喰いタンの第1話

高野聖也「岡本かの子の小説にどじょう汁をねだる孤独な彫金師の老人のこんな独白がある。`今夜一夜はあの小魚のいのちをぽちりぽちりわしの骨の髄に噛みこんで生きのびたいーーーー`ものを喰うと言うことは、そのものの`いのち`をもらうということだ。食物の`いのち`を自分の身体に受け継ぐことだ。食事こそは命と命を繋ぐ神聖なる儀式―――何人も侵すべからざる命の儀式なのだ」
出水京子「先生―――大変に含蓄深いお言葉と感じ入りました」
「しかし約束の時間をもう一時間以上も過ぎています」
高野「あと月見うどんに天ぷらのっけて」


File.001 マスカルポーネを喰う

警察官「ハイそこ下がって!!」
「カメラそれ以上入らないで!!」
警察が封鎖している邸宅に、高野と京子が来た。
警察官「コラッ君!!」
「関係者以外は立ち入り禁止だぞッ」
高野「緒方に呼ばれて来たんだけど」
警察官「緒方・・・?」
「ほ・・・本庁の緒方警部ですか!?」
緒方「高野先輩!!お久しぶりです!!」
高野「・・・・・・・・」
緒方「・・・・・?」
高野「お前のおかげで昼食食い損ねちまったよ!!たった三杯しか食えんかった」
緒方「そ・・・・・それは申し訳ないことに・・・・」
刑事「おいおい・・・・!!事件現場に素人を入れるってのかよ・・・・!!」
灰谷「警部!!その人はいったい何ですか!?現場に素人を入れられると所轄署の我々が迷惑します!!」
刑事「こ・・・・こら灰谷・・・・!!本庁の偉いさんにそんな・・・・!!」
高野「おおっ熱血だ」
緒方「この事件の捜査指揮は私がとっている!!私の権限で特別に捜査に協力をお願いしている!!」
刑事「警視庁若手ナンバー1と噂の緒方警部が協力を要請とは・・・あの男・・・・いったい何者なんだ!?」

緒方「それでは事件の概要をかいつまんでお話しします」
高野「ああ」
緒方「昨夜1時頃、何者かが当家に侵入し女主人を刺殺しました。殺人事件です」
「第一発見者である住み込みの家政婦が昨夜1時半頃――台所で不審な物音のために目を覚まします。何か言い争うような声にもみあう物音・・・そして女主人の絶叫が響き渡りました。驚いた家政婦が駆けつけたところ、裏口からバタバタ人の走り去る足音が聞こえ・・・・」
「当家の女主人――大橋希美が何かの刃物で胸を刺されて死んでいました。昨夜は主人の大橋保典氏は急な用件で大阪に滞在中—―女性が2人だけのために物盗りの犯行とみられました。ただ・・・・不審な点がひとつ・・・・」
「夜中の1時に被害者の希美さんが・・・装身具をつけ薄化粧をしていたんですよ」
高野「フム・・・・・」
大橋「それは・・・・どういう意味かね警部」
「希美が儂の留守中に・・・男を引っ張り込んでいたとでも言うのかね」
緒方「あ・・・・いや・・・・・!!そのようなことは・・・・」
大橋「年は離れておったがアレは本当に良くしてくれた。外出もせず三度の食事に心を砕いてくれた。一刻も早く憎むべき犯人を捕まえるのだ!!さもなければお前らの首を飛ばすことなど造作もないぞ!!」
緒方「フーーーーッ・・・・大橋氏は警視庁の上層部にも顔の利く実力者でしてね、早期解決が望まれているんです。それでわざわざご足労頂いたわけで・・・・」
高野「現場を見せてもらおうか」

高野達が殺人現場に入った。
警部「ほお・・・・・」
「アレが警部が直々に協力を依頼したという探偵か・・・・!!」
灰谷(どれだけ鋭い嗅覚を持っているのか・・・お手並み拝見というところだな)
高野は冷蔵庫を開けた。
灰谷「冷蔵庫・・・・?」
警部「しっ・・・・!!」
高野は冷蔵庫にあった、タッパーの中の料理を皿に盛り付けだした。
緒方「タッパーの中のものを皿の上に盛り出した・・・・?」
刑事「いったい何が始まるんだ!?」
高野は、冷蔵庫の中の作り置きの料理を全て皿の上に並べた。
緒方「冷蔵庫の中の作り置きの料理を・・・・・」
刑事「全部外に並べちまった・・・・!!」

高野「これは見事な鴨のレバーのテリーヌ・・・・血抜きも完璧、嫌な臭みも全くない・・・!!」
高野は、そのテリーヌを口に入れた。
緒方達が驚愕する。
高野「うむ・・・・!!滑らかな舌触りにふわいととろける旨味とコク・・・・雑味のない芳香な味わいが口いっぱいに広がってゆく・・・・ううむ・・・・!!このテリーヌに最も合うワインと言えば・・・・!!」
高野がワインをグラスに注ぐ。
高野「ボルドーのヴィンテージ、強い渋味がレバーの後口をさっぱりと洗い流す!!」
「牛フィレ肉の赤ワイン漬け!!濃厚な肉の旨味に赤ワインの風味がぴったり合う!!」
「サケのムースイクラ添え!!ソースは白ワインに生クリームを合わせる!!」
「小えびのリンゴ風味煮!!新鮮なエビにフルーツソースの甘やかな香り!!」

刑事「く・・・喰っとる!!犯罪現場の冷蔵校の料理を・・・・悠々
と喰っとる!!」
灰谷「と・・・止めなくていいんですか緒方頸部!!」
緒方「い・・・いや先輩にも何か考えがあって・・・・?」
高野がオーブンレンジで暖めていた料理を取り出す。
刑事「オーブンレンジで料理を熱々に温めとる・・・・!!」
「い・・・・いつの間に・・・・・!!」
高野「スープも絶品!!クリームのコクと舌触りがとろけるばかり!!」
「そして木曽鴨肉のロースト・・・きりっとしたアルマニャックソースの香り!!う・・・・!?」
緒方「何だ!?」
灰谷「料理に毒でも入っているのか!?」
高野「う・・・・うう・・・・!!うまい!!!」
緒方「・・・・・・・・」
高野「ハァ・・・・・!!満足・・・・・!!!」
「で、デザートはティラミスか。ん・・・・・?これまた何と・・・・!!」
灰谷「ちょっとあんたいい加減にしてくれ!!!」
高野「いや・・・まだデザートをひと口しか・・・・」
灰谷「いいから出てってくれ!!」
高野「・・・・・・・殺伐としとるな」
灰谷「殺人現場だあッ、緒方頸部!!あれはいったい何なんですか!!」
高野「・・・・・緒方・・・・ひとつ聞きたいことがある」
緒方「な・・・何でしょうか!?」
高野「デザートだが、この近くにうまいケーキ屋はあるか?」
緒方「さ・・・・さあ・・・・」
「・・・・家政婦さんに聞いてみたらどうでしょうか」
高野と京子は現場から出た。
刑事「馬鹿ヤロー二度と来るなーーー」
高野「あいつらは何をあんなに怒ってるんだ?」
京子「・・・・さあ何故でしょう」

その後、高野と京子はケーキ屋、「PETIT FAUNE」に行った。
白木佳代「大橋さんならよく存じあげてます。ここら一番の大地主さんだしお店にもよくいらしてました。でもあんなことになるなんて・・・犯人が一日も早く捕まるといいんですけどねぇ」
高野「アレは!!?」
白木「え・・・・!?」
京子「ど・・・どうしたんですか!?」
高野「チーズケーキが30種類以上もあるッ!!!何て素晴らしい品揃えなんだ!!!」
「それとこれとこっちのと・・・あっちの三角のも下さい!!」
白木「・・・・ハイ」

高野「うううう、うまい!!!」
白木「お気に召して良かったわ」
高野「このフレッシュチーズのサラダもお願いします!!」
白木「わかりました」
京子「それで先生・・・あの事件の手掛かりは何かつかんだんですか?」
高野「うん・・・そうだな。あの奧さんの料理は実においしかった」
京子「真面目に返事して頂きませんか」
高野「冗談を言ってるつもりはない。あの料理のおかげで彼女は死ぬことになったんだ」
京子「え・・・・・?」
高野「この店の名前と電話番号をメモしておいてくれ」
京子「ハイハイ」
高野「あともう少しケーキ屋の聞き込みをしてみるか」
京子「そのうち身体に変調が起こりますよ」

翌日、高野と京子は、高野探偵事務所にいた。
京子(昨日はあれから10軒もケーキ屋のはしごして・・・・何かわかったことがあるのかな・・・・)

雨が降り出した中、緒方たち警察が高野と京子の所に来た。
緒方「先輩!!何かわかったんですか!?」
「こちらの捜査は完全に行き詰まりで・・・途方に暮れていたところなんですよ」
高野「・・・・・うまいケーキ屋を見つけたんだ」

高野達は、「PETIT FAUNE」に行った。
高野「奢ってくれるか」
緒方「・・・・・ハイ」
刑事「いい加減にしてくれよな・・・・!!」
「こっちは捜査が行き詰まって上もカリカリしてんのに・・・・」
緒方「先輩・・・・それであの・・・・手掛かりが何か・・・・?」
高野「うん・・・・・あの料理は旨かったな」
灰谷「おい!!本当にいい加減に・・・・」
高野「あんまり旨過ぎて・・・・・毎日食えば死ぬな」
京子「そう言えばあの料理は・・・・どれもこれも高カロリーに高脂質・・・・!!ご主人の保典氏は見たとおりの大兵肥満―――その健康を考えればあんな料理を毎日食べさせられるわけがない・・・・!!」
刑事「保典氏は糖尿病の気があって・・・医師からもっと体重を減らすよう指示を受けています!!」
緒方「まさか・・・あの料理は、では・・・長い時間をかけてゆっくりと保典氏を殺害するために・・・・・?し・・・・しかしいったい何のために!?保典氏の言うとおり夫婦仲は極めて良好だっという話ですよ?」
高野「そうであるかもしれないし・・・そうでないかもしれない。すべては憶測に過ぎない」
「しかし・・・・富豪とその若い妻・・・・・構図としては極めてありふれたものになる」
「片方は年老いた12月、そして片方は華やいだ5月。12月が5月を愛するのは理解できる。では5月は12月に何を求めるか?」
「12月にあって5月にないもの、それは・・・・クリスマスさ!!!」
「保典氏が死んだ場合に遺産を一番たくさん受け取る者は誰だ・・・・?」
緒方「し・・・しかし、それでは何故希美さんが・・・当の大橋夫人が殺さなければいけなかったんですか?」
高野「誰かが、そのカラクリに気づいたのさ。大橋希美の緩慢なる殺人計画・・・それを阻止しようと考えた者があの犯罪を犯したんだ。僕は・・・・ふとしたことで、その第三者に気づいたんだ」
「それはあのデザートのティラミスだ!!アレを作ったのは大橋希美では絶対にない・・・・!!!誰か・・・第三者の手になるものだ!!!」
緒方「い・・・いったいなぜ・・・・なぜそんなことがわかるんです!?」
高野「ティラミスはどうやって作るか知ってるか?」
京子「ハ・・・ハイ。イタリアのロンバルディアで作られるチーズ、マスカルポーネ。これに生クリームを混ぜ合わせます。そのクリームとエスプレッソを浸み込ませたビスキュイを交互に重ねて、型にはめたあと冷蔵庫で冷やします。あとは仕上げにココアの粉を上からふれば、ティラミスの出来上がりです」
高野「そう・・・・だが普通にこの方法でティラミスを作ると、これは極めてカロリーの高いデザートになる。マスカルポーネは極めて高い乳脂肪分を含んでいる、チーズ全体の乳脂肪含有率・・・・いわゆる`MG`は90%を超える!!だがあのティラミスは・・・素晴らしいローカロリーに作られていた!!その秘密はマスカルポーネと同量に加えられたリコッタというチーズなんだ!!」
京子「私それ知ってます!!チーズの中で一番カロリーの低いもののひとつなんですよね?チーズを作るには`カード`と呼ばれる疑乳を搾って水分を押し出す、この時絞った水分の`乳清`(ホエー)は普通そのまま捨ててしまう。しかしそれを再加熱(リコッタ)することによって、乳脂肪分のもの凄く低いリコッタチーズができるんですよ!!」
高野「ほかのチーズを混ぜると風味の違いですぐわかる。しかしリコッタはマスカルポーネの焦げ風味に極めて味わいが近い。これを加えることによって、風味を変えずローカロリーのティラミスを作ることができるんだ」
灰谷「そ・・・それじゃあ・・・・」
刑事「いったい誰がそのティラミスを作ったんだ!!」
高野「ヒントはあのリコッタチーズにある。リコッタチーズはフレッシュチーズの一種であり、作られてすぐに風味が変わる。だが僕の食べたあのティラミスは、極めて新鮮な作りたてに近い風味があった。そこで結論はこうなる。犯人は大橋氏と極めて近い場所で自らチーズ作りを行っている!!何らかの関わりで大橋夫妻と接点があり、大橋保典氏と密かな心の交流があったに違いない。そして・・・・一番重要なポイントは・・・・プロ、またはプロに準じる腕前を持った極めてケーキ作りに巧みな者である!!」
京子「え・・・・!!」
刑事「ハ・・・・!!」
高野「僕は家政婦に聞き出して、この近辺の評判のケーキ屋を全部回ってみたんだ。だがついに・・・ここのサラダに入っていた以上のリコッタチーズには会えなかった!!犯人は貴女だ!!!」
白木が冷や汗をかきだした。
高野「凶器はまだ見つかっていないんだったな?」
緒方「え・・・・!?ハ・・・・ハイ!!」
高野「もし殺人が突発的なものであれば、犯人は自分の所持している手近なものを凶器に使うはずだ。この店からケーキを持って行ったと仮定しよう。それを相手の家の皿に載っけるに何が必要か?」ケーキナイフだ、ケーキナイフを捜してみろ!!」
白木「その必要はありません。犯人は私です。大橋希美を殺したのはこの私ですわ」
「でもね、後悔なんかしてませんよ。あれは確かにもののはずみだったけど、そもあの女は死んで当然の女でした。あんなに太って、神像も弱いのに私のケーキが大好きでね・・・前の区さんにも・・・・・・・あの女にも隠れて・・・私にケーキを届けさせていたんですよ。あのティラミスも私の自信作・・・あの人の身体を慮って心をこめて作りました」
「私はね、ずっと前から知ってたんですよ。あの人の家の冷蔵庫を覗いた時からずっと・・・あの女の企んでいたことをすべて・・・・!!でもどうせそんなことを言ったって・・・・あの女の色香に迷ったあの人には言うだけムダ・・・・」
「だけどあの日・・・・約束の時間に行ってみると急な仕事であの人は現れず・・・冷蔵庫にケーキを入れて帰ろうとした時に・・・・あの女が男と現れたのよ」
「あの女は保典さんを殺して亡き者にすることを・・・そのあと男と一緒に暮すことを楽しそうに話してた・・・!!」

希美「クソ爺ィが本気であたしが惚れてるって思ってんのよ。馬鹿みたいったらないわ・・・・ハハハハハ!!!!」
「アハハハ・・・・アハハハ・・・・」
「じゃあね、人に見られないように気をつけて帰ってよ」
男が帰った直後、希美の前にケーキナイフを構えた白木が立っていた。
希美「!!!」
そして白木は、ケーキナイフで希美を刺し殺した。

白木が警察に連行されていく。
高野「最後に・・・・・聞いてもいいですか?大橋氏とは・・・・いったい・・・・?」
白木「・・・・ずっと昔のお話ですよ。2人とも・・・・随分若い時分に・・・・ほんのひと時だけ・・・」
高野「結局は時分を捨てていった男じゃないんですか?そのために・・・人を殺してまでの・・・」
白木「フフフ・・・若いわねえ、私はあの人に尽くせたことで本当に幸せでしたよ」
高野「あのケーキは・・・本当にうまかった・・・大橋希美の料理は確かに凄い技術だったけれど・・・その味の後ろにどこか薄ら寒い気配があった。だけど・・・あのデザートのティラミスだけは・・・まるで違っていた・・・・!!」
「邪悪な企みの詰まったあの居並ぶ料理にただひとつ・・・あのケーキだけが全く違った温かい光を放っていた・・・・!!保典氏のことをひたすらに想ったあのケーキが・・・僕に貴女という存在を気づかせてしまったんだ・・・」
白木「皮肉ねぇ・・・・」
高野「本当に・・・皮肉です」
そこに大橋が駆けつけてきた。
大橋「か・・・佳代!!」
白木「あなた本当に太り過ぎよ。少し節制しておやせなさい。身体に気をつけてね、さようなら」

高野「最高のケーキ屋を失しちまったよ・・・」
灰谷「たったひと口ケーキを食べただけで、ここまでの推理を組み立てるなんて・・・・!!」
「ケーキ屋を食い歩いたのもみんな・・・・あの犯人像を自ら探り当てるためだったんですね!?」
刑事「何という男だ・・・・!!」
「さすが・・・緒方頸部が捜査協力を依頼するほどの・・・・」
「さすが・・・・喰いタン・・・・・!!」

高野は新たに今川焼を食べていた。



{第1話/終わり)

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最終更新:2017年03月25日 23:49