FRONT of MAID  Short Short Story 003

(投稿者:クラリス・アクナ)

夢の中で(前編その1)


広大な山岳地帯をひた走る長大な列車。
空から見てみると一本の黒いミミズのようなシルエットをしているが、高度を落として近づいてみれば、結構な大きさを持った装甲列車だということが分かる。
50両近い車両を牽引しつつ、時速100kmをマークしているこの装甲列車はつい最近グレートウォールに出てきた兵器だ。
戦艦ほどの迫力はないものの、対G戦闘にも耐えられるよう重装甲が施され、線路がない悪路でもキャタピラを用いた地上走破能力も完備した、いわば地上戦艦と言える代物だろう。
最後尾には簡易滑走路まであり、戦闘機なら3機分の搭載も可能なようだ。

(あれか)

若松が降りるべき場所を目視すると、再度通信を入れた。
視認距離前に入れてから約10分での到着となる。

「こちらは楼蘭皇国陸軍の若松中佐。貴車マーチドゥシアーへの着陸許可を願う」

少女の目の前に座る父の顔は少々強張っていた。彼女は何も知らないため仕方がないが、彼にとってヴォ連という国がどういった国であるかそれなりに知っていたからだろう。
声から感じる緊張感は、今から妻を迎えに行くような感じではなく、むしろ救出するような感覚に違いない。
本当に彼らがすんなりと自分達を迎え入れてくれるのかと。

ヴォストルージア社会主義共和国連邦所属のマーチドゥシアー第一指揮車両総指令所より、副司令のジャン・ピーング・ドゥゲイザー中佐だ。貴機の着陸を許可する。後方より進入せよ』

「感謝する」

安堵、とでも言えばいいのか、一つの緊張がほぐれる。だが、すぐに次の緊張が若松を襲う。
そう、問題はこれからだ。
若松はマーチドゥシアーの後方からアプローチして機体を降ろしていく。かなりの速度で進むマーチドゥシアーと相対速度的にかなりの余裕があるため、着陸は難なく終わった。

「トラン、パパが先に出るから合図するまで外に出ちゃダメだぞ」
「うん、わかった」

座席の影に隠れるほど身丈が小さい少女は父の言葉に素直に従う。
これから問題にへと向かう父は風防を開けて機外に出て敬礼した。

「お初にお目にかかります。楼蘭皇国陸軍中佐、若松幸示です」
「うむ。ようこそマーチドゥシアーへ。私が総司令のタリーナ・レスサーニャだ。大佐をしている」
「ご丁寧にどうも。早速ですがベーエルデーのルフトバッフェ白の部隊所属のメード、ホルンの様子を伺いに来ました」
「話は聞いている。彼女は現在他国のメードが診てくれている。会いに行くといい。娘さんも心配なさっているようだ」
(流石にここでも有名か)

操縦席からチラチラと父の様子を伺っている少女。
若松は娘に外へ出るよう合図をする。彼女が外へ出た時、周りからの目線が彼女に集中した。

(メードでも人間でもない“子”か・・・)

タリーナは若松の隣にその子が移動したのを見守るとすぐに移動を開始する。周りの気配が自分でも感じたことのないものに包まれていることを察したためである。あまり良い物ではない。
簡易滑走路車両を渡り、売店兼用武器庫の車両も渡り、約10両ほど歩くと目的の車両が目に入った。
ドアの前にタリーナ司令が立ち、ノックする。

「タリーナだ。見舞い人がいらっしゃった。入るぞ」

がらりとドアを開けるとそこはそれなりに豪華な内装とベットが並んでいる居住空間となっていた。
10名分の固定ベットと小さいテーブル兼用の引き出し棚に一応区切られたカーテンレールと、渡ってきた車両の中では一番安心できる場所のようだ。

「あ、センティアさんホルンさん。タリーナ司令と旦那様がいらっしゃいましたよ」
「ええっ、幸っちがっ! つぅ~・・・」
「はい、大人しくして下さい。肋骨折れてるのに動いては駄目よ」

医務室の隣にあるカーテンで区切られたベットから3人の声が聞こえた。
一人は紛れもなく聞き覚えのある妻ホルンの声だったが、他二人は言葉こそ聞き取れるものの訛りがある発音と声質で覚えがなかった。
カーテンが開けられると一人の少女が出てくる。

「こちらです。貴方が若松様ですか?」
「お、おぅそうだが」
「はじめまして。私はエントリヒ帝国のメードをしておりますプロミナと言います。お会いできて光栄です」
「あぁこちらこそプロミナちゃん。俺が若松幸示だ」
「では貴女がトラン・・・」
「え!?」

プロミナの発言でまたもや驚いたような声を上げるホルン。彼女の視線からはカーテンで区切られていて見えていないが、足をばたつかせるのは見えた。

「あ、はい。トラントラン・若松と言います。よろしくお願いしますプロミナお姉ちゃん!」
「はじめましてトラントランさん」

礼儀正しい少女は赤いドレスのような服を着ており、にわかにほかほか感が漂っている。身丈はトランより少々大きい年齢相応だが、一箇所だけ自己主張が凄まじいことになっている。

(あいつより大きいな・・・。外国のお嬢ちゃんってみんなこうなのか・・・?)

妙に大きいそれは八切れんばかりで、流石に若松も目が行きがちだったが、トランが前に出たことでそれを回避できた。

「ママ!」
「トラン! どうしてここに・・・ 幸っち!」
「すまん。最初は俺だけで出たんだが付いて来てな・・・。引き返せと何度も言ったが」
「だってママが墜落したっていうから・・・」

ちょっと怒ってますよ的なホルンの声に申し訳無さに答える若松。自分が悪いことをしたというトランの困った顔と、ママを案じた心配そうな顔はホルンの気分を徐々に落ち着かせていく。

「はぁ・・・まったくしょうがないわねぇ」
「この子がその?」

ホルンの隣でパイプ椅子に腰掛ける黒い服を着た女性が声を発する。身なりが整っており、体のラインが細くてクールなイメージだ。やや冷えた声を出し、落ち着きのある感じがする。

「はじめまして! トラントラン・若松です。よろしくお願いします!」
「よろしくトラン。私はセンティア・ラウス・バル。貴女のママを診てるのよ」
「ありがとうございます」
「よく出来たお嬢さんじゃない。将来は期待の嵐ね」
「どうかしら・・・」

ぷぅ~ っと頬を膨らませて怒りの表情をするトラン。嫌味か皮肉めいた母の言葉が気に食わなかったらしい。

「様態はどうかねホルンさん」
「適切な処置に感謝いたしますタリーナ司令。まだ痛みはありますが、かなり楽になりました」
「でもまだ肋骨の結合が始まってないわ。今日1日ずっと安静が必要だわ」

若松はセンティアの台詞を聞いて少々困った顔をした。彼の元々の目的はそのままホルンをつれて帰ることである。わざわざ乗ってきた機体もヴォ連の性格を考え、二世代も前の88式戦闘機でやってきたというのに、様態が悪いということで最短でも1日マーチドゥシアーで宿泊することになる。
また、トランのこともあったので出来れば引きずり出したいぐらいだった。
その様子をホルンは感じ取ったのか、視線をセンティアとプロミナに向けた後“ごめんね”とアイコンタクトをした。
仕方がないと諦めた若松はトランの面倒を見ると同時にトランの人生経験になるであろうと、親としての覚悟を決めた。

「しょうがない。トラン、パパからはなれ・・・、おいトラン?」
「トランならプロミナとクリルと一緒に外へ行きましたよ」
「なんだと!」
「大丈夫ですよ彼女達は。子供達には子供達の考え方がありますし、プロミナは今ここにいる中で一番のお姉さん役ですから」
「我々も随分信頼されていないな。まぁ歴史がそう語っているように、今の私も否定などは出来ない立場だが・・・」

センティアは長くこの列車にいたのか詳しく語る。一方のタリーナもヴォ連所属だが、対G連の命令で動く国際列車という立場を射抜いているため、自国の歴史にはあまり語ろうとしない。

「・・・・・」
「セっちゃんやタリーナ司令さんが言う通り大丈夫だよ。クリルちんも優しいし、トランにとってもいいお友達になるんじゃないかな」
「ぬぅ、お前がそういうなら・・・」

正直、いまいちピンと来ていない若松だが、ここで1日過ごすというならどこにいても同じだと考え、自分もパイプ椅子に腰掛けた。



ひたすら山岳地を疾走するマーチドゥシアー。走行する道は線路らしきものが無い平坦な場所で、車輪の代わりにキャタピラが地を蹴っている。
車軸と連結されているキャタピラは機関車のように動力を伝達する駆動系で、サスペンションはついていない。
そのため上下に激しく揺られる車体だが、一応シャーシとカゴはサスペンションによって支えられているのでベッドで休憩する分には耐えられるほど小さくなる。
ただし、最近メンテナンス不足のため一旦オーバーホールしなければならないと、マーチドゥシアー専属点検師(無理矢理)クリルが説明する。

「ちゃんと点検してるのにまた点検するの?」
「いっぱい人とか車両をくっつけてるからどうしても疲れちゃうんだよ」
「機械なのに?」
「機械だから、かな? この世に疲れない物はないんだよトランちゃん」

クリルがよく使うという点検用通路を使って人目につかないようトラン・プロミナ・クリルが移動していく。が、移動しているその通路は各車両の屋根を伝っていくというものだった。クリルなりの気遣いらしいのだが、時速100km以上の速度で走るマーチドゥシアーの屋根を歩いて渡るのはプロミナにとってちょっと根性必要だった。

「・・・ここって本当に“通路”なの?」
「すばやく移動するならここを使ったほうがいいからね!」
(ただ屋根を歩いてるだけじゃ・・・)

プロミナは心の中で突っ込みつつ、腰よりやや低い手すりで体を支えながらクリルが先頭車両までついて来いと案内する。
どうやらこの列車を引っ張る"ボス”がトランに会いたがっているらしい。

「ボスってあのタリーナさんじゃないの?」
「タリーナさんは“マーチドゥシアーのボス”なんだよ。まぁ私達に『戦って来い!』って言える人があのタリーナさん」
「どういうこと?」
「実はこの列車にはもう一人、“真のボス”がいるんだよ」
「“真のボス”?」
「そう。これ以上言ったら本人に怒られちゃうから、実際に会ってからのお楽しみだね」
「?」

不思議そうな表情でクリルの後頭部を見つめるトランだが、とりあえず会えるらしいのでそのまま後をついていくことにした。

「プロミナお姉ちゃんは何か知ってるの?」
「一応ね。でもトラントランさんにとっても良いお友達になると思います」
「おぉ・・・。輪が広がっていく・・・」

友達の人数が増えることに期待が上るトラン。色々と想像している内に先頭車両の手前から3両目にたどり着いた。
それよりまえに連結されている指揮車両で元の通路に下りてきていた3人は、3両目に入れる唯一のドアを開ける。

「うわっ、広い・・・」
「ボス専用のお部屋につながる通路だよ。普通ならタリーナさんと専任の技術者さん達以外は入れないんだけど、今回は特別だよ!」
「やっとその“ボス”さんに会えるのかな?」
「えっと、まだ16時前だからあと30分ぐらいかな・・・。今“ボス”は先頭車両のタービン室でお仕事中なんだ。見に行く?」
「良いの?」
「『すぐに連れて来なさい』ってのが命令だからね。大丈夫!」

ボスの勤務時間まで把握しているクリル。
他に作業をしている人間に気づかれぬよう、静かに歩かせる。
居住車両と変電車を渡り、そしてついにボスがいる部屋に到着した。
何気に熱気が伝わってくる。

「ここがボスのいるタービン室。このマーチドゥシアーのメイン動力にして中枢を担うすごいところだよ」
「ここに・・・ボス・・・」

ごくりと息を飲み込むと同じく、プロミナがドアノブに手をかけた。

「ちょっと熱くなってるから私があけますね」
「さぁ、ボスの熱い想いを受け取れるかな?」
「???」

熱い想いと聞いて何か嫌な予感がしたが、プロミナはそのままドアを開けた。

どぉっ!

「ひゃぁ!?」

分厚い鉄板のドアを開けた瞬間、殴りつけるかのような熱風がトランの体に襲い掛かった。
台風に打たれるのと同じ、かなり乱暴な風圧と、常人では耐え切れない熱が混ざったものだ。
あと、音もすごかった。
タービン室独特の音なのか、ギィーンという音が耳に響く。

「ぼぉすぅー、連れてきたよー!」
「あら、案外早かったじゃない。他の人間には見つかってないよね?」
「大丈夫!バレずにいけたよ!」
「上出来!」

室内が陽炎のように揺らいでいるその先に女の子が一人、右腕を機械の中に入れたままこっちを見ている。
こんな人間も入れないような場所で汗もかかずに平然としている。というか汗だくになってるのは自分だけ?

「ようこそおチビさん。アタイがこのノカロロニの真ボスにしてラスボスのチェルノ様よ」
「あ、初めましてっ、トラントラン・若松と言います」
「わけのわからない名前ね!」
「え」

何か期待された言葉を言われるかと思ったが、あまりにも予想外な言葉に面食らってしまうトラン。
実はトランにとって名前で“わけがわからない”と言われたのは始めてである。
なにがしら、彼女の存在はどこか期待を感じさせる言葉で迎えられることが多く、自身もその環境に置かれているものだから、“期待の言葉”を期待していたが、このチェルノという女の子はどこか違うようだ。
ボスらしいと言えばボスらしいのだが、どうも何も考えていないような、そんな感じである。

「ちょっとチェルノちゃん、いきなり失礼だよ」
「だって発音しにく・・・(むぐぐ)」

プロミナがすかさずチェルノの口に手をやる。
あぁそういうことか、とトランは納得した。

「あぁ、言いにくいようでしたらトランだけで大丈夫ですよ?」
「え、そっちがあだ名? てっきり“わきゃまふ”の方で考えてた」
「・・・あえて聞かないよ」
「なんでぇ? まぁ“わきゃまふ”で“ワッキャー”なんてあまりにもダサイわ」
「そういうことじゃなくて・・・。それに発音間違えてるよ。“わかまつ”ちゃんだよ」
「わきゃまふ」
「クリルさんにローラン語を習われては?」
「余計なお世話」
「あーもう」
(わ、私の知らない世界だ・・・)

タービン室で繰り広げられる3人のやり取りはルフトバッフェで経験したことがないものだった。
初めて異国の地に入り、そこで初めての人に会う。
パパはまだ早いだの、危ないだのと言っていたが、今こうして自分で体験しているのは何よりも楽しいと感じていた。
それが興味と関心に変わるのはそう時間を必要としない。
しかし。

(あ・・・あう)
「あれ、もう火を落としてるの?」
「前のバッテリーがまだ残ってるらしいから、それを使うんだってさ。だからもうすぐで終わり」
「なるほど、確かにあんまり使ってなかったしね」
「私を拾って頂いた時ですね。申し訳ございません」
「いいのいいの! アタイはココロが広いから!」
(・・・・・うぅ)
「最初は無視して早く帰ろうって言ってたくせに・・・」
「そうだったんですか?」
「あれは言葉のアヤってやつよ、アヤ! 補給前だし、ちゃんと帰れるか心配じゃない」
「ひどいですわ・・・」
「でもちゃんと拾って上げたわよ! あのおばさん、アタイの進言がないとすぐ、他国のメードに恩を着せるのはどうのこうのって言うし」
「タリーナ司令はそんなこと言わないでしょ」
(・・・・・)
「んじゃ祖国の上の人」
「適当すぎるって!」
「でも拾って、って言ったのはアタイなんだから! それは間違いない」
「感謝します・・・」
「いつもそんな風だとボスには成れないよ? まだ隠しボスなんだから」
「うっさい! 子分1号が生意気な口を!」
「誰が子分か!」
「まぁいいわ。今日もまた新しい私の・・・あれ?」
(・・・・・)
「あ」
「と、トラントランさん・・・? あ、すごい汗・・・」

やっと気づいてもらえた。
ただ、ちょっと遅かったようだ。
床に倒れる5秒前。

「貴女メードじゃないの?」
「それより外に出さないと!」
「チェルノちゃん、お部屋に入れるよ!」
「しょうがないわね。今回だけ特別よ」
「今あけても他の人にバレずに大丈夫かな!?」
「出会い頭に殴っちゃえば良いよ」
「本当に殴っちゃうよ!?」
「死ななければ大丈夫だって」

いや、殴るのはよくないですよ皆さん。

「とりあえず部屋まで運びましょう」
「そうだね。トランちゃん、しっかりして」
「う~・・・ん」

それからしばらくのことはあまり覚えていないトラン。
強いて言えば、誰かに見つかりそうになったとき誰かが誰かに襲い掛かってたぐらいで、別に何も起きていない。
チェルノの部屋に入った3人は、ひとまず床にトランを寝かせて、備え付けの蛇口で水を含ませたタオルを使い、汗を拭いてやる。
汗が滝のように全身を伝って流れて、トラン本人の意識も目をぐるぐる回してのぼせていた。

「お、トランちゃん結構胸あるねぇ」

身体を拭いていたクリルが手に収まるほどの胸をぽんぽんと叩いて感触を確かめている。

「そんなおじさん臭い事言わずに体拭いてあげて下さい」
「そういえばそのプロミナの胸って生まれつき大きかったの? それとも揉んだの?」
「う・・・」

ある意味予想通りというか、もはやお約束というべきか。
これまでの人生で胸について尋ねられなかった事など一度もない。
身丈の生りとギャップがありすぎて、男性はもちろんのこと、女性からもずっと聞かれる。
祖国であるエントリヒ帝国でも同じことで、どこにいても視線を感じるのだ。
特に強烈な視線を放つ、おなじ皇室親衛隊所属のあのメードとか。

ただまぁ幸いなのが、それまで目立った変態行為というものは受けたことがない事。
彼女がメードであり、炎使いと呼ばれるほど高熱・高温の扱いに長けた能力なため常人では近づけず、なにより大きいのが所属する部隊。つまり皇室親衛隊という肩書きだった。
エントリヒ帝国を守護するメードという肩書きはエントリヒ皇帝らの働きかけもあってか非常に高貴な者達として位置づけられている。
いわば貴族的存在で、皆が皆女王様であり、お嬢様であり、姫様なのだ。
そんな彼女達に近づこうと思うのが自殺行為そのものなのだから当然といえば当然である。
んが、それは彼女の存在意義を十分理解している者が行うことで、実際はクリルのように問答無用だったりする。

「う・・・生まれつき・・・です」
「いいなぁ。片方で良いから頂戴」
「・・・正直、差し上げられるなら差し上げたい所です」
「あぁでも片方だけ大きかったら気持ち悪いからやっぱいいや」
「そうですね」

ペシッっとクリルの額を叩いてやる。
手をおもむろに突っ込もうとしたので止めたのと、下品なので注意したのと色々混じった折檻である。

「ごめんなさいですよ・・・」
「はぁ・・・、これからはきちんとしてくださいね」
「わかりました!」
「じゃぁ後ろの方にあるお店で何か買ってきて」
「おぅチェルノちゃん・・・」

汗だくになりながら自分の部屋に戻ってきたチェルノ。
胸元をバサバサと手で仰ぎ、スカートも使って熱を放出している。

「あんた派手にやったわね・・・。よりによってゲリスルトを焼くなんて」
「や、焼いてません!」
「アレ、腹がとてつもなく弱いから、一度熱するとトイレから半日は出てこないのよね」
「え」
「まぁ、あんたに見つかったのが運の尽きってヤツだね。にひひ」

小悪魔というか確信犯というか。
トランを運ぶ途中に出会った人物に熱風を浴びせただけなのだが、それがそのゲリスルトという人物らしい。
そしてチェルノが汗だくなのはそのゲリスルトに止めを刺したからのようだ。

「超高熱のアタイと炎使いのプロミナ、超耐熱のクリルにかかればイチコロよ、イ・チ・コ・ロ!」
「その超高熱のチェルノちゃんが汗だくねぇ」
「制御棒戻すときに丁度アレがタービン室に入ってきたもんだから浴びせてやったのよ。その時私はコアの出力落としてたから守りきれなくてね。アタイに変な運動させたからもう汗でべしょべしょだよもうー」
「あぁそれで汗が。なぜタービン室の時は汗を掻いてないのに今なのかと」
「アタイの熱制御は完璧だけど、完璧すぎるからちょっとでも狂うと大変なのよね。熱はコアエネで防げないから、制御棒の熱操作が何より肝心なことなの」
「?」

チェルノの説明に疑問符が浮かんだのはプロミナだった。
彼女は熱というより炎を操るメードで、他にも類が無いほど貴重な能力である。
コアエネルギーというのは何かの性質に変換は出来ないのが通例とされていて、基本的にプロミナの炎も見た目が炎っぽいコアエネルギーの塊なのだ。

「そういえばプロミナは何で炎を使えるの? 熱も操れるみたいだし」
「私も気なるなぁー」
「あんたは店で何か買ってくる事優先」
「( ´Д`)エー」
「ヽ( `3´)ノハヤクカッテキナサイ!」

催促されるがままにパシリに使わされたクリルは部屋を出るとまた屋根伝いに車両を渡って行った。
まるでNINJAのように軽やかで、かつ素早い移動である。

「早い・・・」
「流石ローラン出のメード。アタイでも出来ないことを平然とやってのけるのからすっごく助かるアタイの子分1号よ」

部屋にある車窓からクリルの様子を見る二人。
時速100km以上で走るこのマーチドゥシアーに追いつける唯一のメードでもあるとチェルノが付け加えた。

「うう~ん」
「お? 起きたようねおチビさん」

あまりにも急な体温変化のせいで少々気を遠くしていたトランが現世に戻ってきた。

「あんたが主人公なんだからあれぐらいでへばってちゃ身もふたも無いよ」
「今クリルさんがお店で何かを買ってくるそうですので、それでもっと落ち着くと思います。もうすこし待ってて下さいね」
「は・・・はい・・・」

腕を額に乗せて意識を保とうと落ち着かせているトランに、チェルノが寄る。
背中に生えた鳥のような翼をぺたりと床に置いているが、それを手にとってじっくり眺めた。

「人間とメードで結婚すると亜人が生まれるのかしら」
「亜人とは違うでしょう。亜人とは元々の種族が人間に近くなったものとするのが通説です。ある宗教や組織はまるで敵対者のごとく酷いことをしてますが、少なくともトラントランさんは亜人ではありませんね」
「そうなのおチビさん」
「・・・わかりません。ただ生まれてからずっと羽があるということだけで」
「そりゃそうよね」

トランにとっては背中にもう一対の腕があるような感覚らしい。
チェルノが持つ翼をネコの尻尾みたいにヒラヒラと動かすと、確かに腕のような筋肉の動きが伝わってくる。

「これで空とか飛べるの?」
「はい。まだ上手く飛べませんけど、速さなら自信あります」
「へぇ・・・どれぐらい速いのよ?」
「時速700kmぐらいと聞きました」
「マジ?」

マーチドゥシアーを牽引するノカロロニは最大連結でも時速100kmを維持できる超馬力が売りだが、単車両ではさらに地上走行物中最高クラスの時速311kmを出せる列車として有名だ。
この時速311kmという記録を作ったとき、チェルノは速すぎて半場泣きかけで、補佐としてはじめて乗り合わせたクリルがおおはしゃぎしていた。
自分が泣きかけた速度の約2倍で飛ぶという。
それを思い出した時、顔面が青ざめたが、トランは気づかずそのまま話を続けた。

「ママがお仕事してるフルトバッフェという所にチューリップお姉ちゃんがいるんですけど、お姉ちゃんがちょっと本気にならないと捕まえられないぐらいだって」
「チューリップ・・・? あ、もしかして空戦メード最速として有名な黒の部隊の・・・」
「あ、はい。そうです」
「・・・知ってるのプロミナは?」

チェルノははじめて聞く組織の名前でチンプンカンプンだったが、プロミナが知っているというので聞いてみる。嫌な予感しかしないが、ボスたる者がこれで怖気ついてはいけないのだ。

「はい。帝国ですごく話題になりましたから。当時あの記録を作られたとき、帝国の防空飛行隊が3ヶ月にわたって絶叫し続けたという事件がありまして・・・」
「絶叫・・・」
「飛行隊の方々は私が所属する皇室隊よりもプライドが高いので、訓練と称しては毎日空を飛んでいましたね。その時ずっと叫んでいました」
「あぁ・・・」

負けず嫌いの精神はチェルノもわかるところがあって納得した。
絶叫というのはおそらく気合の声だろう。

「あまりにも叫びすぎたので、定例会議でいつも顔を出す隊長さんが紙に文字を書いて受け答えしたというちょっとお恥ずかしい噂もあります」


「バカだね」







「ヘッショイバァーロー!」


「うわ、最低なくしゃみ・・・」
「くっ、誰か噂してる・・・。お前かレイリ
「えっ!? ち、ちがいますよ!! た、多分風邪ですよイェリコ隊長。冬も近いのにいつもお尻だしてるから・・・」
「なんだと」
「あぁーーっ今のはナシ! 今のはナシです隊長!!」
「馬鹿者! 私の尻を舐めろ!!」
「きゃぁぁぁあぁぁ!! エターナルコアから( )*( )が逆流するぅぅ!?」



「はは♪ それでもまぁ訓練から3ヵ月後には記録を破ったようなのでいつもどおりになりましたが」
「・・・それで、そのチューリップっていう人が作った記録ってどれぐらいだったのよ」

いよいよ本題である。
こういった最高速度を競う記録というものは常々微妙な変化が多い。特に普通の車と列車は走る場所こそ違えど、大体同じような速度で走っている。線路で走る列車の方が速度的に優れるが、列車自体の速さというものはこのノカロロニを除き、変化は大して大きくない。それこそ機関車とディーゼル車ほどの技術革新でなければ、通常の改良でとんでもなく速くというのは出来ないのだ。
ただ、それを脳内で力説するのはチェルノの考えと経験なのであって、これから聞くことになる真実は彼女を暗闇に引きずり込むことになる。

「えっと確か・・・」

ごくり・・・

「私が見た雑誌の記事ではマッハ1プラスを記録したと」
「・・・まっはわんぷらす?」
「えっと、時速にすると大体1024kmですね」
「せん・・っ!」

トランから出た聞いたことも無い数字に言葉を詰まらせるチェルノ。さらに・・・

「ちなみにマッハというのは音が移動する速度のことで、これを時速にすると大体1024kmになって、もしそれ以上の速度を出したら音が移動する早さを超えたことになります。と、セーラお姉ちゃんから教わりました」
「お・・・おとの・・・そくど・・・こえ・・・」
「チェルノさん、どうかしましたか? 顔が真っ青ですが・・・」

ノカロロニの3倍以上の速度がメード一人で出したという事実より、3倍以上の速度で移動する景色を思い浮かべてくらくらしてしまう。
また、音の速度を超えるということは無音になるということなのか、はたまた音が逆再生されたような気持ち悪い音が聞こえてくるのかという無駄に想像力を働かせてしまったチェルノに、今度は冷や汗が大量に流れてきた。
意外と脱水症状で倒れるのはチェルノかもしれない。

「そういえば帝国の飛行隊さん達はどうやって記録を破っちゃったんですか?」

トランの意識が整い始め、声に色が戻ってくる。

「それは確か、ある戦闘機の翼にロケットを装着して飛ばしたとかなんとか」
「うわ・・・。それパパが聞いたら驚きます・・・。大丈夫だったんですか?」
「パイロットの方は無事だと聞きました。ただ戦闘機は記録を破った直後空中分解して爆発したと・・・」
「おぅ・・・。よくご無事で」
「まったくです」



「そういえばロッサさんまだ入院中なんですか(ッペ」
「彼女は良くぞ我等が帝国の威信と誇り高さを保ってくれたのだ。しばらくの休暇も必要だ」
「休暇も何も、メードで全治6ヶ月ってシャレにってませ「今も順調に回復していると聞く。帝国のメードでなければ確かに死んでいたような事故だが、同時に偉業も勝ち取ったのだ。同じ部隊に部下として、ウイングマンとして後席に座れることを誇りに思えよレイリ」
「・・・・・」
「まぁ6ヶ月も休めば十分だ。鈍った分はリハビリを兼ねて模擬戦を行うぞ」
(ロッサさんが可哀想だと思わないのかこの人は・・・)



「おいーっす! センティアさんに頼んだら光るコーラがあるって聞いたから貰ってきたよ! プリンもおまけだぁ!」
「あ、お帰りなさいませクリルさん」

景気よくドアを開けて戻ってきたクリル。
どうやら都合よくセンティアとあったらしく、安くていいから飲み物が欲しいと願い出たら青白く光るコーラと消費期限がやばめなプリンのセットを貰ったのだという。

「おぉ・・・良いタイミングだよクリル・・・」
「どうしたのチェルノちゃん。無理はよくないよ? みんなと一緒にプリンとコーラ飲もうっか!」
「おぉ・・・おぉ! 飲むよ!」
「おっさん臭いって・・・」
「トラントランさんも起きて、みんなと飲みましょう」
「はい、ありがとうございます」

クリルがみんなにコーラとプリンを配り、それぞれキャップをはずしていった。
瓶の中にある炭酸が心地よい音を立てる。

「それでわ! 新しい仲間の乗車祝いとして!」

かんぱぁ~い!

「今日は一日長いぞぉ~! 始まったばかりだからね!」





登場キャラ(メイン):トラントラン・若松 チェルノ クリル・ノートハイク プロミナ
登場キャラ(サブ):若松幸示 ホルン センティア イェリコ レイリ










最終更新:2009年12月29日 04:07
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