「────私たち、この殺し合いを終わらせたいの。君たちも協力してくれる?」
聖母を思わせる笑顔でそう言われた。
五指を胸の前で合わせたその女はこれ以上なく無力に──歴戦の戦士でさえ庇護欲を駆り立てるような穏和さを声に、表情に、仕草に乗せる。
心地いい安心感に空気が和らぐのと同時に、鼻を擽る違和感をクロノの意識が掠めた。
五指を胸の前で合わせたその女はこれ以上なく無力に──歴戦の戦士でさえ庇護欲を駆り立てるような穏和さを声に、表情に、仕草に乗せる。
心地いい安心感に空気が和らぐのと同時に、鼻を擽る違和感をクロノの意識が掠めた。
村娘風の衣服に身を包んだ彼女と出会ったのはまさに今、アリスドームの探索を行おうと建物に侵入しようとした瞬間だ。
彼女ともう一人、貴族風の男はアリスドームの入れ違いで探索を終えたところなのだろう。となれば、彼女達ははじめからこの場所に呼ばれていた可能性が高い。
探索の手間を省ける以上それだけで情報交換に応じる価値はあるし、なにより助けを乞う女性を放ってはおけなかった。
彼女ともう一人、貴族風の男はアリスドームの入れ違いで探索を終えたところなのだろう。となれば、彼女達ははじめからこの場所に呼ばれていた可能性が高い。
探索の手間を省ける以上それだけで情報交換に応じる価値はあるし、なにより助けを乞う女性を放ってはおけなかった。
「もちろん! 私だってバトルは好きだけど殺し合いなんて絶っっ対反対だよ! ね、二人もそうだよね?」
迷いなく躍り出たのはネモだった。
大袈裟に腕を広げて力強く頷く彼女の勇姿はチャンピオンという冠を被るに相応しく、それに元気づけられたように女性の翠緑の髪が揺れる。
大袈裟に腕を広げて力強く頷く彼女の勇姿はチャンピオンという冠を被るに相応しく、それに元気づけられたように女性の翠緑の髪が揺れる。
「ありがとう、そう言って貰えて嬉しいわ。私はソリテール、こちらはリュグナー。最初は名簿に名前が載っていなかったけど、さっき確認したら浮かび上がっていたから……もしまだ見ていないなら確かめてみて」
その言葉に偽りはない。
クロノたちは情報交換の最中に名簿を確認している。ルッカや小衣、タロたちといったそれぞれの知っている顔が後出しされていることも承知だ。
クロノたちは情報交換の最中に名簿を確認している。ルッカや小衣、タロたちといったそれぞれの知っている顔が後出しされていることも承知だ。
「大丈夫、疑ったりなんかしてないから! こう見えてもね、私たちとっても強いんだ。だから二人さえよければ一緒に来ない?」
「まぁ……とても心強いわ。私たちはこの通り、誰かに襲われたらひとたまりもなかったから。最初に出逢えたのが君達でよかった……」
「まぁ……とても心強いわ。私たちはこの通り、誰かに襲われたらひとたまりもなかったから。最初に出逢えたのが君達でよかった……」
ネモの提案に快く頷く女性。
人に出会えたことへよほど安堵しているのか、崩れることのない笑顔で歩み寄る。
人に出会えたことへよほど安堵しているのか、崩れることのない笑顔で歩み寄る。
「おーおー。下手な芝居はやめな、お嬢さん」
ぴしゃり、と。
水を打ったような静寂が辺りを支配した。
水を打ったような静寂が辺りを支配した。
声の主であるクロノは腕を組み、ニヒルな笑みを浮かべている。が、滲み出るプレッシャーが先の警告は聞き間違いではないと理解させる。
え? と、疑問の声を上げるネモの視線はクロノを、そして彼の背に隠れる777の姿を捉えた。
え? と、疑問の声を上げるネモの視線はクロノを、そして彼の背に隠れる777の姿を捉えた。
「777、この人……なんか、怖いヨ…………」
幽鬼の少女はお世辞にも洞察力に優れているとは言えない。
だが彼女の直感、及びそれに基づく〝人を見る目〟は随一のものと言える。辺獄の中で渦巻く人の悔恨に触れてきたからこそだろう。
777はこの女を見た瞬間、全身が総毛立つほどの悪寒を覚えた。怯える理由などそれだけで充分すぎる。
だが彼女の直感、及びそれに基づく〝人を見る目〟は随一のものと言える。辺獄の中で渦巻く人の悔恨に触れてきたからこそだろう。
777はこの女を見た瞬間、全身が総毛立つほどの悪寒を覚えた。怯える理由などそれだけで充分すぎる。
「…………、」
二人の様相を見て只事ではないと察したネモは無言でソリテールを、次いでリュグナーを警戒する。
気が付けばボールに手をかけていた。なまじ二人のような〝違和感〟を抱けていないからこそ尚のこと未知数。
ソリテールはもはや自分の望む〝お話〟が出来ないと悟る。刺すような緊迫した空気の中、ちらりと彼女の目線はリュグナーへと投げられた。
紳士然とした彼はそれを受け、彼女の意図を汲み取ったのか双眸を細める。
気が付けばボールに手をかけていた。なまじ二人のような〝違和感〟を抱けていないからこそ尚のこと未知数。
ソリテールはもはや自分の望む〝お話〟が出来ないと悟る。刺すような緊迫した空気の中、ちらりと彼女の目線はリュグナーへと投げられた。
紳士然とした彼はそれを受け、彼女の意図を汲み取ったのか双眸を細める。
「あら、穏やかじゃないわね。私たち嘘なんかついていないよ、本当に殺し合いなんか望んでないの」
「じゃあ聞くけどよ、おたくらはなんで反対すんの?」
「決まってるでしょう? こんなふざけた催しで人命が奪われるなんて許されることじゃないもの。殺される人があまりにも可哀想よ」
「じゃあ聞くけどよ、おたくらはなんで反対すんの?」
「決まってるでしょう? こんなふざけた催しで人命が奪われるなんて許されることじゃないもの。殺される人があまりにも可哀想よ」
今もなおネモは彼女の仕草、言動に至るまで全て違和感を覚えられない。777にとっても〝なぜか怖い〟程度の直感頼りの不審に留まっている。
しかし、クロノは半ば確信した表情で鼻を鳴らした。
しかし、クロノは半ば確信した表情で鼻を鳴らした。
「やっぱりな」
ソリテールの眉が僅かに曇る。
なにが。と、続きを促すよりも先にクロノが答え合わせを始めた。
なにが。と、続きを促すよりも先にクロノが答え合わせを始めた。
「おたくの今の言い分、まるで捕食者の目線だぜ。可哀想、なんて随分他人事じゃねぇか。自分が死ぬだなんて到底思ってねぇんだろ?」
ネモは初めてハッとした顔を浮かべる。
疑念が確信に変わり彼女の手は相棒へ。見惚れるほど綺麗なフォームと共に投げられたそれは赤い光を撒き散らす。
疑念が確信に変わり彼女の手は相棒へ。見惚れるほど綺麗なフォームと共に投げられたそれは赤い光を撒き散らす。
「ウェーニバル!」
「グワワッ!」
「グワワッ!」
己の出番を待ちわびたかのように派手な登場を終えたウェーニバル。
空気の変化を読み取った777も意を決したかのようにクロノの背から飛び出し、ネモの隣に並び立った。
空気の変化を読み取った777も意を決したかのようにクロノの背から飛び出し、ネモの隣に並び立った。
「あら、君は魔物使いなのね。トレーナー、と言ったかしら? あのお城で死んだ人はお知り合い?」
「っ、…………クロノ、この人普通じゃないみたいだね」
「ああ、それもとびきりな」
「っ、…………クロノ、この人普通じゃないみたいだね」
「ああ、それもとびきりな」
臨戦態勢に入る三人をよそに、注目の的であるソリテールは涼しい顔で五指を合わせる。余裕を見せつけるかのような態度が余計に底知れなさを演出していて。
光の差さない瞳孔の先はネモへと向けられており、まるで他など目に入らぬかのように演説を続けてゆく。
光の差さない瞳孔の先はネモへと向けられており、まるで他など目に入らぬかのように演説を続けてゆく。
「私の世界ではね、君のように魔物を使役する存在はいなかった。一体どうやって従えているの? 餌付けなのか痛みや恐怖による支配なのか、もしくは信頼というものなのか。とても興味があるわ」
一歩。
ソリテールがただ一歩踏み出しただけで、ネモと777の両名は凄まじい重圧に身体が軋むような錯覚を覚える。
唯一対等に睨み合うクロノは得物の棒を両手に構え、もはや対話の余地を残してはいなかった。
唯一対等に睨み合うクロノは得物の棒を両手に構え、もはや対話の余地を残してはいなかった。
鉛のようにのしかかる空気の中、ソリテールの目線が再度横に。二度目のそれを受けたリュグナーの行動は早い。
「バルテ────」
刹那、赤い風が吹く。
ぐしゃりと折れ曲がる己の左腕を見て初めて攻撃を受けたと認識した。
この人間、いつの間に肉薄したんだ。赤い髪を靡かせ追撃を仕掛ける英雄に対してリュグナーは三歩ほど距離を取る。
この人間、いつの間に肉薄したんだ。赤い髪を靡かせ追撃を仕掛ける英雄に対してリュグナーは三歩ほど距離を取る。
ぶらりと垂れ下がる左腕はもはや使い物になりそうもない。
努めて冷静にリュグナーは血液の棘をクロノへと見舞う。当然これは躱されるが距離を取ることには成功した。
努めて冷静にリュグナーは血液の棘をクロノへと見舞う。当然これは躱されるが距離を取ることには成功した。
「ウェーニバル、アクアステップ!」
「おりゃーーーっ!」
「おりゃーーーっ!」
いち早く行動に移したクロノに続いてネモと777が同時攻撃を仕掛けた。
水を纏う舞踏と文房具状の魔法が無防備な──少なくとも二人にはそう映った翠髪の女へと仇する。
目前に迫る挟撃になおも微笑みという仮面は崩れない。されどほんの少しだけ興味深そうに瞠目したかと思えば、
水を纏う舞踏と文房具状の魔法が無防備な──少なくとも二人にはそう映った翠髪の女へと仇する。
目前に迫る挟撃になおも微笑みという仮面は崩れない。されどほんの少しだけ興味深そうに瞠目したかと思えば、
「あらあら、交渉は決裂かしら」
結果を言えば、その柔肌にはかすり傷ひとつなかった。
種は至極簡単。左手に展開した防御魔法で777の弾丸を防ぎ、右方に生成された大剣がウェーニバルの邁進を阻害した。
大地を抉る剣先に血が混じる。肩口を抑えるウェーニバルは苦悶の声を滲ませて後退し、己の反射神経を越えた攻撃にネモは歯噛みした。
大地を抉る剣先に血が混じる。肩口を抑えるウェーニバルは苦悶の声を滲ませて後退し、己の反射神経を越えた攻撃にネモは歯噛みした。
「ネモ! 777! 二人はリュグナーの方を頼む!」
「わ、わかったっ!」
「おっけーだヨ!」
「わ、わかったっ!」
「おっけーだヨ!」
悔しいが現状あのソリテールという女と渡り合えるのはクロノを除いて他にいない。敵を照準に入れたネモと777は力強く頷き、再度攻撃を展開する。
血液を凝固させた盾でそれらをやり過ごしながら、貴族風の魔族は表情を変えぬまま淡々と現状を照らし合わせる。
血液を凝固させた盾でそれらをやり過ごしながら、貴族風の魔族は表情を変えぬまま淡々と現状を照らし合わせる。
「申し訳ありません、ソリテール様。私にはあの男の相手は少々荷が重いようです」
「いいわ、リュグナー。魔物使いの方は〝丁重に〟もてなしてあげてね」
「いいわ、リュグナー。魔物使いの方は〝丁重に〟もてなしてあげてね」
畏まりました、と紳士然とした一礼。
奇しくも互いの戦況は似通っている。ネモたちにとってのソリテールがリュグナーにとってのクロノなのだ。
先の一撃によってクロノという男の実力はおおよそ推し量れた。到底自分の及ぶ領域ではないが、問題はない。
大魔族の中でも特筆すべき魔力を持つソリテールであれば遅れは取らないだろう。となれば、残る雑兵は己が相手すべきだ。
奇しくも互いの戦況は似通っている。ネモたちにとってのソリテールがリュグナーにとってのクロノなのだ。
先の一撃によってクロノという男の実力はおおよそ推し量れた。到底自分の及ぶ領域ではないが、問題はない。
大魔族の中でも特筆すべき魔力を持つソリテールであれば遅れは取らないだろう。となれば、残る雑兵は己が相手すべきだ。
「さて、お相手願おうか」
「言われなくても!」
「言われなくても!」
大地を伝う血を鋭い刃に変え、777とネモに矛先を向ける。真っ直ぐに伸びるそれはウェーニバルの反撃により砕け散った。
しかし血液を操る魔法(バルテーリエ)にクールタイムはない。絶え間ない斬撃は数の有利を感じさせないほど二人の余裕を奪ってゆく。
しかし血液を操る魔法(バルテーリエ)にクールタイムはない。絶え間ない斬撃は数の有利を感じさせないほど二人の余裕を奪ってゆく。
「んじゃ、こっちも始めようぜ」
「ふふ……血気盛んね」
「ふふ……血気盛んね」
牽制として降り注がれる大剣の雨をやり過ごし、時に弾き。有利な距離を維持するソリテールの後を追うクロノ。
ネモたちのことも気にかかるが振り返る余裕はない。一度任せると言った以上目の前の敵に集中するべきだ。
激闘の音が遠ざかるのを耳で感じ取りつつ、残りの五感を研ぎ澄まして篠突く雨の中を猛進した。
ネモたちのことも気にかかるが振り返る余裕はない。一度任せると言った以上目の前の敵に集中するべきだ。
激闘の音が遠ざかるのを耳で感じ取りつつ、残りの五感を研ぎ澄まして篠突く雨の中を猛進した。
◾︎
「お疲れかい? お嬢さん」
「いいえ、景色がいいから立ち止まっただけよ」
「いいえ、景色がいいから立ち止まっただけよ」
避けきれぬ斬撃に数多の掠り傷を負いつつ鬼ごっこを続けているうち、気が付けばネモたちとはだいぶ離れたところまで来たらしい。
朽ちたビルの立ち並ぶ灰色の街並みはまさしく世紀末という言葉が当てはまる。アリスドームの近辺だからか、あの16号廃墟を思い出させた。
朽ちたビルの立ち並ぶ灰色の街並みはまさしく世紀末という言葉が当てはまる。アリスドームの近辺だからか、あの16号廃墟を思い出させた。
ぴたりと足を止めクロノを見据えるソリテール。大剣の魔法による追撃も来る様子はない。
罠かと訝しむクロノは下手に攻撃することよりも敵の手の内を探る選択に出た。
罠かと訝しむクロノは下手に攻撃することよりも敵の手の内を探る選択に出た。
「聞き間違いかな、これがいい景色だって?」
「だってそうでしょう? 私にとっては全てが未知。発達した文明はそれだけで見惚れるほどの美しさをもっているの。……欲を言えば、人類がここでどんな生活をしているのかも見たかったけれど」
「ハッ、好奇心旺盛なこって」
「だってそうでしょう? 私にとっては全てが未知。発達した文明はそれだけで見惚れるほどの美しさをもっているの。……欲を言えば、人類がここでどんな生活をしているのかも見たかったけれど」
「ハッ、好奇心旺盛なこって」
悠然とした笑みを崩さぬクロノだが、その実胸を焼くような怒りを抑えるので必死だった。
こんな悲惨な世界崩壊後の景色が綺麗だ、と。例えどのような意図であってもその言葉を口にするのは許せなかった。
いかに理不尽に滅んだ末の街並みなのか、そこに生きざるを得ない人々がどのような暮らしをしているのか、この女は知らない。知らせる気も起きない。
こんな悲惨な世界崩壊後の景色が綺麗だ、と。例えどのような意図であってもその言葉を口にするのは許せなかった。
いかに理不尽に滅んだ末の街並みなのか、そこに生きざるを得ない人々がどのような暮らしをしているのか、この女は知らない。知らせる気も起きない。
「君はこの景色に見覚えがあるの? なら是非とも教えて欲しいわ。滅びに向かってしまった悲しい歴史を」
「……さぁ、知らないね」
「……さぁ、知らないね」
本能がこの女を嫌っている。
棒を握る腕が力み、筋肉が隆起する。
顔には出していないつもりではあったが勘づかれたらしい。ひどく穏やかで、かつひどく不愉快な笑みが一層深みを帯びた。
棒を握る腕が力み、筋肉が隆起する。
顔には出していないつもりではあったが勘づかれたらしい。ひどく穏やかで、かつひどく不愉快な笑みが一層深みを帯びた。
「そう。なら、君の知り合いとお話しようかな」
地面が爆ぜる。
この瞬間、クロノの思考から様子見という選択が除外された。目前の敵を鎮めるべく振るわれた一撃は真っ直ぐに胴を狙い撃つ。
この瞬間、クロノの思考から様子見という選択が除外された。目前の敵を鎮めるべく振るわれた一撃は真っ直ぐに胴を狙い撃つ。
しかし、白い軌跡は空を裂く。
踏み込みが甘かったか──そんな自戒を覚えるほどクロノは浅はかではない。確かにあの攻撃は当たるはずだった。常識の範疇であれば。
踏み込みが甘かったか──そんな自戒を覚えるほどクロノは浅はかではない。確かにあの攻撃は当たるはずだった。常識の範疇であれば。
「確かに君は優れた戦士のようね。魔族の私から見ても恐ろしいほどに」
女の声が上空から降りかかる。
──そう、上空から。
──そう、上空から。
「だからこそ残念に思う。〝こうする〟だけでもう君に勝ち目はない」
崩壊した地には不相応な月明かりを隠すように、夜空に留まるソリテール。
翼を持たぬ女が空に浮かぶ姿はまるで天使のようで。一瞬、あまりの神々しさに目を奪われた。
そこはもう、己の剣の届く場所ではない。
翼を持たぬ女が空に浮かぶ姿はまるで天使のようで。一瞬、あまりの神々しさに目を奪われた。
そこはもう、己の剣の届く場所ではない。
「私の世界ではね、戦士と魔法使いの勝敗は〝距離〟によって変わる。武器の届く間合いでは魔法使いは抵抗も出来ず殺されるけれど、逆も然り。……わかるでしょう?」
「わかんねぇな、考えんのは苦手なんだよ」
「なら、その身に教えこんであげましょう」
「わかんねぇな、考えんのは苦手なんだよ」
「なら、その身に教えこんであげましょう」
大仰に両腕を広げたかと思えばその瞬間、夜空の星が瞬いた。
いいや、輝いたのは星ではない。その光を反射した大剣の切っ先だ。
星かと見紛うた理由はなにもその光加減ではない、夥しいまでの数にある。
いいや、輝いたのは星ではない。その光を反射した大剣の切っ先だ。
星かと見紛うた理由はなにもその光加減ではない、夥しいまでの数にある。
ソリテールの知識欲に偽りは無い。クロノという異界の人間と触れ合う時間は貴重だと、本気でそう考えていた。
事実クロノは己の世界にいれば傑物の戦士として名を馳せていたであろう。
しかし、それまでだ。如何に剣の腕が優れていようと己の知らない世界を見せてはくれない。つまるところ唆られないのだ。
事実クロノは己の世界にいれば傑物の戦士として名を馳せていたであろう。
しかし、それまでだ。如何に剣の腕が優れていようと己の知らない世界を見せてはくれない。つまるところ唆られないのだ。
さようなら、と。
一言声を聞いたような気がする。
一言声を聞いたような気がする。
射出された大剣の風切り音がそれを掻き消した。一つや二つではない、数えるのも億劫なまでの数がクロノの肉体を塵に変えんと押し迫る。
対するクロノは得物──およそ武器としては心許ないまぞく寝かせ棒を真向に構える。それだけで大気が震えるような感覚を抱くほどの力を溜め、解き放った。
対するクロノは得物──およそ武器としては心許ないまぞく寝かせ棒を真向に構える。それだけで大気が震えるような感覚を抱くほどの力を溜め、解き放った。
「────ッらぁぁああっ!!」
ぶおん、と。常識外の音が響く。
同時にこれまた常識外の突風が吹き荒んだ。
同時にこれまた常識外の突風が吹き荒んだ。
生じた風圧が剣の軌道を強制的に捻じ曲げて、一つ二つ、否全ての切っ先がクロノを避けるかのように地面へと突き刺さってゆく。
ソリテールの思考と現実の間に数瞬のズレが生じた。当然だ、彼はただ力任せに棒を振るっただけで風を巻き起こし、死の運命を回避してみせたのだから。
魔法の類ではない、文字通り全力で空を斬っただけ────しかしそれが、世界終焉をもたらすラヴォスをも叩き伏せた男の腕力から放たれたのであれば、もはや〝魔法〟にも匹敵する。
ソリテールの思考と現実の間に数瞬のズレが生じた。当然だ、彼はただ力任せに棒を振るっただけで風を巻き起こし、死の運命を回避してみせたのだから。
魔法の類ではない、文字通り全力で空を斬っただけ────しかしそれが、世界終焉をもたらすラヴォスをも叩き伏せた男の腕力から放たれたのであれば、もはや〝魔法〟にも匹敵する。
(…………いえ、焦る必要はないわ。空にいる限り彼の攻撃は届かない。どんなに超然とした力を持っていても、所詮は戦士に過ぎないのだから)
なるほど確かに、認めよう。
このクロノという男は〝優れた戦士〟程度に収めていい相手ではない。自分の世界にいれば間違いなく勇者ヒンメルにも並ぶ存在となっていたであろう。
しかし、問題はない。どんな攻撃であっても当たらなければ意味が無いのだから。
このクロノという男は〝優れた戦士〟程度に収めていい相手ではない。自分の世界にいれば間違いなく勇者ヒンメルにも並ぶ存在となっていたであろう。
しかし、問題はない。どんな攻撃であっても当たらなければ意味が無いのだから。
「どうしたんだい? おかわりといこうじゃねぇか」
「……そうね、お望み通りご馳走してあげましょうか」
「……そうね、お望み通りご馳走してあげましょうか」
挑発に乗った訳ではなく、あくまで最善手。
無数に生成された大剣をやり過ごすのはクロノとて無尽蔵にできるわけではあるまい。このままこれを続けていればいずれ体力に限界が来る。
無限に近い魔力が尽きるよりも人間の体力が尽きる方が現実的だ。現にクロノの身体には幾らか切創が生まれ始めている。
無数に生成された大剣をやり過ごすのはクロノとて無尽蔵にできるわけではあるまい。このままこれを続けていればいずれ体力に限界が来る。
無限に近い魔力が尽きるよりも人間の体力が尽きる方が現実的だ。現にクロノの身体には幾らか切創が生まれ始めている。
「最初にリュグナーを狙ったのは悪手だったわね。私の首を狙っていれば結末は変わっていたのに」
「結末? 何言ってんだよ」
「……どういうことかな」
「まだ終わっちゃいねぇって言ってんだよ、この勝負はよッ!」
「結末? 何言ってんだよ」
「……どういうことかな」
「まだ終わっちゃいねぇって言ってんだよ、この勝負はよッ!」
怒号に近い宣言と同時、クロノの足が地から離れる。
なにをする気だ──ソリテールの疑念は次の瞬間吃驚へと移った。
飛んだ、いや跳んだのだ。飛行魔法も知らぬ人の身でありながら己と目線を合わせるその男に、ソリテールは過信を認めざるを得なかった。
なにをする気だ──ソリテールの疑念は次の瞬間吃驚へと移った。
飛んだ、いや跳んだのだ。飛行魔法も知らぬ人の身でありながら己と目線を合わせるその男に、ソリテールは過信を認めざるを得なかった。
ソリテールの最大の過ちは、戦士は空を飛べないという自身の世界の常識を当てはめてしまったこと。そんな稚拙な思い込みはこの世界では命取りとなる。
クロノは既に空を飛ぶ敵など幾度も相手して来ているのだ。そんな彼の前でたかが空中を制した勝ちを確信するなど愚の骨頂。
重力の加速度を乗せて放たれんとする斬撃を前に、芯から凍てつくような感覚に見舞われた。
クロノは既に空を飛ぶ敵など幾度も相手して来ているのだ。そんな彼の前でたかが空中を制した勝ちを確信するなど愚の骨頂。
重力の加速度を乗せて放たれんとする斬撃を前に、芯から凍てつくような感覚に見舞われた。
「全、力ッ────斬りぃッ!!」
「っ…………」
「っ…………」
咄嗟に身を引いて直撃は免れた。が、武器のリーチからは大幅に外れているはずなのに衣服の一部が破れる。
もし回避が遅れていたら、と考えたらゾッとする。
しかしこれで打ち止めだ、この一撃さえ凌いでしまえばあとは落下するだけ。
もし回避が遅れていたら、と考えたらゾッとする。
しかしこれで打ち止めだ、この一撃さえ凌いでしまえばあとは落下するだけ。
そのはずなのに。
なぜ、クロノは武器を構えているのだろう。
なぜ、クロノは武器を構えているのだろう。
届くわけがない。間合いからは外れている。
なのに本能に訴えかける危機感がソリテールに魔力を練り上げさせた。そして一秒と経たぬうちにそれが杞憂でないことを思い知らされる。
なのに本能に訴えかける危機感がソリテールに魔力を練り上げさせた。そして一秒と経たぬうちにそれが杞憂でないことを思い知らされる。
「──かまいたちッ!」
防御魔法が間に合ったのは奇跡的と言える。
見てから対処することは出来ない。というのも、目を凝らさなければ見えぬ一手なのだから当然だ。
いわゆる風の刃の性質を持つそれはハニカム状の防御魔法とぶち当たり、火花を散らす。威力、速度共に相当ではあるが防御魔法を打ち崩すには至らない。
見てから対処することは出来ない。というのも、目を凝らさなければ見えぬ一手なのだから当然だ。
いわゆる風の刃の性質を持つそれはハニカム状の防御魔法とぶち当たり、火花を散らす。威力、速度共に相当ではあるが防御魔法を打ち崩すには至らない。
(武器から魔法が……? いや、これは剣技の類かしら。どちらにせよ、彼ほどの戦士が〝ついで〟で持っていい遠距離攻撃ではないね)
辟易に似た感想ではあるがその実は興味が十割を占めている。いい加減ここまで来ればソリテールの中から油断は消え去った。
手を打ち尽くして落下に身を委ねるクロノにソリテールは追撃を仕掛ける。大剣では仕留め損なう可能性がある、人を殺す魔法(ゾルトラーク)であれば空中での回避など不可能だろう。
そうして練り上げた魔力は、クロノから放たれる膨大な〝それ〟に中断させられた。
手を打ち尽くして落下に身を委ねるクロノにソリテールは追撃を仕掛ける。大剣では仕留め損なう可能性がある、人を殺す魔法(ゾルトラーク)であれば空中での回避など不可能だろう。
そうして練り上げた魔力は、クロノから放たれる膨大な〝それ〟に中断させられた。
(魔力が、急激に膨らんでいる……!?)
なまじすぐれたソリテールの魔力感知が警鐘を鳴らす。
落下中にも関わらずクロノの身体は湧き上がる魔力によって浮遊しているように見えた。人が有するには余りあるそれは片鱗でさえ異常を訴える。
バチバチと彼の肉体に走る稲妻めいたものが目に入るや否や、闇を生きる魔族にはあまりにも眩し過ぎる輝きが網膜を焼いた。
落下中にも関わらずクロノの身体は湧き上がる魔力によって浮遊しているように見えた。人が有するには余りあるそれは片鱗でさえ異常を訴える。
バチバチと彼の肉体に走る稲妻めいたものが目に入るや否や、闇を生きる魔族にはあまりにも眩し過ぎる輝きが網膜を焼いた。
「────シャイニング」
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