森とは
「木々の間隙から現れた獣達は、醜悪に歪んだ相貌を隊に向け、腹の底が冷えるような唸りを上げる。
幾つもの四本脚の向こう側で、その美しくも奇妙な構造物がまるで手招きするように日差しに煌めく。
すくみ震える足は、奇妙なことに早鐘を打つ心臓の高鳴りによって静まっていた。
最終更新日
2024-06-3021:55:42
「森」について
「名無しの森」と呼ばれる、惑星全土において超広範に繁茂する森林地帯。
深淵樹海、無名樹林、暗黒森林、虚の森、暮の棲家など、幾つかの異名で呼ぶ者もいるが、
現代では一貫して「森」と称されることがほとんど。
と同時に、人族が未だ得難いあらゆる力や技術を内包したフロンティアとされている。
「先史時代の森」
かつて、この星は人のものではなかった。
あまりにも巨大で途方もない存在、「大地生」。
無数に群れ、道理の通らない怪物として木立の影に根付く「暮」。
人は「大地生」の傍らで細々と過ごし、対して暮は「森」の闇に紛れ、
そこへ踏み込んだ者のことごとくを飲み込んでいった。
月から来た双つの支配者たちはいつしか争いを始め、
人はその大きすぎる動乱の隅に怯えることしか叶わなかった。
「森」の始まり
「暮」が「大地生」の攻勢により追いやられ、ついに時代は人のものへと移ろい始める。
しかし、いまだ「森」は「暮」の棲家であろうと恐れられ、禁足地と定められていた。
人は森際の僅かな陸地と、荒れ果てた海際に、寄る辺無く息を潜めるようにして生きていた。
だが、その閉塞は長く続かなかった。
ある潜森士――「森」に入る人族がそう呼ばれる前の話。
既に彼、もしくは彼女の名は失われ、それでもその者が遺したものが人々に蔓延る鬱屈した闇を打ち払った。
それは、"最初の誰か"が「森」を切り拓いた冒険の記録であった。
無数の危険に満ちた記述と、それに相反するように美しく描かれた深い「森」の情景。
信じられないほどの力を秘めた「
漂着物」と、そこから生まれる絶大な恵み。
忌まわしき獣たちとの戦いと、それでも折れず進み続けた潜森士が見出した人の強さ。
人々はその日誌(ログブック)に夢と希望を見出し、
あらゆるものを夜の闇へと引きずり込んだ「暮」の存在がもはや失われたことを知る。
人が人の力で「森」を進み、夜更けに光を灯す、明け星の時代が始まったのだ。
「森」の現在
それから数百年。
人は「森」からの恵みによって発展を遂げ、変わらず貪欲に「森」を切り拓いている。
しかし、「森」もそう易々と彼らを招き入れてばかりではない。
突き進むほどに現れる危険な獣、新たな疫病、押し寄せる海嘯、名の喪失……。
確かに人は「森」に分け入ることを叶えたが、恐れと畏れを失くせてはおらず、
人域も本当に広くなったとは言い難い状況にある。
だが「骨」の守りと人々の尽力により、浅瀬への定住を実現させた彼らは、
かつてより容易に「森」に潜るようになり、潜森士を選ぶ者は多くなる一方だ。
荒れ果て住まうことさえ困難とする外側の世界よりも、「森」を選ぶ人々は今日も増えている。
次の名誉を得るのは、今は名もなき新世代の誰かなのかもしれない。
ナナシアからの「注意事項」
ここに書かれていることなんですけど…
ぜんぶがぜんぶ、本当だとは限りません
地球とは違って、「森」はまだまだまだ何も明らかになっていない、未調査のことだらけ。
惑星そのものの調査さえ、大陸の数さえ正確なものかまだ判明していません。
人が簡単に入っていって、研究できるような場所が少なすぎるのです。
「始まりの日誌」さえ、真偽の定かではないものが複数存在し、
今もなお本当の一冊が見つかったと喧伝する人で止まず……。
霧の影響で時間やそれぞれの所在ですら曖昧、
名の喪失で日々消えていくかつて存在した知人や友人、あるいは縁遠い人、
海嘯で失われていくこの星のあらゆる歴史的遺物など……。
何が真実で、何が虚偽なのか。
それは「森」に踏み込もうと決め、
潜森士たろうとした、あなたのその目で見定めていくことになるでしょう。
最終更新:2024年06月30日 21:55