痛い痛いいいいいいい!?」

 ミケさんと呼ばれた猫は「うるさい」と言わんばかりに尻尾をぶんぶん振り回しながら、男のふとももに爪をつき立てていた。
 男は痛みに涙目になりながら、猫を抱きかかえて顔を正面から見据える。

「ねぇミケさん、僕たちは君の飼い主に言われてこいつらを倒しに来たんだよ?こいつらを倒せるのはミケさんだけなんだよ。だから、協力してほしいな……って」

 やる気がなさそうにだらーんと垂れ下がった猫は、これまたやる気がなさそうに「にゃー」と鳴いた。
 それを肯定と受け取った男は猫を降ろし、こほん、と一息ついて息を吸う。

「さぁミケさん、改めて悪者退治のじかn……」

 言い終わる前に猫は駆け出し、船に水を汲み入れようと伸ばされた柄杓に猫パンチを放った。
 柄杓は船幽霊の手からはじき落とされ、船幽霊はその柄杓を追って海の中へと潜っていった。

「……僕は泣いてない、これは海水がはねただけさ」

 船の上では猫が次々と柄杓に猫パンチを見舞い、ことごとくを撃退している。
 その縦横無尽に飛び回る猫を眺めながら、男はそっと目の下をぬぐった。


    ・
    ・
    ・


 猫と船幽霊の戦いが始まってから15分ほどが経過した。
 猫は疲れる様子も見せず、船に伸びる柄杓をひたすらに海へと叩き落している。
 対する船幽霊も、負けじと柄杓を船へと差し向ける。

 ふと、男は違和感に気づく。
 最初はただ不規則に柄杓で海水を汲みいれていた船幽霊だったが、今の動きはそれとは違う。
 船首と船尾の両方から同時に現れたり、右舷の柄杓に猫が気を取られてる隙に左舷から複数の柄杓が現れたりと、動きが工夫されてきている。
 そして船幽霊がそれを成功させたときには、ハイタッチよろしく柄杓を打ち合わせている。
 猫はそれを見てフンッフンッっと鼻を鳴らしながら、次の柄杓が来るのを目を輝かせて待っている。

 それは退治するものとされるものというより、狸と狐の化かし合いのように見え……男は思わず声を上げた。

「これお互いに楽しんでない!?もしかしてミケさんも船幽霊もただじゃれあってるだけじゃないのこれ!」

 男の声に応えるように船首から船幽霊の腕が現れ、ビシッとサムズアップを決める。どうやら正解のようだ。
 男は顔に手を当てて天を仰ぐ。指の隙間からのぞく月と星がきれいだ。
 そんな男の思いなど関係なしに、猫と船幽霊のじゃれあいはいっそうヒートアップしてるように見える。
 男はため息を吐くと、ビシッと正面を指差して告げる。

「ミケさん!帰ったらシーバでもカルカンでもモンプチでも何でもご馳走してあげるから、さっさとこいつらやっつけちゃって!」

 猫はその声に振り返ると短く「ニャッ」と鳴き、船首へと駆ける。
 そして姿勢を正すと小さく息を吸い、海へ向けて口を開く。


「ニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…………」


 『海難防止の守り神』であるオスの三毛猫の『魔よけの鳴き声』が辺りに響く。
 それと同時に船幽霊たちが硬直したかと思うと、次の瞬間には光の粒となって空中に消えていった。
 あとに残ったのは海に浮かぶ柄杓と、目を輝かせて男に駆け寄る三毛猫だけだった。

「……現金なやつ」

 男は足元に擦り寄る猫を撫で、うなだれながら二度目のため息を吐いた。


    ・
    ・
    ・


 キィ、キィ。
 月明かりに照らされた夜の海に、櫓をこぐ音が小さく響く。

 キィ、キィ。
 男のひざの上では遊びつかれた三毛猫が静かな寝息を立てている。
 それを見下ろし、男は三度ため息を吐いた。

「まったく、何が「うちのミケはかわいい上に頭がいい」だよ。そりゃかわいいのは認めるけれど、人のいうこと聞かないし、すぐ爪立てるし、肝心なときに寝てるし、挙句の果てには勝手に遊び呆けるし……。」

 と、男のひざで寝ていた猫がむくりと起き上がり、恨めしそうな目で男を見上げる。

「……あ、起こしちゃった?ごめんねミケさんって痛ったああああああああああ!?ごめんなさいごめんなさいもう悪口言わないから離してええええええええ!!」

 ふとももに強烈な牙を突き立てられた男の叫びが、夜の海にこだました。


【終】




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