KIT
お客様獲得大作戦

「ん、眩しい…」
昨晩は疲労のあまり、部屋の窓を閉め忘れて寝てしまったようで、窓から差し込む日差しで目を覚ました。
疲労の原因は、この宿屋の主人であるおっちゃんと、例の団体客の一人、ボルバータだ。
二人は夜な夜な酒を酌み交わしていたが、酒が無くなる度に俺の部屋へ酒の催促をしに現れた。
俺が寝ているにも関わらず何度も来るものだから、いい加減してくれと言った途端、俺を担げ上げて家中を走り回った挙句、行き成りぶっ倒れて眠ってしまった。
その後片付けが一段落したのが明け方だった。
「マジで死ねばいいのに」
俺は口には出さず密かに毒付いたが、誰かがそれとまったく同じ言葉を発した。
その声は外から聞こえてきた。
窓から外を覗いて見ると、メイド服を着た三人の少女がおっちゃんを囲んでいた。
聞こえる罵声と、異様な景色に嫌な予感がした。
まさか、おっちゃん、痴漢?
おっちゃんが捕まったら、俺どこで暮らせば良いんだよ!
俺は急いで身支度を整えると、おっちゃんの許に走った。

「おっちゃん!何したんだよ!どうもすみません!この人頭が悪くて男女の区別が付かないというか、あ!決してお嬢さん方が男に見えたとかでは…あれ」
どこか見覚えのある顔の黒髪の少女と目が合った。
「あの、どこかでお会いしましたっけ」
そこに居た全員が呆れた顔で俺を見た。
「はあ?さっきから何言ってんだよ。俺はフェザだってば!あっちはティキ…もしかしてこのサイズのティキ見るの初めてか」
「お前バカか?元からあんな小さい訳ねえだろ。昨日のは、まあ、仮の姿てとこだな」
おっちゃんが痴漢したのは、昨日は少年だったけど今日は少女なフェザで、その隣にいる二人の少女は昨日は仮の姿だったティキだと。
「ごめん、いろいろ意味が分からない」
皆のあからさまな「面倒くさい奴きた」みたいな顔を俺は忘れない。
「三人共、なかなか似合ってるじゃないか」
変な空気の中、起きたばかりなのか浴衣の胸元がやたら肌蹴ているボルバータが欠伸をしながら現れた。
「ボル、ようやく起きたか。さて、話が逸れたが、お前達に女装してもらったのは今日一日その格好でうちの客寄せをしてもらうためだ」
いつの間にそんな事になっているのかと思いつつ、ふと周囲を窺ってみるとボルバータだけが頷いていた。
昨日の夜、おっちゃんと何か話したのだろうか。
「ああ?なんでオレ達がそんな事しなきゃなんね゛!ゴホ!」
おっちゃんに掴みかかりそうなティキの腹部にボルバータの裏拳が決まり、苦しそうに咳込んでいる。
「こんな奴等で宜しければどうぞ好きなだけお使いください」
「宿代が払えないなら当然だな。わしは用事があって出掛けるが、サボらないでしっかり頼むぞ。帰ってきたらちょっと離れたところにある露天風呂に連れてってやるからな」
それだけ言い残すと、おっちゃんは忙しそうに宿屋の中に消えた。
「痛えよ!ところで、何で親父に金が無い事バレてんだよ」
「ああ、悪い。まあ、取り敢えずバレちまったからお前ら客寄せして宿代稼げ、な!」
「答えになってねえよ!おい!聞いてんのか!」
ボルバータが少し離れた所にいるクロスとロッカの方へ逃げたので、三人の怒りの矛先が俺に向けられた。
「えー、ええと、客寄せするなら観光客の多い大通りなんてどうかな。お、俺も手伝うからさ!」
手伝う気なんて更々無かったのに気迫に負けた。
「面倒くせえ。こうなったらさっさと終わらせようぜ。さっさと案内しろ、クソ野郎」
俺はイライラを抑えて少年達を大通りへと案内した。

「二人もメイド服着て客寄せ手伝ってやれば良いのに。似合いそうだし。お色気組は色仕掛けで悩殺なんてどうだ!」
「ご自分でなされば良いのでは」
何故かテンションが上がっているボルバータに、ロッカは視線を合わせず真顔で言い放った。
ボルバータは変な汗を掻きながら「ですよね」と呟く。
「あ、いや、しかし、まさかあの場に親父さんがいるとは思わなかったよな。洗濯物取り込み忘れたとかでさ。夜中に逃げ出す作戦も丸聞こえ…どこ行くんだ」
「いつまでもこんなところで足止め食っている訳にはいかないでしょう。わたし達も適当にお金を集めますよ」
「待て!俺も行く!」
「お前は着替えてこい」
「一分だけ待ちます」
「短!おわ!もうカウントしてるのかよ!ちょっと待てって!」
ボルバータが走った。
最終更新:2011年07月04日 18:12