「チッ…んだよお前みたいな奴が俺に何の用だってんだ?」
「折角の祝勝会なのに隅っこで陰気な顔をしている奴がい居るようだから声を掛けにきてやった」
「ほっとけ!お節介もいいとこだ。土台俺はお前みたいなのが生理的に受付けねーんだよ、シッシッあっち行った」
「承知している。ほれ、さっきそっちで巻いて貰った葉巻だ……その曲がった紙巻きよりは旨かろうよ」
「テメーさては人の話を聞かねータイプだな?」
「心外な」
矢継ぎ早の乱戦混戦激戦の連戦の後、海のものとも山のものともつかない連合軍はなんとかこうして勝利を祝うことができている。
それでも重軽傷を負った奴は数多く、少なからず気の毒な戦死者とやらも出る訳だ。
当然まだ傷の癒えない奴や戦場と化した市街地の復興復旧作業も十分とは言えない中での「
祝勝会」たぁバクハーンの
女王様もご陽気なこった。
まぁ十中八九国内外に向けた犯罪ギルド撲滅とそれを成し遂げた自国のアピールなんだろーな。あーあー胸糞わりー。
まぁ斯く言う俺もベッドとおせっかいで口やかましい
兄弟から抜け出てきた所だからデカイ口は聞けねぇか。こうしてだだっ広い
王城の庭でタダ飯とタダ酒にありつけるのは悪くねぇ。
ただ見渡せばどーにも肌に会わない連中も居やがる。まず目の前にいる今一何考えてるか解らん大義大義と鳴く触手人間。
そして…嗚呼…ッ!存在を忘れ去りたい事この上ないさっきコイツとなんかくっちゃべってた
あの野郎!
他にもあの
薄幸褐色頭とか
スタートゥの
王子とかあの辺りはマジで生理的に受け付けん!
もうお前らだけで集まって仲良くしてろよって言いたくもなるわ。
ったく…人の気も知らねーでよ。
勝った勝ったと…こちとらそんな受かれた気分にゃなれねーよ。
巻き込まれた奴も、味方も、敵も。……
あの女だって。
別に惚れた腫れたって仲じゃねーけどよ…はしゃいでる奴らにゃ悪いがそんな気にゃなれねぇ。
差し出された手巻きの葉巻……いやでけーなオイ、
デルモンガの良い奴たァ張り込んでやがる。
先端を噛み切り魔法で出した火をゆっくりと回してほろ苦い記憶を紫煙と共に吐く。
……いやまだ居んのかよ!!
フンフンと何か納得したみたいにコイツも吸い口を噛みきって葉巻に火をつける。
なんだよ葉巻を差し入れに来ただけじゃねーのか…?
正味理解できねーしする気もねーが謎なんだよなぁコイツ…
桜の国の出身全般に言える事かもしれねーが感情っつーか表情薄いんだよなぁ。
いやコイツの連れてる娘っ子はそーでもねーか。
アイビーとか呼ばれてた嬢ちゃんはキャイキャイ言ってたし。
…まぁ認めるさ、コイツもまたこの作戦で大いに武功を上げた一人だ。
「葉巻か…これは良いものだな」
「んだよ、初めて吸ったのかよ」
「ああ。煙草も存外旨い」
「いや喫煙の方が初かい!」
道理でガキみてぇなツラしてやがる…別に未成年の喫煙で杓子定規に説教垂れるつもりは欠片もねぇが思わずツッコミ入れちまったじゃねぇか。
「…
ミリオンだったな」
「馴れ馴れしく呼ばれる筋合いはねぇ」
「ふむ…私は
狗山座敷郎という」
「知ってるわ!ちげーよそんな礼儀作法とかの話じゃねぇ!」
天然か!?まさかの天然なのかコイツ!?
顔も素面だし酔っ払ってるよーにゃ見えねえが…
「貴様何を燻っている」
…ンだとコラ?
「何を燻っているのかと聞いている」
即ち何か?てめぇは態々俺に説教する為にちょっかい掛けて来たってか?
「何を抜かすかと思えばよぉ…喧嘩なら買うぞ、お?」
「態々確認を取るとは丁寧な事だ。私は何時何時でも、不意打ちでも闇討ちでも受けて立つ所存だぞ」
「だからそーゆー事言ってんじゃねーんだよ!!」
ダメだ。話が噛み合わねぇ…コイツと話してるとこっちが疲れるだけだ。
「だが見るにまだ万全ではあるまい、やるならばその負傷が全快してからだ」
「今の俺じゃ相手にならねーってか?」
「? 手負いの相手を倒した所で勝った等と吹聴できまい」
……やっぱこのタイプは見ててほとほと嫌になる。救えねーんだよどいつもこいつも。
「……別に、燻ってなんかねーよ…」
「嘘だ」
「否定が早えぇんだよ!…覚えてるか?敵だったクセに羊のバケモンに突っ込んでった女」
「ああ、見事だった。元が敵方とはいえあの勇姿は正しく評価されるべきだろう」
「それだけかよ」
「それだけとは?」
ガリガリと頭を掻きながコイツに何と言ったら良いか考える。
人の苦労も知らず葉巻から灰を落とした野郎が続けた。
「それだけで良いだろう、一つ一つ罪状を読み上げて糾弾するのば王なり奉行所なりに任せればいい。如何なる過程と心情による物であろうとその勇気だけは本物なのだから」
勇気、ねぇ…
「お前、やっぱりあぶねーわ」
「ん?ああ、“
この力”の事については
プレヤーにも先頃釘を刺された所だ」
だぁかぁらぁ…!
あーもうイラつくんだよ一々この手の輩は!
それこそ一字一句箇条書きにしなきゃ伝わんねーのか!?
つーか
プレヤー。あの野郎も俺に言わせりゃ大概トンチンカンなんだよ!
「んな事ァどーでもいい、問題なのは“ここ”だ、“ここ”」
親指で胸板を示せば野郎もテメーの胸板をぺたぺたと触って…小首を傾げてやがる!!!
「内面だ内面!思想信条とかそういうアレだ!」
「ああ」
ポンと手を打って得心したってツラがまた余計にむかつくんだよ!!
「案ずるな」
「案ずるわ」
むしろここまでのやり取りで案じない方がおかしいだろ…
「私は必ずや大義を成して見せる。宣したならば貫徹するのみ」
凛然と傲然と、文字通り確定事項として宣する様はやはり雄々しく……そんな様が憐れで救えねぇつーんだよクソッタレが!
くっ!心なしか表情がキリッとしてやがる!
「それだよ」
「それとは?」
やっっっっと本題だよテンポわりーなコイツとの会話!!
プレヤーの野郎も口下手だがこいつはほぼほぼ箇条書きなんだよ!
わざとか!?わざとやってんのか!?
「やれ見てくれだ血筋だ力だと、んなこたハナっから関係ねぇ。これは
プレヤーの野郎にも言えたことだがな」
「…ほう」
「お前らはああ、確かに『できる』ンだろーな、理想だか大義だか知らんが」
「無論、そのつもりだ」
だろーよ、『知ってる』ンだよこちとら散々。
己に厳しく?人々を愛し?苦境や困難に屈する事無く?
清濁併呑しながら染まらずに?脇目も振らずに突き進む?
「耳の穴かっぽじってよーく聞け、お前のそれは一種の病気だ」
ガキの全能感とかそんなちゃちなモンじゃ断じてねぇ、『できちまう』からこそもっとタチが悪りぃ。
「その証拠に言ってやる_____テメーは『立ち止まらない』ンじゃねー『立ち止まれない』ンだろ?」
一瞬、野郎の瞳が揺れた。
「どーやらローコンテクストな野郎みてーだから敢えて言うかソイツは成熟した観念なんかじゃね、ただの『欠如』だ」
勇者、
英雄、或いは
魔王。
なんでもいいがそーゆー『本物の』バカ共にありがちな人間性の歪みを灰に赤が滲む葉巻と共に突き付ける。
「
人族も魔族も関係ねぇ、人って奴が心の底から大好きな筈のテメーはその実、実感として人の弱さを理解できてねぇんだろ?」
逃避、堕落、嫉妬、諦め、逡巡、絶望。
確かにロクなモンじゃねーがそれでも紛れもなく人の一部だ。
コイツみてーなのはそれを概念として理解しててもそれに共感する事は絶対にねぇ。
それ以上にデカくて、重くて、高々と掲げた英雄然とした、さも高潔で素晴らしい理想や大義って奴に埋もれて隠れて
大義の為に、宣したのだから、本当にそれだけの理由で何処までも突き進めちまうその精神性。
こいつが一番歪んでるのはその外見でも力でもなくその精神だと俺は指摘した。
コイツは自分や他人よりも最大多数の最大幸福を優先する、そしてソレができちまう。
その為の犠牲なら熟慮を重ねて断腸の思いでも迷わずに必ず報いるって背負い込んで尚の事止まれねぇ。
ああ、クソッタレが、吐き気がするほどよくわかるぜ。
思い出したくもねぇ嫌なモンが頭の片隅から湧いてくるのを嚙み潰す様に、目の前のバカを睨みつける。
「誰も彼もを置き去りにして突き進んで、砕け散るまで『止まれねぇ』。それがテメーの歪みだ」
話しすぎちまったな、まぁ俺が何を言おうがそれで足を止める奴でもねーが。
どんちゃん騒ぎに背を向けた俺にそれまで何も言わなかった野郎がまたしても何か納得したように返した。
「成る程___それが貴殿が燻っている原因か」
…あぁ?
ブチ殺すぞテメェこのクソ野郎が!!
思わず振り返り思い切りガンつけてやるが奴は変わらず涼しい顔で続ける。
「…テメェこれ以上ガタガタ抜かすんならわかってんだろうな?」
「だから了承はいらんと言っているに」
あーー!!デジャブ!!
さっきもしたこんな会話!!
「理解しているつもりだ」
ああ…?
「迷いも痛みも、そして弱さも」
…それでもテメーは
「その上で私は…」
風味の悪くなった火の着いたままの葉巻を握り潰した奴は確りと俺を見据えて宣言した。
「必ずや大義を貫徹してみせよう、その先に貴殿もまた立ち上がれると信じている」
…俺の為にも止まらんと何処までもトンチンカンな事を抜かして振り向きもせずに去っていきやがった。
「ケッ。勝手に俺の事まで背負い込むんじゃねーよ」
そんな事ァ誰も頼んじゃいねぇ。
誰に頼まれた訳でもねーんだろうが……なんだかんだ言ったが少なくとも俺よか人として真っ当な道を歩んでるよお前さんは。
個人じゃなくてあくまでも公人、支配者に徹するなら至極正しい。
『多くを殺し、より多くを救う』古今サーガなんざンなモンだろ、天下統一だったか?その考えに至った理由も然り道理が通ってるし納得も行く。
「だがなぁ」
『道理が通ってる』『納得が行く』そういうのこそ眉に唾したくなるのが俺みたいなひねくれモンだ。
どーにも引っ掛かりやがる、完全に俺のカンではあるンだが…端的に理路整然とし過ぎてやがるのが気に食わねぇ。
まるでそう、何かとてつもなく巨大で強大な存在が画図を引いてるような…
「ハッ!全くああいう真面目腐った奴と話すと調子が狂っていけねぇや」
夜空に笑う月に似た薄ら寒い物を感じた俺は何か悪い予感に頭を振ると早々にベッドへと戻る事にした。
____足元に転がるまだ火の燻る葉巻の様な男も新たな運命を告げるかは…まだわからない。
関連
最終更新:2023年07月26日 01:45