| 車種名 | NX5 |
| 画像募集中 | |
| クラス | E |
| 最高出力 | 130ps |
| 車体重量 | 950kg |
| パワーウェイトレシオ | xxx |
| 吸気形式 | 自然吸気 |
| 駆動方式 | FR |
| 入手金額 | 70,000 cr. |
| 0-100km/h加速 | xxx sec. |
| 最高速度 | xxx km/h |
| メモ | その心は「人馬一体」。 小型オープンカーブームの旗振り役 |
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概要
元ネタ解説
マツダ・ユーノスロードスター (NA6CE)
1989年5月、アメリカで一台のマツダ車が発売された。その小柄なオープンカーは日本でも4ヶ月遅れて9月1日に発売、国内の初年のみの売り上げでは9307台という販売台数を記録。翌1990年には全世界で93,626台が売れ、爆発的なヒットを記録した。この車の成功を受けて、他メーカーもこれに追従。トヨタからはMR-S、ホンダからはS2000が発売され、海外ではフィアット・バルケッタやMG・MGFなどがリリースされるなど小型オープンカー界の活性化につながる起爆剤となった。この車の名前はユーノスロードスター。マツダの販売5チャンネルのうちの、ユーノス店の第1弾車種である。
ことの発端はマツダの北米スタジオ(MRA,MAZDA RESEARCH of AMERICA)へ向かう車中でのことであった。移動中のスタッフが「MGのようなライトウェイトスポーツカーが欲しい」と零したことがきっかけとなり、プロジェクトが動き出す。まずは試作ということで、4代目ファミリア(FA4型)のコンポーネントをベースに制作されたこのオープンカーにはV705のコードが与えられた。車体が赤く、ボンネット周りのボリューミーな造形から着想を得て、スタッフはこの車を「りんごちゃん」の愛称で呼んでいたのだそう。この「りんごちゃん」はイギリスとアメリカに持ち込まれ、一般人の反応を見てプロジェクトの可否を決めるために現地の道路を走り回った。この反応は非常に好評であったらしく、たとえばカリフォルニアで路上駐車した際にはたちまち人だかりができたとか、追いかけてきた現地住民が「金ならいくらでも出すから売ってくれ」と頼み込んでくることもしばしばあったそうだ。そのため「りんごちゃん」は民家の庭先に逃げ込ませてもらうことも多々あったとのことでその人気ぶりが窺える。結論として開発にはGOサインが出され、プロジェクトにはP729の開発コードが与えられた。ちなみに「りんごちゃん」はその後もマツダで保存されており、現在もイベント等でその姿を見ることができる。
さて、P729プロジェクトは有志によって本社横の車両保管庫内で開発が進められた。その後社内で正式なプレゼンがなされ、本格的にプロジェクトとして動き始める。デザインはMRAの他に横浜(MRY)と欧州(MRE)でも案が出され、広島に持ち寄られた3案のうちMRA案をベースとすることが決まった。このデザインモチーフには日本の伝統に影響を受けたスタイルが多く採用されている。フロントマスクは能面の1つである「小面」、サイドの起伏ラインは同じく能面の「若女」にインスパイアされている。シートのパターンは畳表、リアコンビランプは両替商の分銅。ドアハンドルは茶道のくぐり戸に近い感覚を、というイメージのもとで設計されたものだ。また、ハードトップ仕様のリアウィンドウはマツダ初の乗用車、R360クーペに強く影響された形状となっている。
この車は量産車としては異例となる、量産決定後1年半というハイペースで開発が進められて鮮烈なデビューを飾る。当時では既に珍しいFRマシンであったことは他社のライトウェイトスポーツとの差別化に繋がり、FFのホンダ・CR-X、MRのトヨタ・MR2とともに市場に並ぶこととなった。しかもこの車はただのFRではない。エンジンの重心は前輪の車軸より後方に、その他重量物もできる限り車体中央付近に集約して慣性モーメントを低減、2名乗車時で重量配分が理想とされる50:50に近づくように調整されているのだ。トランスミッションは当時では5速MTのみの設定だったが、1990年にはATモデルが追加された。足回りについてはマツダ車初となるダブルウィッシュボーンを採用し、フロントミッドシップ+ダブルウィッシュボーンはRX-7やRX-8でも踏襲されるものとなっている。エンジンはファミリアのB6型1.6L直4エンジンを改良の上搭載し、120馬力を発生。後期のNA8C型では1.8Lに排気量が拡大され、さらに10馬力の上乗せとなった。特筆すべきスペックとは言い難いものの、これらの装備をまとめた車体重量は前期型で940kg、後期型でも980kgと非常に軽量に仕上がっており、まさに人馬一体の喜びを体現する車となった。この車の特徴であるオープン機構は手動の幌であるが、オプションとしてデタッチャブルハードトップも用意されていた。
グレード構成は標準車とMomo製本革巻きステアリング、アルミホイール、パワステ、パワーウィンドウを装備した「スペシャルパッケージ」が用意された。その後パワステとパワーウィンドウのみの「Mタイプ」や、ナルディ製ウッドステアリングやウッドシフトノブ等を使用した「Vスペシャル」、ナルディ製本革ステアリングや本革シフトノブにBBSホイール、リアスポイラーを装備した豪華仕様「Sスペシャル」等も発売されている。グレードによっては設定されないカラーも存在するため、中古車を探すときにはグレードを絞り込むとより自分好みのロードスターに出会える確率が高まるだろう。
ライトウェイトスポーツカーとしてその座を確立したユーノスロードスターは、1998年に2代目NB型と入れ替わる形で生産が終了される。最終的な販売台数は431,506台となり、2000年にはNB型と合わせて生産台数531,890台を達成、ギネス世界記録に「世界で最も多く生産された二人乗り小型オープンスポーツカー」として認定された。2016年にはついに4代目とND型が累計100万台を突破し、現在も着実にその販売台数を伸ばし続けている。またアメリカの専門誌「スポーツカー・インターナショナル」の選出する「ベスト・オブ・スポーツカー」では1990年代部門で堂々の第1位に選出。32カ国130名の専門家が選ぶカー・オブ・ザ・センチュリーでは、20世紀に生産された数多の自動車の中でトップ100にランクインするなど、その魅力は世界中で認められている。
生産こそ終わってしまったロードスターだが、現在でも愛される車ゆえについに本社もその声に応えてレストアプロジェクトが開始された。2017年12月、4代目ロードスターの開発主査でもあった山本修弘が指揮を取る形で始動したレストアサービスは、関連会社のマツダE&Tにて作業が行われている。また、そこまで大きな作業でなくてもいいがリフレッシュを希望するオーナーのためにパーツの情報を提供、および近隣のマツダ販売店への紹介でリフレッシュが行えるように斡旋してくれるという安心のアフターサービスである。さらに、部品も着々と復刻生産されており、ナルディ製ステアリングやシフトノブ、純正のアルミホイールにスカッフプレート、フロアマット等これまでに190もの部品が復刻されている。これらのパーツは販売店を通しての購入が可能となっており、今後さらに多くのパーツを復刻する方針でもあるという。
今なお愛され続けるロードスターは、オーナーとメーカー双方の尽力で一つのスポーツカー文化を形成してきた。これからもロードスターが走り続ける限り、この車は常に時代の先頭に立って小型スポーツカーの未来を担い続ける存在だろう。原点のNA型からND型まで人馬一帯の歓びを提供し続けるロードスターは、どの世代からも愛される名スポーツカーなのである。
1989年5月、アメリカで一台のマツダ車が発売された。その小柄なオープンカーは日本でも4ヶ月遅れて9月1日に発売、国内の初年のみの売り上げでは9307台という販売台数を記録。翌1990年には全世界で93,626台が売れ、爆発的なヒットを記録した。この車の成功を受けて、他メーカーもこれに追従。トヨタからはMR-S、ホンダからはS2000が発売され、海外ではフィアット・バルケッタやMG・MGFなどがリリースされるなど小型オープンカー界の活性化につながる起爆剤となった。この車の名前はユーノスロードスター。マツダの販売5チャンネルのうちの、ユーノス店の第1弾車種である。
ことの発端はマツダの北米スタジオ(MRA,MAZDA RESEARCH of AMERICA)へ向かう車中でのことであった。移動中のスタッフが「MGのようなライトウェイトスポーツカーが欲しい」と零したことがきっかけとなり、プロジェクトが動き出す。まずは試作ということで、4代目ファミリア(FA4型)のコンポーネントをベースに制作されたこのオープンカーにはV705のコードが与えられた。車体が赤く、ボンネット周りのボリューミーな造形から着想を得て、スタッフはこの車を「りんごちゃん」の愛称で呼んでいたのだそう。この「りんごちゃん」はイギリスとアメリカに持ち込まれ、一般人の反応を見てプロジェクトの可否を決めるために現地の道路を走り回った。この反応は非常に好評であったらしく、たとえばカリフォルニアで路上駐車した際にはたちまち人だかりができたとか、追いかけてきた現地住民が「金ならいくらでも出すから売ってくれ」と頼み込んでくることもしばしばあったそうだ。そのため「りんごちゃん」は民家の庭先に逃げ込ませてもらうことも多々あったとのことでその人気ぶりが窺える。結論として開発にはGOサインが出され、プロジェクトにはP729の開発コードが与えられた。ちなみに「りんごちゃん」はその後もマツダで保存されており、現在もイベント等でその姿を見ることができる。
さて、P729プロジェクトは有志によって本社横の車両保管庫内で開発が進められた。その後社内で正式なプレゼンがなされ、本格的にプロジェクトとして動き始める。デザインはMRAの他に横浜(MRY)と欧州(MRE)でも案が出され、広島に持ち寄られた3案のうちMRA案をベースとすることが決まった。このデザインモチーフには日本の伝統に影響を受けたスタイルが多く採用されている。フロントマスクは能面の1つである「小面」、サイドの起伏ラインは同じく能面の「若女」にインスパイアされている。シートのパターンは畳表、リアコンビランプは両替商の分銅。ドアハンドルは茶道のくぐり戸に近い感覚を、というイメージのもとで設計されたものだ。また、ハードトップ仕様のリアウィンドウはマツダ初の乗用車、R360クーペに強く影響された形状となっている。
この車は量産車としては異例となる、量産決定後1年半というハイペースで開発が進められて鮮烈なデビューを飾る。当時では既に珍しいFRマシンであったことは他社のライトウェイトスポーツとの差別化に繋がり、FFのホンダ・CR-X、MRのトヨタ・MR2とともに市場に並ぶこととなった。しかもこの車はただのFRではない。エンジンの重心は前輪の車軸より後方に、その他重量物もできる限り車体中央付近に集約して慣性モーメントを低減、2名乗車時で重量配分が理想とされる50:50に近づくように調整されているのだ。トランスミッションは当時では5速MTのみの設定だったが、1990年にはATモデルが追加された。足回りについてはマツダ車初となるダブルウィッシュボーンを採用し、フロントミッドシップ+ダブルウィッシュボーンはRX-7やRX-8でも踏襲されるものとなっている。エンジンはファミリアのB6型1.6L直4エンジンを改良の上搭載し、120馬力を発生。後期のNA8C型では1.8Lに排気量が拡大され、さらに10馬力の上乗せとなった。特筆すべきスペックとは言い難いものの、これらの装備をまとめた車体重量は前期型で940kg、後期型でも980kgと非常に軽量に仕上がっており、まさに人馬一体の喜びを体現する車となった。この車の特徴であるオープン機構は手動の幌であるが、オプションとしてデタッチャブルハードトップも用意されていた。
グレード構成は標準車とMomo製本革巻きステアリング、アルミホイール、パワステ、パワーウィンドウを装備した「スペシャルパッケージ」が用意された。その後パワステとパワーウィンドウのみの「Mタイプ」や、ナルディ製ウッドステアリングやウッドシフトノブ等を使用した「Vスペシャル」、ナルディ製本革ステアリングや本革シフトノブにBBSホイール、リアスポイラーを装備した豪華仕様「Sスペシャル」等も発売されている。グレードによっては設定されないカラーも存在するため、中古車を探すときにはグレードを絞り込むとより自分好みのロードスターに出会える確率が高まるだろう。
ライトウェイトスポーツカーとしてその座を確立したユーノスロードスターは、1998年に2代目NB型と入れ替わる形で生産が終了される。最終的な販売台数は431,506台となり、2000年にはNB型と合わせて生産台数531,890台を達成、ギネス世界記録に「世界で最も多く生産された二人乗り小型オープンスポーツカー」として認定された。2016年にはついに4代目とND型が累計100万台を突破し、現在も着実にその販売台数を伸ばし続けている。またアメリカの専門誌「スポーツカー・インターナショナル」の選出する「ベスト・オブ・スポーツカー」では1990年代部門で堂々の第1位に選出。32カ国130名の専門家が選ぶカー・オブ・ザ・センチュリーでは、20世紀に生産された数多の自動車の中でトップ100にランクインするなど、その魅力は世界中で認められている。
生産こそ終わってしまったロードスターだが、現在でも愛される車ゆえについに本社もその声に応えてレストアプロジェクトが開始された。2017年12月、4代目ロードスターの開発主査でもあった山本修弘が指揮を取る形で始動したレストアサービスは、関連会社のマツダE&Tにて作業が行われている。また、そこまで大きな作業でなくてもいいがリフレッシュを希望するオーナーのためにパーツの情報を提供、および近隣のマツダ販売店への紹介でリフレッシュが行えるように斡旋してくれるという安心のアフターサービスである。さらに、部品も着々と復刻生産されており、ナルディ製ステアリングやシフトノブ、純正のアルミホイールにスカッフプレート、フロアマット等これまでに190もの部品が復刻されている。これらのパーツは販売店を通しての購入が可能となっており、今後さらに多くのパーツを復刻する方針でもあるという。
今なお愛され続けるロードスターは、オーナーとメーカー双方の尽力で一つのスポーツカー文化を形成してきた。これからもロードスターが走り続ける限り、この車は常に時代の先頭に立って小型スポーツカーの未来を担い続ける存在だろう。原点のNA型からND型まで人馬一帯の歓びを提供し続けるロードスターは、どの世代からも愛される名スポーツカーなのである。