「・・・・・・!」
声も出せずにノイはその場に倒れ込んだ。
見る見るうちに赤い水溜まりが広がり、額には脂汗が伝っている。
「あ、あ・・・」
やはり言葉も出ない極の脇をすり抜けて、黒いスーツの女がふたり、姿を現した。
「この子供で間違いないのね?」
明るいブラウンに染めた髪を隙なく纏めた、日本人の女。
彼女の名は赤坂千草。「組織」過激派に属するA-No.99である事は、無論極は知る由もない。
問われたもう一人の黒服姿の白人の女は肯き、憎々しげにノイを爪先で転がすように蹴飛ばすのを千草が片手を上げて制した。
「なっ・・・!」
女の所業の酷さに、極は青ざめて歩み寄りかけた。
「動かないで頂戴」
千草の光線銃の銃口が極に向けられる。
「やめ・・・イタル、に・・・乱暴、しないで・・・」
ノイのか細い声とともに手が僅かに上がりかけるが、果たせずにぱたりと地面に落ちた。
「まさかあの数のジャガー共を片づけてくれるとはね。手間が省けて結構だわ」
淡々とした態度の千草とは対照的に、白人の女の方はどこか得意気だ。
「久しぶりね、チビ。この間の借りを返してやるわよ」
「こ、ないだ。カナタと・・・にんぎょう、いじめ、てた・・・おばさ・・・」
さっと女の顔色が変わる。見る間に、等という生易しいものではなかった。
「お・・・おばさんですって!?」
瞬間湯沸かし器さながらに激昂した女は倒れたままのノイを蹴りつけ踏みにじった。
ノイはもはや指先一本も動かすことが出来ずにただ女の為すがままになっている。
それ程までに怒るところだとは理解も共感も出来なかったのは、極が少年である故の事だろう。
「貴女もそこを退きなさい。これより排除を開始するわ」
止めなくては。
今まで眼前で見た事もない蛮行に真っ白に染まりかける思考を、震える体を叱咤したその時
「貴方は、この子の関係者かしら?」
油断なく銃を構えたままの千草に問われ、極は息を呑んだ。
声も出せずにノイはその場に倒れ込んだ。
見る見るうちに赤い水溜まりが広がり、額には脂汗が伝っている。
「あ、あ・・・」
やはり言葉も出ない極の脇をすり抜けて、黒いスーツの女がふたり、姿を現した。
「この子供で間違いないのね?」
明るいブラウンに染めた髪を隙なく纏めた、日本人の女。
彼女の名は赤坂千草。「組織」過激派に属するA-No.99である事は、無論極は知る由もない。
問われたもう一人の黒服姿の白人の女は肯き、憎々しげにノイを爪先で転がすように蹴飛ばすのを千草が片手を上げて制した。
「なっ・・・!」
女の所業の酷さに、極は青ざめて歩み寄りかけた。
「動かないで頂戴」
千草の光線銃の銃口が極に向けられる。
「やめ・・・イタル、に・・・乱暴、しないで・・・」
ノイのか細い声とともに手が僅かに上がりかけるが、果たせずにぱたりと地面に落ちた。
「まさかあの数のジャガー共を片づけてくれるとはね。手間が省けて結構だわ」
淡々とした態度の千草とは対照的に、白人の女の方はどこか得意気だ。
「久しぶりね、チビ。この間の借りを返してやるわよ」
「こ、ないだ。カナタと・・・にんぎょう、いじめ、てた・・・おばさ・・・」
さっと女の顔色が変わる。見る間に、等という生易しいものではなかった。
「お・・・おばさんですって!?」
瞬間湯沸かし器さながらに激昂した女は倒れたままのノイを蹴りつけ踏みにじった。
ノイはもはや指先一本も動かすことが出来ずにただ女の為すがままになっている。
それ程までに怒るところだとは理解も共感も出来なかったのは、極が少年である故の事だろう。
「貴女もそこを退きなさい。これより排除を開始するわ」
止めなくては。
今まで眼前で見た事もない蛮行に真っ白に染まりかける思考を、震える体を叱咤したその時
「貴方は、この子の関係者かしら?」
油断なく銃を構えたままの千草に問われ、極は息を呑んだ。
さっきこの女は、何の躊躇いもなくノイを撃った。そういう人間なのだ。答が拙ければ自分もノイも殺されるだろうか。
いや、それ以前に―
『なにが妹だ!』
ほんの少し前に、ノイにぶつけた言葉を思い出す。
自分たち母子を棄てた男の、母から夫を奪った女の子ども。
(もし、今の僕の一言が、ノイの命を握っているなら)
母は何と言う事を望むだろうか?
母が憎んでも憎み切れなかった「あの女」の子。
(ああ、でも)
紛れもなく、自分と血を分けている事は真実で・・・それに。
危険を冒してまで僕の命を護り抜き、自らの都市伝説をすら向こうに回そうとした。
そんな彼女を、今まさに命を奪うつもりが明白の連中に売るのか?
女性としての母の敵は討てても、そのような息子に育ったことを、母はかえって悲しむかも知れない。
「その、その子は」
言わなければ。
命だけは助けてくれと。
千草と女の視線が極に向いた瞬間を狙い澄ましたかのように。
もう一つの黒い影が女を跳ね飛ばして倒れたままのノイの前に立ち、千草に正対した。
いや、それ以前に―
『なにが妹だ!』
ほんの少し前に、ノイにぶつけた言葉を思い出す。
自分たち母子を棄てた男の、母から夫を奪った女の子ども。
(もし、今の僕の一言が、ノイの命を握っているなら)
母は何と言う事を望むだろうか?
母が憎んでも憎み切れなかった「あの女」の子。
(ああ、でも)
紛れもなく、自分と血を分けている事は真実で・・・それに。
危険を冒してまで僕の命を護り抜き、自らの都市伝説をすら向こうに回そうとした。
そんな彼女を、今まさに命を奪うつもりが明白の連中に売るのか?
女性としての母の敵は討てても、そのような息子に育ったことを、母はかえって悲しむかも知れない。
「その、その子は」
言わなければ。
命だけは助けてくれと。
千草と女の視線が極に向いた瞬間を狙い澄ましたかのように。
もう一つの黒い影が女を跳ね飛ばして倒れたままのノイの前に立ち、千草に正対した。
「о(オウ)-No.99のご命令により、現時点をもってこの契約者の身柄は、о-Noの管理下に入ります」
ショートカットの黒髪を僅かに揺らせて、少女は刀を正眼に構える。
「そう・・・あの男も動いていたの」
о(オウ)-No.99。通称「ウラシマ」
まさかあの男がこちらの動きを読んでいたとは。
通信を傍受していたか、こちらの様子が即座に掴めるような能力者を配置していたか。
どちらにしても食えない男だが、この娘は違う。自分の一睨みで震え上がり尻尾を巻く。そういう風に育てたのだ。
「何も見なかったという事にして立ち去りなさい。今すぐ」
「拒否します」
少女の瞳には、若干の怯えこそあるものの、迷いも揺らぎもない。
「そう・・・ではここで揃って死になさい」
千草の威圧的な眼光が更に鋭くなり、周囲に薄い靄が掛かりはじめる。
「・・・!」
「・・・ぐっ!ごほっ、ごほ」
紫が口元に当てた白いハンカチが見る間に変色し、靄を無防備なままに吸い込んだ極は咳が止まらない。
気道が、肺が焼けるように熱い。
千草がかつて契約し、彼女を飲み込んだ都市伝説「コミケ雲」
夏と冬に行われる某オタク的な祭典では、屋内の会場ですら参加者の汗と熱気で雲が発生し
酸味のする雨すら降るという。
千草はその都市伝説を能力として使う。彼女の作り出す雲や雨は全て、人体には有害なものなのだ。
一瞬動きの鈍った紫に白人の女が光線銃を放ち、紙一重で避け切れなかった光が彼女の太股を抉った
「くふふっ・・・いい気味・・・ね・・・!?」
一瞬快哉を叫びかけた女の瞳が驚愕に見開かれる。
光線が抉った紫の太股の傷は、それこそ見る間に肉が盛り上がり、数秒と掛からずに全て回復した。
「わたしに、物理的なダメージは、無意味です」
紫の契約している都市伝説「視肉」
美味な上に切り取る傍から再生する無限の食肉。
紫はその再生能力を自らの身体に応用し、ほぼ無限に近い回復力を得ていた。
「チグサ・・・あんたの娘が、こんな化け物だなんて聞いてないわよ」
「・・・だからこそ、手を噛むことの無いように、恐怖でもって躾けてきたのだけれど」
失敗だったみたいねと片頬だけを歪ませて笑うと、周囲の靄が更に濃くなった。
「組織の損傷は回復できても、酸欠はどうにもならないわね?」
「ちょっと、私まで巻き込むつもり!?」
私は撤退するから、チビの死体を必ず見せてよねと言い残し女は駆け去って行くが、
千草と対峙し、しかも酸欠になりかかっている紫には追う余力がない。
「くっ」
手足が痺れて立っているのも辛い。でも刀を落とすわけにもいかない。
地面に倒れて弱々しく咳込む極をちらと見つめた。
(人を、巻き込んじゃってる・・・どこか、移動、しないと)
でもどうすればと天を仰ぐと上空には真っ黒い雲が湧いていて、にわかに周囲の空気が紫電を帯びる。
「・・・まさか!」
千草の呻きと共に、紫がノイを素早く抱え、千草から距離を取るように飛びすさった。
刹那、耳をつんざくばかりの大音響と、視界を染め上げる雷光が千草の目と耳を封じた。
「ちっ・・・!」
千草は舌打ちし、周囲の気配に神経を尖らせる。
「あんたはその子連れて撤収!」
緋色の声を聞き取ったが、立て続けの雷光と千草を狙って降る大粒の雹に動くこともままならない。
「子供の癖にっ・・・」
千草は思わず歯噛みした。
何時までも自分に怯え、顔色を伺うだけの子供だと思っていたのに
何時の間に自分に刃を向け、やり込めるまでに増長したとは。
「あの男・・・」
「お呼びですか?僕の事」
声のした方を振り向き、漸く僅かに取り戻した視覚を総動員すると
色素の薄い少年を助け起こす黒服の男。
「ウラシマ・・・」
腸は煮えくり返っているものの、千草は表面的には余裕を繕った。
「私の娘たちをどうやって誑かしたものかしらね?」
一方ウラシマも、どこまで嘘か本当か泰然自若たる態度を崩さない。
「嫌ですね、なんだか僕が性犯罪者か何かのような仰りようです」
「せめてその少年だけでも寄越しなさい。例の契約者との関係について尋問します」
極は思わずウラシマを見上げる。黒服の男は少年を安心させるように笑顔を向けた。
「それも此方にお任せ下さい」
恐らく静かに激昂しているだろう千草の周囲に濃い靄が纏い付く。
ウラシマは何処からともなく小さな箱を取り出した。極には、彼は駆けつけて来た時手ぶらだったように思えたのだったが。
「風向きは僕に有利ですよ」
貴女の「コミケ雲」と僕の「玉手箱」この風向きなら、玉手箱の煙の方がそちらに届くのが先でしょうね。
「折角まだまだお若いうちに身体の時間は止まったんです。
あたら無駄に失おうと突っかかるのは感心いたしませんね」
それでは、と折りよく上空より下りてきた小型のヘリに極を乗せ
自らも身軽に飛び乗ると一目散に、という表現に相応しく飛び去っていった。
「三十六計、逃げるに如かず。という訳?何処までもあの男、バカにしてくれて・・・」
「そう・・・あの男も動いていたの」
о(オウ)-No.99。通称「ウラシマ」
まさかあの男がこちらの動きを読んでいたとは。
通信を傍受していたか、こちらの様子が即座に掴めるような能力者を配置していたか。
どちらにしても食えない男だが、この娘は違う。自分の一睨みで震え上がり尻尾を巻く。そういう風に育てたのだ。
「何も見なかったという事にして立ち去りなさい。今すぐ」
「拒否します」
少女の瞳には、若干の怯えこそあるものの、迷いも揺らぎもない。
「そう・・・ではここで揃って死になさい」
千草の威圧的な眼光が更に鋭くなり、周囲に薄い靄が掛かりはじめる。
「・・・!」
「・・・ぐっ!ごほっ、ごほ」
紫が口元に当てた白いハンカチが見る間に変色し、靄を無防備なままに吸い込んだ極は咳が止まらない。
気道が、肺が焼けるように熱い。
千草がかつて契約し、彼女を飲み込んだ都市伝説「コミケ雲」
夏と冬に行われる某オタク的な祭典では、屋内の会場ですら参加者の汗と熱気で雲が発生し
酸味のする雨すら降るという。
千草はその都市伝説を能力として使う。彼女の作り出す雲や雨は全て、人体には有害なものなのだ。
一瞬動きの鈍った紫に白人の女が光線銃を放ち、紙一重で避け切れなかった光が彼女の太股を抉った
「くふふっ・・・いい気味・・・ね・・・!?」
一瞬快哉を叫びかけた女の瞳が驚愕に見開かれる。
光線が抉った紫の太股の傷は、それこそ見る間に肉が盛り上がり、数秒と掛からずに全て回復した。
「わたしに、物理的なダメージは、無意味です」
紫の契約している都市伝説「視肉」
美味な上に切り取る傍から再生する無限の食肉。
紫はその再生能力を自らの身体に応用し、ほぼ無限に近い回復力を得ていた。
「チグサ・・・あんたの娘が、こんな化け物だなんて聞いてないわよ」
「・・・だからこそ、手を噛むことの無いように、恐怖でもって躾けてきたのだけれど」
失敗だったみたいねと片頬だけを歪ませて笑うと、周囲の靄が更に濃くなった。
「組織の損傷は回復できても、酸欠はどうにもならないわね?」
「ちょっと、私まで巻き込むつもり!?」
私は撤退するから、チビの死体を必ず見せてよねと言い残し女は駆け去って行くが、
千草と対峙し、しかも酸欠になりかかっている紫には追う余力がない。
「くっ」
手足が痺れて立っているのも辛い。でも刀を落とすわけにもいかない。
地面に倒れて弱々しく咳込む極をちらと見つめた。
(人を、巻き込んじゃってる・・・どこか、移動、しないと)
でもどうすればと天を仰ぐと上空には真っ黒い雲が湧いていて、にわかに周囲の空気が紫電を帯びる。
「・・・まさか!」
千草の呻きと共に、紫がノイを素早く抱え、千草から距離を取るように飛びすさった。
刹那、耳をつんざくばかりの大音響と、視界を染め上げる雷光が千草の目と耳を封じた。
「ちっ・・・!」
千草は舌打ちし、周囲の気配に神経を尖らせる。
「あんたはその子連れて撤収!」
緋色の声を聞き取ったが、立て続けの雷光と千草を狙って降る大粒の雹に動くこともままならない。
「子供の癖にっ・・・」
千草は思わず歯噛みした。
何時までも自分に怯え、顔色を伺うだけの子供だと思っていたのに
何時の間に自分に刃を向け、やり込めるまでに増長したとは。
「あの男・・・」
「お呼びですか?僕の事」
声のした方を振り向き、漸く僅かに取り戻した視覚を総動員すると
色素の薄い少年を助け起こす黒服の男。
「ウラシマ・・・」
腸は煮えくり返っているものの、千草は表面的には余裕を繕った。
「私の娘たちをどうやって誑かしたものかしらね?」
一方ウラシマも、どこまで嘘か本当か泰然自若たる態度を崩さない。
「嫌ですね、なんだか僕が性犯罪者か何かのような仰りようです」
「せめてその少年だけでも寄越しなさい。例の契約者との関係について尋問します」
極は思わずウラシマを見上げる。黒服の男は少年を安心させるように笑顔を向けた。
「それも此方にお任せ下さい」
恐らく静かに激昂しているだろう千草の周囲に濃い靄が纏い付く。
ウラシマは何処からともなく小さな箱を取り出した。極には、彼は駆けつけて来た時手ぶらだったように思えたのだったが。
「風向きは僕に有利ですよ」
貴女の「コミケ雲」と僕の「玉手箱」この風向きなら、玉手箱の煙の方がそちらに届くのが先でしょうね。
「折角まだまだお若いうちに身体の時間は止まったんです。
あたら無駄に失おうと突っかかるのは感心いたしませんね」
それでは、と折りよく上空より下りてきた小型のヘリに極を乗せ
自らも身軽に飛び乗ると一目散に、という表現に相応しく飛び去っていった。
「三十六計、逃げるに如かず。という訳?何処までもあの男、バカにしてくれて・・・」