※百合描写注意
薄暗い霧に包まれた、古い洋館。
暗い霧の中では、昼も夜も変わらない。
そこに主人の姿は無く、代わりに数十人ほどのメイドたちが忙しなく働いていた。
「───ちょっと!まだ終わってないの!?」
小柄なメイドが玄関の掃除を担当していたメイドに詰め寄る。その声色は苛立ちを隠していない。
「今日はご主人様の帰還する日なんだら、塵一つ残さないでって何度も言ってるでしょ!!?あぁ……もう、ここ担当してた新入りは何処行ったのよ!」
「昨日あんたが消したでしょ」
苛立ったメイドの背後から聞こえた冷静な声。後ろに立っていた黒い髪のメイドが簡潔に言う。
「ハァ……そうだった。余りにも使えなかったから私が消したんだった」
メイドは昨日の事を思い出し小さなため息を付く。だが反省の色は全く見えていない。
「…………いい!?ご主人様が帰ってくるまでに、完璧に仕上げてなさいよ!!じゃないとアンタも消すから!」
思わず泣きそうになっているメイドに対し吐き捨てるように言い放ち、2人は玄関から離れた。
「やっぱ、ご主人様に許可なく殺すの良くないよ。ベル」
移動中、黒い髪のメイドにそう問われた小柄なメイド・ベルは2つ結った金色の髪を大きく揺らした。
「うっさいわねフィル!あの使えない新人、ご主人様の悪口言ってたもの。仕方ないでしょ」
黒い髪のメイド、フィルは嘘だと言わんばかりの眼差しをベルに向ける。
「それに、アレは人の形を保てているだけで力は無かったもの。雑魚をご主人様の近くに置けるわけないわ」
フィルは消された新人、ペルを思い出す。確かに龍血融合(コアレッセンス)は低stageで固有能力を持っていなかったが、屋敷に案内されるという事はそれなりに期待されていたはずだ。
おそらくベルは、彼女がご主人様好みの容姿をしていたことが煩わしかったのだろう。なんて可哀想なペル。
「……別にいいか。怒られるのベルだけだし」
彼女たちはご主人様を迎える準備を足早に行った。
「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様」」」」」
やがて夜が訪れ、整列したメイド達は完璧な角度で主人に挨拶をする。
「ただいま。アナタたち…良い子にしてた?」
馬車から降りてきた貴婦人はゆっくりと歩き出す。馬車を轢いていたのは馬ではなく、ドラゴンであった。
「───ベル。わたしのオトモダチが1人見当たらないわ」
恐らく昨日殺してしまったペルの事を言っているのだろう。
ベルはイタズラがバレた子供のように涙を浮かべた。
「……だって、だって、ペルは悪い子だったんです。弱いんだもの。だから私は、特訓をしてあげようと……申し訳ありません、カーミラ様……」
潤ませた涙を見せつけるように、主人・カーミラへ顔を上げる。
カーミラは困ったような、それでいて分かっていたような顔を浮かべた。
「そう。弱かったの。仕方ないわね。でも、わたしのオトモダチはみんなのオトモダチよ?弱くても強くても仲良くしましょう?」
カーミラはベルの頭を優しく撫でる。だが、メイド達は知っていた。地下牢に囚われている人の姿を保てなかった数多くのオトモダチの末路を。
「今度からは気を付けなさい。ベルは良い子だから出来るわね?」
ベルは力強く頷いた。今夜は何事もなく終わりそうだと周りのメイドたちも安堵の空気を漂わせる。
「それと、みんなに新しいオトモダチを連れてきたわ」
一瞬にして凍り付く空気。馬車の中から現れた新しいオトモダチ。艶やかな金色の髪に、青い瞳の少女。
可愛らしくおずおずとした、初々しい姿は正しくカーミラ好みと言えよう。
「P、ペルの次だから……クルよ。みんな仲良くして頂戴。……わたしはもう寝るわね。いきましょう、クル」
「はい……カーミラ様……」
恍惚な表情をしたクルをエスコートするように寝室へ誘うカーミラ。ベルは新たなライバルが登場した事にプルプルと震えている。
「ベル。あなたとは1週間ほどおあずけね」
最後に一つ、背中越しに告げられた言葉。“おあずけ”はベルにとって残酷な仕打ちである。1週間も愛を受けられない……彼女は膝から崩れ落ちた。
「……っ!……っ!笑うなフィル!!」
悔しさに地団駄を踏むベル。
ここは輝かしい将来を散らされた、少女たちと手折った貴婦人が暮らす館。その館を隠すように、霧は濃く覆われて外からは見えることはない。