―B Part 2024―
◇とある洋館 AM9:44
窓から吹き込む穏やかな風が、ベッドに眠る丈二の顔を優しく撫でた。
漂うほのかな甘い香りに目を覚ますと、そこは見たことのない部屋だった。
大きな高級ベッドと、並ぶアンティーク家具。
部屋には木目調のテーブルがあった。机上には焼きたてのパンケーキと、紅茶のカップが置いてあった。
丈二「どこだ、ここ・・・・・・」
少女「おはよう、丈二」
ドアが開いて、白いワンピースを着た少女が部屋に入ってきた。
女子高生だろうか? 少女はにっこりと微笑むと、テーブルの上のパンケーキをナイフで一口大に切り分けた。
少女「よく眠れた?」
丈二「君は・・・誰だ? ここは・・・」
少女「私の家よ。昨晩のこと、憶えてない?」
昨晩のこと。
琢磨とともに、球場で『ナイフ』の取引にむかったこと。
須藤に連れられ、新宿に向かったこと。
そこで、未来と戦ったこと。
そして、どうぶつの着ぐるみを着た女性に―――
丈二「拉致・・・された。鎮静剤で、眠らされて・・・・・・」
少女「拉致だなんて。酷い言い方ね」
丈二「き、君は誰だ! 一体なんの目的で――モガッ」
切り分けたパンケーキの一片をフォークで運び、少女は言葉を遮るようにそれを丈二の口へ入れた。
少女「昨日はああするしかなかったの。あなた興奮していたから」
丈二「・・・・・・」モグモグ
少女「記憶が混乱しているみたいね、無理もない」
美咲紀「私は『神宮寺 美咲紀』。思い出した?」
丈二「・・・・・・?」モグモグ
美咲紀「ちょっと、ウソでしょ? 私たち“付き合ってる”のに」
丈二「・・・・・・」ゴックン
丈二「・・・・・・は?」
時を戻して昨晩。
◇新宿・新宿デカペリー 深夜
混乱に包まれる新宿の街。大型シネコン『新宿デカペリー』のビルの屋上に、一機のヘリが着陸した。
屋上にてヘリの到着を待っていた虹村 那由多と柏 龍太郎、そして柏ゼミの学生たちは、
プロペラの回転で巻き起こる強い風に、衣服をはためかせた。
着陸を済ませたヘリから、黒いコートを着た一人の男が降り立った。
那由多「琢磨!」
琢磨「那由多!」
ヘリから降りた琢磨は那由多のもとへ駆け出し、ぎゅっとその肩を抱きしめた。
琢磨「これで全員か?」
那由多「うん。・・・・・・このヘリ、なんなの? どういうこと?」
琢磨「帰ったら説明するから、みんなヘリに乗ってくれ! 地元まで送り届けるよう言ってあるから・・・・・・」
那由多「待って! 琢磨は? あなたは一緒に乗らないの?」
琢磨「やることがあるんだ。後で必ず帰るから・・・・・・」
そう言って、琢磨は軽く那由多の頬に口付けた。
そして彼女らを置いて走り出すと、ビルの中へ続く通用口の扉を開けた。
琢磨「僕の部屋で待っててくれ!」
那由多「琢磨!」
柏「なにがなんだかわからんが、とりあえず乗ろう」
階段を降りビルの中へ消えていった琢磨の背中を見送って、柏が那由多の肩に手を置いた。
ゼミ生たちはヘリに乗り込んで、ヘリは再びプロペラを回し、屋上から離陸する。
パイロット「離陸するぞ!」
ババババババババババババババ!
那由多(意味わかんない・・・・・・どうなってんのよ・・・・・・)
ふわりと浮かび上がったヘリの中で、離れていく新宿デカペリーを眺めながら、那由多は胸中に呟いた。
◇新宿駅東口・改札 panKing panQueen前 同時刻
比奈乃「忍・・・忍がいない・・・どこ・・・・・・?」
川崎 祐介の“肉のそぎ落とし”を済ませ、キレイに骨格標本を作成し終えた比奈乃は、
消えたチームメイトの姿を求め、駅の地下をふらふらと歩いていた。
両腕を失った彼女だが、焼けた切断面の痛みなど、いまは感じている余裕がない。
彼女に取って、自分の四肢を失うより、仲間を失うほうが遥かに苦痛なのだ。
比奈乃「うッ、うう・・・・・・忍・・・・・・」
無線機は今の戦闘で、『ダーケスト・ブルー』の電気にやられ壊れてしまった。
アジトの真崎 航平とも連絡が取れず、忍も見付からない状況は、比奈乃には耐え難いものだった。
琢磨「ヒナ!」
比奈乃「琢磨!」
階段を降りて地下へきた琢磨が、比奈乃の姿を見て声を上げる。
比奈乃に合流した琢磨は、まず死体で散らかる辺りの光景を目にし、顔を歪ませた。
琢磨「うッ! ・・・・・・ひどい状況だな、こっちも・・・」
比奈乃「琢磨・・・・・・! 忍が見付からないの・・・! 忍が・・・・・・!」
琢磨「ヒナ、君のその両腕は・・・・・・」
比奈乃「ううっ、忍・・・・・・!」ポロッ、ポロッ
失った両腕は考えずに、ただ消えた仲間のことだけを想い、ぽろぽろと涙を流す比奈乃を見て、
琢磨は心の一部分が温かくなっていくのを知覚した。
琢磨(この子は・・・・・・自分のケガなんてお構いなしに、忍の身を案じている・・・・・・)
比奈乃「・・・・・・」ポロポロ
琢磨(優しい子だ・・・大切に想ってるんだな、仲間を・・・・・・)
琢磨「『シックス・フィート・アンダー』!」ドバァァーン!
SFU『・・・・・・』
出現した『シックス・フィート・アンダー』が、そこらに転がる死体に片っ端から十字架を押し付けていく。
体に六つの穴が開いたゾンビが大量に生まれ、無音に包まれていた一帯はにわかに賑わいはじめた。
琢磨「心配するな。俺が探しておくから、君は自分の両腕を拾って来い。
その切り口を見るに、自分で切り落としたんだろ? 壊れてはないんだな?」
比奈乃「・・・コクリ」ポロポロ
琢磨「良かった。ゾンビどもは鼻が利くから、忍もすぐ見付かるはずだ」
琢磨「きけ、お前ら!」
ゾンビ達「グルル・・・・・・」
軽く四十は超える数のゾンビ達に向け、琢磨が大声で呼びかける。
彼らの視線が琢磨に集中したところで、琢磨は懐から忍の写真を一枚取り出し、それを掲げた。
琢磨「今からこいつを探すんだ! 見つけても喰うんじゃないぞ! 写真をまわすから、匂いを覚えろ!」
その写真は、裏に忍本人の匂いを染み込ませた特別な一枚だった。
こういう非常時の備えとして、琢磨は仲間一人一人の匂い付き写真を常に持ち歩いているのだ。
あくまで非常時のためである。決して変態的所業ではない。
ゾンビ達「グルル」
ぞわぞわ
一斉に動き出したゾンビ達は、ほんの二秒で忍の居場所を割り出し、そこに集結した。
琢磨のすぐ足元の地面だった。ゾンビ達は渾身の力で地面を叩き、コンクリートを割っていく。
ドゴ! ドゴ!
やがて割れたコンクリートの中から、ぴくりとも動かない忍の姿が発見された。
琢磨「いたぞヒナ! 忍だ!」
比奈乃「忍!?」
琢磨「忍! 聴こえるか、忍!」
忍「・・・・・・」
地面の中から引きずりあげた忍の体は、驚くほどに冷たかった。
顔中を真っ赤に腫らした、傷だらけの仲間の姿を見て、琢磨は一瞬身を竦ませた。
首に指を当てて、脈を計るも・・・・・・脈がない。
琢磨「・・・・・・ッ!」
比奈乃「な、なに・・・・・・?」
琢磨「息してない!」
忍を横に寝かせた琢磨は、彼のアゴを上げて、人工呼吸をはじめた。
ボロボロのスーツを破き、露出させた胸を両手で力強く押す。それらを交互に繰り返す。
手の平の温もりが、凍った心臓に届くまで。
琢磨「戻って来い! 戻って来い、忍!」グッ、グッ
比奈乃「忍・・・・・・」
琢磨「ヒナ! 電気ショックだ! 心臓に!」
『ダーケスト・ブルー』が足の裏を忍の胸に押し付け、通電する。
びくんと大きく仰け反った忍の鼓動を、耳を寄せて琢磨が確認する。
琢磨「ダメだ、もう一度!」
D・B『・・・・・・』バチバチ
ドン!
琢磨「・・・・・・」
比奈乃(神様・・・・・・!)
琢磨「忍ッ!」
・・・ドクン
琢磨「よ、よし! 戻った!」
比奈乃「戻った!? 戻ったの!?」
琢磨「ああ! だがこのままじゃいずれ死ぬ! 急いでアジトまで戻るぞ!」
ぐったりと動かない忍を抱えて、琢磨と比奈乃は駅を出た。
地上は駅の中以上に、悲惨な光景になっていた。
三人は手配した『組織』のバンに乗り込むと、炎に包まれた新宿を後にし、アジトへ帰還した。
◇『組織』アジト・談話室 AM1:22
深夜一時。航平は、自分以外に誰もいないアジトの談話室で、ボーッとテレビを眺めていた。
画面に映る新宿の惨状、次々に更新される死亡者名簿、それを読み上げるキャスター。
しかしどれも、航平の脳みそまでは届かなかった。
ガチャリ
ドアが開き、憔悴しきった顔の琢磨が入室する。琢磨は航平の隣に腰掛けた。
航平「ひどい顔だな」
琢磨「君ほどじゃないさ。そのケガはどうした?」
航平「リーダーにやられたよ。新宿に行くのを、止めようとして」
琢磨「・・・・・・」
航平「忍とヒナは、どうだって?」
琢磨「医療室に送ってきたが、二人共相当ひどいらしい。ヒナの両腕は、
液体金属に血管の一本一本まで侵食されてる。手術しても元には戻らないそうだ。それに・・・・・・」
言いよどんだ琢磨の顔は、とても苦しそうだった。
続きを言わせるのは酷な気がしたが、それでも航平は、その先を聞かずにはいられなかった。
航平「・・・・・・それに?」
琢磨「・・・・・・忍は・・・なんとか生きてはいるけど、かなり危険だそうだ。
明日まで持つか・・・・・・わからないらしい・・・・・・」
航平「・・・・・・俺のせいだ。俺が代わりに、新宿へ向かっていれば・・・・・・」
琢磨「自分を責めても仕方がない。これからどうするか考えないと・・・。
『組織』はどうなってる? やたら慌しいが・・・」
航平「いま阿部先生が緊急の会議を上の階で開いてる。内閣や東証に潜ませていた幹部達も召集したとか」
琢磨「未来リーダーと丈二は・・・始末されるのだろうか」
航平「間違いなくな・・・・・・。こんな大騒ぎにして、ただで済むワケがない。
俺たちの身だってどうなるか・・・・・・」
そう言って、航平は手元のリモコンで、テレビを切った。
琢磨「・・・・・・チームは解散だな」
航平「・・・ああ」
未来率いるこのチームは、まず間違いなく解体される。丈二と未来は処刑され、
残ったメンバーは散り散りに各地へ飛ばされるだろう。鉛のように重い沈黙を呑み込んで、
二人は「さよなら」は言わなかった。例えここでお別れでも、二度と会えなくなっても。
航平「お別れ会にはまだ早いぜ・・・・・・。だよな?」
琢磨「ああ。こんな風に終わってたまるか。まだ俺たちにはやることが残ってる」
意を決したように言って、琢磨は立ち上がった。
そして懐から鍵の束を取り出すと、それを航平に手渡した。
航平「? なんだ?」ジャラッ
琢磨「『ランドロード』を知ってるか?」
航平「いや・・・・・・。ランドロード? スタンドの名前か?」
琢磨「いま、『組織』は三本の『ナイフ』を所有してる。知ってるよな?
幹部どもが必死になって集めている、五本の『ナイフ』・・・・・・」
航平「ああ、俺たちが任務で集めた・・・・・・」
琢磨「その内の一本を、『組織』に寄越したのがランドロード・・・・・・なる人物だそうだ」
航平「人の名前なのか?」
琢磨「そう呼ばれている。ランドロード、それは無数の力を持つ者。
彼が要求する対価を払えば、どんな望みでも叶えてくれるという・・・噂だがな」
航平「望み・・・」
琢磨「その鍵で資料室のドアを開けろ。あそこにランドロードの資料があるはずだ。
未来リーダーは、“ランドロードには近づいてはいけない”と言っていたが、今更関係ない」
琢磨「治してもらえるかもしれない、ヒナと忍を」
航平「・・・お前はどうするんだ」
鍵を受け取って、部屋を出ようと背を向けた琢磨に、航平が問う。
琢磨「・・・・・・丈二を探す!」
―A Part 2027―
◇都内某所 都立○○小学校跡地 正午
丈二「ここだ」
都内某所。都心から離れた西多摩郡のとある町村に、一つの廃校がある。
神宮寺 樹なる人物から渡されたメモには、○○小学校の住所が書かれていた。
ここがミシェル・ブランチとの合流場所である。
校門から車を乗り入れ、駐車場に停め、四人は廃校舎を見上げた。
未来「廃校跡地か・・・・・・思い出しますね、丈二」
丈二「2年前の作戦か」
未来「給水塔をまわって・・・・・・懐かしいな」
天斗「あ・・・・・・誰かきました」
天斗が校舎の玄関からやってくる女性を見て言った。
ゆるくカールのかかった黒髪に、長身の外国人女性。
ミシェル「ハイ! ジョージ、ミライ! 久しぶり!」
丈二「ミシェル!」
ミシェル・ブランチ。二年前、丈二と未来に、ある試練を与えたスタンド使いの女性だった。
未来「お久しぶりです、ミシェル」
ミシェル「ミライ。ちょっと痩せたんじゃない? ちゃんとご飯食べてる?」
未来「あはは・・・」
航平「ミシェル・ブランチ・・・・・・。マジか、歌手の・・・・・・」
ミシェル「? だれ?」
未来「真崎 航平くんと、雨宮 天斗くんです。僕達に協力してくれてる」
ミシェル「ああ、そう。よろしくね。さあ、中に入って」
にっこりと微笑んで、校舎を指差したミシェル。
天斗「丈二さん・・・・・・。この人は・・・・・・?」
丈二「大丈夫、俺と未来の知り合いさ。さあ中に入ろう」
航平「あ、俺町に買出しに行って来るから」
未来「?」
航平「食いモンとか俺たちの服とか、色々必要だろ?」
丈二「そうか、頼む。戻ってくるよな?」
航平「ああ。先に入っててくれ」
車に戻った航平を見送って、三人は校舎の中へ足を踏み入れた。
玄関から一歩中に入ると、そこは廃校とまったく別の空間だった。
そこに拡がっていたのは寂れた昇降口ではなく、ゴシック調で彩られた、高級感溢れる広大なエントランス。
ここは廃校舎では? 外からの見た目と中身があまりにもかけ離れていることに面食らった天斗は、
好奇の目を輝かせて広いエントランスを見回した。
天斗「す、すごい・・・・・・」
ミシェル「ふふふ、ようこそ『ホテル・ペイパー』へ」
天井が見えないほど階数のある、縦にも横にも広い高級ホテル。
それがミシェルのスタンド『ホテル・ペイパー』である。廃校や廃病院など、建物があれば
なんでも中をホテルに変えてしまう能力を持つ。
四人はエントランスで、ホテルマン姿の人型のスタンドに声を掛けられた。
ボーイ『ようこそ『ホテル・ペイパー』へ。ミシェル様お帰りなさい』
ミシェル「ただいま~。今日は“試練”はナシね。この子たちを普通に泊めてあげて」
ボーイ『かしこまりました。それでは丈二サマ、未来サマ、天斗サマ。お部屋にご案内いたします』
天斗「わぁ・・・・・・」
丈二「え、普通に泊まれんのかよ?」
ミシェル「? うん。私が中にいる間は、試練もないし敵も入ってこれないよ」
未来「はぁー。すごいですね」
丈二「羨ましい能力だな。俺のスタンドと取り替えて欲しいぜ」
◇『ホテル・ペイパー』 15階・特別スイートルーム PM4:00
ミシェルが四人に用意した部屋は、デタラメな広さを誇るスイートルーム。
やたらゴージャスなベッドが四つ並び、やたら高級なテーブルやソファが置かれ、
やたら難解なオブジェや絵画が壁にかけられている。
ずっと大人しかった天斗も、これにはさすがに歳相応のはしゃぎっぷりを見せた。
ベッドで跳ね、シャワーを浴びて、ルームサービスの昼食を取り、テレビでアニメを見ながらソファで眠りに落ちた。
未来「よかったですね」
天斗をベッドまで運び、布団をかけた未来が、ビールを飲む丈二に言った。
未来「天斗くん、元気になって。子どもらしいところが見れました」
丈二「ああ、だな・・・・・・」
ドアが開き、ミシェルが部屋へ入ってきた。
ミシェル「ハイ。どう? 天斗クンは」
未来「散々走り回ったあと、疲れて寝ちゃいましたよ」
ミシェル「そう。気に入ってくれたみたいで良かった」
丈二「精神的にも肉体的にも参ってたろう。俺たちもだが、この子は特にそうだったハズだ。
ありがとう。ミシェル」
ミシェル「気にしなくていいわよ、部屋は腐るほど余ってるし。それに、連絡もらえて嬉しかったわ」
未来「・・・連絡?」
二人のきょとん顔に、ミシェルが困惑した顔で口を開く。
ミシェル「え? だって電話くれたよね? ジョージ。助けて欲しいって」
丈二「いや、俺は電話なんか・・・・・・」
ふと、丈二の脳裏に神宮時 樹の顔が浮かんだ。
丈二(あいつか・・・)
ミシェル「なになに? なんかホラーな感じ?」
丈二「いや、まあ・・・・・・ははは」
未来「ところで丈二、これからどうするんです?」
丈二「・・・・・・特に考えてないけど・・・」
丈二「天斗を警察に預けるのはな・・・・・・。また施設に送られて、酷い目にあうかもしれない。
ミシェル、『ホテル・ペイパー』はいつまで出していられる?」
ミシェル「特になんかなければ、私が死ぬまでかな」
丈二「しばらくここで天斗の面倒見て欲しいんだ。カタがつくまで。いいか?」
ミシェル「まあ、いいけど」
未来「僕達はどうします? キミはいまのところ、逃走中の殺人犯だ」
丈二「決まってる」
口につけたビール瓶をぐいと干して、丈二はそれをテーブルの角で叩き割った。
バリン!
丈二「由佳里を殺したヤツを探し出して、この手で殺す」
割れた瓶を強く握り締めて、そう言った丈二の瞳は、許容量を超えた怒りでギラギラと燃えていた。
◇都内某所 スーパー『ショタロー』前 同時刻
航平「あぁぁ、うそだろ・・・・・・」
天斗が『ホテル・ペイパー』のベッドで眠りについたちょうどその頃。
町のスーパーマーケット『ショタロー』で、女子高生並に遅い買い物を終わらせ、帰ろうと航平が
車を走らせていたときだった。
原因はわからない。疲れていて一瞬気が抜けたのが原因かもしれないし、直前になにか別のものに
余所見をしていたのかもしれない。しれないが、いまはそんなことを思い返し、省みる余裕はない。
とにかく、そのとき航平は―――
チンピラ「オイ! オイオイオイ!」ガチャッ
航平「!」ビクッ
チンピラ「て、てめぇぶつけやがったなコラァ! どこで見てんだアホ!!」
信号待ちをしていた前の乗用車に、“追突”してしまったのだった。
航平(や、やっちまった・・・・・・!)
車から降りて、汚い言葉でまくしあげるチンピラ風のドライバーの怒声に、
周りの歩行者も歩みを止め、ざわつき始めた。
更に運の悪いことに・・・・・・
警官「はいちょっとなに。どーしたの君たち」
パトロール中だった警官の一人に見付かってしまった。
チンピラ「このアホがぶつけやがってよォ!」
警官「はいはい、君、名前は?」
忍「吉田 忍・・・。てか、あっちの名前聞けよ!」
車外でなにやら会話する二人を見て、航平は車内でハンドルを握りながら、がたがたと震えていた。
まずい。非常にまずい。
何故なら、この車は―――。
コンコン
警官「降りてください。少しお話を・・・・・・って、あれ?」
航平「!」ビクッ
警官「これ・・・パトカー?」
未来が乗ってきた、覆面パトカーだったのだから。
警官「・・・・・・身分証を出してください」
疑いの眼差しを向ける警官に、大人しく従って航平は免許証を提示した。
警官「・・・真崎さん。警官じゃないですよね、あなた」
航平「・・・・・・」
警官「何故、あなたパトカーに乗ってるんです?」
航平「あ、それは・・・・・・」
警官「署でお話を伺いますね」
頭が真っ白になった。マズい。こんなことになるなんて。
航平(やっちまった・・・! すまん、丈二・・・・・・!)
警官「吉田さん、あなたも署までお願いします」
忍「ハァ!? ざけんなバカヤロウ、なんで俺が・・・・・・」
外で声を荒げる吉田 忍とかいうチンピラの声は、もはや航平には届いていなかった。
予想だにしない事態に頭を抱える航平。しかし彼は、このとき想像もしていなかった。
この小さな追突事故が原因となり、後に大きな災いを招いてしまうことに・・・
◇都内某所 都立○○小学校跡地前 PM8:01
……キィッ
ガチャッ
彩「……」
美咲紀「お待たせしたわね」
空が漆黒に覆われた午後八時。廃校となった○○小学校の前に、一台のリムジンが停車した。
リムジンの後部座席から神宮寺 美咲紀が降り立ち、先に待たせていた『デッドバイ・サンライズ』の宮原 彩を一瞥する。
彩は「いえ」と短く低頭すると、閉ざされていた門を開け、美咲紀とともに敷地を跨いだ。
美咲紀「ここはなんなのかしら? 学校?」
彩「廃校になった小学校のようです。校舎の中に城嶋 丈二、倉井 未来、雨宮 天斗。
それと外国人の女が入っていくのを視認しました」
高校の制服を纏った美咲紀が、胸元のリボンをいじりながら、学校敷地内を見回して言った。
彩は美咲紀の二歩斜め前を歩きながら、四人のいる廃校舎に美咲紀を案内する。
彩「学校帰りのところを申し訳ございません」
美咲紀「いえ、いいのよ。私が来たいと言ったのだから。追跡ご苦労さま。
それより、その外国人の女って誰かしらね?」
彩「私にはなんとも…。彼らと親しげではありました」
美咲紀「ふうん…」
彩「真崎 航平の方はどうしますか? 先ほど事故を起こし、今は警察署にいる男です」
美咲紀「大丈夫よ。もう手は打ってあるわ。『ユズ』を送り込んだの」
彩「『柚子季(ゆずき)』ですか」
美咲紀「警察にここに来られては迷惑だし…。真崎の始末ついでにあの子に大暴れしてもらって、警察の気を引いてもらわないとね」
そう言ってほほ笑むと、美咲紀は校舎の前で立ち止まり、右手に握られた拡声器を口元に運んだ。
校舎の中にいる丈二たちに向かって、大きな声で呼びかける。
美咲紀「1分以内に天斗を連れて全員でてきなさい! お話しましょう!
1分経っても出てこなかったら、私が中に入るわ!」
◇『ホテル・ペイパー』エントランス 同時刻
外から聞こえる断続的な呼びかけに、つかの間の休息は幕を閉じる。
丈二、未来、ミシェルの三人がエントランスに集まり、互いに顔を見合わせた。
ミシェルがボーイ型スタンドに指示すると、ボーイは壁に巨大なディスプレイを出現させた。
そこには、校舎の外で拡声器を使う女子高生と、その隣の女性、二人の姿が映し出されていた。
ミシェル「なんなの!? あいつらなにを!?」
未来「喋ってるのは…高校生でしょうか?」
丈二「! こいつの隣にいるの、あのときの…爆弾スタンドの女だ!」
未来「! てことは…あの女子高生は……」
額に脂汗が滲む。キャンディの銃創に手をやりながら、丈二が重々しく口を開いた。
丈二「『ミサキさま』だ…!」
ミシェル「だ、誰?」
未来「…まずいですね、丈二。どうしますか……!?」
丈二「……クソッ……」
ミシェル「ちょ、ちょっとなに焦ってんの。無視すればいいのよあんなやつ。
『ホテル・ペイパー』の中には誰も入れないわ。たとえどんなスタンドでも。出てかなくて大丈夫よ」
丈二「違うんだミシェル、そういうわけにはいかないんだ…」
ミシェル「why!?」
丈二「あいつは“『ハムバグ』の能力を使えるんだ”。俺から『ハムバグ』を“コピーして”な…!
俺と未来はそのせいで、『ハムバグ』と『ウエスタン・ヒーロー』を失くしてるんだ」
ミシェル「なッ……てことはミライ、いまスタンド持ってないの!?」
未来「……はい。その通りです」
丈二「もしキャンディを校舎に撃ち込まれたら、『ホテル・ペイパー』は消滅する! 仕方ない、俺が出るしか…」
意を決し、扉を開けて出ようとした丈二の肩を、未来の手が引き止める。
未来「待ってください! 丈二、外に出てはダメだ!」ガシッ
丈二「なに言ってる! 今闘えるのは俺しかいない!」
未来「君こそなに言ってる! 向こうは『ハムバグ』を使えるんだ、まともにやりあったら勝ち目はないッ!」
丈二「…ッ!」
未来「向こうは話し合いがしたいと言ってます。僕が出ます。僕が、彼女らと話をしてきます」
丈二「なんだと!? 口実に決まってるだろそんなの! 殺されるぞッ!」
未来「……」
丈二「……!」
丈二は、未来の瞳を見て絶句した。未来の瞳には、残酷な決断を選択した強い意志が浮かんでいた。
気づいてしまったのだ。丈二は、未来が何を決断したのかに。
丈二「お前……」
未来「…君やミシェルが死んだら、天斗くんを護る人がいなくなります。
でも僕なら……。僕の身になら、たとえ万が一があっても……」
丈二「やめろ! 言うな!」
未来「行ってきます。ミシェル、誰も外に出さないでください」
ミシェル「……!」
丈二「やめてくれッ! 未来ッ!」
扉が開かれ、夜風がエントランスに舞い込んだ。
未来はそこから外へ出ると、丈二の制止を断ち切るように扉を閉めて、美咲紀と彩の二人のもとへ歩いて行った。
◇都内 △△警察署 同時刻
追突した航平と、追突された忍が連行された多摩区の△△警察署。
取調室での航平に対する取り調べが始まってから数時間後、彼を追ってきたように一人の少女が警察署を訪れた。
明るく染めた長いくせっ毛に、カールした長いつけまつげ。大きな瞳に鮮やかな色のアイライン。
そしてパンキッシュなファッション。
少女「~♪」
少女は棒付きキャンディを口に含みながら、受付のところへ向かった。
少女「すみません、ちょっといいですかぁ?」
警官「なんですか?」
少女「こういう人探してるんですけどォ……」
少女はバッグからスマートフォンを取り出し、一人の青年の写真を表示させた。
少女「真崎 航平って言うらしいんですよぉ」
警官「捜索願ですか?」
少女「さっきここに連行された、って聞いたもんですからあ……。頼まれちゃってぇ……」
警官「ここに? 保釈金の支払い?」
少女「いやぁ。まさかぁ……」スルスル
少女は首元のネクタイをするするとほどいて、それを警官の頭に巻きながら言った。
警官「? ? ?」
少女「殺しにきたんですう」
巻いたネクタイを少女が思いっきり引っ張ると―
ズパァァァァッ!!
警官の頭がまるでオレンジのごとく、果汁をほとばしらせながら真っ二つになった。
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