祝勝会でのグザンとプレヤーの会話(ブラックシープ商会)

「……なんだ。人の顔をジロジロと」
「…あ、すまん。酒、飲めるんだなと思って。俺の生まれでは酒は20からだったから」
「…薫桜ノ皇国では男子は16から成人と認められる。そもそも、私は20歳だ」
「…え、年上?あ、えーと、すいません」

バクハーン国の要請によって行われた大規模討伐作戦…数々の勇者候補が、冒険者が、軍人が、人と手を取りたい魔族が集結した、
世界でも最大級の犯罪ギルド「ブラックシープ商会討伐作戦」…幾つもの激しい戦いが続いた末に、連合軍は無事に勝利を手にすることが出来た。
しかもあれほど凄まじい戦いで、重傷・軽傷の怪我人の数こそかなりのものだったらしいが、それでも幸い戦闘での死者は想定した最小限の範囲だったらしい。

何人かはまだベッドで休み治療を受けているが、作戦を無事成功出来たことを祝い、バクハーンの女王により盛大な「祝勝会」が開かれた。
討伐作戦参加者たちはみな満天の星空の下、広大な王城の庭園で所狭しと並んだテーブルと酒樽に、王国特産の豊富な食材を使った数々の料理と酒に舌鼓を打った。
私の妻たちも今はそれぞれ好きに動いて食事を楽しんでいる。は気に入った味の料理のレシピをシェフに熱心に聞いており、
はごろもスタートゥの王子の連れていた大ネズミと一緒に料理を口一杯に詰め込んでいる。湯羅も共に戦ったスタートゥの王子の仲間のエルフと会話に花を咲かせていた。
…エルフの身で湯羅と同じくらい巨大な武器を振り回した時は本当にエルフかと疑ったが。
普段なら自分の傍でピッタリのも、いまは作戦で同行した他の女冒険者たちと話している。

……丁度、私も少し一人で酒を飲みたかった。
今回の戦いはいままで行ってきていたクエストとはどれも規模も激しさも段違いだった。学ぶこと、考えることも多い結果となった。
戦いの記憶を振り返りながら、細かく泡立つ麦酒をグイッと飲み干す。
……と、ふと横を見ると、何時の間にいたのか、それとも最初から自分が無意識に横に座っていたのか、
青と白を基調とした鎧を身にまとった若い男が自分の顔をまじまじと覗き込んでいた。

…この男も今回の作戦で大きな戦績を残した勇者候補の一人だ。

「…プレヤーと言ったか。先代魔王勇者を両親に持つという」
「ああ。…あ、はい」
「……別に年上だからと取り繕わなくとも良い。序列を決めるは強さだ。私が今回見た限りでは、少なくとも貴様は弱くは無い」
「……はい」

普段からあまり喋るほうではないのだろうか。どうにも口が回らない感じで最小限の返事をする目の前の男。
今回の戦いで見かけた際には、あれほどまでに有象無象とは一線を画すだけの戦闘力を見せていたというのに、いまはえらく小市民的な雰囲気だ。
魔王ダガラス勇者アンリ、本来は血で血を洗い互いの命を完全に奪うまで殺し合うのが常である宿敵同士でありながら、
共に自らの同胞の血が流れることを望まず、戦うより手を取り合うことを選び、恋に落ち、そして結ばれたロクシアの歴史における特大のイレギュラー。
その二人から生まれたこの男もまた、特殊な血筋という意味合いでは自分にも匹敵する特異性だった。

「…だが、私の目標は全ての魔王候補と勇者候補、全ての強者に打ち勝ち最強の座を確たるものにすることだ。
 貴様も、他の者たちも今回は共闘する立場だったが、いずれまた会い見えることになれば正式に試合を申し込ませてもらう」
「…話に聞いてた、天下平定か。俺としては勇者候補同士で戦うよりももっと仲良くやっていきたいんだけど…」
「貴様の目標は人と魔の共存だったな。安心しろ。私が頂点に座した暁には人も魔族も全て正しく支配し、正しく裁き、正しく統べる」
「…うん。もしそうなるんだったら、俺もそれはそれでいいかもしれないけど」
「言っておくが、他の強者の統治に胡坐をかいて自らの使命をおろそかにしてもいいとでも思っていたら…」
「わかってるよ。俺も自分の夢に手を抜くつもりは一切ない。というか、俺の理想と、あんたの理想は、似てるけど向かう所がちょっと違うんだろうな。
 俺は世界中のみんなが家族のように平等になってほしい。あんたは天辺に立って世界中のみんなを平等に守ってくれる。
 あんたが上に立ってみんなが安心して生きていけるようになるなら、俺はあんたの少し下でみんなが仲良くできるように全力を尽くすさ」

言葉に少し怒気を含めて睨みつけたが、男はそれになんの怯みも動揺もすることもなく自らの在り方を語りる。

「……………ただ」

手にしたソーダ水を一口飲みながら、プレヤーは自分を真っ直ぐに見据えて言った。

「みんなが安心して生きていけるようになるのに――――今のあんたの“その力”は、まだちょっとだけ怖いかな」

曇りの無い瞳が真っ直ぐ自分を見つめながら言い放たれたその言葉に、
今回の作戦で戦ったあの仮面の男が……あの、白紙の世界にいた悪辣なるモノが思い浮かぶ。
あんな未来などならない。させない。させてはならない。あの時固めた決意に嘘偽りは一切ない。
本来であれば「だからどうした」と、強者が、支配者たる者が畏怖されるのも当然だと言い放つ所なのだが…
……だが、目の前のこの男の、どこまでも見通しているかの様な…
あの銀髪碧眼の魔性の、心を無理やり掻き分けて覗き込むかのような視線とはまた異なる、
まるで、自分が次に口に出す言葉を信じ切っているかのような、不思議な曇りなき目を見て……

「………………………………………………私も、まだ怖いと思う」

口にした瞬間、自分でも驚いて思わず自分の口を塞いで辺りに視線を走らせる。
……妻たちは、まだ自分の周りにはおらず、恐らく聞かれてはいないだろう。
…出会って数日、会話すらさっきまで殆どしたことのないような男に、本音をこぼした自分に驚いた。
その当の男は、私の様子を見ながら、軽く安堵したかのようにほのかに笑みを浮かべまたソーダ水を飲んだ。

「…よかった。『それがどうした』とか言われたら困ってたけど、それを口に出せるんだったらあんたは大丈夫だ。
 “怖いもの”をちゃんと怖いと思ってるなら、それを怖くなくせるように本気で頑張れるから」

彼の母である勇者アンリは、魔王が本当は戦いを望まぬ、元来の優しさを持つことを一目で見抜く鋭い観察眼と、
どこまでも他者を信じぬく、誰よりも真っ直ぐで純粋な信念の持ち主であると聞いた。そして、この男は母親似であるとも。

「…プレヤー

飲み干したソーダ水の代わりをとろうと立ち上がる男に、今度はこちらから問いかける。

「お前の理想である全ての人と魔と亜人がなんの確執もなく互いに手を取り合える世界。
 …それは強大な力を持って全てを黙らせねじ伏せ支配する私のやり方以上に、困難な道程だぞ」
「だろうな。現実的な父さんから嫌というほど聞いてきたし、理想を信じる母さんもそれを充分理解してた。現に俺も旅してきて何度も打ちのめされたさ。
 現実は甘くないし、沢山の優しい人たちに愛されて育ってきた俺が考えてるほど、世界は優しくもないし愛してもくれないかもしれない。
 だけどさ、世界を少しでも良くしたいって願いは、勇者目指した時点で大なり小なり此処にいるみんな一緒だろ?なら、そこだけは絶対に諦めちゃ駄目さ」

こともなげにそう言って、グラスを片手にそのまま人ごみの中へと消えていった。
一人残った私は、空になった自分のグラスを見つめて考える。

……今のままでは、まだまだ自分は弱い。今回の一件で改めて思い知った。
薫桜ノ皇国を出て世界を巡って随分経ち、自分も、自分の妻たちもそれなりに成長出来たと思っていたが、やはり世界は広いものだ。
いままでにも死にかけた事はある。自分の予想を超える膨大な数の魔物の群れに、強大な力と巨体を誇る巨大生物に、そして圧倒的な力を持つ魔王候補に。
しかし、今回はまた違った。この作戦に集結した数多くの冒険者たち、自分以外の勇者候補を名乗る者たち。
そのどれもが強かった。悍ましき母という神の力を受け継いだ自分でも目を見張るような猛者たちが、世界にはまだこれほどにもいたのだ。
白紙の世界にいた外道の言葉を思い出し、改めて頭の中で一笑に付してやる。この程度で、何が異形か。何がバケモノか。

自分の夢を諦めるつもりはない。ここに集った全ての強き者たちに勝てるほどに強くなる。
…此処にいる、全ての勇者を目指し、世界をより良くしたいと願う者たち全てに、認められるほどの男とならねばならない。
そう考えていたら、丁度一通りに食事と会話に花を咲かせ終えた妻たちが自分の元に戻ってきた。
立ち上がり、改めて彼女たちを見つめて話す。

「みな、此度の作戦は本当によく働いてくれた。そして、情けなくも戦の最中に意識を手放した私を、よくぞ守り抜いてくれた。
 …普段、こうして面と向かって言う事はあまり無いが……今回は言わせてもらおう。本当に感謝している。みな、私の自慢の妻だ」

言った途端、みな一斉に顔を赤らめる。嬉しさにはしゃぐ者、飛び跳ねる者、恥ずかしげに顔を俯かせる者、照れながら恐縮する者、
思った通りの反応をする妻たちが愛おしい。途中はごろもが私の裾を引っ張りながら「わたしもかー?」と見上げてきたので、苦笑しながら頭を撫でた。

「おーい、言い忘れてたことがあった」

声に目を向ければ、代わりをグラスに注いだプレヤーが遠くでこちらに手を振っていた。

「もし一から鍛錬し直したいんだったら、“デルモンガ島”っていう所が良いぞ。修行に適した環境も強い魔物もゴロゴロいる。
 他にも修行に来てる強い奴らが多く集まってる場所だから色々勉強になる。俺もこの作戦に出る少し前に鍛えてたところだ」

言いたいことだけ言うと、そのままテーブルの料理を一口かじりながら再び人ごみに消えていった。
デルモンガ島、話には聞いたことがある場所だ。なるほど、再び心身を鍛え直すにはいい場所かもしれない。
妻たちに次の目的地を伝えると、彼女たちも今回の戦いで自分たちの力不足を感じていたようで、力強く頷いた。

まずは外神形態をもっと効率よく制御できるようにならなければ。そしてより強く、より安定して神の力を己の元しなければ。
いまのままではやはり体力の消耗が激しすぎるし、持続時間が短すぎる。今回のように強大な敵が相手で連続使用し力尽きては元も子もない。
そして、あの仮面の男が使っていた相手を取り込み同化させる能力。あれも使い方次第では大きく利用できるだろう。
行く手を阻む数々の魔性も、異形も、全て取り込み我が力と成す。どれだけ姿と力を歪めようとも、私は私で在り続ける。もう迷わないと誓ったのだ。

神にも魔にも呑み込まれない、誰よりも強き人間となる。それを誰よりも信じ続けてくれる、愛しき者たちの為にも―――――――


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最終更新:2023年07月26日 01:44