地獄少女・閻魔あいのそばに現れていた謎の少女ミチルの正体は、大正時代にすでに死んでいた少女だった。
生前のミチルは、両親と共に虐待された末に理不尽な死を遂げ、その怨念により、自分たちを虐待した多くの人々を死に至らしめていた。
そして、あいと同じ運命を辿っていたミチルは、あいと同じ地獄少女に任命された──
ミチル「ふざけないで…… 地獄少女になるなんて嫌。絶対に嫌!」
ミチルが消える。
夕暮れの住宅街、とある家の前にミチルが現れる。
ミチル「あれ? ここ……」
背後には、あいと山童、使い魔たち。
山童「ここで会ったよね、ミチルさん。僕はあのとき、あの部屋の人を調べるために来ていたんだ」
ミチルは、あいを睨みつける。
ミチル「あなたが私をここに連れて来たのね!? あのときも、今も! 私を地獄少女にするために!」
あい「違うわ、私じゃない」
ミチル「嘘!」
輪入道「あいつだよ、お嬢ちゃん」
地獄の使い、人面蜘蛛がいる。
ミチル「クモ?」
骨女「地獄の使いさ」
一目連「会ったこと、ないのか?」
ミチル「知らない。あんなクモ、見たことない! 知らない!」
再び、ミチルが消える。
骨女「逃げたって、またすぐ戻されちまうよ」
一目連「出口は一つしかないんだから」
輪入道「まぁ、それでも逃げたくなるさ。何しろ……」
山童「ミチルさん……」
とある製菓会社、木暮製菓の社員食堂で働いている、斉藤 唯。
唯「はい、B定の方、どうぞ。──次の方はA定ですね。……あ」
社員の1人、吉岡哲哉。
哲哉「ふふっ、お疲れ」
唯「はい。B定」
哲哉「えっ? 俺、A定だって」
唯「今日はこっちが当たり。はい、次の方どうぞ。──はい、A定ですね」
恋人同士である哲哉と唯は、ドライブ、買物、食事などのデートを楽しむ。
その様子が、ミチルの視界に映っている。
ミチル「見せても無駄」
そして、2人夜のベッド。裸の哲哉の胸には、地獄流しの証がある。
唯は哲哉に隠れ、スマートフォンで地獄通信にアクセスし、標的の名前欄に「もうすぐ」と入力する。
哲哉「どうした?」
唯「う、うん…… ちょっと、メール」
建物の外で、輪入道と山童が監視している。
輪入道「『もうすぐ』か」
山童「送信はしないんですが、ここのところ毎晩のように」
輪入道「お嬢は、それが気になるわけか」
きくりが、山童の脚を蹴りつける。
きくり「えい」
山童「痛! あっ」
きくり「おい、浮気者!」
山童「姫!?」
きくり「浮気相手はどうした!? もうフラれたのか?」
山童「また、わけのわからないことを……」
きくり「きくりが慰めてやる! 一緒に遊べ!」
山童「仕事中ですよ」
きくり「遊ぶのも仕事の内だ、ボンクラ!」
骨女が、きくりをつまみ上げる。
きくり「わ、わ…… よせ! 何するんだぁ!?」
骨女「このゴミ、捨てとくね」
山童「助かります」
きくり「おい、離せ! 骨! ゴミって何だぁ!?」
輪入道「おっ、来たぜ」
彼方からミチルが、様子を見ている。
部屋では、哲哉が唯に、指輪を差し出す。
唯「これ……!?」
哲哉「結婚しよう、唯」
唯「……」
哲哉「どうした? 嫌なのか?」
唯「うぅん、嬉しい。すごく」
哲哉「じゃあ、どうして」
唯「……明日、ちょっと付き合って」
翌日、病院の一室。唯の父が生命維持装置に繋がれ、眠り続けている。
唯「お父さん」
哲哉「そうか……」
無言の唯の父に、哲哉が丁寧に頭を下げる。
哲哉「吉岡哲哉と申します。唯さんと、お付き合いさせて頂いています。──できる限りバックアップするよ。君を助けたい」
唯「哲哉…… お父さん、聞いた? ──そうでしょう? いい人なの」
哲哉「わかるの?」
唯「何となくね」
帰りの哲哉の車。
哲哉「お母さんは?」
唯「私が小さい頃、病気で」
哲哉「そうか…… 苦労したんだね」
唯「覚えてなかったみたいね」
哲哉「えっ?」
唯「お父さんの顔。私のこともわからなかったくらいだから、無理もないけど」
哲哉「どういうこと?」
唯「停めて」
哲哉が車を停める。
唯「ここが私の実家」
傍らにの売店舗に、「中華料理あいはら」の看板がある。
哲哉「中華…… はっ!?」
唯「思い出した? 5年前のこと」
哲哉「まさか…… 唯、君は」
唯「あのときの出前。あれがお父さん。私の本当の名字は、藍原よ」
5年前の回想。
唯の父が血まみれで救急車で運ばれ、唯が泣きつく。
唯「お父さん! しっかりして、お父さん! お父さぁん!」
唯「3日後にチンピラが自首してきて、事件は解決した。あのときは私も、そいつがお父さんを暴行した犯人だって、信じてた。でも……」
回想。
裁判所で、傍聴席に唯がいる。
裁判官「主文、被告人を禁固5年に処す──」
唯の隣にいた哲哉が、席を立つ。
哲哉「違う…… こんなの許されるわけが……」
唯は哲哉の顔を見逃すものの、その首元に地獄流しの証が見える。
とっさに唯は哲哉を追って裁判所を出る。
哲哉はすでに、車に乗るところ。
唯「待って!」
走り去る車に、「木暮製菓」のロゴがある。
唯「私は木暮製菓の社員食堂で働き始めた。あのタトゥーがある人と会うために。でも、社員は百人以上。しかも胸元のタトゥーなんて普段、見えるわけがない。食堂で食べない人だっている。だから見つからないまま、気がついたら5年が経ってた。正直、あきらめかけてたの。でも、あの日……」
社員食堂で、唯がテーブルを拭いている。
背後で哲哉が席を立ち、唯にぶつかり、食器が床に落ちる。
唯「ご、ごめんなさい!」
哲哉「いや、僕の方こそごめん。破片は僕が拾うから、触らないでね」
コップの水が哲哉の胸に跳ねており、シャツが透け、地獄流しの証が見える。
哲哉「ケガはなかった? 服、汚してない?」
哲哉「それで、つき合ったの? 俺と。近づこうとしたんだ。お父さんの事件の真相を知るために。そうか、そうだったのか……」
唯「ごめんなさい……」
哲哉「逢ってすぐに聞いてくれれば良かったのに! 親しくなれないと、話せないと思ったの!? 馬鹿だな、俺。すっかり騙されちゃって……」
唯「それがさ、それが何か、わかんなくなってきちゃってさ」
哲哉「えっ?」
唯「変だけどさ、『もういいかな』なんて…… 最近ちょっと、思ってて。哲哉の笑ってる顔見てたらさ、もうこのまま、忘れちゃおうかなって…… そしたら指輪とかだし…… そしたら、やっぱりそうだよねって…… このままじゃ駄目だよねって……」
哲哉「唯……」
唯「なんでもっと、嫌な奴じゃなかったのかな、君は…… なんでこんなに、いい人なのかな……」
哲哉が、当時の事情を話し始める。
哲哉「俺達は5人だった」
哲哉の回想。
哲哉を含む会社員5人が、酔った様子で夜道を行く。
社員「よし、もう1軒行くぞぉ!」
哲哉「明日も早いから、今日はこの辺で」
社員たち「黙ってついて来りゃいいんだよ!」「なんだ、つき合い悪ぃじゃねぇか」
向こうから、唯の父が出前の自転車で走って来て、その社員に触れる。
社員「おい! 当たったぞ、オラァ!」
父「狭いのに横広がりで歩いてるからだろ! 前から来たら避けなさい!」
社員たち「何ぃ!?」「もういっぺん言ってみろ、てめぇ!」
社員2人が唯の父を蹴り飛ばす。
父は自転車から転げ落ち、社員たちはさらに蹴り、殴り続ける。
父「だ、誰かぁ!」
社員1人が、地面に転がった岡持ちを手にする。
哲哉「な、何するんですか!?」
社員「お前ら、押さえろ!」
哲哉「や、やめてください! そんなので殴ったら、死んじゃいますよ!?」
社員「うるせぇっ!」
その社員は、割れた食器を哲哉に投げつける。
父「た、助けて……」
社員「死ねぇぇ!!」
岡持ちが振り下ろされ、血しぶきが飛び散る──
唯「ひどい…… そのリーダー格って、誰なの?」
哲哉「木暮和臣。今の社長だよ」
唯「あいつが……!」
哲哉「高校時代は、手の付けられない不良だったそうだよ。一緒にお父さんを襲った鈴村って奴は、その頃の不良仲間でね。傷害事件を起こして、一度捕まってるんだけど、出所後に木暮の口利きで、うちの会社に入ってきたんだ」
唯「哲哉たちは、見てただけなの?」
哲哉「怖くて動けなかった。助けられたかもしれないのに…… ごめん。自首したチンピラは、木暮の後輩なんだ。木暮の父親、つまり先代の社長が、身代り代として相当な金を払ったらしいよ」
唯「鈴村は、まだ会社にいるの?」
哲哉「いや、もういない」
唯「辞めたの? 今はどこに?」
哲哉「死んだよ。あの事件の少し後に、事故で……」
唯「そう…… じゃあ犯人は、あと1人なのね」
哲哉「えっ?」
唯「行きましょう」
2人の様子を、あいと使い魔たちが見ている。
輪入道「これが、『もうすぐ』って書き込みの答えか」
骨女「よくがんばったもんだねぇ、あの子」
一目連「彼氏が救ってくれたんだな。精神的に」
そして、ミチルも見ている。
きくり「あいつ! まさか、地獄少女になる気か? そんなの、きくりが許さ~ん!」
あいが、きくりを制する。
きくり「よせ、離せ~!」
山童「お嬢?」
あい「後は、ミチルが決めることよ」
後日の夜。唯は哲哉とベッドを共にした後、スマホで地獄通信にアクセスし、木暮の名前を入力する。
だが送信ボタンが押される寸前、哲哉がスマホを取り上げる。
哲哉「やっぱり、地獄通信か」
唯「返して! 何するの!?」
哲哉「君も地獄へ堕ちるんだぞ!?」
唯「あいつが許せないの!」
哲哉「駄目だ!」
唯「どうして!? やっと犯人がわかったのに!」
哲哉「俺は、お前にまで地獄へ堕ちてほしくないんだ!!」
唯「……どういうこと?」
哲哉「そうか、唯は知らないんだな。これが何なのか」
哲哉が自分の胸元の、地獄流しの証を指す。
哲哉「鈴村は事故で死んだんじゃない。俺が地獄少女に頼んで、地獄へ送ってもらったんだ。これは、地獄流しをした印なんだよ」
唯「哲哉が…… どうして?」
哲哉「俺の妹は、同じ会社で働いてた」
哲哉の妹が、木暮製菓の女子トイレで手を洗っている。
鈴村が現れ、歪んだ笑顔を浮かべる。
妹の悲鳴が響き渡る。
すべてが終わった後、妹はトイレで崩れ落ちており、パンストが引き裂かれている。
後日、哲哉の妹は遺書を遺し、自宅で首を吊る。
哲哉「『バラしたら職場中に言いふらす』、そう脅されて、妹は誰にも、俺にも言えず…… 俺は、遺書で初めてそのことを知った。唯が地獄に堕ちることなんてない」
唯「でも……」
哲哉「明日、俺は警察に行くよ。真実を明らかにするんだ。木暮を法で裁こう」
唯「哲哉……」
哲哉「5年前のこと、妹のこと。辞めておかしくなかったのに、俺は会社に居続けた。『いつか告発してやる』、そう思って。でも何もできないまま、時間だけが過ぎていった…… だけど、おかげでお前と逢えた。そして今日、話を聞いて、それが運命だと知ったよ。罪の償いをさせてくれ。その場にいたのに何もできなかった、その償いを……」
唯「……」
哲哉「地獄少女は忘れるんだ」
唯「哲哉……」
翌日。哲哉は社で辞表を提出し、その足で警察へ向かう。
夕暮れの里。あいと山童。
あい「……わかった。いいよ。山童」
山童「ありがとうございます、お嬢。お世話になりました」
唯が、入院中の父に付き添っている。
唯「哲哉…… ごめん」
スマートフォンで地獄通信にアクセスし、木暮の名前を入力し、送信ボタンを押す。
ミチル「決めたんだね」
ミチルが現れる。その瞳は、あいと同じく真っ赤に染まっている。
唯「地獄……少女……」
周囲が夕日に照らされた、昭和の町角を思わせる風景となる。
唯「ここは?」
ミチル「山童」
山童「はい、ミチルさん」
古びた電車の車両から山童が降り、藁人形に姿を変える。
ミチル「受け取って。あなたが本当に怨みを晴らしたいと思うなら、その赤い糸を解けばいい。糸を解けば、私と正式に契約を交わしたことになる。そして、怨みの相手は、速やかに地獄に流されるわ。ただし怨みを晴らしたら、あなた自身にも代償を支払ってもらう。人を呪わば穴二つ。契約を交わしたら、あなたの魂も地獄へ堕ちる」
唯「わかってる」
ミチル「死んだ後の話よ。極楽浄土へは行けず、あなたの魂は痛みと苦しみを味わいながら、永遠に彷徨うことになる。後はあなたが決めること。でも、聞くまでもないよね」
唯「やっと終わる。ありがとう、地獄少女」
ミチルから渡された藁人形の糸を、唯が解く。
山童「怨み、聞き届けたり──」
唯「これで、終り……」
小暮が気が付くと、真っ暗な中、自分はラーメン屋の扮装で自転車に乗せられている。
小暮「な、なんだ、これ……」
不気味な人影が無数に近づいている。皆、小暮と同じ顔をしている。
小暮「お、俺……?」
人影たち「邪魔なんだよ、おっさん!」
無数の人影が小暮に襲い掛かる。小暮の手にしていた岡持ちが転がり、中のラーメンが飛び散る。
小暮「な、何を!? や、やめ……」
山童「あらあら。食べ物を粗末にしてはいけませんね」
木暮「だ、誰かぁ! 誰か、助けてくれぇ!」
地面から無数の麺が飛び出し、小暮を縛り上げる。
着物姿のミチルが、姿を現す。
ミチル「天に背きし憐れな影よ。人の痛みに瞼を閉ざし、過ち犯せし咎の魂──」
人影が岡持ちを手にする。無数のトゲの生えた岡持ちが振り下ろされる。
木暮「わ、わぁ──っ! や、やめろぉ──っ!!」
ミチル「いっぺん、死んでみる?」
ミチルの花模様の着物から無数の花びらが飛び散り、宙を埋め尽くす。
三途の川。ミチルの漕ぐ木舟で、小暮が運ばれてゆく。
あいが川岸で、それを見ている。
ミチル「『ありがとう』、そう言われた。自分も地獄へ堕ちるのに。あの人は、天国へ行けないのね……」
あい「天国?」
ミチル「そうか…… あいには、わからないね」
木舟の行先は、巨大な鳥居。
ミチル「この怨み、地獄へ流します──」
唯「終わったよ。お父さん。──うん、わかってる。おやすみ」
唯が、父の生命維持装置の電源を切る。
病院前で、唯が警官たちに連行されている。哲哉が駆けつける。
哲哉「唯!」
唯「哲哉……」
哲哉「どうして……!?」
唯「哲哉、笑って。そしたら私、頑張れるから」
哲哉「馬鹿…… できるわけないだろ」
唯「そっか……」
唯がパトカーに乗せられる。
哲哉「唯!?」
唯「私と木暮は地獄へ堕ちる。でも、お父さんは天国へ行った」
パトカーが走り出す。
哲哉「唯ぃぃ!!」
唯が振り向く。哲哉が微かに笑い、唯が笑顔を返す。
今夜も地獄通信に、名前が送信される。名前は「風間理史」。
標的は前話で登場した風間理史、依頼者は理史自身。
理史と両親の乗った車の事故で、他の子供が死亡し、生き残った理史たちはその子供たちの親たちに強く怨まれている。
理史「地獄少女…… 僕を地獄へ流して」
ミチル「どうして?」
理史「苦しそうなお父さんとお母さんを見てられない…… 僕がいなくなれば、楽になるから」
ミチル「自分で自分を流すことはできないわ」
理史「えっ?」
ミチル「あなたのお父さんとお母さんは、あなたを支えるために頑張ってるの。もし今あなたがいなくなったら、どうなると思う? 今よりずっと、辛い思いをするのよ」
理史「……」
ミチル「笑えるようになりなさい」
理史「えっ?」
ミチル「今は無理かもしれないけど、いつか、お父さんとお母さんのために。笑顔は、人を幸せにするのよ」
理史「……」
ミチル「天国で逢いましょう」
ミチルが姿を消す。
理史「あ…… 待って!」
昼下がりのカフェに、一目連、骨女、きくり。
骨女「結局、地獄少女になっちまったねぇ」
一目連「腐るほど悲しい人間を見て来たくせに。なんか、胸がズキズキするよ」
骨女「本当だね…… つぅか、あんたもいい加減、機嫌直しな」
きくり「うるさい! 骨!」
骨女「あれは山童が決めたことなんだよ」
一目連「そ! つまりお前が、山童にフラれたってことだ」
骨女「あ、そうだ! ご愁傷様だねぇ~、きくり姫」
きくり「うっせぇ、骨と目玉! 3回ずつ殺すぅ! わろわろ~!」
空き室となった部屋に、あいと輪入道が佇んでいる。
輪入道「天国か…… 天国ったってなぁ……」
窓際では、ミチルの好きだった風鈴が、風に吹かれて鳴っている。
あい「いい音……」
最終更新:2018年09月08日 05:01