「・・・・・・」
沈黙した電話機を、ムーンストラックは苦い表情で見つめていた。
傍らでは、柳が固唾を呑んで彼が何事か言うのを待っている。
「・・・両親の事を思い出したようだ」
「・・・!」
柳も呼吸が止まる。
ノイの両親の死と、それにまつわる彼女の記憶については、彼もムーンストラックから聞いていた。
沈黙した電話機を、ムーンストラックは苦い表情で見つめていた。
傍らでは、柳が固唾を呑んで彼が何事か言うのを待っている。
「・・・両親の事を思い出したようだ」
「・・・!」
柳も呼吸が止まる。
ノイの両親の死と、それにまつわる彼女の記憶については、彼もムーンストラックから聞いていた。
8年前の冬の日。
「みろよ、あの子。月に・・・お前に祈ってるよ」
「俺は“ムーンストラック”だ。“月に住む男”ではない」
そう言うな、お前は居るだけで子供に夢を与えてるぞと
当時の契約者が物陰から見守っていた幼女は、夜空の月に向かって、何事かを祈っていた。
「さいきんね、お父さまとお母さま、けんかばかりしているの。
おねがいお月さま、お父さまとお母さまをなかなおりさせて」
・・・それから程なくして後。
深手を負い、命が尽きるのを待つばかりとなった契約者は言った。
「契約・・・を・・・解除しよう・・・」
一蓮托生で二人とも消滅するより、彼だけでも助けようとした契約者の遺志を汲んでその子の様子を見に行った夜。
冬の夜は早く、一際暗いというのに邸内に明かりはついておらず、子供の泣き声が聞こえた。
「お父さま、お母さま、おきてー」
暖炉の火も消えた部屋で、女の子が泣いていた。
夫婦らしき若い男女は既に事切れていて―
…子供の傍には、襤褸を纏った、骸骨。
その色濃い“死”を思わせる影は、ソレがどのような存在なのかを容易に想起させ、彼は此処で何が起きたのかを悟った。
そして、この場でただ一人、この子だけが無事だった、その意味は。
「何ということだ・・・!」
おそらくこの子には、自分のした事も、両親がどうなったかもわかっていないに違いない。
「おじさんだれ?」
気がつくと、子供は彼の服の裾を掴んでいる。頬には薄黒く涙の跡が残り、目は赤く泣きはらしている。
何時間ほどもこうして過ごしていたのかと思うと、彼は真実を言う気にはなれず、そのまま子供の額に手を当てた。
「・・・?」
たちまち子供は意識を失い倒れ込んだ。泣きはらした痕は消えないものの、その表情は安らかだった。
「皆、忘れてしまいなさい・・・これは、事故だ」
「良いな、お前の両親は・・・事故で死んだのだ」
「みろよ、あの子。月に・・・お前に祈ってるよ」
「俺は“ムーンストラック”だ。“月に住む男”ではない」
そう言うな、お前は居るだけで子供に夢を与えてるぞと
当時の契約者が物陰から見守っていた幼女は、夜空の月に向かって、何事かを祈っていた。
「さいきんね、お父さまとお母さま、けんかばかりしているの。
おねがいお月さま、お父さまとお母さまをなかなおりさせて」
・・・それから程なくして後。
深手を負い、命が尽きるのを待つばかりとなった契約者は言った。
「契約・・・を・・・解除しよう・・・」
一蓮托生で二人とも消滅するより、彼だけでも助けようとした契約者の遺志を汲んでその子の様子を見に行った夜。
冬の夜は早く、一際暗いというのに邸内に明かりはついておらず、子供の泣き声が聞こえた。
「お父さま、お母さま、おきてー」
暖炉の火も消えた部屋で、女の子が泣いていた。
夫婦らしき若い男女は既に事切れていて―
…子供の傍には、襤褸を纏った、骸骨。
その色濃い“死”を思わせる影は、ソレがどのような存在なのかを容易に想起させ、彼は此処で何が起きたのかを悟った。
そして、この場でただ一人、この子だけが無事だった、その意味は。
「何ということだ・・・!」
おそらくこの子には、自分のした事も、両親がどうなったかもわかっていないに違いない。
「おじさんだれ?」
気がつくと、子供は彼の服の裾を掴んでいる。頬には薄黒く涙の跡が残り、目は赤く泣きはらしている。
何時間ほどもこうして過ごしていたのかと思うと、彼は真実を言う気にはなれず、そのまま子供の額に手を当てた。
「・・・?」
たちまち子供は意識を失い倒れ込んだ。泣きはらした痕は消えないものの、その表情は安らかだった。
「皆、忘れてしまいなさい・・・これは、事故だ」
「良いな、お前の両親は・・・事故で死んだのだ」
『・・・・・・』
柳は重い溜め息をついた。なぜ自分が今、彼女の側にいてやれないでいるのか。
「俺、ちょっと出かけて」
「お前達」
言い掛けたところで、男二人に声を掛ける者が居た。
「リジー・・・?」
「イタル様に何か、変わった様子はないか?」
「変わった様子・・・さあ」
そういえば、あれから少し、口数が減ったような気がしないでもない。
一番大騒ぎを演じるノイが帰ってきていない今、静かすぎてあまり気がつかなかった。
「食もお進みでないようで・・・何かあったら教えろ」
それだけいうと、彼女はひらりと身を翻し、夕飯の買い物に行く、と言い残して出掛けていった。
柳は重い溜め息をついた。なぜ自分が今、彼女の側にいてやれないでいるのか。
「俺、ちょっと出かけて」
「お前達」
言い掛けたところで、男二人に声を掛ける者が居た。
「リジー・・・?」
「イタル様に何か、変わった様子はないか?」
「変わった様子・・・さあ」
そういえば、あれから少し、口数が減ったような気がしないでもない。
一番大騒ぎを演じるノイが帰ってきていない今、静かすぎてあまり気がつかなかった。
「食もお進みでないようで・・・何かあったら教えろ」
それだけいうと、彼女はひらりと身を翻し、夕飯の買い物に行く、と言い残して出掛けていった。
「・・・・・・」
放課後。
極は繁華街のファーストフード店で時間を潰していた。
別に何か食べたいわけじゃない。昼食もだいぶ残しているし、今だって目の前のコーラの紙コップは手つかずのまま氷が溶けて外側は滴がしたたっている。
家に足が向かなかった。こんな事は初めてで、極自身にも何故なのかわからない。
今までだったらまっすぐ帰って、宿題と予習、復習を済ませて
「イタル、お勉強?」
「チューガクって、どんなお勉強するの?」
「邪魔だよ、テレビでも見てろ」
放課後。
極は繁華街のファーストフード店で時間を潰していた。
別に何か食べたいわけじゃない。昼食もだいぶ残しているし、今だって目の前のコーラの紙コップは手つかずのまま氷が溶けて外側は滴がしたたっている。
家に足が向かなかった。こんな事は初めてで、極自身にも何故なのかわからない。
今までだったらまっすぐ帰って、宿題と予習、復習を済ませて
「イタル、お勉強?」
「チューガクって、どんなお勉強するの?」
「邪魔だよ、テレビでも見てろ」
空いた時間には読書。
「イタルー!お勉強終わったらテレビ見ようよ!」
「イタルはマンガ見ないの?」
「イタルー!お勉強終わったらテレビ見ようよ!」
「イタルはマンガ見ないの?」
(・・・お前なんか・・・お前なんか。僕は)
氷の溶けきったコーラの味は、今の彼の気持ちのように、うっすらとぼやけていた。