突然だが、運命には流れというモノがある。それは、ヒトの力では抗うことすら出来ない暴虐である。
ところで、この運命の流れの中で生きていかざるを得ない以上、人間の取る事が出来る手段はおおよそ三通りに分けられる。【流れに逆らおうとする事】、【流れに沿って生きていく事】、そして【流れをやり過ごす事】、だ。これらは、『運命に立ち向かう者』、『運命を受け入れる者』、『運命から逃げる者』と言い換えてもかまわないだろう。
だが、それぞれに忘れてはいけないことが一つずつある。流れに逆らう者が、流れに打ち勝てるとは限らない。流されていく者も、自らの力を加える事で流される軌道を操作する事は出来る。そして、流れをやり過ごす者は、いつかはそれまでやり過ごしてきた分のつけを払う時が来る。……生憎、それを知ったところで何にもならないものなのだが。だからこそ人生などというのは傍目からすれば滑稽に見えるのだろう、いくら当人が死に物狂いになっていたとしても。
さて、それらを踏まえた上で、ここで二つほど昔話をしよう。
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一つは、ジョルナータの出生にまつわる話である。
ディオ・ブランドーにとって、その女性は特別であった。いや、愛し、慈しむ対象としての特別、などという事ではない。
ただ、『吸血鬼と波紋使いの間に生殖は成立しうるか』という素朴にして単純な命題を解くカギ、としての特別であり、命題の回答さえ得られれば、即座に「道具」であり「食糧」でもある他の女性と同様に扱ってよい、と考えていた。
だが、純粋な波紋使いの女性はその頃、既に希少な存在となっていたし、下手にそのような存在と接触を持つのは命にかかわる。凍らせてしまえば、時を止めてしまえば、波紋は流せないのだが、それでは目的を達成できない。
故に、彼が求めたのは、「潜在的に波紋の才能を持ち合せながら、しかし殆ど波紋の呼吸を身につけていない人間」であったのだ。
そして、DIOの部下は、主の求める女性を遂に見つけ出した。それは、先祖に波紋使いを持つ女性であった。彼女は、親に無理強いされた結婚の場から逃げ出してきた所を、部下に誘拐されたのである。
女が作り出せるのが、ライターの炎にも劣る程度の威力しか持ち合わせない微弱な波紋であれば、恐れるにも足りない。それ故にDIOの部下が白羽の矢を立てた女性、彼女こそがジョルナータの母親であった。
実のところ、その女の素性を知った時、DIOは微かに眉を動かした。波紋使いであった彼女の高祖父をDIOは知っていたからである。その男の名は、ウィル・A・ツェペリ。DIOの首から下の肉体にかつて波紋法を授けた人間であった。
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このいきさつを知るのは、直接娘を攫ってきたDIOの部下の一人だけであった。彼は、DIOの『矢』によってスタンドを得た人間ではない。故郷イタリアの古代遺跡で、幼い頃に手に入れた『鏃』によってスタンドを得た男であった。
彼は、DIOの死後、行方を晦ましたジョルナータの母を探し求めて、世界中を旅してまわった。彼が知る中で、彼女の胎内にいる子供だけがDIOの唯一の忘れ形見である。その子を守り抜き、DIOの後継者として育て上げる、との思いこそが彼の生きる理由となったのだ。
その過程で、彼のスタンド、『カタピラ・アント』は、多くの命を奪い、そしてその果てに彼女に巡り合った。スタンドを見ることは出来ないモノの、スタンドの存在自体は熟知していた彼女に、男がスタンドを用いて「赤子をDIOの後継者として育て上げる」と脅迫してくるのを撥ねつけるなど、出来るはずもなかった。運命に立ち向かうだけの力さえ持たないか弱い女に、それ以外の何が出来ただろうか? しかし、彼女は一つだけ条件を付けた。
「私の手から、娘を奪う事だけはしないで。あなただけでなく私にも娘を育てさせてくれるのならば、承諾しよう」、それだけが彼女の出来る唯一の運命への抵抗であった。
子育ての経験のない男にとって、子供を育てる上で協力者がいるに越したことはない。二つ返事で承諾した彼は、その女と結婚し、ジョルナータの義父、という立場を手に入れた。男の望みは、半ば成就したのである。
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が、彼はジョルナータが物心ついてからも、すぐには帝王学の教育に入ろうとはしなかった。
ある程度、子供は人生を、社会を知らなければならない。そして、子供は「父」との間に十分な信頼関係を作っている必要がある。しかし、ねじけた気性を持ってしまうことだけは絶対に避けなければならない。「帝王」は、部下を心服させるだけのカリスマ性を持ち合わせなければならないのだ。ねじけた心は、部下の離反を招くだろう。
そう思うが故に、彼は「娘」を誰よりも慈しんで育てていた。「娘」を迫害するいじめっ子を、彼女の知らぬ間に、己のスタンドで捕食してしまうほどに。
彼の、子を大切に育む様に守られて、ジョルナータは成長していった。幼い彼女には、彼の所業を知ることも、言う事の意味も全く理解は出来なかったものの、それでも「父」への家族愛は着実に育っていった。ジョルナータにとって、この世で「父」以上に素晴らしい人は存在しなかった。娘が、これっぽっちも愛していない「夫」になつく様を、いつも母は苦々しく見つめていた。
後の彼女が見せる他者への愛情や慈愛の心、そして不良少女へと、ギャングへと、身を落とすのをためらわなかった気性は、このようにして芽生えていったのだ。
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が、彼の望む教育は、遂に完了する事がなかった。この世界には、『病的なまでに正義を愛するが故に、いかなる悪の存在をも許そうとしない』男がいた。そして、残念な事に、男はそれを成すだけの力を持ち合わせていたのである。
如何なる機会からそうなったのかは知らないが、その男は、かつてDIOという男がいた事を、そして彼の所業の数々を知った。そして、DIOの旧部下が未だに世界中に散らばって存在している事も知った。これらの情報を得て、男は迷わずに立った。『DIOの残党狩り』の始まりである。その対象として最初に選ばれたのが、ジョルナータの「父」だったのだ。
その夜、何も知らずにジョルナータを連れて出かけていた「父」を発見した男は、狡猾にも自らの手を汚そうとはしなかった。自らのスタンドの能力によって、手近な車の『時を加速』させたのである。結果、速度が急上昇した車は、ブレーキも間に合わぬままに「親子」へと迫る。そして、咄嗟にスタンドで身を守ろうとした「父」へと、男のスタンドが奇襲をかけた。予想もしていなかったスタンド攻撃、そちらを防げば車に轢かれ、車を防げば謎のスタンドに殺害される。この絶体絶命の窮地に、「父」が行った事は、ジョルナータを安全な場所へと突き飛ばすことであった。彼は、咄嗟に「娘」を守る事を選んだのだ。
スタンドの力によって突き飛ばされ、訳も判らぬまま倒れ込んだジョルナータは、見た。「父」が、車に轢かれる姿を。しかし、その時点ではスタンド使いではなかった彼女には判らなかった。「父」の頭が、車に轢かれるよりも先に、不可視の力によって押し潰されていた、という事実など。
幸い、男はDIOの子供の存在を知る事はなかった。だからこそ、幼いジョルナータを見逃したのだ。スタンドの痕跡を巧妙に隠蔽しての「悪」の削除に成功した以上、現場に留まる必要性を男が感じなかったことも、彼女に幸いした。しかし、此処で生き延びた事は彼女にとって必ずしも幸せとはいえなかった。
脳を潰され、生ける人形と化した「父」に、ジョルナータの母は未練など持たなかった。元々、愛してもいない相手だったのだ。彼を見捨てるのはむしろ当然と言えた。「父」の弟に生ける屍を預けて、新しい人生を踏み出そうとする母に、突然の惨事で虚脱しきっていたジョルナータは反論すら出来ないまま引かれていったのである。
それから先、ジョルナータとその母がどうなっていったのかは、既に判り切った事だから、わざわざ語るまでもあるまい。次の話へと入るべきであろう。
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それは、単なる気まぐれの産物であった。カーズは、完全生物になる為にエイジャの赤石を得る事だけを目的として、不穏な情勢にあったヨーロッパを行脚していたのだが、彼はヴェネチアへと向かったエシディシからの連絡を待つまでの間に、『柱の男と人間の交配は成立するのか?』という発想にかられたのである。
もちろん、仮に成功したとしても、下等生物との合いの子などが生まれた場合はそれを生かすつもりはなかった彼は、部下として得た吸血鬼にその女を見張らせて、赤石の元へと急いだ。
だが、状況は変化した。首尾よく完全生物となったカーズであったが、彼はジョセフ・ジョースターとの戦闘の末に宇宙を漂う事になり、再び戻る事はなかったのである。それを知った吸血鬼は、しかしそれでもカーズへの忠誠を失う事はなく、妊娠が発覚した女を陰から守り通したのである。
そして、女が赤子を出産するや否や、女を始末し、主君の遺児を連れて姿を消した。
その吸血鬼は、非常に頭のいい男であった。カーズの元に居た僅かな期間のうちに、彼らの目的と探している物を理解し、それらを全て頭に刻み込んだ。その当時は、いずれ自分も探索の役に立とうとの想いで覚え込んだ事であったが、いざカーズの遺児を預かる身となれば、それを子供に伝えて、親の行った事を継がせることだけが彼の目標となった。
そして、その子供は、吸血鬼が期待していた以上に優秀な存在であった。同年代の人間よりも早い成長を示し、されど成人後は常人よりも長く若さを保ち、その上で吸血鬼である義父にも劣らぬ身体性能と頭脳を発揮する。
流石に、『柱の男』であった父に比べればあらゆる面で劣っている事は確かであったが、人間の血を受けて、長時間日光を浴びてもやや気分が悪くなる程度で済む体質を持ち、なおかつ『柱の男』の血から、吸血鬼にも劣らぬ身体性能と老化の遅さをも受け継いだ彼は、更に二つの血が混ざりあったことによる突然変異なのか、それとも、何者かの強力なスタンドがこの世に現れた影響を受けたのか、更にもう一つの能力を備えていた。
それが、『時の流れの外に出る』スタンド能力であった。
この、主君の遺児の成長を支え続けた吸血鬼もまた、主というスタンド使いの影響を受けたのか、何時しかスタンド能力に目覚めていた。そして、その事が彼にある異常な決意をさせることとなった。
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その夜、吸血鬼はカーズの子を連れてとある森林の中へと赴いた。生まれてから既に40年以上経っているというのに、カーズの遺児は20歳程度の青年にしか見えなかった。
「何のつもりだ? このような場へと私を連れてくるとは」
いぶかしげに問う若者に、吸血鬼は深々と頭を下げた。
「若君。今夜を以て、それがしはお暇を頂戴いたそうと思います」
「何を言う? お前は、私にこの世界を支配させようとしていたのではないか? それが、まだ私が『究極生物』にさえならないうちに暇乞いをするとは、どのようなつもりなのだ。私は、まだお前の恩に報いてさえいないではないか」
「……ふふ、ふ。その『恩に報いる』という発想を持っている時点で駄目なのですよ、若君。あなたは、この世の帝王になる御方。それが、知識として学んだ人間の道徳などというモノに縛られてしまってはいけませぬ。そして、帝王たるものは誰よりもすぐれた存在であり、そして誰にも頼ろうとしない存在でなくてはいけないのです。それがしのような存在を特別視しているのでは、頂点に立つべき唯一人としての資格はございませぬ。
故に、それがしは最後のご奉公として、この場で帝王たる資格を問う事に致します……。出よ、『スパイダーズ』!」
切々と遺児を諭していた吸血鬼が、突如パン、と手を叩く。その瞬間、周囲の木々からワッと黒い霧が湧いた。青年はその正体を知っていた。黒い霧と見えたモノは、その実、吸血鬼のスタンドが放つ『虫』の群れであったのだ。
「昨夜のうちに、この森全体にそれがしの『虫』を仕込み申した。若君よ、今よりそれがしを殺すがよろしゅうございます。それが出来ないのであれば、帝王たる資格はない、と判断して、それがしが責任を以て若君の御命を頂戴いたす!」
結果が出るまでの時間は、一瞬だった。時の流れの外に出た青年が、吸血鬼の背後へと姿を現すや、手刀を以て彼の胸板を貫いたのである。躊躇いはなかった。悲しみの念もなかった。ただ、忠実な吸血鬼の進言を「正しい」と認める計算だけがあったのだ。
「わ……、若君……。よく……ぞ、なさった。これで、……これでよろしい……のです」
心臓を貫かれながらも、吸血鬼は満足げに彼の手を撫でる。そこへ、
「『レジーナ・チェリ』……」
カーズの息子のスタンドが、吸血鬼の頭蓋を打ち砕いた。
「最後まで私の役に立ってくれたな……。だが、私の為すべき最高の手向けは、お前への感傷を持たず、速やかに存在そのものを忘れる事だ。それで良いのだろう?」
ハンカチで血濡れた手を拭い、振り返りもせずに林を立ち去っていくカーズの遺児。彼の名を、『ドゥオーモ』といった。
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DIOが海底より引き上げられてから3年目に当たる1986年、それは『パッショーネ』の先代のボスが『矢』を発掘した年である。そして、ドゥオーモもまたその場に居合わせた一人であった。いや、彼もまた『矢』を発掘した一人であったのである。ディアボロの発見した『矢』だけが、エジプトの砂の下に埋もれていた『矢』ではない。ただ、ドゥオーモが得たのもまた、埋もれていた内の一つであったのだ。
そして、彼もまた『矢』を奪って姿を晦ましたのである。しかし、その際に彼は時の流れの外で目にした。『キング・クリムゾン』の能力を行使する青年の姿を。そして、理解した。あの能力こそが自身の能力の天敵となる事を。
『矢』を得て姿を晦ましたドゥオーモの向かった先は、ディアボロと同じヨーロッパの地であった。彼は、世界を支配する、という目的を遂行する上で、ディアボロこそが最大の障害である、と考えていた。故に、彼と決着をつけやすい地で、対決の日に優位に立つだけの基盤を作り上げようとしたのだ。
が、対決の時はついに訪れる事はなかった。ディアボロが、組織を裏切った構成員に敗北し、無限に死に続ける事になったのである。それを追って発生した内乱で、イタリア全土への『パッショーネ』の影響力は急速に弱まっていく。この機会を逃さず、ドゥオーモの作り上げたギャング組織『ヴィルトゥ』がイタリア北部を制圧したのであった。
そして今! 遂に『パッショーネ』と『ヴィルトゥ』の全面対決が始まったのであった。
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その男は、ビルの一室から下界を望んでいた。彼の手には、一丁のライフルが握られる。そして、装てんされた弾丸には、男のスタンドがしがみついている。男は、『ヴィルトゥ』の幹部である。名は、ズマッリート。仮にもスタンド使いである彼が、何故ライフルを手にして、ビルの中に潜んでいるのだろうか? それは、彼のスタンド『ラプンツェル』の能力故の理由であった。
グィード・ミスタは、かつて弟子にこう語った事がある。
「銃弾にスタンドを仕込むスタンド使いは、オレ以外に2人いた。一人は、オレの昔の相棒だったが、そいつはもう死んでいる。だが、もう一人は未だに生きている可能性がある。
そして、そいつだけがスタンド能力と弾丸に唯一関わりのないやつだ。俺と、昔の相方は銃があってこそスタンド能力を発揮出来る人間だったが、そいつにとって銃は『己の能力を使用する為の、何時でも何にでも変更可能なただのツール』だ。だからこそ、何時、何処から、どんな風に襲ってくるかは予測できねぇ……。そして、やつ自身も使う道具を取り換えるのを楽しんでやがる。なんせ、殺人を遊び半分にしてのけるような人間らしいからな……
いいか、ベルベット。おめーがやつと戦う羽目になったら、先ず逃げろ。出来る限り安全な場所へとな。おめーは、やつに敵うはずがねぇ。忘れんなよ、その殺人鬼の名前を……。やつの名は、ズマッリートだ!!!」
彼の評価は、おおむね順当なものと言えた。確かに、彼は都市伝説になってしまう程に殺人を起こし続けていた人間だが、その殺人が都市伝説と思われるようになったのには、とある理由が存在する。公的には、彼の殺害した人間は存在しているのだ。死人が出ても、死体の身元が現に生存しているのでは、それは事件になり得ない。そう、その都市伝説は一般にはこう呼ばれている、『死者なき殺人』、と。
この都市伝説を形作っているのは、当然彼のスタンドの能力と、彼の相棒のスタンド能力によるものである。『ラプンツェル』の能力、それは「本体が殺した死体に取り憑き、体液を吸収して、ミニチュアサイズのクローンを作り出す」能力なのである。
そして現在、彼は高所から一台の車を観察している。ローマに潜入した『パッショーネ』のメンバーがのっている車だが、ズマッリートのライフルのスコープには、運転席に座る狙撃の対象がくっきりと写りこんでいる。何時でも狙撃が行えるのを確かめ、彼は無線機を取りだした。
「グランデ、『アレら』は皆配置についているか?」
『はい。クローンらは既に配置につけました。そして、私も車の内部に潜入する事に成功いたしました。赤石が“パッショーネ”の手に落ちておりましたことも確認済みです。ズマッリート様、準備は万端です。何時でも戦闘を開始できます!』
「ベネ(よし)。それでは、今から攻撃を開始する」
殺人鬼時代からの相棒の心強い連絡を受け、彼は狙撃の体勢へと入る。そして、弾丸が目標へと放たれる時がきた!
今回?の死亡者
本体名―ジョルナータの義父
スタンド名―カタピラ・アント(『DIOの残党狩り』で、???に襲われ、脳を潰され植物人間にされる)
本体名―ボスの守役
スタンド名―スパイダーズ(ボスへの最後の教育として、自らを殺害させる)
使用させていただいたスタンド
No.180 | |
【スタンド名】 | カタピラ・アント |
【本体】 | ジョルナータの義父 |
【能力】 | 生物を捕食してスタンドパワーに変える |
No.1208 | |
【スタンド名】 | スパイダーズ |
【本体】 | ボスの守役 |
【能力】 | 生物、無生物問わずスタンドの右手で殴ったものに微量の「虫」を寄生させる |
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