『ノー・リーズン』という、全身から拒絶のオーラを放つスタンドを使う青年に、昔会ったことがある。
僕がある『スタンド使い達』で構成された組織に身を置いていた時の話だ。
『ノー・リーズン』の本体は、スタンドとは正反対でどこか抜けているあっけらかんとした人だった。
「スタンドはその人の精神体」だという話だったが、本当にそうなのだろうかと考えた程である。
『ノー・リーズン』は近距離パワー型だが、他の多くのスタンドと同じく「能力」を持っていた。
簡単に言うと、「触れた物事をうやむやにする能力」である。
言葉で聞くとそれほどでもないようだがよくよく考えるととんでもない能力だ、と気付いたのは、
僕が彼と出会ってから2日経った頃だった。
その日、彼は僕達に割り当てられた部屋ではなく、
組織のアジト内で唯一大型テレビがある談話室の、くたびれた革のソファーに沈み込んでいた。
点けっぱなしのテレビはニュース番組で明日の天気を報じていた。雲のマークが地図を埋め尽くしている。
彼はリモコンを握ったまま、虚ろな目で画面を見ていた。
僕が部屋に入ると、彼は思い出したようにこちらを見た。
目が僕をとらえて、彼は「ええと、新入りか」と僕に尋ねる。
僕は頷いた。
僕はもう一つのソファーに腰を下ろした。
「今何を考えていたんですか」と、僕は尋ねた。その日はたしか彼が任務に出る前日だった。
答えたくなければ構わない、と僕は言った。ここの人たちはあまり他人に心を開かない。
こちらから話しかけても返事が返ってくるのはまれだ。
だから彼に尋ねたと言っても、ただの独り言のようなものだった。
彼の表情はいつもの能天気なものとは違っていた。
暫く沈黙があったので、僕は一応断ってから取り出した煙草に火を点けた。
暗い部屋に灰色の煙が散っていった。
「定期的にな、」
彼が静かに口を開いた。
部屋はテレビの明かりだけで、半分闇に沈んでいる。
「定期的に、こんな時が来るんだ。というか、ええと」
この人はあまり考えて喋る人ではない。この日も例外ではなかった。
「こんな時ってのはつまり、……定期的に気付くんだわ、おれ」
静かに彼は言った。僕は煙を肺いっぱいに吸い込んで、ゆっくり吐いた。
少しの沈黙のあと、彼は独り言のように続ける。実際、独り言だったように思う。
僕もあまり反応はしなかった。下手な相づちは意味を成さないように思えた。
「おれの『ノー・リーズン』はさ。物事を『うやむや』にできる」
彼はテレビに目を向けていたがどこも見ていなかった。
彼はどこか遠くを見ていた。
「『うやむや』ってのは突き詰めると……、『なかった』ことにならないか?」
天気予報は終わっていた。
彼が言いたいことはなんとなくわかった。
というより、彼が言いたいことこそが僕が気付いた彼の能力の恐ろしさだった。
「『事実をうやむや』にする。勿論、『曖昧』にする程度のこともあるけど、
『なかったこと』にだって出来るんだ、おれは」
僕は動かなかった。ガラスの灰皿に灰を落とした。
彼はリモコンを膝の上に乗せたままだ。テレビはCMを流している。
「スタンドは成長するんだろ。能力も強くなる。
なあ、おれ思うんだ。このまま戦い続けて強くなったら、
いやもしかしたら今のおれでも、」
煙草の煙は闇に溶ける。
「人ひとり、『うやむや』に出来そうなんだ」
テレビは飽きもせずCMを流していた。
沈黙がまたあって、そこで初めて僕は相づちをうつ。
「怖いですね」と。
そうなんだよ、と彼は答えた。「怖いってわかってるからいいんだけどさ」と続けた。
「考えてみろよ、人ひとり消せるんだ。そいつの存在を『うやむや』にすればそいつはいなかったことになる。
もっと成長すれば組織の敵なんか最初からないことにも出来る。
そしてもっと成長すれば……」
僕は煙草を灰皿に押し付けて火を消した。彼はリモコンでテレビの電源を落とした。
静かになった部屋で、彼と僕の目が合った。お互いの何かが通じた。
彼は言った。
「……だからおれ、深く考えるのが苦手なんだ」
「嫌い」じゃなくてですか、と尋ねると、彼は小さく笑って「苦手なんだよ」と繰り返した。
「そういうわけで、」
彼はおもむろに立ち上がって、僕のそばまで歩いてきた。
そうして縮まった僕らの距離は、2メートル。
「『ノー・リーズン』、今の一連の流れを『うやむや』にしろ」
NOとかかれたスタンドの拳が僕と彼に繰り出され、僕の視界は暗転した。
「ええと、新入りか?」
談話室には、『ノー・リーズン』の青年がいた。
「おれは明日任務だよ、参っちゃうぜ」
能天気な表情で、彼は向かいのソファーに座る僕に話し掛けた。
テレビはニュースのあとのバラエティ番組を流している。
テーブルには未使用のガラスの灰皿が、裏返しに置いてある。
「やだなァ~、おれ作戦とか頭使うの嫌なんだよ、深く考えるのが苦手でさあ」
軽く愚痴る彼を見て僕は、まあ大丈夫ですよ、と相づちをうった。
バラエティの企画に笑いながら「任務なくなんないかなァ」と愚痴る彼を残し、僕は退室する。
テレビの音に混じって、彼の無邪気な笑い声が聞こえてきた。
拳を食らった時、僕は僕のスタンドで『ノー・リーズン』の能力を『散らして』いたのだ。
彼はあの時のことを忘れていた。消えたテレビも吸った煙草も『なかったこと』になった。
彼の「気付いたこと」も、ただ僕が記憶するのみとなった。
結局彼とはその後何回か会話をしただけだったが、
彼はおそらく、自分の能力のことに「気付く」たび、自分でそれを『うやむや』にしていたのだろう。
それが、下手すれば世界の存在すら『うやむや』にできるかもしれない彼なりの「防御策」だったのかもしれない。
はじめ違和感を感じた彼のスタンドの姿も、そう不自然なことでもないのかもしれないと思った。
その後僕は組織を抜け、彼と二度と会うことはなかった。
-了-
使用させていただいたスタンド
No.238 | |
【スタンド名】 | ノー・リーズン |
【本体】 | 物事の原因や理由なんかを深く考えずに突っ走るタイプの青年 |
【能力】 | 触った物体・事象の理由をうやむやにしてその物体・事象を弱めたりなかったことにできる |
No.775 | |
【スタンド名】 | アースガーデン・Q |
【本体】 | 自分の目的以外の物事に深く関わる事を避ける青年 |
【能力】 | 『本体へのスタンド能力』をコードを通して外へ散らす |
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