「――戻りました」

息をわずかに乱しながら、エネリット・サンス・ハルトナが物置部屋へ戻ってきた。
肩で浅く呼吸を整えながらも、その表情には焦りとも、緊迫ともつかない気配が漂っていた。

「どうだった?」

木箱を椅子代わりにしていたジェイ・ハリックが、片手を挙げて気軽に声をかける。
その軽さが、張りつめた空気をわずかにほぐした。

「返事は保留中ですが、交渉は一応ある程度は形になりました」

そう前置きしたあと、エネリットは声音を引き締める。

「ですが、その前に、急ぎお伝えしておきたいことがあります。
 ルーサー・キングが――このブラックペンタゴンに向かっているとの事です」

その火急の知らせに誰もが一瞬、息を呑んだ。
言葉が落ちると同時に、室内の空気が一段と冷たくなる。

「……何だと?」

低く唸るように反応したのはディビットだった。

「ジャンヌさんの話では、キングは放送を妨害され、内容を聞き逃したとのことでした。
 明言は避けていましたが、おそらく妨害の仕掛け人は彼女たちでしょう。
 その情報の遅れを補うため、直接ここに向かってきている……と」

闇の帝王とも呼ばれる男、ルーサー・キングがここにやって来る。
それが事実ならば全てをひっくり返しかねない緊急事態だ。
だが、ジェイは眉をしかめ、肩をすくめながら呟いた。

「つってもよ……いくらなんでも、いきなり中に突っ込んでくる、なんてのはさすがにないだろ?」
「それは同意します。放送を聞き逃したとしても、キングほどの男なら、無闇に突っ込むような無謀な真似はしないでしょう」

エネリットは落ち着いた口調で頷いた。
同意を得られジェイも安心したように軽く息を吐く。

「いや。そうとも限らん」

だが、ただ一人反対意見を述べるものがいた。ディビットだ。
キングを最もよく知る彼の言葉には、確かな重みがあった。

「あのジジイはな、時折、とんでもない真似をやらかす。
 大組織の長でありながら、最高戦力として前線に立つような男だ。
 思いもよらんタイミングで、大胆な決断をしてくる――俺は何度もそれを見てきた」

慎重なだけではない大胆な決断力。
それは、ディビットが仕るバレッジ・ファミリーの長――リカルド・バレッジにも通じる気質だった。

己の拳で語る男たちの理屈は、常人の尺度では測れない。
バレッジファミリーとの抗争で、大組織の長が直接対面で殴り合うなんて異常事態がまかり通ったのはそう言う事情もあった。

「けどよ、いくら何でも封鎖された扉を見りゃさすがに異変に気付くだろ」
「いえ、北西の扉は、封鎖ではなく破壊されていました。
 もしキングがジャンヌさんたちと同じ方角から来たのだとすれば、封鎖に気づかないまま正門に回り、突入してくる可能性は確かにあります」

理屈を重んじるエネリットはその可能性を認める。
同じ否定派だったエネリットの裏切りにジェイは口を尖らせながら言葉を続ける。

「仮に中に入ってきたとしても、正面のエントランスには被験体がいるんだろ?
 それとかち合ったら、キングといえどタダじゃ済まねぇんじゃねぇか?」

キングと被験体が衝突する未来。
それでどちらかが潰されるなら、こちらとしては万々歳だ。

「そうですね……牧師殿ほどの実力者なら撤退くらいなら出来るかもしれませんが、そのまま奥に入ってくる可能性は低いでしょうか……」

その可能性があるとなると安理との戦いでエンダが偵察を潰されたのは痛い。
エントランスホールの状態を監視できていれば、その侵入があったかどうかも検知できただろう。
何より、不可思議な現象で水入りとなった安理たちとの戦いよりも、精度の高い実戦データが得られたかもしれない。

エネリットは目を伏せ、深く息をついた。
不確定要素が増えるたび、判断の重みが増していく。

「いずれにせよ、今は被験体の攻略が最優先です。キング対策まで並行して行う余裕はありませんよ」

低い可能性を考慮して主目的のリソースを無駄に割く訳にはいかない。
突入はないと割り切り、戦術を組むのが現実的な判断だ。
ディビットはしばらく腕を組み、考え込むように沈黙した後、静かに頷いた。

「……ふん。まあ、そうだな。実際の所、侵入よりも出口で待ち伏せている可能性の方が高いだろうよ」

正門での待ち伏せ。
それは狩る側にとって定石であり、同時に獲物側も警戒している可能性だ。
被験体を打ち破り外に出たところで、キングが待ち受けているとしたら最悪どころの話ではない。

「確かにな。けどよ、それはキングに限った話じゃねぇだろ?」

待ち伏せの可能性があるのは当然キングだけではない。
他の受刑者たちが待ち受けている可能性も大いにある。

「ええ。その可能性が最も高いのが――バルタザール・デリージュでしょうね」

エネリットの言葉は冷静で、あくまで分析に徹した声だった。
だがその奥底に、かすかな熱が宿っているのを、ディビットだけが見逃さなかった。
バルタザール――彼にとっては、祖国と親族の仇にして実の叔父。因縁深い相手だ。

「そして、もう一つ。牧師殿から、我々が依頼を受けていた件。それが、エンダさんに発覚しました。
 依頼は断ったこと、事実として伝えてあります。今のところ、表立った火種にはなっていませんが――念のため、ご報告を」
「……そうか。考慮しておこう」

ディビットは小さく目を細めた。
ブラックペンタゴンの罠。キングの接近。
事態は動き始めている。
猶予はあまりに少ない。

話題が一段落したのを見て、ジェイ・ハリックが木箱から軽く身を起こし、勢いよく立ち上がった。

「で、結局ジャンヌたちとは何を話してきたんだ?」

火急の報告を終え、ようやく交渉内容の共有に移る。

「先ほどのキングの件とも関連しますが……彼女たちから、ルーサー・キングを討つための共闘を提案されました」

室内の空気が、わずかに動いた。
納得とも困惑ともつかない視線が、ディビットとジェイのあいだで交錯する。

「あの聖女様がキングを討とうとしているのは知っていたが、その為に俺たちみたいな悪党と手を組もうとするとはな」

ディビットが苦笑混じりに漏らす。
清廉潔白、悪を許さぬ正義の化身。
ジャンヌに対して抱いていたパブリックイメージからすれば、驚きの判断だった。

「ええ。ですが、その悪名を被る覚悟はあるようです」
「……ふん。なら交渉を控えたのは無用な配慮だったか」

ディビットはわずかに肩を竦めて笑う。
己のような存在を忌避していると思って線を引いていたが、あの女はそれ以上の覚悟をもって踏み込んできたらしい。

「けどよ、共闘つっても……俺たち、それどころじゃねぇだろ?」

ジェイが現実的な問題を口にする。
キングの接近は確かに懸念材料だが、いま最大の問題はブラックペンタゴンに仕掛けられた罠であり、被験体の撃破である。

「もちろんです。外との連携が取れるのは大きな価値ですが、我々の当面の目的はブラックペンタゴンの脱出。その為の一時的な協力です。
 共闘の話は、ブラックペンタゴンを突破できた『その後』の話になるでしょう」

この呉越同舟はあくまで対被験体:O、引いてはブラックペンタゴン脱出のためのものである。
そっくりそのまま対キングに流用できるものではない。
キングがブラックペンタゴンに近づいていると言っても、対処するのは首尾よく脱出できた後の話になるだろう。

「じゃあ、返事は保留でいいんじゃねえのか?」

ジェイが言う。
この場にいる誰もが、生きて脱出できる保証はない。
その状況で同盟を組んだところで、どちらにとってもうま味はない。

「今、その同盟に応じたい理由でもあるのか?」

確認するようなディビットが問いに、エネリットは頷く。

「ええ。ジャンヌに同行している交尾紗奈という少女が、自身の手錠に装着された『システムA』を一度だけ起動できると言っています。
 その使用権を、100ptの首輪と交換でこちらに譲ってもいいという取引を持ち掛けてきました」
「『システムA』……!」

ジェイが興味深そうに唸る。

「それがマジならアリじゃねぇか? キングに限らずこれから被験体とも戦おうってんだ。どっちに使うにしてもちょうどいいだろ」

超力そのものを無力化する『システムA』。アビスの囚人にはなじみ深い拘束具だ。
これから決戦を備えた中で、それを使用できるというのは破格とも言える。

「そいつはどうやって使うんだ? 起動条件は?」
「発動できるのは紗奈さん本人だけとのことです。
 そのため、使用時には彼女に『合図』を送る必要があります」
「合図って、そんなもんどうやって送るんだよ?」
「通信機を購入しました。それを通じて連絡を取る想定です。
 場合によっては、エンダさんに合図を送ってもらう事になるでしょう」

条件を聞いたジェイが怪訝そうに眉をひそめる。

「……じゃあ、敵に手枷を嵌めて、しかもそのタイミングで合図を送るってことか? なかなか条件がキツくないか?」
「はい。おっしゃる通り、制約は厳しいです」

発動の厳しさをエネリットは素直に認めた。

「相手に手枷を嵌める難易度、そこから合図と実行という発動までのタイムラグ。
 状況的に合図を送る余裕があるのかのも考慮せねばなりません。実行までの条件や制限は多く、確実性は低いです。
 ですが、それでも『システムA』が使えるというメリットは、そのデメリットを補って余りある魅力があると判断しています」

選択肢が一つ増える。それだけで生存確率は変わる。
ましてや、キングや被験体に通用しうる奥の手であれば、無視できる話ではない。
だが、ジェイが好感触を示す一方で、ディビットの反応は芳しくなかった。

「――少し待て。何点か、確認する」

その低い声に、場の空気が引き締まる。
ジェイもエネリットも、自然と口を閉じ、視線を向けた。

「まず、その『システムA』を起動できるという話、裏は取ったのか?」
「……いえ。まだ取引を受けるか保留してる状態ですし、口頭での説明のみです。
 そうですね……せめて、どうやってそれを得たのか、その経緯くらいは確認すべきでした」

エネリットが自らの落ち度を認め、苦い表情を浮かべる。

「けど、そんなの実際にお試しで使わせてもらえば確認は簡単に出来るだろ?」
「いえ、起動は一回限りとの話でしたので、確認するのは難しいかと」

その回答に、ディビットは鼻を鳴らし、腕を組み直した。

「その一回だけと言う条件が怪しいな。確認の手段を封じるための詐欺の常套句だ」

淡々と語る口調に、裏打ちされた冷ややかな経験がにじむ。
それでは本当に一回しか起動できないのか、詐欺商品の動作を確認させないための方便なのか判断できない。

「ですが、取引で嘘をつくような真似はしないでしょう?」
「甘いなバンビーノ。その価値観が通じるのは、筋を通す立場か矜持のある人間だけだ。覚えておけ」

ディビットは裏社会の調停役として、腐るほどの嘘と裏切りを見てきた。
命を懸けて義理を貫く者もいれば、平然と約束を破るクズも星の数ほど存在する。

「仮に、それが本物だったとしても起動できるのがその少女一人という時点で、こちらに主導権はない。
 何より、相手が実行可能な状態でなければならないというのが問題だ。それこそ相手が死亡してしまえば契約が履行されることはない。
 結局のところ、起動するかどうかは相手の胸三寸ということになる」

相手に主導権を渡すという事はそう言う事だ。
それを前提とした戦術を組めばそれ自体が落とし穴になりかねない。
同じく命を懸ける当事者ならいざ知らず、外部からの支援者に命を預けるのは危険すぎる。

「けどよ、ジャンヌたちはルーサー・キングの打倒が目的なんだろ?
 なら、キングを弱体化させる手助けをしないなんてことはねぇだろ」

ジェイが反論を挟むが、ディビットは首を振る。

「確かに、奴らにとってキングは排除対象だ。相手がキングが相手の状況であれば実行される保証はあるかもしれん。
 だが、それは逆に言えばキング以外の相手、それこそ被験体との戦闘でも使ってくれるかは、信用に足る根拠はない」

ディビットは容赦なく切り捨てる。

「いや、その理屈はおかしいだろ。あいつらがキングの討伐を目指して俺らに協力を求めたってんなら、その協力者を生き残らせるために他の戦いでも『システムA』を起動させるはずだろ?」
「そもそも、それがおかしな話だ。本気でキング抹殺を目論んでいるのなら自分で使えばいいだけの話だ。
 たったの一度しか使えない切り札を、標的以外に使用されるリスクを容認してまで他人に託す必要はない」

うっ、とジェイが言葉に詰まる。
確かに、キングの抹殺を目的としているのなら、『システムA』の実行権と言う破格の権利を他者に譲り、目的外の戦闘で消費されるリスクを冒すのは確かに理屈に合わない。

「……それについては、使用条件の厳しさが原因でしょうね」

エネリットが補足するように口を開く。

「先ほどの少し話に出ましたが、これを実戦で有効に使える可能性は限りなく低い」
「そうだ。奴らはそれを理解して協力者を得るための釣り餌としたのだろうよ」

ディビットは肩をすくめる。

「その上で首輪まで求めたのは、若いな。少し欲張りすぎだ」

少しだけ口角が上がる。
実行難易度の高い道具を餌として、確実な戦力を求める。
その割り切り方は合理性を重んじる彼にとっては好ましかったのだろう。
言葉こそ辛辣だが、取引の発想そのものは悪くないと評価しているようでもあった。

「それで? その取引を持ち掛けてきた紗奈という少女、どういう奴だった?」
「そうですね……かなり冷静で警戒心の強い印象を受けましたが、」
「いや、そうじゃない。そいつの年齢や体格は?」

ディビットの意図に気づき、エネリットは表情を引き締める。
瓦礫越しで相手の姿は見ていないが、エネリットが監獄の王子としての囚人知識から回答する。

「10歳の、小柄な少女です」
「なるほどな」

ディビットは眉根を寄せ、ひとつ息を吐いた。

「――なら、それは被験体には使えないな」
「は? なんでだよ」

ジェイが目を丸くする。
代わって答えたのは、エネリットだった。

「エンダさんの偵察によれば、被験体はかなり大柄な男性です。
 少女の手首に合わせて設計された手枷では、そもそも装着自体が不可能でしょう」

手枷を相手に嵌めなければ発動できない。
少女の手首に合わせて作られた手枷では大男にはサイズが合わない。

「指にならハメられるんじゃねえの?」

ジェイが軽口を飛ばすが、エネリットは首を横に振る。

「まあ、不可能ではありませんが、高速移動を続ける相手の指先に正確に嵌めるなど、それこそ現実的な難易度ではないでしょうね。
 それに、仮に嵌まったとしても、対象は『第三世代』級の出力を有すると推定されている相手の超力を抑えられるかは疑問ですね」
「……クソ。せっかく切り札が手に入ったと思ったのによ」

ジェイがため息をつく。
降って沸いた希望だが、いざ使えそうにないとなると肩も落ちる。
しばしの沈黙が流れたのち、エネリットが口を開く。

「……では、どうします? この取引、一度白紙に戻しますか?」
「いや――応じよう。首輪もくれてやれ」

これまでの流れからすれば意外とも思える返答に、二人がディビットを見た。
だが、彼は特に驚いた様子もなく、自然に続ける。

キング抹殺と言うジャンヌの目的はディビットにとっても望むところである
もっとも、第三者であるジェイがいるこの場で、同盟関係にある『キングス・ディ』のボスを抹殺しようだなんて口にできないが。

「通信機を貸せ。交渉は俺がやろう」

その手が差し出される。
聖女との相性を考えて距離を取っていたが、相手が悪党との共闘を選んだのなら、もう遠慮は要らない。
この手の交渉は、ディビットが誰よりも適任だろう。

「了解しました。でしたら、こちらを」

エネリットは短く頷き、懐から通信機を取り出して渡した。
ディビットは通信機を受け取りながら、ついでのように話題を振る。

「ところで、アンリの超力のほうはどうだ? 借り受けられそうか?」

北鈴安理が新たに発現させた力は、他者の過去を読み取るというもの。
情報収集能力としては極めて優秀であり、今後の戦いを有利に運ぶ鍵にもなり得る。
だが、エネリットの表情は冴えなかった。

「……それについてですが、実際に動作を目にして、少し思うところがありまして。
 現時点では、保留すべきかと考えています」

慎重な語調で前置きをした後、エネリットは根本的な疑問を口にする。

「そもそも、あれは――本当に『超力』なのでしょうか?」
「……どういう意味だ?」

ディビットの眉が僅かに動く。
過去を視るなど、常識的に考えれば超力以外にはあり得ない現象だ。

「一人の人間が二つ目の超力を持つ例は、過去にないわけではありません。
 ただし、他者の細胞の接種や人工的な組み込みなど、それには必ず何らかの条件や引き金がある。
 安理さんにそれがあったと断言できる材料は、今のところ見つかっていません」
「けどよ、複数の能力って意味なら、お前の超力も大概だろ? 似たようなもんじゃねぇのか?」

ジェイが肩をすくめて返す。
実際、エネリットの能力は多機能であり、一見すれば複数の力を扱っているようにも見える。

「違いますね。僕のは大きな盆の上にたくさんのコップを乗せているようなものです。
 それぞれの機能はコップの中身であって、僕の超力はあくまで一つしかない盆の方です」

エネリットの例えに、ジェイは「ああ、なるほどな」と頷いた。
同じく銀鈴やサリヤなどもこの理論である。
だが、一つの超力を元にしたマルチスキルと別個の超力を持つことはまったく性質が異なる。

「つまり、超力ではない別の何かだと?」
「現時点では断言はできませんが、そう考える余地はあるかと」

ディビットが黙り込み、考えるように顎に手を当てる。
そして、視線を横に流した。

「その辺どうなんだ? ジェイ・ハリック?」
「……そこで俺に振るかよ」

クリティカルな所で話を振られ、ジェイがため息交じりに応える。
仕方ないと言った風ながらも、はっきりと断言する。

「――あるよ。超力以外の異能っても」

ハリック一族。
超力が体系化される以前――開闢よりも前から異能を操っていた稀少な血筋。
ジェイの未来予知も、その枠組みに属するものだ。

「異能ってのは、超力と似て非なるものだ。
 口じゃ上手く説明できねぇが、根本的な動いてる法則が違う」
「つまり、それを受け渡しするのは、この状況では危険という事か」

真偽はさておき、失敗してエネリットが機能しなくなる可能性を考えると、決戦を控えたこの状況で試すにはリスクが高い。
辞めておいた方が無難だろうと結論付けるしかない。

「ところで……只野さんの姿が見えませんが?」

話に決着がついたところで、ふとエネリットは周囲を見回し、今更ながらこの場にいない相手の事を尋ねる。

「ジョニーに用があるって言って、迎えに向かったようだぜ」

何の要件なんだかと言った風にジェイが肩をすくめる。

「いいんですか? この状況でそんな勝手を許して」
「構わんさ」

ディビットは冷ややかに言い放った。

「くだらん気回しだろうよ――ご苦労なことだ」


重厚な足音が、黒鉄の階段を満たしていた。
二階と三階をつなぐ踊り場に佇む只野仁成は、その音に顔を上げる。
鉄塊のような重量感を持つ足取り――只野の予想通りの相手が姿を現した。

先頭を歩くのは、ジョニー・ハイドアウト。
その後ろに、二人の影が続く。

「あっ。おお~いっ! 只野さ~ん!」

先に反応したのは、ヤミナだった。
階段を見つけるなり手を振り、勢いよく駆け寄ってくる。

「やっぱり迎えに来てくれてたんですねーっ! もぉ~、ほんっと心配性なんだからぁ!」

このこのっと肘で只野をつつくヤミナ。
そう言ってニコニコと笑うその態度は、明らかに「迎えられる側の姫」のそれだった。
彼女の中では只野たちはヤミナを心配してジョニーと言う迎えをよこしたと言う事になっている。

「……あれれ? エンダちゃんはいないんですか?」
「エンダは別件で外れてる。ここに来たのは、俺一人だ」
「そっかー、残念~」

エンダも自分も完全に存在を忘れていたとは言えなかった。
それよりも、真に只野の意識を奪ったのは、階段を降りてきたジョニーの変貌だった。
階段を下りてきたジョニーは、もはや以前の彼とは違っていた。

その外見は、鉄塊と武装の融合した異形の姿。
両腕には刃と銃が組み込まれ、肉体そのものが兵器へと変貌している。
元より人外の風貌をしていた男だが、今の彼は明確に人間の輪郭から逸脱していた。

それでも何故か、鉄で固められた凶悪な人間兵器に、儚げな雰囲気を纏う白い巫女――エンダの面影が重なる。
似ていないのに、どこか似ている。
そんな不可思議な既視感が、只野の胸をざらつかせた。

「……随分と、変わったな」

只野が低く漏らすと、ジョニーは鉄の肩を軽くすくめて応じる。

「男子三日会わざれば、って言うだろ?」
「いや、まだ分かれて一時間くらいしか経ってなぞ。よく知ってるな、そんな日本の慣用句」
「中国の故事だぜ」

軽口を交わす空気の中で、只野の視線は最後尾の男へと向かう。
唯一只野が知らない顔だ。だが、この状況で増える相手など一人しかいない。
エンダが依頼を出し、ジョニーが迎えに行った相手。

「……アンタが、脱獄王。トビ・トンプソンで間違いないか?」
「ああ。そう言うお前は?」
「只野仁成。あんたに上の調査を依頼したエンダの同行者だよ」
「なるほど。あのヤマオリの巫女の、ねぇ」

トビの目が細められる。
相手を値踏みするような、警戒と探るような視線。
只野はそれを正面から受け止める。
トビが語気を崩さずに続けた。

「それで……わざわざ一人で出迎えなんて、どういうつもりだ? 他の奴らに聞かれたくない内緒話でもしにきたのか?」

トビの警戒は当然だった。
ジョニーによれば、彼らは現在、対被験体のために集結しているはず。
何の目的もなく、そこを離れてわざわざお出迎えなんて事はないだろう。

「いやだなぁトビさん。只野さんは私を迎えに来たに決まってるじゃないですか~」
「ややこしくなるから。お前は黙ってろ」
「はいっ」

トビに言われヤミナは黙る。

「で、どうなんだ。何しに来たんだお前?」
「話しておきたい事がある。だが――話したいのは、あんたじゃない。ジョニーにだ」
「……俺か?」

名を呼ばれたジョニーが、鉄の首をわずかに傾ける。

「悪いが、二人には少しだけ席を外してほしい。個人的な話だ」

その言葉に、トビは明らかな警戒の色を見せる。

「この状況で密談ねぇ……何を企んでる?」
「言ったろ。私的なことだ。あんた達に不利になるような話じゃない」
「……どうだかな」

不快げな声とは裏腹に、トビは追及を続けなかった。
只野が背を向けて通路へと向かい、ジョニーが後を追う。
トビはため息混じりに壁へ背を預け、その背中が角を曲がって消えていくのを見送った。

鉄の匂いがほのかに漂う静かな空間。舞台は隣の通路へ移る。
向かい合った二人の男の間に、沈黙が落ちる。
話を切り出すべき只野が、言葉を探し、逡巡していた。

「……あのエンダって嬢ちゃんのことか?」

その沈黙を破ったのは、意外にもジョニーの方だった。
意表を突かれ只野が目を細める。

「気づいていたのか?」
「なんとなくな。向けられる敵意に気づかないほど、鈍感じゃないさ。
 俺自身に覚えがなくても、誰かの恨みを買うことだってあるだろうさ」

ジョニーの声は、妙に淡々としていた。
請け負う仕事の内容によっては、直接関わらずとも、誰かの人生を狂わせることはある。
その覚悟と共にこの仕事を続けてきた。だからこそ、恨みを向けられることにも慣れていた。

「それに、あんたがわざわざ気にかけて来たってことは、あの嬢ちゃんのこと以外に考えられなかった」

只野とエンダの距離感。その空気を、ジョニーは敏感に感じ取っていた。
まるでかつて、自分とヘルメスがそうだったように。

「だがな……ヤマオリ・カルトにそこまで関わった記憶はねぇんだがな」

エンダ・Y・カクレヤマ。
世界最大のカルト組織、ヤマオリ・カルトの巫女。
その彼女に恨まれるとしたら、関連の依頼を請けたか、敵対したか――そう思うのが自然だ。
だがジョニーの記憶に、それらしい依頼を請け負った覚えはない。

「違う。これは、この会場で起きたことだ」

只野は静かに、だがまっすぐにジョニーを見据える。

「あんたと、ドン・エルグランドの戦闘に巻き込まれて――エンダの、大切な人が死んだ」
「……ああ。あれか」

ジョニーの声が沈む。
記憶の断片が、荒れ狂う戦場の映像を引き寄せる。

海賊王、ドン・エルグランド。
正しく大嵐の化身。その激戦は暴風と鋼鉄が吹き荒れる自然災害そのものだった。
足場の悪い岩山で、吹き荒れる混沌の中、誰かが巻き込まれて命を落としたとしても不思議ではない。

「それで――死んだってのは誰なんだ?」

当然の問いだった。
死んでしまったエンダの大切な人とは誰なのか。
死者は放送で名が呼ばれる。ジョニーの知る限りではそこに当てはまりそうな名はなかったはずだ。
だが、只野は口をつぐみ、やがて小さく首を振る。

「……それは、言えない。察してくれ」

死んだのは、巫女エンダその人だった。
いま彼女の中にいるのは、カクレヤマの土地神――その事実はあまりにも異常で、語れるものではない。
それはエンダ自身が只野にだけ明かした秘密。口外すれば、その信頼を裏切ることになる。

だが、そこを曖昧にするのは筋が通らない。
死者の名も言えないとなれば、話の信憑性すら疑われかねない。

(……それでも、話すわけにはいかない)

只野は迷いを切り捨て、沈黙を貫く。
ジョニーの銃顔は表情からは読めない。
だが、その沈黙の奥に何かを測っている気配があった。

「……まあ、その話自体を疑う気はないさ。誰にだって、事情のひとつやふたつあるもんだ。話せねぇことだってな」

ジョニーは静かに頷いた。
それは納得とまではいかなくても、理解を示す態度だった。
それは戦場を渡ってきた者にしか持ちえない懐の深さである。

「それで――俺に、何を望む?」
「何をって……そりゃあ、謝罪とか……そういうことを」
「……謝罪、ねぇ」

只野が言いよどみながら返すと、ジョニーは静かに呟きを返した。

「アンタに悪意がなかったのは分かってる。でも、エンダの気持ちも……少しはわかってやってほしい」
「ああ。それはわからないでもないさ。大事な人間を失ったとき、怒りの矛先をどこかに向けたくなる気持ちはな」

ジョニーの声には、微かに過去を引きずるような沈みがあった。

「……だが、それは謝って済む話なのか?」
「それは……」

答えに詰まる只野。
その問いは、ずっと胸の奥にくすぶっていた疑念だった。
謝罪という言葉で、傷が癒えるのか――それで、許されるのか。

「もちろん、誠意は見せるべきだ。自分の行動には、責任ってもんが付きまとう。
 それが意図したことじゃなくても、結果が人を傷つけたなら、そいつを背負う覚悟はある」

その言葉には、ジョニー自身の信条が滲んでいた。
ジョニーのその姿勢に、只野もまたわずかに眉を緩める。

「だがな。謝って済ませるって発想自体が時に相手を侮辱することもある。
 それが自己満足になっちまえば、逆に相手を怒らせるだけだ」
「……ああ。そう、だな」

只野もまた、それは重々理解していた。
自己満足の謝罪は、相手の痛みを軽視する行為にすらなり得る。
それは、本意ではない。

「それに、どうせ嬢ちゃん本人に頼まれたわけじゃないんだろ?
 ここにきたのはあんたの独断だ。そうだろう?」
「……ああ」

図星を突かれ、素直に認めるしかなかった。

「だったら俺から出しゃばる真似はしない。もし、嬢ちゃんが俺に謝罪を求めてきたら、その時は正面から向き合おう。
 恨みを晴らしたいって言うなら、受けて立つ……ただし、俺も死ぬわけにはいかねぇから、その時は容赦なく抵抗させてもらうがな」

ジョニーは静かに言い切った。
その瞳の奥には、戦士としての矜持と背負う覚悟が宿っていた。

「まあ……今は生き延びることが最優先だ。大将の言ってた通り、余計な因縁はしばらく寝かせとくのが利口だろうよ。
 俺の方からもあの嬢ちゃんにはなるべく近づかないようにする、それでいいか?」
「……ああ。そうしてくれると助かる」

只野の声に、少しだけ安堵が混じる。
ほんのわずかに、空気が緩む。

いずれ必要な時が来れば、再び語られるだろう。
これは、その時までの猶予にすぎない。


安理は、冷たい床の上に仰向けに倒れていた。
硬質なコンクリートの感触が背中に食い込み、頭の奥ではまだ何かが軋むように疼いている。
先ほど使用した超力の反動だ。脳の深部で、見えない歯車が無理に噛み合ったまま、悲鳴を上げているような感覚だった。

エネリットが予想したとおり、彼の新たな能力は極めて高い脳負荷を伴う。
今の安理は、法則の異なる二つの力をひとつの脳で同時に運用している。
それを並行して稼働させることが、どれほど危険で、どれほどの負担になるかなど、本来は試してはいけない領域だった。

――だが、彼をより深く打ちのめしていたのは、肉体ではなく精神のほうだった。

他者の過去を覗き、追体験する力。
安理は、その力で三人の少女の過去を「視た」。

信頼確認のため、彼女たち自身が提示したのはここ一時間ほどの記憶だった。
だが、得たばかりの力に精密な制御など望むべくもない。
深度を誤った。気づけば彼は、足元を滑らせるように遥か過去の深層へと沈み込んでいた。

似た系統の能力であればまだ制御も効いたかもしれない。
だが、自対象の肉体変化と他対象の精神介入では何もかもが違いすぎる。
言うなれば、車の運転手がいきなり帆船の舵を握るようなものだ。
理屈も感覚も、まるで異なる世界だった。

そして、辿り着いたその記憶は――あまりにも痛ましかった。

三人の少女は、それぞれ異なる形で、暴力と絶望に晒されていた。
そのすべてに共通していたのは、全員が性的な暴力に晒されていた事。

恐怖。屈辱。喪失。
その記憶の中にあったのは、逃げ場のない暗闇だった。
それでも彼女たちは、そこから立ち上がり、なお強く在ろうとしていた。

安理はその強さを正しく理解した。
だからこそ、彼女たちは信頼に足ると判断できた。
だが、それを理解してしまったからこそ、彼の心は軋み、壊れかけていた。

安理はもともと、他者の痛みに極端に共鳴する少年だった。
その繊細さは、優しさの源でもあり、脆さの根源でもある。
他人の絶望を、自分の痛みとして抱えてしまう。
それは、善良さという名の代償であり、精神を蝕む危険な刃だった。

彼が見たのは、彼女たちのほんの表層にすぎない。
きっと、少女たちが経験した現実は、さらに深く、さらに過酷だったはずだ。
それでも、心が悲鳴を上げるには十分だった。

さらに追い打ちをかけたのは、記憶に紛れ込んだ感覚だった。

初めて浴びる女性としての苦痛と快楽。
身体の奥底から湧き上がるような、言葉にできない違和感。
共鳴によって受け取ってしまったそれらの感覚は、性の境界が曖昧な安理にとって、致命的な混乱をもたらした。

自我がインクのように滲み、境界が曖昧になる。
彼女たちの過去と感覚をなぞるたびに、自分という存在の輪郭がぼやけていく。

――自分は、いったい何者なのか。

その問いが、胸の奥に滲むように染み込み、形を失っていく。
かろうじて彼を繋ぎとめているのは、今までに積み重ねてきた人との関係。
信じてくれた人々と過ごした時間。支え合い、認められてきた記憶。
それが安理に、唯一確かな自己を与え、その結実として一つの答えを得た。

人としての現実と、龍への憧れ。
その狭間で揺れながら、彼はようやく龍人という答えに、自我の居場所を見出したのだ。

だが、その均衡も今は危うい。
他者の記憶を視るたびに、自分の形が少しずつ削れていくような感覚がある。
まるで、誰かの内面に踏み込むたびに、自分自身が曖昧になって溶けていくようだ。

確立した龍人としての自我と、他者に共鳴し溶けていく自我。
その両極に引き裂かれながら、彼は今、崩れそうな均衡の上で、かろうじて立っている。
まるで、揺れる天秤のどちらにも完全には傾けず、綱渡りのように――その中央で、自分という存在を保とうとしていた。

「……大丈夫かい?」

エンダの声が降りた。
安理のすぐ傍ではなく、数歩離れた位置から。
その声には、親しみも労わりもない。ただ事務的な確認だ。

今は生存のために協力しているが、基本的に彼女はアビスの囚人を嫌っている。
そんな相手を甲斐甲斐しく介抱などするはずもない。

「み……水…………を……」

安理が水を求める。
喉の渇きよりも、胸の奥の不快感を洗い流したかった。
エンダの足元には、エネリットが置いていったペットボトルがある。
安理は、震える手をそちらへと伸ばした。

「……仕方がないなぁ。ほら」

流石に無視するのも気が引けたのだろう。
軽くため息を吐いて、気が進まないながらも、エンダはボトルを拾い上げ無造作に差し出す。

「……ありがとう、ございます」

安理は顔をわずかに上げ、受け取ろうと手を伸ばす。
その受け渡しの際、指先が、ふいにエンダの手に触れた。

その瞬間――彼の脳裏に、意図せぬ映像が走る。
呼吸が止まり、視界が一瞬白く弾けた。

「――あ……っ」

制御を誤った。
思考よりも早く、能力が暴走していた。
抑制しきれなかった超力が、無意識のまま発動してしまったのだ。
意図せぬまま、彼は最も覗いてはならない場所に触れてしまったのだ。

咄嗟に手を離した拍子に、ペットボトルが転がり落ち、水が床に広がる。
沈黙を切り裂くように、エンダの声が氷のように冷たく響いた。

「……今のは、何だい?」

エンダだった。
その声は低く、抑えられているが、明らかに怒気を孕んでいた。

安理は答えられない。
息を呑み、視線を逸らす。
だが、それだけで済むはずがなかった。

エンダが、ゆっくりと歩を進めてくる。
その足取りは静かで、だからこそ床の音がやけに大きく響いた。

「まさか――」

一拍の沈黙。
次の瞬間、室内の空気が急激に冷え込む。

温度ではない。
殺気だ。空気そのものが、鋭利な刃に変わっていく。

「私の『過去』を――視たのか?」

呪詛のような声が空気を震わせる。
彼女の足元から、黒い霧がゆっくりと立ち上がる。
理性で押し込められた殺意が、形を持ち始めた兆候だった。

見下ろすエンダの瞳に宿るのは、許しのない黒。
絶対の禁忌に触れた者へと向けられる、純然たる祟り神の目だった。


倉庫の片隅、簡素な布の敷かれた木箱のベッド。
その上に横たえられていた夜上神父が、ゆっくりと瞼を開いた。

意識を取り戻した神父は探るように記憶を思い返す。
最後に記憶しているのは、閃光のように迫る巨大な怪物の姿だった。
この目は確かにその姿を捉えていたが、体はまるで反応できなかった。
次の瞬間、視界が激痛に染まり、右脚の感覚が消えて――そこで記憶は途切れている。

確認すると右脚は、膝下からごっそりと無くなっていた。
だが、夜上は取り乱さなかった。
すでに止血の処置は施されており、命に別状はない。
その事実を、ただ静かに受け止める。

それよりも、不思議だったのは、自分が生きているということだった。
気を失った先にあの怪物の攻撃を受けて助かるとは思えなかった。
だが、こうして生きている以上、誰かがあの死地から救い出してくれたという事になる。

かといって、安理があの怪物をどうにかできたというのは実力的に考えづらい。
何がどうなったのか、予想もつかない。

その安理はどうなったのか、神父は上体をわずかに起こし周囲を見回す。
雑多に積まれた木箱や備品。ここは倉庫、あるいは物置のようだ。

「お、目ぇ覚ましたか、神父さん」

聞き覚えのある声が届いた。
見上げると、立っていたのはジェイ・ハリックだった。

「……ジェイ・ハリック」
「おう。あれ以来だな」

数時間前。夜上すら匙を投げた悪神、銀鈴との出会い。
神父と銀鈴どちらと共に歩むかと言う問いに、ジェイは銀鈴を選んだ。
兄の仇を討つため、あえて兄の仇と共に歩むと言う耐え忍ぶ道を選んだのだ。

「あの悪神と共に歩んだ先に、答えはありましたか?」

静かに、その選択の果てを問う。
ジェイは少し目を伏せ、短く、確かな声で答えた。

「ああ。兄貴の仇は、きっちり取ったよ」

その顔には、目的を果たした満足と、同時に友を喪ったような寂寥が入り混じっていた。
一言では語れぬその感情を、夜上は人間らしい顔だと思った。

「……どうやら、自分の中の神とは向き合えたようですね」
「どうだかな。ま、迷いが一つ減ったのは確かだよ。あんたのおかげでな」

ジェイが神父に感謝の弁を述べる。
そのやり取りに気づいたのか、傍らで静かに控えていた青年の視線が神父へと向けられる。
その視線に神父も気づいたようだ。

「おや。そこにいるのは、エネリットですか」
「はい。お久しぶりです、夜上神父」
「何だ、お前ら知り合いだったのか?」

ジェイが、少し意外そうに問いかける。

「ええ、まあ。アビスでは、お互い模範囚として何度か顔を合わせる機会はありましたから」

アビスにおいて比較的自由を許された者同士。
実際のところ親しいわけではないが、互いの存在は認識していた。

「神父様。ひとまず、現状を共有しますね」

目を覚ましたばかりの夜上にエネリットが簡潔に現状を説明する。

「――という状況です。現在、ディビットさんがジャンヌさんたちと交渉中です」

そう説明を締めくくりながら、エネリットが視線で示した先。
通信機を手にしてやり取りを続けるディビットの姿があった。

それを見届けてから、夜上はふう、と小さく息を吐いた。
それは状況に対する諦念ではない、目の前の青年に対する、感想だった。

「相変わらず君は詰まらないですね、エネリット。若人はもっと惑うべきだ」
「ご期待に沿えず申し訳ございません、神父様。その様な余分のある立場ではありませんので」

エネリットは飄々としながらも、どこか硬質な言葉で返す。
夜上は少しだけ目を細めて、柔らかな声音で応じた。

「旧約聖書の箴言には『貧しき者の滅びはその貧しさにあり』とあります。なるほど、余分を持たぬ者には、回り道も許されないということですか」
「夜上神父こそ、他者に荷物を背負わせ楽しむのも程ほどに、自身が指一本動かさぬ者を神は祝福なされないでしょう」
「マタイ23章ですか。心得ていますよ。律法学者のようにはなるつもりなどありませから」

互いに言葉は丁寧だが、どこか剣の交差するようなやり取りが交錯していた。
視線がぶつかり合い、短い沈黙が場を支配する。

「……小難しい話してる場合かよ」

ジェイが呆れたように割って入った。
神学も議論も関係なく生きてきた彼らしい、率直な声だった。

「ともかく、状況は理解できたな? あんた……戦えるのか?」

決戦が迫る今、重要なのは戦力として数えられるかだ。
運び込まれたときから議題には上っていたが、改めて本人の口から確認する必要がある。
この問いに夜上神父は、静かに首を横に振った。

「難しいでしょうね。この足のことを抜きにしても、私の能力値ではあの怪物には太刀打ちできない」

それは、実際に一度相対した者としての偽りのない感想だった。
真実を見通す目を持っているからこそわかる。
万全の状態であったとしても、自分の力ではあの怪物には届かないと。

「了解しました」

エネリットはあっさりと頷く。
だが、その声には一つの含みがあった。

「ですが生き延びるために出来る限りの協力はしていただきたい。
 夜上神父、あなたの超力を貸し与えてください」
「貸し与える?」
「ええ。僕の超力にはそれできる」

直接戦えなくとも、能力を共有すれば戦況への貢献は可能だ。
エネリット自身の能力を介せば、夜上の超力を戦力に転化できる。

「そういや……あんたの超力って、具体的にはどんなもんだ?」

ジェイが素朴な疑問を投げかける。
隠すほどの事でもないと言った風に、神父はゆっくりと手を上げ、自らの目元に指を添える。

「神(わたし)の超力はこの『目』にあります。我が『神の目』は嘘を看破する」

告げられたその力は、極めてシンプルで明瞭なものだった。
相手の嘘を見抜くと言う、虚偽を許さぬ審判の眼。

「……って言ってもよ」

ジェイが、やや眉をひそめる。

「これから相手にするのは交渉相手じゃねぇ。
 怪物をブッ倒そうってんだ。嘘を見抜いたって意味ねぇだろ」

露骨な落胆と戸惑いが混じった声。
だが、神父は少しも揺らがず続ける。

「『嘘』とは、言葉だけのものではありませんよ」

その一言に、ジェイの目がわずかに見開かれた。

神父の力は、発言の虚偽にとどまらない。
行動の嘘――つまり、敵のフェイントや、意図を隠した一手すらも見抜くことができる。

敵が何を狙い、どこに誘導しようとしているのか。
その真意を読み取る力。それは、判断を一手先んじる者にとって、極めて強力な武器となる。

その時、倉庫の一角から小さな動きがあった。
エネリットが、通信機を手にしたディビットから呼びかけらた。

「どうやら、ディビットさんの交渉がまとまりそうですね、呼ばれているようなので行きます」

そう言って、彼はディビットの方へと足を向けた。
決戦は近い。戦える者も、戦えない者も、それぞれの場所で、何かを背負って立たねばならない。


崩れた瓦礫の隙間から、風が細く鳴くように吹き抜けた。
空は澄み渡っているはずなのに、風の中にはどこか焦げついたような匂いが混じっていた。

ジャンヌ・ストラスブール、葉月りんか、交尾紗奈。
三人の少女は瓦礫の陰に身を潜め、静かに待機していた。
交渉の返答を待つだけの時間。何も起こらない沈黙の中で、ただ時だけが過ぎていく。

やがて、その静寂を破ったのは、紗奈の手元で小さく震えた通信機だった。
ジャンヌとりんかが、自然と通信機を持つ紗奈に身を寄せる。

だが、紗奈の表情にはわずかな緊張が走っていた。
瓦礫越しではなく、どういう訳か通信越しに交渉が始まることに、一抹の不信感がある。
それでも覚悟を決め、応答ボタンを押すと、通信機から鋼のような男の声が低く響いた。

『……聞こえているか。俺は――バレッジファミリーの、ディビット・マルティーニだ』

鋼を思わせる冷たさと、濁りのない研ぎ澄まされた重圧。
名乗る必要などないほどに、ただの声にすら威圧が宿っていた。

裏社会で恐れられる顔役の一人。
今、通信の向こうにいるのはまさにその本人だった。

『エネリットから大まかな事情は聞いた。これより交渉は俺が引き継ぐ――そちらの交渉役は誰だ?』

交渉役を買って出ようとジャンヌが紗奈の持つ通信機に手を伸ばしかける。
だが、紗奈は軽く首を横に振り、その手をやんわりと制した。

「……交尾紗奈。こちらの交渉役は、私が務めるわ」

明確な声でそう告げると、通信機を握り直す。
ジャンヌとりんかは覚悟を示すのには向いているが、素直すぎて駆け引きには向かない。
場にいる三人の中で最も駆け引きができるのは自分――その自覚と責任が彼女の中にあった。
ジャンヌとりんかもまた、その判断を尊重するように黙って頷きを返した。

『……まずは確認しよう。そちらの要求を、改めて聞かせてくれ』
「要求は一つ。ルーサー・キングの殺害、そのためにあなたたちの協力が欲しい」

言い切った瞬間、通信の向こうで、かすかな息の音が漏れた。
驚きとも、呆れともつかない。乾いた反応。

『これはまた大胆な話だな。耳を疑うほどのな』
「でも、あなたにとっては――悪い話じゃないはずよ。マルティーニさん?」

すかさず紗奈が切り返す。
その声には一分の迷いもない。

『……ふむ。なぜそう思う?』
「あなたの『バレッジファミリー』と、キングの『キングス・ディ』は敵対関係だと聞いているわ。
 なら、敵組織のボスを葬る機会に、乗らない理由なんてないはずでしょ?」

わずかな沈黙。
返ってきた声は冷ややかだった。

『情報が古いな。『バレッジファミリー』と『キングス・ディ』の抗争はとっくに手打ちになっている。
 俺がキングに手を出せば、それは盟約違反だ。不義理はできん』

手打ちの相手に裏から手を回すのは、裏社会の掟に反する行為。
それを犯せば、全面戦争も辞さぬ報復を呼びかねない。
だが、紗奈は怯むことなく続けた。

「……でも、本音では。彼が消えてくれた方が都合がいい、そう思ってるんじゃない?」

状況がそうだとしても、本音は違うのではないか?
まるで隙間風のように心の奥に滑り込むその一言に、通信機の向こうに、ひたりと静寂が貼りついた。

「このアビスにいる限り、外に情報が漏れることはない。
 仮に盟約を破っても、誰にも知られなければ『なかったこと』にできる――そう思わない?」

その言葉に、ジャンヌとりんかが目を見交わした。彼女たちの中にはない発想だった。
バレなければ良いというロジックは、聖女であるジャンヌには到底口にできないことだ。
だが、それが必要悪であることは理解できた。

数秒の沈黙の後、通信機の向こうからディビットが短く息を吐いたような気配があった。

『……ふむ。なるほど。そんな抜け道は考えもしなかったな』

今初めて気づいたとでも言わんばかりの白々しい言葉だった。
だが、どこか機嫌の良さすら感じられる声音が滲む。

『確かに一理ある意見だ。キングがいなくなれば、俺の組織は拡大する、それは事実だろう。
 その点は否定せん。理屈としては、乗る価値はある話だ。だがな――』

間を置いて、続く声の調子が変わる。

『――俺にとって、ルーサー・キングは偉大なる先人であり、敬意を抱いくべき同業者だ。
 利があろうともそんな男を討つのは、どうにも心苦しい。そんな俺の心情を理解してくれるか?』
「……何が言いたいの?」

言葉の裏を探るように、紗奈の声が低くなる。

『そちらの話に乗るには、こちらにもかなりの覚悟がいると言う事を理解して貰いたくてね。
 当然、話をもちかけたそちらにも同等の覚悟を持ってもらいたい』

静かな口調だった。
だが、その静けさの中に潜む圧は明白だった。
警告にも、脅しにも聞こえるその言葉は、やるなら半端は許さないとそう言っていた。

だが、そんなことは言われるまでもない。
ジャンヌたちは、ルーサー・キングを討たねばならない。
そうしなければ彼女たちは立ち行かない――元から後戻りはできない状況なのだ。

「それで? 覚悟と言っても具体的にどうしろと? まさか何かを要求するつもりかしら?」

紗奈はわずかに語気を強めて応じた。

「こちらは既にそちらに『システムA』を提供する事を約束しているわ
 それだけの代物を出したのだから、対価としては十分すぎるはずよ」
『その件に関しては対価として首輪を支払うという話だろう?
 首輪はくれてやる。それでその件に関しては俺たちに貸し借りはないはずだ』

その瞬間、紗奈は小さく息を呑んだ。
交渉を優位に進めたいのなら『システムA』の譲渡は純粋な『貸し』にすべきだった。
だが、首輪という対価を引き出した時点で、それは対等な取引となり、借りにも貸しにもならない。
主導権を握るどころか、交渉の余地を自ら狭めてしまっていた。

例えばブラックペンタゴン脱出を目指して呉越同舟している連中のように。
同じ目的を持っているのならば、この同盟は利害の一致による対等な関係として片付けられる。

だが、ディビットは少なくとも表面上はキング暗殺に否定的な立場を崩していない。
そんな彼を引き込んだ時点で、構造的にジャンヌ側は協力を請う立場であり、ディビットたちはそれに巻き込まれた協力者の立場になる。

つまり、ディビットはジャンヌ達に大きな『貸し』を与えたという事になる。
これまでのディビットの発言は、その立ち位置を明確にするための布石でもあった。

そしてそれを明確にした上で、彼が何を要求してくるのか。
紗奈の手のひらに、じわりと汗が滲む。

『そう警戒するな。法外な条件を吹っかけるつもりはない。
 この同盟の目的にそぐわない要求などしないさ、当然そちらにも理のある話だ』

安心させるような前置きを一つ置く。
だが、それがかえって不穏な緊張を深める。
一呼吸おいて、ディビットは続けた。

『少なくともキングの現在位置は把握しておきたい。
 いざ段取りが整って、計画を実行するにしても、相手の位置が分からないのでは話にならないからな』

的確な要求だった。
標的の正確な場所を把握していなければ襲撃もできない。
それを調べるのは、発案者であるジャンヌたちが担うべき――理屈としては、正しい。

「……つまり、その調査を、私たちにやれと?」
『ああ。俺たちはブラックペンタゴンの中から動けん。
 外部の調査を担えるのは――そちらだけだろう?』

キングの所在を探る。
その大義のもと、外部にいるジャンヌたちを自然な形で利用しようとしている。
その意図が透けて見えても、ディビットの理屈には反論できるような穴がない。

『何も島中を探せ、などと無茶は言わないさ。
 だが――ブラックペンタゴン正門。あそこに、キングが待ち伏せしている可能性は高い。
 せめてそこは、確認してもらいたいものだな』

ブラックペンタゴンから逃れた者たちを狙う狩人たちの待機場所。
恐らく今、ブラックペンタゴンの外で一番の危険区域だ。

「……そこにいるのが、キングだけだとは限らない。あまりにも危険すぎるわ」
『そうだな。リスクはあるだろう。だが、何事にもリスクはある。そんなことは当然の話だろう?』

ディビットの声が、ふっと低くなる。

『まさか。自分から話を持ち掛けておいて、自分たちは何のリスクも負いたくないだなんて都合のいい話をするつもりじゃないだろうな?』

声を荒げたわけではない。
だが、まるで首筋に氷を当てられたような感覚が、通信機越しに伝わってくる。

『こちらは盟約違反という危うい橋を渡るんだ。計画が失敗すれば俺は立つ瀬がなくなる、失敗は絶対に許されない。
 やるからには、万全の準備と正確な情報を用意して、確実に実行せねばならない。
 そのために、互いにできる限りのことを尽くすべきだ。違うか?』

静かだが、逃げ場のない詰め将棋のような論法。
紗奈の喉が、きゅっと締まるような感覚に襲われた。

「…………くっ」

紗奈は言葉に詰まった。
役者の違いを突きつけられているような、無力感が喉にせり上がる。
紗奈は唇を噛み、悔しさを堪えるように目を伏せた。
反論できる理屈が思いつかない。

その時だった。
そっと背後から伸びた手が、紗奈の手元から通信機を静かに受け取った。
まるで迷いの欠片もない動作だった。

「分かりました。ルーサー・キングの捜索をこちらで引き受けましょう」

芯の通った清らかな声が、通信機越しに届く。
通信機を握ったのは――ジャンヌだった。
その声が変わったことに気づき、ディビットが反応を示す。

『……ジャンヌ・ストラスブール、か』
「はい。初めまして、ディビット・マルティーニ。
 ――これより共に戦う者として、誠実な協力をお約束します」

短い一拍。
通信の向こうで、小さく息を吐く音がした。

己が誠実を誓う言葉は、同時に相手にも誠実を求める行為に他ならない。
ジャンヌの言葉は静かでありながら、ディビットの立場を牽制する力を孕んでいた。

『……それは天然でやっているのか? 聖女様』
「? 何のことでしょうか?」
『……なるほど。噂通りの実直さだな』

その声に混じるのは、呆れか皮肉か。
あるいは、ほんの少しの敬意さえ滲んでいたのかもしれない。

『――まあいい。ひとまず、交渉に戻ろう』

小賢しい交渉術よりも、かえってこうした真正面の姿勢のほうがやりづらい。
そんな含みが、言外に漂う。

『そちらの提案に応じる。
 ルーサー・キングの件、少なくとも――俺とエネリットは協力を約束する。
 他の連中が乗るかどうかは本人次第だが、話は通しておく。それでいいか?』
「ええ。協力者は多ければ多いほど心強い。感謝いたします」

その応答を聞いて、ディビットの声がより事務的な響きに変わる。
契約の成立を告げる、引き締まった声だった。

『『システムA』の取引にも応じよう。
 おい、エネリット。エンダ達に首輪を渡すよう伝えに行ってくれ』

間もなく、通信機越しに、エネリットの短い了解が届いた。

「では、首輪の受け渡しが済み次第、正門の偵察に向かいます。それでよろしいですね?」
『ああ、よろしく頼む。正門の状況が確認できたら、改めて連絡をくれ。
 ……とはいえ、説明するまでもないが、こちらも地獄の真っ只中でな。
 いつでも応じられるとは限らん。その点は、理解しておいてくれ』
「了解しました」

罠が起動したブラックペンタゴン内部は修羅場と化している。
そもそも生きてここを出られる保証すら、誰にもない。

『――ではな、ジャンヌ・ストラスブール。互いに生きていれば、また話そう』
「ええ。次は直接、顔を合わせられることを祈っています」

その言葉を最後に、通信はぷつりと切れた。
一瞬、風の音だけが、瓦礫の隙間を鳴らしていた。
その風に吹かれながら、ジャンヌはゆっくりと通信機を下ろし、そっと紗奈へと差し出した。

「交渉役を横取りして、申し訳ありませんでした」
「……いえ。謝るのはこちらの方よ。うまく交渉を進められなかった」

紗奈の声音には悔しさが滲んでいた。
任されたはずの仕事で、思い通りの結果を導けなかった。
紗奈の失策で偵察なんて危険な仕事を押し付けられてしまった。

「そんなことないよ!」

思わず言葉を挟んだのは、りんかだった。
勢いよく身を乗り出し、紗奈の手をぎゅっと握る。

「紗奈ちゃんは……ちゃんとやってた。すごく、真剣だったよ」
「その通りです。相手が一枚上手だった。それだけの話です。
 それは、あなたの失敗ではありません」

その言葉に、紗奈はわずかに目を伏せ、そして小さく――それでも確かに、頷いた。

「……ありがとう。二人とも」

少しだけ肩の力を抜いたその時、ふと耳を澄ますと、瓦礫の小さな隙間からざわめきが届いていた。

「……ところで。何か向こうが騒がしいようだけど――何か、あったのかしら?」

新たな波乱の予感を含んだ一言が、風に流れていった。


「はっ、はっ――!」

安理は、逃げていた。
背後から迫りくる、全身が総毛立つような恐ろしい何かから。

肌が粟立ち、背骨が軋み、膝が笑う。
背後から迫るのは、理屈では説明のつかない恐怖そのものだった。

怯えた彼は本能が悲鳴を上げるままに、這うようにしてその場を離れようとする。
だが、足はもつれ、視界はまだ定まらず、思うように動けない。

――それは確かに追ってくる。

怒りに呑まれた祟り神のように。
その足取り一つで地は震え、空気が重く軋む。
命の重さに、呪いが塗り重ねられたような圧が、じわじわと安理を追い詰めていた。

黒靄がその足元から立ちのぼり、うねり、咆哮するように周囲を這う。
津波の様な濃厚なる漆黒の闇は彼女の姿を覆い隠し彼女の人としての輪郭を覆い隠していた。
それは床を這い、壁を辿り、天井を伝いながら、獲物たる安理へと襲いかかる。

「……ッ、うあああああ……!」

目を逸らしても、耳を塞いでも、消えてくれない。
恐怖が骨の芯にまで染み込み、意識を軋ませる。
立とうにも足がもつれ、床に這いつくばるように逃げ出す。

エンダは一言も発さない。
怒号も罵倒もない。
ただ、沈黙のまま歩を進める。
その無言こそが、より一層、恐ろしかった。

黒い奔流が生き物のように形を変え、牙を持ち、蠢く。
それは赦されざる罪に触れた者に下される、神罰だった。

たとえ、それがただの少年であろうとも。
彼女の最も深い部分――触れてはならない場所に触れた。
その一線を越えた者を、エンダは決して赦さない。

「ぅ……くっ……!」

追いつかれた。
壁際に追い詰められ、安理はよろめくようにして尻もちをついた。
逃げ場はもう、どこにもない。

その肩に黒靄の触手が絡みついた瞬間、焼け爛れるような激痛と灼熱が肌を貫き、意識が揺らぐ。
口から短く声が漏れ、全身が震え始める。

「どうしたんだい? ご自慢の龍人の力で、抵抗しないのかい?」

氷の刃のように冷たい声が落ちた。
被験体との戦闘を偵察していた、エンダは氷の龍人となれる安理の力をよく知っている。
だが今、目の前の少年は変わらぬ姿のまま、ただ身を震わせ怯えていた。

変身できないのは積み重なった脳負荷のせいだろうか。
だが、彼の精神を削っているのは新たに得た記憶干渉の力である。
龍人化は彼本来の超力の延長線上にある力だ。理屈の上では、使えるはずだった。

それでも、安理は変わらない。
息を荒げ、虚ろな瞳で何かを見つめるように震えていた。
変われないのか、それとも変わらないのか。

エンダにとって、それはどうでもいいことだった。
答えがどうあろうと、なすべきことに変わりはない。

黒靄が形を変え始める。

渦巻く闇が凝縮し、巨大な龍の姿を模す。
霧のような黒が螺旋を描きながら、その頭部が安理へと迫る。

アギトを開き、獲物を喰らわんとする漆黒の神影。
その闇が、安理の存在ごと飲み込まんとする。

その直前――ふと、黒靄が止まった。

エンダの足が止まり、目が細められる。

「……それは、何の涙だい?」

囁くような問いだった。
殺意を纏ったまま迫っていた黒靄が、安理の頬を伝う一筋の涙に触れた瞬間、その勢いを鈍らせる。
それが、恐怖の涙ではないと気づき、エンダは思わず問いかけていた。

「…………悲しくて」

かすれた声が、喉の奥から搾り出されるようにこぼれた。

「悲しい? 何がだい?」
「……あなたと……あなたが大切にしていた人の、運命が」

エンダが目を見開き言葉を失う。
足元から立ちのぼっていた黒靄が、まるで戸惑うように揺れた。

「キミは…………」

少年が少女の何を見たのか。
少女に憑依した土地神は、その一言ですべてを悟った。

安理の目に宿っていたのは、怒りでも、恐怖でもなかった。
そこにあったのは――限りない哀しみと、深い共感。

祟り神の怒りにふれ、自分が殺されようとしているというのに。
その身を呪いの霧に焼かれながら、少年はエンダの悲しみに寄り添っていた。

「……小さくて、無垢で……でも、あなたにとっては世界のすべてだった人……
 その人を喪って、立っていられないほど絶望していた、あなたの心が……苦しくて」

その声は震えていた。
それは、超力による共感にとどまらない。
この地で大切な誰かを失った彼自身の痛みが、彼女の過去と重なり合った。
かすれた声。震える喉をどうにか使い、安理は言葉を紡ぐ。

「その時の……その時の、あなたの絶望が、苦しくて……。
 痛くて……だから……涙が、勝手に……」

それ以上、言葉にはならなかった。
感情が溢れすぎて、言葉が追いつかなかった。
けれど、頬を伝う涙が、すべてを語っていた。

――あの子のために、涙を流す者がいた。

「そんなバカが、まさか二人もいるだなんてね……」

その声には、もう怒気はなかった。
哀しみを孕んだ、どこか懐かしむような、遠い声だった。

エンダの小さな肩が、そっと落ちた。
安理の周囲で渦巻いていた黒靄が、息を吐くようにしぼみ、殺気と共に静かに霧散していく。

エンダはそれ以上、安理を問い詰めることはなかった。
ただ一言、かすれるような声で呟く。

「……すまなかったね。少し熱くなったようだ」

そして、静かに歩み寄る。
尻もちをついて呆然としたままの安理の前に立ち、そっと手を差し出す。

一瞬、安理はその手を取るのをためらった。
さっきの接触で能力が暴走した記憶が、脳裏に焼き付いていた。

けれど、エンダはそんな迷いを待たなかった。
ためらいなく、強引にその手を取り――ぐい、と引き上げた。

「……キミは、その力の制御を覚えることだね。
 仕方がない。私が少しだけ、コツを教えてあげよう」

黒靄という、他者干渉系の超力を使いこなす彼女であれば、きっと何か導けることがあるだろう。
これでは、お節介を焼いた仁成の事は言えないな、と心中でひとりごちる。

実際、安理の状態は危うかった。
もし、彼が読み込んだのが既に死亡していた少女エンダの記憶だったなら、その死に共鳴し彼自身が廃人になっていた可能性もあったのだ。

その時、交渉成立の報せを伝えに、エネリットが静かに現れた。

「……どうされました?」

漂う、どこか妙な雰囲気を察したのだろう。
エネリットが疑問を口にする。

「なんでもないさ」
「……ええ。何も、ありませんでした」
「? そうですか」

エンダは、そう答えて軽く微笑んだ。
黒靄はすでに消え去り、ただ静かな空気がそこにあった。
エネリットはよくわかっていないようだが、ひとまず伝言役としての役割を果たす。

「ひとまず、ジャンヌさんたちとの契約は成立という事になりました。枷と首輪を交換できたら、ディビットさんたちの所に合流しましょう」


薄暗い天井灯の下、北西エリアにある小さな物置部屋。
荒く積まれた木箱や使い古された機材が、まるで影のように沈黙を保ち、空間には押しつぶされるような重苦しさが漂っている。

ディビット・マルティーニは、壁に背を預け、静かに沈思していた。
ジェイ・ハリックは木箱に腰を下ろし、無言のまま天井を仰いでいる。
夜上神一郎は片脚を庇うようにして椅子に身を沈め、胸元で手を組み、目を閉じて祈りを捧げていた。

音も言葉もない中、ただ時間だけが粛々と流れていく。
空気が動いたのは、それから間もなくのことだった。

「失礼します。戻りました」

扉が軋みを上げて開き、最初に姿を現したのはエネリット・サンス・ハルトナ。
端正な所作で一礼すると、彼に続いてエンダ・Y・カクレヤマ、そして北鈴安理が部屋へと足を踏み入れる。

その到着とほぼ同時に鉄を打つような足音が近づいてきた。
重い足取りと軽い足音が入り混じっている。

「すまない、待たせたか」

まず現れたのは只野仁成。
その背後には、鉄の武装をまとったジョニー・ハイドアウト、そして無造作に肩を揺らす脱獄王、トビ・トンプソンの姿が続く。
そして最後に、のぞき込むようにして顔を出したのはヤミナ・ハイドだった。

「うわ~、めっちゃ人集まってるじゃないですか」

場違いなほどのんきな声が、ひとときだけ空気を緩ませる。
物置に到着したジョニーはさりげなくエンダから離れた場所に立ち位置を決めていた。
疑っていたわけではないが、ジョニーはしっかりと約束を守ってくれるつもりのようだ。
その気遣いに只野は内心で感謝を述べる。

「どうやら、俺がいない間に何人か増えたみたいだな」

そう言ってジョニーの視線が新たな顔ぶれをゆっくりと眺める。
その視線に気づいたアンリは軽い会釈を返した。
そして、もう一人。

「……よう。あんたもいたのか。夜上神父」
「ええ。こんな場所で再会するとは思いませんでした、鉄の騎士」

言葉こそ穏やかだが、そのやり取りに張り詰めた気配が混じる。

ほんの半日ぶりの邂逅。
その短い時間で、片や片脚を失い、片や人の形を逸脱するまでに変貌していた。

「随分と醜く変わり果てたものですね。人の世の歪みを、それほどまでに直視できなかったのですか?」

夜上の声音は淡々としていた。
だが、その言葉には明確な批判が宿っていた。
世界の狂気に飲まれぬよう人の姿を捨てた便利屋は、より深い狂気に身を窶していた。

「関係ないさ、これはただの力だ。あんたにどうこう言われる筋合いはない」

ジョニーが冷たく応じる。
その背に積もらせたものは、決して軽くはない。

言葉の端々に、静かな敵意が立ち上る。
二人の男が静かに険悪な雰囲気を発し始めていた。

「そこまでにしておけ」

だが、鋭いディビットの声が空間を裂いた。
その一言に、空気の刺々しさが塗りつぶされていく。

「……中央に残っている連中を除けば、これで全員か」

その言葉が落ちると、部屋に満ちていた沈黙が重みを変える。
十名にも及ぶ人間が、この狭い空間に肩を寄せ合って立っていた。

場を取り仕切るディビットが目線だけで合図を送る。
その視線を受け取ったエネリットが、一歩前に進み、パン、と一つ手を叩く。

皆の注目の集め方を心得ているのか、それを合図に、全員の視線が青年に集まる。
緊張と覚悟が交錯する中、閉ざされた密室で、再び時計の針が動き出す。

「――それでは、作戦会議を始めましょうか」

決戦前の最後の作戦会議。
その幕が、いま静かに上がろうとしていた。

【D-4/ブラックペンタゴン北西門外側/一日目・午後】
【ジャンヌ・ストラスブール】
[状態]:疲労(小)、全身にダメージ(中)、超力成長中
[道具]:流れ星のアクセサリー
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.正義を貫く。
0.ブラックペンタゴン正門前の調査を行い報告する。
1.ブラックペンタゴン内部の人間と結託し、ルーサー・キングを討つ。
2.日月やりんかを次代のホープとして守りたい。
3.刑務の是非、受刑者達の意志と向き合いたい。

※ジャンヌが対立していた『欧州一帯に根を張る巨大犯罪組織』の総元締めがルーサー・キングです。
※ジャンヌの刑罰は『終身刑』ですが、アビスでは『無期懲役』と同等の扱いです。

※流れ星のアクセサリーには他人の超力を吸収して保存する機能があるようです。
 吸収条件や吸収した後の用途は不明です。
※流れ星のアクセサリーに保存されていた『フレゼア・フランベルジェ』の超力を取り込みました。
 フレゼアの超力が上乗せされ、ジャンヌの超力が強化されています。
 完全に肉体に馴染んだ時、更なる進化を遂げる可能性があります。

【葉月 りんか】
[状態]:疲労(小)、紗奈に対する信頼と不安
[道具]:治療キット
[恩赦P]:20pt (ジルドレイの首輪から取得、治療キット -50pt 通信機 -20pt 食料 -10pt)
[方針]
基本.――――姉のように、救って、護って、死にたい。その為に、償い続ける。
0.自分を救い、命を奪われたハヤトとセレナの分まで戦い抜く覚悟。
1.紗奈のような子や、救いを必要とする者を探したい。
2.紗奈やジャンヌと協力してルーサーを討つ。
3.紗奈が道を踏み外さないように目を外さない
4.この刑務の真相も見極めたい。
※羽間美火と面識がありました。
※超力が進化し、新たな能力を得ました。
 現状確認出来る力は『身体能力強化』、『回復能力』、『毒への完全耐性』です。その他にも力を得たかもしれません。
※超力の効力により新たに『精神強化』が追加されました。

【交尾 紗奈】
[状態]:気疲れ(大)、強い決意、りんかへの依存、ヒーローへの迷い
[道具]:紗奈の手錠&鍵、ハヤトの手錠、通信機、ルクレツィア・ファルネーゼの首輪(未使用)
[方針]
基本.りんかを守る。りんかを支える。りんかを信じたい。
0.りんかのために戦う。でも、それだけでよくなかった、何もかもが足りなかった。
1.ブラックペンタゴン内部の人間と結託し、何としてもルーサーを殺害する。
2.りんかの恩赦のためにポイントを集める。
3.ジャンヌのためにりんかが犠牲にならないか警戒。

※手錠×2とその鍵を密かに持ち込んでいます。
※葉月りんかの超力、 『希望は永遠に不滅(エターナル・ホープ)』の効果で肉体面、精神面に大幅な強化を受けています。
※葉月りんかの過去を知りました。

※新たな超力『繋いで結ぶ希望の光(シャイニング・コネクト・スタイル)』を会得しました。
現在、紗奈の判明してる技は光のリボンを用いた拘束です。
紗奈へ向ける加害性が強いほど拘束力が増し、拘束された箇所は超力が封じられるデバフを受けます。
紗奈との距離が離れるほど拘束力は下がります。
変身時の肉体年齢は17歳で身長は167cmです。


ブラックペンタゴン、北西エリアの内側部。
雑多な物置部屋の狭い空間に、十名もの囚人たちの気配が満ちていた。

空間を支配していたのは、緊張と覚悟。
命を賭す戦いを前にして軽口すら出てこない。
ただ、部屋に灯る弱い照明だけが、その沈黙を照らしている。
木箱の陰、壁際、床の上、それぞれが身体を預ける位置は違えど、視線だけは一点に向いていた。

「さて、僭越ながら、この場は私、エネリット・サンス・ハルトナが議事進行を取り仕切らさせていただきたいと思います」

その視線の先に立つ少年エネリットが礼儀正しく一礼する。
全員の視線を一身に浴びながら、まるで臆する様子を見せず、さっそく最初の議題を口にした。

「まずは確認させていただきます。脱獄王トビさん。現在、脱出の算段は立っていますか?」

エネリットが率直に脱獄王に問う。
もし彼がここで明確な脱出ルートを提示できるのなら、無謀な決戦は回避できる。
全員が息を飲んで、トビ・トンプソンの答えに注目を注ぐ。

「――さすがに、全員を逃がす算段まではねぇな」

肩をすくめ、トビは悪びれもなく笑った。

「白旗が早いな。脱獄王の名が泣くぞ」
「はっ。オレ様一人だけなら穴の一つでもあれば抜け出せるんだが、全員分ともなればそう簡単にはいかねぇよ」
「隙間なら破壊された北西の出入口にありましたね。しかし、子供でも通れないような小さな穴でしたよ」

エネリットが答える。
首輪や手枷のやり取りくらいはできたが、とても人が通れるような穴ではなかった。

「問題ねぇよ。オレ様なら通れる」

そう言うなり、トビは自分の腕を逆側の肩へと折り曲げ、手首をぐにゃりと捻った。
骨格の構造を完全に無視した軟体。
それこそが、脱獄王たる彼の超力『スラッガー』である。

「ですが、このブラックペンタゴンの外壁は『システムA』で構成されているようです。
 壁に少しでも触れた時点で超力は解除されてしまいますよ」

つまり、狭い穴を通るには一切、壁に触れずに通過することが求められる。
それは、針の穴に遠くからロープを通すに等しい難行だった。

「オレ様は、もともと柔らかいんだ。頭さえ通りゃ後はどうにでもなる」

再び軽く笑って、トビはその場で背中を反らし、超力なしで足を後頭部まで持ち上げてみせる。
雑技団でもやっていけそうな柔軟性である。
少なくとも、彼ひとりが脱出可能であるという点だけは事実なのだろう。

「だが、全員を逃がすとなるとそうもいかねぇ、もっと大きな穴が必要だ」
「何か策はあるのか?」

只野からの問いに、トビは少し顎に手を添え呟く。

「脱獄の常套手段のひとつに、看守に扉を開けさせるってのがある」

買収、内通、あるいは心理的な誘導。
いずれにせよ、鍵を持つ側に開門させるというのは、古今東西、脱獄術の基本中の基本だ。
だが、看守という言葉に、ジェイ・ハリックが苦い顔を見せた。

「看守つってもよ……そもそもここ、監獄ですらねぇだろ? 看守なんざいねぇじゃねぇか」

囚人たちを閉じ込める罠ではあるが、ブラックペンタゴンは監獄ではない。
当然そこに看守はいないし、鍵を持つ者などいない。
だが、その疑問をくすくすと嘲笑う声が響いた。

「そうとも言いきれないだろう? 『被験者:O』がいるじゃないか?」

唐突に口を挟んだのはエンダ。
まるで冗談めかした調子だった。

「だからって、あいつは鍵なんて持ってないだろ」
「持ってるかもしれないって話じゃないのか?」
「仮にそうだとしても、奴を倒して鍵を奪い取れるんならそもそも鍵が必要ねぇだろ」

それぞれが意見を口々にしはじめる。
その中で静かに口元へ手をやりながら、ディビットが呟いた。

「つまり、奴に外壁を破壊させるという事か」
「そういうこった。『システムA』の外壁だってんなら破壊できそうなのはあいつくらいだろ」

必要なのは超力を介さない単純な物理破壊。
その罠を破れる可能性を持つのは、皮肉なことに送り込まれた生体兵器だけだった。

「けどよ、相手を誘導する余裕なんてあるのか?」

只野がシンプルに疑問を口にする。

「……誘導する余裕なんて、あるとは思えません。戦いながら、壁際まで運ぶなんて……」

その脅威を目の当たりにした安理が息を呑んで言う。

「うーん……位置取りくらいなら意識できるんじゃねぇか? 戦いながら、うまく壁際に誘導できれば……」

ジェイが意見をひねり出す。
しかし、それを夜上神父が否定した。

「無理でしょうね。あの男の目には理性の光があった。その様な意図は見透かされるでしょう」

神の目で直接相手の目を見た夜上が確信を持った声で言う。
敵は理性無き怪物ではない。そう簡単に誘導にはかからないだろう。

「ま、その案は難しそうだな」

そう結論つけざるをえないだろう。
だが、トビとしても、常套手段をひとつ提示したに過ぎない。
別段この案を押し通すつもりはなかった。

「他に今出せるプランはないのか? 脱獄王」
「そうだな、後は脱出しないって手もある」

脱獄王がその異名と真逆の方針を提示する。

「どういう意味だよ?」
「よく考えてみろ、そもそも何故このブラックペンタゴンから脱出しなきゃいけねぇんだ?」

その一言に、只野がハッとしたように目を見開く。

「そうか、首輪か」

ブラックペンタゴンを脱出しなければならないのは禁止エリアに指定されたからである。
禁止エリアに留まっていれば首輪が爆破される。
だが逆に言えば、首輪の解除ができればその制限時間は無くなるのだ。

「つまり……首輪さえ外しちまえば、わざわざ命懸けで脱出する必要はないってことか」

ジェイが呟く。

「そうだ。ま、オレとしては気に喰わなねぇ方針だが、刑務作業の終了までブラックペンタゴンのどこかに隠れ潜んでればいい。そうすりゃ後は勝手にケンザキに回収されんだろ」
「確かに、生き残るだけなら、それも『あり』だな」

只野が頷く。
生き残りを目指すのであればそれも一つの案だ。

「けどよ、これまでどうにもならなかった問題を、あと2、3時間で何とかできるとは思えねえんだが」
「メリリンがいるんだろ? ここにはいねぇみたいだが。これだけ頭数が揃ってんなら首輪の一つや二つ持ってるやつもいるんじぇねぇのか?」
「ありますね。こちらは使用済みですが」

エネリットが懐から宮本麻衣の首輪を取り出して見せる。

「なら道具と技術者は揃ってるわけだ」
「そうですね。チャレンジするだけの価値はあるかもしれません」

エネリットが可能性を認める。

「とはいえ、現時点ではトビさんの脱出案は模索中、メリリンさんの首輪解除も可能性があるだけで確実ではない。
 やはり、正攻法も並行して進めておくべきでしょうね」
「正攻法……って事はやっぱり被験体に挑む訳だな?」

只野の覚悟の籠った声で問いかける。
命がけの決闘は避けられそうにない。

「ええ。脱出ルートや首輪解除は攻略に失敗して撤退を余儀なくされた場合の保険と考えた方がいいでしょう」

脱出や首輪解除はあくまでサブプラン。
やはりメインは武力による門番の正面突破である。

「では、被験体攻略について話を進めましょう」

本題に入り、エネリットが改めて場を仕切りなおすように声を上げた。

「質問は随時受け付けますが、人数が多いので、発言は挙手制でお願いします」

簡潔な前置きを置いたその直後だった。
勢いよくピンと手が挙げられた。
質疑応答を許可され真っ先に手を上げたのはヤミナだった。

「どうぞ。ヤミナさん」
「はい! そもそも何の会議なんです? これ」

その一言に、呆れとも、脱力ともつかない空気が流れた。
とんでもない場違いなバカの登場に、数人が天を仰ぐ。
物置に何とも言えない沈黙が落ちる。
そんな空気をよくわかってないヤミナだけが、不思議そうに首をかしげていた。

その後、真実を知ったヤミナが成人した女性にあるまじき醜態で騒ぎ立てる一幕もあったが。
今は(ディビットの手刀により)大人しくしている。

「では、改めまして、被験体攻略について情報を共有します」

そう言ってエネリットが懐から取り出した小さな手枷を全員に見えるように掲げた。

「ブラックペンタゴン外部からジャンヌ・ストラスブール、葉月りんか、交尾紗奈の三名より接触がありました。
 彼女たちは、ルーサー・キングの接近を警告するとともに、対キングの共闘を持ちかけてきました。
 その交渉の中で――『システムA』を一度だけ使用可能な枷を、100ptの首輪と引き換えに譲渡されています」

その報告にどよめきが広がる。
キングの接近もそうだが、それ以上に直近の決戦に関わりそうなのは。

「『システムA』だって?」
「ええ。紗奈さんに合図を送れば1度だけ使用できるとの事です」

その言葉に只野たちが沸き立つ。
アビスで囚人たちを縛り付けていた超力を封じる拘束具。
それがどれほど強力なものなのか、語るまでもない。
だが、この件に関して事前のミーティングを行っていたジェイは冷ややかだった。

「よく見ろ、このサイズじゃ被験体には使えねえよ、せいぜい指にはめるのは精一杯だろ」

少女と被験体では、手首のサイズが違いすぎる。
ある程度のサイズ差は吸収できる仕様なのか、一般的な成人男性くらいなら無理をすれば装着できそうだが、今回ばかりはある程度の範疇を越えている。
落胆の空気が漂う中、ただ一人違う結論を見出したモノがいた。

「…………なら。その枷、俺に預けてくれないか?」

そう言いだしたのは只野だった。

「何か策がおありで?」
「策と言う程のものじゃないが、指ならハメられるサイズなんだろ? なら、それを実行できる可能性があるのは俺くらいだろ?」

あらゆる技術を収めた人類の極限。
あの怪物に近接戦で実行できる可能性があるのは只野くらいだ。と言うより、彼で無理なら他でも無理だ。
あるいは器用さを倍加したディビットならば可能性はあるだろうが、デメリットを考えれば安定性という所で一歩劣る。

この『システムA』対してディビットたちは期待を置かない方針で決定している。
そのため元より戦術に組み込まれていない。
それが使える可能性が少しでも出てくるというのなら儲けものだ、預けるのも吝かではない。

「了解しました。では、この枷は只野さんにお預けします。
 合図は――――」
「――――心得ているとも、外にいる紗奈に送ればいいんだろう?」

ジャンヌたちとの交渉にも同席していたエンダも手筈は心得ていた。
エンダならば通信機がなくとも合図を送ることができる。
只野との連携が重要になるのならば、通信機よりこちらの方が確実だろう。


「なぁ、思ったんだけどよ。銀鈴の時みたく、お前に全員の超力を集める、じゃダメなのか?」

ジェイ・ハリックが手を上げつつ、思いついたように問いを投げる。
全員の超力を集結させエネリットは、一時的とはいえあの銀鈴に拮抗した。
気配を殺しつつその様子をジェイは見ていた。
今回もその手は使えるのではないか?

「それは状況によりけりですね。僕の超力は元からいくらか劣化します。十全に使えるのであれば本人が運用した方が総合力は高いでしょう」

多少劣化しても一点に力を集めた方がいい状況もあれば、それぞれが十全に力を発揮する方がいい場合もある。
対被験体がどうなるのかは今の段階では判断できない。

「……そう言えば、被験体のエラーを探るって作戦はどうなったんだ?」

ふと思い出したように、只野が挙手して議題を投げた。
安理の戦いの最中、被験体は突如虚空と戦い始めた。それはあまりにも異質な反応だった。
安理曰く、あれは一度きりの奇跡と言う話だが、未完成な生体兵器としてのバグだったとするならばそれは再現可能な戦術になる。
その検証材料となるものがあるかどうか、今こそ確認すべきだった。

「トビさん。上階の調査で、被験体に関する記録かデータは見つかりませんでしたか?」

エネリットが問いを向ける。
トビはエンダの依頼で上階の調査を行っていたはずだ。
もしそこで被験体に関する手がかりが見つかっていれば、攻略の糸口になるかもしれない。
しかし、問われたトビの顔は渋い。

「いや、上階にあったのはシステム関連の資料ばかりで、生体兵器の事なんざ…………いや、待てよ……」

言いかけて、何かに気づいたように思案に沈む。
記憶の奥に引っかかっていた何かを辿るように、トビの眉がひくついた。

「…………『システムC』」

ぽつりと、その名が漏れる。
黒く塗りつぶされた断片的な資料。
当時は意味がつかめなかったが、今の情報を重ねれば、見えてくる部分がある。

「『システムC』を元にした『C理論』。それによって作られた実験個体…………被験体:O」

呟きの様なその声には、妙な確信が滲んでいた。

「……『C理論』、ですか。聞いたことがないですね……皆さんはどうですか?」

エネリットが心当たりを問うが、全員が首を振る。
そもそも『システムB』すら、この場にいる多くにとって未知の存在だった。
その先の『システムC』に、更にそこから発展した理論ともなればよくわかなくて当然である。

知っている可能性があるとするなら本格的な研究畑の人間。
それこそ、ここにいないサリヤくらいモノだろう。

「被験体とヤマオリを結びつけるような記述はありませんでしたか?」

エネリットが切り口を変えてトビに問いなおす。
安理が観たと言う被験体の持つヤマオリに対する執着。
そこを繋げる糸があるのかどうか。

「そうだな……黒塗りにされていたが、被験体:Oの大本がヤマオリで回収された存在である可能性は、ある」

トビが記憶をたどりながら答える。
確証はないが、3階で見たヤマオリ関連資料の多さを考えれば、推測としては十分現実味があった。

「他にヤマオリに関するなにかはありましたか?」
「ああ。あったぜ。そこのデカブツが取り込んでるのがそうだよ、最奥に置いてあったヤマオリの遺物だ」

そう言ってぶっきらぼうに親指でさされたのは、一回り大きくなったジョニーだった。

「それはまた…………なんというか、思い切りましたね」

エネリットは言葉を選んでいるようだ。
明らかな異形。どう見てもまともなものではない。

「……なるほど、だからか」

漂う不穏なヤマオリの気配。
只野はジョニーから感じたエンダに近い既視感の理由に納得を得ていた。
周囲の視線がジョニーに集まり、彼は肩をすくめて応じた。

「蛮勇は男の特権だぜ」
「それは、蛮勇と言うより無謀だろう」

全員がコメントに困る中、神父だけが辛辣なコメントを残した。


「……エネリット、この作戦の懸念点はどこだ?」

ディビットが場の沈黙を切り裂くように問いを投げる。
『システムA』は只野に託され、被験体のヤマオリに対する執着を突く作戦も、機能する可能性がある。
複数の道筋が見えてきた今だからこそ、あえてディビットは懸念点を問う。

「……発言は挙手をお願いしたいところですが……まあ、今回は特例ということで」

エネリットは冗談めかして応じ、すぐに顔を引き締めて答えた。

「率直に言えば、私の考える最大の懸念は、突入時に初撃で全滅するリスクです」

エネリットが静かに切り出す。
敵は、エントランスホールにて待ち構えている。
突入時は全員が一つの入り口から突入することになる。
そこを夜上神父が吹き飛ばされた高速突撃で狙われれば、それだけで壊滅もあり得る。
そうなれば全ての戦術は水泡と帰す。

「対応策は?」
「そのリスクを分散するためチームを分けたいと考えています」
「戦力分散させるってことか? 戦力の逐次投入は愚策だろう」

ジョニーの懸念は正しいものだ。
チームを分けて逐次投入すれば一撃で全滅のリスクは下げられるだろうが、戦力低下につながる。
攻めるなら全戦力を投じて一気呵成に攻めるべきだ。

「いえ、あくまでチームを分けて突入口をずらすだけです。
 時間を合わせて西側と東側の入り口から同時にエントランスホールに突入する。
 もちろん、初撃に警戒するのは大前提ですが、この方法なら、最悪の場合でも片方は生き残れる」

片方が全滅してもう片方が残る。
あくまで突入の口を分けるだけで、戦力分散にはならない。
最悪を考えたリスク管理としては妥当な提案である。
只野は吟味するように状況を思い描き、小さく頷いた。

「……なるほどな。相手が片側に集中したなら、逆側から挟む形にもなるな」
「ええ。上手くいけば挟撃の形になる」

そうなれば相手を挟み込んで立ち回る事も出来るだろう。
全滅を避ける守りと、挟撃を狙う攻めの采配。
エネリットの提案は攻守一体の戦術だった。

「よって、後方に待機する非戦闘員の班。西側の突入班。東側の突入班。
 この三つにチームを分けたいと考えています、よろしいですね?」

エネリットが次のステップを提示する。
この方針に異論は出なかった。
それを確認してエネリットが静かに安理に問いかける。

「安理さん、あなたは、どうされますか?」
「え……?」
「望むのであれば、後方に控えていてもいいと思いますが」

エネリットが問う。
それは優しさと言うより、覚悟のない足手まとい入らないという線引きである。
安理の本質が戦士でないことを、エネリットは見抜いている。
だが――

「……いえ、戦います、僕も」

小さく、しかし確かな声で安理が応じた。
誰かに命を賭けさせて、自分だけ後ろにいるわけにはいかない。
それが彼の答えだった。

「了解しました。ではチーム分けを発表します」

賛辞るでも否定するでもなく。
ただその意思を受けて、エネリットが話を先に進めた。

「まず、後方班。トビさん、夜上神父、後はヤミナさんもでしょうか。
 皆さんはメリリンさんと合流して、脱出方法の調査と、首輪の解析に努めてください。
 首輪のサンプルも預けておきます、他の方も使用済みでもいいので首輪を保有しているのであれば提供願います」

そう言ってエネリットは、後方班の代表としてトビに首輪を手渡す。

「私ももっているよ。こちらも提供しようじゃないか」

そう言ってエンダが持っていたドンの首輪を指で回しながらトビへと近づく。
そうして、受け渡しの瞬間、小さく耳打つ。

「詳細な調査結果の報告は、互いに生きてここを出てから聞こう」

被験体攻略に関わらない、ここでは言えない秘密の話もあるだろう。
その話は生き延びてから。
互いに何事もなかったように首輪の受け渡してして離れて行った。

ひとまず首輪の受け渡しを完了し、エネリットが後方組の3名に視線を送る。
トビは軽く手を振って答え、夜上もどこ吹く風というリアクションだ。ヤミナは気絶している。
それに無言のほほえみを返して、エネリットは続けた。

「西の突入班は、私エネリットと、ディビットさん、ジェイさん。
 東の突入班は、ジョニーさん、只野さん、エンダさん、そして安理さんです」

まるでスポーツのスターティングメンバーを発表するように、名前が並べられていく。
しかしその編成に、只野が静かに手を上げた。

「待った。異議を唱える訳じゃないが……一応そのチームに分けた理由を聞かせて欲しい」

因縁を知らないエネリットからすれば当然かもしれないが。
ジョニーとエンダ。二人を気を回して避けるように根回ししていたのに同じチームに組み込まれてしまった。

「連携面と前衛後衛の戦力バランスを考えた結果です」

端的な返答だったが、そう言われてはぐうの音も出ない。
只野も黙って頷くしかない。

「だとしても、こっちの戦力が薄くねぇか?」

軽く手を上げたジェイが、やや渋い顔でぼやくように意見を述べる。

「中央のごたごたを終えたローマンさんをこちらに組み込む予定ですので、それでバランスはとれるかと」

ネイ・ローマン――ストリートギャングの頂点に立つ男。
負傷はあれど超力は健在である。
彼が加わるのであればなるほど戦力としての均衡はとれるだろう。

「中央で言えば、サリヤはどうするつもりなんだ?」
「サリヤさんはこちらの戦力として数えない方がいいでしょう。方針が不確定すぎる」
「そうだな」

ディビットも同意する。
彼女が自らの意志で貢献する分には構わないが。
彼女の戦力を前提として戦術に組み込むには不安が残る。

「後は、ギャルとサムライの2人か。あいつらはどうしている?」
「さぁな。とっくに意識は戻ってんだろうが」
「なら、中庭に残ってるとは思えないな」

あれからそれなりに時間もたっている。
頑丈そうな二人である、とっくに意識を取り戻して中央を離れているだろう。

「そうですね。協力していただくかは置いておいて、せめて彼らにもこちらの方針だけでも共有しておきたいところですが」
「なら伝言でも残しておくか? 一応、紙とペンならあるぜ」

ジェイが倉庫の隅から古びたメモ帳とボールペンを引っ張り出す。

「助かります。ですが……」
「どこにいるのか分からなければ伝言の残しようがない、ってことだな」

ジョニーの相槌にエネリットがうなづきを返す。
その時だった。

「それなら、心当たりがあるぞ」

そう言ったのは只野だった。
聞けば、先ほどジョニーたちを迎えに行った際、階段の上へ向かう後ろ姿を遠目に見た、との事だった。

「俺らは会ってないな、すれ違いになったか」
「そうだな。俺があいつらを見たのはあんたらが降りて来るよりそれなりに前の事だ。
 3階の構造しだいでは、すれちがいになったのかもな」

ひとまず、ギャルたちの居場所はつかめた。
上階にいる事が分かっただけでも十分である。

「では、階段の踊り場の目立つ位置にでもメモを残しておきましょう」」

そう言ってエネリットがジェイから受け取ったメモに作戦内容をしたためていく。

「この手紙は後で僕が上に設置してきます。
 大回りになる東班は移動を開始して、所定位置で待機をお願いします」

そう言って、エネリットがデジタルウォッチを確認する。

「作戦開始は今から約一時間後の一六〇〇。
 その時刻丁度に、東西両班でエントランスホールへ同時突入しましょう。
 ――――なにとぞ時間厳守でお願いしますね」

微笑を称えながらもエネリットのその宣言には空気を引き締める圧があった。
張り詰めた緊張が倉庫を包み、誰もが心の中で決戦への覚悟を固めていく。

そうして、それぞれの任務に従い、一同は動き出した。
東から回る班が静かに倉庫を後にし、西班と後方班はローマンとメリリンと合流のため倉庫で待機。
その中で、エネリットは夜上の元まで近づいて行く、約束していた超力の受け渡しのためだ。

「夜上神父。超力の貸与をお願いします」
「ええ。わかっていますよ、エネリット」

片足を喪い木箱の上に座している夜上に対してエネリットはに膝を折るようにして手を伸ばす。
能力の触媒となる接触を経て、静かに力の流れが通じていく。
その最中、夜上が口を開いた。

「先ほどは、見事な議事進行でしたね」

軽い調子ではあるが、その言葉には素直な賞賛が滲んでいた。
アビスの囚人たちという、個性も癖も強すぎる面々をここまでまとめ上げた手腕に対してだった。
だが――言葉はすぐに問いへと変わる。

「……ですが、本当にこの作戦が上手くいくと思っていますか?」

どこか試すような、あるいは静かな警告のような声音だった。
それに対し、エネリットは微かに目を伏せ、穏やかに首を横に振る。

「完璧だとは思っていませんよ。勝てるかどうかは実際に戦ってみなければ分からないでしょう」

その潔さに、夜上は薄く笑った。

「……『明日のことを誇るな。いまこの一日のうちに、何が起こるかも人には分からない』」

聖書からの一節。
箴言27章の一文だ。

「何事にも、想定外は起こり得るということですよ。それこそ、思いもよらぬ場所からね」

どこか予言染みた不吉な言葉。
何事にもアクシデントは発生しうる。
それこそ想定してない所から。

「……心しておきます」
「ええ。あなた達の良き結末を祈っていますよ」

そう言って、夜上は目を閉じ、胸元で十字を切る。
その手は静かに合わされ、誰にも聞こえぬ祈りが、空気の中に溶けていった。

決戦の時は、刻一刻と迫っている。
この静けさの先に、何が待っているのかは――誰にも分からなかった。

【D-4/ブラックペンタゴン北西エリア・物置/一日目・午後】
【エネリット・サンス・ハルトナ】
[状態]:全身にダメージ(微小)
[道具]:デジタルウォッチ、通信機
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.復讐を成し遂げる
1.ローマンと合流、作戦に備える
2.ディビットの信頼を強める
3.…命を懸ける理由、か。
※『夜上 神一郎』の超力『神の目』が【献上】により使用可能です。
 現在の信頼度は20%であるため20%の再現率となります。
※現在の超力対象は以下の通りです。
【徴収】などが対象に発覚した場合、信頼度の変動がある可能性があります。

①マーガレット・ステイン(刑務官)
信頼度:80%(超力再現率40%)
効果上限:徴収(相手の同意なしの超力借り受け。再現度は信頼度の半分)
超力:『鉄の女』

②ディビット・マルティーニ
信頼度:60%(超力再現率同値)
効果上限:献上(双方の同意による超力の一時譲渡。再現度は信頼や忠誠心に比例)
超力:『4倍賭け』

③~⑤ジョニー・ハイドアウト、メリリン・"メカーニカ"・ミリアン、只野仁成
信頼度:全て10%前後
効果上限:献上(双方の同意による超力の一時譲渡。再現度は信頼や忠誠心に比例)
超力:『鉄の騎士(アイアン・デューク)』、『補え、私の愛する人工物質(モルデオ・アルティフィシアル)』、『人類の到達点(ヒトナル)』

⑥サリヤ・"キルショット"・レストマン
信頼度:5%未満
効果上限:献上(双方の同意による超力の一時譲渡。再現度は信頼や忠誠心に比例)
超力:『楽園の切符』(我喰いによって倍率低下)

⑦夜上 神一郎
信頼度:20%前後
効果上限:献上(双方の同意による超力の一時譲渡。再現度は信頼や忠誠心に比例)
超力:『神の目』

【ディビット・マルティーニ】
[状態]:全身にダメージ(微小)
[道具]:デジタルウォッチ、ドミニカ・マリノフスキの首輪(未使用)、メアリー・エバンスの首輪(未使用)、携帯食料
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.ルーサー・キングを殺す、その為の準備を進める。
0.ブラックペンタゴンからの脱出を果たす
1.ブラックペンタゴンの件が終わればジャンヌたちと共にキングを迎え撃つ
2.ネイ・ローマンと提携を結ぶ
3.エネリットの取引は受けるが、警戒は忘れない。とはいえ少しは信頼が増した。
4.タバコは……どうするか。

【ジェイ・ハリック】
[状態]:全身にダメージ(微小)
[道具]:デジタルウォッチ
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.生き延びる。チャンスがあれば恩赦Pを稼ぎたい。
0.ブラックペンタゴン脱出に協力する
1.各所の同盟者の用事が終わるのを待つ
2.バルタザール・デリージュに対する警戒。

【トビ・トンプソン】
[状態]:皮膚が融解(小)
[道具]:ナイフ、デジタルウォッチ、デイパック、宮本麻衣の首輪(使用済)、ドンの首輪(使用済み)
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.ヴァイスマンの思惑ごと脱獄する。
1.ブラックペンタゴンからの脱獄方法を検討、調査する。
2.首輪解除の手立てを探す。構造や仕組みを調べる為に、他の参加者の首輪を回収したい。
※エンダが秘匿受刑者であることを察しています。
※デイパックの中に北西ブロック3階中央の部屋等から持ち出したものが入っているかもしれません。

【夜上 神一郎】
[状態]:右足欠損(応急処置済み)、超力使用不可
[道具]:デジタルウォッチ
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本:救われるべき者に救いを。救われざるべき者に死を。
1.同行する安理を最大の観察対象として、彼の「審判」に集中する。
2.なるべく多くの人と対話し審判を下す。
3.できれば恩赦を受けて、もう一度娑婆で審判を下したい。
4.あの巡礼者に試練は与えられ、あれは神の試練となりました。乗り越えられるかは試練を受けたもの次第ですね。誰であろうと。
5.“鉄の騎士”は、いずれ裁く。
6.バルタザールの動向に興味。いずれ対話し審判を下したい。
※刑務官からの懺悔を聞く機会もあり色々と便宜を図ってもらっているようです。
 ポケットガンの他にも何か持ち込めているかもしれません。

【ヤミナ・ハイド】
[状態]:各所に腐食(小)、気絶
[道具]:警備員制服(SSOGの徽章付き)、デジタルウォッチ、H&K SFP9(12/20)、デイパック(食料1食分、エンダの囚人服、資料・書籍類)
[恩赦P]:32pt
[方針]
基本.強い者に従って、おこぼれをもらう
0.媚びるべきに媚びる
1.被験体:Oを誰かなんとかしてぇぇえぇえええ!!!

【D-4/ブラックペンタゴン北西・北東ブロック連絡通路/一日目・午後】
【ジョニー・ハイドアウト】
[状態]:健康、破損(小)、ヤマオリ、永遠
[道具]:デイパック
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.受けた依頼は必ず果たす
1.東口で待機。エンダとは出来る限り距離を取る
2.怪盗(チェシャキャット)の依頼を果たす。
3.夜上神一郎への強い不信感と敵意。
※ネイ・ローマンと情報交換しました。
※ルメス・ヘインヴェラートが掴んだ情報を全て伝えられています
※ヤマオリの遺物を取り込みました、永遠が付与されています
※右腕には脇差、剣ナタ、サバイバルナイフ、スレッジハンマーが取り込まれています
※左腕の銃器の弾数はグレネード(1発)、ハンドガン(12発)、アサルトライフル(28発)、スナイパーライフル(3発)

【只野 仁成】
[状態]:疲労(小)、ダメージ(微小)、服の全面が溶けている、精神汚染:侮り状態、強い覚悟
[道具]:デジタルウォッチ、図書室の本数冊、紗奈のシステムAの手錠
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.生き残り、家族の安否を確かめたい。
0.協力してブラックペンタゴンの脱出を目指す。今のところはまだ、殺し合いに乗るつもりはない。
1.エンダのいないところで、ジョニーと話をする
2.エンダに協力して脱出手段を探す。
3.ルーサー・キングとギャル・ギュネス・ギョローレンには警戒する。
※エンダが自分と似た境遇にいることを知りました。
※ヤミナの超力の影響を受け、彼女を侮っています。
※ルクレツィアの超力譲渡によって骨折がおおむね治癒しています。

【エンダ・Y・カクレヤマ】
[状態]:ダメージ(微小)
[道具]:デジタルウォッチ、探偵風衣装、ドンのデジタルウォッチ、図書室の本数冊
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.脱出し、『エンダの願い』を果たす。
0.囚人共は勝手に殺し合っていればいいが、ブラックペンタゴン脱出までは協力する
1.ルーサー・キングには警戒。ジャンヌとの提携について考える
2.仁成と共に首輪やケンザキ係官を無力化するための準備を整える。
3.ヤミナ・ハイドは、まあいいか。
4.今の世界も『ヤマオリ』も本当にどうしようもないな……。
※エンダの超力は対象への〝恨み〟によって強化されます。
※エンダの肉体は既に死亡しており、カクレヤマの土地神の魂が宿っています。この状態でもう一度死亡した場合、カクレヤマの魂も消滅します。
※黒靄による超力干渉でエルビスの腐敗毒をある程度遮断できます。
ただし〝恨み〟による強化が発揮しない限り、完全な無効化は出来ないようです。

【北鈴 安理】
[状態]:上半身インナー姿、右腕に打撲、疲労(中)、気疲れ(中)、脳への負担(中)、手足に呪いの浸食(小)
[道具]:デジタルウォッチ
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本:自分の罪滅ぼしになる行動がしたい。自分なりに、調査を進め弱い人を助ける探偵として動きたい。
1.自分の意思で、この刑務作業の真実を知りたい。
2.バルタザールがまだ破壊の限りを尽くすようなら、被害をできるだけ抑えたい。
3.本当に恩赦が必要な人間がいるなら、最後に殺されてポイントを渡してもいい。けれど、今はもう少し考えたい。
※イグナシオの過去、大金卸とのあらましについて断片的に知りました。少なくとも回想で書かれた全てを聞いているわけではありません。
 まだ聞いていない部分について、今後間違った妄想や考察をする可能性もあります。

※超力が変化し、常時発動型の竜人となりました。
 氷龍と比べ冷気の攻撃性能が著しく落ちる代わりに、安定した身体能力の向上を獲得しました。
※他人の記憶を追体験する力を得ました。
 追体験出来るのは自身と直接会話をした事がある人物に限られます。
 記憶の中では五感全てが再現されるため脳への負担が大きく、無茶な使用は精神の崩壊に繋がります。
 また、記憶の持ち主が死亡する場面まで追体験を続けた場合、安理自身も廃人となります。


三階から下る階段の踊り場に、二つの影が姿を現した。

重さと軽さ、静かに降り立つその足取りには、それぞれの在り方が滲んでいる。
漆黒のスーツに身を包んだ長身の男は、蒼い瞳を伏せたまま、黙々と階段を降りていた。
その隣を歩くのは、華やかにして退廃的なゴシックパンクの装束を身に纏ったギャル。
華やぐ金髪ツインテールを揺らしながら、楽しげに足を運んでいる。

ヤマオリを故郷とする青い目の侍。征十郎・ハチヤナギ・クラーク。
永遠より解放され死享楽の爆弾魔。ギャル・ギュネス・ギョローレンことタチアナ。
因縁の果てに手を取り、共に進むことを選んだ二人の悪童は、静寂に包まれた踊り場に歩み出た。

その時だった。
先頭を歩く征十郎が、ふと足を止める。

「ん? どったの、征タン?」
「あれを見ろ」

タチアナが顔を覗き込むと征十郎は視線で足元を示した。
視線を追うと、踊り場の中央にこれ見よがしに何かが無造作に置かれていた。

白い紙片。きちんと折りたたまれた、いかにも「読め」と言わんばかりの置き方だった。
征十郎が無言でそれを拾い上げ、静かに開く。

「何それ?」

タチアナが問いかける。征十郎は紙片に目を通しながら短く答える。

「……メモ書きのようだな」
「なになに? 何が書いてあんの~?」

興味津々といった様子で、タチアナが横から覗き込もうとする。
だが、征十郎は顔を近づけるタチアナをひらりと避ける。

「んもー。つれない。それで、内容は?」
「読んでる所だ。少し待て」

征十郎はざっと内容を読み終えると、淡々と情報を告げた。

「……どうやら、下の連中が仕掛ける作戦の概要のようだ。16時に突入をかけるつもりらしい」
「へぇー。それで? そのメモはあーしたちに協力してくれってコト?」
「いや、どちらかと言えば――――挑発だな」
「…………はあー? なにそれ?」

タチアナは眉をひそめながら、征十郎の手からメモをひったくるように奪い取る。
目を走らせながら内容を確認すると、すぐにその意図を理解した。

「……なるほどね。要するに、なんもしないと美味しいところ持ってぞ、ってことね」

書かれているのは被験体を討伐の作戦内容。
そこには直接的な協力要請は書かれておらず、むしろ突入するかしないか、どこで仕掛けるかは自由にしろと言う旨が書かれている。
自由意志に委ねているようで、獲物を取られたくなければ動けと言う挑発であった。

「ご丁寧に、効果的な突入ルートまで記してあるな」
「へぇ。そのプラン自体は面白そうだけど、こっち利用する気満々じゃん」

口元をつり上げ、タチアナが嗤う。
仕掛けるかどうかはこちらに投げておきながら、仕掛け方は指定してある。
随分と足元を見たやり口だ。

「この舐めた作戦、考えたのはあの王子様かねぇ?」

明言はされていないが、誰が書いたのかは察しがつく。

「で? どーすんの、征タン?」
「さてな」

被験体に挑む心は決まっている。
だが、問題はいつ、どうやって仕掛けるかだ。

彼らに先んじて仕掛ければ、囮として使われるようなものだ。
かと言って、後手に回れば決戦がついて戦う機会自体が失われる。
それとも、突入作戦を控えている連中と今からでも合流するか。
彼らの動きを軸とする、こんな考えに陥っている時点で向こうの思うつぼなのかもしれない。

告げられた作戦開始まで一時間を切っている。
エネリットの誘いに乗るか。それとも、それを無視して別の道を模索するか。
限られた時間の中、ふたりの悪童は、静かに思案を深めていった。

【D-5/ブラックペンタゴン 2F北西ブロック・階段踊り場/一日目・午後】
【タチアナ/ギャル・ギュネス・ギョローレン】
[状態]:疲労(小)
[道具]:デイパック(食料飲料医薬品)、注射器、小瓶(医務室からくすねてきたやつ)、漆黒のゴシックパンク服、メモ帳
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.征十郎との決着をつける為に、ひとまずブラペン脱出を目指す☆
0.王子様の案にノる、ノらない?
1.横槍が入らない決着の舞台を整えたら、征十郎を燃やす。まあ整えなくても、機会があればチャレンジ☆
※刑務開始前にジョーカーになることを打診されましたが、蹴っています。
※ジョーカー打診の際にこの刑務の目的を聞いていますが、それを他の受刑者に話した際には相応のペナルティを被るようです。
※永遠は斬られたので、今後は年を取ります。
※心機一転、制服はもう卒業のようです。

【征十郎・ハチヤナギ・クラーク】
[状態]:ダメージ(小)、超力第二段階?
[道具]:デイパック(食料飲料医薬品)、日本刀、銘のない贋作の刀(永遠)、ルメス=ヘインヴェラートの首輪(未使用)、漆黒の喪服風スーツ
[恩赦P]:68pt
[方針]
基本.タチアナとの決着をつける為に、ブラックペンタゴン脱出を目指す。
0.被験体にいつ仕掛けるか
1.横槍が入らない決着の舞台を整えたら、タチアナを斬る。整う前でも、機会があれば斬ろう。
※二本の刀を腰に指しています。

[共通備考]
※トビ・トンプソン、ジョニー・ハイドアウト、ヤミナ・ハイドとは入れ違いになったようです。
※ブラックペンタゴン3Fの機密資料を殆ど閲覧していませんが、要点だけ目を通しているかもしれません。


129.内通 投下順で読む 131.Thinker
時系列順で読む
内通 ジャンヌ・ストラスブール [[]]
葉月 りんか
交尾 紗奈
只野 仁成 [[]]
エンダ・Y・カクレヤマ
ジェイ・ハリック
ディビット・マルティーニ
エネリット・サンス・ハルトナ
北鈴 安理
夜上 神一郎
新世界 ヤミナ・ハイド [[]]
トビ・トンプソン
ジョニー・ハイドアウト
風を吹くおれはひとりの修羅 征十郎・H・クラーク [[]]
ギャル・ギュネス・ギョローレン

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最終更新:2025年10月31日 09:35