その日、さる王国の
宮殿に電撃走る。
事の始まりは隣国より齎された一通の書簡、それを握りしめた国王は顔に深く陰を作り震える手でそれを握り締めて強く一点を睨みつけていた…
(より具体的にはゲリラ雷雨により宮殿の結界に雷が落ちてその稲光を受けて窓際ではない顔半分が影になっていた、勿論電撃というのもそれである)
ユグレス大陸の東端、世界的に見れば辺境でこそあれど冒険者の聖地と名高い沃地。
隣の国から続く洞窟を抜けてきた9人ばかりの冒険者の一団は関所を通って
キョーテン亭なる宿を取ると
冒険者ギルド連盟の本部に赴き
ざわつく周囲を何処吹く風で道中鏖殺してきた魔物の換金等を済ませている所、王国の紋章を身に付けた兵士達数名を引き連れた貴族の正装服を着こんだ筋骨粒々たる偉丈夫がリーダー格の青年の前に進み出ると黒眼鏡越しに目礼を送り青年もそれに目礼を返す。
「察するにこの王国の方とお見受けする、して私に如何御用向きか?」
「我が名は
スタートゥ王国直属
四騎士が一人、マイケル・ファラント。貴殿の来訪を歓迎する、突然この様に押し掛けてしまいすまない」
頭を下げようとする男を軽く手で止めるとマイケルと名乗った男に青年もまた名乗りを返す。
「こうして態々ご足労いただいたと言う事はご存知なのだろうが私は
鏖金の明星、
狗山座敷郎。マイケル殿、御高名は予々」
「フッ、それはこちらの台詞。貴殿が武功の数々、伝え聞いては居たが実物は此程とはな…聞きしに勝るとは正にこの事」
「恐悦至極。してなれば私との立ち会いを御所望か?」
青年、グザンがそう仕掛けるとその途端に周囲の喧騒がピタリと止む程の緊張感が張り詰め___そしてマイケルが軽く両手を振る事で雲散霧消した。
「非常に魅力的な御誘いではあるが…残念至極、此度は伝令として此処に馳せ参じた。王城にて国王陛下が貴殿と是非とも御会いしたいとの事だ」
「…断る、と言ったら?」
「どうもしない、陛下は寛大な御方だ」
「委細承知。身なりを整え次第参上する、迎えは不要」
「了解した、急な話でありながら聞き入れていただき感謝する」
「此方は元より客人の身の上、此の地の主が斯様に求むるなら是非も無し」
そして王城に戻る兵士達と宿へ向かうグザン一行、奇しくも両者はほぼ同じ質問をほぼ同時に受けていた。
「マイケル殿、僭越ながら勇者候補とはいえ貴殿への非礼、軽く叩きのめすくらいはしても良かったのでは?」
「狗山様、事前の連絡も無しにいきなり挨拶に来いだなんて四騎士だか何だか知りませんけど軽く捻ってあげれば宜しかったのでは?」
「「馬鹿を言え、あの立ち姿。やりあったとして此方もとても無傷では済まん。第一に冒険者ギルドが半壊するのは必至だ」」
斯くて冒険者パーティー『鏖金の明星』はスタートゥ王国にてその国王
ニング・オープ7世に謁見する事と相成ったのである。
二、三日前の雷雨から一変。中天を過ぎた辺りの空は風も無く穏やかな日和。
しかしてそれに似つかわしくない何やら落ち着かない雰囲気が立ち込めた王城の謁見を行う「王の間」にてグザン以下、鏖金の明星の面々がグザンを先頭にして整列していた。
「スタートゥ王国国王、ニング・オープ7世陛下の御成り!」
王の間の門番が略式となる宣言を行うと先頃顔を合わせたマイケルを含む四騎士を伴ってスタートゥ王国の国王、ニング・オープ7世がその姿を現す。
それと同時にグザン一行も目線を伏せ片膝を立てて跪いていた。
「あぁよいよい。狗山殿、どうか頭を上げて楽にしてくれ。いやはやこの台詞も勇者候補が相手となるとまた格別の格好良さがあるのぅ!ハッハッハッ」
愉快愉快と呵々大笑する国王にグザンは顔を上げると共に口上を述べる。
「ご機嫌麗しゅう国王陛下。冒険者パーティー鏖金の明星、御呼びに預り参上仕りました。この度は謁見の栄誉を賜り身に余る光栄に存じます」
「何をいわんや、押しも押されぬ勇者候補ともあろうものがその様な事を。マイケルに聞いたぞ?一目でそれと解るほどの手練れだと、そのせいでほら、心配性を四人もこうして護衛に付けねばならなくなったわい」
「恐縮に存じます、しかして私如き陛下の御威光の前には霞むばかり」
チラリと視線を向ければ居心地悪そうに顔を背ける偉丈夫を前にこの豪華な護衛は彼の進言に由る物かと察する。
「ふぅむ。如何せん狗山殿は場を弁えすぎていていかんな…うん、なればこうしよう!」
オープ7世は護衛を手で制すると自ら高みの王座から立ち上りグザンの目の前に立つとその肩へと手を置いた。
「王と冒険者ではなく一人の男と男として話そうではないか、のう。いつぞやは
倅が世話になったと聞く」
豪気と口角を僅かに上げたグザンもまた立ち上り自ら、オープ7世へと手を差し出す。
「御子息が真っ直ぐに育つ訳ですな、羨ましい限りです」
オープ7世も少年の様にニッと笑ってその手を両手で包むと上下にブンブンと振った。
「なぁに、そもそもが今回の召喚とてワシの我が儘よ、狗山殿が気負う事ではない。ワシはもう貴殿に会えるのが楽しみで楽しみでなぁ」
「無理を仰る、私はすわ国を相手にすることになるかと」
「ハッハッハッ、いやはや狗山殿が言うと冗談には聞こえんのう!」
満面の笑みを浮かべて一頻りに笑うとオープ7世はその目尻を下げた瞳に真剣な物を宿した。
「正直な所を言うと憧れていた、君の様な在り方に、今だって」
「恐れ入ります、ですが陛下もまた余人を以て代え難く多く尊敬と憧憬を集めるお役目かと」
「所詮人は無い物強請りじゃよ。のう、一つ問いたい」
「何なりと」
「君にとって_____『
勇者』とは如何なる存在かな?」
「辞書的な定義を御所望ですかな?」
「いいや、勿論君自身の答えを聞きたい」
ふむ、とグザンは一度瞑目する。
脳裏を駆け巡るのは
ロブラヌア諸島を出奔しこの冒険者の聖地に辿り着くまでの出来事。
決意、出会い、別れ、挫折、再起。
眼前の男性の面影のある青年とも轡を並べた
一戦はグザンをして非常に思い出深い。
鮮明に駆け巡る思い出の中で今の狗山座敷郎は考える。
自らの原初の願い、大儀無き強者を挫き、無為に抗うだけの弱者もまた挫いてきた鏖殺の旅路が彼にその本質を口にさせた。
ややあって、勇者候補はその紅の引かれた花瞼と唇を開く。
「『勇者』とは_________遍く衆生の総てに光を齎す者」
「………その心は如何に?」
「私は汎ゆる意思持つ者に善く生きて欲しい__
傲らず、しかして自らを貶めず」
「如何なる生まれや境遇であろうとも己を誇り、自らが見出だした真を胸に正道を歩んで欲しいと切に願うのです」
何処までも光を拝し、未来を見据え、可能性を信じ_
「世界に物質的な限界がある以上は有形無形を問わず資源の奪い合いや衝突があることは了解せねばならないしそれにより上下の格差が生ずる事もまた理解する」
だが同時に人の正しさしか愛せず、怠惰や卑劣という歓迎されないまでも誰もが当たり前に持つべき物を持たず、また許容できない_
「ならばこそ想いと行いに対する評価とそれに伴う待遇こそは何処までも平等に、信賞と必罰が正しく為されなければならない」
「故に『人の子よ、歪むな、挫けるな、萎えるな、前を向いて進むのだ』と誰が迷わず正道を歩める様に天頂より遍く衆生を照らしたい」
「誰もが己の輝きを天下に謳い上げ宣誓する事ができるのだから」
自分や他者と言った特定個人ではなく最大多数の最大幸福を念頭に置いてしまう、『衆生』という大きな主語を使うこそその顕れ_
「嗚呼、何も難しい事は無い、正道を往くのだと」
「皆が無為自然にそれを行える世界、色取り取りの花々が光を向いて真っ直ぐに伸びることができる『華胥之国』を____
________私がこの手で齎そう」
顔も知らない何処かの誰か、居るかもわからない不特定多数の弱者、まだ生まれていない悲劇を救わんとその為だけに命を燃やすと_
「狗山殿、そなたは…」
口を衝いて出た言葉は止まらない、これまで滅多に口にしてこなかった胸の内、
一切の傲りも陶酔も含まない本気の熱量が籠ったそれを確定事項として今此処に宣言する。
「そうだ、私は人を愛している、故に『勇者(わたし)』とは国津を生きる民草に支配で以て華胥之国を齎す者である、それこそが私の掲げる大義だ」
例え歪みを孕んだとてそれはまごう事無き人間讃歌であり人類愛。
シンと静まり返った王の間で戦慄する者、あまりの事に驚きで口許を手で覆う者や恍惚とする者、涙ぐむ者も居る中でその言葉を一人の男として聞き届けたオープ7世はたまらないと言った表情で拍手を送る。
「素晴らしい、このニング・オープ7世久しく斯様な雄々しい宣誓を聞いたぞ」
「いやお恥ずかしい、私としたことがつい熱くなってしまった」
「ハッハッハッ、若人はそれくらいが丁度良い」
オープ7世はグザンの肩に両手を乗せると眩しくて仕方がないとばかりに目を細めた。
その在り方は勇者よりも
魔王のそれが最も近しいと思いつつも、それこそが彼の『勇者』なのだと。
「なれるさ、君なら。世界を正しく統べる勇者に」
「恐悦至極」
「ああそうだ狗山殿、貴殿さえ良ければ今年は……」
………____
左様に左様に王宮を後にした鏖金の明星一行は暫しの間冒険者の聖地を満喫。
連日
イクェナ山に赴いての修行や
ケストゥ神殿を嬉々として踏破。
挙げ句
チトリアル盗賊団が千載一遇の好機と『襲撃』に来た際には普段からは想像もできない懇切丁寧な手合わせの申し出を快諾。
全員対グザン単騎で全力のそれを十把一絡げに蹴散らすというファンサービスまでした辺りにグザンの性格の軟化が見て取れる。
そしてスタートゥ王国を立つ当日、冒険者ギルド連盟本部たっての希望でこれも一つ記念とその応接室にて鏖金の明星の絵画が描かれる運びとなったのだが…
「ふむ、五人掛けのソファーだと流石に狭いか。
はごろも、私の膝に乗るといい」
「うむ」
「待て、何故私を向いて座る。正面を向け正面を」
「はごろもはざしきろうのおめかけさんだぞ?なんにももんだいはない」
「あー!またその子だけ狗山様にくっついてずるいですわ!!正妻は私でしてよ!!」
「そ、それならおらも…」
「フッ、なら後ろは私が貰うとしましょう我が主」
「じゃあ私は後ろからぎゅーってしますね!グザン様♡」
「まて、本気で止めろ
温羅。絞まっている、私の首絞まってるから」
「まったく…こんな時まで乱痴気騒ぎとは破廉恥な」
「なんでこんな時ばっかオレあてにしてんだよゴシュジンサマー。うりうり、日頃の行いだろ喜べよ」
「はい!では私も我が神を讃えるポーズを!」
「違うそうじゃない…!ああもうどうなっても知らないぞ本当に!」
と言ったすったもんだの後に出来上がったそれは
『豪奢なソファーの中心に深く腰掛け足を組むグザン』を中心に
『そのグザンに正面から抱き着くはごろも』
『右からグザンの腕に腰を抱き寄せられる格好で艶かしくしなだれかかるアイビー』
『同様に左から抱き寄せられて胸を鷲掴みにされている苺』
『グザンの右後ろのソファーの背もたれに体を預けてキメ顔で腕を組んでいる除虫菊』
『グザンの真後ろから首に腕を回している温羅』
『除虫菊の右でやれやれと言った調子で微笑んでいるクラッスラ』
『グザンの左後ろからイタズラっぽく笑いながら頬を指でつっついているマウルベーレ』
『マウルベーレの左で大仰にグザンを讃えるような仕草をしている
パッシフローラ』
というカオスな代物となっており、それが飾られるにあたってはどうしてこうなったと希代の益荒男をして天を仰いだのであった。
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最終更新:2025年02月03日 12:09