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第07話『過去の記憶、未来のカケラ(You Remember Me ?)』その②

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orisuta

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  ―A Part 2027―  



◇同署内・休憩室 同時刻

ガコン!

自販機の取り口に手を伸ばして、忍はコーラの缶を取った。
プルトップを起こしてプシュと小気味良い音をたててぐいと一口。
喉を鳴らしてコーラを胃に流し込み、出たのはゲップでなく溜息だった。

忍「どおういうことだボケエ…」ハァー

今日は帰ってアイドル『花瀬 美加』の買ったばかりの新作ライヴBDを鑑賞する予定だった。
しかし追突事故なんぞ起こされ、しかもそれがパトカーしかも盗難車の疑いときたもんである。
加害者のクソヤロウ君は長い取り調べに突入し、相手の保険屋に話つけることもままならぬ状態である。

忍「やってらんねーわ、クソが…」

また一口コーラを飲んで、忍は署内に響く悲鳴のようなものをかすかに聞いた。
まだ遠いところでの音らしかったが、その場にいた忍を含めた全員が確かに聞いたようだった。

婦警「きみたち、ちょっと様子を見てくるからここで待っててね。ジュース買っていいから」

兄弟「「……コクリ」」

休憩室のソファに腰かけていた婦警と幼い兄弟にも悲鳴が聞こえたらしい。
婦警は兄弟にお金を渡すと、休憩室を出て音の発生源へと向かっていった。

弟「お兄ちゃん……何の音かな?」

兄「わかんない」

弟「パパとママに会いたい。こわいよ」

ベソかきはじめた弟と、その隣でもらいベソしはじめの兄。二人を眺めながら、忍は小さく舌打ちした。

悲鳴が徐々に大きくなる。だんだんとこの場に近づいている。

弟「おにいちゃああああん」

弟が兄に抱き付いたそのとき、誰かの大きな絶叫と同時に、休憩室のドアの外側が赤ペンキをぶちまけたように、ドバッと赤く染まった。
それは血液だった。

忍「!!!」

兄弟「「うああああああああ!!!」」

その赤色は、まさしく危険を知らせるシグナルレッドだった。
幼い兄弟が恐怖に泣きわめくと同時に、忍は二人の手を取って赤く染まったドアとは反対方向のドアに向かって駆けた。
それは思考ではなく、本能的な反射行動だった。忍は兄弟の手を引っ張って休憩室を飛び出した。
部屋を出る一瞬、忍は部屋に入った返り血だらけの少女の顔を一瞬だけ見た。

少女「えへへ……」

忍「……!」ゾクゾク!

バタン!

一瞬だった。一瞬だったが、確かにみた。
その化け物は、笑っていた。

忍(なんなんだよ! なんなんだよいったい!!)
 
 
 




目が合ったか? 合ってしまったか??
悪寒が背中をはいずりまわり、忍はおもわず戻してしまいそうな気持ち悪さを覚えた。

兄弟「「うわぁぁぁ」」

忍「!!」

廊下を駆けていた三人だったが、目の前の惨状を見て思わず足が止まった。
床に、腕やら頭やら内臓やらが、かろうじて原型を留めたレベルで砕け、転がっているのだ。
赤い体液を撒き散らし、それこそペンキのように壁や床を染めている。強烈なにおいが三人の鼻を殴りつけた。

忍「うぐ……おえええッ!」ゲロゲロゲロ

ビチャチャチャ

初めてみる人の死骸。それも、ずたぼろでグロテスクな肉塊。
脳みそがパンクして、忍はその場に吐しゃ物を溢してしまった。

忍(な……んだよ、これ……)

兄弟「「うわぁぁぁーーーーーーーーーーーーん」」

忍(悪い夢だ、こんなの……。そうだよ、こんなの現実のわけがねえ……)

兄弟「「パパあああああああママあああああああああああ」」

忍(地獄じゃねえかよ……ッ!)

ガチャッ

少女「あー、いたー♪」

三人の背後で、ドアが開く音とそれに続いて薄気味の悪いイヤに明るい声が聞こえた。
おそるおそる振り向くと、“悪意の塊”が血まみれでにっこりとほほ笑んでいた。

少女「かわいー♪ ねえ、何年生なのぉー?」

“泣く子も黙る”とはまさにこのことである。恐怖で表情おろかは体中の筋肉が硬直し、幼い兄弟はぴくりとも動かなくなった。
笑いながら二人に近づく殺人鬼を前に、笑いっぱなしの膝をなんとか立たせ、忍は兄弟をかばうように自分の後ろに隠した。
震える声を必死に搾り出し、忍は少女に問う。

忍「な、なんなんだよ……! お、お前……」

少女「あはは、声震えてるよ? かわいい♪」

忍「ッなんなんだよッ、てめェッ!!」

柚子季「アタシは、『後藤 柚子季(ごとう ゆずき)』だよぉ?」

忍「んなコト聞いてんじゃねぇよ! なんでこんなことできんだッて聞いてンだッ!!!」

柚子季「なんでって…アタシが強いから?」
 
 
 




◇同署内・取り調べ室 同時刻

警官「……了解。おい、この部屋から出るなよ! いいな!」

航平「……え!?」

テーブルとイスだけのシンプルな取調室。なぜパトカーに乗っていたか、所有者の倉井 未来と連絡がつかないがどうしたのか、
そもそも君は城嶋 丈二に拉致された人質ではないのか、丈二の居場所を知っているのか…などと質問に質問を重ねた悪夢の時間から、
航平は唐突に解放された。新しい悪夢の時間がやってきたからだ。
小さな追突事故から巨大な殺人事件の臭いを感じ取り、ずるずると引き出した刑事は優秀だった。彼は無線で仲間から連絡を受けた後、
丈二や未来にとってかなり致命的な情報が詰まった調書を持って部屋を飛び出した。

航平「なんだ…なにが起きてんだよ」

航平は自分ひとり残された取調室のドアに、鍵がかかってないことに気が付いた。
刑事はあわてて飛び出し、施錠を忘れたんだろうと予想できた。
外を覗くと、取り調べ室の周囲は誰もいなかった。

航平「……!」

チャンスだ。もう、きっとここしかない。
航平はその場の勢いに任せて部屋を飛び出すと、署の外へ向かって廊下を駆けた。


◇同署内・休憩室前廊下 同時刻

階段を駆け下り、1Fの休憩室前の廊下にさしかかったときだった。
後姿だったが、航平はそこに、“新しい悪夢”の原因となっている少女を見つけた。

航平「~~~~ッ!!」

思わず声が出そうになるのを抑えて、航平は廊下の陰にさっと身を潜めた。
直接対面したわけでもないのに、心臓の鼓動が異常に速くなり、呼吸がうまくできない。
なんだ? あのまがまがしいものはなんだ!
両手で必死に口元を覆い隠して、航平はちらと陰から顔を覗かせ、殺人鬼の背中を確認した。

航平(お、女……?)

航平(………あッ!!!)

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

忍「ざ、ざッけんなよ、てめェッ!!」

兄弟「「……」」ガクブル

航平(ひ、人がいる! 女の向こうに、子供と大人の三人が……!)
 
 
 




柚子季「はぁ? なにもふざけてないんですけど!」

『後藤 柚子季』と名乗ったその女は、ぷんぷんとほほを膨らませていった。

柚子季「そうだ、ちょっとお伺いしたいのですが……」ゴソゴソ

突然、なにか思いついたように柚子季がバッグに手を突っ込み、なにかを取り出そうとした。
その所作が凶器を取り出すものと判断した忍は、彼女がモノを取り出すより一瞬早く、床に散らばる警官の死体から、
一丁の拳銃を拝借し、それを構えた。

忍「!!」カチャリ

柚子季「この人をですね……」スッ

忍「うおおおおッ!」バンッ!

バキィッ!

スマートフォンを掲げた柚子季の右手めがけ、忍が発砲した。
弾はスマートフォンを貫き、割れた機器が柚子季の右手から滑り落ちた。

航平(~~~~ッ!!)

突然の銃声に目を閉じてじっと耐える航平。柚子季を挟んで向こう側では、発砲した忍が目を見開いて柚子季の顔をにらんでいた。

柚子季「……」

柚子季が足元に落ちたスマートフォンの残骸を見つめている。
忍は、その直後に起こりうる彼女の反応について、さまざまな憶測を脳内に飛ばした。
怒り狂うか? それとも泣き叫ぶか? やっぱり怒り狂うのか?
しかし直後、柚子季が見せた反応は、忍の想像の範疇にはないものだった。

柚子季「……♪“チョキチョキ”」

忍「!?」

航平「!?」

柚子季「♪“チョキチョキチョキ”……」

彼女は笑顔で―――

柚子季「♪“愛を刻むメロディさ”~」

歌い始めたのだ。
 
 
 




予想だにしない事態に硬直してしまった忍と、その後ろに隠れる兄弟。
柚子季は三人のもとへ近づくと、三人をまとめて、ぎゅっと両腕で抱え込んだ。

忍「!?」

柚子季「……『ジグ・ジグ・スパトニック』」ボソッ

彼女は直前、確かにそう呟いた。とても小さくだったが、確かだ。
それが、忍と幼い二人の兄弟の、最期の瞬間に聞いた言葉だった。

スパァァァァァァン!!

気が付くと、柚子季は両腕を交差させていた。
多量の血液が噴水のように巻き上がり、つい今まで喋っていたチンピラ風の青年は静かになった。
柚子季の腕の中の三つだった体は、六つに分かれて床に転げ落ちた。

航平(あああああああああああああああああああああ)

見てしまった。彼女が、三人を殺したところを。
三人を殺したときの横顔を、一瞬だけ見てしまった。
それは強烈な記憶となり、航平の脳裏に焼き付いた。

航平(うぐゥ! うう、おえッ!!)

あふれ出した涙と嗚咽を必死に抑えながら、航平はただひたすら、ことが収まるのじっと待った。

柚子季「あーあ…スマホ壊れちゃった。これじゃ顔わかんないよぉ」

航平(くッ! うぐッ、うぐッ!)

柚子季「…まッ、いいか。こんだけやればたぶん死んでるでしょ。
    真崎 航平クンとやら……」

柚子季はそう言って、リュックから婦警の制服を取り出し、その場で着替えを始めた。
顔についた血を拭って、何食わぬ顔で警官たちに混じり立ち去るつもりなのだ。

ダメだ。逃がしてはいけない。
いまここで、誰かがとめなければ。

必死に繰り返す胸中だったが、航平は指ひとつ動かすことができなかった。
やがて柚子季がその場から立ち去ったのを確認してから、航平は勢いよくその場に嘔吐した。
吐き散らしながら、彼はわんわんと子供のように泣きじゃくった。
 
 
 




◇都内某所 都立○○小学校跡地 PM8:04

未来「……」

美咲紀「時間ぎりぎりね」

二人の前に姿を現した未来を、美咲紀はなめるような視線で見つめた。
緊迫した三人の様子を、『ホテル・ペイパー』内部で丈二とミシェルが固唾をのんで見守っている。

未来「僕は倉井 未来だ」

美咲紀「知ってる。私は神宮寺 美咲紀よ。よろしく」

彩「……」

美咲紀「天斗と丈二はなぜ出てこないの? 出てくるように言って頂戴」

未来「最初に僕と話をしよう、美咲紀。聞かせてほしいんだ。
   なんでこんなことするのか、してるのか。天斗君を狙う理由はなにか…」

夜風が吹き荒れる。美咲紀は制服のリボンをほどいて、話し始めた。

美咲紀「私たちは、“旅人”なの。ずっと旅をしているのよ」

未来「旅?」

美咲紀「いえ、すべての生き物が旅をしているわ。気が遠くなるほど、永い旅ね」

未来「“人生”の比喩表現か?」

美咲紀「違うわ。本当に旅をしているのよ。あなたも私も、蟻も鳥も葉っぱの一枚でさえも。
    でも残念なことに、彼らは“持ってない”の。“旅の記録”を。
    だから忘れてしまう。自分の歩んできた道のりをね。仕方ないことなのだけれど」

美咲紀「だけど私たちは違う。“旅の記録”を持っているの。私たちは忘れない。
    これまでの道のりを、これからの道のりを。永久に忘れないで旅ができる」

未来「何の話かさっぱりわからないし、わかりたくもない! もういい、さっさと帰れ!」

銃を引き抜き、構えた未来の手は震えていた。

美咲紀「…怖いのね。かわいそうに」

彩「銃をしまいなさい。後悔するわよ」

未来「黙れ! よくも由佳里さんを…! 丈二や天斗くんや、人の人生をなんだと思ってる!
   お前たちの旅とやらのために、どれだけの血が流れた!?」

美咲紀「“旅”には付き物よ。そんなのは些細な問題ですらない」

未来「帰れ! もう二度と僕たちの前に姿を現すな!」

美咲紀「ちょっと……どういうこと?」

夜風が、ぴたりと止んだ。

美咲紀「なんで、この私が命令されるわけ……? お前みたいな、クソガキに………!」
 
 
 




――――――――――――――――――――――――――――――――

丈二「まずい!」

『ホテル・ペイパー』のディスプレイで外の様子を見ていた丈二が、声を上げた。
ディスプレイに映る美咲紀の隣に、あのまがまがしい無数の眼の黒いスタンドが出現していたのだ。

丈二「未来はもうスタンド使いじゃない! 敵のスタンドが“見えてないぞ”ッ!
   ミシェル、俺を外へ出してくれッ!」

ミシェル「だ、ダメよ……!」

丈二「ミシェル! 未来が殺されるッ!」

そのとき、ディスプレイから天を突くような絶叫が響いた。

――――――――――――――――――――――――――――――――

未来「うぐあああああああああああああああああああああ!!!」ブシャアアアア

両足の膝から下を一瞬で失った未来が、血を噴き出しながら地面に倒れこんだ。
まさに刹那、美咲紀のスタンドが放った“丈二にすら視認できないスピード”のローキックが、一撃で未来の両足を吹き飛ばしたのだった。
美咲紀は両足を失い地面を這う未来の胴体を持ち上げると、それを校舎に向かって見せつけた。

美咲紀「見てなさい、城嶋 丈二!」

未来「う…く…」ドバドバ

美咲紀は持ち上げた未来の体を地面に立たせると、黒いスタンドの人差し指と中指を、未来の右目に向けた。

???『………』

美咲紀「30秒あげるわ。さっさと天斗を連れてきなさい! 15秒経つごとに……
    私のスタンド――『ザ・ファイナルレクイエム』が、こいつの目玉を抉り出す!」

T・F・R『………』

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

未来「……」ドクドク

――――――――――――――――――――――――――――――――

丈二「ミシェル!! ドアを開けろォォォッ!!」

胸倉をつかみ、首筋にナイフの切っ先を当てて、丈二が怒鳴りあげる。
丈二の瞳は、怒りと焦燥感で真っ赤になり、爆発寸前だった。
首筋からツーッと赤い血が一筋、線を引いてもミシェルはドアを開けなかった。

ミシェル「ダメよ……ダメ……」

ミシェルの両目にはいっぱいに涙が溜まっていた。彼女だけが冷静だった。

――――――――――――――――――――――――――――――――

グシャア!

未来「ああああああああああああああ」ブシャアア

美咲紀「15秒! 右目よ!」

『ザ・ファイナルレクイエム』が二本の指を未来の眼球に突き刺した。
どくどくと溢れる血の涙が、未来の顔面右半分を真っ赤に染めていた。
美咲紀は未来の髪を掴み、顔を見せつけるように校舎の方へ向けた。

美咲紀「この醜い右目をよく見なさい! 次は左目を潰す! 盲目の警官など、どこに働き口があるの!?」
 
 
 




――――――――――――――――――――――――――――――――

丈二「やめろォォォォ!! 殺す! お前を殺してやる、神宮寺 美咲紀ィィイーーーッ!!!」

バンバンバン!

絶叫しながら、丈二は拳が裂けるまでディスプレイを殴り続けた。

ミシェル「うっ、うう……ミライ……ミライ………」ボロボロボロ

ミシェルは大粒の涙を溢れさせ、見ていられないと顔をディスプレイから背けた。

――――――――――――――――――――――――――――――――


未来「ハァ、ハァ……丈二……」ドクドク

未来が突然、絶え絶えな息でか細い声を絞り出し、丈二に語りかけ始めた。

美咲紀「!」

未来「僕は……これまで……たくさんの命を……奪って…きました。数えきれない罪を……」

未来「わかってた……でも…抗えなかった……勇気が……なくて……」ポロッ

未来の左目から、涙がぽろぽろと零れだした。

未来「君に……憧れてたんだ、丈二……。自分の正義を…信念を貫いて……闘う君に……」ポロポロ

未来「だから……お願いだ、丈二……。死なせてくれ……僕を……。
   最期くらい……抗って…死にたいんだ……。負けたくないんだ……こんなヤツに……」

――――――――――――――――――――――――――――――――

丈二「未来……っ」ポロッ

――――――――――――――――――――――――――――――――

美咲紀「……それが、最期の言葉?」

未来「……」

美咲紀「くだらない。『ザ・ファイナルレクイエム』!」
T・F・R『……』スッ

『ザ・ファイナルレクイエム』が右手を未来の首筋に当てた。

未来「丈二……」




未来「来世で…また会おう……」




ズパァァァッ!

炸裂する手刀。ごろんと、切り離された未来の頭部が地面に転がった。
 
 
 




美咲紀「……なんか興ざめね」

首を失くした未来の胴体を蹴り倒して、美咲紀が呟いた。

彩「どうしますか?」

美咲紀「帰るわ。地図を置いていって」

彩「わかりました」

彩は、紙にペンでさらさらと地図を書き記し、それを昇降口前にそっと置いた。

美咲紀「私の家の住所よ。今度はあなたが来なさい、丈二」

美咲紀「天斗を連れてね。待ってるわ」

そう言って、二人は来た道を引き返していった。



◇『ホテル・ペイパー』エントランス 同時刻。

ディスプレイから二人の姿が消えた。だが、そんなことはもうどうでもよかった。

丈二「………」

ミシェル「ふッ、ううッ……うあああ」ボロボロ

泣き崩れるミシェルとは対照的に、丈二は静かだった。
だが茫然自失として、足取りがおぼつかない。
丈二は、『ホテル・ペイパー』の扉を開けて、外へ出た。

丈二「未来……」

冷たい夜風が、丈二のほほを叩いた。
丈二は、地面に転がる未来のパーツを一つ一つ、拾い集めた。

丈二「……」ジワァ

屈強な、頼れる“親友”が、いまは冷たいタンパク質の塊と化してしまっている。
呼びかけても応えないし、人の手を借りなければ体も満足なかたちになおせない。
涙で視界が滲んだ。

まったく、面倒かけさせやがって。
頭もとれちまったのかよ、お前。
仕方ないな、俺が拾ってきてやるよ。

丈二「ーーーーーーーーーーッ」ボロボロ

お前のかけらを、未来のかけらを拾い集めたら、お前また喋りだすんだろ?
そうだよな?

お前がいないとさ、俺の魂も欠けたみたいだよ。




拾い上げた未来の頭部を抱いて、丈二は声を上げずに吠えた。
涙は、夜風がすべて攫っていった。
 
 
 



  ―B Part 2024―  



三週間後

◇とある洋館・食堂 PM1:44

少女「どーぞです! 丈二殿!」

だだっ広い洋館西側の食堂。丈二は大きな長方形のテーブルの端の席に座って、目の前に出された料理を見た。
スープの皿から立ち込める香りが、鼻腔をくすぐって食欲を湧かせる。
丈二は、スプーンをスープに突っ込み、給仕の少女に聞いた。

丈二「今日は彩さんじゃないの?」

少女「アタシが作りましたですぅ! はい♪」

丈二「へぇ…意外。『柚子季』ちゃんって料理できたんだ」

柚子季「んん? バカにしてらっしゃるのかナァー??」

三週間前の夜、ねこの着ぐるを着た美咲紀、くまの着ぐるみを着た彩とともに
うさぎの着ぐるみを着て新宿に来ていたのが、この『後藤 柚子季』である。
パンキッシュなファッションに身を包むその少女は、この洋館のたった二人の使用人の片割れだ。
もう一人は『宮原 彩』。屋敷の主である美咲紀は、信頼するこの二人しか手元に置きたくないと言う。

柚子季「そういえば、さっき美咲紀様がアンタのこと探してたヨん。それ食べたら中庭にいきな」

丈二「了解」

スープを啜って、丈二は考える。
特に目的もなく、ただこの広い屋敷で三人の女性と暮らすだけの日々になってしまった現状を。

地獄と化した新宿は、受けた痛みから立ち上がろうと頑張っている。
原因を作ったのはほかの誰でもない自分だけど、なんだか最近はどうでもよい。
ニュースで見るたび、遠い昔のことを聞かされている気分になる。脳の働きが以前より鈍った気がしなくもない。

丈二「……」ボーッ

琢磨やヒナ、忍や航平はいまなにをしてるだろう。まだ『組織』で任務やらなにやらやってるのだろうか。
元気にしてるだろうか。
そういえば、ミシェルの用事は結局なんだったのだろう。

丈二(ま……)

もう今となっては、どうでもよいのだけど。
 
 
 




◇とある洋館・中庭 PM2:11

緑生い茂る中庭は、遊ぶにも食うにも寝るにも黄昏るにも絶好の場所である。
元気に走り回る子犬を眺めながら、ベンチに座る美咲紀を見つけて、丈二はそっと隣に座った。

丈二「なんか探してたって聞いたけど」

そう聞いて、丈二は空を仰ぐ。
ちょっとずつ雲が出てきたな。そういえば、今日はこのあと雨になるとテレビで言っていた。

美咲紀「たいしたことじゃないのよ。このあと買い物にいくから、一緒にどうかと思って」

丈二「いや、俺はいいや」

美咲紀「そう。欲しいものある?」

丈二「んー…ない」

美咲紀「ふふ。じゃあ、そろそろ行ってくるわね」

丈二「あ、待て」

美咲紀「?」

丈二「雨が降るらしい。傘を忘れるな」

ズキリ。
胸が一瞬、なぜだか痛んだ。

次の瞬間は、雷鳴に似た一瞬の閃光だった。
白い光が丈二の脳裏を埋め尽くし、ある光景が映し出される。

丈二「!!」

――――――――――――――――――――――――――――――――

午後から雨が降るらしい。傘を忘れるな

ここんところ、ずっとね

――――――――――――――――――――――――――――――――

丈二(なんだ……?)

どこか、遠い場所の風景。よく知った場所。
懐かしい匂いがした。コーヒーの香りだ。

丈二(この、“声”……)

――――――――――――――――――――――――――――――――

“テント”よ・・・。“あいつ”が狙ってる・・・お願い・・・“テント”を・・・

――――――――――――――――――――――――――――――――

丈二(ゆ、……)

――――――――――――――――――――――――――――――――

由佳里「おはよう、ジョジョ」

――――――――――――――――――――――――――――――――

丈二(由佳里……)


三島 由佳里………
 
 
 




美咲紀「ジョジョ! どうしたの?」

丈二「……ハッ!」

懐かしい光景は白い光に塗りつぶされ、丈二の眼前に灰色の空が戻ってきた。
ほほを拭うと濡れている。

美咲紀「急にぼーっとして、そしたら急に泣き出して……」

丈二は、冷えていたなにかが、再び滾っていく感覚を味わった。
熱を取り戻していく、この体が。血が、肉が、魂が。
そうだ。あれが“本物”だ。いまみたあの光景こそが―――

丈二「“本当の記憶”だ……」

美咲紀「え?」

思い出した。三島 由佳里だ。
俺の愛した人は、彼女の本当の名前は。三島 由佳里だ。

丈二「そうだ、『三島 由佳里』だよ」

美咲紀「……」

丈二「お前じゃない、由佳里だ……。思い出した……。
   全部偽りだ、こんな場所……!」

丈二「俺は出ていく。追ってくるな」

“取り戻した”丈二の瞳は、力強い何かが宿っていた。
中庭をあとにした彼の背中を、美咲紀は追わなかった。しかし見送る彼女の瞳は、丈二のそれとは対照的に、どんどん何かが抜けていった。

美咲紀「……」

彩「……気づくのが早かったですね。彼は…」

いつの間にかそばに近寄っていた彩が、美咲紀の隣で言った。

美咲紀「…まあ、こんなもんね」

美咲紀「さて、遊びは終わりよ。『倉井 未来』に連絡しなさい」

髪留めを外して、中庭に吹く湿った風が、美咲紀の髪を揺らした。

美咲紀「“次の場所”へ行く!」
 
 
 




◇都内・徐所大学 第3講義室 PM3:15

一番後ろの席に座る虹村 那由多は、そのとき眠くて仕方がなかった。
この講義がつまらないわけではない。いや、正直に言えばつまらない。
でも先生が悪いわけじゃないし、興味がないわけでもない。
ただ、眠かった。それがなぜなのかはわからないが、とにかく眠かったのだ。

那由多「ふぁぁ……」

この講義は仲間内では取っているのは自分だけだ。一人で受けているから、やる気が出ないのだろうか?
そんなことを考えていると、余計なことを考えるなと言わんばかりに睡魔は次々に襲い掛かる。
あくびの感覚がどんどん短くなり、そして限界をついに迎えてしまった那由多は、机に突っ伏して眠ってしまった。

――――――――――――――――――――――――――――――――

那由多「……」zzz

那由多「……ハッ!」

どれくらい時間が経っただろう?教室には橙色の優しい夕日が差し込み、がらんと人気のなくなった教室を照らしている。
誰か起こしてくれればいいのに。口元のよだれを拭って、教科書とノートをかばんに詰め込んでいたときだった。
自分の席のひとつ空けて隣に、外国人の女性が座っていた。さらにその前の席には、髪をゴムで止めた男の子が座っている。
女性は、頬杖をついて那由多をじっと見つめていた。

女性「……」

那由多(うわ…なんか見てる。つか、なんで近くに集まってんの?)

青年「……」

那由多(こわ…早く帰ろ)ゴソゴソ

鞄を持って立ち上がったとき、前の席の青年が口を開いた。

青年「懐かしいな、那由多」

女性「うんうん。久しぶりだね」

那由多「え!? なんで、名前……」

カズ「『福野 一樹』だよ。覚えてない? こっちは『ミシェル・ブランチ』」

那由多「はぁ?」

ミシェル「…ま、そうだよね……」

那由多「え? どこかでお会い……しましたっけ?」

ミシェル「……」ジーッ

那由多「あの……なにか用ですか? もう帰っていいですか?」

ミシェル「待って」

制止したミシェルの腕には、いつの間にか長方形の奇妙な“箱”が抱えられていた。
複雑で難解な装飾が施されたその“箱”には、“your...”という文字が刻まれている。
ミシェルはその箱を那由多の前に差し出すと、「あなたについてきてもらいたいの」と言った。

那由多「なんでですか?」

カズ「企画してるわけだよ。な?」

ミシェル「うん。ちょっとした……“同窓会”的なものをね」

那由多「???」




◆キャラクター紹介 その6

◇『組織』未来のチーム


吉田 忍(ナイン・インチ・ネイルズ)


 ―A Part 2027―
ちんぴらの青年。国民的アイドル『花瀬 美加(はなせ みか)』の熱狂的おっかけ。
美加のコンサート会場で、執拗にサインをねだり、会場警備のバイトをしていた丈二に組み倒される。
後藤 柚子季の手によって殺される。

 ―B Part 2024―
『組織』の工作員。丈二と同じチームに所属するスタンド使い。
柄の悪い男。言動は乱暴で粗雑だが、根はいいヤツ。だと思われる。

倉井 未来(ウエスタン・ヒーロー)


 ―A Part 2027―
『組織』との闘いでともに支えあった、丈二の唯一無二の親友。現在は警視庁で働く現役の警察官である。
逃亡生活を送る丈二の無実を信じ、警察側でありながら丈二を支援する。
神宮寺 美咲紀によって殺されてしまった。

 ―B Part 2024―
『組織』の工作員。丈二たちを纏め上げるチームリーダー。
真面目な性格で、部下たちからの信頼も厚い。


◇神宮寺 美咲紀とその仲間


神宮寺 美咲紀(ザ・ファイナルレクイエム)


 ―A Part 2027―
天斗を狙う一味のトップと思われる少女。女子高生。
神宮寺家の第十四代当主であるらしい。“旅”をしているというが…?

 ―B Part 2024―
郊外の洋館に暮らす少女。ねこの着ぐるみを着て、丈二を拉致する。
未来となにかの“約束”をしているらしい。

宮原 彩(デッドバイ・サンライズ)


 ―A Part 2027―
美咲紀に仕える女性。マユと比奈乃をスタンドの爆弾で殺害した。
現在スタンドを失っているが・・・?

 ―B Part 2024―
同じく美咲紀に仕える身。美咲紀の要望で着ぐるみを製作した。
くまの着ぐるみを着て、丈二と未来の前に現れる。

後藤 柚子季(ジグ・ジグ・スパトニック)


 ―A Part 2027―
美咲紀に仕える少女。残忍な性格で倫理観が欠如している。
警察署を襲いたくさんの警官と忍を殺害した。

 ―B Part 2024―
同じく美咲紀に仕える身。館の使用人の一人。


※ ―A Part 2027― (2027年。前作のその後の世界)
※ ―B Part 2024― (2024年。前作と異なる世界) 




第7話 過去の記憶、未来のカケラ(You Remember Me ?) おわり




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