先刻まで自分は、学校の屋上に居たはずなのに。
意識が遠くなったのは、ここ最近あまり食べていなかったせいで、貧血でも起こしたのだろうか。
(あらあら、手間の省けたことねぇ)
気がついたら、辺り一面砂の海で。
周囲には誰もいないのに、くすくすと笑い出さんばかりの少女の声が響いてきた。
「誰だ?ここは・・・?」
意識が遠くなったのは、ここ最近あまり食べていなかったせいで、貧血でも起こしたのだろうか。
(あらあら、手間の省けたことねぇ)
気がついたら、辺り一面砂の海で。
周囲には誰もいないのに、くすくすと笑い出さんばかりの少女の声が響いてきた。
「誰だ?ここは・・・?」
(わたしは桐生院るり。わたしの『クィーン・メイヴ』が創った夢の世界へようこそ)
「夢の・・・世界?」
「イタル!」
この声は。
砂に足を取られ、よろめきながら駆け寄ってくるのは。
「ノイ・・・」
「イタっ・・・イタルっ」
はあはあと息を切らせながら、あの日のように、極の服の袖を握るノイ。制服の袖が皺になってしまう。
「放せ」
あまり力を入れていないはずなのに、あっさり手は離れた。
目の前のノイはなんだかしおらしく、ただでさえ小柄な体は、いつもより尚小さく見える気がした。
「ごめんなさい・・・」
いつもの快活で我が儘な様子とは、何かが違う。
「ごめんなさい・・・イタルからお父さまを取ってしまってごめんなさい、ごめんなさい・・・その」
いざイタルを前にしてみると、「ごめんなさい」以外の言葉なんか出てこなくて。
「その、お父さま・・・を、殺してしまって、ごめんなさい・・・」
震える声で紡ぎ出した、謝罪。ごめんなさい。結局自分にはそれしか言えないんだ。
(父さん・・・あの男を、殺した?)
極の視線に気づいたノイが、赤く潤んだ瞳で、それでも涙はこぼすまいと懸命に震える声を抑えている。
「忘れてたけど、思い出したの・・・お父さまとお母さまを殺したのはあたしなの」
当時4歳だったノイに人殺し、それも親を殺せるとは極はあまり思っていない。―大方、死神の暴走なのだろう。
「イタル!」
この声は。
砂に足を取られ、よろめきながら駆け寄ってくるのは。
「ノイ・・・」
「イタっ・・・イタルっ」
はあはあと息を切らせながら、あの日のように、極の服の袖を握るノイ。制服の袖が皺になってしまう。
「放せ」
あまり力を入れていないはずなのに、あっさり手は離れた。
目の前のノイはなんだかしおらしく、ただでさえ小柄な体は、いつもより尚小さく見える気がした。
「ごめんなさい・・・」
いつもの快活で我が儘な様子とは、何かが違う。
「ごめんなさい・・・イタルからお父さまを取ってしまってごめんなさい、ごめんなさい・・・その」
いざイタルを前にしてみると、「ごめんなさい」以外の言葉なんか出てこなくて。
「その、お父さま・・・を、殺してしまって、ごめんなさい・・・」
震える声で紡ぎ出した、謝罪。ごめんなさい。結局自分にはそれしか言えないんだ。
(父さん・・・あの男を、殺した?)
極の視線に気づいたノイが、赤く潤んだ瞳で、それでも涙はこぼすまいと懸命に震える声を抑えている。
「忘れてたけど、思い出したの・・・お父さまとお母さまを殺したのはあたしなの」
当時4歳だったノイに人殺し、それも親を殺せるとは極はあまり思っていない。―大方、死神の暴走なのだろう。
極のこの予測は半分当たっていて、半分外れていた。
ノイは一瞬だが、争う両親の姿を見て、こんな両親は嫌だと朧気な害意を抱いたのだった。死神は、その彼女の感情を利用したにすぎない。
どちらにせよ、極にとってノイの母の末路などどうでもよかった。父に自分達を棄てさせた女の末路など。
―父親に対する感情は、そう簡単ではなかったが。
ノイは一瞬だが、争う両親の姿を見て、こんな両親は嫌だと朧気な害意を抱いたのだった。死神は、その彼女の感情を利用したにすぎない。
どちらにせよ、極にとってノイの母の末路などどうでもよかった。父に自分達を棄てさせた女の末路など。
―父親に対する感情は、そう簡単ではなかったが。
「父さん、を?」
頷くノイと極の間に、どすりと鈍い音をたてて落ちてきたもの。
「斧・・・?」
まるで引き寄せられるように極がそれを手に取ると、ずしりと重い。リジーが使う物に似てるかも知れないと思った。
頷くノイと極の間に、どすりと鈍い音をたてて落ちてきたもの。
「斧・・・?」
まるで引き寄せられるように極がそれを手に取ると、ずしりと重い。リジーが使う物に似てるかも知れないと思った。
(聞いたでしょう?イタルとやら。その子はあんたの父の敵)
るりと名乗った少女の声が響く。
(その子をどうしようが、ここではあんたの自由)
言い終わるが早いか、風が巻き起こる。
「つっ!」
「いたいっ!」
鎌鼬でも起きたのか、二人の皮膚の表面に幾つも浅く傷が付いた。
「つっ!」
「いたいっ!」
鎌鼬でも起きたのか、二人の皮膚の表面に幾つも浅く傷が付いた。
(夢だからって侮るんじゃないわよ。夢の中での傷は、現実の痛み。あまりに重ければショック死もありえるわよ)
そしてノイの背後にふわりと降りた黒い影。
(あんたも、死にたくなければ全力で抵抗なさい)
「待って!あたし、そんな」
声はふつりと途切れ、極がふらふらと斧を手に向かってくる。
(ちがう、違うんだ!)
斧から手が離れない。歩きたくないのに、足が勝手に動く。
極の体は、極の意志に反して、何者かの操り人形ででもあるかのように無機的な動きで斧を振り下ろした。
「イタル!?」
止めたいと思ってもどうにもならない。かなり重いはずの斧を軽々と振り回す腕は、まるで自分の物ではないかのようだ。
(やめろ、止まってくれ!)
そんな極を阻むかのように黒い影が落ちる。
構えられた瀟洒な銀の鎌は、さながら砂漠に浮かぶ三日月のように冷たい光を放っていた。
「やめて!」
極の前に出ようとするノイを阻むように、死神が音もなく前に出る。
「イタル、やめて!あたしっ、あたし、イタルと話が」
(どうしよう、あたし、イタルと戦いたくなんかない)
極もまた、自らを止めたくて焦っている事にノイは気づいていない。
声はふつりと途切れ、極がふらふらと斧を手に向かってくる。
(ちがう、違うんだ!)
斧から手が離れない。歩きたくないのに、足が勝手に動く。
極の体は、極の意志に反して、何者かの操り人形ででもあるかのように無機的な動きで斧を振り下ろした。
「イタル!?」
止めたいと思ってもどうにもならない。かなり重いはずの斧を軽々と振り回す腕は、まるで自分の物ではないかのようだ。
(やめろ、止まってくれ!)
そんな極を阻むかのように黒い影が落ちる。
構えられた瀟洒な銀の鎌は、さながら砂漠に浮かぶ三日月のように冷たい光を放っていた。
「やめて!」
極の前に出ようとするノイを阻むように、死神が音もなく前に出る。
「イタル、やめて!あたしっ、あたし、イタルと話が」
(どうしよう、あたし、イタルと戦いたくなんかない)
極もまた、自らを止めたくて焦っている事にノイは気づいていない。
どうしよう。イタルと戦うことなんかできない。
でも、もし、ここで死んだら?るりは言ったのだ。命を落とすこともあり得ると。
「教えてるり!、なんでこんな事」
ここはるりの、彼女の世界だと言っていた。ノイはイタルの父の敵だから、自由にすればいいと。
(るりだって、話し合えって・・・言ってたのに!)
相手の前に出れば、言うべき事は自然に出てくる、と。
(そう、言ってたじゃん・・・)
でも結局自分はごめんなさいとしか言えていない。
(やっぱり・・・言葉だけじゃ、通じない、のかな)
あたしがイタルにできることは?気持ちを伝えられる方法って―ノイは、考えて。
次の瞬間、彼女は死神の脇をすり抜けて両手を広げ、極の前に立ちはだかった。
でも、もし、ここで死んだら?るりは言ったのだ。命を落とすこともあり得ると。
「教えてるり!、なんでこんな事」
ここはるりの、彼女の世界だと言っていた。ノイはイタルの父の敵だから、自由にすればいいと。
(るりだって、話し合えって・・・言ってたのに!)
相手の前に出れば、言うべき事は自然に出てくる、と。
(そう、言ってたじゃん・・・)
でも結局自分はごめんなさいとしか言えていない。
(やっぱり・・・言葉だけじゃ、通じない、のかな)
あたしがイタルにできることは?気持ちを伝えられる方法って―ノイは、考えて。
次の瞬間、彼女は死神の脇をすり抜けて両手を広げ、極の前に立ちはだかった。
「イタルっ!」
「あたし、イタルに償いたい!お父さまのこと!あたしのせいで、イタルと、イタルのお母さまが辛い思いをしたこと!」
「お父さまを殺したこと!イタルに、お父さまを返せなくなってしまったこと!」
「だから、いいの!イタルに、なら。あたしは・・・っ」
迫る斧にも怯えるでもなく、ノイの薄青い瞳はひたと極を見据えている。
(あたしが、もし死んだら。柳は泣くだろうな。ムーンストラックは消えちゃうんだよね・・・ごめんね)
(違う!違う!こんなことっ)
「嫌だあぁぁぁぁ!!」
極の絶叫と同時に斧が振り下ろされ、世界が赤く染まる。
夢から覚める間際に、ふたりはるりの声を聞いたような気がした。
夢から覚める間際に、ふたりはるりの声を聞いたような気がした。
(なぁんだ、夢と違うじゃないの・・・)
「―るりさん、これでよかったの?」
ο(オウ)-No.0、桐生院蘇芳の執務室。
来客用のソファに腰掛け、いささか疲労したように蜂蜜入りのミルクティを飲む妹に、蘇芳は不安げに呼びかけた。
「ええ、これでよくてよ、兄上」
執務室のスクリーン上には何の都市伝説を使ったものか、るりの「夢の世界」でのノイと極の様子が映し出されている。
「なにも、殺し合いまでさせる事はなかったんじゃないのー?」
「生温く取っ組み合い程度でお茶を濁すと、後日本物の殺し合いに発展しないとも限らなくてよ?」
心配いらないわ兄上、どうせ「夢と違う」のだから。
ο(オウ)-No.0、桐生院蘇芳の執務室。
来客用のソファに腰掛け、いささか疲労したように蜂蜜入りのミルクティを飲む妹に、蘇芳は不安げに呼びかけた。
「ええ、これでよくてよ、兄上」
執務室のスクリーン上には何の都市伝説を使ったものか、るりの「夢の世界」でのノイと極の様子が映し出されている。
「なにも、殺し合いまでさせる事はなかったんじゃないのー?」
「生温く取っ組み合い程度でお茶を濁すと、後日本物の殺し合いに発展しないとも限らなくてよ?」
心配いらないわ兄上、どうせ「夢と違う」のだから。
「夢と違う」―夢の中で殺される被害者(たいてい若い女性と相場が決まっている)が、現実に夢と同じ犯人に出会う。
被害者は機転を利かせて夢と違う行動を取り、殺害を免れるが、その際に
「夢と違う」
と言われる―
被害者は機転を利かせて夢と違う行動を取り、殺害を免れるが、その際に
「夢と違う」
と言われる―
その広く伝わる都市伝説の中では、夢と現実は決して同じ帰結を辿らない。
被害者がいかなる人物であれ、殺され方がどのようなものであれ―
被害者がいかなる人物であれ、殺され方がどのようなものであれ―
るりはこの都市伝説と契約し、
「現実とは必ず違う結末を辿る夢」
という、ある種の平行世界を作り出すことができる。
さらに、「夢の女王クィーン・メイヴ」との契約で、それが夢である限り、るりの思うがままにする能力を得ていた。
「現実とは必ず違う結末を辿る夢」
という、ある種の平行世界を作り出すことができる。
さらに、「夢の女王クィーン・メイヴ」との契約で、それが夢である限り、るりの思うがままにする能力を得ていた。
「わたしが夢で起こした事は、現実には絶対に起こらない。現実は『夢と違う』から」
―これであの兄妹は、少なくとも最悪の結果だけは免れる。兄が妹を仇として殺し合う、という結果はね。
―これであの兄妹は、少なくとも最悪の結果だけは免れる。兄が妹を仇として殺し合う、という結果はね。
るりは満足気にため息をつくと、ミルクティのお代わりを控えの黒服に命じた。