―A Part 2025―
新年の幕開けは、いつだって冬だ。新しいことが始まるのも、古いものが終わるのも、万物はすべて冬の季節に集中している。
2025年の冬は、丈二にとってその後の人生を左右するほど大きな、“終わり”と“始まり”があった。
まずは1月。凍えるような寒さの夕刻、丈二は給水塔の天辺で柏 龍太郎という男を殺した。
親子二代に渡る長い因縁と、『組織』という闇の権力に“終わり”を告げた月だった。
次の月は、丈二にとって、新しい人生の“始まり”が待っていた。
二年前 2025年・2月
◇東京織星シンフォニーホール PM6:30
東京渋谷区の大きなコンサートホール。煌びやかな電飾で賑やかなホールの外で、
寒空の下、電話越しに誰かと喧嘩をしている女性がいた。
彼女は入口の外で、鼻先を赤くしてケータイに話していた。吐き出される白い息が、宙で散り散りになるのを丈二は何度も見た。
丈二「……」ボーッ
女「……だから! なんで、仕事なんて……!」
コンサートが中で始まって三十分が経っていた。おそらくこの女性は、今日の公演を誰かと見る予定だったのだろう。
しかしその誰かはコンサートが始まっても会場に来ていない。
待たされた彼女は、やっとつながった電話で、苦情をぶちまけているのだ。
女「ちょっと!? もしもし、もしもし……!? んもうっ!」
通話を切られたのだろう。ケータイを叩きつけそうになった右手を寸でのところで抑え、女性は深く息を吐き出した。
入口の柱にもたれて、地面にしゃがみこんだ彼女が、ふいに丈二の方を向いた。丈二と目が合った。
彼女は丈二に向かって話始めた。
女「お母さんの誕生日だったんです。今日」
丈二「はぁ……」
女「チケット用意したのに、仕事って……自分の誕生日なのに、なにが仕事よ……」
彼女は悔しそうな声で呟いた。
女「……あなたは? 誰か、待ってるんですか?」
丈二「あ、いや……俺は……」
言いよどんだ丈二を見て、女性は首をかしげた。
丈二「……友達が、この公演を楽しみにしてたんです」
女「じゃあ、そのお友達を?」
丈二「いや……その子は……死にました」
女「あっ……ごめんなさい」
丈二「いえ……。ちょうど近くを通ったから、覗いて行こうかな、って」
切なげな視線をホールに送る、丈二の横顔を女性はまじまじと見つめた。
女「入らないんですか」
丈二「そうですね、なんだか……。チケットもないですし」
女「せっかくだし、見て行った方がいいですよ。これ、使ってください」
そう言って、女性は自分と母親用に買ったチケットを丈二に差し出した。
丈二「えっ。……悪いですよ」
女「いいんです。どうせ使わないですし。もう帰るところですから」
丈二「でも……」
女「ほら」
丈二「……じゃあ、お言葉に甘えて……」
女「楽しんできてください」
チケットを手渡して、女性は帰り道にむかった。
離れていく彼女の背中に、ふんぎりをつけた丈二が、声をかける。
丈二「……あの!」
女「?」
丈二「一緒に見ませんか? 二枚あるし」
女「……はい」
振り返り、彼女は微笑んで答えた。
丈二が見た、『三島 由佳里(みしま ゆかり)』の一番最初の笑顔だった。
―B Part 2024―
◇東京織星シンフォニーホール PM11:35
ミシェルに連れられ、館内を進む丈二。
総合案内のカウンターの奥、各ホールに繋がる通路を通り、目的地へ向かう。
丈二「どこに向かってるんだ?」
ミシェル「Bホールってとこよ」
前を歩くミシェルの背中に、丈二が問う。
丈二「……俺はなんで、記憶が抜けてるんだ…? 」
ミシェル「“舟”に乗せるのが遅れたからよ。若干だけど、新しい記憶から消されてしまったわ」
丈二「“舟”ってなんだ? 俺は何かに乗ってここに来たのか? 消されたって、誰にだ?」
ミシェル「誰っていうか……まあ私も専門家じゃないから、詳しくはわからないけど……」
歯切れの悪い答えにもどかしさを覚えるが、これ以上深く追及しても無意味だと丈二は感じた。
質問を、その次に気になっていた疑問にかえる。
丈二「君も“舟”に乗ってきたのか」
ミシェル「うん」
丈二「君はどうして、“舟”に乗ってきたんだ?」
ミシェル「あなたを助けるためよ」
これも、よくわからない答えだった。
そうこうしている内に、二人は大きな扉の前に立ち止まった。
上部に、“Bホール”と書かれたプレートが貼ってある。
ミシェル「ここよ」
丈二「……」
ミシェル「この中に、あなたの求める“答え”がある。心の準備はできた?」
丈二「……ああ、行こう」
取っ手に手をかけ、力強く扉を押し開く。
扉が放たれ、中の空気が微かに吹き抜けた。
―A Part 2025―
◇東京織星シンフォニーホール・Bホール PM9:00
Bホールでの三時間に及ぶ公演が終わり、ぞろぞろとはけていく観客たち。
丈二と由佳里の二人は、自分たちを除いた全員がホールから出るのを待って、ようやく席を立った。
由佳里「……寝てました?」
丈二「ははは……バレたか」
由佳里「バレバレですよ」
暖かい会場から外に出ると、外の寒さはより一層だった。
由佳里は口元をマフラーで覆い、白い息を閉じ込めた。
丈二「家はどちらですか?」
由佳里「青山です。銀座線」
丈二「じゃあ、駅まで送りますよ」
駅に向かって、二人は街灯に照らされた歩道を歩く。
丈二「なにやってる人ですか?」
由佳里「ライターです。雑誌で社会派の記事を書いてます」
丈二「へええ。どんなこと取り扱ってるんですか?」
由佳里「色々やってますよ。興味があるのは“児童福祉”の分野ですけど。城嶋さんは?」
丈二「去年は大学二年生でした。いまはフリーターかな」
由佳里「じゃあ私の方が年上ですね。もう大学出てますから」
丈二「意外だ。全然そうは見えないです」
由佳里「そうですか?」
ホールから駅までの距離はそれほどではないが、帰りの道のりはあっという間だった。
駅に着くと、改札の前で由佳里が言った。
由佳里「今日は楽しかったです。ありがとう」
丈二「こちらこそ……。よかったら、連絡先を教えてください」
由佳里「いいですよ」
二人はケータイを取り出し、互いの連絡先を交換し合った。
丈二「今度、遊びに誘っていいですか?」
由佳里「もちろん。待ってます」
改札を通った由佳里が、改札の向こうで手を振った。
丈二は「おやすみなさい」と口にして、ホームに向かう彼女の背中を、見送った。
丈二「……っしゃあ!!」
彼女の姿が見えなくなってから、丈二はぐっとガッツポーズをとった。
―B Part 2024―
◇都内某所・地下闘技場 PM10:00
秘密の階段を下りると、地下深くに通じるエレベーターがある。
それに乗れば、三十秒後に着くのは都内某所、戦後の混乱に乗じて造られたと言われる秘密の地下闘技場。
戦後、政府は貧困に苦しむならず者たちを集め、ここで夜な夜な殺し合いをさせていた。
賭博として、招かれた政府高官や米軍将校らは毎晩その酔狂な見世物を楽しみ、彼らが落とした金が日本の復興を支えたとも言われている。
この公にならない禁じられた文化は、現在に至るまで時代の有権者たちに愛され続け、
闘技場は幾度の改修でより大きく、より華やかで、より過激な賭博施設へと変化していった。
現在、元締めとして『組織』が管理権を手に入れ、『組織』の重要な活動資金元となっているこの地下闘技場は、
週に一度、ルール無用のデスマッチを開催しては、高い利益と観客の興奮を今でも定期的に生み出し続けている。
ワー! ワー!
「倉井ーッ! ホモ野郎をブチ殺せー!」
「阿部! 小僧に格の違いを教えてやれーッ! もう片方の眼も潰せーッ!」
ワー! ワー!
美咲紀「やかましい……下品な観客どもね」
午後十時。“賭け”が行われることを知った有権者たちが、続々と闘技場に集まった。
観客席はいっぱいになり、フィールドに立つ未来と阿部の二人に対して、口汚いヤジが飛び交う。
美咲紀は、観客席から飛ぶヤジに顔をしかめながら、未来に近づいて声を掛けた。
美咲紀「準備は万全かしら?」
未来「大丈夫です」
美咲紀「よかったわ。せっかくこんな機会を作ったのですもの。無駄にしないでね?」
未来「貴女には感謝しています。ご期待に応じて見せますよ」
冷たい笑みを浮かべた未来の左目には、相対する阿部の姿しか見えていなかった。
美咲紀(なんて表情をするの、この眼帯王子は……。貴方の中に見た“怪物”は、確かなようね。
わざわざ“三上と川崎を使って”このチャンスを作ったのも、無駄じゃなかった)ゾクッ
新宿の一件は、美咲紀のスタンド『ザ・ファイナルレクイエム』の能力が一枚かんでいた。
そもそも、『組織』のエリート部隊である三上と川崎が、見境なく駅で一般人を巻き込む掃射を行ったのはなぜか?
そんなことをして、どうなるか予測できないチンケな脳みそではない。幼稚園児だってどうなるかわかる。
美咲紀(私のスタンドで彼らの“理性”を取り外し、暴走させた……)
彼らが大惨事を引き起こした原因は、ここにあった。『ザ・ファイナルレクイエム』が持つ複数のコピーした能力。
そのうちの一つで彼らの“理性”は意図的に損なわれ、彼らは新宿で引き金を引いた。
全ては、このデスマッチの機会を作るために。彼らの暴走は周到に計画されていたのだ。
美咲紀(さあ、行きなさい。阿部に引導を渡してやるのよ……!)
ハーフコートテニスで使われる小型コートほどの面積しかない、デスマッチのフィールド。
未来と阿部の二人が立つこの狭い空間は、周囲を金網で覆われ、鎖で繋がれた刀や槍などの武器が天井からいくつもぶら下がっている。
フィールド内にあるものなら、何を使っても自由。殴り殺そうが、剣で後ろから斬ろうが、最終的に生き残った方が勝者だ。
カーン!
試合開始のゴングが鳴り響くと、フィールドを取り囲む観客席の興奮がピークに達した。
ウオオオオオオオオオオオオオッ!!!
未来「『ウエスタン・ヒーロー』ッ!」
W・ヒーロー『ハァァァァァッ!!』ドシュゥ!
ゴングが鳴り響くと同時に、未来の『ウエスタン・ヒーロー』が阿部に殴りかかる。
阿部「……」ヒュッ、ヒュッ
阿部はそれを紙一重で躱し、ぶら下がる武器の一つを手に取ると、それを未来に投げつけた。
未来「……」スッ
未来もそれを避け、ぶら下がる短剣を手に取った。阿部は釘バットを手にしていた。
阿部「このぶっといモノを、お前のケツ穴にねじ込んでやるよ」
そう言って、阿部は釘バットをペロリと舐めると、自身の体にスタンドを纏った。
阿部「『マーラ・ザ・ビッグボス』ッ!」ドバァーン!
未来「!!」
阿部MTB「ああ、次はションベンだ……」
紫色の、男性器をモチーフにした異様な纏衣装着型スタンド。
ヌメヌメと光るボディに、玉袋と思わしき部分から生える、触手の如くうねる太い毛。
紫の男性器に全身を包まれて、顔だけ覗かせた阿部の表情が、未来にはとてもおぞましいものに思えた。
未来「気色悪いスタンドだ……!」タッ!
W・ヒーロー『ハァァァ!』バシュバシュッ!
阿部MTB『効くかよ!』
ぬるぬるっ!
一気に接近して、『ウエスタン・ヒーロー』が拳のラッシュを繰り出し、未来が短剣を振るう。
だが拳はヌメヌメのボディによって滑り、短剣は触手のような陰毛に絡め捕られた。
そして奪われた短剣の切っ先が、未来の右肩に押し込まれた。
ザクゥ!
未来「ぐッ……!」
距離を取り、刺し込まれた短剣を引き抜く未来。
噴き出す血、沸き立つ場内。
「すげェー! さすが阿部だ!」
「おい倉井ッ! てめえケガしてんじゃねえよ、ぶっ殺すぞ!」
阿部MTB『フン、この程度で喜ぶのか。低レベルな観客だな』
未来「……」ドクドク
未来(攻撃が全く通らない……まさに“要塞”だな、あのスタンド……!
やっかいなスタンドだ……だが……!)
W・ヒーロー『ハァァァ!』ドゴォ!
『ウエスタン・ヒーロー』が短剣を殴り、ベルトに変身させる。
それを腰に巻くと、未来と『ウエスタン・ヒーロー』の体が、銀色に変色した。
未来「フゥーッ……」
阿部MTB『ベルトを巻くことで、その特性を得る……能力』
未来「そうだ。『剣のベルト』を巻いた俺の体は、全身が刃物ッ!」
阿部MTB『Mr.1のパクリじゃねえか』
未来「切り刻んでやるッ! 『ウエスタン・ヒーロー』ッ!」
特攻をかける未来。すると阿部が、皮を被った『マーラ・ザ・ビッグボス』の陰茎部の、皮を剥いた。
同時に、激しい腐臭がそこからし発生し、地下闘技場全体に充満した。
あまりの臭いに、嘔吐するもの、絶叫するもの、泡を吹くものが次々と観客の中で現れた。
「ぐあぁ! く、クセエ!」
「うげえぇぇぇ! おえぇぇぇぇ」
未来「うぐゥゥッ! な、なんだこの臭い……ッ!」
美咲紀「なんて酷い臭い……!」
特等席で試合を観戦する美咲紀にも臭いは届き、美咲紀がハンカチで鼻と口を覆った。
未来「くそっ! 喰らえッ!」
『ウエスタン・ヒーロー』が、刃物と化した拳を阿部に突き出した。
未来(打撃が効かないなら、斬撃で肉を斬る!)
W・ヒーロー『ハァァァァァ!』ドゴォ!
阿部MTB『……くゥ!』スパァァ
『ウエスタン・ヒーロー』の拳が、阿部MTBの体を切り裂いた。
だが、拳が命中した瞬間に、叫び声をあげたのは阿部ではなく、攻撃を繰り出した未来だった。
未来「うぐあああああああああああああああああああああ」
美咲紀「!? なに、なにが起きたの!?」
幹部1「発動したか、『マーラ・ザ・ビッグボス』のあくどい能力が……!」
尋常でない悲鳴を上げる未来。驚いた美咲紀がフィールドを覗き込むと、未来は右の拳を握りしめ、その場にうずくまっていた。
美咲紀「バカな……攻撃したのは未来の方よ! それに、未来の拳にケガは見当たらない……」
幹部2「『マーラ・ザ・ビッグボス』が絶対防御能力といわれる所以(ゆえん)だ……!」
美咲紀「!? どういうこと?」
幹部2「防御の究極形は、相手の攻撃を耐えきる硬度でも、相手の攻撃を避ける技術でもないってことだ。
究極の防御とはな、そもそも相手に“攻撃させない”んだ」
幹部3「賭ける対象を間違えたのォ……御嬢さん」
阿部MTB『想像を絶する苦痛だろうな……未来』ペロッ
切り裂かれた肉から滴る血を舐め、阿部が未来を見下ろして言った。
未来は、ケガひとつない拳を抱え、苦痛に顔をゆがませている。
未来「な……なにをした……?」
阿部MTB『お前の全身の痛覚が異常に過敏になってるのさ。あの臭いを嗅いだせいでな。
いわば全身が“痛風”状態ってわけだ。歩くだけで足が痛むぜ』
未来「く……!」
阿部MTB『『剣のベルト』……いいアイデアだ。俺は『マーラ・ザ・ビッグボス』を装着していると動きが鈍る。
攻撃を当てるのは簡単だろう。そして、その状態なら俺は数発で体中を切り刻まれる……』
阿部MTB『だが』
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
阿部MTB『俺が死ぬより先に、お前がぶっ壊れるよ未来。拳が押しつぶされるようなその激痛……
何度も耐えられるわけがない。わかるか? お前は俺に“攻撃できない”んだ』
未来「……!」
阿部MTB『『ナイフ』はもらうぞ、負け犬野郎』
阿部が、未来の頭上で、釘バットを構えた。
◇『組織』アジト 作戦会議室前 同時刻
那由多「ここか……」
阿部と未来が死闘を繰り広げている同時刻、『組織』アジトの作戦会議室の扉の前に、ある一人の一般人が立っていた。
女子大生の虹村 那由多だった。なんらかの方法でアジトに忍び込んだ彼女は、扉の前でそう呟いた。
◇『組織』アジト 作戦会議室前 同時刻
航平「おい聞いたか! いま、闘技場で先生と未来リーダーが……」
忍「みんな知ってるよバカヤロウ。情報遅すぎだろお前」
部屋の中、『組織』アジトの作戦会議室には琢磨、航平、比奈乃、忍の四人が集まっていた。
彼らは、新しくリーダーに任命された琢磨の指示の下、次なる作戦の説明を行う最中であった。
比奈乃「リーダー、戻ってきたと思ったら阿部先生と一騎打ちだもんね」
忍「どーなってんだよまったく。ワケわかんねーこと続きすぎだろ、最近。作戦会議なんかしてる場合じゃねーって」
琢磨「いや、作戦会議はするぞ。ほら、次のページをめくって……」
琢磨がそう促したときだった。作戦会議室の扉が開き、見知らぬ女性が入室した。
那由多「…うわ、本当にいるのね…」
虹村 那由多に、四人の視線が集中した。
彼女に気づいた琢磨が、いままでみたこともないほど間抜けな顔をして言った。
琢磨「……な、那由多?」
那由多「琢磨……えと、久しぶり……」
忍「な? またワケわかんねーことが……」
琢磨「な、な、え? え? な、なんで? なんでここに……え? は?」
チームに新リーダーとは思えないほど、取り乱していた。
ほかの三人が、琢磨の動揺っぷりを見て、ざわつく。
航平「誰だ? 琢磨の知り合いか?」
比奈乃「あー! もしかして元カノ!? この前別れたって!」
忍「なにぃ!? マジかよ!?」
航平「あんな綺麗な娘と……ってかなんでここに」
那由多「懐かしいわね、その黒コート。まだそれなんだ……」
四人が着ている任務用の黒コートを見て、那由多がそう呟いた。
那由多「琢磨と、それから初対面のみなさん。挨拶する気はないの。黙って何も聞かず、今すぐ一緒に来てくれる?」
突然の言葉に、ぽかんとする一同。
忍「なに言ってんだ?」
航平「クレイジーだな」
琢磨「ちょっ、ちょっと待て那由多。まずは説明を……」
那由多「みんな丈二の仲間でしょ? 彼を助けに行ってほしいの」
比奈乃「どういうこと? なにかあったの?」
那由多「いけばわかるわ。ねえ、ところで未来は?」
航平「未来って、倉井 未来か?」
忍「なんのようだよ?」
那由多「いいから! どこにいるの!? 琢磨!」
琢磨「ここにはいない。地下闘技場ってとこでいま……」
那由多「地下闘技場? 迎えに行かなきゃ……」
どんどん話が勝手に進んでいく。部屋を出ようと踵を返した那由多を、琢磨が引き止めた。
琢磨「待てって!」
那由多「……琢磨、説明してる暇はないの。仲間を連れて、今すぐ『東京織星シンフォニーホール』へ行って。
丈二がいるから……大切なことなの」
彼女の瞳と声色は、真剣だった。脳みそは処理が追いつかないが、ここは無理やり納得する以外にない。
琢磨「……」
琢磨「……地下闘技場へ行くなら、案内する。場所わかんないだろ?」
那由多「いえ、そんなことは……」
琢磨「……」
言いかけて、琢磨の眼を見た那由多は考えを改めた。
自分でも、説明不足は十分にわかっている。怪しすぎるのは感じている。それでも、この人は受け止めて、協力する気でいてくれてる。
無下に扱うことはできない。したくない。
那由多「……そうね。一緒に来て」
彼女の返答に、琢磨はうなずいた。そして、自分のチームの仲間へ指示をする。
その声と顔には、チームリーダーとしての威厳が戻っていた。
琢磨「君たちは、『シンフォニーホール』へ行け。事態は呑み込めないが、あの子は知り合いだ。信用できる」
比奈乃「……ふーん。まあ、いいけどさ」
忍「ワケわかんなすぎてなんかテンションあがってきたぜ! うおーっ、航平、車出せ!」
航平「また俺かよ……お前もあとで来るんだよな? 琢磨」
琢磨「多分な。丈二をよろしく頼む。何があるかわからん、気をつけろ」
比奈乃「そっちこそ。闘技場危ないから、元カノ守ってあげなよ~? じゃあね!」
手を振って、三人は部屋をあとにした。疑問は山ほどあるだろうに、それでも彼らは口答えせず、
すんなりと指示に従ってくれた。琢磨は、彼らが自分をリーダーとして見てくれていることに、心の底から感謝した。
那由多「良い仲間ね」
琢磨「ああ、俺の誇りだ」
◇『組織』アジト・某都市銀行ビル前 同時刻
先に出た三人に続いて、琢磨と那由多が外に出た。
表に停めてある車に近づくと、中から若い青年が降りてきた。
髪をゴムでまとめた、お世辞にも利口そうには見えないツラの男だ。
カズ「未来いたか?」
那由多「地下闘技場だって! 急ごう」
カズ「あれ? 琢磨じゃん。久しぶり」
青年は、琢磨の顔を見て言った。
琢磨「??? 那由多、彼は……?」
那由多「カズ、わかんないって。琢磨はほら、ね?」
カズ「あ、そっか。俺、『福野 一樹』ね。実は初対面じゃないんだけど……まあよろしく」
琢磨「ちょっ……なんだよ! 勝手に話を……」
カズ「いいから乗れ」
強引に車内に押し込まれ、琢磨は黙った。
運転席に着いた那由多が、エンジンをかける。
那由多「飛ばすわ! 掴まってて!」
アクセルをぐんと踏まれた車が、三人を乗せて夜の街を走り出した。
―A Part 2025―
丈二と由佳里は、それからよく会うようになっていった。
驚くほど共通点がなく、性格も正反対といっていい二人だったが、なぜだか話がよく合った。
二人は毎回、デートプランの立案をそれぞれ交互に担当した。
異なる価値観と感性から、相手が計画したデートは互いにとってとても新鮮で、新しい楽しみにみちていた。
二か月が経った。その日は、由佳里が提案した、“一円も使わないデート”を楽しんだ。
献血をしてお菓子やジュースを飲み、公園で遊び、デパ地下の試食品を巡ってお腹を満たした。
その帰り道、車の通りの少ない、峠に続く車道の脇を二人で歩いていると、数メートル前を一匹の子犬が横切った。
由佳里「あっ、見て子犬!」
丈二「ほんとだ。どっから来たんだ?」
二人が近づこうと、歩みを早めると、横を一台の乗用車が通過した。
由佳里「あっ!」
バン!
暗い車道を横断していた子犬は、乗用車にはねられた。
車のバンパーに子犬の柔い体がぶつかり、鈍い音を出した。
車はなにか轢いたことには気づいたが、人間でないならとすぐに道を通り過ぎ去った。
車道の真ん中に、血まみれでぐったりと横たわる、瀕死の子犬が置き残された。
子犬「……くぅー…ん」
由佳里「大変!」
駆け寄って、由佳里は子犬を抱きかかえた。足があらぬ方向に曲がり、体毛が血で黒く染まっている。
息苦しそうに呼吸する子犬を見て、丈二は直感した。
いままで、いくつも命が絶える瞬間を見てきた。だからわかる、この子犬はもう助からない――と。
由佳里「動物病院に連れて行こうよ! 近くにどこか……」
丈二「もう遅いし、24時間やってるとこじゃないと。近くにあるか?
それに……俺たちは今日は車がない。間に合わないよ」
由佳里「そんな……わかんないでしょ? 探してよ」
丈二「首輪してないし、野良犬だ。俺たちが助けたって、こいつはまたどっかで死ぬ。
残念だけど、あきらめるしかない」
由佳里「私は……あきらめない。いつか死ぬことと、今ここで死ぬことは違うと思うから」
そう言って、由佳里は重体の子犬を抱え、立ち上がった。
由佳里「峠を下って、バスに乗ろう。それから病院を探して……」
速歩で進み始めた由佳里の背中に、丈二が言う。
丈二「町に着くころには死んでるさ」
由佳里「わかんないでしょ……」
丈二「どうしてそこまでするんだ。服を汚してまで。
ほかの何かを助けるってのは、誰にでもできるほど簡単なことじゃない」
丈二「がっかりするだけだ。やめておけ」
由佳里「がっかりする方がいいじゃない。後になって、見捨てたことを後悔するより……」
それ以上、丈二は何も言えなくなった。彼女の言ったことに、少しばかり共感したからだった。
先を行く由佳里に聞こえる大きさで、丈二が呟いた。
丈二「……助ける方法はある。今すぐに」
由佳里「え?」
丈二「君に、そいつの命も、その責任も……なにもかも、背負う覚悟があるなら助けてやれる。どうなんだ?」
由佳里「……」
丈二「単なる自己満足じゃ務まらない」
由佳里「……やる。この子を、助けたい」
丈二「わかった」
そう言った丈二の右手に、いつの間にかキャンディの袋がぶら下がっていた。
『Humbug』と書かれた、見慣れないデザインの袋だった。
丈二はそこから飴玉を一つ取り出すと、それを彼女に差し出した。
丈二「俺の親友のために、いつか誰か見つけて、“与える”つもりだった」
由佳里「これ、なに?」
丈二「それを舐めてくれ」
由佳里「なんで?」
丈二「君を信用したからだ。その子犬を助けたいなら、君も俺を信用しろ」
由佳里「……わかった」
差し出された飴玉を受け取って、由佳里はそれを口に入れた。
彼女の体に、未知なる力が宿った。
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