最終更新日
2024-06-3021:26:46


「その歌姫の細い指先を始まりとし、彼女の輪郭をなぞるように淡い光が灯っていく。

 巨大で荘厳な「骨」を背景に、喉から、唇から、全身からそっと紡がれる、歴史を回視する追懐の歌。

 古来より人々が連綿と繋いできた、そしてこれからも続いていく、我らと彼らの絆の姿だ。」

――ある吟舞宴での奉唱。





「骨」


「森」の危険は多様だ。


生命に不可逆な変質と喪失をもたらす「霧」、
木立をさまよう者を容赦なく吹き飛ばす「海嘯」、
静寂の底に潜む恐るべき「凪」……。

枚挙にいとまがない脅威から、人族を始めとした全ての存在に保護と安寧を与えてくれるもの、それが「骨」である。

理由は不明だが、「骨」の近辺には霧は寄り付かず、ほとんどの獣もそれを避けるため、
その周辺は人族の居住区となり、探索拠点となっている。


各地に散らばる「骨」もまた多様であり、例えばそれは巨大な大腿骨のようであれば、
天に突き立つ肋骨の断片であったり、地を削るように埋もれた頭骨から、
どことも付かない骨片の群れ、あるいは人が持たぬ尾骨、もしくは人のような鎖骨、体の一部から全身の姿を残すものまである。

彼らは全て、先史時代に人々と深く関わりを持った生物の現在の姿であり、
変わり果てた形になりながらもなお、我々の営みを守り、命脈を繋いできた神聖なる遺物。


我らはその庇護下のもと、大きな大きな「骨」の下で、もしくは小骨の幾つかへ寄り添い生きている。


「歌姫」


人族と「骨」を繋ぐ者たち、「歌姫」。

「骨」は人の歌を好む。そして、その歌がなければ存在を維持できない。
人々と「骨」――後述する「大地生」との間にどのような歴史がありそこに至ったかは判然としないが、事実としての関係がある。

森辺の民が歌を捧げなければ「骨」は力を失い、「森」のあわいに崩れ去る。
「骨」が形を失わずその威容を保ち続けていられた裏には、幾千幾万もの歌姫が捧げてきた歌があった。

様々な形の宴や祭を経て、あるいは各地を巡る歌姫たちが、
「骨」の守護を祈り願い続けたからこその今日があるのだ。

歌姫たちは現在も日々「骨」の存続のため、その在り様や形式を様々な姿に変え、あるいは変えずに、
それでもただ「歌を捧ぐ」という一点のみは遵守し「骨」を支え続けている。


「大地生」



「骨」とはそもそも何だったのか。


彼らは「大地生」と呼ばれる、巨大な獣であったとされている。
「森」に住まうような獣の特徴を持ってはいたが、どれもが一個体で完結しており、独特の特徴を有していたという。
あまりの大きさに、その姿を正確に想像することさえ現在の技術では叶っていない。

小さいものでも数百mから始まり、最大のものでは数十km超にまで至るほどの、
雲すら超えるほどの至大にして驚くべき存在であった彼らが、
いかにして、またどのような目的を持って人々と交流を持ち、親交を有していたかはほとんどが不明のままだ。

しかし、彼らは身をもって先史の脅威に立ち向かい、我らを守護し、その歴史を繋いでくれた。
肉を失い「骨」にその姿を転じてなお、今は歌だけを糧に、「森」の危険を打ち払っている。


人々は彼らを、畏敬と崇拝を抱き、地と生きる大いなる存在――「大地生」と呼ぶ。


「その他」


新たな「骨」


「骨」は歌を捧げられないといずれ朽ち消えていくが、
例外的に、「森」の深奥で人の手に触れられていない「骨」が眠っていることがある。

なぜ歌を捧げられていない状態で「骨」が「森」に飲まれ消えずに残っているかは不明だが、
新たに発見されたこの「骨」に歌が捧げられると、
通常の「骨」と同様に恒常的な歌捧げが必要となり、放置されればやはり朽ちてしまう。
最終更新:2024年06月30日 21:26