第一章 -衝撃の世界-
僕の名前は杖谷模。1か月前このぶどうヶ丘高校に転校してきた。
実は、僕は人には言えない秘密を抱えていて、あまり友達を作る気にはなれなかった。
転校生と聞くと、注目を集める存在だと思われがちだが、実際はじめはみんな距離を置くものだ。
だから、こちらが興味のないふりをしていれば、しばらくはひとりでいられると思っていた。
……そう、思っていたんだけれど。
*「……おい、転校生と話してるヤツ……誰だ?」
*「話してるっていうよりはあの女が転校生の顔見てるだけだけどな。転校生は目合わせようとしないし。」
*「ヨソのクラスのやつだよな……あそこ、俺の席だからはやくどいてほしいんだけどな……」
*「………ちょっとかわいいな。」
紅葉「…………」
僕の前の席の椅子に座った女の子は足を組み、僕の机に頬づえをついて、こっちをじっと見てきてる。
彼女の制服からのぞくうなじにスペードのマークの刺青があるのが見えた。
模「あの……なんの御用でしょうか……。」
紅葉「…………」
模「……きのうのお取り込み中のところを邪魔したことでしたら、ホント申し訳ないと思ってるんで……。」
紅葉「あんた、『スタンド使い』でしょ?」
模「!」
紅葉「放課後、屋上に来て。安心して、『だれも来ないようにしておくから』。」
それだけを告げて、彼女は教室を出て行った。
『スタンド』……そう、僕はスタンドを持っている。
何から話せばいいだろうか。……まずは、僕の家のことからかな。
ウチの杖谷家には、1世紀以上前から先祖代々受け継がれているという技術がある。
それが……『波紋法』だ。僕のひいじいちゃんもそれが使える。
おじいちゃんは素質がなかったそうで、僕の父さんも修行はしなかった。
でもさすがにひいじいちゃんもそろそろヤバいってことで、僕が修行させられるはめになった。
父さんも家のことは理解していて、僕に修行をさせないわけにもいかなかったんだろう。
6歳になった日から修行は始まった。だが、いくら修行を積んでも、僕は波紋を使えなかった。
ひいじいちゃんは決して僕を責めたりはせず、ずっと教えてくれていたが心底は残念だったと思う。
波紋を使えなかったことが、とても悔しかった。
じいちゃんも父さんも使えなかったんだから、僕もおそらくは使えないだろうとはうすうす気づいてたとは思う。
でもだからこそ、僕は負けたくなかった。頑張ってもできないことがあるとは信じたくなかった。
このころから僕は、負けず嫌いだった。
そして、11歳になったころ初めて波紋が使えたのだ!
力は弱く、実用レベルとは程遠いとはいえ、それはたしかに『波紋』だった。
そして同時に、『こいつ』は見えるようになった。それからというもの、僕が波紋を使うときにはそいつはいつもそばに立っていた。
……レーダーのついた顔に、星の描かれた手。そばに立つもの。僕が名付けた、僕の……スタンドだ。
放課後、僕は校舎の屋上に向かった。いつもなら、こんなの無視しても良かった。
だが、気になったことがある。
模「『スタンド』……なぜ僕のスタンドを、あの子は見ることができたんだ?」
きのう、僕があの男に胸ぐらをつかまれて殴られそうになった時、僕はなぐられたくなくて、
とっさに手を男の体に当てて、波紋を流した。
体中の水分に波を起こし震えさせ、シビれさせたのだ。
そして、いつものように僕のスタンドは現れていたけど、それが見えていたのか?
模「これまで、『誰も見ることができなかった』のに……。」
屋上へのドアに手をかけてまわすと、ノブは回らなかった。
ガチャ!ガチャ!
模「あれ?鍵がかかってるのかな?」
すると、ドアの向こうからあの女の子の声がした。
紅葉「あ、杖谷?今開けるわ。」
ガチャ
紅葉「ちゃんと来たのね。さあ、こっちへ来て。」
奇妙だったのは、彼女が鍵を開けることなく、ドアを開いたことだった。
模(鍵なんかかかってなかったのかな?)
屋上へ出ると、そこには彼女以外には誰もいなかった。
ほかにはボロボロの机が積み重ねられ、屋上の周囲を金網のフェンスが覆っているだけだった。
日が長くなってきたとは言っても、もうこの時間になると日は傾き、屋上には彼女の長い影が這っていた。
放課後の屋上に、異性の学生が二人きり。本来なら、青春の1ページを思わせるシチュエーションだが、
彼女は真剣な表情で、腕を組んで足を肩幅に大きく開いている。青春の雰囲気は全く感じさせなかった。
そして、彼女が発した言葉はさらに青春の雰囲気をぶち壊した。
紅葉「あんたも、新手のスタンド使いでしょう?」
模「え?」
そういうと、彼女は自身の体から人型のビジョンを表した。
ありえないことだが、実際はっきりと見えた。
スペードのマークがちりばめられた、モノクロの人型。
ふと思ったのは形は違えど、僕のスタンドとオーラが似ていたこと。
僕があっけにとられているうちに、彼女は近づいてきてそのビジョンが僕に殴りかかってきた!
「ドラァッ!!」ボゴォン!
間一髪でそのビジョンの攻撃ははずれ、屋上の床を砕いた。
紅葉「オラ、どうしたッ!私を倒しに来たんだろッ!!」
「ドラァ!!」ボゴン!
紅葉「出せよ、てめーのスタンドを!!」
模「まま、待って、待って!」
紅葉「どーした、ビビったか?これでもスタンド使いと戦うのは3度目だ。一筋縄じゃいかないよ。」
模「なんなんだよ!『新手の』とか『倒しに来た』とかって!」
紅葉「ドラァ!………………え?」
日がさらに傾き、空は赤みを増してきた。僕と彼女はフェンスによりかかり、なぜ僕がここにきたのか話した。
紅葉「……するってえと、なんで私があんたの『スタンド』を見れたのか知りたかったってことね。」
模「うん……っていうか、そもそも『スタンド』って何なの?
僕は波紋を使うとき、いつもそばに立ってるから『スタンド』と言ってるけど……。」
紅葉「プフッ……じゃああんた、自分以外のスタンド使いに初めて会ったんだ。」
模「………?」
紅葉「よーし、あんた敵じゃあなさそうだし、スタンドってのがどんなものか教えてあげるよ。」
そういうと彼女はフェンスから離れ、僕の正面に立った。
紅葉「じゃあ杖谷、ちょっとこっちにきて。あーいや、近づきすぎ。………そう、そこに立ってて。」
そして彼女は数歩下がって、また『あのビジョン』を出した。
「ブラック・スペードッ!!」
彼女が叫ぶとそのビジョンは床を殴った。……しかし今度は『床は砕けなかった』。さっきと同じくらい強く殴ったのに。すると……
ボガァン!!
僕の足元の床が急にはじけ、僕の体は宙に舞った!……そして、少しずつ後方に飛んでいた!
模「うわっ、うわっ、うわあああああああああああ!!!!!!」
紅葉「私のスタンド『ブラック・スペード』は、衝撃を操作する能力を持っている。
スタンドが床を殴った衝撃をあんたの足元に『移動』させ、上向きに『解放』した。」
なんと僕の体は屋上のフェンスを越え、校舎から落ちようとしていた!!
模「落ちっ、落ちるーーーーーーーーーーッ!!!」
……僕はそのまま屋上から落下した。
ひいじいちゃん、ごめん。杖谷家は僕の代で終わるみたいだ。
僕は、まだなにも始まってなかった。でも現実は残酷で、僕の人生はここで終わった。
……僕は急速に近づくアスファルトと、かすかに聞こえた悲鳴しか感じ取ることはできず、
瞬間、目の前が真っ暗になった。
セクター9の世界 THE END
……そこまで考えても、僕は、まだ地面にぶつかってなかった。
恐怖で閉じた目をあけて上をみると…………
ぼくの『スタンド』が、
フェンスをつかんでいた。
左手の甲の星がはっきりと見えた。
ぼくはスタンドに支えられ、宙にういたままだった。
???「ヤット……アナタハ『理解』シヨウトシテクレタ……」
模「!!?」
突然、声が聞こえた。屋上の彼女の声じゃない。
???「ワタシヲ……『知ロウ』トシテクレタ……」
聞き覚えのない声。しかし……なぜか懐かしく感じた。
???「ワタシハ、アナタガ小サイトキカラ、ソバニイマシタ。」
模「まさか………」
模のスタンド「ワタシハ、アナタノ『スタンド』。サア、屋上ニ戻ルノデス。」
ドドドドドドド……
模「戻るってどーやって!?」
模のスタンド「『壁』ヲ殴リマス!イイデスカ?ワタシヲ、『スタンド』ヲ動カスノハ、アナタノ『意志』デス!
強イ『意志』コソガ、ワタシニ強イ『パワー』ヲ与エルノデス!サア、『壁ヲ殴レ』ト強ク念ジテクダサイ!」
模「ええい、ヤケだ!壁を殴れェーーーーーーーッ!!」
模のスタンド「ウリャァーーーーーーーーッ!!!」
ドゴン!!
僕が強く念じると、スタンドが応じるように壁を殴った。
……しかし、壁にはヒビ一つ入っていなかった。
模「ど、どおすんだよ~~~~!!全然だめじゃないかあ!!」
模のスタンド「イイエ、コレデイイノデス。『成功』シテイマス。」
模「ど、どこがあ!!」
模のスタンド「サア、『殴ッタトコロヲ蹴リトバシ』テクダサイ!!」
模「ええ!?わけわかんないよお!!」
模のスタンド「ハヤク!『効果時間ハナガクアリマセン』!!」
模「ああもうなんでもいうとおりにするよ!うらぁっ!!」
そして、僕が壁をける瞬間に合わせ、僕のスタンドは叫んだ。
模のスタンド「第二ノ世界ッ!『ブラック・スペード』!!」
僕のスタンドが叫ぶと、殴ったところの壁が弾け、僕は『また』飛ばされた。
……そう。『さっきのリプレイをしているように』。
さっきと違ったところは、僕のスタンドがフェンスをつかんだままだったということ。
つかんだところが支点となってぐるんと僕の体はまわり、屋上のほうへ飛んだ。
僕はさっきまでの恐怖が抜けたのと、安心感がわきあがり、腰を抜かして立てなくなった。
模「た、たすかった……」
紅葉「………わかった?今のが『スタンド』の力よ。」
模「何言ってんだよ!あやうく死ぬところだったじゃないかあぁ!!」
紅葉「スタンドは持ち主が、本体がたとえば『自分の身を守ろうとする』か……
『あいつをこらしめてやる』って気持ちになると発現する。」
紅葉「私は、そのキッカケを与えてやっただけよ。」
模「キッカケって……乱暴な。」
紅葉「そして……スタンドは本体の精神力特有の『能力』を持つ。
私の『ブラック・スペード』は『衝撃を操作する』能力。だけど……」
紅葉「あんたのスタンド……あれはいったいなんの『能力』!?
どうして、私のスタンドと『同じことができた』の!?」
紅葉「仮に、私と『同じタイプのスタンド』だったとしても、
私は銀次郎を『シビれさせる』ことなんてできないわ!!」
紅葉「さっきスタンドの存在を知ったあんたが、私のスタンドより成長しているとも考えられない!
それに、あのときつぶやいた『波紋』っていったいなんなの!?」
模のスタンド「ソレニハワタシガオ答エシマス。」
僕を助けた僕のスタンドは、まだ発現したままだった。
模のスタンド「ワタシノ……イイエ模、アナタノ『能力』ハ、アイテノ『世界』ニ『入門』スル能力。
サキホドハ、カノジョノ『ブラック・スペード』ノ『世界』ニ『入門』シ、『衝撃ヲ操作スル』能力を得マシタ。」
紅葉「ええ!?じゃ私とおなじことができるってこと!?」
模のスタンド「イイエ……アクマデ『入門』スルノデス。ハジメハ、サキホドノヨウニ『衝撃』ヲ『短時間留メテオク』コトクライシカデキマセン。」
模のスタンド「ワタシハ…模ハ、第二ノ世界トシテ、エエト……貴女ノ『衝撃ノ世界』ニ『入門』シタノデス。」
紅葉「そんな……そんなことって!『相手のスタンド能力を学習する』スタンドなんてありなのッ!?」
紅葉「それに……『第二』の世界ってそれじゃあ……」
模「……理解したよ。………11歳の時、波紋を習得できたのはスタンドの力だったんだ。『第一の世界』として。」
模のスタンド「…………」
模「6歳から波紋の修行を重ねて、何度も、何回も、何十回も、何千回もやっても、ぜんぜんできなかった。
才能がない、習得なんかできっこないってあきらめたくなかった。そう、強く思ったから……だから、君が発動したんだ。」
模のスタンド「……ワタシハ、アナタガ才能ガナイトイウツモリハアリマセン……」
模「いや、いいんだ。僕はうれしいんだ。どんな形であっても、波紋をつかえるようになった。
ひいじいちゃんを、喜ばせることができた。ひいじいちゃんはもう亡くなったけど、おだやかに死んでった。」
模「きみのおかげだ。ありがとう、僕のスタンド。」
模のスタンド「……ソウイッテイタダケルト、トテモウレシイデス、模。」
紅葉「奇妙なスタンドだね。……で、名前はなんていうの?」
模「え?……杖谷模だけど。」
紅葉「自意識過剰かよ。……スタンドの名前。」
……ときどき、彼女の言動にイラっとくるのは僕だけだろうか。
模「スタンド……って、僕はいつもスタンドって呼んでたけど。そばにいるから。」
紅葉「……あー。どうりでときどき話が噛み違うと思ったら、そういうことだったのね。」
彼女はひとつおおきな咳払いをして、続けた。
紅葉「いい?一般的に『スタンド』ってのは総称なの。その語源は『立ち向かうもの』だったりとか、
あんたの言うとおり『そばに立つもの』だとかで、それぞれのスタンドには名前が必要なの。」
模「……『ブラック・スペード』ってのは、君が考えた名前なの?」
紅葉「~~~~~~~~~っ、いいでしょ別に。いいから、名前つけてあげなさい。いわば今日初めて会ったようなもんなんだから。」
……たしかに、お互い通じ合えたような気になったのは今日だったかもしれない。
でも、僕にとってはあの波紋が使えるようになった日が、僕とスタンドが初めて出会った日だ。僕はそのときのことをまだ鮮明に覚えているからだ。
模「波紋を使うとき、『波紋疾走(オーバードライブ)』と思い浮かべるたび、ときどき思うんだ。
波紋は、音楽のように体中を走る。血液はビートを刻み、骨と、筋肉と、九つの臓器を駆け巡る。
……そう、『サウンド・ドライブ』。僕のスタンドの名前は、『サウンド・ドライブ・セクター9』だ!!」
もしかしたら笑われる、と思っていたが彼女は口元だけ微笑んで、黙っていた。
彼女も、僕と同じくスタンドと初めて出会ったときは同じようなことを考えていたのかもしれない。……想像だけど。
ビュウッ!!!
強い風が吹いた。暖かくなってきたとはいえ、まだ風は冷たく感じる。
気がつくと日が雲に隠れ、空は暗くなりつつあった。
紅葉「……もしかしたら、あんたはいい『仲間』になれるかもしれない。
明日、話すよ。この街にやってくる……『スタンド使い』のことを。」
模「…うん、わかった。ありがとう、スタンドのことを教えてくれて。
……ええと、そういえば君の名前をまだ知らなかった。スタンドの名前は覚えたのに。」
紅葉「………紅葉。」
また冷たい風が吹き、雲に隠れた日が顔を出した。……夕焼けの光だ。
紅葉「一之瀬……紅葉。」
日の光が彼女の髪と頬を紅く照らす。
ガサツで乱暴だと思った彼女が、このときは……美しく、見えた。
こうして、僕の奇妙な青春が始まった。
第一章 -衝撃の世界- END
to be continued...
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