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【インハリット】オリジナルスタンドSSスレ「宝石の刻(とき)」【スターズ】第二十七話

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orisuta

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「先程の戦闘は、『うやむや』になった時間の中で行われた。だから、現時点ではこの先に居るはずのボスには戦闘があった事さえも気付かれてはいないはずだ。だが、時間は少ない。白昼の戦闘の結果は、既に報告が行っているはずだ。いくら吸血鬼の護衛がいたといえ、俺たちが襲撃する事を警戒しないはずがない。おそらく、何らかの形で一定時間ごとに『うやむや』の世界の中での状況を報告させていたはずだ。それが来ない事に気付かれる前に、敵に戦闘態勢に入られる前に、俺たちは任務を終了させなくてはならないッ! 方法は、暗殺だ!」
 遺跡の内部に後から取り付けたらしい真新しい扉に一瞥をくれ、ステッラは小声で檄を飛ばす。彼の言葉に、チームのメンバーは無言で頷いた。いよいよ、決着をつける時が来たのだ。おのずと、緊張に顔が強張った。その中で、最初に口を開いたのはストゥラーダであった。
「人混みの中での暗殺はジョルナータ、姿を隠しての暗殺はステッラの方が得意だろう。だが、地下空間での暗殺に最も向いてるのは、俺の『スーサイド・ダイビング』だ。ここは、俺にやらせてくれ。『ヴィルトゥ』のボスを泥中に取り残せばいい、俺たちが殺ったという証拠は残らねぇ」
 率先して暗殺を引き受けようとするストゥラーダに、全員の目が集まる。暗殺というのは多人数で行うべきモノではない。メンバー全員で襲撃にかかる事は逆に失敗を招くであろう。とはいえ、彼の発言に潜む「1人でボスを仕留める」という意には流石に躊躇せざるを得ない。そんな事を言いだしたのも、おそらく妹の死を招いた『ヴィルトゥ』のボスへの憎しみによるものだろうと、見当がつくからなおさらだった。
「待て、ストゥラーダ。お前だけで暗殺を決行しようというのは無理がある。せめて、もう一人は一緒に泥の中を移動しないと危険だ。特に、隻眼となったお前が暗殺を決行するのならばなおさらだ」
「無意味だぜ、ウオーヴォ。ステッラもジョルナータも、泥の中から襲撃を行うには向いていねぇ。そして、ベルベットとの行動は、俺自身が平静になれる自信がねぇ。
そもそも敵のボスの能力が判らない以上、向かう人数は少ねぇ方が安全なんだ。懐に無線機を仕込んでおいて、そこへと『ダフト・パンク』をザイル代わりに接続しておいてくれれば、何か問題があっても対応できる。無線連絡次第で、ドアをブッ壊して増援に入ってくれればそれでいいぜ」
 何と言われようが、彼の決意は変わることはない。仕方なく『ダフト・パンク』を繋いでやったウオーヴォの目の前で、ストゥラーダは自らのスタンドによって液状化させた地面へと飛び込んでいった。

**

(暗ェな……。そして、あそこに座ってんのがボスらしい……。どうやら、まだ気付いてねぇみてぇだな。ありがてぇことに)
 泥を透かし、ストゥラーダは室内の様子を見ていた。昔は何かが存在していたらしい遺跡の壁に豪奢な椅子を備え、そこに座る男がいる。見た所、柱の付け根に身を置くストゥラーダに気がついた様子はない。男は、どうやら小机の上に置いたパソコンから外部と忙しく連絡しているらしく、それ以外の事に注意を払ってはいないようだった。
 
 
 




「フェリータの所在が未だ不明、とはな……。別に、あの女一人が敗北して死んだところで構わないが、『エイジャの赤石』を持ったまま所在が不明となるのでは、如何にも問題だ……」
 そんな事を呟きながら、ボスは外部とメールでせわしなく遣り取りを行っている。その様が、ストゥラーダには益々癪に障った。
(野郎……、俺の妹を不幸のどん底へと追いやっておいて、呑気にしてやがる。その思い上がりを、俺が叩き潰して……、ん? ありゃぁ……『矢』なのか?)
 泥中でギリっと歯を鳴らしかけたストゥラーダの隻眼が、ふとある物を捉える。それは、机の端に無造作に置かれた一本の矢であった。彼自身は、『矢』の試練を受けて『パッショーネ』のメンバー入りをした世代の構成員ではない。ジョルノがボスとなってから入団した新世代の構成員である。しかし、かつて組織の試練に使われ、才能ある人間からスタンドを引き出し、そうでないモノを死滅させた『矢』の存在については、構成員の間で連綿と話し継がれていたのである。もしも手に入れて、ボスに献上する事が出来れば計り知れないほどの恩恵となるだろう。自分の立場を改善する為に、あらゆる手段で出世をもくろんでいた頃の彼が聞き知った話は、こんなところで役に立ったという訳だ。
(もし、アレが本物なら、奪い取ってやるだけの価値はあるぜ……。見失わねぇ様に気ぃつけねぇとな……)
 ゴクリ、と唾を飲みこんだ際に、ふと我を取り戻した彼は、自分の頭が半分ほど床から出てしまっている事に気付く。意外な発見に焦る思いが、何時しか自分でも気付かぬうちに身を浮かせていたらしい。喉が鳴る小さな音でも、キーボードを叩く以外には音など無い地下空間では案外目立ってしまったのか、その時男が顔を上げた。
「?!」
 もう少し地下を接近して、一瞬で仕留めるつもりだったのだが、見つかってしまったからにはやるしかねぇ! 泥中から半身を乗り出し、ストゥラーダのスタンドが力強く床を叩いた。
「『スーサイド・ダイビング』ッ!」
 衝撃が広がっていくにつれ、床が急速に液状化し、机が、椅子が自重を支えられずに沈んでいく。鏃を下に、ゆっくりと沈みかかっていく『矢』へとクロールでストゥラーダは近づいていく。が、『矢』を掴んで、顔を上げたストゥラーダは愕然とした。その近くに居て、今頃は泥に沈みかかってもがいているはずのボスが、何処にもいない、だと?!
 
 
 




「ば、馬鹿な! 足元を泥化させられて、一瞬で姿を隠せるスタンドなんているはずがねぇ! 逃げる為の足場すらねぇってのに!」
 予想外の展開に目を見開いたストゥラーダであったが、その時、彼の視界の外から声が聞こえた。
「ふん、下っ端のゴミ虫風情が侮ってくれたではないか。泥を這うミジンコごときが、我が無敵のスタンドに敵うはずもないのだがな」
 半開きになったストゥラーダの口から、ただ息が漏れていく。振り返った彼が見たモノは、自分の左後方側の石柱に生身の指を突っ込んでぶら下がるボスの姿、という信じられないモノであった。確かに、左側は目を失った事で視界が狭まっていた。とはいえ、その方向へと相手が動くのに気付かない訳がない。彼には、如何しても現在の光景を信じる事が出来なかった。
「て、てめぇ! どうやって、俺の背後に……!」
「答える義理があるとでも思うのか? お前の如き社会のゴミカス程度に、私自ら声をかけてやることさえ、キリストに香油を注いだ何処ぞの女や、インドで貧しい人々の為に骨を惜しまず働いた聖女の行いにも匹敵する慈悲なのだぞ?」
 愕然と、柱の上を振り仰ぐストゥラーダに、ボスは目もくれようともせずに、曲げた膝に乗せたパソコンを相変わらず操作している。こともなげな様子に、本能が「今すぐ逃げろ!」と警告するのを無視して、ストゥラーダが絶叫した。
「叩き落とせ、『スーサイド・ダイビング』!」
「……やれやれだ。実力差を見抜く事も出来ぬとは、野良犬にさえ劣る若僧だな。やれ、『レジーナ・チェリ(天の女王)』」
 下から伸びあがる『スーサイド・D』の拳は、しかしボスの背後から現れた八頭身の胎児様のスタンドにとっては一顧だにする価値すらない速度だった。ボスのスタンドが、相手の拳を掴み取った瞬間、世界が暗転した。

**

「!?」
 その瞬間、ウオーヴォはカッと目を見開いた。寄り添って無線から聞こえる声に耳を傾けていたジョルナータが、驚きの声を発した。
「ど、如何したんですか? ウオーヴォさん!」
「今……、僕の『ダフト・パンク』の先端が消え去った。切断されたのでも、外れたのでもなく、ストゥラーダの無線に接続していたコードが、破壊されないままに、繋がれたままに、一部だけ『僕の手が届かない何処か』へと、引きずり込まれた! 無線さえ聞こえないぞ!」
 階段の中ほどに身を置いて、状況を観測していたステッラ達であったが、この異変に揃って顔色が変わる。どうやら、ストゥラーダは身の危険に晒されたようだが、何が起こったか判らない以上、彼を助けに向かっても犬死するのが関の山だろう。ステッラは、即座に苦渋の決断を下した。それは、ストゥラーダが無理やりに我意を通した時から、降す可能性を視野に入れていたモノであった。
「……可及的速やかにこの場から離れよう。状況が判らない以上、無線の受信は続けるべきだが、ストゥラーダはおそらく敗北した、と見るしかない。ウオーヴォ、今すぐ移動手段を確保しろ」
「既に、別のコードを伸ばして物色中だ。なるべく速い乗り物を得ようとしているから、もう少し時間が必要だ。それまでの間だけ、なるべく近い場所を占めて様子を見よう」
 当然のこと、と頷き、ステッラは渋る部下に先に階段を登らせていく。そして、ストゥラーダを見捨てるこの決断が本当に正しいのかを自分でも疑いながら、殿となって階段を上がっていった。
 
 
 




**

 全てが、極彩色に染められた。目が痛くなりそうな世界の中心で、ボスのスタンドに掴まれたストゥラーダは、身じろぎ一つしようとしなかった。いや、『スーサイド・D』さえ腕を伸ばしたまま動こうともしない。まるで、時の流れを止められたかのような光景であった。
「これが、『時の流れの外の世界』だ……。貴様には感知することさえ出来ぬ至高の領域だ。
この世に存在する万物は、時の流れの中で行動している。乳をねだる赤子も、銃口から放たれた銃弾も、時の流れと共に移り変わっていく。その結果が、成人の日を迎えたかつての赤子であり、目標を貫通する弾丸である……。
だが、その影響を受けないとしたら? かつての赤子が20歳の誕生日を迎える瞬間から隔離するとしたら、弾丸が目標に到達する瞬間から隔離するとしたら、どうなる? それを唯一為し得るのが、我が『レジーナ・チェリ』だ! 時の束縛から逃れ、襲い来る運命の手すら届かぬ場へと身を置けば、誰一人たりとも我が栄光を妨げることは起こしえない! 判るな? ……と、言った所で無駄なのだがな。『時の流れの外の世界』に入門しえぬ全ての凡俗には、私の言葉を聞く事など適わないのだから。いや、無駄な手間をかけた」
『レジーナ・C』の手刀が雪の降りるよりもゆっくりと落下する。亀でさえ回避出来る速度の斬撃、それすらも感知できずにストゥラーダの腕は切り裂かれていくが、不思議な事に落下する事もない。時の流れの外では、過程と結果は存在しえても、それらを結ぶ『切断された瞬間』だけはありえないのだ。故に、切断される事はない――この世界の中でのみ。
「さて、『時の流れの中』へ戻るとするか……」
 ボスは、ニコリともせずに能力を解除する。遠くウオーヴォは、その時消え去っていたはずのスタンドの先端が再び現れるのを感じた。
 
 
 




**

「れの中』へ戻るとするか……」
 ボトリ。気がついた瞬間ストゥラーダは、『矢』を掴んでいた自分の腕が何時の間にかに切断されて落下していく様を目にした。一拍遅れて血飛沫が吹き上がる激痛が、彼の停止していた思考を動かし始めた。
「う、うぁぁぁぁっ……! こ、この能力は……」
「運命がふりかかる一瞬。その僅かな瞬間さえ、私の身に触れる事は出来ない。まして、貴様の様な下等生物如きの能力など言うまでもない。いや、かの『パッショーネ』のボスの能力さえ、我が支配下にある『時の流れの外』へは通じないだろう。誰でさえ手の触れる事が叶わぬ世界の支配者である私こそが、この世の理なのだよ。
『スーサイド・D』と言ったっけな、貴様のスタンドは。その能力では、私に勝つ事は出来ん。腕一本を奪われた程度で済ませたいのならば、今すぐに仲間の居場所を吐いた方がいい。客に求められたコールガールがブラのホックをはずすよりも早く、な。さぁ、何処にやつらはいる?」
 『ヴィルトゥ』のボスは、相変わらず柱に片手でぶら下がっていた。先程と両者の立ち位置は殆ど変わらない。違いはただ、ボスの背後に胎児を成長させたかのような容姿のスタンドが浮かんでいることと、そしてストゥラーダの片腕が切断された事だけであった。
 優越に満ちたボスの問い、それにストゥラーダは息を荒らげながら問い返していた。
「貴様の……能力は、まさか……『時間の流れの外に出る』、事なのか……?」
「ふむ、やはりトルナーレとは随分頭の出来が違うな。お前の妹は、疑問文に疑問文で返すなどといった初歩的なミスは決して犯さなかったのだがな。その程度の常識さえ理解出来ないのだ、どうやら大腸菌の方がまだ有能かもしれんな。
だが、腹を立てようとも思わないな。考えてもみろ、洗い残しのまま放り捨てた食器に生えたカビにキレる人間はこの世に居ないだろう? 私にとって、お前は湿気たパンに生えるカビにさえ劣るのだよ。ああ、その通りだ。私の、このドゥオーモのスタンド能力は、『時間の流れの外に出る』事だとも。だが、知った所で何にもならないと思うがな。お前には永遠に訪れない、我が能力を仲間へと語る機会など!」
 こちらが話すつもりはない、と見たのか、ボスのスタンドが腕をストゥラーダへと伸ばす。が、『レジーナ・チェリ』の五指は、彼の額に触れるか触れないかの辺りで止まった。
「無敵……、ククク、確かにその通りだぜ。どんな攻撃だって、それが効果を発揮する瞬間ってもんがある。それを無視する事が出来るって言うんなら、そいつは誰よりも完全な守勢となるに決まってる。だがな、てめーにもできねーことがあったな。それは、時間の先を見ることだ! ウオーヴォ、拳一つ分前方、無線機から30度右手の方向だ!」
 
 
 




 その瞬間、ストゥラーダの服の中から無線機と共にコードが飛び出し、切断された腕を巻き取った。その際の衝撃で、『鏃』の食い込んだ腕から発現した『スーサイド・D』の掌が、腕一本分だけ再び床を泥化させ、コードに引かれて何処かへと運ばれていく。
「『矢』が! 貴様、まさか『矢』のパワーを知っているのか?!」
 驚愕したボスが、沈みかかる無線機へと思わず伸ばそうとしたその腕を、
「!!! き、貴様!」
『スーサイド・ダイビング』の足が力任せに踏みつけた。踏んだ感触からすると、どうやら骨にひびが入ったようだが、ボスの顔が歪んだのは、苦痛からか、それとも憤怒からか、それはストゥラーダには判らなかった。知ろうとも思わなかった。
「てめーの能力、どうやら大きな穴があるみてぇだなぁ……。『時の流れの外』からじゃ、『流れの中』には干渉できねぇんだろ? じゃなきゃ、わざわざ姿を現す必要も、こんな風に俺に踏まれる事もなかったんだからな……。それさえあいつらに伝われば、俺はそれでいいぜ。トルナーレがいねぇ世界なんざ、生きる価値すらねぇんだからよ。
だがな、てめーは死んでも逃さねぇ! 『スーサイド・ダイビング』、俺に最後まで力を貸せェェェェェェェェェェェッ!!」
 ボスの手を拘束したまま、『スーサイド・D』の残る左手が、闇雲に床を撃ち叩く。衝撃が加えられた場所から、放射状に急激に床の液状化が進み、それが、柱に、壁に、天井へまで広がっていく。ストゥラーダは、最後の最後に自らのスタンドパワーを限界まで絞りつくしたのだ。ボスと共に、泥中に埋もれて相打ちになろう、との心づもりであった。
 瞬く間に、腹のあたりまで液状化した床に沈んだボスへと、ドロドロになった天井が襲いかかる。その時だった。
「『レジーナ・チェリ』!」
必死の面持ちでスタンドを発現させたボスと、踏みつけた足を逆に掴まれたストゥラーダが再び極彩色の世界へと身を移したのは。
 天井が、ボス達の身体をすり抜けていく。『直撃の瞬間』から隔離されたのだ。
「あ、危ない所だった……。もう少しで、液状化した地面に埋もれてしまう所であった。
 貴様、許さぬぞ! ゴミ虫にも劣る屑ごときが、事もあろうにこの私を足蹴にし、なおかつ私と相打ちになろうという分不相応な望みを抱くとは!
SHAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!」
 『レジーナ・C』の手刀が縦横に振るわれる。『時の流れの外』に居るが故に、切断を知覚する瞬間から隔離されたストゥラーダの身体が、一センチ角のブロックにバラバラにされていき……、
「貴様だけは、『時の流れの中』へと戻るがいい……」
パチン、とボスが指を鳴らす。能力の解除と共に、自らの死を知る時間さえ与えられぬままストゥラーダは絶命し、自らの能力が切れる僅かなタイムラグの間に泥中へと沈んで見えなくなった。

スカリカーレ・ストゥラーダ――死亡
 
 
 




**

「こ、これは……!」
 常に冷静であったウオーヴォでさえも、その光景には息を呑んだ。『ダフト・パンク』が引っ張ってきたのは、『矢』を握りしめている男の手首であった。間違いなく、ストゥラーダの身体の一部である。それに重なり合うようにして発現していた『スーサイド・D』の手も、エネルギーの限界に達したのかゆっくりと消えていき、いつしか元の硬さを取り戻した石の床に、手は『矢』と共に半ば沈みかかって埋もれていた。
「間違いありません。ストゥラーダさんは、殺られたんです。ボスの『時間の流れの外に出る』能力に敗北して!」
「……暗殺チームが任務に失敗したのも当然だよ。時の流れの外にいる相手を発見する事や、攻撃する事は、どんなスタンドでも出来やしないんだ。『無敵』だ、あたしたちの手に負える敵じゃないよ!」
 ジョルナータとベルベットが声を震わせた。先程、ボスの能力をストゥラーダが命を賭して伝えてくれたことで、暗殺チームが敗れ去った事情をようやく理解出来た。こんな相手には、勝てるはずがない。
 彼女らの驚愕に目もくれず、ステッラは切断された腕を見つめていた。その唇は、強く噛まれて血が出ていた。
「……ストゥラーダの死は俺の責任だ。だからこそ、これ以上の犠牲を出す訳にはいかない。今より撤退に入る。『ヴィルトゥ』の追手が来る前に、出来る限り早くボスへと報告する必要があるのだからな。こいつは、俺たちの手に負える敵じゃない!」
「ストゥラーダの元へと伸ばしたコードの中継点として利用したリボルバーから、移動手段の確保は終了した。ストゥラーダの手から『矢』を回収しだい、今すぐにでも撤退は可能だ。それに、ストゥラーダが『矢』を奪ってくれた事は大きなアドバンテージになり得る。彼の死は無駄ではない」
 冷静さを保って事務的にやり取りを下すステッラとウオーヴォ。その二人の反応に、仲間の死への憤怒のやり場が見つからないベルベットは、自分でも気付かぬうちに大声を上げて噛みついた。
「な、なんであんたらはそんなに冷静だってんだい! 仲間が殺されて、それでどうして尻尾巻いて逃げる事を考えるのさ! あたしは、敵が来るなら此処でやってやりたいよ! ストゥラーダの仇打ちをしないでいい訳ないじゃないか!」
「べ、ベルベットさんだって、相手の脅威を判っているんじゃないんですか?! 今は、ステッラさんの命令に従いましょう! 仲間割れしてなんていられないんです!」
 ジョルナータの声に、ベルベットはようやく我を取り戻した。見れば、慌てて割って入るジョルナータも、ステッラも、ウオーヴォも、皆一様に苦渋の念を浮かべている。それに、ようやくベルベットも気付き、首を振って口を閉ざした。
 
 
 




**

「『矢』が奪われたのは惜しいが、『エイジャの赤石』さえ入手できれば、もはやあの様なモノなど失った所で大きな問題にはならないだろう。だが、それにしてもフェリータはどうなっている? たとえ、あの女が死んだとしても、やつらは『赤石』の価値を知らないはずなのだが……」
 陥没して潰れ去った隠し拠点を捨て、ローマ市内の別の拠点へと身を移したボスは、やきもきしながら報告を待っていた。が、足早にやってきたズマッリートがもたらしたのは、彼にとって最悪の知らせであった。
「ボス、フェリータが死体で発見されました。ローマ市内で大量の死者が出た為、その中から死体を判別するのに時間がかかりました。ビルから転落死し、顔面が潰されておりました故に、すぐにはあの女だとは判りませんでしたが、どうやら『赤石』は何者かに持ち去られているようです。死体の周囲からは、それらしきモノは発見されませんでした」
 事態は考えられる限り最悪の状況へと進んでいる様であった。おそらく、『赤石』は敵の手に落ちたのだろう。『矢』の回収はともかくとして、幾多もの犠牲を払って得た『赤石』まで『パッショーネ』の手に渡る事だけは阻止しなくてはならない!
「ズマッリートよ、直ちにやつらの追跡にかかれ。私もすぐに向かう!」
 憤怒に満面朱を注ぎ、ボスは今まで座っていた椅子から立ち上がった。


今回の死亡者
本体名―スカリカーレ・ストゥラーダ(味方チームの一員)
スタンド名―スーサイド・ダイビング(『レジーナ・チェリ』に、時の流れの外で一センチ角のブロックにバラバラに切り刻まれ死亡)
 
 
 



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