風魔の小次郎の第1話 (漫画版)


大地は今 暗闇の中……
人はみな忘れちまった 正義も愛も真実も……

だけど あいつがやってきた……
希望のにおいのする あいつが……




中央アルプス、不動岳の山中。野営具を背負った5人の男と、白凰学院武道指南役・柳生蘭子。

男たち「今日で十日目だ……」「この山ン中を歩きまわるのも もうつかれたぜ」「いいかげん うんざりだ」
蘭子「だらしがないよ おまえたち ここまできて泣きごというな 姫との約束をわすれたのかい」
男たち「し しかし柳生さん…… こんな山ン中を何日もかけずりまわって 本当に柳生さんのおっしゃるような人間がいるのですか?」「こんな所に人間が住んでいるわけがない」
蘭子「やつらは風さ!」
男たち「か……風……?」


その脚力は一日数千里を走り その耳は三里先におちた針の音さえもききわけ
闇夜でも千メートル先の敵をみきわめる目をもち
動けば電光石火 とどまれば樹木のごとし
されど人知れず風のようにさすらい 風のように生きてきた……

それが風魔(ふうま)だ!!


男たちが一斉に、野営具を投げ捨てる。

蘭子「なんだ おまえたち」
男たち「へへ…… ばかばかしい もう これ以上ついていけねえぜ」「なにが一日数千里を走るだ 三里先の針の音をききわけるだ!!」「そんな人間がこの世の中にいてたまるか!!」「オレたちゃそんな いもしねえ人間をさがしあるくのはもうごめんだ!!」「ここから帰らせてもらうぜ!!」
蘭子「荷物をひろえ!」
男「ヘッ 行きたかったら あんたひとりでいくんだな」
蘭子「同じことを二度もいわせるな!」
男「やかましい! 女のてめえに以上指図されるのはまっぴらだ──ッ」

男の1人が木刀を抜くが、蘭子の振るったムチが男を裂く。

蘭子「あたしたちは姫に約束したはずだよ かならず風魔の戦士をつれてもどると! その役目を途中でなげだすようなヤツは…… この柳生蘭子がゆるさん!」
男の1人「う……うう…… ム……ムリだ…… 柳生のムチにはかないっこねえ…… あの女のムチには魔性がやどっているんだ」
蘭子「もう一度だけいってやる 荷物をひろえ!」
男たち「ご……」「ごめんだぜ!!」

男たちが襲いかかるが、蘭子は男たちをムチで次々に倒す。残るは男1人。

男「あわわ…… だ……だから…… だからいったんだ 柳生さまのムチを相手にかなうわけがないと……」
蘭子「荷物!」
男「ひっ…… は……はいただいま…… ただいま自分がひろいあつめます……です……」

そのとき、一筋の風が吹きすさぶ。

蘭子 (風……!)

男「ど……どうしました 柳生さま……」
蘭子「フッ どうやら風魔の里は近いようだね」
男「エ?」
蘭子「いくよ」
男「は……はい」


そんな蘭子たちを、物陰から謎の男たちが尾行していた……

(クックク……) (ヒッヒッヒ……) (あれが柳生蘭子か…… なるほど うわさ以上の使い手だ……)
(姫には絶大な信頼をうけているときく…… それほどの柳生みずから こんな山中に足をはこぶのは一体なんのためだ……)
(その相手とは一体……? かならずつきとめるのだ)


やがて蘭子たちの眼下に、家々や畑が広がる。

男「はぁ はぁ つ……ついた とうとう……」
蘭子「これが風魔一族の里か……」
男「ここまでくれば楽勝だ! ささ 柳生さま いそぎましょう うぎゃっ」

目の前に大きなハチの巣。多くのハチが飛び交っている。

男「な……なんてでっかいハチの巣だ 一斗だるぐらいの大きさはありますよ」
蘭子「気をつけろ こいつらにいっぺんにさされたら死ぬぞ おこらせないように 静かに歩くんだよ」
男「ひええぇ~っ」
蘭子「む」

幼い少女が駆けて来る。

少女「はやく はやくぅ こっちだよ」
男「こ……こんなところに子どもが……」

続いて少年が、怒涛の勢いで駆けて来る。

少年「どこだ どこにいやがるんだい!! その悪いヤツらってェのはァ!! このオレがぶちくらわしてやる!!」
男「ひぇっ オ……オレたちはなにも……」

おびえる男を尻目に、少年は蘭子たちの横をすり抜け、先ほどのハチの巣に立ち向かう。

少年「こいつか 小桃(こもも) おまえをさしたチンケなハチの巣ってえのは……」
少女「うん」
少年「よし 遠くへいってかくれてな」

男「な…… んだ? あの小僧 あのでっかいハチの巣を一体どうする気だ」
少年「あんな小せえ小桃をさしやがって!! 責任者でてこォ──い!!」

少年はいきなり、ハチの巣に木刀を叩きつける。たちまち無数のハチが飛び出し、少年を取り囲む。

男「ばっ……ばっか!! あばば~っ や……柳生さま あの小僧こ……殺されるぅ~っ」
蘭子「ちい」
少年「ヒュ~ッ」

少年は、目にも止らぬ素早さで木刀を振り回し、群がるハチを次々に叩き落してゆく。

蘭子「な…… なにぃ
少年「ムン つりゃあ」

蘭子 (バ……バカな…… あれだけのむらがりくるハチを 木刀一本で打ちおとすなんて…… こ……この少年 なんという目のよさ…… なんという反射神経の持ち主……)

やがて一際、大柄な1匹のハチが残る。

少年「おぉ~し おめぇがこの巣のヘッドか さァ どうした もうおめぇしかのこっちゃいねぇんだぞ 大将ならいさぎよくかかってこい!」

最後のハチが飛びかかるが、少年はこれも木刀で叩き落す。

蘭子「し……信じられない…… 百ぴきはいたハチをこの少年 すべてうちおとしてしまうなんて……」

少女「わーい やった やったぁ」
少年「さあ もうこれでこのあたりでも 安心してとおれるぜ 小桃」

ところが巣から1匹のハチが飛び出し、少年の尻を刺す。

少年「いっで ひえええ~い まだ一匹のこっていやがったァ──ッ」

脱兎の如く逃げ出してゆく少年。

少女「あっ まってよ」
蘭子「ちょっとお嬢ちゃん 君はあの里の子?」
少女「うん」
蘭子「あの少年の名は……」
少女「小次郎だよ まってよ小次郎ちゃ~ん」

蘭子 (小次郎…… 風魔の小次郎か!!)


風魔の里、風魔総帥の邸宅。

総帥「そうですか…… 白凰(はくおう)学院の北条総長がなくなられてもう 半年以上もたつのですか……」
蘭子「はい 現在は亡き総長のお孫さまであられる北条姫子さまが おいたわしくも総長のかわりをつとめておられます 白凰学院武道指南役 わたくし柳生蘭子 その姫のたっての願いをうけ こうして風魔どのをたずねてまいったしだいです」
総帥「つまり 白凰学院にわが風魔の人間をかしてほしいと……」
蘭子「は……はい ご承知のとおり かつて白凰学院といえば 全国しらぬ者のない武道の名門校であります いや武道ばかりでなく球技や陸上など すべてのスポーツ分野において過去 幾多の優勝に輝き スポーツの名門の名をほしいままにしてきました ところが総長の死と同時に 今まで強力なライバル校であった誠士館(せいしかん)が優秀な選手の強引な引き抜きをはじめ 一気に攻勢に転じてきたのです しかもそのやり方はシ烈をきわめ 引き抜きに応じない選手は試合中 原因不明の事故にみせかけて 再起不能になるほど傷つけるという卑劣なやり方なのです そのために 今では優秀な選手はほとんど誠士館に引き抜かれ わが白凰学院は衰退の一途をたどるというところまでおいこまれてしまいました 故総長が生前 姫におっしゃっていたそうです 非常の事態におちいった時は風魔をたずねろと……」
総帥「フム」
蘭子「このままでは白凰学院は崩壊をまつばかり!! お願いします ぜひとも風魔一族の力をおかしください!!」
総帥「いや われら一族 もとをただせば北条さまには恩のある身…… 力をおかししたいのはやまやまなのですが…… 現在ここにはひとりもいないのです」
蘭子「は?」
総帥「一族をあずかるわたしのみをのこしまして われら風魔一族の兄弟すべてが各地にちってしまっているのです」
蘭子「小次郎くんがいるではありませんか」
総帥「小次郎?」
蘭子「はい 先ほど腕前は拝見いたしました みごとな反射神経の持ち主で……」
総帥「いや あれはまだ修行中の身 まだまだお役にはたてません それにバカですので」
小次郎「バカはひでぇな あんちゃん」

いつの間にか蘭子の背後に、先の少年──小次郎が寝そべり、鼻くそをほじっている。

蘭子「う…… い……いつのまに……」
総帥「小次郎 お客人の前でなんだ そのかっこうは……」
小次郎「だってよ あんちゃん……」
総帥「この柳生さんがお前の力をかりたいといってきているが どうする?」
小次郎「イヤだね オレァ オレァこういうタイプの女はきらいなんだ」
蘭子「む」
小次郎「女は やっぱメルヘンじゃなけりゃあよ へへ……」
蘭子「総帥 これが姫のお使おつかわしになったお手紙と姫のお写真です 私が申しあげたこととほぼ同じと思いますが 一応目をおとおしください」
蘭子「ムダだ ムダだ このブス だれさまからのたのみだろうが とっととかえりやがれ オラァこの里からでる気はねぇんだから……よ……?」

蘭子が手紙と共に差し出した北条姫子の写真に、小次郎は途端に一目惚れ。

小次郎「お……おい 姫って オレの助けを必要としているってぇのはこのコかよ……」
蘭子「そうだ」
小次郎「ヘ……ヘェ…… そ……そォ このお方がね…… フゥ~ン」
総帥「まて!」
小次郎「へ?」
総帥「柳生さん あなた方 この里までつけられてきましたな」
蘭子「エ?」

総帥の投げた木刀が、天井に突き刺さる。

蘭子「う」
小次郎「あ」
蘭子「姫からの手紙が!!」
小次郎「しゃ…… 写真がない!!」
総帥「小次郎 追えっ!!
小次郎「ちぃ──ッ」

蘭子「こ……この柳生ともあろう者が ずっとつけられてたことに気がつかなかったとは うかつでした しかし 一体なに者が……?」
総帥「どうやら白凰学院が衰退をたどっている原因は 選手の引き抜きによるものばかりではなさそうだ おそらく相手校には我われと同類の人間がついているにちがいない……」
蘭子「エ? そ……それでは風魔以外の一族が…… すでに誠士館にいたと……」
総帥「そう…… その存在さえも世間にしられぬよう 自軍を勝利にみちびくのが忍びの掟! 想像以上におそろしく強大な一族が誠士館にはついているとみた!!」


一方、蘭子を尾行していた謎の男たち──4人の忍びたちは、逃走の道を駆けていた。

忍びたち「フッフフ 白凰学院も忍びをつかいだすとは笑止な……」「こんな山奥の風魔などという一族などおそるるにたらんが 誠士館に帰り 一応報告だけはしておくか……」

声「ヘェ 誠士館てェのはどろぼうまでやとってるのかよ」
忍びたち「だ……だれだ!?」「う!?」「ひ……ひとりたりないぞ!」

4人いた忍びが、3人に減っている。頭上から小次郎が飛び降りる。

小次郎「むこうでのびてらァ──ッ」
忍び「うっ」
小次郎「小次郎見参!!

小次郎の振るった木刀の前に、2人目の忍びも倒れる。

忍びたち「げ…… え!?」「お……おまえはだれだ!」
小次郎「ばっかやろォ 人ンちのものかっぱらっといて だれだもクソもあるけェ!! 手紙と写真をさっさとかえしやがれ!!」

残った2人の忍びが、一瞬にして姿を消す。

小次郎「む」

忍びの1人が木から木へ飛び移り、高くへと駆け上がるが、一瞬にして小次郎が背後に回り込む。

忍び「う」
小次郎「ヘッ このへんはオレンちの庭みてえなもんなんだぜ…… わかったら人ンちの庭でドタバタすんじゃねェ──ッ」
忍び「そ……そんな…… こ……こんにゃ山奥にオレより跳躍力のある男がいるとは……」

忍びが倒れる。小次郎が彼の懐をまさぐる。

小次郎「あれ? こいつももってねぇのか 写真 あったまくんなァ」
忍び「ククク…… も……もう…… おそい…… 最後のひとりがもちさっちまってるぜ……」
小次郎「なに!?」
忍び「やつはオレたちの一族でも俊足をほこる男だ…… いくらおまえでも もうおいつけまいククク……」


その頃、最後の1人の忍びは、はるか遠くへと到着している。

忍び「フフ これでやつを 完全にひきはなしたな…… しかし ほかの仲間はどうしたんだ まさか夜叉一族のなかでも屈強をほこるあいつらが そうかんたんにやられるわけが……」
声「なんだ 夜叉一族ってぇのは…… しらねぇな!」

いつの間にか小次郎の姿が。

忍び「あぁ!? まっ まさか!!」
小次郎「おせェ!!」

一瞬の内に、小次郎の木刀がその忍びを討つ。

忍び「そ……そんなバカな…… オレの足より速い男など…… お……おまえらは…… おまえら風魔とはいったい……?」
小次郎「オレたちゃ風さ…… 動けば電光石火 とどまれば樹木のごとし…… されど人知れず風のようにさすらい 風のように生きてきたのさ……」


小次郎が、最後の1人の忍びが持っていた、北条姫子からの手紙と写真を見ている。

小次郎「風魔一族のみなさん…… どうか わたしの学院にお力をおかしください…… か へへ…… これが白凰学院の姫…… 姫ね かわいい うん かわいい これがメルヘンだァ!!」


倒された忍びのもとへ、1人の男がやって来る。血文字で「風」の字が書き残されている。

「おそるべき風魔一族 はるか時のかなたよりよみがえったか…… だが小次郎よ 今度あった時はおまえの最後だ! このオレがおまえの首をとる!! この誠士館の飛鳥武蔵がな!!


風魔の総帥宅。小次郎が旅荷物をまとめる。

小次郎「ほんじゃあ あんちゃん 小桃! ちょっくらいってくらァ──!!
総帥「しかしまた 急によくいく気になったな小次郎……」
小次郎「ウヒャヒャ~ッ」
蘭子「それでは総帥 これで……」
総帥「小次郎をよろしくたのみます」

小次郎、蘭子たちが邸宅を去る。

総帥「各地にちっている兄や姉に負けぬよう しっかり北条様のお役にたつんだぞ (その存在さえも世間にはしられぬよう 自軍を勝利にみちびくのが忍びたる者の掟…… だが はたして小次郎にそれがつとまるかな……)


(続く)

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最終更新:2016年03月30日 03:40