"まずは音楽 お次は言葉"

対訳

あらすじ

  • 楽長(カペルマイスター(マエストロ))と詩人が新作オペラのことで言い争っている(二重唱「Signor poeta mio」)。パトロンのオピーツィオ伯爵が4日のうちに新作のオペラを仕上げて上演しろというのである。そんな期間では無理だと言う詩人に、自分の昔書いたありあわせの音楽に君が適当に言葉をつけてくれれば十分だと言うマエストロ。結局立場の弱い詩人はそれに従うしかない。で、歌手の方の手配は?ということで伯爵推薦のオペラ・セリアの女声歌手に加えて、詩人のパトロンである公爵からも一人のブッフォの女声歌手がプロモートされているという話に。彼女にはこの詩人が惚れていることもあり、依怙贔屓の影を感じたマエストロは躊躇うが、起用すれば公爵から大金が手に入ると聞き考えを改める。
  • そこへプリマ・ドンナのエレオノーラがやってくる。彼女は今回の企画を考えたオピーツィオ伯爵推薦のセリア歌手である。スペインで大活躍したという自慢話にひとしきり付き合った後、マエストロのリクエストにこたえて彼女はサルティ『ジュリオ・サビーノ』のカヴァティーナ「Pensieri funesti」と、サビーノのレチタティーヴォ・アッコンパニャートとアリア「Non dubitar / Là vedrai chi sono」を歌ってみせるが、詩人がいちいち口を挟むので不機嫌になる。そのあと舞台のシーンを再現した方が良かろうということで彼女はこの二人の大男を子供の役にして無理な姿勢を取らせ、サビーノの別のアリア (Cari oggetti del mio core)を延々と歌うのであった。男たちは筋肉痛でぶっ倒れ、彼女は歌を家でおさらいして来ますと意気揚々と去って行く。
  • エレオノーラが去った後、楽長と詩人は仕事を進める。出来合いの音楽にあれこれと韻の合う詞を当てはめてみる詩人。なんとなくうまく行ったようなので、詩人のパトロンの公爵推薦のブッフォの女声歌手を起用するかどうかの話題となる。セリア(悲劇)とブッフォ(喜劇)を混ぜこぜにしてうまくいくかどうか悩ましいところであるが、二人はめいめい作業しながら歌う(二重唱「Se questo mio pianto」)。なんとなくよさげなものができたようなので、詩人は例のブッフォ歌手トニーナを連れて来るために出て行く。
  • ひとり残ったマエストロは引き続き作業を続ける。なんとなくいい感じに仕上がったのでこちらも写譜屋に行こうと去って行く。
  • ブッフォ歌手のトニーナが詩人と一緒に現れる。マエストロが居ないことに機嫌を損ねた彼女はそこにあった楽譜を投げ散らかすわ、ワインを勝手に飲むわ、マエストロのマントを着るわとやりたい放題である。
  • そこへ戻ってきたマエストロ、修羅場の予感であるが、詩人から彼女を起用すれば公爵から大金が貰えますよと仄めかされてぐっと堪える。ではいくつかアリアを試験で歌って貰おうということで彼女が歌ったのが狂女の役 (Via largo ragazzi / Cucuzze) 。あまりに鬼気迫る演技にやや引き気味の男たちであったが、彼女は採用ということでマエストロの用意した歌をおさらいしようということになる。
  • しかしそこへエレオノーラが再び登場 トニーナの練習は中断され、どちらが先に歌うかで2人の女声歌手は喧嘩になる。セリアの曲をエレオノーラ、コミックの曲をトニーナと全然ジャンルの違う曲を同時に歌い始めると、マエストロ・詩人も加わって四重唱となる。カオス状態であるが意外なことに曲はやがて見事に調和し 2人の歌手たちも仲直りである。大団円を迎えるにあたり、歌手たちもそれぞれの役を離れて、観客の方にご挨拶で幕となる。

訳者より

  • 映画「アマデウス」で、若き神童モーツァルトと、凡庸な長老サリエリというステレオタイプを刷り込まれた若い頃の私は本当にサリエリって聴く価値のない作曲家と思い込まされていました。聴こうにも彼の音楽を聴くすべなどレコード時代にあるはずもなく、名前は知ってるけれど音楽は知らない作曲家でありました。ネットで音楽を楽しめる時代となり、彼の音楽を気軽に耳にできるようになるとビックリ。何と生き生きとした流麗な音楽が埋もれていたことでしょう。クラシック音楽のファンはどうしても権威やブランドに弱いところがありますので、やはりこうして人の話を妄信せずに自分の耳で確かめることも大事だな ということを痛感しました。
  • そこで彼の没後200年である2025年に、彼のオペラのどれかを訳してみようと思いました。お話が大好きなシェイクスピア原作の「ファルスタッフ」にまず食指が伸びましたが、曲が長い上にリブレットが入手できずこちらは断念。となればやはり因縁の作曲家仲間モーツァルトと関係の深い1786年の短編オペラ「まずは音楽、お次は言葉(Prima la musica e poi le parole)」が目に留まります。この作品、ヨーゼフ2世のもとを訪れるオランダ提督をもてなすため、サリエリとモーツァルトがそれぞれ短編の作品を仕上げて競作する というものでした。この時のモーツァルト側の作品は「 劇場支配人 」2015年にあったモーツァルト祭りで取り上げて訳しているのですが、正直そんなに面白い作品ではありませんでしたので対抗馬のサリエリのこの作品の方もまあいいかと手も出さず... 今回およそ10年越しで改めて見てみると、何でこんな素敵な作品に今まで気付かなかったのかととても残念に思えるものでした。
  • パトロンに対してもピリリと諷刺の効いたジョヴァンニ・バッティスタ・カスティ(1754-1803)の手になる台本、キャラの立ちまくった4人の登場人物(とりわけ女声2人が強烈です)、そしてドタバタ劇ではありながらそれを流麗に彩るサリエリの斬新な響きの音楽。サリエリの作品としてだけでなく、すべてのオペラ・ブッファの中においても屈指の魅力的な曲ではないかと私には思えました。
  • 残念ながら録音は多くなく、ニコラウス・アーノンクール指揮のウィーン・コンツェントゥス・ムジクスのもの(2002)と、ドメニコ・サニフィリッポ指揮のオルケストラ・ダ・カメラ・デッラ・フィラルモニカ・デル・ノルドのもの(1986)くらいしか私は聴いたことはありません(アーノンクールには2017年にアムステルダムコンセルトヘボウと入れた別録音があるようですが)。いずれも物凄い数のカットがありますし、できることならば芸達者な歌手たちの演技付きで見たいもの。Youtubeにはけっこう舞台の録画が公式・非公式合わせてアップされています。
  • それと今回の翻訳に当たっては、 blog「待てば海路の日和あり」さん の訳を大いに参考にさせて頂きました。私はイタリア語はそんなに得意ではないので適切な日本語の選択には非常に助けになりましたし、可愛らしい登場人物たちのキャラアイコンと、彼らへの愛のあるツッコミがこのオペラの楽しさを何倍にも引き出してくれています。また上述の音盤(アーノンクール盤とサニフィリッポ盤のカット情報もナビゲートしてくれているのでこれら録音を聴く際にもとても役に立ちます。この方のサイト 他にもサリエリのオペラのいくつか、あるいはサリエリと関係の深い18世紀のオペラ作品のいくつかも翻訳して下さっています。

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@ 藤井宏行

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最終更新:2025年05月07日 06:58