「俺が・・・〈legend〉案件の捜査を?」
ところはロンドンの某教会の一室。
19世紀末。まだ〈都市伝説〉という概念が存在せず、それが単なる伝説〈legend〉あるいは〈魔〉と呼ばれるモノだった頃。
一神教を崇める西洋では〈教会〉の下、〈神〉以外の超越者たるソレは神の恩寵を受けぬモノ、討伐されるべきモノとして扱われていた。
そういった存在と〈契約〉を結び己が力とする人間がいなかったわけではないが、あくまで神の力の外、異端者として以上の扱いは受けなかった。
だが、「毒をもって毒を制す」〈魔〉の討伐に異端者の力を借りることもある。
そのような事態に備えて、〈教会〉にも異端の力を持つ者が少なからず所属していた。
彼、エディことエドモンド・グレアムもそうした異端者のひとりとして〈教会〉の末端に名を連ねていた。
「〈異端〉で〈問題児〉の俺を使いたいなんて、よくよく困っての事と見えるな。いよいよ人材が枯渇したか?」
このような放言をはばかるような事がない彼だからこそ〈教会〉は彼を常に管理下に置いているという訳だ。人噛み犬は鎖で繋いで、常に監視すべき。
そして今回彼に命ぜられた「任務」は、ロンドン警視庁(スコットランドヤード)との共同捜査。
〈教会〉が世俗的な権力と手を結ぶのは珍しくないこととて、やはり世間に疎い聖職者のエリートは使いづらい、との先方からの注文が付き、俗事にも強い者をと彼が派遣されることに相成ったわけだ。
対象の事件は、先年からここロンドンの下町で起きていた連続殺人、いわゆる〈切り裂きジャック〉事件。
被害者はいずれも若い女性、とりわけ娼婦。
凄惨な手口で殺されている割に物証、目撃証言何れにも欠け、容疑者を絞り込むことさえ出来ない有様で、警視総監の進退問題にも発展しかねない。
あまりにも人間離れした「技」に人ならぬ者の犯行が疑われ、〈教会〉との共同捜査が提案されたのだった。
ところはロンドンの某教会の一室。
19世紀末。まだ〈都市伝説〉という概念が存在せず、それが単なる伝説〈legend〉あるいは〈魔〉と呼ばれるモノだった頃。
一神教を崇める西洋では〈教会〉の下、〈神〉以外の超越者たるソレは神の恩寵を受けぬモノ、討伐されるべきモノとして扱われていた。
そういった存在と〈契約〉を結び己が力とする人間がいなかったわけではないが、あくまで神の力の外、異端者として以上の扱いは受けなかった。
だが、「毒をもって毒を制す」〈魔〉の討伐に異端者の力を借りることもある。
そのような事態に備えて、〈教会〉にも異端の力を持つ者が少なからず所属していた。
彼、エディことエドモンド・グレアムもそうした異端者のひとりとして〈教会〉の末端に名を連ねていた。
「〈異端〉で〈問題児〉の俺を使いたいなんて、よくよく困っての事と見えるな。いよいよ人材が枯渇したか?」
このような放言をはばかるような事がない彼だからこそ〈教会〉は彼を常に管理下に置いているという訳だ。人噛み犬は鎖で繋いで、常に監視すべき。
そして今回彼に命ぜられた「任務」は、ロンドン警視庁(スコットランドヤード)との共同捜査。
〈教会〉が世俗的な権力と手を結ぶのは珍しくないこととて、やはり世間に疎い聖職者のエリートは使いづらい、との先方からの注文が付き、俗事にも強い者をと彼が派遣されることに相成ったわけだ。
対象の事件は、先年からここロンドンの下町で起きていた連続殺人、いわゆる〈切り裂きジャック〉事件。
被害者はいずれも若い女性、とりわけ娼婦。
凄惨な手口で殺されている割に物証、目撃証言何れにも欠け、容疑者を絞り込むことさえ出来ない有様で、警視総監の進退問題にも発展しかねない。
あまりにも人間離れした「技」に人ならぬ者の犯行が疑われ、〈教会〉との共同捜査が提案されたのだった。
「・・・私が」
「あんたがアルバート・ルイス警部?」
ぱりっと三つ揃いを着こなし、きちんとアイロンのあたったネクタイ。頭に被ったハンチング帽はアンバランスだが、
それ以外はいかにも毛並みの良さげな紳士に見えるというのに初老に差し掛かろうとしても警部止まりであるのはどういうことか。
(こりゃ、あちらさんもやる気はないな)
家柄だけが取り柄の、窓際の老警部でも送り込んでお茶を濁すつもり、と受け取ったエディの瞳には、露骨な軽視の色が浮かんでいた。
「どうせ上もやる気がねえんだ、気楽に行こうぜ、アル」
エディが卓上に腰掛けてカップから行儀悪く紅茶をすすると、アルバートが眉をひそめた。
「きちんと椅子に座れ。音を立ててお茶をすするな。後、人の名前を勝手に略すな」
男にしては甲高い声は、年齢のせいだろうか。エディを叱る様は、さながらエチケットの講師といった体だ。
面白くもない気分になったエディはがちゃんと甲高い音を立ててカップを皿に戻すとドアに手を掛けた。
「エディ、どこへ行く」
「聞き込みだよ、聞き込み!」
「あんたがアルバート・ルイス警部?」
ぱりっと三つ揃いを着こなし、きちんとアイロンのあたったネクタイ。頭に被ったハンチング帽はアンバランスだが、
それ以外はいかにも毛並みの良さげな紳士に見えるというのに初老に差し掛かろうとしても警部止まりであるのはどういうことか。
(こりゃ、あちらさんもやる気はないな)
家柄だけが取り柄の、窓際の老警部でも送り込んでお茶を濁すつもり、と受け取ったエディの瞳には、露骨な軽視の色が浮かんでいた。
「どうせ上もやる気がねえんだ、気楽に行こうぜ、アル」
エディが卓上に腰掛けてカップから行儀悪く紅茶をすすると、アルバートが眉をひそめた。
「きちんと椅子に座れ。音を立ててお茶をすするな。後、人の名前を勝手に略すな」
男にしては甲高い声は、年齢のせいだろうか。エディを叱る様は、さながらエチケットの講師といった体だ。
面白くもない気分になったエディはがちゃんと甲高い音を立ててカップを皿に戻すとドアに手を掛けた。
「エディ、どこへ行く」
「聞き込みだよ、聞き込み!」
ロンドン下町、ホワイトチャペル地区。
いわゆる“貧民街”と目されているそこは、貧困でありながら活気にはあふれていた。
「俺は嫌いじゃねえな、こういうとこは」
「“曖昧な女”が多いからか?」
皮肉っぽいアルの視線も意に介するエディではない。
「アイルランドから流れてきたときはよ・・・こういうとこに世話になったもんだぜ。少なくとも雨露は凌げるからな」
「お前、アイルランドの出か」
ああそうだ、とアルを見るエディの瞳に険が宿る。
「〈教会〉に拾われるまで親子三代食い詰め者さ。てめえらみてえなイングランドのお貴族様のありがたい思し召しのせいでな!」
20世紀終盤に入るまで、アイルランドはイングランドの属領同然。
アイルランドの民は、政治的にも生活も、イングランドより一段下に置かれていた。それはこの時代において、搾取の対象ということ。
エディの祖父も例外ではなく、半世紀近い前のジャガイモ飢饉では一族が飢えているというのに
イングランドの地主から作物の輸出を強要され、真剣に“新大陸”への移住を考えたほどだった。
「・・・すまない」
下町の喧噪の中でぽつりとしたその声は妙に響いて、エディは自分の方がいたたまれなくなった。
「・・・てめぇひとりに頭下げて貰ったって、なにも変わらねぇんだよ」
いわゆる“貧民街”と目されているそこは、貧困でありながら活気にはあふれていた。
「俺は嫌いじゃねえな、こういうとこは」
「“曖昧な女”が多いからか?」
皮肉っぽいアルの視線も意に介するエディではない。
「アイルランドから流れてきたときはよ・・・こういうとこに世話になったもんだぜ。少なくとも雨露は凌げるからな」
「お前、アイルランドの出か」
ああそうだ、とアルを見るエディの瞳に険が宿る。
「〈教会〉に拾われるまで親子三代食い詰め者さ。てめえらみてえなイングランドのお貴族様のありがたい思し召しのせいでな!」
20世紀終盤に入るまで、アイルランドはイングランドの属領同然。
アイルランドの民は、政治的にも生活も、イングランドより一段下に置かれていた。それはこの時代において、搾取の対象ということ。
エディの祖父も例外ではなく、半世紀近い前のジャガイモ飢饉では一族が飢えているというのに
イングランドの地主から作物の輸出を強要され、真剣に“新大陸”への移住を考えたほどだった。
「・・・すまない」
下町の喧噪の中でぽつりとしたその声は妙に響いて、エディは自分の方がいたたまれなくなった。
「・・・てめぇひとりに頭下げて貰ったって、なにも変わらねぇんだよ」
肝心の聞き込みはといえば、結果ははかばかしくない。
娼婦達は皆個人営業。てんでに客を取るのが当たり前で、素性の知れない男が同業者に近づいてもあまり気にしないのが当たり前なのだ。
それでは女は、といえばこれもよく覚えていない。
日々現れては消える“夜の女”など、同業者ですら覚えていられない。明日は我が身もどうなるか判らないのだから。
「ああ、でも」
ややころっとした体格の、人の良さそうな娼婦は大通りの方をちらりと見た。
「最近、子供をよく見るのよねぇ・・・金髪の、身なりの良さそうな女の子で、ちょっとこの辺には不釣り合いな」
娼婦達は皆個人営業。てんでに客を取るのが当たり前で、素性の知れない男が同業者に近づいてもあまり気にしないのが当たり前なのだ。
それでは女は、といえばこれもよく覚えていない。
日々現れては消える“夜の女”など、同業者ですら覚えていられない。明日は我が身もどうなるか判らないのだから。
「ああ、でも」
ややころっとした体格の、人の良さそうな娼婦は大通りの方をちらりと見た。
「最近、子供をよく見るのよねぇ・・・金髪の、身なりの良さそうな女の子で、ちょっとこの辺には不釣り合いな」
「けっきょく、収穫はなしか」
「ああ・・・でも、ひとつ気になることが」
「子供か?」
「ああ・・・身なりのいい子供が、女中も付けずに下町をうろうろ・・・」
「じゃ、あれか?やっぱり精神を病んだっていう」
「ああ・・・でも、ひとつ気になることが」
「子供か?」
「ああ・・・身なりのいい子供が、女中も付けずに下町をうろうろ・・・」
「じゃ、あれか?やっぱり精神を病んだっていう」
―ないで
「?」
子どもの声が聞こえた気がして、エディが振り返る。
「?どうした?」
「!おい・・・あれ!」
エディの視線の先には、フリルとリボンで飾られた踝までの黒いドレスと、外出用の帽子という、いかにも良いところの子ども然とした身なりの、金髪の少女。
少女の唇が再び開く。今度はエディにもはっきり聞こえた。
「?どうした?」
「!おい・・・あれ!」
エディの視線の先には、フリルとリボンで飾られた踝までの黒いドレスと、外出用の帽子という、いかにも良いところの子ども然とした身なりの、金髪の少女。
少女の唇が再び開く。今度はエディにもはっきり聞こえた。
―切り裂きジャックを、殺さないで―