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「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」 まとめwiki

連載 - 騎士と姫君-02

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「蜘蛛から始まる奇妙な一日」


 某県某所、通称「学校町」。
 住宅地が広がる東区のとあるアパート、その二階に彼女は住んでいた。
 つい最近この町の新しい住人となったばかりの彼女だったが、この町で暮らすようになってからすでに早一ヶ月が経とうとしていた。

「よし、次の電車は8時ちょうど……ん?」

 早朝7時45分。いつもであればまだ布団の中でうとうとしている時間だが、生憎本日は朝一講義がある日。
 彼女はすでに出る支度を整え、最後にテレビを消そうとしたまさにその時であった。

 目の端に何か動くものがいる。
 そんな気がして、ふと彼女は後ろを振り返った。
 すると確かに目の前には小さなゴミが……いや、よく見るとそれは数ミリ程の小さなクモである。
 小さかろうとクモはクモ、虫嫌いであれば間違いなく悲鳴を上げざるをえない状況なのだが……。

「あれ、クモさんですか」

 彼女はのほほんとそんな一言をのたまった。
 何の事はない、彼女は虫好きなのだ。
 今でこそこのおっとりとした性格だが、子供の頃は率先してトンボ捕りに精を出し、またある時はアリの巣を半日観察し続けたりと虫には馴染み深い生活を送っていた。
 それは成人してなお変わらず、今もぷらんとぶら下がったクモをしげしげと見つめて「ちっちゃいですねえ」などと明るい声でクモに話しかけてすらいた。
 おそらく洗濯物を干していた時にでも入ってきてしまったのだろうか。

「うーん……とりあえずクモさん、あなたはこんな所にいてはいけませんよー」

 そうクモに話しかけながら、クモの十センチほど上の部分――細いクモの糸を指でつまむ。
 そうして手前に引っ張れば糸はぷつりと切れ、当然その先にぶら下がった小さなクモも一緒に揺られて付いて来る。
 しかし急に足場が不安定になったせいか、クモは下へ逃げようと急激に糸を伸ばし始めた。

「あっ、すぐ出してあげますからそんなに焦らな……ちょ、待ってくださあああい」

 若干悲鳴を上げながらも、とにかく急いで窓を開けてベランダへと出る。
 部屋の中でまた行方知れずにでもなられたら大変だ。
 彼女としてはこんな小さな一匹程度であれば、クモと同居というのも一向に構わないのだが(最近どうも小バエがうるさい)、何かの拍子にうっかり……という事態も考えられる。
 それならば広々とした外へ逃がしてやるのが一番だろう。
 晴れ渡った空に手をかざせば、クモはかろうじてまだ糸の先にぶらさがっていた。
 そうして風になびく糸をもう一度切ってやれば、クモはふわりと風にのって飛んでいった。

「元気で頑張るんですよ~」

 そうやって小さなクモの旅立ちを見送ると、彼女はご機嫌な様子で室内に戻る。
 朝からいい事をした、それだけで幸せな気分になれる。
 テレビに映る天気予報も全て晴れマーク。
 今日は良い日に……

『7時55分! 7時55分!』

「って……!」

 ……なるかもしれない。


 そうしてスタートした彼女の一日。
 しかしそれは確かにいい事尽くめの一日であったのだ。

 まず駅に着くと、なんとすでに発車したはずの列車がホームにいた。
 どうやらダイヤの乱れで発車を見合わせていたらしく、彼女が車内に滑り込んだ直後に列車はまた動き出した。
 その後授業開始の時間から20分ほど送れて大学に到着、しかし教授がまだ教室に来ておらず遅刻を免れた。
 それからも自販機でジュースを買えば二本出てくる、不意打ちで行われた小テストは自分が得意な題目だった為さほど苦労せず、
極めつけはこの日最後の時間の授業が急遽休講になるなど、まさに幸運続き。
 そうして彼女は予定よりも少し早く、夕暮れ時ではあったが、いくらかまだ明るいうちに学校町の駅ホームに降り立った。

「帰りもちょうど良く急行列車に乗れましたし……本当に今日はついてる日ですねえ」

 鼻歌の一つでも歌いたい様な良い気分でするりと改札を通り抜ける。
 さて、この空いた時間をどうしようか。
 このまま真っ直ぐ家に帰ってのんびりするのもいいが、まだあまり見た事のない南町の商店街をウィンドウショッピングというのも魅力的だ。
 それとも……といくつかの案を思い浮かべている時にふと一人の青年が彼女の目を捉えた。

「あれ、あの人……」


 おぼろげだが、記憶の断片がわずかに引っかかる。
 そうだ、確か大学構内で何度か見かけた顔の様な気がする。
 名前も学科も、学年すら知らないが、なぜか彼の事を彼女は覚えていた。
 最後に見たのはもうかなり前だろうか。
 楽しそうに笑うグループの中にいて、ほんの一瞬だけとても冷めた目をしていた。
 満ち足りたように見えて、とても空虚な――そんな印象を感じさせる青年だった。
 おそらく同じ列車に乗って来たのだろうか、傍らには可愛らしい格好をした少女を連れている。

「家、こっちだったんですね……妹さんかな」

 兄を迎えに来たのだろうか、青年の後ろをちょこちょことついて歩く姿がとても可愛らしい。
 彼女の目にはそれが仲のよい兄妹に映り、ちょっぴり微笑ましい気分になったのだった。
 そうしてしばらく彼らの事を目で追っていたのだが、二人はやがて人混みの中へ消えていった。

「……あ、そういえばもうティッシュがないんでしたっけ……じゃあ買い物がてら南区を探検しに行きましょうか」

 よし、と満足げに頷くと、彼女もまた南町へ続く路地へと歩き出した。


 ――これも一種の幸運だったのだろうか。
 まさかこの青年が世を騒がす殺人犯「ハーメルンの笛吹き」だと、この時彼女は知る由もなかった。

「お、重い……」

 それからしばらくたった南区商店街。
 大量の荷物を抱えた彼女は、じりじりと家に向けて歩き続けていた。

 実はあの後もまだ彼女の幸運は続いていたのだ。
 たまたま入った古本屋では長年探し続けた本を見つけ、店を出てからその本を開いてみるとなんと一万円札が挟まっていた。
 それ以降もささやかながらも様々な幸運が次々と続いていく。
 最後には夕食の買出しに入ったスーパーの抽選で、見事一等の500mlペットボトルのお茶一箱分を引き当てたのだった。
 初めこそ「これでしばらく大学で飲み物を買わなくて済む」と喜んでいたものの、店を出る時になってようやく我に返った。

 数十キロあろうかというこのダンボール箱、一体どうやって持って帰ろう。

 おりしも食材をいくらか買い込み、すでに両手は塞がった状態。
 それからなんとか荷物をまとめようと努力した結果、ようやくすべてを自力で持つ事に成功したのだが、これが尋常じゃないほど重い。
 仮にも文系大学生、体力にはほとんど自信はない。
 最近した運動といえば、気まぐれに一時間ほど散歩したぐらいである。
 それでもどうにか荷物を引きずり商店街を抜けたものの、まだ自宅までは15分ほど歩かなければならない地点である。

 ああ、まさか幸運続きの一日がこんなオチになってしまうとは。
 せめて自転車でもあればまだマシなものを。
 これはきっと明日はひどい筋肉痛になってしまうんだろうか……。

 そんな事を考えつつ再びダンボールを抱えなおそうとした次の瞬間、重さによろめいた足が段差に引っかかった。

「うひゃっ……!」

 転ぶ――!
 視界がぶれ、次に来るであろう痛みと衝撃に身を固くしたその時――後ろからしっかりと彼女を支える手があった。

「…………」

「あれっ、ほ、ホロウさん?」

 どこからともなく現れたのは首の無い大柄な男――首無しの騎士「スリーピー・ホロウ」、彼女の≪契約≫した都市伝説だった。
 騎士はすぐさまぽかんとした様子の彼女を立たせると、たちまち彼女の手からダンボール箱をもぎ取った。

「………………」

「す、すいません……ちょっと足がもつれちゃったみたいで」

「……………………」

 しばし重々しい(と彼女は思った)間が流れた後、不意に騎士がダンボール箱を抱えたまま歩き始めた。

「ちょ、ホロウさんその荷物」

「……………………」

 無言。
 慌てて追いかけてくる彼女を振り返ろうとすらせず、ひたすら騎士は前に進み続ける。
 しかしそのスピードはひどくゆっくりとしたもので。

「……じゃあ、その荷物お願いしてもいいですか?」

「…………」

 重かった空気が少し、軽くなった気がした。


「さて、今日は本当にお疲れ様でした」

「…………」

 学校町東区、彼女の自宅にて。
 ワンルームの中央、テーブルを挟んで彼女と騎士が向かい合って座っていた。
 テーブルにはそれぞれ一人分の夕飯、そして電子辞書が置かれている。
 ちなみに今日のメインディッシュは今が旬のサンマの塩焼きである。

「一時はどうなる事かと思いましたけど、本当に助かりました。
 今日はありがとうございました、ホロウさん」

 そう言って頭を下げる彼女に対し、騎士はパタパタと電子辞書に何かを打ち込むと、くるりと画面を返してみせる。

『主を助けるのは当然です』

 そんな一言が液晶に浮かんでいた。

 スリーピー・ホロウは本来海外、アメリカ発祥の都市伝説である。
 所変われば言葉も当然変わるもの、彼女が≪契約≫してから最初に心配したのが「果たしてお互い意思疎通は可能なのか?」といった事であった。
 しかしその問題は意外にもあっさりと解決する。
 ≪契約≫はいわば両者の間を繋ぐ絆の様なものであり、彼女の言葉を騎士は確かに理解していたのである。

 ならば今度は騎士から何か意志を聞き出そうと、まず彼女が用意したのは紙とペン。
 筆談ならば喋れなくとも会話する事ができる、そう踏んでのことだった。
 しかし実際に騎士が書いてみせたのは英語とも違った並びのアルファベットの羅列であり、当然彼女にそれを読む事は出来なかった。

 一体、騎士が使うのは何の言葉なのだろうか?

 それから友人をも巻き込んで検討した結果、二つの案にたどり着いた。

 一つ、言語の正体はおそらくドイツ語ではないかという事。
 友人の一人がかつてドイツ語の授業を取っており、一目であの文章をドイツ語だと見抜いたのだ。

 二つ、そういった事ならば電子辞書を使ってみてはどうかという事。

 電子辞書は今では旅先のコミニュケーションツールとしても定番の品だという。
 早速ドイツ語対応の電子辞書を用意してみると予想は的中し、無事騎士の意思を知る事が可能となった。
 それからというもの、夕食時はこうやって二人でテーブルを囲み、彼女話す事に騎士が電子辞書で相槌を打つという一風変わった風景が見られる様になったのだった。

『でも、なぜあなたはすぐに私を呼ばなかったのですか?』

「あの辺りは人通りも多いですし、ちょっと無理ですよ」

『あなたの身体が心配です。無理をするのはやめてください』

「お、大袈裟すぎますよ……」

 ずいと差し出された騎士の言葉に、彼女は何度目かのため息をついた。
 当初は普段の雰囲気や仕草からするととても男らしいのかと思っていた。
 しかし一旦こうやって相手の意思がわかるようになると、投げかけられるのはほとんどが自分の身を心配するものばかりだったのだ。
 一見すると小言に思えてしまう時すらあるぐらい、騎士は彼女の身を案じているようだった。
 それぐらい大切に思ってもらえているのは、確かにとても嬉しい。
 でも自分だって仮にも成人して一人暮らしをしている身、ちょっとぐらい信じてもらいたい気持ちもあったのだが。

『今度から買い物の後は路地に入ってください。そうすれば人から見られにくいでしょう』

「うーん、まあそれなら確かに……」

『では決まりです』

「え、でもそんなわざわざ」

『決まりです』

「うっ…………わ、わかりましたよう……」

 こちらが意見を言う前に、すかさずねじ込まれたのは頑固な騎士の一言。

 結局押し切られる形で、買い物帰りの帰りの同行の約束を取り付けられてしまうのだった。

 夕飯が終わると、今度は騎士が夜の闇へと帰っていくのをベランダで見送る。
 団らんが終わればあとはお互いプライベートの時間、その辺りは騎士も比較的わかってくれたのだった。
 ……もっとも、初めはずっとそばにいると言って譲らなかったのを、かなり譲歩した結果がこれだったりするのだが。

「私……そんなに頼りないですかねえ……」

 ふと心の内をぽつりとつぶやいてみると、一緒に幾度目かのため息が落ちる。
 確かに重いダンボール一つ持てないし、さっきみたいによく転ぶし、欠点など数え上げたら切りがない。
 加えて友人から「どこか放っておけないよねー」などと言われたのを思い出してしまい、そのままぐたりと手すりに寄りかかった。

 自己嫌悪と己を理解して欲しい気持ちと、他にもいろいろなものがごちゃ混ぜになって頭の中はもうゲシュタルト崩壊寸前な状態だ。
 今にも「ぼふん」とか言って煙が上がりそうな気分である。

「……なんか、どうでもよくなってきたかも」

 もともとうだうだ悩むのは性に合わない。
 こういう時は熱いシャワーを浴びて、早々にベッドに入ってしまうに限る。
 そうだ、そうしようと己に活を入れ、起き上がろうとしたその時、ふと何かが彼女の目に端に止まった。

「……あれ、クモさん?」

 丁度手すりの間、小さな巣を張り巡らせていたのは、今朝見たのと同じぐらいの小さな小さなクモ。
 目を凝らせばどうやら今夜は大漁らしく、最近よく見かけた小バエから一センチぐらいありそうな比較的大き目のハエ――よく見ると焦げたような不思議な模様のハエだった――まで、数匹が網に捕らえられていた。
 一瞬「夜クモ」の話がちらりと脳裏に浮かぶが、虫好きの彼女にとってみれば、こんな小さなクモをわざわざ殺す気は到底起きなかった。

「それに外なら文句はありませんよ、頑張って食べて大きくなってくださいね」

 そうやって穏やかな声でクモに話しかけると、自然と彼女の顔に笑みが浮かぶ。

 こんな小さなクモだって毎日一生懸命生きているのだ。
 それなら自分はこんな事でめげててどうする。

 もう一度だけクモを見つめると、よし、と彼女は立ち上がった。

 明日、あの頑固な騎士に会ったらもう一度ちゃんと話をしてみよう。
 今度はきちんと自分の意見を聞いてもらって、もし聞き入れてもらえなくとも、そうすれば少しは納得できるかもしれない。

 先程とは打って変わって晴れやかな気分で、彼女は満点の夜空を見上げたのだった。



<Fin>



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