「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」 まとめwiki

連載 - 騎士と姫君-17

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匿名ユーザー

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「夢かうつつか」


 唐突に、彼女は浅い眠りから目を覚ました。
 いや、覚ましたというよりは目覚める事が出来た、と言うべきかもしれない。
 何せついさっきまで、石の十字架が立ち並ぶ洋風の墓所の真ん中で、ざんばら髪の若武者の生首に宴会の招きを受けるという、何ともカオスな夢を見ていたのだから。
 それがまた凄まじくリアルで、例えば墓場の湿った土の匂いだとか、肌を撫でる冷たい冷気の感触だとか、とにかくすべてが夢とは思えないほど現実味に溢れていたのだからたまらない。
 最後は高笑いする生首が迫ってきたところで必死に目を開こうと努力した結果、こうして現実に戻ってくる事ができたのだった。

 目覚めた時には勢いよく跳ねていた心臓や荒かった呼吸もだいぶ落ち着き、ようやくほっと安堵の息をついた。
 ふと耳を澄ませてみても、聞こえるのは虫の声のみで、もうあの高笑いが聞こえてくることは無かった。
 うなされてでもいたのか、気づけば額や背中にじっとりと寝汗をかいている。
 しかし、彼女の数少ない着替えはまだハンガーに干されているはずで、かと言ってわざわざあの少年のは……父親を起こすのも申し訳ない。
 とにかく今は何時なのか確かめようと、枕元に置いてある携帯へと手を伸ばした。

 ――いや、伸ばそうと、した。

 しかし、腕は彼女の意思に反し、一寸たりとも動こうとはしない。
 え、と慌てて起き上がろうともしてみるが、やはり身体は彼女の思うままにはならない。
 それどころか、全身――特に胸の上に、ずしりとさらなる圧迫感を覚えていた。

 これは、まさか。

 身じろごうとあがけばあがく程に圧迫感はますますに強まり、まるで自分だけにかかる重力が倍増したのではないかという、この懐かしい感覚。

 ――金縛りだ。

 騎士と契約する以前は幾度となく体験していたこの現象、最近はぱったりと失せていたのだが……唯一動かせる眼球で辺りを見回せば、それはいた。
 胸の上、一際圧迫感を感じる箇所にぼんやりと浮かぶ白い影。
 これがこの金縛りの原因なのかと、じっと影をにらみつけた。

 よく金縛りは霊がそばにいる影響だとかいう噂を耳にしたりするが、実際には身体が目覚めていないだけなのだという。
 じゃあその時に見るモノは何なのかと言えば、すべてただの「錯覚」なのだ。
 しかしその間は感覚が鋭敏になっているのも確かであり、それは時として本物を捉える事も少なくない。

 影は小柄なもので、子供ぐらいだろうか。
 どうやら胸の上に座ってこちらを覗き込んでいる体勢のようで、頭を起こせないこの体勢でも容易に顔の部分を見ることができる。
 そしてにんまりと口元を歪める様子だけが、なぜかはっきりと見て取れたのだ。

 ――さて、どうしたものか。
 普通であればパニックに陥っていてもおかしくないような状況で、彼女はひどく冷静だった。
 何せ一時期は常連様だったのだから、と言えばそれまでだが、それでも初めの頃はひどく怖がっていた。
 しかし何度も経験を重ねる内に次第に恐怖は薄れ、反対に「あ、またか」という感覚になってしまったのも確かである。
 そしてそれを何度も繰り返した結果、この手の事に関しては彼女は経験豊富になっていた。
 これまでの経験上、この手のタイプは長期化する事が多い。
 運がよければ三十分程で済んでしまう事もあるが、相手の気が済まなければこの状態が数時間に及ぶ事も珍しくはない。
 普段であればぼんやりと付き合っている間にいつの間にか自分が眠りについて終わるのだが、この日は少々勝手が違っていた。
 先程までの思わぬ悪夢から目覚めさせてくれたのは感謝してもいい。
 だが先日の逃避行の疲れが未だ身体に残っている現状で、たとえ数分たりとも再び寝なおすのを妨害されるのは彼女としても気に入らなかった。
 夜とは休む為の時間であり、それは彼女にとって至福の時間なのだ。
 それを邪魔しようというのならば、例え幽霊だろうが容赦はしない。
 少しずつくすぶり始めた怒りを糧に、彼女はきっと影をにらみつけた。

 早く私を解放しなさい。
 強い念を込めて、影の顔――目と思われる箇所を凝視する。
 私は相手をする気はないのだから、もう帰りなさい。
 それを感じ取ったのか、初めて影がゆらりと傾いだ。
 ここが正念場だと、彼女はさらに力を込めて影を見つめる。
 あなたは遊びたいのかもしれないけれど、今私たちは休む時間なのだ。
 だからもうよそへ行ってくれと、念を送り続ける。

 すると再び影がゆらめいたかと思うと、顔と思われる部分が彼女の視界から遠のいた。
 視界の届く場所までその影を追えば、目の前には再び暗闇が広がっていた。
 身体は未だ重く動かないものの圧迫感はいくらか和らぎ、代わりにあの影は忽然と消え失せていた。

 どうやら運が良かったのか、今回は物分りがいい相手だったらしい。
 これでようやく眠れると、深く息をついた。




















『 やあ 』

 次の瞬間、去ったはずの白い顔がぬうっと眼前に現れた。

『 もう終わったと思ったんでしょ? そうはいかないんだなあ 』

 逆さまにこちらを覗きこむ白い白い子供の笑み、そしてくすくすと耳元でささやく笑い声。

『 帰ってくれ、って言われてもね。あいにく僕はまだ言いつけを済ませていないから帰るわけにはいかないんだよ。いや、このままあっさり帰っちゃうなんてごめんだね。 』

 にんまりと浮かべた笑みは、暗闇の中だというのになんともくっきりと鮮やかに彼女の瞳に写り込んだ。
 今まで数え切れないほど金縛りにかかり、同時に様々なモノを見てきたが、こんな風に向こうから話しかけてくるというのは生まれて初めての事だった。
 そんなこちらの戸惑いを知ってか、笑い声はさらに高まり重なり合う。

『 ふふふ、得体の知れないものって怖いでしょ? 次に何が起こるかわからないと不安で不安でたまらないでしょ? 』

 子供は何とも楽しげに、それでいてさらに彼女の恐怖を煽るように語りかけてくる。
 もう、眠いだの何だの言ってられなかった。
 まさかの不意打ち、依然として動かせない身体、そしてニヤニヤと笑う子供の顔と笑い声。
 ここまでされて、恐怖を感じずにいられないわけがない。

『 ふふふふふふ、そうでしょそうでしょ? すごく怖いでしょ? 逃げ出したいでしょ? 』

 ここが山だとばかり、いよいよ畳み掛けるように子供は迫ってくる。

『 ふふふふふふふふふ、僕はね、そんな風に驚いて慌てるさまを見るのが大好きなん――うわっ?! 』

 刹那、明かりを消したかのように白い顔が突如として消え失せた。
 同時に身体の強張りが一気に解かれ、彼女は布団の上にべたりと突っ伏した。

「は、離してよ、痛いってば! ちょっとからかってみただけだよ!」

 暗闇の中、まだ聞こえてくるのは先程の子供……いや、どこか聞き覚えのある声。
 それももごもごというものに変わり、静寂とまではいかないものの、いくらかの静けさが戻ってくる。
 予想外に響くその声に一瞬別の部屋で眠る少年らを起こしてしまったのではないかと耳を済ませてみるが、幸いにもその気配は感じられない。
 それを確認すると重い身体を引きずり、携帯を手に取る。
 開けば時刻はすでに二時を回っており、ため息と共に携帯の画面をくるりと声の方へと向けた。
 その明かりに浮かびあががったのは、黄色い帽子の人形を振り回す少年の動きと口とを押さえ込む自らのパートナーの姿であった。

「……ホロウさん、とりあえず外へ行きましょう」

 聞きたいことは山ほどあったが、ここではまたいつ眠っている少年たちを起こしてしまうともわからない。その言葉に騎士は即座に動き出した。
 そうして少年を抱えて玄関へと向かう背中を見送り、彼女は再び深々と重いため息をついた。

*



 それから彼女がお世話になっている家がある場所から少し離れた公園に、三人の姿はあった。

「つまり……私たちを送る為にここまでついて来た、と」

 そう問いかければ、正座させられた状態で少年は力なく頷いた。

 あれから少年に問いただす気力も無いほど疲れていた彼女に代わり、かなりお怒り気味の騎士によって少年はこってりと絞られていた。
 少年曰く、あの館には代々訪れた客を送らせる為に亡霊をつける習慣があり、それに少年は任命されたというのだ。
 そしてここ数日姿を表す機会をうかがっていたのだが、今日の夜になって彼女が急にうなされだしたのを見て、心配になって起こそうとしたらしい。
 だがこの瞬間、もう一つのアイディアが少年の脳裏にひらめいた。
 この少年、何よりも人を驚かせるのが大好きでたまらない性分である。
 ならば起こすついでにちょっと驚かせがてら彼女に自分の存在を明らかにしようと思い立ち、それを実行に移したのだという。
 しかしあまり調子に乗りすぎた為か、最後には怯える彼女の気配を察知した騎士によって取り押さえられてしまったのだという。
 「初めにあんまり驚かせる事ができなくてかっとなった、今は後悔している」という少年の言葉で供述の最後は締めくくられた。

「……それで、あなたは今後どうするんです?」

 悪戯の件はこの際騎士に任せればいいとして、次に気になる件はそれだった。

「だから言ったでしょ。僕、まだゴーストホストの言いつけを済ませてないから帰れないって」

 むくれた様子で人形を抱え、少年はうつむいている。

「でも、こうして私が帰ったのを見届けたじゃないですか」
「違うよ、だってあそこは本当の家じゃないでしょ?」

 その言葉にう、と彼女の言葉が詰まる。確かにあの家はここ数日お世話になっている少年の自宅であり、彼女の自宅ではない。
 彼の言い分では、「自宅に帰るまで送り届ける」というのが達成されるまで、言い付けをこなしたとは見なされないのだろう。
 そう考え込む彼女の様子に、少年は再びあのにんまりとした笑みを浮かべる。

「だから、それまで僕はここにいるつもりだよ。だって他ならぬゴーストホストの言いつけなんだからね」

 そう胸を張って言われてしまえば、彼女には他に言い返せる事が思いつかない。
 少年が尊敬するあの主人の言いつけならば、彼は梃子でも動かないだろうというのは明らかであった。
 例え騎士がどんなに脅したとしてもその意思を変えさせる事は、それこそ少年に人を驚かす事を止めさせるのと同じぐらい困難な事に思えた。

「……わかりました。それはそちらの事情ですし、もうその件に関して私は口を挟みません」

 途端に少年の顔がぱあっと明るくなるが、すかさず「ただし条件がある」とねじ込む。

「一つ、むやみやたらに人を驚かせようとしない。二つ、私の許可無く私やホロウさんのそばを離れない。それを守るなら、これ以上何も言いません」
「うんうん! わかった、約束するよ!」

 ……どこか軽い返事に聞こえるのは、きっと気のせいではあるまい。
 ならば、ともう一つ条件を付け加える事にする。

「もし、それを一つでも破ったなら……そうですね、その時はホロウさんのお説教一晩コースでどうでしょう」

 それを聞いた途端、少年の顔が目に見えて引きつった。
 思いつきの罰だったのだが、どうやら想像以上に効果は抜群だったようだ。

「お願いしてもいいですかね、ホロウさん?」

 少年の背後で仁王立ちする騎士にそう問いかければ、右の拳で自らの胸を叩いてみせる。
 どうやらまかせておけ、という事らしい。
 あれだけこってり絞ったというのに、未だ怒りは冷めやらぬようだ。

「と言う事ですけど、どうします?」

 にっこりと再び少年にそう問いかけてみるが、今にも泣き出しそうな顔でじっと見つめられるのみで、返事が無い。
 ……少しばかり良心が痛むが、こちらもここで折れるわけにはいかない。
 少年の前にかがみ込むと、こちらからもじっと視線を合わせる。

「それが嫌なら大人しく帰ってください。
 ホロウさんに力ずくで連れて帰ってもらってもいいんですよ?」
「う……うう……」

 最後の一押しに、少年は唸りながらもだんだんとうつむいていく。
 これで駄目なら、あとは本当に騎士に任せるしかあるまい。
 今回は自分が顔見知りだったから良かったものの、これがもし評判にでもなれば、いつ他の契約者達によって退治されてしまうともわからないのだ。
 しかしとうとう腹を決めたのか、少年がきっとこちらを見据えた。

「わ、わかった、守るよ! だからお願い、帰れなんて言わないで!」

 それはおそらく少年の心からの言葉だったのだろう、先程までのふてぶてしさは全く感じられない。
 そしてじっとこちらを見つめる瞳は真剣そのもので、思いもよらぬ反応に彼女は返事も忘れて、ただ驚いた様子で少年を見つめていた。

「僕、こんな風にゴーストホストに頼まれたのって生まれて初めてなんだ。
 だから帰るにしても、ちゃんとこの仕事をやり遂げてからにしたいんだ。
 それがもし何もしないで送り返されたなんて知られたら、僕、僕……」

 最後は声を震わせ、少年は唇をかみ締める。
 それを見つめ、彼女は最後の別れのワンシーンを思い出していた。
 少年の耳元で何かをささやく主人、そしてそれに驚き、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべた少年。
 おそらくあの時に彼は主人からこの事を言い付かったに違いない。
 初めて尊敬する人からこの任務を頼まれた、一人前だと認められたのだと、少年の胸は喜びではち切れんばかりだったに違いない。
 しかし今それが果たせぬまま送り返されてしまえば、主人はそれを聞いて何と思うだろう。
 あの人柄であれば、にこやかに「残念だったね」と慰めてくれるのかもしれないが、もしかしたら内心はがっかりしているのかもしれない。
 せっかく期待を掛けてくれた人にそんな風に思われたくないという怖れ、それに怯え、少年は今や人形を抱きしめて肩を震わせていた。
 その姿を認めた瞬間、彼女は思わず手を伸ばして少年を抱きしめていた。

「わかりました、わかりましたから、そんなに泣かないで下さい」

 幽霊である少年を生身の彼女が抱きしめる事はできないが、抱きしめようとする事はできる。
 左手は背中を、そして右手は少年の肩を抱くように添えてやる。
 そうして触れた箇所からは氷を押し当てられたかのような冷気が伝わってくるが、今の彼女にとってそれはささいな事でしかなかった。

「本当に? 僕、一緒にいていいの?」
「もちろんですよ。あの方の頼みなら、私も引き受けないわけにはいかないですからね」

 あの時、あの主人には様々な援助をしてもらったのに、結局ろくに恩を返せないままに自分達は帰ってきてしまった。
 それだけが彼女の心残りであった今、少年の言う頼みを引き受けるなどお安い御用だ。

「じゃ、じゃあ……」

 もう声が震えていないのを確認してそっと腕を解けば、そこには期待と不安の入り混じった表情で、少年がこちらを見つめている。
 こうなれば、もはや答えは一つしかない。

「ええ、これからしばらくの間、よろしくお願いしますね」

 そう答えた次の瞬間、満面の笑みを浮かべた少年が勢いよく彼女の胸に飛び込んだのだった。




「ああ、もちろんさっきの約束とはまた別の話ですからね」
「えええええええ!?」


<Fin>


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