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第09話『それぞれの試練(Everything Comes And Goes Pt.1)』その②

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orisuta

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  ―A Part 2027―  



◇都内某所 都立○○小学校跡地 AM6:15

チュンチュン

夜が明けた。小鳥のさえずりが心地よい朝だが、今日はいつもとは違っていた。
警察署がイカれたスタンド使いに襲撃され、警官や一般市民が大量虐殺された。
一人の女の子の手によってだ。しかも、そいつは“自分の”の命を狙って、警察署に押し入ったのだと言う。

航平「……」フラフラ

ひどい気分だった。あんなに簡単に、あんなに乱暴に、人の命というのは扱われていいのか?
すべて、俺のせいなのか。俺が事故なんか起こさないで、警察署に連れてかれなければ、大人しく殺されていれば。
あの幼い兄弟も、チンピラの青年も、警官たちも、みんな――殺されずに済んだのではないのか?

航平「!! ……ウッ」

胸中で自問を繰り返していると、何度も激しい嘔気が押し寄せた。
口を手で押さえて、おぼつかない足取りで丈二たちの待つ小学校跡地に命からがら戻ってきた航平は、
大きな木の箱の前でたたずむ、丈二とミシェルの姿を見た。

航平「……丈二?」

丈二「……航平。どこにいたんだ」

ミシェル「……」

航平「……警察署に」

丈二「朝のニュースでやってたところか? 襲撃を受けたって」

航平「知ってるのか」

丈二「どこのチャンネルもその話題で持ちきりだよ……とにかく、無事でよかった」

ミシェル「警察に送ってもらったの?」

航平「いや、保護を受ける前に逃げてきたんだ……」

航平「犯人の女……スタンド使いだった、俺を狙って……」

朝とは思えないほど重々しい空気が三人を包む。

航平「……この箱は?」

丈二「……」

ミシェル「……ミライが、入ってるの」

航平「……え……?」

丈二「死んだんだ……。これから遺体を火葬する。それだけだ」

木の箱は棺だった。「それだけだ」と短く告げた丈二の表情から、それ以上何かを読み取ることは航平にはできなかった。
倉井 未来。警察官であり、丈二の旧友であり、理解者であった彼が、なぜ死んだのかなど、聞くのは無粋なのだろう。
知る必要もないのだろう。彼は死んだ。死んで、いまはこの窮屈な棺に入り、このあと骨から焼かれる。それだけだ。
 
 
 




葬儀は、死者を送るために行うのではない。
遺された者たちが、心の整理をつけるために行う。
死者は葬儀など必要としていない。必要としているのは生きている人間だ。
だから航平は、校庭の隅で行われた葬儀には参加しなかった。
未来のことはよく知らない。出会ってたった一日の関係だ。
葬儀には、彼との別れの時間を必要としている人間だけが、参加すべきだ。

航平「……」



◇都内某所 都立○○小学校跡地 校庭 AM7:30

調達した木材を積み上げて、その上に未来の入った棺を乗せた。
それから棺を取り囲むようにまた木材を積み、棺が隠れるくらいにまで木を設置し終えると、
焚き木に放たれた火が燃え広がって、瞬く間に棺を包み込んだ。

ゴォーッ

丈二「……」

ミシェル「……こんなに簡単に済ませていいの?」

丈二「……いいんだ」

ゴォーッ

丈二「……俺の……」

ミシェル「……」

丈二「俺の大切なものは……みんな失くなった。由佳里も、未来も……なにもかも……」

丈二「どこまで行っても…俺は一生、孤独からは逃げられない。そういう運命なのかもな……」

ミシェル「……」

丈二の瞳を直視できず、ミシェルは言葉を詰まらせた。
パチパチと焚き木が燃える音だけが、その沈黙の間を埋める唯一の物だった。

火葬を終えると、廃校舎の前に一人の男が立っていた。
赤みがかかった茶髪の男で、過去二度丈二の前に現れ、助言を授けた人物。
神宮寺 樹だ。彼は戻ってきた丈二とミシェルを一瞥すると、二人の方へ歩み寄った。

樹「すまない。遅くなった」

丈二「アンタ……」

ミシェル「……誰? この人…」

丈二「……」

樹「未来くんのことは残念だった。力になれなくて悔しいよ」

丈二「アンタ、誰なんだよ。なんでここに来た」

樹「それを伝えにきた」

樹「僕の知ってることを、全て君たちに話すよ。これで、もう君たちと会うのは最後になる」
 
 
 




◇『ホテル・ペイパー』エントランス 同時刻

樹「よく集まってくれた」

樹に集められ、丈二、天斗、航平、ミシェルの四人が『ホテル・ペイパー』エントランスに集められた。
四人はそれぞれ思い思いの場所に腰かけ、樹の口が開かれるのを待った。その間、樹はじっと天斗を見つめていた。
そのまなざしからは深い慈しみのような感情が感じ取れた。全員の顔を見回して、やがて樹が口を開く。

樹「……色々と話したいことはあるのだけど、まずは君たちに謝りたい。
  君たちの命を狙う少女……神宮寺 美咲紀。あの悪魔に君たちを関わらせてしまったのは、僕だ。本当にすまない」

航平「あんたは誰なんだよ? 神宮寺 美咲紀って、一体なんなんだ。なんで俺たちを狙う」

天斗「……」

樹「僕の名は神宮寺 樹。神宮寺 美咲紀は……僕の娘だ。いや、“娘だった”」

丈二「!! 娘……?」

ミシェル「どういうことなの?」

樹「例えばこの世界に、人智を超えた存在がいるとして……それを“悪霊”とか、あるいは“悪魔”だとか、人は呼ぶ。
  彼女は外見こそ僕の娘だが、中身はそういう類のものに入れ替わっているんだ。強大な力を持つ存在にね」

航平「悪霊憑きなわけか、あんたの娘は」

樹「そうだ。彼女を生み出してしまったのは僕だ。彼女の行いは、全て僕に責任がある」

丈二「ヤツはなぜ天斗を狙う?」

樹「天斗のスタンド能力が、とても“特別”なものだからだ。彼女の目的には、天斗のスタンドが必要不可欠だ」

天斗「僕の……スタンド……?」

顔を俯けた天斗の肩を、隣に座るミシェルが抱き寄せる。

ミシェル「……私をここに呼んだのは、あなたなの?
     いえ、私だけじゃない。ジョージやユカリさんを、テントに近づかせたのも……」

樹「……」

丈二「……」

樹「……そうだ。全部、僕がやった。由佳里さんに天斗のことを教えたのも……
  ミシェル、君をここに呼んだのも。全て必要なことだった」

ガタッとテーブルが揺れた。丈二が勢いよく立ち上がり、怒鳴る。

丈二「ふざけんな!」

樹「……」

丈二「必要なことだと!? 由佳里は何も知らない一般人だったんだぞ!
   あんたが余計なことをしたせいで、彼女はあんたの家のゴタゴタに巻き込まれて、死んだんだ!」

樹「彼女には申し訳ないことをした。心の底から……。だけど、彼女が必要だった。
  天斗は監禁されていた。美咲紀にも狙われていた。彼女と、そして君の助けが必要だったんだ」
 
 
 




丈二「あんたが助けろよ! 人任せにしないで……」

樹「それはできない」

丈二「なんで!」

樹「僕はもう……死んでるからだ」

空気が凍りついたようだった。誰も絶句し、驚愕に目を見開いた。
彼の言葉は、冗談などではない。それは目を見れば一目瞭然だ。その告白は、まぎれもない真実だった。

樹「君たちが見てるのは、僕の霊魂だ。もう肉体は……とうの昔に失くしたよ」

十数秒の沈黙がその場を包み込み、誰も顔を上げることができなくなっていた。
悲しみ、憎しみ、憤り、丈二の中で処理できない複数の感情が渦巻き、苦い表情となって滲み出る。
目を伏せて言葉を紡ぐ樹の表情も、苦しそうだった。
やり場の感情に戸惑い、丈二はなすすべなくソファーに座った。

丈二「……なんで、なんで俺たちなんだ……。他にも、助けになれる人はいたはずだ……。どうして俺と由佳里を選んだ……」

樹「……君たちに、天斗の家族になってほしかったからだ」

丈二「!!」

飛び出た言葉に、丈二は俯いてた顔を上げた。
樹は、丈二の瞳を見つめながら、言葉を紡ぐ。

樹「君は、満たされない日常にうんざりしていた。由佳里さんもそうだ。
  二人とも、孤独だった。君たちには“守るもの”が必要だった」

樹「由佳里さんは、君と家族になることを望んでいた……。協力を申し出てくれたのは彼女だ。
  彼女が、天斗を救い、天斗の母になることを望んでくれたんだ」

丈二「……」

丈二の瞳に涙が浮かぶ。それ以上、彼が口を開くことはなかった。

航平「……」

ミシェル「……これから、どうすればいいの?」

樹「天斗を救うことと、君たちの平和な日常を取り戻すことは、矛盾しない。
  方法はたった一つだ。僕の娘のツラをした、あの悪魔を……殺してくれ」

航平「どうやるんだ?」

樹「可能性があるとしたらミシェル、それは君のスタンドにしかない。君をここまで呼んだのはそのためだ」

ミシェル「私のスタンド……?」

樹「“自分で試練を受ける”んだ。『ホテル・ペイパー』を、『ホテル・ペイパー』の力で、新しいスタンドに変えろ!」
 
 
 




ミシェル「そんなこと……できるの?」

樹「そう願うよ。……さて、そろそろお別れだ。伝えることは一応全部伝えたつもりだ。あとは君たちに託す。
  ……最後に、天斗。こっちへ来てくれないか」

そう言って、樹は天斗を手招きした。
傍まで寄った天斗を抱きしめるような仕草をするが、その腕は天斗の体をすり抜けていく。

樹「君に触れられないのが残念だ……」

天斗「……」

樹「いままで、つらい思いをさせた……君になにひとつしてやれなかった……本当にすまない……」

天斗「……!」

樹「強く生きるんだぞ。姉さんに負けるな。そして……幸せになれ」

天斗「……お父さん……!」

天斗の両目から、涙があふれ出た。
次にまばたきをすると、そこから樹の姿は消えていた。

航平「……ウソみたいだ。本当に、彼は……」

ミシェル「……」

天斗「うわぁぁぁ……ああああーー」ボロボロ

丈二「……」

心なしか、フロアの温度が少し下がったように感じた。
泣きじゃくる天斗を抱きながら、ミシェルは。樹の言葉を反芻しながら、丈二は。
それぞれ、自らに課せられた“試練”について、思いを馳せていた。

丈二(俺の……)

ミシェル(私の……)

丈二・ミシェル(やるべきこと……!)
 
 
 



  ―B Part 2024―  



◇『組織』アジト・会議室 PM4:21

阿部「? みなさん、どうしたんです? 全員お揃いで」

丈二が美咲紀の洋館を飛び出して、約二時間後。『組織』アジトのある某有名都市銀行のビル、その29階の会議室。
呼び出しを受けた阿部が会議室の扉を開けると、中に幹部役員全員が集合し、席についていた。

幹部1「どうしたもこうしたもないだろう、君が呼んだんだぞ」

阿部「私が?」

幹部2「重大な発表があると言ったではないか」

幹部3「そうだ、君からの連絡を受けて……」

阿部「待ってください、私は……」

ガチャリと再び扉が開き、全員の視線が集中する。
部屋に、女子高生ぐらいの少女と、眼帯をした背の高い青年が入室した。
幹部役員たちが、こぞって声を上げる。

幹部4「き、キサマ……」

幹部5「倉井 未来ッ!」

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

未来「……」

美咲紀「みなさま、ご機嫌麗しゅう」

入ってきたのは、新宿でスタンド入り乱れる大立ち回りを演じ、『組織』の存在を白日の下にさらしかけた
倉井 未来と、その連れの神宮寺 美咲紀だった。

幹部6「誰だ、あの小娘は……」

阿部「未来……! キサマ、よくもノコノコと……!」

阿部の表情が憤怒に歪み、強く握りしめた拳で、腕に血管が浮かび上がる。

美咲紀「クソジジイのみなさま、どうか落ち着いてくださいませ。
    わたくしは神宮寺家第十四代当主・神宮寺 美咲紀でございます。今日はみなさまにご提案がありまして、お集まりいただきました」

幹部7「く、クソジジイ……!?」

幹部8「神宮寺……聞いたことがない! 小娘が、提案だと……!?」

幹部9「なんの提案だ……!?」
 
 
 




ざわめく場内を鎮める気など、まったくないといった風に、美咲紀は気ままな振る舞いで言葉を続ける。
未来は、その場に立ちつくし、阿部からの強烈な視線を受け止め続けていた。

未来「……」

美咲紀「新宿での一件で、我らが『組織』もずいぶんと危ない橋を渡りました。各地に支部があるこの『組織』。
    ですが、とかげのしっぽ切りのようにこの東京支部を切り捨てることもできない……。
    結果、その尻拭い……対外交渉に、ずいぶんと切り札を使ってしまったと聞きます」

幹部10「それがなんだと言うのだ! 全てその眼帯小僧が引き起こした騒ぎだ!」

美咲紀「それから暗殺部の三上と川崎……。そもそもこの一件は、彼らが新宿で引き金を引いたことから始まります。
    裏切り者、城嶋 丈二の追跡と始末……。その任を彼らに与えたのは、一体どなただったでしょうか?」

幹部11「それは……」

阿部「……なにが言いたい」

ふっとほほ笑み、美咲紀が中央を陣取るテーブルに腰かける。

美咲紀「責任問題というのなら! 今回の件はすべてそこの……阿部先生に非があるのではないですか!?
    倉井 未来、三上 猛、川崎 祐介……彼らに裏切り者の処刑を命じたのは、彼です!」

幹部12「そんなことは承知だ! しかし……」

美咲紀「そもそも火種となった城嶋 丈二を『組織』に引き込んだのは、他の誰でもない阿部先生自身です!
    始まりから終わりまで……すべて阿部先生の采配に問題があったと言わざるを得ません!」

幹部13「で、結局なにが言いたい。阿部を引き摺り下ろしたいのか? どっちにしたって、倉井 未来の首はいただく」

美咲紀「ふふ……そこでです」

美咲紀がパチンと指を鳴らす。未来が持参したアタッシュケースを開くと、中から大量の証券取引の書類と、
『組織』がノドから手が出るほど欲しがる、二本の『ナイフ』が転がり落ちた。

幹部たち「……!!!」

阿部「『ナイフ』……! 二本も……!」
 
 
 




美咲紀「『組織』は非常に危うく脆い存在です。自らが稼ぐ能力はなく、あぶく銭でぷかぷか浮かんでいるだけにすぎません。
    新宿での一件で、各私鉄、各企業は大打撃を受け、証券取引市場は一時取引を停止しました。
    私たちは、事件の前に関連企業の株を大量に空売りし、莫大な金を手に入れました。そして、この二本の『ナイフ』……」

未来「……」

美咲紀「これらを全てBETします。どうですか、私と賭けをしませんか!」

幹部14「賭け……だと!?」

幹部15「なにが欲しい」

美咲紀「私が勝ったら……倉井 未来の命をいただきます。彼をどうするかは私の自由!
    そして阿部先生のイスを頂きます! つまり、この『組織』の全権力をあなたたちに賭けていただきます!」

高らかな宣言に、混乱の渦は最高潮となる会議室。

幹部3「ばかな! そんな前例はない! 賭けなどと……!」

美咲紀「前例のないことは許されませんか? 私は……倉井 未来を阿部先生のイスに座らせたいのです
    私たちが負ければ……金と『ナイフ』は差し上げます。そのあとどうぞ私たちの首を刎ねてください」

未来「……」

幹部7「バカな……こんなことが……」

幹部1「だが……『ナイフ』を所有しているのはこの二人だ……
    つまり賭けに乗らねば、『ナイフ』は手に入らない……!」

美咲紀「その通り! わたくしの提案が却下された場合、この場で『ナイフ』を破壊させていただきます」

幹部たち「!!!」

幹部2「そんな……バカげたことを……!」
 
 
 




幹部8「……乗るしかないのでは? この賭け……」

幹部10「正気か!?」

幹部11「私も……そんな気が……」

幹部10「バカな! 『組織』の全権を賭けるんだぞ! 負ければすなわち! あそこの小僧が我々の指導者になるのだッ!」

未来「……」

幹部6「…勝てばよいのでは? どんな賭けにしろ……」

幹部10「なにをッ!」

幹部15「……確かに、そんなに悪い話じゃない」

幹部14「むしろ……これはチャンスだ。あれだけ苦労した『ナイフ』……これで揃うというなら」

幹部10「キサマら!」

幹部5「賭けとは……なにをするつもりだ」

一人の幹部の必死の進言むなしく、言葉巧みな美咲紀に乗せられて、場のムードは完全に賭けを受ける方向に固まりつつあった。
思惑通り、と悪い笑みを浮かべて、美咲紀は賭けで行うゲームの説明を行った。

美咲紀「ここにいるみなさま全員が楽しめるゲームをご用意していますわ」

美咲紀「倉井 未来と阿部先生! 二人に正々堂々一騎打ちをしていただきます!」

幹部たち「な……!」

阿部「……そういうことか、未来……!」

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

美咲紀「みなさまは阿部先生に、わたくしは倉井 未来に賭けます! 
    『組織』の全権を賭けた死闘! 相手の首を切り落とし、勝利を掴んだ者が――」

未来(やっとだ……遂にここまで……!)

阿部「……」

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

美咲紀「『組織』の新しい責任者でございます!」
 
 
 




◇東京織星(オリスタ)シンフォニーホール PM11:32

丈二「……ここは……」

美咲紀の館を飛び出してから、およそ九時間。未来と美咲紀が『組織』のアジトで賭けをはじめてから、七時間が経過した午後十一時。
微かな記憶の断片を頼りに、三島 由佳里を探し求めて東京中を歩き回った丈二が、最後に訪れたのがここ、
東京渋谷区にある巨大なコンサートホール、『東京織星シンフォニーホール』。なぜこの場所にやってきたのかはわからない。
しかしここは、見覚えがある気がする。懐かしい感じがする。昔、ここに来たことがある――そう丈二は感じていた。

正面入り口のガラス越しに見える、高級感あふれるエントランス。
夜遅いのでもう閉館しているらしく、中は真っ暗だ。しかし見れば見るほど、ここが懐かしく思う。

丈二「俺は……ここに……」

渋谷に来たのは偶然か? コンサートホールに来たのは偶然か?
違う。俺は、何かに導かれたんだ。導かれて、ここまで来た。
なにに? 決まってる。記憶だ。俺の記憶が、ここへ俺を呼んだんだ。

丈二「知ってる……! ここを……!」

女「やっぱりここなんだ」

そのとき、丈二の背後誰か女性が彼に声を掛けた。
振り返ると、外国人女性が立っていた。彼女は優しくほほ笑んで、言った。

女「聞いた通りだわ。あなたはここに来る、って……
  わざわざ人を使って、探し回る必要はなかったみたいね」

丈二「あの、どなたですか……?」

女「覚えてない?」

丈二「はぁ……すみません、最近ちょっと…記憶が抜けてて」

外国人の女は、またクスッと笑った。その笑みが、なんだかすごく懐かしく思えて、丈二はその顔を凝視した。

ミシェル「『ミシェル・ブランチ』よ。思い出した?」

丈二「ミシェル……ブランチ……」

ミシェル「あなたをずっと探してた。須藤という男に会ったでしょう?
     彼を雇ったのは私なの。でも、そんな必要なかったみたいね」

丈二「……え!? 須藤って……」

ミシェル「記憶を取り戻したい? 丈二」

ミシェルの質問に、どくんと鼓動が早くなる。

ミシェル「あなたの望むものが、答えが……このコンサートホールの中にある。
     真実は、決して優しくないよ。それでも、あなたは取り戻す?」

丈二「……」

丈二「……ああ、取り戻したい。記憶を……。真実を、知りたい……!」

ミシェル「……わかった。じゃあ、ついてきて」

そう言って、ミシェルは正面入口の扉を鍵で開け、真っ暗なホールの中へと入っていった。
ここに、全ての答えがある。
丈二はつばを飲み込んで、ミシェルのあとを追い、ホールへ足を踏み入れた。
 
 
 



  ―A Part 2027―  



◇都内某所 都立○○小学校跡地 AM9:44

午前十時前。樹と別れて二時間が経過した。
泣きじゃくっていた天斗は落ち着きを取り戻し、航平と手をつないで心配そうにミシェルを見上げていた。

天斗「ミシェルさん……」

航平「本気なのか……?」

ミシェル「ええ。これしかないのなら」

ミシェルは、『ホテル・ペイパー』と化した廃校舎を見上げていた。
先ほどの樹の助言――『ホテル・ペイパー』の試練を、自分が受けろ――を、実行に移すつもりでいたのだった。

航平「生きて帰ってこれるって、保証はないんだろ!? いくら、自分のスタンドでも……!」

ミシェル「……まあ、やってみるしか。ないわね。何事も。HAHAHA」

そう言って笑うミシェルを見て、天斗がはじめて声を荒げる。

天斗「…っ! なんで! なんで笑ってるんですか!!」

航平「!」

ミシェル「へ?」

天斗「死ぬかもしれないんですよ! なのに、なんで笑うんですか! なにもおかしくなんかない!
   もうやめてよ! ミシェルさんに死んでほしくないっ! やめて!」

ミシェル「……」

幼い少年の、小さな体のめいっぱいの叫び。ミシェルはそれがなんだか嬉しくなって、柔らかい笑みを浮かべた。

ミシェル「勝手に決めつけないでよ。別に私、死ぬつもりないし」

天斗「……でも!」

ミシェル「……はじめて、敬語取って話してくれたね」

天斗「え……?」

ミシェル「コーヘイ。テントとジョージをお願いね」

航平「……ああ」

天斗「ミシェルさん!」

ミシェル「大丈夫、ちゃんと帰ってくるって。それに……」

ミシェル「避けて通れないのなら、乗り越えるしかないでしょ!」

そう言って、ミシェルは『ホテル・ペイパー』の中へと入っていった。
彼女の顔に、不安や恐怖といった感情は浮かんでいなかった。

天斗「……ミシェルさん……」

航平「……あれ? そういえば丈二は……?」

航平「……どこ行った?」
 
 
 




◇都内某所 とあるお屋敷 AM10:32

ミシェルが“試練”のため、『ホテル・ペイパー』の内部に入ってから、約一時間後。
都内のとある大きな屋敷の前に車を停車させた丈二は、懐にナイフと拳銃を携帯して、車を降りた。
目の前に広がる広大な面積。古風な屋敷の正面玄関を通り、中庭に出る。
広い庭だった。至る所に植えられた松の木が並び、大きな池の周りに古い燈籠が立てられている。
庭の中心に、一人の少女が佇んでいた。
神宮寺 美咲紀だった。

美咲紀「……私はね。住むところはこういう、庭のあるお屋敷に決めているの」

丈二「……」

美咲紀が丈二に語りかける。しかし、丈二の反応はない。

美咲紀「よく来てくれたわね丈二。歓迎したいところだけど、天斗はどうしたの?」

丈二「……」

美咲紀「あなただけ来られても困るわ。あの子を連れてきなさいと言ったでしょう」

美咲紀「私の弟よ?」

丈二「“お前の”じゃないだろ、ゲス野郎が……」

ツバを吐き捨てて、丈二は懐からナイフを引き抜き、それを構えた。

美咲紀「……昨晩のあれを見てなかったの? あなたも倉井 未来みたいになりたいわけ?」

丈二「黙れ」

美咲紀「死ぬのが怖くないの?」

丈二「黙れッ!」

じり、と土を踏む。

丈二「俺はなにもかも失った。お前のおかげでな……!」

丈二「命なんか惜しくない! 俺に残ってるのは……」

美咲紀「……」

丈二「プライドだけだッ!」ダッ!

ナイフを右手に握り、丈二は美咲紀めがけて勢いよく駆け出した。
そして飛び掛かるようにジャンプすると、空中で『アークティック・モンキーズ』を出現させ――

丈二「『アークティック――』」

美咲紀「『ザ・ファイナル――』」

その拳とナイフを重ねて、美咲紀の頭上に振り落とし――

丈二「『モンキィィィーズ』ッッ!!!」

美咲紀「『レクイエム』ッッ!!!」

待ち構えた『ザ・ファイナルレクイエム』の拳と、衝突した。




◆キャラクター紹介 その7

◇その他


平田 進(スタンドなし)


 ―A Part 2027―
元警視庁公安部の刑事。丈二にマイアミでボコられる。

 ―B Part 2024―
巨大なスタンド使いたちとのコミュニティグループの管理者。通称『ランドロード(家主)』
航平と契約する。

立花 杏(ワンダリング・リペア)


 ―B Part 2024―
平田のコミュニティに参加するスタンド使いの少女。
パンピー。

神宮寺 樹(スタンドなし)


 ―A Part 2027―
美咲紀と天斗の父親。数年前に交通事故で死亡し、霊体となって現世にとどまる。
丈二たちに天斗を託し、成仏する。


※ ―A Part 2027― (2027年。前作のその後の世界)
※ ―B Part 2024― (2024年。前作と異なる世界) 




第9話 それぞれの試練(Everything Comes And Goes Pt.1) おわり




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