動き出した。私と地球の そしてあいつの、新しい時が──
この星に命が生まれ、 いくつもの生物種が現れては消えた。 たとえ、もし人類が滅亡しようとも 地球は何事もく、 銀河を巡り続けることだろう。 人の歴史など、遥かな時の中では 瞬きほどの時間でもないのだから。
「なら、どうして? どうして、あなたは捜すの? 新しい時を…… どうして?」
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一つ。体は力みなく、 伸びやかに天地を貫き 二つ。心を鎮め、 大地に深く息を吐き 三つ。眼差しは遠く、 遥か無限を超えて──
ある夏の暑い日、私は死んだ。
そして見た。 この星の、死にかけた未来を……
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高校の弓道部。
主人公・有吉樹奈が弓を引き、的に狙いを定める。
樹奈 (四つ。的を射るのではなく、己と的を一つにせよ)
次第に手が震え、矢は的目がけて放たれるどころか、樹奈の足元に落ちる。
樹奈「あ……」
港。樹奈が恋人の大島時夫とともに、海を見つめる。
樹奈「やっぱり、向いてへんのかなぁ~? 『的を射るのではなく、己と的を一つにせよ』ゆうたかて……」
時夫「俺はお前と一つになりたいわぁ」
樹奈「……」
時夫「あ、ハハ! あんまり気ぃ落とすこと、ないで。樹奈。秋の大会かて、あるんやろ?」
樹奈「あ~ぁあ。『あんたみたいなお転婆者は、お茶でもお華でも習って、ちっとは落ち着かんかい』って、おかんが言いよるさかい、『ほなら私、弓がえぇ』って始めたんやけど、何年経っても進歩なし。大体、私すぐ感情が表に出てまうからなぁ」
時夫「……お前、なんかあったんちゃうか?」
樹奈「えっ? ……なんも、なんもあらへんって!」
時夫「まぁ、言いたくないんやったら、無理に言わんでもえぇねんけどな」
樹奈「来る……」
時夫「え?」
海鳥が空から舞い降り、海に飛び込み、魚を捕える。
時夫「捕った!」
樹奈「なぁ、時夫。なんで鳥は、わざわざ魚を捕るんやろ?」
時夫「えっ?」
樹奈「だって、飛べんねんで。羽が生えてて、自由に空を飛べるのに、何でこないに、わざわざ潜って魚を?」
時夫「それは…… お前、妙なこと聞くなぁ」
樹奈「だって、飛べんねんで? 虫やって、小さな鳥やって、空飛ぶ奴を捕まえたらえぇのに」
時夫「あぁ、そう言われてみれば…… せや、好きなんや」
樹奈「好き?」
時夫「せやせや。きっとあいつら、魚の味が好きなんや」
樹奈「好き、か……」
樹奈が時夫をじっと見つめる。時夫が見つめ返し、顔を近づけていく。
そんな時夫を、樹奈は弓でポカリと叩いてみせる。
時夫「ぐ!?」
樹奈「ふふ。せ──のっ!」
空に舞う鳥たち目がけ、樹奈が弓を高く掲げる。
樹奈「あんな高く飛べたら、何が見えるんやろ?」
時夫「世界の果てまで、見えるかもしれへんなぁ」
樹奈「世界の果て、か…… なぁ、時夫。海。海、見に行こうよ」
時夫「はぁ?」
樹奈「なぁ、行こうよ。海」
時夫「お前、熱あるんとちゃうか? ──ん、ないか。ここ、どっか、わかっとう?」
樹奈「うん」
時夫「だって、海やで? ここ」
樹奈「ここは、ちゃう」
時夫「ちゃう?」
工場の煙突から煙が空に撒かれ、海面にはゴミがたまっている。
樹奈「なんか、閉じ込められたみたいに窮屈で、息が詰まりそう」
時夫「ったく、贅沢もんやなぁ…… ここかて、東京の海よりよっぽどマシやのに」
樹奈「……」
時夫「よぉ──し! 一発、北まで飛ばすか!」
樹奈「北!?」
時夫「今から飛ばせば、荒波揺れる日本海に沈む夕日が、拝めるでぇ!」
樹奈「時夫!」
時夫がバイクに樹奈を乗せ、高速道路を走る。
並走する車が次第にまばらとなり、やがて山々を貫く道路を、時夫のバイクのみが駆ける。
左手に、海に沈む夕日が見えてくる。
樹奈「わぁ……!」
時夫「よっしゃあ!」
樹奈「あ、鳥が……」
突然、前方に奇妙な光が満ち、得体のしれない何者かのシルエットが見える。
樹奈「わぁ……!?」
バイクが地面から持ち上がり、ガードレールに叩きつけられ、樹奈の体が宙に投げ出される──
樹奈が気がつくと、病院の手術室で、医師や看護師らが手術を行っている様子が見える。
手術を受けている患者は、樹奈自身。
その光景を見ている樹奈は、手術室の宙に浮いている。
樹奈「あれ? なんで、私……」
声「樹奈…… 死ぬなよ!」
樹奈「えっ?」
壁が透けて見え、手術室の外にいる時夫が見える。
樹奈「時夫? 時夫なん?」
時夫「樹奈……」
樹奈「時夫! な、時夫!」
手術室の機器の示す数値が、次第に小さくなっていく。
樹奈「ここやって! 私、ここにおるって!」
やがて機器の数値が0を示し、「ピ、ピ、ピ」の音が「ピ──」と変わる。
樹奈「私、まさか…… 死んだん?」
宙に浮いていた霊体?の樹奈が、天井に吸い込まれてゆく。
樹奈「わ!? な、なんやぁ!?」
そのまま天井を突き抜け、病院を突き抜け、空高く舞い上がる。
樹奈「わ、わ、わぁ──っっ!?」
樹奈がどんどん空高く舞い上がり、視界がどんどん遠ざかる。
付近の街並みから、日本列島、そして地球全体。
宇宙に浮かぶ地球の姿。
樹奈「わぁ…… 綺麗……!」
突如、得体のしれない怪物たちが出現し、地球を取り囲んでゆく。
樹奈「何!?」
その怪物が飛び出し、樹奈を飲み込む。
樹奈「わぁぁ!?」
樹奈の脳裏に次々にイメージが浮かぶ。木々が燃え、火が樹奈の体を焼く。
樹奈「わぁ、嫌ぁ!」
ダム決壊、水があふれ出し、洪水に樹奈が巻き込まれる。
枯渇した大地。
無数の動物の死体。
飢えた人々。
声「見つけた── 見つけた──」
夜の都会。
工場の排ガス。
無残に廃棄される多くの食料品。
除草剤が畑に撒かれ、多くの虫たちが死滅し、地面に転がる。
声「ようやく見つけた── この星の命を、終末の危機から救う者── 見つけたよ、樹奈」
積み上げられた無数の生物の死骸。
その中から、光に包まれた人影が現れる。
樹奈「何!?」
声「終末をもたらす魔物を清め、未来を開く『時の化身』、樹奈よ」
樹奈「誰!? あんた、誰よ!?」
声「クリス。君を守り、導く者── クリス」
樹奈「クリス?」
光が、1人の少年の姿となる。
生物の死骸たちの向こうに、ビル群がそびえる。
その中に、怪物たちが蠢いている。
樹奈「わぁ…… 何? 何なんよ、これ?」
クリス「この星に終末をもたらす者、『ラージャ』」
樹奈「ラージャ?」
クリス「お前が戦い、清めるべき魔物」
樹奈「魔物? 戦うって…… 何でよ? 何で私が、あんな化け物と!?」
クリス「時の化身、樹奈よ。この星の命は今、滅亡の危機に瀕している。もしも、お前がラージャと戦い、清め、未来を開くのならば、今一度、お前に命を授けよう」
樹奈「命……? ほんまに命を?」
病院。
医師「申し訳ない。精一杯、手を尽くしたんだが」
時夫「そ、そんな…… そんなことって……」
医師「樹奈! 樹奈はどこ!?」
樹奈の母・淳子が駆け込んで来る。
順子「あぁっ……!? 樹奈! 樹奈ぁ!!」
樹奈「あ!? これって…… 時夫! 母さん! 時夫ぉ!! 母さあぁん!!」
クリス「もう一度聞く」
樹奈「えっ?」
クリス「我らの代わりにラージャと戦い、清めてくれるなら── 命を、君の命を助けよう」
樹奈「でも…… そんなん、無理や。私、戦えっこない……」
クリス「なぜわかる?」
樹奈「えっ?」
クリス「試もしないで、なぜわかる?」
樹奈「そんな……」
時夫「樹奈ぁ! 目、覚ましてくれよぉ!」
樹奈「時夫!? 時夫ぉ──っ!!」
樹奈の体がどんどん地球を離れ、時夫の声が次第に聞こえなくなってゆく。
時夫「樹奈……」
看護師「先生! 心拍が……」
医師「何!?」
死んでいたはずの樹奈の目がカッと開かれ、おもむろに手術台から起き上がる。
樹奈「行かな……」
時夫「えっ!?」
樹奈「行かな」
樹奈が手術台から飛び降り、手術室から飛び出す。
時夫「あ…… 樹奈……!?」
順子があまりの事態に、気を失う。
医師「大丈夫ですか!? クランケの捜索を!」
時夫「樹奈ぁ──っ!!」
樹奈が病院から出ると、ヘリコプターが舞い降りている。
声「乗れ」
樹奈「もう…… ほんまに強引なんやから!」
時夫「樹奈ぁ!」
時夫が病院の外に出ると、ヘリコプターから垂れたロープに、樹奈がつかまっている。
時夫「樹奈ぁ──っ!!」
樹奈「時夫!?」
時夫「何やねん……!? 何やねん、これは!?」
樹奈「ごめん。私、行かな!」
時夫「ま、待てぇ!」
樹奈「時夫…… 母さん……」
時夫「どないなってんねん……!?」
ヘリ機内。外国人の上院が、樹奈をへ引き込む。
樹奈「さ、サンキュー、ベリマッチ。あ、あの……」
機内の暗がりの中から、少女が車椅子を押して現れる。
車椅子の上には、樹奈に語りかけたクリスがいるが、点滴チューブがつながっており、体はピクリとも動かない。
樹奈「ま、まさか…… まさか、この子?」
声「あんたのせいよ。あんたのせいで、クリスが」
声が響くが、少女は口を閉じたままである。
樹奈「えっ!? ど、どこ!?」
声「鈍いわね、このグズ」
よく見ると、少女は樹奈をじっと、何か言いたげに睨んでいる。
樹奈「えっ? 今の、あなたが?」
声「お前なんかの命を助けるために、クリスは無理に力を……」
樹奈「な、何よ、この……」
声「何よ、このガキ、イチャモンつけて」
樹奈「あ……」
声「冗談じゃないわ。この子が勝手に命を助けるなんて言い出したのに」
樹奈「嘘!? こいつ、私の心を読んでる」
声「今頃気づいたの? このグズ。テレパシーぐらいで驚いて」
クリス「もう、いい…… シンディ」
シンディ「クリス! 無理しないで!」
クリスのテレパシーが響く。
シンディというその少女は、肉声でクリスを気遣う。
クリス「時の化身、樹奈よ。君はこれから、我々『SEED』の一員として働いてもらう」
樹奈「シード……?」
クリス「『時の雫』を、君に」
クリスが震える腕を伸ばす。
その手に、勾玉のようなものがある。
樹奈「勾玉……?」
クリス「もっとはるか昔から、失われた神が生み出した時の雫」
樹奈「時の雫……」
クリス「この星と、地球とシンクロして、その力を自在に操る聖なる石だ」
樹奈「この星と、シンクロ……」
樹奈が手を伸ばし、それに触れる。
途端、膨大な光があふれる。
樹奈「わ、わぁ、わぁ!?」
樹奈の手がひとりでに動き、額へ押し付けられる。
光がやむと、その「時の雫」なるものは、樹奈の額に貼りついている。
樹奈「な、なんや!?」
原子力発電所施設。
「一次冷却系に、作動不能発生」「電力系統A7、B5に降下」
「4号炉、核分裂反応に不均衡が見られます」「原因は?」「現在調査中ですが、制御系には異常は見られません」「そうか」
軍服のような、ものものしい姿の者たちが現れる。
「特異現象調査局の、テレサ・ウォンです。地磁気異常の接近を調査に参りました」
「私は管理責任者の堂島だ。まったく、何だ!? あのガラクタは」
特異現象調査局なる者たちの1人が、大掛かりな調査機器であちこちの調査にあたっている。
堂島「どういうルートから、うちの会長に圧力をかけたのかは知らんが、ここの設備は万全だ。素人に勝手な手出しは慎んでもらおう」
テレサ「もちろん、我々もそのつもりです。でも、テクノロジーにパーフェクトなんてことは、ありえないと思いますが?」
堂島「いいかね? 当原発は4重の安全システムを採用し、あらゆる事態に対処を……」
テレサ「賭けましょうか?」
一方で樹奈は1人、その施設のそばに降ろされている。
樹奈「嘘や! 私1人で原子炉なんか、守れっこない!」
クリス「恐れるな。恐れを捨て、お前の内に眠る星の力を呼び覚ませ」
樹奈「星の力?」
クリス「恐れるな…… たとえ何が起ころうとも、心の恐れ、迷いを捨て、この星と一つになるとき、自ずと道は開かれる──」
樹奈「もう~! 勝手なことばっかしぃ!」
空の彼方が、ぼんやりと光る。
樹奈「な、何!?」
原子力発電所施設内では、特異現象調査局員の1人の調査機器が、反応を示す。
局員「特異反応接近」
テレサ「来る」
堂島「何?」
外では、施設に通じる電線に火花が走り、爆発が起きる。
樹奈「わぁっ!?」
爆発に伴って施設内が停電し、照明が消える。
施設員たち「わぁ!?」
堂島「落ち着け! 非常電源作動! 各部安全装置チェック!」
施設員たち「はい、わかりました!」「2号炉、3号炉、炉心起動システム作動」
堂島「1号と4号は?」
施設員たち「ダメです! 先ほどの過電流で、トラブルが生じた模様!」
堂島「ただちに炉心制御棒をスクラム」
施設に火が上がり、警報が鳴り響く。
樹奈「あ…… あ……」
クリス「恐怖か……」
シンディ「間違いじゃないの? あんなブスが、クリスの代りの時の化身だなんて」
一方で時夫はヘリコプターを追い、バイクを走らせる。
山の彼方に、原発施設から立ち昇った炎が見える。
時夫「火事!?」
テレサ「クリス。時の化身の目覚めはまだ?」
施設に立ち昇る炎の中に、得体のしれない巨大な怪物たちが蠢いている。
樹奈「あぁ……!?」
クリス「やむを得んか……」
クリスの体からオーラが立ち昇り、光球と化し、どこかへ飛び去る。
シンディ「クリス、大丈夫!? どこへ!?」
バイクを飛ばす時夫を、白い鳥状の光が掠める。
時夫「なんや、この鳥!? 鳥……!? まさか、樹奈!?」
時夫がその光を追い、バイクを急がせる。
やがて、施設が見えてくる。
時夫「なんやぁ?」
施設の炎の中、怪物が蠢き続け、樹奈はどうすることもできずにいる。
鳥が舞い、樹奈を掠める。
時夫「樹奈ぁ! いるのか!?」
樹奈「嘘! 時夫!?」
時夫がバイクで近づいてくる。
時夫「樹奈ぁ!!」
樹奈「時夫!」
時夫「樹奈ぁぁ!!」
突然の爆発。
時夫が爆風で吹っ飛ぶ。
宙に舞う時夫を目の当たりにし、無我夢中で樹奈が駆けだす。
樹奈「わぁぁ──っっ!! 時夫──っ!!」
樹奈の体が光に包まれ、羽衣を纏った天女のような「時の化身」と化す。
時の化身となった樹奈が宙を舞い、空中に放り出された時夫を受け止める。
原子炉に出現した怪物たちが、無数の攻撃を放つ。
樹奈のまとう羽衣が壁と化し、攻撃をひとつ残らず跳ね返す。
局員「地球共鳴波反応を確認」
テレサ「まさか…… あの子が!?」
シンディ「時の化身……!」
樹奈「樹奈……!?」
動き出した。私と地球の そしてあいつの、新しい時が──
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最終更新:2018年09月15日 05:16