―――その国は年中雨が降っていた。
僕が訪れたときも、その国は今年2度目の大嵐に見舞われていた。
「くっそー嵐が来てるなら傘位じゃ役に立たないよ。」
僕はぬかるんだ町の道を歩いている。
町の店も嵐のために閉じており、町の光は風と雨で弱々しく見えた。
「変なときにきちゃったな・・・。」
でも良かった。やっと森を抜けられたんだ。あそこで嵐を向かえたのではひとたまりもない。
「おっちゃん元気かな?」
いつも遣っている宿屋の主人は確か今年で50、まだまだ現役だ。
おっちゃんと出会ったのは3年前。僕が店の前で倒れていたのがきっかけだ。
あの時おっちゃんは天使に見えたっけ・・・(笑)
などと昔を懐かしんでいると、ようやくあてにしていたそのおっちゃんの宿屋が見えてきた。
・・・おや?おっちゃんの店の前に人だかりが出来ていた。
「すいません、ちょっと通してください。」
人をかき分けて、前に出た。
そこには争う2人の若者がいた。
「ちょっと、どうしたんですか?」
僕は近くの適当な人に聞いた。
困り果てた顔のおばさんは、「あそこに可愛らしい女の子がいるでしょ。」僕は首を巡らしておばさんの言う女の子を捜した。
その女の子は直に見つかった。困った様子でおろおろしている。
僕は親切心と、おっちゃんの役に立てたら、という気持ちで女の子に声をかけた。
「ねぇ、どうしたの?」
「あ、あの・・・」
女の子は驚いた様子で答えた。
その時、後ろからフライパンが飛んできた。
「おっ・・・おっちゃん!」
僕はとっさにフライパンと握り締めて叫んだ。
「おっちゃんその頭どうしたの!?」
あまりに僕が大きい声で叫んでしまったのか、周りの人、女の子、争っていた男たちまでおっちゃんの頭に注目した。
最後に見たときは肩につくぐらいの髪を後ろで一つに結んでいたが、今のおっちゃんは光輝かんばかりに剃り上がっていた。
おっちゃんはみるみる赤くなり、僕を店の中に連れ込んだ。
店の中は騒然としていた。
店の入り口にはざわざわとまだ人だかりが出来ている。
あの女の子が心配そうに覗いている。
「おっちゃん、腕が痛いんだけど・・・。」
「あ、わりぃ。」
おっちゃんに掴まれた部分を見ると赤くなっていた。
若き頃の名残というのか、世界格闘技チャンピオンの力がまだ有り余っているように見える。
おっちゃんは恥ずかしそうに光る頭を触った。
「つい熱くなっちまったい。」
「まぁいいけど。それよりなんだい。」
「何の事だ?」
「あの女の子さ!おっちゃんが取り乱すくらいだ、何かあるんだろ。」
そういって窓の外から覗いている女の子に目をやった。
おっちゃんは近くの椅子を引き寄せて座った。そしてこう言った。
「あの女の子は隣国から逃げてきた王女なんだ。」
「王女・・・。」
ふと真剣におっちゃんを見てしまったのがいけなかった。
「王女・・・ところでおっちゃん、その頭・・・。」
久しぶりに会って、いいたい事が沢山あったのに・・・。
僕の頭はおっちゃんのあまりの変わりように、うまく回らなくなってしまった。
「眩しいよ・・・。」
バキッ
おっちゃんは何も言わず、僕の頭を殴った。
「いた~い。何すんだよ~。」
「見るなっていったんだろ!?」
「・・・おっちゃん言われてない・・・。」
そこへ女の子が入ってきた。
「おじさん、彼等が・・・っ!!」
「え・・・?」
王女を店の中に残して僕達は外に出た。
外は叫び声で溢れていた。
嵐の前で皆家にこもっているものばかりと思っていたが、どうやら皆で一箇所にこもっていたらしい。
おっちゃんが近くにいた男に声をかけた。
「おい!何があったんだ!?」
「隣国の奴らが攻めてきたんだ!」
「なっ・・・!!」
そこへ甲冑の鎧をつけた奴らがやって来た。
そしておっちゃんに剣を突きつけて言った。
「おい、お前!王女様はどこだ!」
王女様だって・・・?まさか本当にあの女の子が・・・?しまった・・・あの子はどこだっけ・・・?店の奥だったか?
「知らんな・・・。」
おっちゃんは静かに答えた。
「ほぉ、いい度胸だ。しかし答えないというんなら、こっちにも考えがある。」
男はおっちゃんに剣を突きつけたままニヤニヤ笑っていった。
「そのツルッツルの頭を首から切り離してやろう。」
「!!」
一人で動揺する僕と打って変わっておっちゃんは冷静だった。
そして次の瞬間
・・・・・・・・・・・
僕には見えなかった。
最後に見えたのはおっちゃんの鋭い目と光る頭だった。
「新速鋭斬拳(技名)!!」
「何!?」
次に瞬間苦しむおっちゃんの姿があった。
「おっちゃん!!」
思わず叫んだ。
おっちゃんに駆け寄ろうとする僕を奴らは見逃さなかった。
「おい、お前。このおやじを死なせたくないだろう。」
奴らは人間の屑だ・・・っ!
僕はさっき出て行ったおっちゃんの店に歩き出した。
女の子はカウンターの脇にうずくまっていた。
うつむいて悲しそうな顔。
・・・逃げてくれていたら言い訳が出来るのに・・・。
いや、それではおっちゃんは助からない。
女の子は僕等(等?)を見ると厳しい顔をした。
さっきとは打って変わって国の王女の顔だった。
思わず言葉を失った僕に、女の子は軽く微笑んだ。
「ええ、貴方が思っているとおり、私は一国の王女たる身。貴方達には大変迷惑をかけました。・・・さぁ、あの人たちのところへ。覚悟は出来ています。」
そう言うと、女の子は外に出て行った。
あわてて僕もついて行く。
何かこっちが気後れしそうだ。
でも、どんなに立派でも、まだ10歳やそこらの女の子だ。
僕達はその女の子を差し出して、自分達の身を守ろうとしている。
・・・この子を守ってくれるのは誰もいないのに。
そんな事が許されるのだろうか。
後姿しか見えない女の子からは悲しいのか、怒っているのか、何一つ解らなかった。
・・・きっと僕達を恨んでいることだろう。
ふと、女の子の歩みが止まった。
僕も一歩踏み出して・・・絶句した。
「おっ、おっちゃん・・・?」
おっちゃんはそこに荒い息をついて立っていた。
周りには・・・さっきの鎧の男(4、5にんはいた筈・・・)が倒れてうめいていた。
「あぁ・・・おっちゃん・・・やっちまったのかい・・・?」
おっちゃんはちらっとこっちを見た。
「ケン・・・お前王女を連れて来たのか・・・?・・・馬鹿野郎、王女をそう簡単に渡すな・・・。」
・・・とそこまで言うと、膝をついて倒れてしまった。
「ぎゃー!!おっちゃん!おっちゃん!!」
「あ・・・貴方の叔父(叔父?)様なのですか・・・?あ・・・何てこと・・・」
女の子はお姫様に育てられて来たのだろう。
「おっちゃん」という言葉を真に受けてしまった。
てゆーか(てゆーか?)僕はそれどころじゃなかったんだ。
あぁ、おっちゃん。哀れな。
再会してまだ30分も経ってないのに・・・。
交わした会話の内容は頭の事だけ・・・。
思い出すのはあの頭だけ・・・。
「死ぬなんてーーー!!」
「だ、大丈夫です・・・。叔父様(様?)は眠っておられるだけです。だって・・・あんなに大きないびきを・・・。」
と、女の子は叔父様(叔父様?)を見た。
そういえばグォーッっという声(?)がする。
自分の声で聞こえなかったのか。
「良かった・・・。」
「・・・。ずいぶんご迷惑をおかけしたみたい・・・。では私、叔父様の御好意を無にしないよう・・・逃げますわ。ありがとう。ケンさん。」
「あっ、ちょっと待って!」
僕は思わず声をかけた。
「君は・・・何故そこまでして逃げるんだい?」
ついさっき待ちに着た僕には素朴な疑問だった。
「・・・それは私が王女だからです。貴方にはお解りいただけないかもしれませんが・・・あるのですよ。いろいろね。」
でも・・・逃げるだけでいいのだろうか・・・。
本当に、少女は僕に一礼して町の人々の中に消えていった。
僕は女の子が見えなくなってから、たっぷり15分座り込んでしまった。
「おっちゃんどうしよう・・・。重いよ・・・。」
とりあえず、宿屋におっちゃんを運んでもらった。
店の中はとても寝れる所がないので、カウンターに置いてもらうことにした。
「さて、僕はどうしようかな・・・。おっちゃんと2人でカウンターで寝るのはちょっと辛いし・・・。」
僕としては大嵐の中を歩いてきた疲れを取りたかったのだが、寝る場所もないこの宿屋では、風呂に入るしか出来ないようだ。
思えばこの宿屋も古いよな・・・。
こんなになっちゃって、また営業再会できるのはいつの日か・・・。
僕はおっちゃんのわきを通り抜けて、風呂場を探した。
と思っていたら、風呂場が見当たらない。
どうしたことか。おっちゃんの宿は温泉で有名だったはず・・・。
暫く来ないうちに何があったんだろうか?
僕はもともと風呂場があったであろう所に立ち、呆然と周りを見回した。
「ん~~・・・」
僕が途方に暮れていると、後ろから人に気配がした。
「あぁ、それか。温泉の事だろ?」
その声は・・・おっちゃん!
「おっちゃん元気になったんだね。(と言っても寝てただけだが。)」
それよりも頭のほうを話して欲しいと思ったけど、おっちゃんがあまりにシリアスだったので、おとなしく話を聞くことにした。
「まぁ、まず隣国の事から話そう・・・。
―――始まりは1年前の事だ・・・。覚えているだろう?あの白豚国王を。あの国王が再婚したんだ。
そして王女が悪い奴だったわけだ。王女もそれを良く解っていた。わかりすぎていた。だから・・・逃げたんだ。」
「それで王女を捕まえるためにわる~い女王の追っ手がいてるんだろ?だから何だって言うんだ?それで何でおっちゃんがこんな目に会うんだよ?・・・もしかしてその頭、心労?」
僕は思ったことを口にした。
僕はこの国に来たのは久しぶりだけど、だいたいどこの国も一緒だとわかっている。
国王がいて、その国王に不満を持つ民衆がいる。
それが王の娘であってもおかしくはないことだ。
彼女も国の一員なのだから。
彼女は国の娘としてではなくて、国の一員になる事だろう。
ひっそりと身を隠して生きていく。
そして、必要となれば国の為に人の前へ立つ事だろう。
・・・でも、あの時・・・僕があの子をつかまえて放さなかったらどんな未来が待っていたのだろうか?
「・・・ケン、店の中片付けるの手伝ってくれ。
「あ、うん。」
僕はこの町に住むつもりだ。
彼女のためではないと思う。
しかし、今後彼女に会えたら・・・と思っているのは事実である。
再び助けを求められたら、今度こそ助けてあげよう。
彼女のためであり、僕のためでもある・・・。
実は彼女はおっちゃんの娘だった、なんてオチがあったら楽しいんだけど。
最終更新:2013年11月11日 00:44